「ぱーるぅ、お誕生日おめえとー!」  
ルーミィが差し出したのは、わたしの両手にすっぽりと収まるくらいの彼女にとっては大きな小瓶。  
「ルーミィ!これ、どうしたの?」  
小瓶には洒落た金細工ガラスので縁取られており、透明のガラス瓶の中にはうすいブルーの液体が日の光に照らされてキラキラ光っている。  
へー、とってもきれい。  
思わず見入ってしまう。  
瓶の表面にはわたしの似顔絵と、肉球のスタンプがぺたっと押されている。  
「こえはねー、ルーミィとしおちゃんがおえかきしたんらお!」  
「中の香水を作ったのはキットンしゃんで、外の模様を作ったのはノルしゃんデシ」  
え!?香水?  
ノルとキットンの方を向くと、ノルは照れ臭そうな顔で頭を掻いた。  
「ぐふふ。わたしが特別な薬草を使って調合した香水ですからねぇ。きっと気に入ると思いますよ」  
得意げな顔で笑うキットン。  
さすが、薬草に詳しいだけあるよねー。香水まで作れちゃうなんて、ほんと知識人だよね。  
「おれ、パステルに、その匂いつけてほしい」  
ぽっと赤い顔をしながらノルは言った。  
ノルもすごいよね、あんな太い指でこんな繊細な物を作り出すんだから。  
蓋を開けて匂いを嗅ぐと、お花のような涼やかな香りの中にほんのりと甘酸っぱいフルーツのような香りが広がった。  
香水は持ってないから全然詳しくないんだけど、きつくなくていい匂い。  
ほんのり甘いのに爽やかで、終わりがすっとしている。香水特有のきつさがないのかな。  
すうっと鼻の奥まで吸い込んだ。  
んー…。何だか酔いしれちゃう。  
「すごーい。んー…。いいにおい」  
「ぐふふ。でしょう?パステルにきっと似合いますよ」  
キットンはまたも得意そうに笑った。  
「ぱーるぅ、ルーミィも、ルーミィも!」  
手を延ばすルーミィの顔の近くに小瓶を近づける。  
「ふー、こえ、いいにおいらねー」  
わたしの顔を見てニーッと白い歯を覗かせて笑った。  
「…あんまり、おいしい匂いじゃないデシね…」  
クンクンと鼻を近付けたシロちゃんがちょっと顔をしかめた。  
うんうん、シロちゃんの香りの趣味というのはあんまりよろしくないからね。  
 
そんな時、ふっとわたしの鼻先をふっと甘い匂いがくすぶった。  
ん?  
なんだろう、これ。  
クッキーみたいな、お菓子みたいな……うーん、なんだかお腹空いてきちゃう。  
「ルーミィ、いいにおいかぁ?」  
そう言うとルーミィはわたしにさっと小さな手の甲を突き出した。  
どれどれ、くんくん。  
んー……確かに、いい匂い。これはルーミィの好きそうな匂いだなぁ。  
思わずルーミィの小さな手を食べたくなっちゃうくらいだ。  
「それ、バニラエッセンスなんですよ。ルーミィがほしいって聞かないもんですから」  
「あー!なるほど!」  
確かに言われてみれば、バニラの甘い匂いだ。食いしん坊のルーミィにはピッタリかも。  
シロちゃんじゃないけど、おいしい匂いだよね。  
「ルーミィ、いくらいい匂いだからって食べちゃだめよ?」  
そうそう、バニラエッセンスっておいしそうな匂いとは裏腹にすーっごく苦いんだから。  
「わぁってうもん!ぱーるぅは、それ、つけないんかあ?」  
そう言われてみれば、そうだよね。  
香水って肌につけて香りを楽しむものだもん。  
「そうだね!じゃあ……ちょっとつけてみよっかな」  
みんながわくわくした様子で見守る中、わたしは小瓶をちょこっと傾けて指先に液体を取ると耳の後ろにつけてみた。  
うーん、こんな感じ、かな?  
初めてつける香水にドキドキする。  
わたしだって、女の子だもん。オシャレするとちょっとうきうきする。  
ふわっと髪を揺らすたびにほんのりいい匂い。  
もうちょこっとだけ手首の裏につけてみる。  
鼻を近づけると自分の身体のちょっと甘いにおいと香水が混ざって更に甘く感じられた。  
でも全然きつくないんだよね、爽やかだし。  
くんくんと匂いを嗅ぐと何とも言えない幸せな気持ちになる。  
「ほんとにいいにおい……みんな、ありがとう。大事にするね!」  
わたしはみんなの方を向き合って言うと、満足そうにみんなは微笑んだ。  
 
 
 
ふふふふふ。  
んー、早くクレイ帰って来ないかな。  
 
早く嗅いでもらいたいな!  
それで、いい匂いって言われたいな−。  
クレイったら、わたしの匂いを嗅いでもっと好きになっちゃうかもしれない。  
あー……そしたらどうしよう。  
もっともっとキスされちゃうかもしれない。  
きゃー。きゃー。どうしよう、恥ずかし−。やだなーもう、わたしったら。  
たっははは!  
 
なーんて一人で部屋に居ながらニマニマしていると、ドアががちゃっと開く音が聞こえた。  
クレイだ!  
勢いよくドアを開けると、そこには真っ赤な顔をしたトラップの姿が。   
「と、トラップ!」  
面食らっていると、トラップはぼんやりとした顔でわたしを見つめている。  
「ちょっと、どうしたの!?熱でもあるの?」  
「…がも"な"」  
ひどい鼻声。  
ぐすっと鼻をすすって力無く答えた。  
いつものトラップの威勢の良さがない。あーあ、これは絶対風邪引いてるな。  
この時期って寒いから、どうしても体調崩しやすいんだよね。  
にしても、この前『風邪なんか引く奴なんざ気合いが足りねぇ』って言ってたのは誰だったかなぁ。  
トラップの額に手をやる。ひゃっ、熱い!これは相当熱あるみたい。  
ふらふらしてるトラップを支えながら男部屋へと向かう。  
今は他の誰も出かけていないから、帰ってきたらトラップの部屋には出来るだけ近づかないように言わなくっちゃ。  
トラップに肩を貸すとわたしに全体重をかけるくらいにもたれ掛かってきた。  
わっ、ちょっと倒れちゃうってば!  
頬がくっつくくらいに寄り添いながら歩く。  
「トラップ」  
「……あ"?」  
「何かいいにおい、しない?」  
そういいながらこてん、と首を彼の顔の方に近付けてみる。  
「………わ"がんね"」  
鼻をグシュグシュさせながらトラップが苦しそうに答えた。  
ありゃりゃ。んー…、やっぱり、わかんないか!  
 
 
 
トラップを部屋へ寝かせたところにちょうどクレイが帰ってきた。  
 
 
 
トラップを部屋へ寝かせたところにちょうどクレイが帰ってきた。  
トラップの事を話すと、クレイは呑気そうに笑った。  
「大丈夫だよ。ゆっくり寝てたらトラップもすぐに元気になるよ」  
「うん、そうだね!」  
なんて事を話していると、急に後ろからばふっと抱きしめられた。  
ひゃぁ!  
肩から回された太い腕はわたしをがっちりと捕まえて離さない。  
「じゃあ、今はおれ達ふたりっきりってことだよな」  
囁かれる度耳にふっと生暖かい息がかかる。  
ひゃっ!  
ちょ、ちょっと、くすぐったいってば!  
わたしが身体をよじると、なおもぎゅっときつく抱きしめられた。  
きゃっ!  
ちょっと、どうしたの?  
クレイの息が、なんだか荒い。  
はあはあと大きな息を肩でしているし、鼓動が早い。  
「…なんか、いい匂いするな…」  
そう言いながらわたしの耳元をくんくんと嗅いだ。  
く、くすぐったい!  
あ、そうだった!わたしって香水つけてたんだよね、そういえば。  
でも、クレイ、気づいてくれたんだ。えへへ。なんかこういうのってうれしいよね。  
「もっと、パステルの匂い、嗅ぎたい…」  
そういうと、わたしの首筋に熱い口づけをした。  
首が焼けそうな甘い感覚。  
どうしちゃったんだろう、いつものクレイじゃない…。いつもは抱きしめて、軽くチュってして。まだ、それだけなのに、なんか、激しくない!?  
心臓がドクンドクンと大きな音で脈打っている。  
身動きのとれないまま硬直していると、何かがわたしの耳たぶにふれた。  
「ひゃうん!」  
な、何これ!?  
ちょっと熱っぽくて滑らかな…クレイの、舌!?  
そのまま耳たぶをくちゅっと口に含まれたり、軽く甘噛みされる。  
ん…何だろう…なんか、くすぐったいような気持ちいいようなかんじ。  
我慢できずに思わず声をあげて身体をよじった。  
 
「あぁん…」  
自分でもびっくりするくらいのいやらしい声が出てしまう。  
「シーッ、トラップが起きてきちゃうだろ……」  
わたしの口を塞ぎながら耳元でこそっと囁く。  
ああっ、それがだめなんだってば。  
くすぐったい。  
クレイはわたしの耳への口での愛撫をやめようとはしない。  
静かにしなきゃいけないのに、わたしはよがりながら喘いでしまう。  
クレイはわたしの首筋から耳元まで唇を這わせたり、舌先でつつーっとなぞった。  
むり、無理だよ…。  
声を出さないなんて出来ないってば。  
口元に押さえ付けられたクレイの手からわたしの声が漏れる。  
「静かに出来ないなら、もうやめるよ?」  
一瞬わたしの方を向き直ると、クレイは再びわたしの耳元に唇を近付け、触れるか触れてないかわからないくらいの軽いキスをした。  
「ひぃぃん!」  
その瞬間に、わたしの身体の中を熱いものが一気に突き抜けていった。  
指先から足の先まで一気に広がると、それと同時に下半身から力が抜け落ちそうになる。  
ち、力が入らない…。  
それに、なんか、出ちゃったかも…。  
下半身がじわわっと熱く湿っていくのを感じていた。いや…やめないで。  
くすぐったいと思っていた感覚は、いつの間にか快感へと変わっていた。  
もっと、して?  
わたしは必死に自分の耳をクレイの口元に突き出す。  
「かわいいな、パステル…もっと舐めてあげるから」  
わたしの耳元にかかる毛を軽くかきあげながら、再び唇を這わせた。  
やっ…クレイの唇がそっと触る度に、なんだか身体がびくんびくんと痙攣してる。  
静かにしなきゃってわかってはいるんだけど、ああ、だめだ、こらえきれない。ぐちゅっ、ぐちゅっと音を立てながらわたしの耳の穴に侵入してくる舌。  
何だか、犯されちゃってるみたい……?  
そう考えると恥ずかしいんだけど、なんだか余計に興奮した。  
もしかして、このまま…?  
クレイの方を向き直ると、ぼんやりとした鳶色の瞳と目があった。  
何も言わなくても、わたしはそっと目をつぶる。  
そのまま、暖かい唇がわたしと重なった。  
重なるところから広がる、好きの気持ち。  
 
たっぷりの時間が流れ、わたしから唇を離す。  
クレイの顔を見ると、もの欲しそうなうっとりした顔でわたしを見つめている。  
ふふっ。なんだか、すっごくかわいい。  
わたしが思わずしがみつくと、首筋からクレイの匂いがした。  
汗と体臭とが混ざり合ったすっぱいようなちょっぴり香ばしいような香りに酔いしれて、わたしはそのまま身を委ねていた。  
 
 
「パステル、どうですか?香水は」  
外から戻ってきたキットンが頭をぼりぼりと掻き毟りながら椅子に腰掛ける。うう、出来たらキットンにもつけてもらいたいくらいだけど。  
「うん!とっても気に入ってるよ!」  
そう言いながらわたしは手首の裏に鼻を押し当てる。  
さっきまでのつけたての匂いは薄らいで、消えそうな中にはちょっと後引くような甘みのあるあたたかい匂いがうっすらとした。  
「それはよかった!ちなみに、クレイやトラップは何ともないですか?」  
「ええ?」  
「何の話だ?キットン」  
それまで黙って話を聞いていたクレイだけど、急に眉間にシワを寄せてキットンに尋ねた。  
「いやー、わたしとしたことが、香水の調合を間違えてしまいましてねえ、フェロモン香水のページを見ながら作ってしまったんですよ」  
「フェロモン香水ぃ!?」  
わたしとクレイが同時に聞き返した。  
「ええ、人間に催淫効果をもたらす香りなんですよ。まぁ、香り自体はすごくさっぱりとしてるんですが、フェロモンと同じ働きをする成分の薬草が入っていたからですねぇ。クレイ、ほんとに何もなかったですよね?」  
「な、何もないに決まってるだろ!」  
思わずテーブルに身を乗り出して怒鳴ったクレイ。うう、それじゃ、余計に怪しいんだってば。  
実は、キットンたちが帰ってくる前にわたしたち、このテーブルの上で最後までしちゃったんだ。だから、決して何もなかったなんて言えない。大アリなんだもん。  
そういえば…?わたしは、ふと、疑問に思うことがあった。  
「ねえ、キットン。この香水がフェロモン香水だとしたら、キットンやノルはどうなるの?わたし、ルーミィからもらったときにその場でつけたじゃない。あのときどうだったの?」  
「いやー、わたしは何ともなかったですよ。それは別に妻帯者であるからというのは別として、人間にしか効果がないからだといえるでしょうねえ」  
 
「え、ど。どういうこと?」  
「いやですねえ、わたしもノルも厳密に言うと人間じゃないですから。わたしはキットン族ですし、彼は巨人族ですし。そりゃ効果ありませんよ。ぎゃっはっはっはっはっは」  
わたしの問いに対して大笑いしだしたキットン。  
って、確かにそれはそうなんですけど!  
「おれ、なんともない。でも、パステルの匂いは好きだ」  
ルーミィとシロちゃんと遊んでいたノルも振り向いてこんなことを言った。  
「でもまぁ、風邪で寝ているトラップは別として、クレイにも効果がないってことはただの香水って訳ですね。よかったですね、パステル」  
「んー…でもやっぱりもったいないから、普段には使えないよ。みんながせっかくくれたんだもん。大事に使うね!」  
わたしは笑顔で答えたんだけど、ほんとの意味は他にもあった。  
クレイと二人っきりのときにだけ、使うね。  
あんなに激しく求めてくるクレイにはびっくりしたんだけど、たまにはそういうのもいいよね。  
17歳の誕生日、わたしはまたひとつ大人になりました。  
 
 
 
 
 
END  
 
 
 

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