短期間でお金を稼ぎたい人、大募集!
その店に足を向けたのは、扉や壁、一面にべたべた貼られた、そんなチラシに目を奪われたから、だった。
近づいて覗き込んでみる。そこに書かれていたのは、一時間で何千ゴールドとか、普段わたしがやってるバイトとは桁が二つくらい違う金額。
え、嘘! 見間違い? あるいは一時間じゃなくて日給の間違いとか……いやいや日給だとしても凄く美味しい話だぞ? なんて思いながら「じーっ」とチラシを見つめていると、いきなり「ぽん」と肩を叩かれた。
「お姉ちゃん、お金欲しいの?」
「え、はい?」
声をかけてきたのは、うーん何と言えばいいんだろう。一言で言えば、人相のよくない人だった。
全身を黒いスーツで固めていて、あまつさえ顔の半分は真っ黒なサングラスで覆われている。とどめとして、ほっぺたに走っているのは……ナイフ? か何かでできたと思しき傷跡。
でも、口調は優しかった。サングラスのせいで目つきとかはよくわからないけれど、わたしが身を固くしたのを察したんだろう。「ごめんね、驚かせた?」と、ぺこぺこ謝ってくれた。
うう、そんな風に謝られると、こっちが悪いことをした気分になるなあ。まあ、人を見た目で判断しちゃいけないよね。
「いえ、すいません。いきなりだったから、驚いて」
「いやいやそうだよねえ。ごめんねえ。あのさ、俺、ここの店で働いてるんだけど」
「はあ」
ここの店、で指差されたのは、わたしがさっきから熱心に眺めていたチラシが貼ってある、あの建物だった。
「チラシ見て、来てくれたんだよな? お姉ちゃん、お金が欲しいの?」
「え? えーと……まあ……」
「へえへえ! ふうーん」
曖昧に笑うわたしを見て、男の人は、じろじろとわたしの全身を眺め回した。
うう、この人、このお店の人だったのかあ。もしわたしがここにバイトに入ったら、この人と一緒に働くことになるのかなあ? それはちょっと怖い……いやいや、でも人は見かけによらないって言うし。
それに、正直お金は欲しい。というよりも、今日明日にも稼いで来ないと宿代さえままならない! って状態なんだよねえ。
何でこんなに貧乏なのかって? いつものことだし理由もいろいろ。誰かさんがギャンブルで、とか、人のいい我がパーティーのリーダーが困ってる人を見捨てておけなくて、とか、薬草やキノコの話になると周囲が見えなくなる人が後先考えずに……とか。
……でも一番大きいのは、財布を預かっているパーティー会計担当が、肝心の財布をどこかに落としたっていうのが多分……あああ本当にごめんなさい!!
とまあそんなわけで。わたしは何とか短期間で稼げないバイトはないかなあ、と探している最中だった。
いや、もちろんバイトより先に落とした財布を見つけようとはしたんだよ!? でも、村中探したのにどうしても見つからなくてさあ……多分、誰かに拾われちゃったんだろうなあ。うう、今月の生活費が全部入ってたのに……
優しいみんなは、「みんなで頑張ろう」「誰にだって失敗はある、反省して次に生かせばいいんだ」って言ってくれたけどさあ。やっぱり、いくら何でも申し訳ない。
ついでに、若干一名からは、「甘い甘い甘い」と指をつきつけられて「本当に悪いと思ってんなら金を稼ぐ手段くらいいくらでもあんだろ! それをちっと財布が見つからなかった時点で泣きついてくるのがまず甘いっつーんだ!」と怒鳴られてしまった。
もっとも「ギャンブルで金を使い込んだお前が偉そうなこと言うな」ってみんなからどつかれてたけどね。でもまあ、確かに彼の言うことも一理ある。
ごめんって謝るのは簡単。謝ったら優しいみんなを「いいよいいよ」って言わざるを得ない。それに甘えるのってすごく卑怯だよね。
だからこうして、時給の高いバイトを探し歩いていたわけ、なんだけど……
知らなかった。シルバーリーブにこんないいアルバイトがあったんだ!? どんな仕事なんだろう?
「うーん、ま、いいだろ! 合格!」
「え、はい?」
なんてわたしが回想にふけっていると、唐突に「ぽんぽんっ」と頭と肩を叩かれた。
え? え? なんて疑問を上げる暇もない。怖い顔の男の人……店長さん? は、長々とわたしを眺めた後、実に満足そうに頷いていた。
「いいよー。ちょーっと痩せすぎな気もするけど、君、化粧映えしそうだし」
「は、はあ」
「いいよ、合格ってことにしてあげる。お姉ちゃん、今日から早速働ける?」
「え……ええ!? 働かせてもらえるんですか!?」
けれど、微かな疑問なんて、続いた言葉で一瞬にして吹き飛んでしまった。
嘘、雇ってもらえるの!? え、だって一時間に何千ゴールドですよ!? 正直2、3時間も働けば、落とした財布に入ってた金額にお釣りが返ってくるって!
面接らしいことなんか何もしてないけど……い、いいのかなあ?
いやいや、迷ってる場合じゃないでしょ、パステル。こんな幸運、そうそうあることじゃない。時給がいいってことは、仕事内容はそれなりにきついだろうけど、でも、冒険者だもん。きつい労働なんて慣れてるし! 何とかなるでしょう!
「は、はい! 大丈夫です! お願いします!」
「おお、本当に? 助かったよお。若い子が少なくて困ってたんだ。じゃあ、早速……」
そう言って、店長さんがぐいっ! とわたしの肩をつかんだときだった。
突然、背後から伸びてきた大きな手が、店長さんの手首をつかみあげた。
「う、えええ? あ、あのあのあの?」
全く、突然何が起きたのやら!?
一瞬で起きた出来事は、正直、わたしの理解を超えていた。
突然伸びてきた腕が、店長さんの手首をつかんで、同時にわたしの身体を引き寄せた。
すごい力だった。逆らうことなんてできそうもない。正面に立っていた店長さんも驚いたんだろう。わたしの背後を、凄く怖い顔でにらみつけていて……
けれど、その表情が怯えたものに変わるのに、一秒もかからなかった。
「あ、あんたは……」
「ほおう。たったの一時間でこの給料か……おたくの店は、よっぽど金が有り余ってるらしいな」
「え、い、いや……」
「俺は商売のことに口を出す気はない。雇う側の利益と雇われる側の利益が一致したのなら、どんな非合法な取引だろうが俺には関係ないことだからな。が……この娘は、まあ……そう、俺の連れと顔見知りでな」
「つ、連れ!? あんたの連れって、まさかっ……」
「そう、そのまさかだ。だが、俺は親切だからな。お前がこの娘に『仕事』の内容をちゃんと説明して、それに見合った給料を払うつもりもあり、この娘がそれに納得したと言うのなら、連れには黙っておいてやるが。どうする?」
「か、勘弁してくれっ!」
ばんっ! という音と共に、目の前で、ドアが閉じられた。
え、ええっと……何が、どうなっているのやら? っていうか、えー!? わ、わたしのバイトは!?
「あ、あのあのあの!?」
「ったく……ガキがこんなとこで何をやっているんだ」
「あなたは!?」
ぐいぐいと乱暴に腕を引かれて。わたしは、今更、その人が誰なのか、に気づいた。
見上げるような長身と鍛え抜かれた身体。身に着けているのはやけに特徴的な剣。そして何よりも忘れられないのは……綺麗にそり上げられた頭から、長く長く伸びたみつあみ!
「ダンシング・シミター!? な、何であなたがここに!」
「それはこっちのセリフだ。何でお前がこんなところにいるんだ」
「こんな、って……ここはわたし達が拠点にしてる村で……ええと、あの、それよりも! あなたがいるってことは、もしかして!?」
「ああ」
抗議と疑問とその他色々な感情をこめた質問に、以前知り合った冒険者……ダンシング・シミターは、ちらりと視線を向けた。
「とりあえず。こんなところで騒ぐのはやめろ。俺が淫行罪で捕まるだろうが。落ち着いて話せる場所に連れていってやるから、少し黙ってろ」
「……はい」
ぎろっ、と怖い目で睨まれて。わたしは、蛇に睨まれたカエルのごとく、こくこくと頷いた。
うーん! 悪い人じゃない、はずなんだけどなあ。でも、出会いが出会いだったからかな? やっぱりちょっと……怖い、かも。
「遅かったな、ダンシング・シミター。何をし……」
ダンシング・シミターが連れて来たのは、シルバーリーブの中では一番の高級宿(もちろん、わたし達は泊まったことがない)の一室だった。
受付を素通りして、まっすぐに最上階の部屋へ向かう。ノックもなくドアを開けた瞬間飛んできたのは、ある意味……予想通りと言えば、予想通りの声。
「ぱ……パステル!? 何であんたがここに……」
「ぎ、ギア!」
いつか再会することはあるんだろうか……なんて思っていたけれど。まさか、こんな形で再会することになるとは思わなかった。
ギア・リンゼイ。以前、わたし達を助けてくれた、黒衣の冒険者。
そして、わたしにとっては、忘れられない思い出を与えてくれた人……だったりする。
ぼんっ! と頭に血が上るのがわかった。うわーん! こんなときに、こんなときに! とは思うけど! やっぱり……恥ずかしいっていうか、気まずいっていうか……
わたしが困っているのがわかったんだろう。ギアは、しばらく戸惑いの視線を向けていたけれど。やがて、わたしの隣で仏頂面をしているダンシング・シミターへと視線を移した。
「……何があった?」
「こっちが聞きたい。この小娘がどこに居たと思う」
「? い、いや……そもそも、何でパステルがここに居るんだ?」
「ええと……シルバーリーブは、わたし達が拠点にしてる村で……もうすぐ冬になるから、クエストに出るのは危ないし。アルバイトをしてこの冬を過ごそうっていうことになって……」
ぼそぼそと事情を説明すると、ギアは「ああ、そうなのか。ここが……」と顔をほころばせたけれど。
「ギア。お前、俺が今雇われてる店を知ってるな?」
「? ああ」
「その向かいの店が何をやってるところか知ってるか」
「…………?」
「こいつはそこにバイトに入ろうとしてたんだぞ」
ダンシング・シミターの一言で、「びしっ!」と表情を凍りつかせていた。
え……えーと。な、何でしょう? この気まずい沈黙は。
確かに今日、わたしが歩いていた辺りは、この村を拠点にすると決めたとき、オーシやリタから「絶対に近寄っちゃいけない」って言われた界隈だった。
いや、けどさあ! 村のめぼしいバイト先はどこもそんなにお給料がよくなくて……実は、以前トラップがあの辺りで一時的にバイトしてたことがあったんだけど。そのときに「結構稼げた!」って騒いでたからさ。わたしも……って……
「パステル……ね、念のために聞きたいんだが。あんたは、あの辺りの店が何を商売にしているか知ってるのか?」
「え……? う、ううん。全然……けど、お給料が良かったから」
「い、いくら金のためとは言え何を考えてるんだ! あいつらは知ってるのか? クレイやトラップは何をやってるんだ!?」
「えと……多分、みんなバイトを探してるんじゃないかなあ。いや、でもね、ギア! た、確かにあんなにお給料が高いんだから、危ない仕事なんじゃないかなあって言うのはわかるけど! でも、ちょっとくらい危なくてもやらなきゃいけないの!」
「ちょっとじゃない! パステル、あのな……」
「まあ、待て、ギア」
何だかやけに慌てふためくギアを制して、ダンシング・シミターは、くっくっと面白そうに笑った。
「まずは事情を聞こうじゃないか。おい、お前。金がいるとか言ってたな。一体何があった?」
「え、えーと」
うう、改めて説明するとなると恥ずかしいなあ。でも、まあ何だか助けてもらった? みたいだし。言わないわけにはいかないよね。
そんなわけで、わたしは事の経緯を二人に説明した。色んな人の不運やら何やらが重なったことに、とどめとしてわたしがお財布を落としたことまで、ぜーんぶ。
最後まで説明すると、ギアは椅子の上で崩れ落ち、ダンシング・シミターはお腹を抱えて大爆笑した。
そ、そんなに笑うことないでしょー!?
「も、もう! 笑わないでよっ! とにかく! そういうわけで。わたしのせいだからお金を稼がないといけないの。この季節に野宿はいくら何でも辛いし! さっきのところでバイトさせてもらえば、落としたお金なんて一日で取り返せるし!」
「あ、あのなあ、パステル……」
「ひーっひっひ……はっ……はははははは!! 全く! 何ともお前ららしい!」
実に情けない顔をするギアの肩に手を置いて、げらげら笑うのはダンシング・シミター。そう言えば、この人見かけによらず笑い上戸だったんだっけ?
うー、これだけ笑われるとさすがに腹が立ってきたなあ。でも、笑われても仕方ないもんね。はあ。
「えっとね、そういうことなの。あの……久しぶりに会えたんだしさ。夕食でも! って言いたいけど……ごめんね、ギア。わたし達、本当に今、余裕が無いんだ! こうしてる間にもみんなに迷惑かけてると思うから、このお礼はまた……」
「待て」
とにかく、説明するだけはしたんだから、もういいでしょう、ということで。
きびすを返そうとすると、今度はギアに肩をつかまれた。
「ギア?」
「いくらだ」
「はい?」
「いくらあれば、あんた達は助かるんだ?」
「はい?? ギア?」
「おいおい、ギア」
ずいっ、と詰め寄るギアに目を白黒させていると、ようやく笑いが収まったらしいダンシング・シミターが、呆れたようにつぶやいた。
「お前、まさか肩代わりしてやろうなんて考えてるんじゃないだろうな」
「うええ!?」
とんできた言葉に、わたしは、思わず足を止めた。
肩代わり……って、それって!?
「パステルがあんなところで働くのを黙って見ていられるわけないだろう!?」
「ちょっ……だ、駄目だよギア! そんなの駄目だって!」
やけに強い口調で言い切るギアに、わたしは慌てて首を振った。
いや、そりゃあ、そりゃあさ? 正直に言えば助かるけど……でも、前みたいに騙されて借金を背負わされた……ってわけじゃない。完全にわたし達自身が招いたピンチなのに、肩代わりなんて!
「大丈夫だってギア! 心配してくれるのは嬉しいけどさあ! 理由もなくお金なんてもらえないよ!」
「理由ならある! 止めるなダンシング・シミター。お前に迷惑はかけん」
「当たり前だ。かけられてたまるか。そうじゃなくて落ち着け、ギア」
ぶんぶん首を振るわたしと今にも財布を押し付けそうなギアを交互に見やって。ダンシング・シミターはため息をついた。
「お前、今何をしようとしてるのかわかってるのか? こいつも言っただろうが。理由もなく金を与えるというのは、それはつまり施しを与えるって意味だろうが? ひよっこのこいつらにだって、矜持ってもんがあるだろう。それをわかっているのか?」
「……やる、とは言っていない。貸すだけだ」
「それでいつ返してもらえるんだ? こいつらがお前に金を返す余裕ができるまで、ずっとこの村に居座るつもりじゃないだろうな」
「…………」
ダンシング・シミターの言葉に、しーんと重たい沈黙が立ち込めた。
うう……言うまでもないけど……例え貸してもらうにしろ、わたし達にそれをすぐ返す余裕なんて欠片も無いです、はい。
「だ、だから、いいってば! 本当にいいんだって! わたし達、バイト三昧には慣れてるからさあ。本当に心配しないで!」
「……パステル。いや、多分あんたはわかってない。いいか? あんたがバイトしようとしてた店。あそこはな……」
「まあ、とは言え」
きっぱり断るわたしに、ギアが何やら説明しようとしたときだった。
「とは言え。確かにこの何も知らないネンネをあの店に放り込むのは、賛成できんな。寝覚めが悪い」
「そうだろう? いいか、パステル。返すのなんかいつでも構わない。余裕ができたときに、冒険者グループにでも伝言を残してくれればいい。幸い俺達は傭兵だからな。金を稼ぐ手段には困らない。あんたは何も気にすることは……」
「だからお前は浅はかだと言うんだ」
再び詰め寄るギアをはたいて。ダンシング・シミターは、さらに続けた。
「あの大所帯パーティーの面倒を一冬ずっと見てやるつもりか? お前はそれでも傭兵か、冒険者か。見返りもなく易々と金を出すな。さっきの言葉をもう一度言ってやる。お前には、冒険者としての矜持はないのか」
「…………ダンシング・シミター。いや、お前の言いたいことはわかるが……しょうがないだろう。今回のことは……」
「待て待て。話を最後まで聞け」
全く、何が何やら?
ギアとダンシング・シミターの会話に入れず。かと言って帰ることもできず。わたしはただただ、目の前の展開をぼーっと眺めていることしかできなかった。
ふう、何でこんなことになったんだろう? わたしはただ、いいバイトは無いかなあって村を歩いてた。それだけだったのになあ。
というより。ギアが好意で言ってくれるのはとても嬉しいけど、わたしとしてはダンシング・シミターの意見に賛成だった。
確かにそうだよ。自慢じゃないけどわたし達って人数だけは多いからね。全員が一冬越す金額って言ったら結構な額になる。
昔助けてもらったからって、ううん、助けてもらったからこそ。無条件にお金を貸してもらうなんて、できるわけがない。
早くダンシング・シミターがギアを説得してくれないかなあ、と思っていると。
「だから、だ。俺も金を出す」
とんでもない意見が飛び出して。わたしの目は、完全に点になった。
「……は?」
「おい?」
「もちろんタダじゃ出さんぞ。こいつは少々辛くてもきつくても時給の高いバイトを探していたんだ。だったら、俺達がこいつを雇ってやればいい。簡単なことだ」
「ダンシング・シミター?」
「あのときはどたばたしていたからな。じっくり話す余裕もなかったが……」
そう言って。
ダンシング・シミターは、初めてわたしに視線を向けた。
その目つきは……何だろう。値踏みしている、ように見えるのは……わたしの気のせいでしょうか、ねえ。
「こうして見ると、ガキくさいが、立派な女じゃないか」
「ダンシング・シミター!?」
「世間知らずだが冒険者として最低限の矜持と度胸も持ってるようだ。お前が気に入るのもわかる」
「おい、お前!」
「それとも何だ。お前は嫌なのか。言っておくが、こいつは多分ただ金をやると言っても受け取らんぞ」
なあ? と話を振られて、わたしは反射的に頷いた。
何だかわからないけど、それだけは絶対だった。仮に受け取ったとしても、事情を話せばクレイは絶対「返して来い」って言うだろう。トラップはわからないけどさ。
「駄目だよ、ギア。ダンシング・シミターの言う通り。理由もなくお金なんて受け取れない」
「……だ、そうだ。だがお前はこいつらを助けてやりたいんだろう? だったら俺の案が一番いいと思わんか」
「…………」
「それとも、ここを出た後、こいつがあの店に向かうのを黙って見送るか? どんな奴を相手にさせられるかわかったもんじゃないぞ」
「!!」
びくり、と、ギアの肩が震えた。
「それとも……だ。お前はこいつ相手じゃ不満だと? ならお前は無理しなくてもいいぞ。俺一人で」
「ダンシング・シミター」
……どす黒いオーラがギアの身体から立ち上った、と見えたのは、わたしの気のせいだろうか。
「本気なのか?」
「……剣を握るのはやめろ。お前と本気でやりあったら冗談抜きで殺し合いになりそうだ。質問ならこいつにしろ」
ずいっ、と立ち上がるギアを適当にあしらって。ダンシング・シミターは、ひらひらと手を振った。
「聞けばいい。こいつが金を必要としていて、だがお前から施しを受けるのは拒否している。それが現実だ。あの店で働くのと俺達を相手にするのとどっちがマシか、あるいはこのまま野垂れ死ぬか。こいつに好きな道を選ばせろ」
「…………」
「お前が嫌だというのなら俺は一人でも一向に構わんぞ?」
「……嫌なわけが……あるか」
ダンシング・シミターの質問に、重苦しくつぶやいて。ギアは、ため息をついた。
そして言った。
「……パステル」
「うん。何?」
「あんた……俺達に、俺とダンシング・シミターに雇われる気は、ないか?」
「雇うって……ギア達が、わたしを?」
「ああ。一晩……俺は五千出してもいい。ダンシング・シミター。お前は?」
「……こんな何も知らなさそうなガキにその値段か? 待て睨むな。わかった。言い出したのは俺だからな。お前よりも安い値をつけるわけにはいかんだろうが。同じだけ出してやる」
「だ、そうだ。二人合わせて一万ゴールド出す。どうだ?」
「い、一万っ!?」
提示された金額に、思わずのけぞってしまう。
だ、だって一万って! みすず旅館が一人一晩100ゴールドなんだよ!? それを……
いや……正直、物凄く、物凄く心は揺れてる! けど……
「一万って……雇うって言ってたけど。ギア……わたし、何をすればいいの?」
「あんたが嫌なら断ってくれていい。無理強いする気はない」
「えっと……だから、何をすればいいの?」
「だから、その……」
「まどろっこしい奴だな。言葉を繕ったってやることは一つだろうが」
わたしが顔いっぱいに疑問符を浮かべていると。要領を得ない話に苛立ったんだろう。ダンシング・シミターが、ギアを押しのけるようにして、前に出てきた。
「単純なことだ。お前、一晩俺とギアのベッドの相手をしろ。それで一万ゴールド払ってやる。どうだ? 簡単な話だろう?」