最初、わたしは「ベッドの相手」の意味がよくわからなかった。
わかった瞬間、奇声を発して飛び退ってしまった。
いや、だって、だって! それって、それってつまりっ……
「なっ……なななななななななななななっ……何、でっ! 何でいきなりそんな話に!?」
「いきなり……なあ」
わかりやすくうろたえるわたしを見ても、ダンシング・シミターは、怒る様子も呆れる様子も見せなかった。
うー……「そんな反応するだろうなとわかってました」って態度を取られると妙に腹が立つのは何でだろう?
「パステル。無理する必要はない」
そして。
対照的に優しくわたしの肩を叩いてきたのは、ギア。
「言っただろう? 俺もダンシング・シミターも無理強いするつもりはない」
「え、えと……」
「ふん。全く俺達も親切なことだ」
真っ赤になってうつむくわたしに、ダンシング・シミターが、さもつまらなそうに続けた。
「いいか。お前がここから逃げ出した後、さっきの店に飛び込まれたら後が面倒だからな。今から教えておいてやる。お前がやろうとしていたバイトは、さっき俺が言ったのと同じことを、どこの誰だかわからん奴にやるってことだからな」
「……え?」
「ギア、教えてやれ」
呆気に取られるわたしに、今度はギアが、気まずそうに言葉を繋いだ。
「……パステルが入ろうとしていた店は……いわゆる娼館だ。わかるよな? パステル。娼館がどんな場所かは」
「…………」
「それも、俺達みたいな用心棒が職にありついてることからもわかると思うが……あの辺りの店は、どこも相当に治安が悪い。すねに傷を持つ客が多いし、娼婦の扱いも悪い」
「あの店にバイトに入った場合のお前の末路を教えてやる。どこの誰かもわからん男どもに好きなように犯されて、最後は病気をうつされて放り出されるか……気がふれて使い物にならなくなるまで働かされて死ぬか。まあそんなところだろう」
「…………」
ぞくり、と、背筋に寒気が走るのがわかった。
世の中にはそういう場所がある……ってことは、もちろん知っていた。
でも、それは何て言うか……エベリンみたいな都会の、わたし達が普段は行かないような別世界の中だけに存在する、そんな場所だと思っていた。
自分が、もう後ちょっとでその世界の住人になるところだった。急にそんなこと言われても、ぴんと来なかった、って言うのが正解。
「脅かしすぎだ、ダンシング・シミター」
「事実だろうが。あそこで俺が止めてやったことに、こいつはもう少し感謝するべきだ。そうしてもう二度とあんな場所には近寄るなと、教えてやれ」
そう言って、ダンシング・シミターは立ち上がった。
「……で、金がいるんだったな」
「おい?」
「五千ゴールドだったな」
顔を上げると、ダンシング・シミターが、どこから取り出したのか、自分のものらしいお財布を覗き込んでいるところだった。
って、ええ?
「あ、あの?」
「勘違いするな、やるとは言っていない。なかなか面白い経験をさせてもらったしな。見世物料だ」
「ダンシング・シミター。お前……」
「それに、こいつの仲間にはそれなりの腕の立つファイターや盗賊が居ただろう。ちょうどいい。小金稼ぎにも飽きたところだったから、クエストにでも出ようかと思っていたところだ。あいつらに手伝わせよう」
「……ああ、そうだな」
ダンシング・シミターの言葉に、ギアは優しい笑顔を浮かべて頷いた。
いつも冷たい表情ばかり浮かべている印象があったけれど。ギアって、こんな顔で笑うことができるんだ……
ぼんやりと眺めていると、視線に気づいたのか。ギアは、照れたように視線をそらした。
「そういうことだ、パステル。先払いということでとりあえず一万ゴールド払うから、クレイに話をしておいてくれないか。いいクエストを見つけたら連絡する。あんた達への連絡は……」
「いいよ」
「え?」
「いいよ、わたし。その……べ、ベッドの、相手。雇われても……ううん、雇って、もらえる?」
上目遣いで見上げると、ギア……そしてダンシング・シミターが、そろって呆気に取られた表情を浮かべていた。
言い訳はいくらでもあった。
例えば、ギアとダンシング・シミターが一緒にクエスト……なんて、絶対にトラップがトラブルを起こすだろう、とか。
こんなに実力のある二人だもん。本当なら、わたし達の手伝いなんて必要ない……つまり、何だかんだ言ってわたし達を助けてくれるつもり。それが申し訳なかった、とか。
でも、一番の理由は……
「パステル……あんた、自分が何を言ってるのかわかってるのか?」
「わ、わかってる」
「あの、な。言っておくが、俺達だって男だ。金を払って女を買った以上、紳士的な行動を期待されると困る」
「ギア。もうそれ以上言うな」
何とかわたしを説得しようとするギアを見かねたのか。ダンシング・シミターが、首を振りながら言った。
「お前にならともかく、まさか俺に対して紳士的な行動とやらを期待するほど馬鹿じゃないだろう。それに、まがりなりにも冒険者と名乗っているんだ。自分の行動に責任くらい持てるだろう」
「…………」
「おい、お前」
「パステル」
「何?」
「わたしの名前は、パステル。そう呼んでよ、ダンシング・シミター。ごめんね、お礼も言えなくて。さっきは、助けてくれてありがとう」
「…………」
「わたし、本当に馬鹿なことしようとしていたんだね? 二人はそれを助けてくれて、今も助けてくれようとしてる。それが、凄く嬉しい。雇うって言ってもらえて、すごく嬉しい」
「…………」
「だから、わたし、雇って欲しい。あの……は、初めて、だから。何も知らないから、いっぱい迷惑かけるかもしれないけど……それでも、いいかな?」
そう言った瞬間。
ギアの腕が、脇から伸びてきて。そのまま、抱きすくめられた。
ギアの胸は、広い。
その中にすっぽり包まれて、そのまま窒息しそうになった。
「っ……ぎ、ギア、ギア苦しいって!」
「おい。いきなり独り占めする奴があるか」
わたしの悲鳴と、そして呆れたようなダンシング・シミターの声に、ギアは、はっと顔を上げた。
「あ……わ、悪い。驚かせたな、パステル」
「う、ううん」
ばっくんばっくんと、心臓が、うるさいくらいに高鳴っていた。
ええと……本当に、何でこんなことになったんだろう? 今朝宿を出るまでは、「何とか今日中にバイトを!」って、それしか考えてなかったのに。
でも……
「あの……わ、わたし、何をすれば、いいかな?」
「…………」
そう問いかけると、ダンシング・シミターが音もなく立ち上がって。そのまま、わたしの身体を横抱きに抱えた。
……ってこれは! も、もしかしてお姫様抱っこという奴では!?
「わあっ!?」
悲鳴を上げた瞬間、ぼすんっ、とベッドに優しく投げ出された。
今頃気づいたけれど、この部屋って、ツインらしくてベッドは二つ並んでる。
でも、高級宿らしく、ベッドはかなり大きめで、わたしが寝転んでもまだまだ余裕はありそうだった。
「うー……」
「いいか、これが最後の質問だ」
ぎしり、とベッドに腰掛けて。ダンシング・シミターは、のしかかるような格好で、わたしの顔を覗き込んだ。
「一晩で一万ゴールド出す。お前は俺達のベッドの相手をする……この条件で、いいんだな?」
「……はい」
こくん、と頷くと、ダンシング・シミターは満足そうに笑った。
笑って……わたしの脚を、撫で上げた。
「ひゃああっ!?」
「おい。これくらいで悲鳴を上げてどうする」
つつっ、と指を滑らせて、ダンシング・シミターは、不満そうに言った。
「まだまだ先は長いぞ」
「は、はいっ。ごめんなさいっ」
「おいギア。お前もいつまでそうしてるつもりだ。女を買うのが初めてってわけでもないだろうが!」
あれ、そう言えばギアは一体……
薄情なようだけど、ギアがさっきからやけに静かなことに、わたしは今更気づいた。
上半身を起こして視線を巡らせると、ギアは、ベッドの脇にしゃがみこむようにして……な、何をしてるんだろう、あの格好。お腹を押さえてるみたいに見えるんだけど……苦しいのかな? 食べ過ぎてお腹が痛い? いやまさかね……
「おいギア。お前……早いにも程があるぞ」
「……うるさい。お前には俺の気持ちはわからんだろう」
首を傾げていると、ギアは、仏頂面をして立ち上がった。
「安心しろ。一度や二度でばてるような、柔な身体はしていない」
「ふん……それでこそ男だ。安心した」
ギアに場所を譲るように腰を動かして。ダンシング・シミターは、不適な笑みを浮かべた。
「さて。まずは何をしてもらおうか? ギア。もちろんお前が最初に味見をするんだろう?」
「…………」
味見、という言葉が気に入らなかったのか、ギアは、顔をしかめてベッドによじ登った。
そうして……優しく、わたしの髪を撫でた。
「パステル」
「う、うん」
「怖がらなくてもいい。安心しろ。俺もダンシング・シミターも、女の扱いには慣れてる。痛い思いは、させないから」
「うん……」
慣れてる……んだ。やっぱり。
ちくん、と胸を刺した痛みは、何だったのか。
でも、不思議なほど、「怖い」とは思わなかった。何となく、だけど。最後の最後までわたしを助けようとしてくれたこの二人なら……任せておけば大丈夫なんだ、って。無条件に信頼することができた。
そして……
「……んっ……」
柔らかく、唇を塞がれた。
一瞬視界を過ぎったのは、ざんばらに散る黒い髪。
以前経験した、掠めるだけで終わったキスとは違う。それはもっと深い……もっと濃密な、「繋がってる」って実感させてくれる、そんな、キス。
あえぐように唇を開くと、隙間から舌が滑り込んできた。逃げようとした瞬間、絡め取られて。甘い味が、いっぱいに広がった。
っ……き、もち……いい……?
「……目が潤んでるな」
そんなキスを、どれだけ続けたのか。
息苦しさを感じる頃に解放された。深い息をつくと、黙って様子を見ていたダンシング・シミターが、横から声をかけてきた。
「よかったのか」
何を、とは聞かない。何を聞かれたのかは、わかっていたから。
黙って頷くと、「よかったな」と言われた。
そして……
伸びてきたダンシング・シミターの手が、わたしのブラウスをつかんで、太い指からは信じられない器用さで、あっという間に前身ごろを全開にした。
「わっ!?」
「どれ、次は俺が味あわせてもらうとするか」
「うう……は、恥ずかしいんですけど……」
「……恥ずかしがることはないよ、パステル」
下着に包まれた胸を、男の人の前にさらけ出している。
そんな状況に気づいて、とっさに手で隠そうとすると。逆側から伸びてきたギアの手が、やんわりとわたしの手首をつかんで、その動きを押しとどめた。
「とても、綺麗だ」
「っ…………!」
ぼんっ! と頭に血が上る音を聞いた気がした。
そんなわたしの様子に微かな笑い声を漏らして、ギアの手が、肩に回された。
かろうじてひっかかっていたブラウスが、優しく払われる。そのまま滑るように背中を走って行った手が、器用にブラのホックを探り当てて、そのままぶつんっ! と外してしまった。
「ひゃっ……」
「ほう」
ずるり、と、肩紐が滑り落ちて行った。
押さえようとするよりも早く、ダンシング・シミターの手が、ブラを「さっ」と外した。
あっという間に上半身裸にされてしまった。けれど、隠そうにも、ギアに肩を、ダンシング・シミターに腕を捕らわれて、身動きすら、取れなかった。
「ガキくさい女だと思っていたが……どうしてどうして。女は怖いというのは名言だな、ギア」
「……それを俺に聞くか? それよりダンシング・シミター。早くしろ」
「せかすな」
ギアの言葉に、ダンシング・シミターは笑うだけ。
笑いながら、ごつい指とはうらはらに繊細な動きで、わたしの胸を撫で上げた。
「ひゃあっ!?」
「立ってきたな」
くりくりと、頂きを指でこすりあげられた。
ただそれだけの動きなのに、そのたびに、わたしの背筋を走りぬけるこの感覚は……これは……
「やっ……いやあっ……んんっ……」
「綺麗な色だ」
「んひゃあっ!?」
ぺろり、と、生暖かい感触が走った。
何の? なんて考える暇もない。強い刺激にとっさに目を閉じると、強く肩をつかまれた。
ついで反対側から伸びてきたのは……これは、多分……ギアの、手?
ダンシング・シミターの愛撫に身を任せていると、全身から、力が抜けていくのがわかった。
どうかすると、倒れこみそうになるわたしを支えてくれていたのは、ギアの胸。
伸びてきた手が、優しく優しく髪を撫でてくれた。耳元をくすぐるのは、「怖がらなくていい」という、微かな声。
うん……大丈夫。怖く、ない。
「あっ……やっ……」
「気持ちいいのか?」
「うんっ……うんっ……!」
「そうか」
ごそごそと、衣擦れの音がした。
何の音だろう? と薄目を開けると、上半身裸の胸が迫ってきて、一瞬身体が震えた。
「……見るのは、初めてか?」
「え、えと、クレイとかトラップのなら……」
「……あいつらはお前の前で平気で裸になるのか?」
「え、ええっ!? いえ全部じゃなくてっ! 上半身裸、なら……」
わたしの答えは、どうやらダンシング・シミターのみならずギアの笑いまで誘ってしまったらしい。
しばらく低い笑い声が響いた。次いで、ごそごそと、背後からも衣擦れの音がした。
「お、ギア。お前もやる気になったか?」
「……お前一人にいい思いをさせるのは癪だからな」
「安心しろ。お前と女のことで争う気はない」
頭上で交わされる、大人の男性の会話。
潤んだ視界の中、わたしは、自分が未知の世界に足を踏み入れようとしていることを、はっきりと実感した。