寒い。  
窓の外は白い雪が音もなく降っている。  
古びたみすず旅館の木製の窓枠の隙間から、しんしんと入り込んでくる冷えた空気。  
 
「びえーっくしょい!!」  
 
……まだ風邪治らないんだなぁ。  
薄い壁越しとはいえ、はっきりと聞こえたくしゃみの声に苦笑しつつ、わたしはブランケットをそっとめくって体を起こした。  
手編みのパウダーピンクのストールを羽織ると、よく眠っているルーミィとシロちゃんの布団を直して部屋を出る。  
うう、寒いや。  
真っ暗な階段を抜けると台所。  
手探りでたどり着くと、小さなお鍋を火にかける。  
くつくつと小さな泡が煮立つのを確認すると、マグカップにそっとホットミルクを注ぎ、ほんの少しの蜂蜜を加える。  
トレイに載せて歩きかけて、思い直して片方のマグカップにジンジャーを加えた。  
まったく、世話が焼けるんだから。  
軽くため息、でもほんの少し含み笑いをしつつ、くしゃみの音源の部屋をノックする。  
中から聞こえたのは、寝ぼけたような鼻声のような、返事になっていない返事。  
 
「入るよ」  
 
答えを待たずにカチャリとノブを回す。  
カーテンを閉めてないせいか、雪明りでぼんやりと薄暗い部屋の中には、予想通り赤い顔をしたトラップが横になっていた。  
いつもなら同じ部屋で寝ているクレイとキットンの姿がない。  
2人は病原菌と一緒になんか寝られないというきわめて現実的な理由で、1階の空き部屋で寝てるみたい。  
不機嫌そうなトラップがゆっくりと目を開ける。やっぱり起きてるんだ。  
 
「あんだよ」  
「昼間ずっと寝てたから、眠れないんだろうと思ってね」  
 
実はこの人、もう一週間ほど寝込んだままなんだよね。  
バイト先でお客さんにタチの悪い風邪を移されちゃったみたいで。  
鼻水垂らして咳してるなーと思ったら、あれよあれよという間に熱があがって、それ以来ベッドに入りっぱなし。  
キットンの風邪薬が効いたのか微熱程度まで下がってはいるみたいだけど、人間、微熱ってけっこうしんどいもんだしね。  
「全快までまだかかりそうですねー。まぁたまには黙って寝てるのもいいでしょう」なんてキットンの言葉にも反論しないあたり、余程今回の風邪には参ってるみたい。  
そんなことを思い返しながら、ベッドサイドのテーブルにトレイを置く。  
それを横目で見たトラップは上掛けを跳ね上げ、この寒いのに布団から上半身を出してしまった。  
 
「もーダメじゃない。風邪ひいてるのに」  
「あちぃんだよ……まだ熱あんのかな」  
「あるある。その顔はどう見ても」  
 
うつろな目にぽーっと赤く染まった頬。  
いつもの抜け目なさそうな表情も鋭い眼差しもそこにはなく、どこかあどけなく感じる子供みたいな緩んだ口元に、可愛らしささえ感じてしまう。  
 
「あったかいミルク作ったから。飲むでしょ?」  
「……おう。サンキュ」  
 
素直にカップに手を伸ばす指。  
細くて繊細そうで、盗賊という職業柄か、爪先まで手入れされていてとてもきれい。  
思わず見とれていると、その手がふとカップを置き、わたしの手首を掴んだ。  
熱い指。  
 
「冷てぇ……気持ちいー……」  
「そりゃそうだよ。また熱上がったんじゃない? キットン起こして解熱剤もらって来ようか?」  
「いらね。それよりちょっと来い」  
「え? な、ちょっと」  
 
寝込んでいた人とは思えない力強さで、ぐいっとベッドに引きずり込まれてしまった。  
布団の中はあったかくて、ほんのり香るのは汗ばんだトラップの匂い。  
ぎゅぎゅぎゅっと胸の中に抱きしめられてこっちが青息吐息。  
 
「なんなの、もうっ。離しなさいってば」  
「いーだろ。しばらくこうしてろ……お前、ひんやりしてて水枕みてぇ」  
 
そ、そりゃそうでしょうよ。  
それだけ熱出てたら、今まで火の気のないところウロウロしてたわたしなんて氷嚢みたいなもんでしょ。  
ぐっと押し当てられるのは、細身だけれどしっかりしたトラップの胸板。  
いやいや、ドギマギしてる場合じゃないでしょ!?  
どうにか文句を言わねばと、数センチの距離にある形のいい唇を振り仰ぐ。  
と、その至近距離が一気に詰まって、熱っぽい唇がわたしの唇に触れた。  
 
「ん!」  
「ほんと冷てえな……」  
「キスなんてしたらそれこそ移るじゃない!」  
「……けち。風邪くれえ持ってってくれよ。もう病み疲れたぜ」  
「んもう……」  
 
唇同士が触れ合ったままで囁くような会話。  
湿り気を帯びた吐息がふたつの舌と舌を行き交う。  
少しざらりとした感触のトラップの舌がわたしの歯列をなぞり、反射的に身をすくめてしまう。  
それは下唇を緩慢にとろりと這い、ゆっくりと喉元へと滑り降りた。  
 
「なぁ。ここ。熱持っちまって下がんねえ」  
 
トラップの手がわたしの手を導いた先は、パジャマの両脚の間。  
火照った体の中でも、一番火傷しそうに熱くて堅いそこ。  
自分でパジャマと下着をずり下げると、トラップは少しずるそうな笑みを浮かべてわたしの顔を覗き込んだ。  
……仕方ないなぁ、もう。  
彼自身をそっと握ると、「おっ」と耳元から聞こえる呻き声。  
なめらかでビロウドのような感触のそれを、おそるおそるそっとしごいてみる。  
トラップは半開きの唇から軽く息を洩らしながら、わたしの胸元に手を伸ばした。  
パジャマのボタンの隙間から差し込まれた指が、ブラをつけていない胸をゆっくりと揉みしだく。  
指先が乳首を弄ぶように捏ね回す動きに、反射的に思わず声がうわずる。  
 
「や……ぁんっ」  
「嫌じゃねんだろ? もう堅てぇぜ」  
「トラ、ップのばか……ぁ」  
 
おかしい。この人熱あるんじゃなかったっけ?  
確かに顔も赤いし目元もぼんやりしてるけど、今のニヤッと笑った笑顔はいつものトラップだったような……  
そんな疑問を抱きつつも、動き回る指に異議を差し挟む余地もなく。  
だって……ねぇ? このところトラップが寝込んじゃってご無沙汰……いやいや。  
久しぶりに彼に触れた気がしてドキドキしちゃって……いやいや。  
 
「あに百面相してんだよ」  
 
呆れたような言葉にふと我に返ると、いつの間にか体制が逆転し、布団の中で組みしかれてしまっている自分を発見した。  
そして知らぬ間にボタン全開であらわにされた胸元も。  
さっきから弄くられて堅くなってしまった乳首へ、躊躇いなく唇が吸い付いた。  
 
「ひゃぅっ」  
「知ってっか? 風邪って粘膜だとすぐうつるんだぜ」  
「粘膜……」  
 
舌を這わせて胸を愛撫しながら、パジャマのズボンに忍び込むトラップの手。  
下着の上からスリットを行きつ戻りつ何度もなぞる。  
 
「ん……やぁ、あ、ん」  
「まだあんまり触ってねんだけど……なんかそーとー濡れてねえ?」  
 
トラップの言葉で、頬にかあっと血が上る。  
だって……だからぁ、久々なんだってば、わたしも……。  
わたしの無言の抗議なんて気にもかけない風のトラップ。  
 
「んな上目遣いで睨むなよ。ほれ、ケツあげろ」  
「えー」  
「シーツが汚れるだろが」  
「……」  
 
ごくまっとうな理由に文句も言えず、素直にお尻を持ち上げる。  
器用にパジャマのズボンとショーツが引き剥がされ、上半身はボタン全開のパジャマと、限りなく全裸に近い状態にされてしまった。  
 
「それこそ風邪ひいちゃうよ」  
「布団もぐってりゃ平気だって」  
 
どことなく嬉しそうなトラップ。  
あちこち触れる指や唇が熱いのは、やっぱりまだ熱があるからなのかな。  
って、風邪なのにこんなことしていいの? ほんとに。  
しかし彼の指は止まらない。  
襞を撫ぜていたトラップの指が、だんだんとわたしの愛液にまみれて滑りがよくなっているのがわかる。  
まだ表面をなぞる愛撫だけなのに、もうあそこが熱くてたまらない。  
それは不意にスリットを押し分け、わたしの中へぬるりと這いこんできた。  
 
「や、あっ」  
 
器用に親指で蕾を擦り上げながら別の指を激しく出し入れする。  
ぴちゃっぴちゃっと音をたてて太腿に散る飛沫。  
 
「ん、ぁあ、や……はぅっ」  
「すげー……今までで一番濡れてる気がすんぜ。もうヌルヌル」  
 
感心したように呟きながら、トラップは指を引き抜くと、代わりにそこへ自分のものをあてがった。  
下卑たその表現に抗議を覚えるも、体の奥がじゅん、となった気がした。  
わたしの意志に反して、どんどんにじみ出てくる蜜。  
トラップはそれをすくい取るかのように、わたしの襞の周囲に自分自身を擦りつけ。  
中へ入り込むか、と見せかけてはまた滑らせて表面をなぞる。  
焦らすように何度も何度も襞とクリトリスの上を滑らされ、快感ともっと欲しいという思いが交錯する。  
 
「ねぇ……」  
「なんだぁ?」  
「…………」  
「聞こえねー。はっきり言えって」  
 
含み笑い。  
いつもなら絶対こんなこと言わない。言えない。  
でも……今日はなぜだろう。  
悔しいけど、ものすごく、この人が……ほしい。  
 
「……入れ……て、よ……ぁあっ、あああんっ!!」  
 
言葉の終わりに被せるように、一気にトラップのものが突き入れられた。  
めりめりっと襞を割り裂いて熱い棒が文字通り押し込まれる。  
お腹の奥底から突き上げるような快感。  
焦らしに焦らされたぶん、内壁を擦り上げる感触がたまらなくて……。  
 
「や、んあ、くっ、あぁっ」  
「中は……熱ちぃ、なー……でも、気持ち、いーぜ」  
 
リズミカルに体を揺らすトラップ。  
わたしの腰を両手でがっしり掴み、奥にぶつけるように、ぐりぐりと押し付けるように腰を動かす。  
ふたりがつながっている部分から、絶えることなく溢れる雫がお尻を伝う。  
それはトラップが腰を打ち付けるたびに飛沫になってあたりに飛び散った。  
同時になんとも卑猥で湿った音がするのどうにも恥ずかしい。  
でも、恥ずかしがってる余裕もなく……どうしてこんなに気持ちいいんだろう?  
わたしのここで、全体で、トラップを感じていたい。  
なんだかたまらなくなって、シーツを握り締めていた両腕をトラップの背中にまわして抱きつくと、トラップが荒い息を吐きながら呟いた。  
 
「く、締めんなって」  
「締め、て……ないって」  
「締まんだよ、アホ。いっちまう……だろが」  
 
ちょっと苦しそうな顔をしたトラップは、わたしをぐっと抱き寄せてそのまま抱え上げた。  
いきなり視界が90度起こされ、でもその部分はつながったままで、わたしは目を白黒させるしかない。  
 
「ちょ、っとおっ」  
「これなら、も少し……」  
 
何やらぶつぶつ言いながら、トラップは器用にあぐらをかくと、わたしを膝の上に座らせるようにして正面から抱きしめた。  
 
あったかい布団から冷え切った空気に、一気に素肌が震え上がる。  
その冷たい空気の中なのに、発熱のせいなのか熱気を体の表面から放出しているようなトラップの熱っぽい体に、ぎゅっとしがみつく。  
そんなこと滅多にしないからだろう、トラップは一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐ答えるように抱きしめ返してくれた。  
おでこに、耳元に、うなじに、浴びせるようにキスの雨が降る。  
寒さにちぢこまっていた皮膚が、そのひとつひとつで熱を帯びていくみたい。  
 
抱きしめあったままの姿勢で、トラップは勢いをつけるように下から腰を突き上げた。  
 
「ぁはんっ」  
 
男の人にしては細めだけれど、躍動するような腰の動きと激しさは、そんなことを全く感じさせない。  
ずくずくと振動と快感があそこから頭のてっぺんまで響く感じ。  
 
「んんっ、ぁっ、ト、ラ……ぁっ、や、ぁんっ」  
 
途切れ途切れにこぼれる喘ぎを、トラップの唇が荒々しいくちづけで奪った。  
はっ、はっ、とまるで走り続けているみたいに呼吸しながら、畳み掛けるように加速して突き込まれるもの。  
熱くて、べちゃべちゃで、気持ちよくて、頭が朦朧として……もうダメかも、何がなんだか……  
と思った時、トラップは悔しそうに呟いた。  
 
「だ、めだ。体調これじゃあ…………もうもたねぇ。くそっ、早ぇっ」  
 
終わりの方は絶叫調に叫びながら、彼は力いっぱいわたしのからだをかき抱いた。  
 
「さ、後はこの水薬を飲んでおいてください。これは解熱の効果がありますから」  
「うえっ、苦いよう……」  
「それだけ熱があるんですからね、仕方ありませんよ。これを飲めば、3日もあれば治るはずです。この前トラップに飲ませた薬より強力な新製品ですからね」  
 
キットンの差し出した薬は、見た目どろっとした深緑でいかにもまずそう、案の定恐ろしく苦い。  
こんな薬飲むくらいなら、一週間くらいゆっくり寝ててもいいよ……  
あまりのまずさに水をがぶ飲みしているわたしを横目に、キットンが呆れたように言った。  
 
「せっかくトラップが全快したというのに、入れ替わりでパステルが風邪を引き込んでしまうとは」  
 
そうなんだよね。  
トラップってば、わたしに風邪うつして、自分はすっきり元気になっちゃったみたいで。  
こっちはあれから高熱にうなってるっていうのに……  
 
「それにしても不思議ですねえ。他に誰にもうつってないんですけど」  
「え? まぁわたし看病してたしさあ」  
「まあ、それはそうですが……まぁいいか。ではパステル、わたしは薬局まで行ってきますから」  
 
どたどた言う足音と共にキットンが階段を下りていった。  
あー頭が重い。  
場の流れでああなっちゃったとはいえ……ほんとにうつっちゃうとは思わなかったなあ。  
しかし、トラップも薄情だよね。  
人にうつしておいて、自分はさっさと遊びにでも行っちゃったんじゃなかろうか。  
 
 
コンコン。  
ちょっと控えめなドアのノック音がした。  
あれ? 今はクレイはバイトでキットンは薬屋さん、ルーミィとシロちゃんはノルとお出かけ……のはず。  
ということは。  
わたしは慌てて布団をかぶり、寝たふりを決め込む。  
わざと返事をせずにいると、そっとドアの開く気配。  
 
んもう、絶対今度はお返しにうつしてやるんだから、覚悟してなさいよ!  
頭はぼおっとしててしんどいのに、不思議に高揚した気分。  
わたしは薄目をあけて入ってきた彼の姿を窺った。  
 
 
 

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