エベリンに着いたわたしたちは、まずは宿屋を決めて荷物を置いていくことにした。
「おれは、アーマーの強化の相談をしたいから魔法ショップに行ってくるよ」
と、クレイ・ジュダ。
「だったら、おれも一緒に行きますよ。興味あるし」
「いや、おれもたまにはひとりになりたいからね。すまないな、ステア」
へぇ。珍しいなぁ。クレイ・ジュダってばどうしたんだろう?
「へへ。じゃあ、ステアはおれと来いよ」
ランドってば、ニヤニヤしてる!怪しい!
「ちょっと、ランドってば。ステアをギャンブルに連れて行くつもりじゃないでしょうね?」
「当たり!」
「もぉー。そういうこと教えないでよ。ね、ステアはわたしと出かけない?」
「はは。おれからもお願いするよ、ステア」
「だなぁ。パステルを一人で町歩きさせた日にゃ……迷っちまいそうだからなぁ」
「ひどーい」
なーんて反論してみせるんだけど……うう、わたしってばエベリンで迷ったことがあるのよね。
「そうだな、パステル。一緒に出かけようぜ」
クレイは思い出したようにクスリと笑うとそう言った。
「うん!」
「じゃあ、またあとで」
「おうよ」
「行こっか、パステル」
こうして、わたしはクレイと二人で出かけることになった。
「エベリンって昔から賑やかなのね」
「そうだなぁ。街並みは少し違うけど」 「うんうん。だけど、雰囲気は変わらないっていうか……懐かしい」
わたしたち、元の時代では何度もエベリンに来たもんね。
冒険者になるためにここにきて……クレイたちと一緒にバイト生活もしたっけ。
エベリンはすごく思い出深い町だ。
「お、おい、パステル。あれ……」
「え?あぁっ!」
閉店セールの看板を出した派手な魔法屋……ロジャーの店!?
「やっぱり、あのロジャーの店、だよな」
「う、うん」
「こんな昔からあったのか……」
「しかも閉店セールって……」
もぉー、これにはびっくりしたね。一体何年間、閉店セールをやってるの!?
「気になるよな」
「うん……!」
「覗いてみるか」
わたしたちは、なぜかこそこそとロジャーの店を覗いてみた。
中にいたのは……若いけど、やっぱりあの双子のような魔法使い夫婦よね……!
「あの二人……いくつなのかしら?」
「不老不死の魔法でもかけてたりしてな」
「不老……はないけど。不死の魔法はかかってそうよね」
「まさか、この時代に知ってる人がいるなんてなぁ」
「そうよね。不思議ー」
「パステルも長生きしろよ?肩叩きくらいするからさ」
「またそれー?クレイだって、帰れなかったら、わたしと一緒におじいさんになるのよ?ひ孫なのに」
「はは。それも悪くないかもな。そうなったら一緒にひなたぼっこでもするか」
「あはははは」
わたしは妙にリアルにそれを想像してしまって笑い転げてしまった。
「なぁ、ルーミィもこの時代にいたりしてな」
「それはあるかも。エルフだし」
ルーミィ……元気かな。泣いてないかな。
「同じ世界なんだよな、ここも」
ふと遠くを見つめるクレイ。きっと元の時代のことを考えているのよね。わたしは何となくそれがわかってしまった。
「うん……だけど、ステアと離れ離れになったら寂しいわよ」
「パステル……ありがとな。だけど、もしおれだけ元の時代に帰っても悲しいことじゃないからな?」
「そうかなぁ?」
「いなくなるってことは悲しいかもしれないけど。言い方を変えれば、別々の道を行くってことだろ?」
「うん……」
「パステルにはクレイ・ジュダがいるから……おれは安心して帰れるんだよ。離れ離れになってもパステルは幸せに生きていくんだろうなって」
「ステア……」
「死に別れるなら悲しいけどな。大丈夫だよ、パステル。ロジャーの店の夫婦みたいに長生きできたら、また会えるし。それに、おれだって帰れるかどうかなんてわからないからさ。ずっと一緒かもしれないぜ?今はまだ帰る手段もないわけだし。寂しいとかそういうのは、そうなってから考えればいいよ」
「ステアはやっぱり大人よね」
「ま、ほんの少しだけパステルより年上だからな」
「それに、ステアは今もわたしにとっては頼れるリーダーよ?」
「はは。ありがとう」
クレイは照れくさそうに笑った。やっぱり、クレイ・ジュダと雰囲気が似てるなぁ。
クレイの笑顔は元の時代でも、いつもわたしを安心させてくれたっけ。
こうして違う時代に迷い込んでも、そばにいてくれて安心させてくれて頼れるクレイ。
さすが、わたしのリーダーだなぁ。
わたしは改めてクレイのことを頼もしいって思ったんだ。
その夜。
エドニーからは、ずっとわたしとクレイ・ジュダ、ランドとクレイって部屋割りになってるんだ。
よくランドには冷やかされるんだけどね。それも嬉しかったりする。
「ん……っ」
クレイ・ジュダの腕がわたしを抱き寄せて、唇が合わさる。
言葉の代わりに、舌を動かして、優しくお互いの髪を撫で合って。
わたしの舌がクレイ・ジュダの口に入ったり、彼の舌がわたしの口に入ってきたり。お互いを探り、味わい合う行為。
キスって気持ちいい。
もう飽きるほどしてるのに全然飽きないの。不思議だよね。
言葉を使わなくても、好きだって伝え合えるからなのかな。
「パステル、まだ目をつぶってるんだよ?」
「えー?なぁに?」
「いいから……」
クレイ・ジュダはわたしの手を取った。
んん?何するんだろ?
ひゃっ。左手の薬指にひんやりした感触が……もしかして?
「目を開けてごらん」
「あ……」
わたしの指にはまっていたのは、シンプルなデザインのシルバーの指輪。
「こ、これ?」
「プレゼントだよ。そんなに高価なものではないんだけど。そのうち、もっといいのを買ってあげる」
「クレイ、ありがとう……!」
わぁー。嬉しいなぁ。だって、初めてのプレゼントだもの。
わたしはすごく幸せな気持ちになってしまって、いろんな角度から指輪を眺めてはニマニマしてしまった。
「はは。喜んでくれてよかったよ。実はこれを買いたくてね、今日は一人で町に出たんだよ」
「そうだったの!?だから、アーマーの強化してなかったのね」
「ああ。時間があれば魔法ショップにも行きたかったけど。なかなか選ぶのが大変でね」
そう言って苦笑いするクレイ・ジュダが愛おしい。
「大事にするからね!……あれ?」
わたしは気付いてしまった。クレイ・ジュダの左手の薬指にも……。
「まさか……同じ指輪?」
「そうだよ」
その時のクレイ・ジュダの照れくさそうな顔ときたら!
わたしの胸はキュンとした。
「えへへ。お揃いなんだぁ」
仲良しって感じでいいなぁ。ふと、ロジャーの店の夫婦を思い出したんだけど、あの二人もお揃いの格好で仲良さそうだもの。
はぁぁぁ。素敵!
「パステル」
クレイ・ジュダは左手と左手を絡み合わせてきた。わたしたちが、お揃いの指輪をはめている左手。
わたしはまた顔がふにゃーとなっちゃう。
「おれさ、初めてなんだよね。こういう風に誰かを好きになったの」
「そうなの?」
「ああ。今まではみんな長続きしなかったし……別れが前提になってる恋愛ばかりだったから」
「そっか」
そういえば、クレイ・ジュダは今までどんな人と恋愛してたんだろ?やっぱりわたしにするように優しくしてたのよね……そう考えると少し嫉妬しちゃうぞ。
「ま、おれは冒険者だから仕方なかったんだけど。パステルのことはね、これから先のことまで考えた上で好きなんだ」
えーっと?
わたしとは別れないってことよね。よかった。
クレイ・ジュダは絡ませた左手にそっとキスをすると、温かな微笑みを浮かべて言葉を続けた。
「子供作ろっか?」
「え!?」
こ、子供ー!?子供ですって!?
そ、そりゃいつも子供作れそうなことしてますけど!?
「おれの子供……やだ?」
わたしはぶんぶんと首を振る。
「びっくり……したの」
「おれもびっくりしてる。こんなこと思うようになるなんて……パステルのこと好きで好きでたまらないんだ」
うっとりするような優しい青い瞳がキラキラしてる。
こんなに素敵な人がわたしをそこまで想ってくれるなんて!
「ま、別に今すぐって話じゃないけど。そのうちね。その時は、ちゃんとした指輪もプレゼントするよ」
「うん……!」
わたしはもう胸がいっぱいだった。
クレイがよくふざけて、わたしをひいおばあさまって呼ぶけど……本当にそうなっちゃうみたい……!
気が付いたら、ポロリと涙がこぼれていた。
「愛してるよ、パステル」
クレイ・ジュダの唇がわたしの涙を吸ってくれる。何度も何度もまぶたに降りてくる優しいキス。
「愛してる、愛してるよ」
髪を撫でながら、何回も愛の言葉を繰り返されて……わたしは今まで愛してるって言葉は知ってたけど、その意味は知らなかったんだなぁってことに気が付いた。