「きゃあっ!」  
身体が傾くのと同時に、目の前の視界がゆっくりになる。  
「っと!」  
床に放り出されろうになった私の身体は、そのまま倒れることもなく抱きとめられた。  
そして、スローモーションの世界は一瞬のうちにまたゆっくりと動き始めた。  
「あっぶねーなぁ、おめえ、見ててあぶなっかしーったらねえぜ」  
わたしを支えている細い腕の主はため息をつきながら言った。  
もちろん、この口の悪さから誰かなんて見なくてもわかるんだけど。  
「おい、あにボーッとしてやがんだ。いいかげん自分で立てよな」  
「わわっ…と、とと!」  
あっぶなーーい!また転びそうになっちゃった。  
だって、トラップったら急にわたしの身体から手を離すんだもん。  
「もー!なにすんのよ、危ないじゃない!」  
「っとにまぁ、何食ったらこんなに重くなるんだろうなあ?腕がしびれちまったぜ」  
わたしの話なんかどこ吹く風。  
おおげさに一人で腕をグルングルンまわしちゃってる。  
 
ったく―――――――。  
ってなるところだけど、へへ、許しちゃう。  
さっき一瞬手を放したときだって、本当にわたしが転ばないようにトラップが軽く身構えてたのわかったし。  
あの細い腕でしっかりわたしを受けとめてくれるんだろうな。  
それに、いつもみたくトラップは悪態ついてるけどさ、本心じゃないの知ってるもんね。  
だって、わたしを抱っこするとき、トラップったら  
「おめえ細ぇなあ。ちゃんと食ってんのかぁ?」なんて言うんだもん。あの華奢な、トラップが!  
ふふふ。  
昨日もそんなこと言ってたっけなー。  
急に、昨日の出来事がありありと思い出されて、カッと身体が熱くなる。  
「お、おい…パステル、大丈夫か?一人でニヤニヤして」  
一部始終を見ていたクレイが心配そうに声をかけてきた。  
クレイが心配するのも無理はない。  
普段のわたしだったら、  
「もー、自分の心配より人の心配をしなさいよね!失礼なやつ――!」  
なーんて、言ってたんじゃないかなぁー…あはは。  
でもしょうがないよね、わたしとトラップって…うん…まあ、その…なんていうか…そういう、関係なワケだし。  
パーティのみんなには、やっぱり内緒にしてたつもりなんだけど。  
「なんか顔も真っ赤だし…熱でもあるのか?」  
そう言いながら近づいてきたクレイは、突然わたしのおでこに自分のおでこをくっつけてきた。  
 
「!!」  
至近距離にあるハンサムフェイスに、女の子なら好きじゃなくても思わずドギマギしてしまう。  
でも、それはほんの一瞬のことで、すぐに顔を離すと  
「うーん、ちょっと熱あるかもな。キットン、何か風邪に効く薬なんて持ってないか?」なんて本気で心配しちゃってる。  
つくづくクレイっていい人だなぁーって思うけど、そのすぐ横から流れてくる冷たい視線に気づいてないあたり、やっぱり鈍感だと思う。  
その視線の主は、もちろんトラップね。  
ものすごーく、不機嫌な顔してこっちを見てる。  
その様子に気づいたキットンは  
「あ、これなんて風邪の引き始めにはいいんですよ!」ってクレイに話を合わそうとしてくれてる。  
ノルは何も言わないけど、ちょっと目が泳いでるし。  
二人とも気を遣ってくれてるんだよね。トラップとわたしの関係にもいつも間にか気づいたみたい。  
それでもクレイは気づかないんだから、やっぱり鈍感。  
トラップは何とか我慢してるけど、夜、トラップと二人っきりになると昼間の我慢の反動なのか、  
「なんでおれ以外の野郎といちゃこいてんだよ」なーんて言いながら…その、まあ、激しくされちゃうんだよねー。へへへ。  
嫉妬されるってちょっと悪くないかも、なんちゃって。  
 
その夜。  
メインクーン亭から帰ってきてから、クレイ達男どもはバイト探しに出かけることになった。  
忘れちゃいけないけど、わたし達は莫大な借金を抱えてるんだよね。うううう。  
わたし?わたしももちろん働くけど、お腹いっぱいになったルーミィがぐっすり寝ちゃったからね。  
シロちゃんもいるとはいえ、二人(一匹?)だけで置いておくわけにはいかないでしょ?  
だからわたしはお留守番。  
そうそう、出かける前にトラップがこんなことを言い出した。  
「今日、遅くなるかもしんねえな」  
「そう?じゃあ起きて待ってるよ」  
わたしがそう言うと、彼の口から意外な答えが返ってきた。  
「いーや、いいから寝て待ってろよ」  
「え?大丈夫だよ!あんまり眠たくないし」  
「いいって」  
「だいじょうぶって…っ」  
そうわたしが言い終わる前に唇を塞がれた。  
「…じゃあ、眠たくなっても寝かせねーからな」  
そう言うと踵を返し、扉から出て行った。  
ふわあああ。  
体中から力が抜けていく。  
照れを隠したようなトラップの顔と、最後に放った彼の言葉が脳裏によみがえる。  
『眠たくなっても寝かせねー』ってことはつまり…えええ!?  
思わずその後のことを想像してしまったわたし、『寝とけ』と言われてベッドにもぐりこんではみたものの、しばらく寝付けなかった。  
 
スースー寝息をたてるルーミィの幸せそうな寝顔を見ていると、思わず顔がほころんでしまう。  
幸せって、こういうことなのかな。  
なーんか、満たされたるって感じがするよね。えへへへ。  
 
そんなことを考えているときだった。  
 
コンコン、と扉をノックする音。  
「はぁーい」  
「あ、パステルさん?来客なんだけど、今大丈夫かい?」  
声の主はこの宿屋のおかみさん。  
こんな時間に来客?誰だろう?  
シルバーリーブならまだしも、ここはエベリン。  
知り合いっていったら…マリーナとか?  
「あ、今行きまーす」  
ネグリジェにカーディガンを羽織って階下に降りていくと、おかみさんが不審そうな顔をして立っていた。  
「パステルさん、あの人と知り合いかい?」  
「え…?」  
「いやねえ、確かあそこの用心棒じゃないか。なんて言ったかねぇ、高利貸しで有名な…」  
「もしかして…」  
「あんた、よっぽどお金に困ってんのかい?うちに取り立てに来られちゃ迷惑なんだけどねえ」  
「その心配はない」  
急に扉が開いて外の冷気が部屋の中に流れ込んでくる。  
その先に立っていた人物。  
ストロベリーハウスの用心棒の一人、ギア・リンゼイこと、ギアだった。  
「パステルとは友人なんです。取り立てではないからご心配なく」  
そう言うと、やっとおかみさんはホッとしたようで  
「なんだ、そうなのかい。すまなかったねえ」なんて言いながらどこかへ行ってしまった。  
改めてふたりっきりになったわたしたち。  
ギアの方に向き直ると、彼はわたしを熱いまなざしでじっと見つめた。  
「パステル…」  
「ど、どうしたの?ギア」  
「と、とりあえず…中に入れてくれないかな」  
白い息を吐きながら、ギアはクックッと短く笑った。  
 
「はい、どうぞ」  
ギアの前にコーヒーの入ったコップを置く。  
「ありがとう。…ごめん、寝てただろ?」  
「ううん、寝付けなかったから、大丈夫」  
ホットミルクの入ったコップを持ってギアの向かいに座った。  
口をつけるとほんのり甘い味。  
飲むふりをしながら向かい側のギアをちらっと見ると、彼は目をつぶってコーヒーを飲んでいた。  
 
はあああ。  
沈黙が重い。  
っていうか、なんか、すっごい気まずいんですけど!  
だって、ギアとふたりっきりで会うのは、久しぶりだし。  
と、言っても一週間ぶりぐらいなんだけど。  
きまずいのにはもちろん理由がある。  
キットン族のダンジョンの…何て言ったかな、木の棒をもらった店の近くで…わたし、ギアに…さ、触られちゃったの。  
どこって、え、えと…口じゃ言えないとこ。  
そのときに、いきなりキスされて、キスも、そういういやらしいことするのも初めてだったから…。  
性的な快感、ていうものを知って、興味本位でもっとしたくなっちゃったのかも。  
 
でも、そのあとトラップと初めて…えっちして、本当に好きな人とするってとがこんなに幸せってわかったんだ。  
だから、ギアとそういうことしちゃって…ほんとのこと言うと後ろめたかった。  
そのことは、トラップにも言い出せなかった。今が幸せだからきまずくなるのが怖くて。  
でも、それってただ問題から逃げてただけ。これじゃあ、本当に幸せって言えないよね。  
「もしかして、眠い?」  
「え!?いや、あの、その…あはは!ごめんね、ボーっとして」  
「何か…考えてた?」  
ぎくっ!  
うまく取り繕ったつもりだったけど、やっぱり見抜かれてるなあ…。  
そういえば、ギアは何しにきたんだろ?  
も、もしかして…やっぱりそういうこと?  
このまえ確か『続きは二人っきりのとき』って言ってたもんね。  
ど、どうしよう!!無理無理!ぜぇーったい、無理!  
そんなことを考えているうちに、顔がカーッと熱くなってきた。  
「パステル?」  
「ななななななんでもない!なんでもない!」  
うわああ、だめえ、なんか変に意識しちゃう。  
でも、これってもしかして…チャンスかも。  
これ以上ギアとそういうことは出来ないって言わなきゃ。  
「あ、あのね…」  
「何で来たの?って思ってる?」  
ぎくぎくっ!!  
またしても見抜かれてしまった。  
「う、うん…ギアと会うの久しぶりだし」  
何とか平静を装っていると、ギアの口から予想もしなかった言葉が発せられた。  
「夜食、食べる?」  
「…え?や、夜食?」  
「うん。腹減ってない?」  
「……。」  
くううううううう。  
は、はずかし―――――!  
わたしったら、ギアの親切心を下心と勘違いするなんて――!  
ギア、本当に、ほんとうにごめんなさい。  
「あ、ありがとう!じゃあ、頂こっかな」  
そう言うとギアはふっと真顔になった。  
「おれ、食いにきたんだけど」  
「…?」  
え、てことは、わたしがギアにごちそうするってこと?  
なあんだ!てっきり何か持ってきてくれたのかと思っちゃった。  
「そ、そっか。でも、今なんにもな…」  
「いや、あんたを食いに」  
わたしの言葉を遮って、ギアは答えた。  
「『続きは二人のときに』って言っただろ?」  
そう言いながら立ちあがったギアの顔に、笑みはなかった。  
例えるなら…まるで狩りをするときの獣の顔みたい。  
背筋がぞくっとした。  
「ギ…ア?」  
言わなきゃって思ってたのに、言葉が出てこない。  
ギアが、まるで別人みたい…!  
じりじりと獲物をしとめるときのように、ゆっくりと近づいてくる。  
椅子に座ったまま動くことができなかった。  
このまま本当に食べられちゃうんじゃ…!?  
「パステルもしたかっただろ?」  
そう言いながら、ギアはわたしの肩に手をかけた。  
反射的に首を横にぷるぷると振った。  
「おあずけ、だったもんな」  
恐怖心からなのか、首を横に振ることしかできない。  
どうしよう…トラップ、たすけて―――!  
ギアの顔はすぐ目の前まで迫っていた。  
 
「今日は、最後まで…な?」  
「いやあ…っ」  
思わず逃げようとしたとき、バランスを崩した。  
「きゃあっ!」  
身体が傾くのと同時に、目の前の視界がゆっくりになる。  
「っと!」  
床に放り出されろうになった私の身体は、そのまま倒れることもなく抱きとめられた。  
ガターン!  
椅子だけが床に倒れる音が響く。  
わたしを支えている細い腕。  
いつもとちがう人の腕。  
「…逃がさない」  
そのまま腕を背中に回されて、獲物が逃げないように。  
「やあ…っ」  
かぶりつくようわたしの唇をむさぼった。  
唾液まみれの舌を絡め、噛みつかれるような勢いで舐められ。  
でも、最初は嫌だったはずなのに、いつの間にかギアの舌を素直に受け入れてしまったいた。  
久しぶりの、ギアの唇はやっぱりちょっと冷たい。  
「んっ…ふ、ギ…アっ」  
頭がだんだんぼーっとして、身体に力が入らない。  
激しくキスをされながら床に寝かされ、ギアの指が身体中をまさぐる。  
「あっ」  
そういえば、ブラしてなかった…!  
ネグリジェ越しからギアのごつごつした手が胸に触れる。  
「ん」  
「パステルの胸、勃ってる…」  
そう言いながらきゅう、っと先端を指でつまんだ。  
「あん…っ」  
下半身がじゅん、と濡れてくるのがわかった。  
どうしよう、やめなきゃいけないのに…!  
ギアのひんやりした手が脚に触れた。  
「ひゃっ」  
「まだ脚触っただけなのに、相変わらず敏感だな」  
耳のそばで生暖かい息を吹きかけられながらささやかれる。  
く、くすぐったい!  
思わず身体をよじると、ギアはなおも執拗に耳を舐めてきた。  
ぐちゅっ、ぐちゅ…  
耳の穴の中に舌先をねじ込まれるたびに、身体はびくん、びくんと反応した。  
「んんっ」  
つつつ、とギアの指が太ももの間をすべる。  
「ひゃ…ん!」  
パンティ越しに一番敏感なところに手が触れた。  
「今日は毛糸のパンツ、はいてないよな」  
クスッとギアは笑った。  
「そこ、は…だめっ…んんっ」  
「よく言うよ、こんなに濡れてるくせに」  
親指で先端をギュッと押された。  
「くうっ…」  
「敏感だな、パステルは」  
「やだぁ…んっ、だ、だめっ…」  
ネグリジェを捲りあげられ、下半身があらわになる。  
「だめ、は、ずかしい…」  
「中もぐちょぐちょなんだろ?ほんとはまた舐めてほしいんだろ?」  
「ちがっ…ん」  
「処女のくせに、淫乱だな。パステルは」  
その言葉で、脳裏にトラップの顔が浮かんだ。  
トラップ…どうしよう…。  
でも、こんなところをもし、見られたら…!  
「…ん?」  
ギアがふと、手を止めた。  
 
「…これ、どうした?」  
「え?」  
「…キスマーク」  
あ…それ、もしかしたら、昨日、トラップが…。  
「もしかして、あの盗賊?」  
「え、えと…」  
わたしが言う前に、ギアはするりとパンティを脱がせた。  
「きゃ…!」  
こんな明るいところで、こんな格好…!  
「やあっ」  
ギアはわたしの腰を浮かせると、強引に両脚を開いた。  
だから、あそこがギアに丸見えの状態。  
「へー…やっぱり」  
ギアはわたしのその部分を舐めるように見つめながらニヤッと笑った。  
「な、なに…っっあん」  
折り曲げた中指をぐっと入れられ、中でぐちょぐちょ掻き回された。  
「ひぃぃん!」  
「処女膜、破れてる」  
え、処女膜って…!?  
「おれが破るつもりだったんだけどなあ」  
すると今度はごりごりと中をなぞられた。  
「やあっ、だめ、だめえ…!」  
「あいつに横取りされたな…ったく、いつの間に」  
同時に親指で敏感なところをぐい、ぐいと押されると、猛烈にトイレに行きたくなってきた。  
「だめ、だめ、出ちゃう、出ちゃううう!」  
「出していいよ」  
「やあ、お、おしっこ、出ちゃうう!!」  
そう言ってもギアの指は余計に激しくなってくる。  
「…やあああああっ!」  
身体がびくびくっと痙攣し、ぴいいんと爪先まで硬直すると同時にじわわっと緊張がほぐされていく。  
な、なんか変な感じ…。身体に力がはい、ら、ない…。  
「ほら、パステル」  
よっ、とギアがわたしの力の入らない上半身を起こす。  
「え!?」  
床には何かがこぼれたような大きなシミ。  
もしかして、これって…。  
なんとなく聞いたことはあったけど、もしかして。  
「あんた、ものすごい感じてたよ」  
「し、潮…?」  
そう聞くと、ギアは静かにうなずいた。  
「あいつとやったとき、潮なんて噴いたことなかったんだろ?」  
その言葉に、カッと顔が赤くなった。  
それは羞恥心とか、そういうのもあるんだけど。  
なんか、トラップを馬鹿にしたような、そんなニュアンスがこめられてた気がしたから。  
「ギア…、もうやめて」  
ネグリジェを脱がそうとしたギアの手を止めて言った。  
「わたし、トラップが好きなの。これ以上ギアとは出来ないよ」  
一瞬、ギアの手がわたしから離れた。  
そう思った瞬間。  
 
「これ以上、我慢しろって?」  
そう言いながら、器用な手つきでベルトを外していった。  
そうやって下着から自分のそそり立ったモノを突き出した。  
「きゃっ!」  
トラップのよりも、ちょっと細長くって、黒っぽいギアのそれは…わたしを突き破ろうとうずうずしているように見えた。  
「無理だな」  
「や、やあっ!」  
力づくでわたしを床に押し倒すと、無理やりに両脚を広げる。  
「だめ、だめぇ…っ!」  
わたしの懇願もそこまでだった。  
「どっちがいいか…試させてやるから」  
ギアはわたしの中にぐぐぐっと入ってきた。  
「あ…んっ!っう…」  
あれだけ抵抗したというのに、快感には抗えなかった。  
一気にギアの熱いものが下半身を貫く。  
「ああんっ!んんっ…!んん…っ」  
「んっ、パ、パステル…っ」  
ギアの先っぽが、ずいぶん奥まで当たってるのがわかる。  
「やっ、き、きも、ち、いいっ…!」  
「く、くぅ…き、きつい…」  
奥まで突く、一気に引き抜く。そのたびに息が上がる。  
「い、いいっ…!」  
「パステル…っ」  
ギアの腰が沈むたびに、わたしの腰が浮く。  
呼応するように、快楽の渦に落ちていく。  
「い、イッちゃう、トラッ…」  
そこまで言ってハッと口を押さえた。  
目の前にあったのは、トラップのサラサラの赤毛じゃなくて…ギアのサラサラの黒髪。  
腰が動くたびに揺れている。  
「おれは…トラップじゃない…っ」  
苦しそうに、でもはっきりとしたギアの言葉。  
目の奥がツーンと痛くなってきた。  
わたし、ギアに抱かれながら、トラップとしているところを想像してたんだ。  
涙がぶわっと滲む。  
「おれ、もう…うっ」  
そう小さくギアが呻くと、下半身が熱くなってきた。  
びくん、びくんとわたしの中で痙攣するギア自身。  
え…?なに、これ…!?  
「はあっ…うっ」  
「ギア…?」  
わたしにしがみ付いたまま肩で大きな息をしているギアに恐る恐る声をかけると、彼はゆっくりとわたしから自分自身を引き抜いた。  
それを見て絶句した。  
 
「…!」  
だって、ギアの先端から、白い液体が流れていたんだもん。  
思わず下半身を見ると、同じ液体があそこから太ももを伝って流れている。  
「ちょっと、ギア…なんで?」  
「責任はとる」  
「なんで、なんで中に出すの!?」  
トラップは、いつもお腹に出してくれる。「今は責任とれねーかんな」って言って。  
中で出したことなんて、なかったのに。  
また涙がじわっと滲んだ。  
「あんたが好きだから。もし出来ても、おれは逃げも隠れもしない」  
なんてギアは言った。  
わたしの気持ちなんて、考えてくれてない…!  
ちょこっとでも、この人を信じてしまった自分を後悔した。  
「ほら」  
睨みつけるわたしを無視するように、ずいっと精液まみれの自身を突き出した。  
「口開けて」  
ぷいっと横を向いたわたし。ふんだ、誰がそんなことしますか!  
「ははっ、怒ってる」  
そんなわたしにさぞ面白いといった様子のギア。  
「やだっ…!」  
「おれ、今度はパステルの口でしたいんだけど」  
そう言うと、ものすごい力で口を開けさせられた。  
「むぅ――」  
そこにためらいもなく入れられたギア自身。  
生臭いような匂いが鼻をつく。  
「う、うえっ」  
「吐くなよ、そう、動かして…」  
わたしの頭を持ったまま、前後に動かされる。  
 
そのとき。  
 
ガチャ  
 
扉の開く音に、ビクッとして振り返る。  
 
「ク、クレイ…」  
そこに立っていたのは、真っ赤な顔をしたクレイ。  
わたし達の状況に、何をしていたのかもちろんわかったみたい。  
「ご、ごめん」  
そう言うが早いかものすごい勢いで扉を閉めた。  
まずい…、絶対まずい。  
まさに、顔面蒼白。  
「どうしよ…」  
慌てふためくわたしをよそに、ギアはいつものように冷静なまま。  
「クレイ、誤解してるよ…」  
「誤解も何も、おれとパステルがセックスしたのは事実だろ?」  
そりゃ、そうなんだけど。このままじゃわたしとギアが和解のもとそういうことをしたように見えるじゃない?  
それじゃ、困る!だって、全然和解じゃないんだもん。  
「そういうことじゃなくて!とにかく、誤解をとかなきゃ」  
わたしが身なりを整えようとすると、ギアはわたしの手首を掴んだ。  
「な、なに!?」  
わたしを無視して、ギアは扉の方に向って言った。  
「そこでオナニーしてるだろ?」  
ぶっ!!  
思わず盛大に噴き出したのは、わたし。  
 
バアン!  
 
ものすごい勢いで扉が開くと、真っ赤な顔をしたクレイがつかつか入ってきた。  
「ばっ…そんなことするわけないだろ!!」  
そう言ってギアの胸倉をつかんだ。  
「ちょ、やめてよ!クレイ!」  
思わず二人の間に割って入った。  
すると、ギアはさぞおかしいようにクックッと笑った。  
「じゃあ、なんで扉の前に立ってた?」  
そう言われてクレイの顔が再び赤くなっていく。  
でも、今度は怒りじゃなくて、羞恥心からくるような感じ。  
「気になってたんだろ?」  
「気にならないわけないだろ!」  
ギアの挑発に、クレイはこっちがびっくりするくらい声を荒げた。  
「クレイ、心配かけてごめんね。でも、わたしとギアはそんなんじゃ…」  
「パステルもパステルだ!」  
怒鳴られると思ってなくて、思わず固まってしまった。  
「毎晩、毎晩…トラップと二人でそういうことして…隣の部屋から毎晩パステルの声が聞こえて…おれ、もう限界なんだよっ!!」  
って…ことは、つまり…?  
クレイも気づいてたの!?  
「じゃあ、なんでトラップの前でわざとくっついてきたりするの!?」  
「パステル…鈍感なのは君の方だよ」  
思ってもみなかったクレイの言葉に、きょとんとしてしまう。  
「パステルと四六時中いっしょにいて、健康な男だったらそういう気持ちにもなるよ」  
…それって…?  
「パステルに触りたいっていう欲求だよな」  
ギアはまんざらでもないって顔をしている。  
じゃあ、もしかして…。  
があ―――――ん。  
考えたくないけど、それってつまり、わたしを想像して…。  
ふえ――ん。クレイのばかぁ。  
ギアもわたしと同じことを思ったのか、ニヤッと笑った。  
 
「なら、パステルにやってもらえばいい」  
って、ちょっと!  
「ええええええ!?」  
な、なに言い出すの?この人ったら!  
「クレイだってしたいんだろ?」  
「え、ギア、何言ってんのよ!ねえ、クレイ。なんとか言ってよ!」  
しかし、クレイはうつむいたまま。  
「ねえ、クレイ!」  
クレイの肩を掴んで揺さぶると、両手首をぎゅっと掴まれた。  
「え…なに?」  
見上げたクレイの目は、いつもの優しいクレイじゃないみたいだった。  
さっきのギアとおんなじような…獲物を狙う、狩りの時の動物の目。  
その戦慄に、身震いした。  
 
 
シャワーを浴びながら、震える肩をギュッと抱きしめた。  
さっきまでのことが、夢であったらいいのに。  
 
クレイがわたしの中に入れて、絶頂に達するまで時間はかからなかった。  
そしてまた、わたしの中に精をぶちまけた。  
白濁色のどろりとしたものが、流れ落ちる。  
「残念だなっ…せっかく、パステルの旦那になれたかもしれないのに…くっ」  
「んむむう…」  
笑いながらわたしの口にギアは精をぶちまける。  
どろりとした液体を涙をのんでごくん、と飲み干すと、ギアは満足そうに笑った。  
「他の男の精子と混ざると、妊娠しないっていうから」  
 
そんなの本当かわからないじゃない…!  
わたしは思わず自分の脚の間から指を突っ込み、精子を掻きだすように洗い流した。  
これで、何度目だろう…。  
さっきからフラッシュバックが止まらない。  
もうすぐ、トラップが帰ってくる。  
その前に、全部洗い流さなきゃ…。  
 
また、秘密が増えちゃう…。  
 
これはわたしだけの悪夢。  
ほんとうのことを話したら、きっと、すべてダメになる。  
恋人なら本当のことを言うべきなんだろうけど、わたしにはそれが出来ない。  
トラップが好きだからこそ、出来ない。  
流れる涙をシャワーで洗い流しながら、そう思った。  
 
 
 
END  
 

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