わたし達はクエストを終え、無事にエベリンに戻ってきた。
ふぅ、色々大変だったけど、キットンの記憶も戻ったし、キットン族の証ってのも手に入ったし。
よかったよかった。
でも、まさかあんなキノコマークがなんて思わなかったけど。
宿屋に着いてやっとひとりになれたわたしは今日一日の出来事をベッドに腰掛けて思い返していた。
もう一つの簡易ベットは完全にルーミィとシロちゃんが独占していた。
ルーミィはお風呂に入った後コテンとベッドの上で意識をなくしてしまった。
いつもの如く、シロちゃんをぎゅっと抱きしめたまま。しかし、シロちゃんも苦しそうな顔をせずグッスリ眠っている。
わたしはそんな二人(一匹?)の姿を見ているうちになんだか急に胸が苦しくなった。
クエスト中はいっぱいいっぱいだったから思い出す暇もなかったんだけど。
ひとりになった時、あの事を思い出してしまった。
ギアとのこと。
途端に顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかる。
『ギア』って名前だけでも身体中が熱くなってくる。
わたし、ギアに好きって言われたんだよね。その後、キ、キス…されて……それから、それから…………。
ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
あの時の自分がフラッシュバックする。
むにっとした妙に生々しい唇。唇よりも柔らかくてなめらかな舌。それから、快感で濡れてしまったわたしのあそこをなぞる彼の指。
ひゃああああああ。
なんかわたしってすごーく恥ずかしい。会ってまもないギアにあんなことされて、喜んでるなんて。用を足すところを触られて強い快感にギアに抵抗することもできなかった。
あーあ………
なんだか少し後悔の念が浮かんだ。なんて言うんだろう、何か汚れてしまったんだろうなっていう…ちょっと後ろめたいような気持ち。
でもそれと同時に再び胸が苦しくなった。
あの時の快感が忘れられない。…ん…苦しい…。
そして身体の奥底からじわっと滲み出てくるなんとも言えない熱い衝動に襲われる。
「ん……」
わたしは思わずのけ反って声を漏らしてしまった。いっけない、ルーミィ達が起きちゃう!
素早くもう一つのベッドの中に潜り込む。
目を閉じて浮かぶのは、やっぱりギアのこと。
ギアは「2人きりのときに」なーんて、言ったけど。今度いつ2人で会えるかなんてわかんない。
メインクーン亭での打ち上げのときだって何度かギアと目が合ったんだけど、彼は何も言わずにわたしを見て笑っただけだった。
ギアは、どうしてわたしが好きなんだろう……。
そういえば聞けてなかったな。まぁ聞いてる暇もなかったんだけど。
そんなことを考えていたときだった。
コンコン、とわたしの部屋のドアがノックされた。
「……はい」
もしかして、ギア?
わたしは小さな期待をもったままベッドから立ち上がり、ドアを開けた。
「トラップ…」
トラップには悪いけど、 正直ちょっとガッカリしてしまった。
「わりぃ」
こんな時間までどこをほっつき歩いてたのか。まだ普段着のままでちょっとお酒のにおいがした。
「どうしたの?」
「ちょっと話せねぇかな、と思って」
彼にしては珍しいちょっと真面目な顔。今日のクエストのことかな。わたしギアに甘えて2度も抱っこしてもらって絶壁を登っちゃったし。あの時、トラップはわたしに何だか怒ってたからな。やっぱり…幻滅したのかな。
「うん…でもここじゃなくて下にしよ。ルーミィ達が起きちゃうといけないし」
この宿屋は1階にちょっとしたロビーがある。ロビーといっても安宿だから、そんな立派なものじゃない。古びた長椅子とテーブルが並べられただけの談話スペースのようなものだ。
さすがに夜も遅かったせいか、明かりはついてなくて、ほんのりと窓から差し込む月の光だけであたりはほの暗かった。
わたしが長椅子に座ると、そのすぐ真横にトラップは腰掛けた。彼は一度ため息をつくとむずかしい顔をして空中をじっとみつめている。
何となく気まずくって、わたしは口をつぐんだ。
二人の間にゆっくりと長い時間が流れた。
「……ごめん、トラップ」
先に口を開いたのはわたしだった。
「ん?」
「だから、今日のクエストのこと」
初めて彼はわたしの顔を見た。
「………ああ」
「…わたしってホントにふがいないよね。自分一人でやればよかったのに、ギアの手なんか借りて」
そう言うとトラップはぎょっとした顔でわたしを見つめた。
「は?パステル、おめぇ一人でするのか?」
信じられないといった顔。
「なによ。わたしなりにやろうとしてるのに」
もー……こっちは真剣なのに。そんなにわたしって頼りないのかなぁ?にしても、そんな言い方することないじゃん。
彼はわたしをまじまじと見つめると、ちょっとにやけながら
「パステルってけっこーやらしーんだな」
思ってもみなかった彼の発言に思わず耳を疑う。
「は?」
「だからって、ギアにいじってもらわなくても……」
トラップは苦笑した。
えっ……てことは、つまり、え、えっ、えええええええーーーー!
カーッと頬が紅潮していくのがわかった。
「み、見てたの?」
「気づかない訳ねーだろ」
…………!!ああああああーーーーー!!
わたしは思わず手で顔を覆った。
まさか、まさか、見られてたなんて。…でも、一人っていうのは……
そしてやっと、わたしはトラップが何を言おうとしているのが理解できた。
「…ってあのねぇ!わたし一人でなんかしないから!」
トラップに向き直って言うと、彼はびっくりした顔でわたしを見た。そしてくねっと体をよじると、
「きゃっ。パステルちゃんったら、こっわ−い!」
…こいつ…。
わたしはまた顔が真っ赤に染まった。しかし、それは恥ずかしさからもあるけど、トラップへの怒りだった。
どうしてそんな言い方するんだろう。
わたしだって初めてそんなことされて、どうしていいかわかんなかったんだもん。
ギアからあんなことされて、好きかどうかまだわからなかったけど好きって言ってもらえて正直うれしかったし。
あんなことされて正直まだ身体が疼くくらいだし。忘れられない。簡単に忘れられない。
トラップに見られたことも恥ずかしかったけど、わたしがひょいひょいと知り合ったばかりの男とあんなことをダンジョンの中でして、しかも普段は一人でしている淫乱な女って言いたいのかなあ。
後からそんなことを言ってわたしを辱めるためにわざわざ呼び出したんだろうか。
そう思ったら、目の奥がじわぁっと熱くなってきた。
「…そんなんじゃない」
わたしは震える声でそういうのが精一杯だった。
すると涙があとからあとから溢れてきた。
「わたしだって、びっくりしたよ。…初めてだったんだもん」
しゃくりあげながら、わたしは話した。
「…………。」
「最初は抵抗したんだけど…でも…」
「なんだよ」
「できなかったの……身体が、ギアを、拒めなかったの…」
ふーっ、とトラップは大きなため息をついた。
「………ごめんね」
なんて言っていいかわからず、わたしはそう泣きながらつぶやいた。
「なんでお前が謝ってんだよ」
「わかんないけど…トラップには、そんなこと、簡単に、出来るような、女の子って、思われたくない…」
その瞬間、それまで黙っていたトラップが急にわたしの肩をぐっと抱き寄せた。思わず、トラップの身体に倒れこむ。
「え………ちょっと」
そのままトラップの腕はわたしの背中にまわされた。
「ちょっ……トラップ」
一瞬の出来事だった。
顔にサラサラの髪が触れたかと思うと、わたしの唇に何かが重なった。 熱っぽくて、ちょっと湿っぽくて………ふっとお酒のにおいがした。
……………!
何が起こったのかすぐに理解できなかった。
トラップはわたしの顔から顔を離すと、ぎゅっと抱きしめた。
「おめぇが好きだ」
「…っ」
そう言うとさらにトラップは力を込めて抱きしめた。
「……苦しいよ…」
「おれ、あいつに嫉妬してた。素直じゃねぇから気持ちも上手く伝えられねえし」
「……うっ」
思わず苦しくて咳込むと、ちょっと腕の力を緩めてくれた。
「わりぃ…今日だって、本当はからかうつもりじゃない。おれ、いつもこうやって怒らせてばっかなんだよな。ごめんな」
思ってもみなかったトラップの言葉。
「とにかく、おれ、早くこうしたかったんだ」
再びわたしにトラップは唇を重ねた。そして、噛み付くようにわたしの唇をむさぼった。トラップの舌もわたしの舌を激しく求めるように絡ませる。
あまりの激しさに、わたしはどうかなりそうだった。
むわっとむせ返りそうになる、トラップのお酒のにおいにわたしは酔ってしまったのか。気付けば、わたしも自分の舌を絡めていた。
指先から、胸から、唇から感じるトラップの熱。
「ぅ…ん」
熱い吐息がわたしの鼻にかかって思わず我慢していた声が漏れる。
月明かりがさしこむロビーで、相手の顔も良く見えないまま、わたし達はお互いを激しく求め合った。
どれくらいの時が流れたのだろうか。
トラップは肩で大きな息をしながらわたしをぎゅっと抱きしめている。
ギアとのキスとは、ちょっと違う気がした。なんていうか…ギアのは、なんとなく慣れている感じがした。キスされながらとろけそうな気持ちにされたし。
トラップとのキスは、なんかむさぼりつく感じ。途中、舌を噛まれたりしたし。でも、トラップが心からわたしを求めてくれているのがわかった。
それがうれしかった。
「パステル……好きだ」
トラップがわたしを抱きながら耳元で囁いた。
わたしは思わず彼の唇にキスをした。たっぷり十秒間の時が流れる。
トラップの唇から唇を離すと、彼はちょっと面食らったような顔をしているのがわかった。それを見てわたしは思わずぷぷっと笑ってしまった。
これが、わたしの答え。
キスひとつでこんなに簡単に変わってしまうなんて、軽い女って思われるかもしれないけど。今わたしはトラップが好き、って心からそう思えたんだ。
「…………!」
トラップはわたしをたまらなくなったかのように押し倒した。
でもその勢いが強すぎて。わたしは思いっきり長椅子から滑って転んでしまった。その拍子に近くにあったテーブルもひっくり返してしまった。
ガターン!!!
しーんと静まりかえっていたロビーに、ものすっごく大きな音が響き渡った。
床に倒れたわたしはしたたかに腰を打ちつけてしまった。
うううう…………い、痛い………。
声も出ないくらいの痛みに思わずその場に倒れこんだまま動けない。
「わ、わりぃ、パステル」
トラップが心配そうに屈みこんでわたしをさすってくれた。
痛みを抑えながら、大丈夫、と言おうとした時だった。ロビーに一番近い部屋の扉がバン!と開いた。
わたし達はびっくりしてその場に凍りついた。
そこに現れたのは、この宿のおかみさん。
「あんたら、時間を考えとくれ。やるなら、部屋でやんな」
そう言うと再び扉を閉めて中に入っていった。
ふーーーーっ。びっくりしたあ。
思わず、わたし達は顔を見合すと、なんだかおかしくなってふふっと笑ってしまった。
「そーいや、おめぇ、腰大丈夫なのか?」
実はまだちょっとじんじんしてるんだけど、なんとか頑張ったら歩けるくらいにはなっていた。
「んーん…まだ、歩けない。階段上れるかなぁ」
そう言うとトラップはふっと笑ってわたしをひょいっと抱きかかえた。ギアよりも細いと思っていたトラップの腕だけど、わたしをしっかり抱えてもびくともしない。
「…重くない?」
「あー。すげー重い。肩が折れそう。何食ったらこんなに重くなんだろな」
「…………。」
「嘘に決まってんだろ」
トラップはわたしをみて意地悪っぽく笑った。
わたしはトラップの肩にしがみついて首の匂いを嗅ぐ。ほんのりと汗ばんだ匂いがしたけど、なんとも言えないような幸せな気持ちに酔いしれてしまっていた。