もう秋なんだなぁ。  
汗ばんだ襟足を吹き抜ける風に、もう夏の熱は感じられない。  
峠をやっとの思いで越えて、後はシルバーリーブまで1時間くらいかな。  
今回のクエストもなんとか無事終えられそう。  
でもクレイなら、「帰るまでがクエストだよ」なぁんて真面目な顔して言うんじゃなかろうか。  
くすっとこみあげた笑いをかみ殺して後ろを振り向くと、当の本人が不思議そうに首をかしげた。  
なんでもないよ、と目だけで答えてまた前を向く。  
 
「お? あれなんだ?」  
 
走り出す先頭のトラップ。  
束ねた赤い髪が軽やかに揺れる。  
 
「おい、ひとりで先走るなよ!」  
「ほぇー、こりゃすげえ」  
 
クレイの止める声も聞かず、小高い丘を一足先に越えたトラップの感心したような声が聞こえた。  
そこにあったのは、あたり一面のお花畑。  
色とりどりに咲き乱れる、たくさんの花の洪水。  
ルーミィは歓声をあげながら、わき目も振らず花の中へ飛び込んでいっちゃった。  
一緒に駆けていったシロちゃんは、花に埋もれちゃってもう姿が見えない。  
 
「ルーミィ! あんまり遠くへ行かないのよー!」  
 
慌てて声を張り上げるわたしに、ルーミィの後を追って花畑に分け入ったノルがにっこりして頷いた。  
ノルが見ててくれるなら大丈夫だよね。  
 
「ほほぉ、これは珍しい。この花は…おお、こんな場所に生えているんですねぇ」  
「ふーん、んなに珍しい花なのかよ?」  
 
いそいそと花の中に座り込んで、興奮気味に周りを観察しているキットン。  
ノートまで取り出してる側には、寝転がったトラップが話しかけている。  
 
「ええ、この花なんかですね、まずシルバーリーブあたりじゃ見られない貴重な種なんですよ」  
「へー、よくありそうな花だけどな」  
「シルバーリーブからこんな近くに、こんなに希少種が自生しているとは素晴らしい!」  
「じゃーそれ根こそぎ持って帰りゃ、高値で売れるんじゃね?」  
「あのですねぇ、トラップ。学術的見地からいって、これらの花を抜いて売り飛ばすだなんてありえませんよ!  
 まったく、あなたはいつだってお金のことばかり…」  
「んだとぉ!? キットン、てめー」  
「ぐ、ぐるじいぃぃ」  
 
…またやってる。  
あの二人の言い合いなんていつものことだもん。ほっとこ。  
ちょっと休憩ムードになったので、わたしも花を踏まないように腰を下ろす。  
ほんとだ、見たことない花ばっかり。キレイだなぁ。  
 
 
「ちょうどいいな。ちょっと休憩にしよう」  
 
座った私の頭上から声がした。  
振り仰ぐとそこには、太陽を背にして微笑んだクレイ。  
初秋の陽光が、端正な頬にやわらかな影を落としている。  
 
「そうだね。シルバーリーブまでもうあまりかからないでしょ?」  
「ああ。来ようと思えば、ピクニックに来れる距離だよ」  
 
クレイは重そうなリュックを下ろし、アーマーの金属音をたてながら私の傍らに腰を降ろした。  
ふっと息をつく凛々しい横顔。かっこいいんだよねぇ、どんな時でも……  
基本的にクエスト中は、恋人同士ということは封印してる。  
真面目なクレイだし、命だってかかってるクエストの最中に、気を散らしちゃいけないしね。  
でも。  
ほんの少しお尻を移動させ、ふたりの間の距離を詰めてみる。  
背中越しに軽くもたれると、一瞬驚いた顔をしたクレイ。  
へへっと笑って見せると、黒髪をわしゃわしゃっと掻きながら照れくさそうに笑った。  
 
「えー……と、トラップの奴、寝ちゃったな」  
「疲れたんだろうね。最後の洞窟、罠解除多かったじゃない」  
「そうだな。珍しくあいつ頑張ってたし」  
「時間は大丈夫なんだから、少し寝かせといてあげようよ。みんな好きなことしてるもん」  
「ああ。1時間くらいしたら出発しよう」  
 
トラップの話題で、なんとか平常心に戻ったらしいクレイ。  
話しながらリュックから水筒を取り出すも、ほとんど中身は残ってなかったみたい。  
 
「わたしの水筒にも、もうお水ないよ。もうちょっとで着くからいいけど……」  
「いや、帰るまでは、何があるかわからないからな。そのへんに探しに行ってみよう」  
「うん」  
 
水筒だけ持って、クレイの後に続く。  
ブツブツつぶやきながら花のスケッチに入ってしまって、軽いトランス状態のキットンに一声かけて。  
ありゃ聞こえてないな……まぁいいか。  
お花摘みに熱中しているルーミィはノルに任せとこう。  
ちょうどこちらを向いたノルに、水筒を持ち上げて合図をすると、うんうんと頷いてくれた。  
手には作りかけの花冠。さすがノル、器用だよねぇ。  
そんなことをしてるうちに、フルアーマーの後姿が遠ざかっていく。  
 
「早くおいで」  
 
振り向いて手招きするクレイに慌てて追いつくと、彼は歩みを森の方へと向けた。  
木々の間に踏み込むと、すぐに小さな清流。  
 
「クレイ、川があったよ!」  
 
返ってきたのは生返事。  
渓流を見つけたにも関わらず、クレイはずんずん森の中へと分け入っていく。  
?どこまでいくつもりだろう。  
仕方なく後をついていくけど、もうどっちから来たのかわからないんですけど?  
わたし、絶対ひとりじゃ帰れない。  
心細くなってきたところで、クレイが不意に足を止めた。  
 
「クレイ?」  
 
わたしの問いかけに、くるりと振り向いたクレイ。  
どうしたの?そう言おうとしたのに、言葉にならなかった。  
目の前にあるのは、アーマーに包まれたクレイの厚い胸板。  
気がつくとわたし……クレイに抱きしめられてる?  
ほっぺに押し付けられる、冷たい金属の感触。  
ちょ、ちょっと痛いんですけど。  
大きな手は、わたしの背中にぎゅっとまわされて、身動きがとれない。  
 
「ね、どうし……」  
 
今度こそ言おうとした言葉は途中で途切れた。  
唇をふさぐ、熱いキス。  
強く押し付けられたクレイの唇は熱くて、微かに吐息がこぼれてくるよう。  
ぬるっとした舌が口の中を這い回り、わたしの舌を強く吸い上げる。  
ダメ……だよう、膝の力が抜けちゃう。  
ズルズルとくず折れそうになるのを必死でこらえ、クレイにしがみつく。  
長い長いキスからやっと開放されると、透明な液体が離れた唇同士をつないだ。  
 
「な……んで……」  
 
やっと搾り出した言葉に、クレイはちょっとすねたような表情で答えた。  
 
「パステルがいけないんだよ。あんなことするから……」  
 
あんなって、さっきもたれかかったこと?  
それくらいでどうしてこんな……  
うろたえるわたしを気にもかけず、クレイはわたしを傍らの木に押し付けた。  
背中に木、目の前にはクレイ! に、逃げられません、この状況。  
わたしの両肩をがっしり掴んだまま、身をかがめる長身の恋人。  
 
「クエスト中ってさ、ずっと我慢してるんだよ? すぐ傍にパステルがいるのに、何もできないのにずっと」  
「そ、んなこと言われて……も、んっ」  
 
つぶやきながら首元に触れる唇。  
くすぐったさに思わず身をすくめる。  
 
「このところクエスト続きだったし……」  
 
唇はそのまま胸元に下りてくる。  
鎖骨をなぞり、アーマーの隙間から入り込んだ指先が胸を探った。  
 
「や、こ、こんなところでダメだよぉ……誰か来たらっ」  
「来ない来ない」  
「帰ってから、ゆ、っくり……」  
「帰ったらパステルはすぐ次の執筆だろ? 締め切り近いの知ってるんだから。そうなったら脱稿までおあずけだしさ」  
「……」  
 
クレイってば、何もかもお見通し。  
戻ってすぐ次の小説にかからなきゃいけないのよね。  
今回のクエストも本にしてくれるって言われてるし、何せ書くことがやまほど……って今そんなこと考えてる場合じゃないでしょ!?  
はっと我に返れば、クレイはわたしの耳たぶを甘噛みしながら、片手をスカートの中に滑り込ませようとしていた。  
慌ててその手を押さえるも、抗議はあっさりと聞き流されてしまう。  
下着の上からその部分に触れる太い指。  
 
「やん、だ、めぇ……」  
「ダメも何も、もう……湿ってるけど?」  
 
クレイの笑みを含んだ言葉に、顔が真っ赤。  
そんなこと言われても、仕方ないじゃない!  
わたしだってさ、久しくその……そういうことしてないんだし。  
好きな人にこんな風にされちゃったら……その……えっと……  
内心言い訳しているわたしの表情を見てとったのか、クレイはわかってるよと言わんばかりの笑顔で頬にキスした。  
その間も、指は休むことなく下着ごしにその部分を弄る。  
ひっかくように軽く触れたり指の腹で割れ目をなぞられるうち、どんどん体の奥から雫が染み出すのがわかる。  
程なくしてびしょびしょになった下着の隙間から、指を這いこませるクレイ。  
ちゅぷ、という音が思いのほか大きく聞こえた気がした。  
 
「や……ぁん……っ」  
「パステル……すごく……濡れてる」  
 
頬に囁きが熱い。  
じゅぶじゅぶ音をたててかきまわす指。  
なんかもう立ってられないんだけど、木に押し付けられ、クレイにがっちり体を拘束されて座り込むこともできない。  
 
「ね、す……座らせてぇ……」  
 
わたしの哀願は、耳元で甘くささやかれた「ダメ」の一言で軽くいなされてしまう。  
がくがくする膝には力が入らない。  
と、体がさらに木にぐっと押し付けられたかと思うと、片足をひょいと持ち上げられてしまった。  
 
「え、なっ」  
「……このままいくよ」  
 
黒く、甘やかにわたしを見つめる瞳。  
反論もできず見とれた瞬間、足の間に押し当てられたクレイ自身。  
下着の隙間から無理やり入ってくる熱いソレは、わたしの襞を押し分けてゆっくりと入り込んできた。  
 
「ん、くぅ……ん……っ!!」  
「パステル……力ぬいて」  
 
そんなこと言われても……っ、こんな不自然な体制で無理だよぉ……  
クレイは何度も軽く腰を上下させ、少しずつ奥へと腰をすすめる。  
やがて火傷しそうな熱さと弾力のある堅さは私の中に飲み込まれ、かすれた吐息がクレイの口からこぼれた。  
 
「き……もちいいなぁ……パステルの中」  
「……」  
 
恥ずかしいし熱いし……気持ちいいしで、声も出ない。  
うつむいてきっと真っ赤になってる顔を伏せたわたし。  
 
「動かす……よ。痛かったら……言って。多分止められないけど」  
 
搾り出すようにつぶやいたクレイ。  
言葉の最後は苦笑いだったような気がする……なぁ。見えないんだけど。  
ゆっくりと動き始めたクレイの体。  
だんだんと勢いをつけて突き上げられ、薄っすらとした痛みは押し流されていく。  
 
「パス、テル、いた……くないかっ」  
「ん、うん……っ、気持ちい……いよ……ぉっ、ぁんっ」  
 
つい喘ぎと一緒に出た言葉に、汗びっしょりのクレイは驚いた顔をした後、艶っぽく微笑んだ。  
その笑みのままで噛み付くように口付けられ、強くこすり付けるように腰を動かす。  
お腹の奥を揺さぶるような快感に責め立てられて、もう立ってられない、と思ったとき。  
 
「も、も……だめ……えぇっ」  
「ごめん、出す……よっ」  
 
言葉が重なると同時に、体の奥にクレイの熱い液体が迸ったのがわかった。  
何度も痙攣するようにわたしの中に精を注ぐ。  
クレイは荒い息を吐きながら、へなへなと崩れ落ちかかるわたしをがっしと抱きとめてくれた。  
がっしりした腕に、力の入らない手ですがりつく。  
 
「クレ……イぃー……、だいすき、だよぉー……」  
「……おれも」  
 
わたしの一番大好きな、極上の微笑み。  
あぁ、この人が恋人でよかった。  
そんなことを思いながら、逞しい腕に抱かれて空を見上げる。  
 
もうかなり西に傾いた太陽。  
そろそろお花畑に戻らなくちゃね。  
 
クレイに手を引かれて森を抜けると、すぐ向こうにさっきのお花畑が見える。  
あぐらをかいて器用に花冠を編んでいるノルと、花をくわえて摘んできては差し出すシロちゃん。  
ルーミィは、花冠を頭にのせて、花びらをちぎって遊んでるみたい。  
私達に気づくと、頭の花冠を嬉しそうに見せながら転がるように駆けて来た。  
 
「あ! くりぇーとぱーるぅだ! これのりゅに作ってもらったんだおう!」  
「わぁいいね、さすがノル、上手だね!」  
 
にこにこと笑うノル。  
ちょうどできあがった小さな花の首飾りを、傍らのシロちゃんの首にかけた。  
 
「ありがとさんデシ!」  
 
まとわりつくルーミィを抱っこして、嬉しそうなシロちゃんの頭をなでていると、クレイのあきれたような声が風にのって聞こえてくる。  
 
「キットン、いつまでやってるんだよ、そろそろ行くぞ」  
「は? まだ全部スケッチできてないんですよ。もう1時間くらいいけませんかねぇ」  
「その調子じゃ日が暮れるぞ。おいトラップ! いいかげん起きろ!」  
「んぁー? うるせーな、起きてるっつーの」  
「嘘つけ。イビキかいて寝てただろうが」  
 
むくりと起き直ったトラップは、あごが外れそうなほど大きなあくびをした。  
 
「そーゆークレイちゃんよ、おめえは何してたんだよ?」  
「え? あ、俺はパステルと水を汲みに……」  
 
唐突な質問にうろたえるクレイ。  
絶対に今まで寝ていたはずのトラップ。  
なによ、なんでそんなニタニタ笑って意地悪そうなのよ?  
まさか、まさか見てたんじゃないでしょうね!?  
 
「ほっほぉーん、水汲みか。水ねぇ。俺にもくれよ」  
「あ、ああ、いいぞ。パステル、水は」  
「あ!! ……汲むの忘れてた」  
 
絶句したわたしとクレイを見て、大笑いしたトラップは、お尻をはたきながら立ち上がった。  
 
「ばっかでぇ。おめえら仲良すぎて妬けるぜ。ひゃっはっは」  
「……!」  
 
クレイってば顔を真っ赤にして、何言ってるんだかしどろもどろ。  
わたしもきっと顔赤いと思う……  
トラップってば、絶対寝てたはずなのになんで気づいたんだろう?  
顔を見合わせると、首をかしげて照れくさそうな顔のクレイ。  
 
「まぁ……いいか。そろそろ帰ろう」  
「……そだね」  
 
西の空には、わたしたちの顔みたいに真っ赤な夕日。  
まぶしそうに目を細める恋人を見上げて、わたしはひとつ大きく深呼吸した。  
 
 

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