「よお、おめぇらずいぶん静かだな」
わたしとクレイ・ジュダとクレイの三人で微妙な空気の中、朝食を食べていると、ランドが帰ってきた。
「おかえり、ランド。どこに行ってたの?」
「ま、おめぇにはまだ早い話だな」
「え?」
「へへ。大人の事情ってやつだよ、大人の」
あれ?もしかして……女の子と一緒だったのかな?
と言うことは、ランドってば。
ひゃあぁぁぁ。
大人、だなぁ……そう言うわたしだって、クレイ・ジュダと……だけど。
「なぁーに、赤くなってやがる?」
「いやぁ、その……」
「まさか、おめぇにもわかるってか?」
すごく楽しそうにニヤニヤするランド。
「ええ?いや、あの……」
うう。困ったぞ!
「ランド、からかうんじゃないよ」
「いいじゃねっかよー」
「ダメだ」
「およ?今朝はずいぶんと……。んー?まさか、おめぇら」
バ、バレたの?
ああ。ダメだって、わかってるのに……わたしのほっぺはどんどん熱くなっていく。
たぶん、真っ赤、よね……。
「わかりやすいやつ!」
「え?ええ?」
「そうか、そうか。ま、よかったな」
「ランドにはあとで話そうと思ってたんだけど」
クレイ・ジュダは苦笑い。
「だぁーら、こういうことは、すぐバレるっつーの。なぁ、ステア、そうだろ?」
「はは。まぁ」
困ったように返事をするクレイ。
そりゃ、あんなとこ見たらわかるわよね……。
うう。また思い出しちゃったぞ……!
「パステル、どうした?」
「ううん。ないでもない」
クレイはいつもの優しいクレイだった。
わたしが気にし過ぎて、変な空気にしちゃってたのかも。
なーんだ。
気にするのやめよっと。
「そうだ、ジュダちゃんに頼みなんだけどよ」
「なんだ、ランド」
「昼過ぎでいいんだけどよぉ、武器屋に付き合ってくれよ」
「ああ、いいよ」
「じゃあ、よろしくなぁ。おれは部屋に戻ってるぜ」
「ランド、朝食は?」
「食ってきたから気にすんな」
ランドはそう言うと手をひらひらさせながら、二階へと消えて行った。
すると、今度はクレイが、
「あ、あの、クレイ・ジュダ。さっきお願いしたことなんですけど」
「わかってるよ、ステア。この後どうだい?」
「はい、喜んで!」
「ねぇ、クレイとステアは何をするの?」
「剣の稽古だよ。さっき約束してね。すごく楽しみだな」
「へぇー」
「おれのほうこそ楽しみですよ。あなたの相手としては不足だと思いますけど」
「そんなことないよ、ステア。体格は君の方がいいし。シドの剣にも選ばれたんだろう?相手として不足はないよ」
「わたしも楽しみ。見に行ってもいい?」
「もちろんだよ。じゃあ、ステア。おれたちは準備しよっか」
「はい!」
なんとも嬉しそうなクレイの返事。
そりゃそうよね。クレイ・ジュダに剣の稽古をつけてもらえるんだもの。
ああ、わたしまでワクワクしてきたぞ。
「怪我しないようにね」
「はは。稽古をつけるだけだから大丈夫だよ、パステル」
うーん。そうは言っても二人共、シドの剣を持ってるし、迫力がありすぎるんだよね。
クレイ・ジュダはいつもの黒のレザーアーマーを、クレイはもちろん竹アーマーを身につけている。
二人は大きく深呼吸をすると、構えの姿勢をとった。
「始めようか、ステア」
「はい!」
まず軽く剣先を合わせて、間合いを取る。
ひゃあー。
やっぱり二人とも剣の型が綺麗だなぁ。
特にクレイ・ジュダの動きには一切の無駄がない。
クレイ・ジュダが動くたびに、彼の黒い髪が太陽の光を受けてきらりきらりと揺れる。
ああ、なんて素敵なんだろう!
クレイだって、もちろんかっこいいけどね。
「ステア、踏み込みが甘い」
「は、はい!」
うーん。やっぱり、クレイが押されてるかなぁ。仕方ないけどね。
クレイが打ち込むと、クレイ・ジュダはそれをさらりと受け止め、今度は力任せに押し込んでみると、軽く押し返されている。
「なんだぁ?あいつらパステルをめぐって決闘でも始めたのか?」
ニヤニヤしながら、そこに現れたのはランドだった。
「もぉー。何言ってるのよ。剣の稽古よ」
「わかってるって。冗談だっつーの」
「ランドったら」
「しかし、ステアもがんばってるけど、こりゃもう勝負がついたな」
「え?」
次の瞬間、クレイ・ジュダが華麗に剣を振るい、クレイの剣を叩き落とした。
「うわっ」
バランスを崩して、クレイは地面にへたり込む。
「勝負ありだな」
「大丈夫かい、ステア」
クレイ・ジュダがクレイに手を差し出す。
「はい。参りました。さすがですね」
「そうでもないさ。ステアもよくがんばったね。きっと将来は素晴らしい戦士になれるよ」
「クレイ・ジュダ……ありがとうございます」
「おいおい、もう終わりなのか、ステア?」
「いえ!まだ稽古をつけてもらえるならやります!」
「その意気だ」
クレイ・ジュダは嬉しそうに言うと再び剣を構えた。
「なぁ。やっぱり、あいつら似てるよなぁ?」
相変わらず、剣の稽古に夢中なクレイ・ジュダとクレイを眺めながら、ランドは言った。
「そ、そうかな?」
「おう。あいつは否定したけどよ、本当に弟なんじゃねぇか?あいつ、いいとこの坊ちゃんらしい雰囲気があるじゃねぇか。ステアにもあるよな。そういうのは生まれつきのもんだろ?」
「うん……」
「おめぇらが自分らのことを語りたがらない理由ってさ……まさか」
「ち、違うわよ」
「そうなのかぁー?おれはてっきりステアはジュダんとこのオヤジさんの隠し子で兄貴と再会して身分を隠してるんじゃねぇかと踏んでるんだが」
「はは。ランドって想像力がたくましいのね」
うーん。同じ血筋だから、あながち間違ってもいないわよね。鋭いなぁ。
「ま、追求はしねぇけどよ。あいつともそういうふうに決めたし」
「そうなの?」
「ああ。おめぇらのことは信用してるからな。話してくれるまで待とうって約束なんだ」
「うん……。ありがとう、ランド」
クレイ・ジュダもランドもどうしてこんなに優しいんだろう。
わたしは彼らの優しさに胸がキュンとしてしまった。
「二人して何の話だい?」
「あ、クレイ」
そこに剣の稽古を終えたクレイ・ジュダがやってきた。
「もう終わるの?」
「ああ、満足だ。ステア、また今度、稽古しような」
「はい!お願いします」
はは。クレイってばキラキラしてる。よっぽど嬉しかったのね。
「じゃあ、そろそろ出かけるか」
と、ランド。
「そうだなぁ。じゃあ、着替えてくるよ」
クレイ・ジュダはそう言うと、宿屋に戻って行った。
「なぁ、パステル」
「なぁに?ステア」
「おれらも出かけようぜ。天気もいいし」
「うん。どこに行くの?」
「時計台はどうだい?昨日少し見たんだけど港の近くでなかなか景色もいいよ」
「へぇー。楽しみ」
「よし、じゃあ、おれも着替えてくるから待ってて」
「うん!」
こうして午後はクレイ・ジュダはランドと、わたしはクレイと出かけることになった。
時計台は港のすぐ近くにあった。
回りは広場になっていて、町の人の憩いの場って感じかな。
「あそこのベンチに座ろうか」
わたしとクレイは海がよく見えるベンチに座った。
「あのさ……、パステル」
「なぁに?」
「今朝のこと、なんだけど」
「う、うん」
「ごめんな。おれ、まさかあんなことになってるなんて思わなかったからさ」
「はは……。そりゃそうよね」
「びっくりしたけど……よかったな。クレイ・ジュダからちゃんと聞いたよ」
「……うん」
「ま、ちょっと手が早すぎる気もするけど」
「あはは。お父さんみたい」
「お父さんって……。パステルのことは妹みたいに思ってるから、どちらかと言うと兄さんだろ?」
「お父さん!」
「こら!ま、それでもいいけど。おれにとってパステルはいつまでも大事な家族みたいなものだからさ」
「ステア……」
そんなふうに言われるとジーンときちゃうなぁ。
「はは。すっかりステアが馴染んだよな」
「そうね」
そういえば、こうして二人きりで話してても違和感なく、ステア、って呼んでる。
「なぁ、パステル」
「どうしたの?」
「もし、元の時代に帰れることになったら……おまえはどうする?」
「あ……」
あんまり考えないようにしてたけど、そうなんだよね。ここは本来わたしたちの居場所じゃないんだ。
「おれはさ、そうなったら帰るつもりなんだ。クレイ・ジュダの側でいろいろ学びたいし、ランドは弟みたいにかわいがってくれるから、この時代もおれにとって大事なんだけど。やっぱり、残してきた人たちのことが気になるんだ」
「そっか」
「家族はもちろんだし、パーティーのみんなも……特にルーミィなんて、おれたちが揃っていなくなったら大丈夫かなって心配なんだ。もちろん今はノルがルーミィのことは見てくれてると思うし、信頼だってしてる。だけど……」
「……」
わたしなんてクレイ・ジュダのことばっかり考えて、みんなのことなんて考えてなかった。
なんだかショック。
ルーミィのことなんて本当ならわたしが一番考えなきゃいけないのに。
「パステルはどうしたい?」
「……」
クレイ・ジュダはこの時代の人なんだ。もし帰ったら……二度と会えない。
わたしは……。
「ここにいたいんだろ?」
「ステア……」
わたしが口に出しにくかった気持ちをクレイが代弁してくれた。
「それは仕方ないと思うぜ?クレイ・ジュダもパステルのこと真剣に考えてくれてるみたいだし。みんなだって、わかってくれると思う。もちろん、そうなったら寂しいけどさ」
「ん……」
「大丈夫だよ。もしおれたち離れ離れになっても、ずっと仲間だ。それに、」
クレイは優しい微笑みを浮かべて、わたしの顔を見ると言葉を続けた。
「パステルがクレイ・ジュダと結婚したら……おれのひいおばあさまだからな」
「ちょっとー!まだひいおばあさまなんて言われたくないわよ!」
「でも、そうなるんだぜ?」
「もぉー、ステアってば。ランドみたいなこと言うんだから!」
「だって本当のことだろ?」
「ステア!」
なーんて、わたしたちはふざけあって、笑い合っていたんだけど。
あれれ?今のクレイのひいおばあさまは?わたしに変わっちゃうの?そしたら、ひいおばあさまはどうなるの?
すごく気になったんだけど、そのときのわたしにはそれが大事なことには思えなかった。
「うわぁ。綺麗!」
わたしたちはコーベニアをあとにして、今日からは船旅なの。
久しぶりだなぁ。
どこまでも続く水平線、見渡す限りの青い海。
この景色はきっと何度見ても飽きない。
「風が気持ちいいね」
「うん」
船のデッキでクレイ・ジュダと二人で海を見てる。このシチュエーションもなかなか素敵よね。
クレイとランドは昨日も遅くまで飲んでたせいで、二人仲良く船室で眠ってるんだ。
おかげで、遠慮なくクレイ・ジュダと船デートできてるから感謝しなくちゃ。
二人の時間を満喫したわたしたちは一度船室に戻ることにした。
クレイとランドはまだ寝てるのかな。
そうそう、今回の船旅は四人部屋なんだよね。
みんな一緒で嬉しいような、少し困るような……だって、クレイ・ジュダと一緒に寝れないんだもの。
なーんてね。
こういうちょっとしたことにも、クレイ・ジュダを好きって気持ちが見えてきて。そんな自分が少し恥ずかしかったり、嬉しかったりもする。
船室の扉の前で、つないでいる手を離す。これは、わたしとクレイ・ジュダが決めたルール。
わたしたちは恋人同士だけど、同じパーティーのメンバーでもあるからね。
ま、パーティーって生活を共にしてるから、なかなか切り替えは難しいんだけど。
「ただいま!」
「おう、おかえり」
ランドがベッドの中から返事をする。
そうそう、船室の中は二段になったベッドが二つあるという造りになってるんだ。クレイとランドはそれぞれ上の段で、クレイの下がわたし、ランドの下がクレイ・ジュダなのだ。
一応、ベッドは隣りなんだけどね。
さすがに今夜は一緒に眠るわけにいかないんだな。
「まったく……おまえたちは」
クレイ・ジュダも少し呆れ顔。
「はは。さすがに昨日は飲みすぎました……」
これは、クレイ。
「ま、たまにはハメを外すのも大事だけどね」
「だろぉー?ジュダちゃんわかってるぅ」
「おれはステアに言ったんだよ。おまえは勝手にしろ」
「なんでだよー。おれにも優しくしてくれよー」
ベッドから顔を出したランドは拗ねたようにそう言って、頬をぷうと膨らませた。
「子供か……おまえは」
クレイ・ジュダは苦笑いを浮かべる。
「あはは。クレイだって、ランドをからかって遊んでるんだから子供よ」
クレイ・ジュダがランドをからかうのは、この二人にとってのコミュニケーションの一つなんだろうなぁ。
いつもは落ち着いてるクレイ・ジュダが妙に子供っぽくなるのが、いつもおかしくて仕方ない。
「へへ。パステルに言われちまったなぁ」
「そうだなぁ」
顔を見合わせて笑うクレイ・ジュダとランド。
やっぱり仲が良いなぁ。
「ランドもステアも、そろそろ起きたら?もう夕方よ」
「そうだな。いい加減酒も抜けてきたし」
「二人ともデッキに行くといい。風が気持ちいいよ」
「そういや腹も減ってきたな。デッキで風に当たってから飯でも食いに行くか!」
「おー。見事な夕焼けだなぁ!」
「うん!」
デッキに出た私たちの目に飛び込んできたのは茜色の空。
「ランドみたいな色だ」
「はは。そうですね」
クレイ・ジュダとクレイは、長い赤毛の三つ編みを揺らしながら歩くランドの後ろ姿を見ながら、そう言った。
「そうね。ランドみたい」
「よし、おめぇら。この空はおれのもんだ。よーく見とけよ?」
「調子にのるなよ」
クレイ・ジュダがおかしそうに笑う。
「へん!そんなこと言うなら、いつかおれが盗賊団の頭領になっても冒険に連れて行ってやんねぇからな!」
「ランドは盗賊団の頭領になるんだ」
そっか。ブーツ一家を立ち上げるのはランドなのね。
「おうよ。世界中のお宝もこの空も、ぜぇーんぶおれのもんだ」
「それがランドの夢なんですね」
「そうだぜ。でも今はそれだけじゃねぇ。世界中のお宝を集めるとなるとだなぁ、たまには盗賊団じゃ太刀打ちできない魔物にも出くわすわけだ。そんなときにだ、ジュダとステアを用心棒に雇って、お宝を手に入れるんだよ。今みたいに集まってさ。すげぇ冒険になるぜ?おめぇらも楽しみだろ?」
「そうだなぁ。手伝ってあげてもいいかな」
言い方は少しいじわるだけど、クレイ・ジュダはすごく優しい瞳でランドを見つめながら、そう言った。
本当は嬉しいんだね。
「おれも楽しみにしてますよ。ランドの盗賊団、見てみたいな」
「だろっ!」
「ちょっと待って!わたしは?」
「おめぇはなぁ、ものすごい方向音痴なんだろ?マッパーのくせによ」
「ど、どうしてそれを!?……ステア!」
「はは。パステル、酒の席でついね」
「もぉー、余計なこと言わないでよー」
「まぁまぁ、ステアを責めるな。おかげで、おれたちは道に迷うという危機から脱したわけだ。ブーツ一家、ダンジョンで遭難!全滅!なんて御免だからな」
「ちょっとー」
「大丈夫だよ、パステル。マッピングはそのうちうまくなるさ」
「そう……そうよね!」
うーん。だけど、方向音痴は……治らないわよね、きっと。
「そうだよ。おれもちょっとふざけただけだからさ。パステルとは長いこと一緒に冒険してるんだぜ?信頼してるよ」
「ステア……!」
やっぱり、クレイは優しいなぁ。
「じゃあ、またこのメンバーでお宝探しをするってことで決定だ!腹減ったなぁ。早いとこ飯にしようぜ」
「うん!」
気が付けば、すっかり夜のとばりがおりてしまったデッキをあとにして、わたしたちは食堂へと向かった。
うーん。寝れないなぁ。
今夜は早々と休むことにしたわたしたち。
でも、いざベッドに入っても寝れない。
困ったなぁー。
わたしが寝返りを打ってると、カーテンが開いた。
「クレ…」
わたしが名前を呼ぼうとしたら、口を塞がれる。そして、クレイ・ジュダは口元に人差し指を当てて、静かに、と唇の形だけで言った。
そして、こっちにおいでってジェスチャー。
何だろう?
クレイ・ジュダはにっこり微笑むと、ベッドから降りたわたしの手を取って、船室から抜け出したのだ。