「ねっ。今日の夕食どう?」 
うふふ。クレイにおいしいって言われたくて作ったんだけど、今日のは特に自信作なのよね。 
「うめぇよ。さすが、マリーナだよなぁ。クエスト中なのによ。満足な飯だぜ。なぁ?」 
「そうだね。おいしいよ、マリーナ。だけど……」 
「どうしたの、クレイ?」 
だけど、って何よ? 
その先が想像できて気に食わないわ。 
「パステルの作る食事もおいしかったよな」 
やっぱり。本当に嫌な女。イライラする。 
「ぱぁーるぅのごはんのが大好きだお!」 
「こら!ルーミィ。マリーナだって、おいしいごはんを作ってくれてるんだから」 
「いいのよ。わたしは気にしてないから。ルーミィ、ごめんね。次は上手に作るからね」 
あーあ。そんなわけないでしょ? 
まったく、嫌なガキだわ。 
性格悪いんじゃない? 
こいつもそろそろパーティーから追い出してやる。 
 
「あいつ今ごろ、どうしてるかな……」 
「クレイ?言ったはずよ。もうパステルのことは忘れるべきだって」 
「わかってるよ。だけど、できればもう一度会って……謝りたい」 
「最後にわたしが会って話したときのことを忘れたの?パステルは二度とわたしやクレイたちと関わりたくないって言ったのよ?無理矢理、王女役をやらせて自分をひどい目に合わせたわたしたちには金輪際、会いたくない、許さないって。会ったらパステルを傷つけるだけよ?」 
「そうだぜ。それにパステルに直接そんなこと言われたマリーナだってよぉ……つれえよな。そりゃ、もちろんパステルのやつにはかわいそうなことをしちまったけど」 
「ありがとう、トラップ。わたしは大丈夫よ」 
「だけど、マリーナ、おめぇにはホントすまねぇことしたな。おれらがされるべきことだったのによ……」 
「いいのよ。本当に。最後にパステルに会ったとき、ぶたれたことだってね。わたしは当然のことだと思うの。わたしのせいだもの」 
うふっ。実際、どれもこれも、わたしのせいだけどね! 
みんな何も知らないけど。 
「マリーナ、ごめんな。だけど、おれ……」 
「クレイ!おめぇはいい加減にしろ!パステルに会ってどうなる?親友だったマリーナをぶって、おれたちにも絶縁宣言したんだぜ?それって、よっぽどのことだぞ?だったら、せめて、あいつの願いを叶えてやろうぜ。もう二度と関わらないってさ。おれだって、もどかしいけどよ……それくらいしか、パステルに償う方法が見つからねえ」 
あらあらあら。 
トラップ、あんたって予想以上に働いてくれるわね? 
まぁ、しょっちゅう抱かせてやってるんだから、これくらいしてくれなきゃ困るんだけど。 
それにしても、まさかトラップまでパステルのことを好きだって知ったときは驚いたわ。 
そんなトラップを今は手の上で転がしてるんだから、うふふ! 
わたしって悪い女! 
「そうなのかな……。ちょっとひとりにしてくれないか?トラップ、マリーナ、すまないな」 
「クレイ……」 
計画は完璧だった。それなのに。一番の誤算はクレイ。 
わたしの場所を奪い取った泥棒猫パステルを追い出せば、あとは簡単だと思ったのに。 
 
初めて会ったあの日から大嫌いだった。 
わたしの居場所を奪ったあの女、パステル。 
面倒な親友ごっこ、わたしはあんたが嫌いなのよ?うっとおしいわ。 
ついつい本性が出て、たまにいじわるしてもヘラヘラしちゃって。 
いい子ぶってんの?媚びてんの?頭悪いの?そこもウザいのよ。 
スワンソンから、お金をだまし取る計画を聞いて、わたしはついにチャンスがきたと思った。 
表向きは、パステルの味方をしながら、裏ではこの体を武器にスワンソンをてなづけた。 
面白いように事は運んで、パステルたちの計画は失敗。 
ギアを裏切り者に仕立て上げたのもリアリティがあってよかったのよね。 
だいたい、わたしはギアも気に食わない。 
いい男だから、味見しようとしたのに。 
おれは好きな女としか寝れない、ですって? 
バカじゃないの?見る目ないの?純粋ぶってんの?ダサい男だわ。 
このわたしが誘ってやったのに。 
挙げ句の果てに、パステルが好きときたもんだ。 
嫌な奴!嫌な奴!嫌な奴! 
だから、パステルと一緒に突き落としてやることにためらいがなかった。 
だけど、まさかスワンソンもあそこまでやるとはねぇ。 
思い出すだけで笑えるわ。 
──あの子の処女を乱暴に奪ったらどうかしら?── 
わたしはそれしか言ってないのに。まさか、ストロベリーハウスの人間や町のごろつき連中を集めて犯すなんてねぇ……怖い男。だから、わたしはスワンソンには好感を抱けるんだけど。 
しかも、ギアなんて、冒険者なのに、人を斬っちゃったなんて! 
ま、相手は死ななかったみたいだけど、生死の境をさまようほどの大怪我だったし、冒険者カードの永久剥奪は間違いないわね。 
パステルにギアをあてがえば、あいつがまたクレイの前に現れる可能性も減ると思ったわ。 
バカみたいに純粋なギアのことだもん。 
おれの罪を償わせてとかなんとか言っちゃって、パステルにプロポーズでもしてそ! 
はいはい。 
とっとと二人で消えてね。 
スワンソンからの情報だと、そうなったはずなのに、あの女はわたしが大好きなクレイの頭の中に住み着いてる。 
やだやだ。 
あの日、クレイをうまく言いくるめて、アジトにパステルを突き放す手紙を書いたから、たぶんパステルがクレイに言い寄ることはないでしょうよ。だいたいギアがいるし。 
それなのに、あの女はいつまでもクレイにとりついているんだわ。 
許せない。 
 
──なぁ、マリーナ。おれはそんな手紙書くの嫌だよ?万が一、パステルが見たら傷つく── 
──いいのよ。この場をしのぐための嘘なんだから。パステルの目に付くこともないわ。ほら、急いで書いて!ここも危険よ!── 
──わかった……── 
──大丈夫よ。わたしたちは別々に行動してるように見せかけたほうがいいの!わたしはこれからパステルを迎えに行くから── 
──あいつの居場所を知ってるのか!?── 
──うふふ。わたしの情報網を甘く見ないでね?だから、みんなは例の場所で待機して。パステルが合流したら出発よ?── 
 
そして、わたしはパステルの居場所に向かった……わけがない。だって、エベリンは広いのよ?居場所の特定なんて無理無理。情報網?ないない。 
適当に時間をつぶして、わたしはパステルにぶたれて絶縁されたことにして、みんなと逃げた。 
それから、パーティーに入るまではあんなにうまくいったのに。 
パーティーに入ってからも、初めて会ったときから嫌いだったキットンをうまく追い出して。 
わたしの本性に気づきかけたノルもうまいこと妹のメルの元に帰すのに成功した。 
あとは、ルーミィ。あの性格の悪いエルフのガキだけ。 
ぱぁーるぅ、じゃないわよ。うっとおしい。 
いつもいつもクレイにベッタリだし。 
あのガキってば、わたしが夜中にクレイに迫るチャンスをことごとくぶち壊すんだもの。 
ううん。夜中だけに限らないわ。今日の夕食だってそう。ぱぁーるぅ、ぱぁーるぅ、って。なんでわたしの邪魔をするのよ!? 
早く追い出してやりたいわ。 
そしたら、またクレイとトラップと三人で冒険ができるのに。 
わたしはいつか必ずクレイを自分のものにしてみせる。 
見てなさい? 
 
「ふぅ」 
大きくため息をつく。 
おれって駄目だよな。ストロベリーハウスの一件でパステルと離れ離れになって以来、自己嫌悪に苛まされている。 
あんなに王女役を嫌がったパステル。 
おれが助けてやれば、あんな目にはあわなかったんじゃないだろうか? 
胸が痛い。 
パステル、怖かっただろう? 
あんな目にあわされて……。 
おまえは泣き虫だから、いっぱい泣いたんだろうな。 
ごめんな。 
パステルが好きだ。離れた今も好きだ。たとえ恨まれていても、憎まれていてもそれでもパステルが好きなんだ。 
トラップやマリーナの言うことはわかる。 
二人もパステルを思ってそう言ってるのはわかる。 
確かにパステルがそれを望むなら……二度と関わらない。 
それがいいんだろう。 
だけど、すっきりしないんだよな。 
この気持ちは何だろう? 
「チチッチチチッ」 
小鳥だ。珍しいな、こんなに人に慣れてるなんて。 
おれは手に乗ってきた小鳥に笑みを浮かべる。 
「チチッチッチチッ」 
何だ?何かを訴えかけている……。 
「?」 
よく見ると足元に手紙が……? 
と、そこにマリーナが現れた。 
「まぁ、なんてかわいいの!」 
「マリーナ、その小鳥の足に手紙が」 
「あら?もー、クレイってばお人好しすぎるわよ!これ誰かのいたずらよ?こんなの足に付けてたらうまく飛べないわ。小鳥さん、いらっしゃい。取ってあげるから」 
マリーナはそう言うと、小鳥を連れて行ってしまった。 
おれはその時のマリーナに言い知れぬ不安感を感じた。 
理由はないけど……。 
 
『マリーナには気をつけろ。詳しいことはまだ言えない。ルーミィを守って。ノル』 
はぁぁぁー。油断ならないわね。ノルのやつ。おとなしいし、ヌボーっとしてるくせに一番勘が鋭いってわけね? 
こんな小鳥を使って邪魔するなんて。 
だけど、わたしだってね、クレイを手に入れるのに必死なのよ? 
引き下がるわけにいかないわ。 
どんなに邪魔されても手に入れてやる……! 
この小鳥は明日の夕食でいいかしら? 
うふふ。 
クレイが喜んでくれるような、おいしいご飯を作らなきゃ。 
 
ねぇ、クレイ。 
 
大好きよ……。 
 
ずっと、あなただけを見てる……。 
 
おわり  

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