純白のウェディングドレスって、女の子の憧れだよね。  
 結婚式は、多分人生のベスト3に入るイベントの一つだと思うんだ。  
 隣に立つのは、もちろん、自分が1番好きな人。  
 綺麗なドレス、白いベール、可愛いブーケ。  
 ……なのに。  
 その憧れの結婚式を、こんな風に経験するなんて……  
 わたしは、目の前に立つ神父さんと神様に心の中で謝った。  
 ごめんなさい。こんなことに利用させてもらっちゃって……  
 うーっ、それもこれも。みーんな! あいつが悪いんだから!!  
   
「ななななんですって!? ルーミィがいなくなったー!?」  
 海を渡ったとある王国のふもとの村。そこで、わたしは絶叫していた。  
 わたし達がこの国に来たのは、とあるおつかいクエストのためだったんだよね。遠く離れた国に住む 
息子さんに、手紙を届けて欲しいっていうただそれだけのクエスト。  
 で、そのクエスト(といえるのかな?)も無事に終了し、滅多に来れないところだからって、しばら 
く泊まっていくことにしたんだ。  
 2日間、シルバーリーブではなかなか見れないようなお店や大きな公園なんかもあって、すっごく楽し 
かったんだけど。もうそろそろお金の問題もあって帰ろうか、っていう話になった。  
 それで、今日はクレイとキットンが船のチケットを取りにいってくれて、わたしとノルは買い出しに 
行くことに、トラップがルーミィとシロちゃんの面倒を見てくれる、っていう話がまとまったんだ。  
 トラップが子守? ってすごく意外かもしれないけどね。  
 船のチケット取りに行くなんて面倒くせー、買出しに付き合うなんて面倒くせー、とどちらからも逃 
げようとして(どうせギャンブルにでも出かけようとしたんだろうけど)、その結果「じゃあルーミィ 
をよろしく」ってなったんだ。  
 本当は買出しに連れていってあげたかったんだけどね。ルーミィが一緒だと、買い物に時間がかかっ 
ちゃうから。  
 ちょっと不安だったんだけどね。まあシロちゃんもいるし、トラップだってまさか子供連れでカジノ 
に行ったりはしないでしょう、とまかせることにしたんだけど……  
 
 買い出しも終わり、船のチケットも無事に購入して……戻ってきたわたし達が見たものは、真っ青に 
なってあちこち走り回っているトラップの姿だった。  
 聞いてみたら呆れちゃう!! 最初はルーミィとシロちゃんを連れて公園に行ったんだけど、二人を 
遊ばせているうちにベンチで寝ちゃって、起きたら二人ともいないっていうのよ!?  
 それでさすがのトラップも青くなってあちこち探し回って、もしかしたらわたし達のどちらかに合流 
したんじゃないか、と思って宿まで戻ってきたらしいんだけど……  
 わたし達も、クレイ達も、ルーミィの姿は見ていない。  
 そして、気がつけばもう日はすっかり暮れてしまっていて、迷子になっているのなら誰かが見つけて 
くれていてもよさそうな時間。  
 それなのに、誰に聞いてまわっても、「そんな子知らない」って言うのよ。ルーミィはかなり目立つ 
外見のはずなのに……  
「トラップ! おまえなあ……」  
 あらら、いつもは温厚なクレイが、額に青筋浮かべてトラップを締め上げてる。でも当然だよね。わ 
たしだってそうしたいもん。  
 だってあのトラップだよ? 人一倍感覚が鋭くて抜け目の無いトラップが、寝ている間に二人がいな 
くなったことに気づかなかったなんて!!  
 いつもなら得意の毒舌で切り返すはずのトラップも、さすがに今回ばっかりは言うことが無いらしく、 
大人しくされるがままになってる。  
「あのー、ですね……こうしていてもルーミィが戻ってくるわけではないんですから。もう一度探しに 
行った方がいいんじゃないですか?」  
 そこに口を挟んだのがキットン。いつもは何を考えているのかよくわからない彼も、さすがに今回ば 
かりは心配しているみたい。  
「……わかった。俺、もう一度捜してくるから」  
「あ、わたしも行く!」  
 トラップを離してクレイが外に出る。わたしも後に続こうとすると、後ろから肩をつかまれた。  
 振り向くと、見たこともないくらい真面目な顔をしたトラップ。  
「何よ」  
「……わりい。今回ばっかりは俺が悪かった。俺が探しに行くから、おめえは宿で待っててくれ」  
「嫌よ! わたしだってルーミィが心配なんだから!!」  
 そうよ、大人しく宿で待ってなんかいられない! こうしている間にも、ルーミィが泣いてるかもし 
れないのに!!  
「っ……だあら、もしかしたら戻ってくっかもしれねえだろうが!! 誰かが宿で待ってる必要があん 
だよ!! おい、キットン、ノル、捜すの手伝ってくれ……頼む」  
「わかった」  
「もちろんですよ。言われなくても行くつもりです」  
 トラップの言葉に、ノルとキットンも立ち上がる。  
 だから……何でわたしがお留守番なのよう……わたしだって心配なのに。見つかったら一番に抱きし 
めてあげたいのに!  
「あのな!! こんなときにおめえまで迷子になられたら余計大変なんだよ!! わかったら大人しく 
待ってろ!! おい、行くぜ」  
「わかった」  
「了解です」  
 一方的にそう言うと、トラップ達四人はばたばたと外に出ていった。  
 後に残されたのはわたし一人。……確かに、トラップの言うことはわかるんだけど。  
 こんなときに待ってるしかできないなんて……  
 ルーミィ、お願い……無事でいて!!  
   
 みんなが戻ってきたときには、もう真夜中になっていた。  
 わたしはいてもたってもいられなくて、うろうろ部屋の中を歩き回ってたんだけど。  
 入り口が開く音がして、慌てて玄関へと向かった。  
 そこに立っていたのは、クレイ、キットン、ノルの三人。  
 ……ルーミィは?  
「クレイ、ルーミィは……?」  
 わたしの言葉に、クレイは首を振った。物凄く疲れた顔。今まで走り回ってたんだろうな。  
「この村だけじゃなくて、城下町あたりまで捜してみたんですけどね……ルーミィを見た、という人す 
ら、見つかりませんでした」  
「鳥達も知らないって言ってた」  
 みんなの言葉に、わたしは玄関先にへたりこんでしまった。  
 だってだって……ルーミィだよ? まだあんなに小さいのに。こんな初めて来た国で……  
 誰も何も言わない。みんな、考えてることは同じだよね。  
 これだけ捜しても見つからないんだから、もしかしたら、何か事件に巻き込まれたんじゃないか。ル 
ーミィ、可愛い顔してるもんね。もしも、その……  
 
 そのときだった。  
 どたどたどた、という足音がしたと思うと、凄い勢いでドアが開いた。  
 物凄い剣幕で立っていたのはトラップ。  
「ルーミィ、見つかったの!?」  
 わたしの言葉にトラップは首を振ったんだけど、かみつきそうな勢いで喋り出した。  
「ルーミィを見たって奴を見つけた。シロも一緒だ。そいつが言うには、確かに銀髪の小さな女の子と 
白い犬を、誰かが連れてくのを見たっていう話だ」  
「どこに!?」  
 みんながつめよると、トラップは息をのんで言った。  
「……城に」  
 城!?  
 城ってあれよね。この国の王様が住んでる、あの城よね!?  
 な、何でそんなとこに……  
「連れてったのは、どうも城の下働きの奴らしい。くそっ、道理で誰に聞いても知らねえって言うわけ 
だぜ。誰も王様が人をさらうなんて思わねえもんな」  
 いらだたしげに赤毛をかきむしると、トラップはきびすを返した。  
「ど、どこに行くの?」  
「ああ? 決まってんだろ!? 今すぐ城に忍び込んでルーミィ連れ戻してくんだよ!!」  
 トラップの表情は、すごく切羽詰っていた。  
 ああ……そうだよね。トラップだって、今回のことはすごくショックだろうし反省だってしてるよね。  
 わたしだって、うっかりルーミィから目を離すことはあるもん……一方的に責めて、悪いことしちゃ 
ったな。  
「いやあ、待ってください。それは、やめた方がいいですよ」  
 トラップの言葉にクレイとわたしまで走り出そうとしたんだけど、それにストップをかけたのはキッ 
トンだった。  
「何言ってるのよキットン! ルーミィが泣いてるかもしれないのよ、早く助け出さないと!」  
「そうだ。何のためにルーミィをさらったのかは知らないが……ルーミィは俺達の大切な仲間なんだ。 
早く助けないと」  
 わたしとクレイが同時に言うと、キットンはばたばたと手を振り回して、  
「落ち着いてくださいって! そりゃそこらのごろつきにさらわれたというのならそうでしょうけど、 
さらったのは王様ですよ? 身代金目当てのわけはないし、犯罪に関わっているとも考えにくい。  
 すぐにどうこうということは無いはずです」  
 
「でも!」  
「それに!」  
 わたしの言葉を強く遮って、キットンは続けた。  
「この国は王様の権限が非常に強く、城内は我々一般人は立ち入り禁止です。そこに忍び込んで、万が 
一にも見つかってごらんなさい。運が悪かったら処刑ですよ!?」  
 うっ。  
 確かにそうなんだよねえ。この国の王様は、それはもう知らない人がいないくらいの名君で、すごく 
権限を持ってるんだ。  
 こんな夜中に城内に忍び込むなんて、物盗りや強盗と間違われてもしょうがないもんね。キットンの 
言葉は一理ある。  
「けっ、俺がつかまるような間抜けに見えるかよ」  
「あなたはそうでもルーミィは違いますからね。帰る途中で例の『お腹ぺっこぺこだおう』でも始まっ 
てごらんなさい。それに、城の警備というのを甘く見ない方がいいですよ」  
 キットンの説得力あふれる言葉に、さすがにトラップも言い返せないみたい。  
 でも、だったらどうしたらいいの!?  
   
 解決策を見つけてきたのはキットンだった。  
 わたし達は、あーでもないこうでもないって一晩中話し合いを続けてたんだけど。  
 朝になると、キットンはふらりと外に出て行って、そして戻ってきた途端叫んだ。  
「やりました! 城内にうまく入り込む方法を見つけましたよ!!」  
「えっ!?」  
 その言葉に、皆が一斉に振り向いた。もうね、どう頑張ったって警備の状態もわからない以上、手の 
出しようがないっていう結論が出かけてたんだ。  
 それだけに、キットンの言葉はまるで神様の言葉みたいに思えた。  
「本当!? ど、どんな!?」  
「ぐ、ぐるじいばすてる……手、手を離してください……」  
 え? あらら、ごめんごめん。  
 思わずキットンの襟元をしめあげていた手を離して、わたしは改めて座りなおした。  
 
「で、どんな方法なんだ?」  
「あのですねえ。一般人が用も無いのに城内にもぐりこむことは禁止されていますけれど、逆に言えば 
用があれば入れるわけです」  
 ふむ。それはそうだよね。  
 でも、冒険者であるわたし達が、王様に一体何の用があるっていうの?  
「実はですね、この国には変わった風習があるんです。幸せを皆でわかちあう、という趣旨らしいんで 
すけど、結婚式を行うときは、費用は全て王様が出してくれるらしいんです。そして場所は、必ず城で 
行うんですよ」  
 ……結婚式?  
「そして、この結婚式には、誰でも参加できます。他人の幸せを皆で祝うことによってみんなの幸せに 
変えるという名目て思い付いたしきたりらしいんですが。  
 そんなわけで、結婚式さえあれば、それを見に行くという名目で、いくらでも城にもぐりこめます」  
「ばっかやろう! そんな案があるんならもっと早くに言え!」  
「わ、わたしだって今朝人に聞いて初めて知ったんですよ!!」  
 キットンの頭を振り回すトラップ。もー。乱暴なんだから。  
 何だかんだで、きっと1番心配してるのはトラップなんだよね。焦る気持ちは、わかるんだけど。  
「確かに、それなら危険はなさそうだな。万が一城内をうろうろしているところを見咎められたとして 
も……」  
「そうです。結婚式に参列してみたけれど、城内があまりにも広いので迷った、と言えばOKです。参列 
は国の人間じゃなくても、流れの冒険者でもいっこうに構わないそうですので。不審がられることはな 
いでしょう」  
 うーん。「他人の幸せをみんなの幸せに」っていうのはすごく素敵なことだけど。それって物凄く無 
用心じゃない? よく知らない人間を城内に招き入れるわけだから……  
 しきたりって、よくわからないものが多いよね。  
「よし、その手でいこう。で、結婚式はいつやるんだ?」  
「いやー、それが当分行われる予定は無いそうです」  
 ずべっ  
 キットンの言葉に、立ち上がりかけたクレイとトラップが揃ってこけた。  
 あ、あのねえっ……  
 
「んだよそれはっ! それじゃあ使えねえだろうが!!」  
「いえいえ、何てことを言うんですか! わたしにぬかりはありません!!」  
 トラップの言葉に、キットンは自信満々に答えて何か書かれた紙を取り出した。  
「無ければわたし達でやればいいんです! すなわち、わたし達の誰かが結婚すればいいんですよ!!」  
 キットンの言葉に、皆はしーんと黙り込んだ。  
 ……ええええええええええええええええ!!?  
   
「……名案だな」  
 しばらくみんな黙り込んでたんだけど。  
 やがて、トラップがぽつりとつぶやいた。その目はもう完全に座っちゃってる。  
 ちょっとちょっとちょっとお!? け、結婚だよ!? 一生に関わる問題なんだよ!?  
「おいおいキットン、それはいくら何でも……」  
「大丈夫! わたしの計画は完璧です。誰も本気で結婚しろなんていいません。ようするに、ふりです 
よふり」  
 キットンの言葉によると、こういうことだった。  
 まず、二人が結婚式を挙げ、残りのメンバーはそれに列席するという名目で城にもぐりこむ。  
 式の最中、二人以外のメンバーは城内にいるはずのルーミィを探し出す。  
 式が終わるまでに見つけ出せたらよし。見つけ出せなくても、とにかく式が終わるまでには一度戻っ 
てくる。  
 戻ってきたら、何か騒ぎを起こしてとにかく結婚式をぶち壊して騒ぎに乗じて脱出。  
 この時点でルーミィが見つかっていればよし。見つかっていない場合は、再び城内にもぐりこんで、 
ルーミィを捜す。ルーミィを見つけ出した後は、「結婚式を見に来たんだけど城が広くて迷ってしまっ 
た冒険者」のふりをして脱出する。  
 とまあ、こういうものだった。  
 うーん。何だか色々すごく危なそうな気がするんだけど……でも、それしか方法が無いんだもん。し 
ょうがないよね。  
 どう転んでも、結婚式は途中でめちゃくちゃになるから、本当に結婚するっていうわけじゃないし。 
何と言っても、ルーミィのためだもん!  
 
「……しょうがないな、それで行くか」  
 クレイはしばらく迷ってたみたいだけど、やがて頷いた。  
 彼としては、きっとみんなを危険にさらすような真似はしたくないんだろうけど。  
 それしか方法が無いって納得したみたい。  
「よし。で、誰と誰が結婚するんだ?」  
「そりゃパステルとクレイでしょう」  
 トラップの問いに即答するキットン。その答えに、わたしは思わず固まってしまった。  
 え、わたしぃ!?  
 い、いや、よく考えたらそうだよね。他に女の子いないもん。うん、そりゃそうだ。  
 でも、何で相手がクレイなの?  
「え? 俺!? キットン、何で俺なんだ?」  
「そりゃそうでしょう。いいですか? この計画の場合、もしかしたら花嫁と花婿の二人も、後で列席 
者のふりをする必要があるかもしれないんですよ。つまり、二人があんまり人目につくような外見では 
困るわけです。  
 まあ女性はパステルしかいないんだから決まりとして、私やノルでは目立ってしょうがないでしょう」  
 ふむ、それはそうだよね。二人とも体格に特徴がありすぎるもん。  
「残るはクレイかトラップですけど、式の間城にもぐりこむのに、もしかしたら鍵開けの技術が必要に 
なるかもしれませんし、それでなくてもトラップは感覚が鋭いですからね。どうしても捜索隊の方にま 
わってもらう必要があります。  
 だったらクレイしかいないでしょう」  
 な、なるほど……言われてみればそうだね……  
「まあ、そりゃそうだよな」  
 ちょっと顔をしかめて言ったのはトラップ。  
 ? 何だか不機嫌そう。どうしたのかな?  
「……そう言われると確かに俺しかいないな。よし。やるか!」  
「式の申し込みは既にすませてあります。後は衣装ですね。貸衣装屋さんが町にあったと思いますので 
行ってみましょう」  
 そんなわけで、わたしとクレイは結婚式を挙げることになった。  
 
 いや、さすがはお城。  
 わたしはちらりと見た光景に圧倒されてしまった。  
 もうそれはそれは大きな部屋に、埋め尽くされた椅子とそこに座る人。  
 もっとも、座っているのはわたし達とは何の関係も無いただの町の人たちだったりするんだけど。  
 結婚式に列席するしないは自由らしいんだけど、別に入場料がいるわけじゃないし、豪華なお食事も 
後で出るらしいしね。店を閉めてまで列席する人もいるとか。  
 ちなみに、今日はルーミィがさらわれてから2日目。つまり、計画を立てた翌日。  
 かなりのスピード結婚だけど、しょうがないよね。ぐずぐずしているわけにはいかないし。幸い、式 
を挙げるのに面倒な段取りは必要なく、申し込みをするだけですんなりと話がついた。  
 唯一ごたごたしたのが衣装だけど……何しろ、結婚式だから列席者も普段着ってわけにはいかないし。 
ノルの体格に合う衣装を見つけるのは、なかなか大変だったんだ。  
 結構お金もかかってしまったんだけど……仕方ない!! これもルーミィのため!!  
 で、わたしは今、花嫁の控え室にいるんだ。そのドアを開ければ、すぐに式場に入れるっていう部屋。  
 衣装はもちろん、純白の豪華なウェディングドレス。  
 レースがいっぱいでスカートもふんわりと広がっていて、こんなことでもなければうっとりするとこ 
ろなんだけど……  
 うーっ、ルーミィのことが心配でそれどころじゃないや。トラップ達大丈夫かな?  
 今頃、トラップ、キットン、ノルは既に城内でルーミィ捜索を始めているはず。  
 で、わたしとクレイは、結婚式の準備のためにそれぞれ部屋で衣装を合わせてるんだ。  
 着付けをしてくれたのは、お城のメイドさん達。ウェディングドレスってやたらホックがたくさんつ 
いててどうしたって一人じゃ着れないんだけど、手馴れた様子であっという間にわたしを花嫁さんに仕 
立て上げてくれた。  
 ちょっぴりお化粧なんかしてベールを被ると、鏡の中のわたしは何だか別人みたいに見える。  
 うーっ、そんな場合じゃないっていうのはよーくわかってるんだけど……やっぱり顔がにやけてしま 
う。  
 
 クレイは隣の部屋で、やっぱり花婿さんの衣装を着付けてもらっているはず。ちなみにクレイの着付 
けを誰がやるかでメイドさん達がもめている光景を、わたしはばっちり見てしまっていた。  
 クレイ、かっこいいもんね。気持ちはわかる……  
 で、やたら時間のかかる着付けも終わり、ついに式が始まる時間になった。  
 ううっ、緊張っ……トラップ達、期待してるからね! 絶対ルーミィを見つけ出してよ!!  
   
 壮麗な音楽が鳴り響く中、わたしはボーイさんみたいな格好をした人に手を引かれて、部屋の中央に 
引かれた赤い布の上を歩いていた。  
 ……本当は、手を引くのはお父さんとか身内の男性っていう決まりなんだけどね。わたしのお父さん 
はもう死んじゃってるし、急に代役が見つかるわけもなく、事情を話したらお城の人がうまくまとめて 
くれるってことだった。  
 慣れないハイヒールでつまづきそうになりながら歩く。まわりからは割れんばかりの拍手の音。  
 ……皆さんごめんなさい。  
 心から祝福してくれる列席者の皆さんに謝りながら、わたしは先に待っていたクレイの元へと歩いて 
いった。  
 うっ、さすがはクレイ。かっこいい!  
 同じく純白のタキシードでぴしりと決めて、最近伸びてきた髪をきれいに整えたクレイは、女の子な 
ら誰でもためいきをついて振り返りたくなるくらいかっこよかった。  
 ううっ、つりあってない。絶対わたしじゃつりあってないっ。  
 クレイに手を引かれて、神父さんの前に立つ。いよいよ本番。  
 これから、神父さんのありがたい言葉を聴いて、指輪の交換(ちなみに、これはお城の人が用意して 
くれた借り物)、近いのキスを経て、晴れて二人は夫婦になる、っていう流れになるらしい。  
 お、お願いだから。お願いだからトラップ! キットン! ノル!!  
 誓いのキスまでには戻ってきてねっ!!  
 わたしの祈りを知る由もなく、神父さんがうやうやしく立ち上がって、わたしとクレイの手を取った。  
 いよいよ、式が始まった。  
 
 神父さんの話は、それはそれはありがたいものだったけど。  
 それはそれは長かった。  
 メイドさん達が話してたけどね。この神父さんはいつもこうらしい。  
 わたし達にとってはありがたいことなんだけど、列席者の人たちは退屈だろうなあ。  
 ちらっと後ろを振り向いたら、寝てる人までいたし。  
 そんなこんなで、一時間以上は経っただろうか?  
「……というわけで、病めるときも、健やかなるときも、汝、クレイ・S・アンダーソン、パステル・G 
・キングを、妻として、これを永遠に愛することを誓いますか?」  
「……はい、誓います」  
 きき、来たっ!! とうとうこれが最後!!  
 この誓いの言葉が終わったら、次は指輪の交換、誓いのキス。  
 もう少しで式が終わる……トラップ達はまだー!?  
 クレイは何だかひきつった笑顔で答えていた。当たり前だよね、嘘だもん。  
 神様に嘘をつくなんて気が引けるけど、しょうがない。そして、次はわたしの番。  
「汝、パステル・G・キング、クレイ・S・アンダーソンを、夫として、永遠に愛することを誓いますか 
?」  
「……はい、誓いま……」  
 わたしが言いかけたときだった。  
「ちょっと待ったあ!!」  
 バンッ!!  
 突然の叫び声。同時に、式場の中央のドアが開く音。  
 ……え? この声って……  
 突然のことに、誓いの言葉を中断して振り向く。クレイも、神父さんも列席者の人たちも、ぽかんと 
してドアの方を見ていた。  
 皆の視線を一斉に浴びて堂々と立っていたのは……  
『と、トラップ!?』  
 わたしとクレイの声が重なった。  
 
 そこに立っていたのは、確かに、見慣れた赤毛の盗賊の姿だった。  
 ただし、いつもと違って、きちんと騎士風の正装をして背中に漆黒のマントなんかを羽織っているそ 
の姿は、何だか……とってもかっこよかったんだけど。  
 っていやいやそんなことはどうでもよくて!!  
 トラップは、何故かわたしの方を見てしばらく硬直してたんだけど、わたしと視線が合うと慌てて  
「クレイ、おめえなんかにゃパステルは渡さねえ!! パステルは俺の女だ!!」  
 と、叫んだ。その顔はかなり真っ赤。  
 ……って。  
 とっ、突然現れて何を言い出すのよあんたは――!?  
 わたしは思わず赤面してしまったんだけど、とん、と隣のクレイに肘で小突かれて気づく。  
 ……あ、もしかしてこれが、結婚式をめちゃくちゃにするための騒ぎ?  
 なーるほど……でも、他に何か方法はなかったの!?  
 突然の出来事に、ざわめきが広がる。まあ、そりゃそうだよね。  
 でも、わたしはどうしたらいいんだろう?  
 わたしがクレイに目をやると、彼は……そっとトラップの方に目をやって、ウィンクした。  
 うん、行けばいいみたいね。そうだよね。ここでわたしがクレイのところにとどまってたら、トラッ 
プはつまみ出されて結婚式は続行されちゃうもんね。  
 了解。  
 わたしが軽く頷くと、クレイが一歩前に出て、  
「突然何を言い出すんだ!! 彼女は俺と結婚するんだ!」  
 おおっ、クレイ名演技!! トラップも負けてないけど。  
「ああ? 突然横恋慕して、家の地位を傘にきて無理やりパステルを奪い取ったくせして何言ってやが 
る! 俺とパステルはなあ、おめえなんかよりずーっと前から結婚の約束をしてたんだよ!  
 おめえの汚い手なんかにゃ負けねえぞ! 二人で幸せになってみせる!!」  
 ……負けてないけど、もうちょっとマシなストーリー思いつかなかったの?  
 あーあ。列席者の人たち、クレイをにらんでるよ……ごめんねクレイ。  
「何を……お前みたいな地位も財産も持ってない奴に、パステルを幸せにできるもんか!!」  
「んなもんなくたってなあ! 愛がありゃあ幸せにはなれるんだよ! それを俺達が証明してやらあ。 
パステル、来い!!」  
 そしてわたしの方に手を差し出すトラップ。  
 
 よし、今行けばいいんだよね……でも、黙っていくのも変かな? えーとえーと。  
「ご、ごめんなさいクレイ……わたし、やっぱりトラップのことを愛しているのよ!!」  
 こ、声が震えるうっ!! ば、ばれてないよね?  
 ちらっとクレイをうかがうと、小さく親指を立てていた。「よくやった」って意味らしい。  
 そのまま、わたしはクレイに背を向けてトラップの方に走っていった。  
 かけよった瞬間つかまれる腕。次の瞬間には、わたしはトラップに抱き上げられていた。  
 ちょっとちょっと!! ここまでするの!?  
「悪いなクレイ……パステルは、もらっていく!!」  
 トラップの捨て台詞と閉じられる扉。  
 何だか拍手と泣き声と「幸せになれよ!」みたいな言葉が中から聞こえるんだけど……  
 ううっ、皆さん騙して本当にごめんなさいっ!!  
   
 そのままわたしが連れて行かれたのは、城の中のどこかの部屋。  
 お城で働いている人たちは、みんな式場と披露宴の会場の準備で出払っていたらしくて、ちょっと奥 
まったところに来てしまえば不思議なくらい人影は無い。  
 物置みたいな小さな部屋(といっても、みすず旅館の部屋より広いんだけど)に入ると、トラップは 
わたしを放り出して鍵をかけた。  
 ちょっとちょっと! もーっ、乱暴なんだから!  
「もう! 一体何なのよあれは!」  
「ああ? ようするに結婚式をぶち壊せばよかったんだろ? いいじゃねえか、成功したんだから。っ 
たく、おめえ重てえんだよ」  
 ななななな何てこと言うのよ失礼な!!  
 
「だって、あれじゃあクレイが可哀想じゃない。列席者の人、みんなにらんでたわよ」  
「だーいじょうぶだって。クレイは花嫁に逃げられて傷心の花婿だぜ? 放っておいてもみんなそっと 
しておいてくれるって。一人になりゃあ、後はいつもの格好に戻ってこっちに合流すりゃすむ話だ」  
 そ、そうかもしれないけどお……ううっ。クレイってどこまでも貧乏くじをひかされる運命なんだね 
……  
「っつーかな、クレイの心配してるときじゃねえだろ今は」  
 呆れたようなトラップの声。  
 はっ、そういえばそうだ。わたし達が何のためにこんなことしてるのか考えれば、そんな場合じゃな 
いよね(ごめんねクレイ)。  
 ルーミィが見つかっているなら、わたし達はこのまま外に脱出すればよかったんだから……  
「ルーミィ、まだ見つからないの?」  
「ああ。二階まではくまなく捜したんだけどな、見つからねえ。残るは三階だけだ」  
「本当? すぐに捜しに行かなくちゃ!!」  
 こんなことしてられない。ルーミィ、今行くからね!!  
 そう言って、わたしは歩き出そうとしたんだけど。  
 その前に、トラップに呼び止められてしまった。  
「捜すって……おめえ、その格好でか……?」  
 はっ!  
 そういえば、わたしの今の格好って、ウェディングドレス……  
「と、トラップ……どうしよう……」  
「あー……おめえ、自分の服は?」  
「控え室……」  
 ああっ、もうわたしのドジ!!  
 着替えの一枚くらい、トラップにでも預けておけばよかったのに。  
 ううっ、どうしよう……でも、まさかこんな格好でうろつくわけにはいかないし……  
「……よし、ちっと待ってろ」  
 言いながらトラップは部屋の中をあさり始めた。部屋は本当にただの物置みたいで色々雑多なものが 
置いてあったんだけど、そこのクローゼットからトラップが見つけ出したのは、お城のメイドさん達が 
来ている紺のワンピースと白いエプロン。  
「とりあえずこれでも着てろ。靴はねえけど……ま、それくらいは我慢しろ」  
「うん」  
 幸いなことに、部屋の中だもんね。靴がなくても足が痛いってことはない。  
 それに、この格好なら、見つかったときにも言い訳がきくし!  
 
 そして、わたしは着替えようとしたんだけど……ってちょっと。  
「トラップ! 外に出ててよ、着替えるんだから!」  
「ああ? 誰が見るかよおめえの幼児体型なんか」  
 よ、よ、幼児体型!? し、失礼なっ。確かにあんまり胸は大きくないけどっ……  
「ま、別に外に出ててもいいけどよ。賭けてもいいな。おめえは絶対俺を呼び戻すぜ」  
「はあ??」  
 何言ってるのよ? トラップの言ってることってわけがわからない。  
 わたしが何か言うより早く、トラップはひらひらと手を振って外に出ていった。  
 もう、出るなら最初から素直に出てくれればいいのに……  
 そうして、わたしはやっと着替えることができたんだけど。  
 ……そして、気づいた。トラップの言っていた意味が。  
「うっ……嘘っ、これどうやって脱ぐの!?」  
 ハイヒールを脱いでドレスに手をかけたところで気づいた。このウェディングドレス、やたらとホッ 
クがたくさんついてて着るのも大変だったけど……一人じゃ脱げない! 手が届かないようなところに 
もホックがあって!!  
 と、トラップ、気づいてたのね……言ってくれればいいのに、意地悪!!  
「どうだよ、脱げたか」  
 ドアの外から響くトラップの声。  
 くっ、悔しいっ……  
 仕方なく、わたしは彼を部屋の中に呼び戻した。  
「い、いい? 絶対絶対見ないでよ!?」  
「ああ? しつけーな。それよりさっさとしろっ。ぐずぐずしてる時間はねえんだよ!!」  
 うっ、その通り……  
 仕方なく、わたしは両腕を広げてトラップに背中を向けた。  
 トラップの手が、背中や腰のあたりを這い回る感触。ぶつん、ぶつんという音と共に、少しずつ締め 
付けられていた部分が楽になっていく。  
 ううっ……何だか、緊張するなあ……  
 だってだって、トラップの手、すごくきわどいところに触れてるんだよ!? 着せてもらったときは、 
相手も女の人だったから気にしてなかったけど……  
 は、早く終わって――!!  
 
「よしっ、これが最後の一つ……あん?」  
 ぶつっ、という音。それと同時に、ずるっとドレスが肩から落ちる。  
 きゃあああああ!? 脱げるっ!!  
 慌ててドレスをおさえようとしたそのときだった。  
 突然、トラップがわたしの口を塞ぐと、ドレスや靴をつかんでクローゼットの中にとびこんだ。  
 な、ななな何!?  
 いきなり暗がりの中で押し込められて、わたしはパニックになりかけたんだけど。  
 すぐに理由がわかった。  
 クローゼットの扉を閉じた途端、足音がしたかと思うと、突然誰かが部屋の中に入ってきたのよ!  
 あ、危なかったあ……さすがトラップ。  
 部屋に入ってきたのは、多分メイドさんが二人。  
 声しか聞こえないんだけど、どうやらここに何かを取りにきたみたい。  
 うっ、ど、どうかクローゼットを開けませんようにっ……  
「ねえ、結局結婚式は?」  
「あー、そりゃ中止よお。もうすごかったわよ。花嫁さんを連れて逃げるとこなんか、すごく絵になっ 
ててね。あの花婿さんもかっこよかったけど、乱入してきた彼も素敵だったわあ」  
 ……もしかしなくても、これってわたし達の話だよね。  
 中止になったっていうことは、そろそろ準備に追われていたメイドさん達が戻ってくるってこと?  
 わたしは思わず聞き耳を立てようとしたんだけど、トラップにぎゅっと抱きしめられて身動きできな 
かった。  
 動くな……ってことなのかな? 確かに、ちょっとでも音を立てたら気づかれそうだもんね。  
 ……って、よ、よく考えたら、今のわたし達ってすごい状況になってない!?  
 だ、だって、わたしのドレス、もう半分以上脱げかけてて……トラップの腕がまわってる上半身なん 
か、完全にスリップ一枚になっちゃってるのよ!?  
 
 そんなことに気づくと、ほっぺに押し付けられたトラップの胸とか、抱きしめてる腕とか、そういう 
のが嫌でも意識されちゃって……!!  
 どどどどうしよう。ドキドキしてきちゃった。そ、そんな場合じゃないのにっ……  
 ちらっとトラップを見上げると……何故か、彼は彼で、わたしのことをじーっと見ていた。  
 な、何で見てるの!? もしかして、顔に何かついてる……?  
 もちろん、ほとんど真っ暗で、表情とかはよくわからないんだけど。  
 トラップの茶色の瞳が、怖いくらいに真剣にわたしのことを見つめているのはわかって……  
 その顔は、正直言って……とってもかっこよくて、何だかくらくらしてきた。  
 抱きしめていた手が、動く。  
 ととと、トラップ!? ど、どこ触ってるのよっ!?  
 スリップ越しに這い回る指。耳元に触れる熱い吐息。  
 む、胸っ、手、胸に触れてるっ!!?  
 文句を言いたくても声が出せない。ちょ、ちょっとちょっとお!!  
 何より怖かったのは、そうやって身体を指が這い回るたび、わたしの身体がどんどん熱くなってるこ 
とで……  
 な、何だか、頭が、ぼーっとして……と、トラップ、一体何したのよっ……  
 トラップの顔は相変わらず真面目。いつものふざけた調子も、からかう調子も、冗談って雰囲気も全 
然なくて。  
 その顔が、だんだんわたしに近づいてきて……  
 だ、駄目! これ以上トラップの顔を見てたらおかしくなりそう。だって、だって、わたし、嫌だっ 
て思ってないんだもん。嫌だ、やめてって、心からは思ってない。  
 わたし、わたし……もしかして……?  
 
 と、そのときだった。それが聞こえてきたのは。  
 部屋に入ってきた二人は、幸いなことにクローゼットには目もくれずに何かをしていたみたいなんだ 
けど。  
 そこに、バタン、と音がして、さらに誰かが入ってきたみたいだった。  
「あ、こんなところにいたのね。ちょっと頼まれてくれる?」  
「はい、何でしょう」  
「あのお嬢ちゃんにお菓子を届けてあげてほしいのよ。お腹が空いたんですって。王妃様からの直々の 
お願いよ」  
「えっ……またですか? さっきもあげたばかりじゃ」  
「あんなに小さいのに、よく食べる子ねえ」  
「はいはい、文句を言わないの。あの子は王妃様の大事なお客様よ、くれぐれも無礼の無いようにね。 
じゃあ、お菓子を用意したら、さっきと同じように王妃様の部屋へ」  
「はーい、わかりました」  
 バタン、とドアが閉まる音。ばたばたと足音がして、部屋の中から人の気配が消える。  
 い、今の話って……  
 直前まで何をされていたかなんてすっかり忘れて、二人してクローゼットから転がり出る。  
 ううっ、狭かった……いやいや、そんなこと気にしてる場合じゃなくて。  
 今の話って、どう聞いても……ルーミィのことだよね!? 王妃様の大事なお客様って、どういうこ 
と……?  
 ルーミィは、王妃様の部屋にいるってこと!?  
「トラップ! 今のってルーミィのことだよね?」  
「多分な。王妃の部屋……三階は王族の個室があるっつー話だったな。行くぞ!!」  
「うん!!」  
 走り出そうとして……わたしはドレスの裾を踏んでしまった。  
「きゃあっ!?」  
 そ、そういえばドレス脱げかけてたんだっけ!? ずるっ、と完全に床に落ちるドレス。  
 そのままわたしは床に転びそうになったんだけど、トラップの腕が、わたしを抱きとめてくれた。  
「あ、ありがと……」  
「ったく! おめえはどこまでもドジな奴だな、さっさと着替えろ!!」  
「な、何よ、そんな言い方……ってきゃ」  
 きゃああああああああああああ!!? わ、わたし、完全に下着姿にっ……  
 悲鳴は、トラップの手にふさがれて、もごもごとしか言えなかった。  
 
 見上げると、いつものいたずらっこみたいな光を浮かべた瞳で、にやりと笑って言った。  
「誰かが来るかもしんねえぞ? 大声出すなって」  
 うううっ、わかったから……見ないでよっ!!  
 わたしは慌てて、トラップが手渡してくれたメイドさんの服に着替える。当たり前だけど、ウェディ 
ングドレスよりは簡単に着れるからね。すぐに終わったんだけど。  
 着替え終わると同時に、トラップに手をつかまれた。  
 見上げると、トラップの顔は、かなり真剣にドアの外を見据えていた。  
 ああ……そうか。トラップも、ルーミィのこと心配なんだよね。  
 きっと、できるならわたしのことなんか放って早く行きたかったんじゃないかな?  
 でも、1番責任を感じているからこそ、みんなのことをいっぱいいっぱい気遣ってたんじゃないかな。  
 だって、よく考えたらわたし、さっきからトラップに助けられてばっかりいるもん。  
 ……早く、ルーミィを見つけ出さないとね。  
 わたしとトラップは、部屋を出ると、一直線に階段をかけあがった。  
   
 王妃様の部屋がどこか、わたしにはわからなかったんだけど。  
 階段をあがったところで、トラップはしばらくじっと耳を済ませた後、迷うことなく左の方に走りだ 
した。  
「トラップ、わかったの?」  
「……すっげえ小さいけど、ルーミィの声が聞こえた。こっちだ!!」  
 やがて、トラップは一つの部屋の前で立ち止まった。  
 ドアそのものは別に他の部屋とかわりなかったんだけど、そのドアノブには物凄く細かくて華麗な彫 
り物がしてある。一目で身分の高い人の部屋ってわかる、そんなドア。  
 軽くドアノブをひねると、鍵はかかってなかったらしく、抵抗なく開いた。  
 わたしとトラップが部屋の中にとびこむと……  
 
「あ、ぱーるぅ!!」  
「パステルおねえしゃん、トラップあんちゃん!!」  
 そこに広がっていた光景に、わたしとトラップはくたくたと膝からへたりこんでしまった。  
 だって、だって、ルーミィとシロちゃんたら、床いっぱいに広げられたお菓子を、それはそれは幸せ 
そうにぱくついてたのよ!?  
 てっきり寂しくて泣いてるんじゃないかと思ったのに、顔に浮かんでいるのは満面の笑み。  
 な、何がどうなってるのー!?  
 と、そのときだった。  
「あなた達は……この子の?」  
 部屋の奥から響いてきた声に、ふと顔を上げる。  
 そこにいたのは、それはそれは綺麗な女の人だった。  
 すらりと背が高くて、身にまとっているドレスはわたしにだってわかるかなりの高級品。  
 さらさらの金髪を背中の中ほどまで伸ばしたその人は、とっても美人だったけど、同時にすごくはか 
なげな印象を持った……そんな人だった。  
「あんた……この国の王妃様?」  
 トラップの問いに、女の人は軽く頷いた。  
 ああ……確かに、何だかそんな雰囲気があるよねえ。  
 い、いや、見とれている場合じゃなくて!!  
「あの!! ルーミィとシロちゃんを返してください。この子はっ……」  
「そーだ!! おめえ何でルーミィとシロをさらった!!」  
 わたしの言葉に、トラップも言いながら王妃様につめよっていった。  
 ちょっとちょっと、乱暴はしないでよ!? 仮にも相手は王妃様なんだから!!  
「……ごめんなさい」  
 ところが、予想外にあっさりと謝られてしまって、トラップは毒気を抜かれたみたいに立ち尽くして 
いた。  
 こんなにあっさりと認めるなんて思わなかったもんね。……一体どういうことなんだろう?  
 
「ルーミィ。ねえ、一体何があったの?」  
「あのね、あのね、ルーミィ遊んでたら、お菓子いっぱいくれるからおいでっておじちゃんに言われた 
んだおう! それでね、ここでおばちゃんと遊んでくれたらお菓子くれるっていうから、遊んでたんだ 
おう!!」  
 ルーミィに聞くと、かえってきた答えがまたよくわからないものだった。  
 お菓子でつったのは、ルーミィをよく見抜いてるなあ、なんて感心してしまったんだけど。  
 遊んでくれたらって……どういうこと?  
 すると、王妃様が立ち上がって、部屋の奥へと消えた。  
 一瞬トラップが追いかけようとしたんだけど、待つまでもなく彼女はすぐに戻ってきた。  
 その手に一枚の額に入った絵を抱えて。  
 その絵に描かれていたのは……  
「え……?」  
「ルーミィ……?」  
 もうね、わたしもトラップもくいいるように絵を見つめてしまった。  
 だって、そこに描かれていたのは、ルーミィにそっくりな女の子の絵だったんだもん!!  
 違いは、絵の女の子は金髪で耳が尖ってない、っていうことくらいかな。それをのぞけば、青い目も 
白い肌も、抱きしめたくなるくらい可愛い笑顔も本当にそっくり。  
 この子……  
「わたくしの……娘です」  
 わたし達の視線に、王妃様は、とても悲しそうな目をして言った。  
 
「わたくしの娘です。身体の弱い子で、三歳の誕生日を迎える前に病で死にました。……もう十年も前 
のことになりますけれど、わたくし、娘のことを忘れたことはありませんでした」  
 王妃様は、そっとルーミィの頭を撫でて言った。  
 ルーミィは、何が何だかよくわかってないみたいなんだけど。頭を撫でられると、嬉しそうに笑った。  
 この2日間、すごく可愛がってもらったんだってことは、その、王妃様を信頼しきった目を見ていれ 
ばわかる。  
「ああ、街で偶然この子を見かけたときは、心臓が止まりそうになりましたわ。娘が……娘が戻ってき 
てくれたのかと。そんなはずはないとわかっていたのに、つい……」  
 ……そう、だったんだ。  
 わたしには、まだ子供がいないから本当にわかるとは言えないけど。  
 でも、想像はつく。生まれたばかりの小さな子が死んでしまうなんて……すごく、すごくショックだ 
よね。  
 だから、ルーミィを……  
 と、わたしは思わずしんみりして、「いいんですよ、気にしないで」なんて言おうとしたんだけど。  
 それを遮ったのは、現実主義者のトラップだった。  
「けっ、いい迷惑だぜ。あのなあ、どんな理由があろうと、あんたのやったことは誘拐だぜ、誘拐!!」  
「ちょ、ちょっと、トラップ!?」  
「うっせえ、黙ってろ!! あのな、あんたの娘は死んだんだ。もうどこにもいねえんだ。それとも何 
か? あんたの娘は、誰かで代用できるほど軽い存在だったってーのか!?」  
「……っ!!」  
 トラップの言葉に、王妃様がはっと顔をあげた。  
「違うだろ? あんたの娘は、一人しかいねえ。死んじまったのはそりゃショックだろうけど、そうや 
ってうじうじ悩んでることが娘のためになんのかよ!? それになあ!!」  
 そこで、トラップは言葉を止めた。物凄く痛ましそうな、彼にとっては本当に珍しい、そんな表情を 
浮かべて。  
「……自分と同じ思いを、他人にさせるつもりかよ? あんたにとっては娘のかわりかもしんねえけど、 
あんたが子供を連れてきたら、その子の親がどんな思いするか……考えたことがあるか?」  
「…………」  
 王妃様の目から、涙がこぼれおちた。  
 そのまま床に膝をつくと、深々と頭を下げた。  
 王妃様だよ? 多分、今まで誰にも下げたことのなかった頭を……よりにもよって、盗賊のトラップ 
に。  
 
「本当に、申し訳ないことをしました……わたくしが、間違っていました。ああ、娘のユーミにも、顔 
向けができないようなことを……あなたのおかげで、目が覚めましたわ。ありがとうございます」  
「…………」  
 ばつの悪そうな顔で頭をかくトラップ。  
 多分、こんな身分の高い人に頭を下げられるのなんて初めてだろうしね。  
 トラップは、きつい言い方をしてるけど……間違ったことは、言ってないと思う。  
 1番ルーミィのことを心配してたからこそ、言えた台詞だよね……ちょっと、かなり、見直したかな?  
「ま、わかったんならいいよ。こいつらは、連れてくぜ……おい、帰るぞ、ルーミィ、シロ」  
「うん! ルーミィ、お腹ぺっこぺこだおう!!」  
「はあ? おめえなあ! もう二度と菓子なんかにつられるんじゃねえぞ!!」  
「つられるう?」  
 トラップの言葉に、きょとんとするルーミィ。  
 あはは、そうだよね。ルーミィには、多分よくわかってないんだよね……自分に何が起きたか。  
 ああ、でも本当に、何もなくてよかった!!  
「ルーミィ、おいで!」  
「ぱーるぅ!!」  
 わたしの声に、ルーミィが抱きついてきた。うーっ、久しぶり、この感覚! ルーミィ、もうどこに 
も行っちゃ駄目だからね!!  
 わたしがぎゅーっとルーミィを抱きしめていると……王妃様が、にっこりと微笑んでいった。  
「仲が、よろしいですね。よかったわね、ルーミィちゃん。お父さんとお母さんが迎えに来てくれて」  
 ……は?  
 王妃様の言葉に、わたしとトラップは思わず目が点になる。  
 お父さんと……お母さん?  
「あなたのお子さんを勝手に連れてきてしまったこと、本当に心からおわびします。償いに、何なりと 
わたくしのできることでしたらさせていただきたいと思いますので」  
 ぽかんとしている間にも、王妃様はトラップに深々と頭を下げて……  
 お、お子さん……? え、もしかして……  
 わ、わたしとトラップ、ルーミィの両親に間違われてるっ!?  
 
「あっ、あのですね!! わたし達はっ……」  
「本当か?」  
 わたしが誤解を解こうとすると、それを遮るようにして、トラップが身を乗り出した。  
 ちょ、ちょっとちょっと?  
「本当に、何でもしてくれんのか?」  
「ええ、わたくしでできることでしたら……」  
「んじゃ、一つ頼まれてくれ」  
 トラップはにやりと笑うと、わたしの方に目を向けた。  
 ……何だかすごく嫌な予感。トラップがこういう目をするときって、絶対ろくなことじゃないんだよ 
ね。  
「あのな……」  
 そうしてトラップが何を言ったのかは、わたしにはわからない。  
 彼は、王妃様の耳元で何かをささやくと、わたし達を外に連れ出した。  
 
 部屋の外に出ると、階段からけたたましい音が響いてきた。  
 振り向くと、そこを上がってきたのは、クレイ、キットン、ノル。そして、三人の後ろから、屈強な 
男の人たち。  
「とととトラップ!! ルーミィは見つけたのか!? 早く逃げるぞ!!」  
「あーあー。見つかったのかよ。けっ、とろい奴らだぜ」  
 呆れたようなトラップの視線。もー、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!  
 わたしが事情を説明しようとしたとき、閉めたばかりのドアが開いて、そこから王妃様が姿を現した。  
 その姿を見た途端、クレイ達を追い回していた男の人達がびしっ、と整列して敬礼した。  
 ふわー、すごい。すごい威厳……  
「下がりなさい。この者達はわたくしの大切な客人です」  
「はっ、王妃様、ですが……」  
「下がりなさいと言っています」  
 王妃様がりんとした口調で言うと、男の人たちは、それ以上何も言わず階段をおりていった。  
 さ、さっすがあ……  
「おい……何がどうなってるんだ? この人は……」  
 事情を知らないクレイ達に、わたし達はもう一度、ことの起こりと顛末を説明することになった。  
 
 その後。王妃様は、「迷惑をかけたおわびです」と言って、わたし達を夕食に招待してくれた。  
 貸衣装代とか、無駄になった今日の船のチケット代とかも、全部出してくれるとか。  
 ううーさすが王妃様! 正直、お財布の中身がすごく寂しくなってたんだよね。助かったあ……  
 そうして呼ばれた夕食は、それはそれは豪華かつ本格的なパーティーだった。  
 わたしは、なりゆきで着ていたメイド服を脱いで、王妃様のドレスを一着貸してもらうことになった。ルーミィ、クレイも同じく。  
 トラップ、キットン、ノルは最初から結婚式列席用の正装をしていたからね。そのままパーティーに 
出席することになったんだけど。  
 そのときだった。  
「おい、パステル」  
 呼ばれて振り向くと、そこには、相変わらずマントに騎士風の格好をしたトラップ。  
「トラップ。どうしたの?」  
「ちっと、話があんだけど。庭に出ねえ?」  
「庭に?」  
 話……って何だろ?  
 お料理のお皿を置いて、トラップの後についていく。連れ出されたのは、人気の無い中庭。  
 さすがお城だよね。庭も立派に手入れされていて、すごく広い。真ん中には池まであったんだよ?  
 その池のほとりで、トラップは立ち止まった。  
 振り返ったその顔は、かなり真剣。  
「トラップ……どうしたの?」  
「あー……の、さ」  
 トラップは、何だか顔を赤らめて口ごもっていた。  
 あのトラップが珍しいなあ、なんてぼんやりと考えていると。  
「あのよ。何で結婚式を中断させるのにあんな方法取ったか、おめえわかる?」  
 唐突と言えば唐突な問いに、わたしは首をかしげてしまった。  
 結婚式を中断……ああ、あのトラップが突然とびこんできた奴ね。  
 確かに、他に方法はいくらでもあったと思うけど……何でって聞かれても。  
「さあ、わからないけど……何か意味があったの?」  
「……おめえさ、全然わかんねえわけ?」  
「何を?」  
 わたしが聞き返すと、トラップは、何だかすごく不満そうな顔をした。  
 もー。何が言いたいのよ一体。  
 
「あー、いや、わかってたんだけどな。おめえは鈍い奴だから」  
「なっ……」  
「だからっ……あれはな、俺の本音なんだよ!!」  
 ……え?  
 いつもの失礼な言い方に、わたしは背を向けて帰ろうかと思ったんだけど。  
 突然言われた言葉に、頭が真っ白になってしまう。  
「えと……本音、って?」  
「っあのなあっ……」  
 わたしの答えに、トラップははーっ、とため息をついたかと思うと、突然話をガラッと変えた。  
「あのなっ……さっき、王妃さんが言ってたろ? できることなら何でもしてくれるって」  
「? う、うん」  
 そういえば、トラップ、結局何を言ったんだろう?  
「それでな、俺、頼んでみたんだよ。もう一回結婚式させてもらってもいいかって」  
「……え?」  
 何、それ。何でそんなお願い……  
 ……お願い、結婚式。本音。  
 そのとき、わたしの頭によみがえってきたのは、あの、クローゼットの中での行為。  
 うっ、そういえば、今の今まで忘れてたけどっ……あのときの、あれは……  
 トラップ、もしかして……? でも、そんなことって、あるの? そんな、都合のいいこと……  
「……だあら、その……」  
「……うん」  
「も、もう一回ウェディングドレス、着てみる気、ねえか?」  
「…………」  
 それって、やっぱり、そういう意味だよね。  
 いくらわたしが鈍くても……そこまで言われたら、意味、わかるよ。  
 わたしの気持ちは決まってる。  
 いつもわたしのことを考えてくれたトラップ。優しい言葉をかけるのは簡単。慰めるのは簡単。本当 
に相手のことを思って厳しい言葉をかけるのは、優しくするより難しいはず。  
 それができるトラップを、わたしは……  
「……返事は?」  
 真っ赤になってぶっきらぼうに言うトラップに、わたしはにっこり笑って、手を差し出した。  
「これからも、よろしくね」  
 

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