目の前に広がるのは、そのスケールの大きさに息をのむような夜の海。
黒々とした広い面を丸く月が照らして、まるで鈍い色の鏡みたい。
村のあちこちの窓から漏れる橙色の光。
まだまだ賑やかな音が夜風に乗って聞こえてくる。
そんな月明かりの夜。
ここは、いい場所がある、とクレイが見つけてきた小さなバルコニーみたいな場所。
わたしとクレイは木箱に座ると、部屋から持ってきたお茶を飲みながら話をした。
マリーナから聞いてたけど、なんとクレイが聖騎士の塔に挑戦するんだって。
わたしはクレイがその話をしてくれたことで、ホッとした。
あれれ?
何でだろう?
ま、いっか。
それにしても、月明かりに照らされたクレイの顔はドキドキするくらいかっこいい。
さすが、ハンサムボーイだなぁ。
「パステル、ありがとな」
「何が?」
「ほら、さっき言ってくれたこと。聖騎士の塔の下で待っててくれるって」
「当たり前でしょ。仲間だもん」
「はは。そっか、仲間かぁ」
少し寂しそうに笑うクレイ。
んん?何かマズいこと言ったっけ!?
むむむ。心当たりがないぞ。
うーん。何だろう?
わたしが言葉に詰まると、会話はそこで途切れてしまって。
それから、わたしたちは言葉を交わさないまま、夜の海をただ眺めていた。
「なぁ、パステル」
「なぁに、クレイ?」
「海って大きいよなぁ」
「うん。わたしもスケールの大きさに息をのんじゃった」
「パステルも?はは、気が合うな」
「いつものことでしょ?」
「……肝心なことはわかってくれないけど」
「へ?」
なになに?どういうこと?
「ま、いいや」
「そうなの?」
クレイは困ったように笑うと、また海の方を見た。
うう。わたしってば、また何か言っちゃったのかな?
わたしは話題を変えることにした。
「そういえば、今夜は月もきれいよね」
「そうだね。月っていいよな」
「うん。今夜の月は丸くてかわいいし」
「それもあるけど。月ってさ、暗い夜の海を明るく照らしてるだろ?なんかいいよな」
「クレイってばロマンティックね。わたしよりも詩人みたい」
うーん。わたしも見習わなきゃ。
ま、詩人と言っても、わたしは小説しか書かないけど。
「はは。そうか?」
「うんうん。わたしも見習わなきゃって思ったもん」
わたしたちは目が合って、思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ、今夜は詩人になるかな」
「えーっ。まだあるの?」
「ま、詩人って言うほどじゃないけどさ」
「なになに?」
「おれ、海になりたいなぁ」
「大きいから?」
「うん。それにさ、」
クレイは、そこで一旦言葉を切るとわたしのことを見つめてきた。
優しい微笑みなんか浮かべちゃって。
もぉー、照れるなぁ。
なーんて、わたしが思っていると、クレイは突然わたしを抱きしめた。
「ク、クレイ?」
「海はさ……夜になると、こうやって明るくて、かわいい月を抱きしめてるだろ?」
「そ、そっかぁ……?」
えーっと?
こ、これは、どういうこと……なの?
ああっ!ほっぺが熱いよー!
「……もしかして、わかってない?」
「いやぁ、あの、その、えっとぉ?」
わたしはあたふたするばかり。
だってだって、いきなりこんなことされても意味わからないでしょー!?
「まったく、おまえは……」
はは。クレイってば苦笑いしてる。
「ごめーん」
とりあえず、謝るわたしにクレイは、
「……こうしたらわかってくれる?」
「え?」
それは、あまりに突然の出来事でわたしは目を閉じるのも忘れてた。
そう、いつかのギアとのキスみたいに。
唇から柔らかな感触が離れると、クレイはそれはそれは優しい眼差しでわたしを見つめていた。
「これからも、おれが悩んだり、迷ったりしたら、明るく照らしてくれよ?」
「う、うん。わかった……」
ドキドキドキドキ。
ほっぺをなぞるクレイの指先がひんやりして気持ちいい。
うー。わたしってば絶対真っ赤になってるぞ!
「……もう一回してもいい?」
ドキドキしすぎて、声がでなくなったわたしは、クレイの言葉にコクリとうなずいた。
「パステルはかわいいなぁ」
クレイはそんなわたしの様子を見て、ニコニコ微笑む。
ああ。もぉ。あまりの展開にわたしは溶けちゃいそうなくらい恥ずかしいんだけど……嬉しい。
「パステル」
優しく名前を呼ばれて。クレイがゆっくり瞳を閉じたから、わたしもそうした。
心臓は早鐘のようで苦しいのに、心は穏やかな波に包まれて暖かい。
この噛み合わない気持ちは何だろう?
ただわかるのは……クレイとキス、したい。それだけ。
夜の海が月を抱きしめてるこの場所で、わたしとクレイはもう一度唇を重ねた。
わたしが耳まで赤くなってしまったのは言うまでもない。
おわり