うう。やっぱり、ダンジョンって嫌い。 
ジメジメして、暗くて、怖い。 
ダンジョンは暗い、暗い暗い、暗ーい。 
ダンジョンは怖い、怖い怖い、怖ーい。 
わたしってば、頭の中がダンジョンのブルースみたいになってる。 
「パステル、大丈夫か?」 
「ぱぁーるぅ、だぁじょぶかぁ?」 
あはは。ルーミィってば、クレイの真似してる。かわいいなぁ。 
「おめぇ、また迷うなよ?まったくマッパーが道に迷うなんて聞いたことないぜ」 
「な、なによ」 
トラップの憎まれ口は図星すぎて痛い。 
「ぎゃははは」 
わたしたちの会話に爆笑してるのはキットン。 
ノルは黙ってそれを聞いている。 
「パステルおねーしゃん、がんばるデシ」 
うう。シロちゃんもかわいいなぁ。 
わたしが悪戦苦闘しながら、ダンジョンを進んでいるのにはわけがある。 
毎度のことだけど、マッピング。 
マッパーのくせに方向音痴なわたしにはかなり至難の技で。 
マッピングに夢中になるとはぐれそうになるし、ちゃんとみんなについて行けてると思いきや、マッピングを忘れてたりと、マッパーとしてはさんざんである。 
「えーっと。1、2、3歩……よね。うーん。やっぱり5歩分くらいあるかなぁ」この距離感も難しい。 
はぁぁぁ。なんでマッパーになっちゃったんだろ!? 
「おめぇ、目印は付けてるか?」 
「あ、そうだ!」 
いけない、いけない。 
忘れてた! 
わたしってば、ひとつのことに夢中になりがちなのよね。 
集中力があるんだかないんだか。 
えっと。目印よね。 
ここの出っ張った岩がいいかも。 
わたしが目印をつけようと触ったら、岩がズズっと奥に入っていった。 
「え?」 
ゴゴゴゴゴ。 
なにこれ!?スイッチ!? 
「きゃあああ」 
「バカ!パステル!離れろ!」 
トラップが手を伸ばす……! 
あと少しで指が触れそうだったけど……遅かった。 
動いた壁の奥にぽっかり開いた穴の中の斜面をわたしはどこまでも滑っていったのだ。  
 
 
「……君」 
「おい」 
うーん……。 
「大丈夫か?」 
「おーい!」 
んー? 
「このお嬢ちゃん生きてんのかぁ?」 
「ああ、息はあるよ」 
もぉ。勝手に殺さないで欲しい。 
「目ぇ覚まさねぇなぁ」 
「怪我はないみたいなんだが……」 
そういえば、誰の声? 
「どうする?」 
「しばらく様子を見るか。放ってはおけないだろ?」 
うう。意識はあるのに。体だけが眠ってる感じ。金縛りっていうの?頭だけ活動して体が動かない……。 
なんかね、心と体がバラバラになったみたい。 
「確かそっちに泉があったよな?」 
「おう。おれたちもそろそろ休憩にするか?」 
「ああ。そうしよう」 
ひゃっ。 
わたし抱っこされてる! 
んんっ。体の感覚はあるのに動けない。 
「冒険者なのかね?この身なりから想像すると。近くに仲間でもいそうなもんだがなぁ。どう見ても一人旅には見えねぇぜ?」 
「そうだな。ずいぶん軽装備だし」 
「なんでまたこんなへんぴなとこに倒れてるかね?」 
「まぁ、なにか事情があるんだろ」 
「へへ。でもよ、なかなかのかわいこちゃんだよな?」 
わ、わたしのこと? 
「こら、そんな態度じゃ彼女が目を覚ましたとき不安になるだろ」 
不安って、いうか。 
えへへ。本当に? 
嬉しいこと言ってくれるじゃありませんか。 
「だってよー。野郎二人旅でしばらく街にも帰ってねぇ。ここ数日、会うのはモンスターばかりだったんだぜ?かわいこちゃんを見て、テンション上がるのは当たり前だっつーの!」 
「それはわかるけど」 
「だろっ!?って、まさかおめぇがわかってくれるとは意外だぜ。へへ」 
「よしてくれよ。おれだって、女の子は好きだし、この子はかわいいと思うよ」 
「ふーん。ジュダちゃん好みってわけか」 
「まったく、おまえは」 
「おお!図星なのかぁ!」 
なになに?この会話の流れは!わたしがジュダって人の好みのタイプなの? 
「とにかく。彼女が目を覚ましたときに言うなよ?こんなところで見知らぬ男二人と一緒でそんなこと言われたら不安だろう?」 
「なに言ってんだ。おめぇは人徳あるし、黙ってるだけで女が寄ってくるし。おれだけならともかく、おめぇに対して不安になる女はいねぇよ。むしろまた惚れられるんじゃねぇか?」 
むむむ。このジュダって人。すごくかっこよさそう。早く見たいぞ。 
「いいかげんにしろ。ほら、着いたぞ」 
苦笑いする声はジュダって人かな? 
「で、今日どうするんだい?お嬢ちゃんを連れたまま、この森を抜けるのか?」 
「うーん。ここらへんで野宿がいいかもなぁ」 
「だな。それにしても目ぇ覚まさねぇよなぁ。どうしちまったんだぁ?」 
「ヒールしてあげたほうがいいかもしれない」 
ん?ゆったりと降ろされて、ひざまくらされてる? 
ぶつぶつとなにか呟く声。 
ふわぁー。気持ちいい。 
「おーい。どうだ?」 
「大丈夫か?」 
肩を揺すられる。 
あれれ?変な感じが治ってきてるかも。 
「うーん」 
わたしの声。体の感覚もしっかりしてきた。瞼も……、 
「ひゃあっ!」 
「す、すまない。驚かせたか?」 
そりゃ驚きましたとも。だって、だって。瞼を開いたら、めちゃめちゃかっこいい人がわたしの顔を覗き込んでいるんだもの! 
きゃあ。ドキドキするぞ。 
ひざまくらされてるし! 
慌てて起き上がるわたし。 
「へへ。早速、惚れられたか?」 
「ランド」 
ふーん。このお調子者な人はランドって言うのね。 
ひょろっとして長身で長い赤毛を後ろで細く三つ編みしてるのが印象的。 
「君、大丈夫かい?」 
わわわ。何者なのかな?この人がジュダだよね。 
こんなかっこいい人見たことないわよ。 
もう、なんていうか。絶世の美男子だ。 
とにかく、容姿が美しくて、美男子って言葉は彼のためにあるみたい。 
だけど、何とも暖かみのある雰囲気が安心させてくれる。 
繊細で整った顔立ちは気品があって、少し長めの黒髪。服もアーマーもマントも黒ずくめで、黒衣の戦士って感じ。うーん。むしろ騎士かなぁ? 
いやぁ。こんな美しい人がいるんだぁ。 
感動! 
「ほらほら。言わんこっちゃない。真っ赤になったまま固まってるじゃねぇか」 
「へ!?ああ……!」 
やだやだ。わたしってば、思いっきり見とれちゃってた! 
「ちぇっ。こんなかわいこちゃんにも惚れられるんだからなぁ。おめぇにはかなわねぇな」 
「困らせるなよ、ランド。すまないね。こういうやつなんだ。気にしないでくれ」 
そう言って微笑む彼は……あああ、素敵すぎる! 
わたしはますます、ぼーっとしてしまう。 
参ったなぁ。 
「ああ。そうだ。おれたちのこと話しておいたほうがいいね。おれは、クレイ・ジュダ・アンダーソン。こいつはランド・ブーツ。二人共冒険者だよ」 
「へ?」 
あの。二人共、名前……。知ってる気がするんだけど。 
「冒険者カードだ。怪しい者じゃないよ」 
クレイ・ジュダ・アンダーソン、レベル16、魔法戦士、本籍地ドーマ、ジグレス358年生まれ、い、今はジグレス383年!? 
デュアンサークや青の聖騎士伝説の時代じゃない!? 
というか、クレイ・ジュダって青の聖騎士で、竹アーマーのクレイの曾祖父のクレイ・ジュダ・アンダーソンよね? 
ランド・ブーツ。彼もトラップの曾祖父ランド・ブーツと同じ名前。 
ああ。二人は一緒に旅してたんだっけ? 
いやいや。今の状況の説明になってないわよ。 
一体どういうこと!? 
「仲間は一緒じゃなかったのかい?」 
二人の子孫と冒険してました、なんて言えないわよ。 
「おめぇはどこから来たんだ?」 
ジグレス466年から、なんて言えないわよ。 
「冒険者なのかい?」 
この世界でわたしの冒険者カードなんて、出せないわよ。 
「ふむぅ。おめぇ何も答えねぇんだな?」 
答えられない、が正解。 
「君……記憶は大丈夫なのかい?」 
「ええっと」 
ど、どうしよう? 
「実体力が少し弱ってる」 
「じ、実体力?」 
「ああ。前におれの魔法の師匠から聞いたんだけど。心と体がきちんと一体になってる人間からはそういう力がみなぎっているもんだが。心をどこかに置き忘れてきたような場合、その力が薄まってるように感じるんだ」 
「てぇことは、お嬢ちゃんは記憶が欠けてるから、その実体力がないってことかぁ?」 
「断言はできないけど」 
実体力……。そういえば、目が覚める前、心と体がバラバラになったようなそんな感じがしてた。 
記憶は大丈夫だけど。 
過去の世界にいるっていうとんでもない状況にいるのよね。 
クレイ・ジュダはそれを感じているのかな? 
さすが数々の伝説を残した人だなぁ。 
なんて感心している場合じゃないんだってば! 
「名前は言える?」 
「えっと、パステル・G・キングよ」 
「そっか。パステル。よろしく。他に覚えてることは?」 
「パステルちゃん、よろしくなぁ。おめぇ、年はいくつなんだよ?」 
わたしが答える前にランドが質問してきた。 
「17歳になったばかりよ」 
「ほぉ!若いねぇ。たまんねぇなぁ。かわいい盛りじゃねぇか。なぁ?」 
「はは。そうだな」 
クレイ・ジュダが微笑んで、わたしはまたドキドキする。 
ああ。もぉー。素敵だなぁー。 
「でもよぉ、これからどうすんだ?記憶も曖昧なんだろ?行くあてあんのか?ないよな」 
そうよ!この先、どうしよう! 
わたしが青ざめていると、 
「おれたちと来るかい?幸いクエストが終わったところだから。しばらく危険なことはないと思う」 
「そうだな。男二人じゃ色気もねぇしよ。おめぇの記憶の手がかりも何か見つかるかもしれねぇし。おいらも賛成だぜ」 
「パステルはどうしたい?」 
「わ、わたしでよければ……でも、足手まといになるかもよ?ショートボウとショートソードしか使えないし」 
「いやいや。上等だ。それにいざとなったらこいつもいるしよぉ。さっきレベル見ただろ?すげぇんだよ、ジュダちゃんはさ。まぁ、おれも今は訳あってレベル5だけどさ。前はレベル10の冒険者だったんだぜ」 
「そういうわけだ。安心してくれ、パステル。おれが君を守るから」 
「ちぇっ。かっこいいとこもっていきやがって」 
「そうと決まれば、野宿の準備だ。ランド、食料は任せたぞ」 
「おうよ。おめぇらは焚き火の準備でもしててくれ」 
ひらりと森に消えていくランド。 
「さてと、パステルは休んでていいよ。疲れてるだろう?」 
「そんな。大丈夫よ。わたしも手伝うから」 
「そっか。ありがとう」 
優しく微笑むクレイ・ジュダ。 
確かに、暖かみのある瞳なんかが、クレイに少し似てるんだけど。 
クレイよりも、かっこいい。 
いや、クレイだって十分ハンサムボーイなんだけど。 
なんていうか。とにかく美しいのよね。 
青い瞳にも吸い込まれそう。 
クレイのひいおじいさまだから、てっきり鳶色の瞳かと思ったんだけど違うんだなぁ。 
「どうしたんだい?」 
「え?えーっと?」 
「はは。もっと気楽にしてくれて構わないよ。ま、おれも口数は少ないから人のことまで気にする余裕はないんだけどね」 
「へぇー!意外!余裕たっぷりに見えるけど?」 
「そんなことないさ。よく誤解される」 
「そうなの?」 
「ああ。もっと雄弁だったら良かったかもね」 
「そんなことないわよ。クレイ……えーっと」 
「クレイでいいよ」 
「うん。クレイはクレイのままでいいと思うわよ」 
ん?どこかで言ったセリフのような? 
「……ありがとう、パステル。なんか君と話してるとこっちまで素直になれるよ」 
「そう!?」 
「ああ。癒される。その笑顔にも」 
そう言って、わたしの頬をなでるクレイ・ジュダ。 
ひゃあー。ほっぺが熱いぞ。 
「ははは。かわいいね、パステルは」 
ああ、なんて優しい瞳で見つめてくるの? 
「おれ、妹がいるんだけど。しばらく会ってないんだ。パステルより少し年上なんだけどね」 
え!?そっち!? 
別にわたしのこと意識してるわけじゃなくて妹みたいだからってこと? 
あはは。ま、そんなもんよね。 
「こらぁー!おめぇら、なんかいい感じで話してんなーって思ったら、焚き火の準備全然してねぇじゃねぇか」 
わたしとクレイ・ジュダはしまったと顔を見合わせた。 
でも、なぜかそれがおかしくなって、ランドに非難されながら笑い合ってしまったんだ。 
 
ランドが狩ってきたミミウサギはわたしが簡単に調理してみんなにふるまった。 
ホントはもっと料理らしいことしたかったなぁ。 
それでも、二人共、 
「うまい!」 
「うめぇなぁ。やっぱ女の子いると違うわ」 
って満足して食べてくれた。 
不思議だなぁ。 
こんなことになってしまったけど、クレイ・ジュダとランドに出会って三人で焚き火を囲んでるなんて。 
クレイ・ジュダは剣の手入れをしている。 
まるでクレイみたい。 
そういえば、クレイの剣はやっぱりシドの剣だったのよね。 
だって、クレイ・ジュダの剣とまったく同じなんだもの。 
すごいなぁ。 
クレイも将来はクレイ・ジュダのように伝説の聖騎士になるんだろうか? 
ランドはごろんと横になって、とりとめのない話をしては、クレイ・ジュダに流されたり、いさめられたり。 
妙に息が合っていて、聞いてるだけで笑っちゃう。 
明るいとこはトラップと同じかな。 
憎まれ口は叩かないけど、トラップの何倍も女の子が大好きでお調子者のランド。 
彼の明るさにも救われるなぁ。 
「ねぇ、二人はクエストの帰りなんだよね」 
「ああ。クエストというか仕事かな。バハルム王からの依頼でね。城の宝物庫から盗まれた宝石を取り戻しに行ったんだよ。宝石と言ってもマジックアイテムでね」 
「やっかいな仕事だったよなぁ」 
「そうだなぁ。奪い返しに行ったのはいいが、モンスターが宝石の魔力でパワーアップしててね」 
「まぁ、おれとおまえだからどうにかなったようなもんだよなぁ」 
「そうだっけ?」 
「だぁぁぁー。おめぇそんな顔していじわるだよなぁ!」 
「あはは」 
わたしの笑いにつられるようにクレイ・ジュダとランドも笑い出す。 
ホントは、みんなと離れ離れなんだからもっと落ち込まなきゃいけないのかもしれないけど。 
二人といると自然と笑顔になってしまうんだな。 
まだ知り合ったばかりなのにね。 
ま、知ってはいたけど。 
昔からの仲間みたいな気がしちゃう。 
「そろそろ休むか。おれが先に見張りをするよ」 
「おう。じゃあ、先に休ませてもらうぜ」 
うーん。ちょっと残念かも。もう少し三人で話したかったなぁ。 
「おやすみ、パステル」 
「うん。おやすみ」 
……と言ったものの眠れないんだよなぁ。 
落ち着かない感じで何度も寝返りを打ってしまう。 
「パステル?眠れないの?」 
「なんか目が冴えちゃって」 
「そっかぁ」 
あれれ。クレイ・ジュダったらまた剣のお手入れしてる。 
「ね?クレイって剣のお手入れ好きなの?」 
「うん。おれは武器や防具といったものも、人との出会いと同じだと思ってるんだよね。ま、運命論者ではないけど。だから、時間があれば手入れするようにしてるんだよ」 
「大事にしてるのね」 
「それにね、この剣は特別な剣なんだ。一生共に戦う自分だけの剣っていうのかな」 
「へぇー」 
クレイはまったくそんな自覚なさそうだなぁ。大事にはしてるけど。 
クレイ・ジュダは剣のお手入れをしていた手をふと止めて、空を見上げた。 
「パステル、今夜は星が綺麗だね」 
「わぁ。そうね」 
少し冷える夜のせいか、空がすごく澄んでいて、降りそうな星空だった。 
わたしがぷるっと震えると、 
「寒い?」 
「うん。ちょっとね」 
「パステル、おいで」 
な、なんだろう? 
わたしはクレイ・ジュダから借りている野宿用の毛布を巻き付けたまま彼の隣りに座る。 
「こうすると暖かいよ」 
「ひゃっ」 
なんとクレイ・ジュダはわたしを後ろから抱きしめてきた。 
暖かいというよりも熱い……特に顔が。 
肩に感じるクレイ・ジュダの顎の感触にドキドキする。 
わ、わ、わ。もう、ゆでだこみたいだ。 
ますます眠れなくなるってばぁ! 
わたしは硬直したまま目の前に広がる水面を見つめた。 
月と星に明るく照らされて幻想的だ。 
「綺麗だな」 
「うん……」 
不思議。わたしは何も言わなかったのにな。 
クレイ・ジュダにはわたしが言いたかったことが伝わってたんだ。 
偶然かもしれないけど。 
それでも、わたしは嬉しかった。 
 
「おめぇ、また目ぇ覚まさねぇつもりかぁ?」 
ランドの声だ。 
うー。昨日あまり眠れなかったんだから、もっと眠らせて欲しい。 
ところが、クレイ・ジュダまで、 
「こら、起きないなら置いてくぞ」 
って。  
ひゃあー。それは困る! 
わたしが飛び起きると、最高の笑顔で、 
「パステル、おはよう」 
ああ……っ。 
わたしは昨日の夜のロマンティックな出来事を思い出してしまった。 
かぁぁぁ。 
わたしはこんなに照れてるのに、クレイ・ジュダは涼しい顔。 
わたしが寒そうだから抱きしめたってそれだけなのかな。 
ただの親切心? 
はぁー。ちょっと残念。 
「今日はバハルムまで行くぞ」 
「遠いの?」 
「うーん。昼過ぎには着くんじゃないかなぁ」 
そんな会話を交わしながら、さっさと荷物をまとめているクレイ・ジュダとランド。 
わたしも早く準備しなきゃ! 
 
バハルムまでの行程は冒険には慣れっこなわたしには楽な道のりだった。 
「それにしても、おめぇ本当に記憶が曖昧なんだな。エベリンくらいはわかるよなぁ?」 
「エベリンはわかるわよ」 
この時代のエベリンってどんな街なんだろう? 
「おめぇも冒険者なんだよな?冒険者カードはねぇのか?」 
「……ないかも」 
ううう。見せるわけにはいかないじゃない。追求されるのかなってドキドキしたんだけど、 
「そっか、でも冒険者カードがねぇとこの先困るよなぁ」 
「そうだなぁ。エベリンあたりにでも冒険者カードを取りに行くかい?」 
「うん!」 
前もエベリンでバイトしながら冒険者試験を受けたんだっけ。懐かしいな。 
「職業はどうすんだ?」 
「えーっと。マッパー兼詩人かなぁ」 
「はぁ?また中途半端だなぁ。ひとつに絞れねぇのかよ?」 
「いいんじゃないか?おれも魔法戦士だし」 
うーん。それとはずいぶん違う気がするけど。 
クレイ・ジュダは優しいんだなぁ。 
「それもそうだな。よしっ!さっそく試験勉強しようぜ」 
「へ?」 
「この道をマッピングしてみりゃいいじゃねぇか」 
「そっかぁ」 
わたしはノートを取り出して、マッピングを始める。 
さすがにこの程度の道なら余裕よね。 
「んー?おめぇちょっと貸してみ」 
「な、なによ?」 
「ここはもっと……こうじゃねぇか?」 
ランドはペンを取り上げると、ノートに書き足してきた。 
「う……っ」 
一応、マッパー歴二年なんだけど。 
「道の幅ってぇのは最重要事項なんだよ」 
「……だよね」 
トラップにも言われたような。 
ああ、進歩がないなぁ。 
「どうした?」 
クレイ・ジュダがひょいとのぞき込んでくる。 
ひゃあああ。心臓に悪いなぁ。もう。 
「ランドだって、人のこと言えないよ。ほら」 
そう言って、さらさらと書き直すクレイ・ジュダ。 
すごーい!って、感心してる場合じゃないってば。 
わたし、しっかりしなきゃだ。 
はぁぁぁ。 
それにしても、これ。 
三人の字がぐちゃぐちゃで少し見づらいけど。 
なんか、いいなぁ。 
わたしは三人で書いたマップを見て、胸が暖かくなったんだ。 
 
バハルムに到着して、報告が終わる。 
なんと今夜ささやかながら晩餐会を開いてくれるんだって。 
あはは。わたしなんて何もしてないのになぁ。 
早速、着替えることになった。 
わたしに準備されたのは、薄いピンクのドレス。キラキラ光る石やふんだんに使われたレースがかわいい。 
でも、これ胸元が大きく開いたデザインなのよね……。 
ううう。困る! 
なーんて思ってたんだけど、着付けしてもらって、寄せて上げて、で、また上げまくって、さらに上げる。 
あはは。わたしじゃないみたい! 
あらわにした胸元がふんわりとして谷間も! 
感動! 
メイクもしてもらって、髪の毛も結い上げてもらって、ゴージャスなアクセサリーも貸してもらった。 
胸元をさらに引き立てる素敵なデザイン。 
鏡を見て、我ながら見とれてしまう。 
(……クレイに見せたいなぁ) 
今日のわたしなら気後れしなそうだもん。早く見て欲しい。ドキドキ。 
って、なんだろう!? 
この気持ち。もうずっと変。クレイ・ジュダのこと考えると胸がきゅーっとする。 
わわわ。これは……。恋、なのかな。 
相手にされなさそうだけどね。クレイ・ジュダは大人だし。 
でもでもでも。 
今日のわたしを見て、綺麗って思ってくれたら……嬉しいな。 
(早くクレイに会いたい……) 
わたしは心臓の音が外に漏れてないかとひやひやした。 
 
「パステルじゃないか」 
「クレイ……!」 
クレイ・ジュダは派手な装飾の濃紺のビロードの丈の長いジャケットに共布のズボン、黒く光るブーツ。フリルがどっさりついたブラウスも彼にはよく似合っていた。 
周りにいる人たちもクレイ・ジュダをまじまじと見ている。 
だって、だって。 
めちゃめちゃかっこいい……! 
どこかの王子さまみたいな気品もあって。見とれるなというほうが無理だ。 
「パステル、綺麗だね」 
「え?あ、はは、そう?」 
ああ。もう。照れくさいやら嬉しいやら。顔が熱いぞ。 
「ああ。普段もかわいいけどね。すごくいいよ」 
「ク、クレイってばそんなぁ」 
普段もって!予想外の言葉にびっくり。 
「見とれちゃうね」 
「……!」 
そっと肩に手を置いて、ニコニコしてわたしを見つめるクレイ・ジュダ。 
「大人っぽいパステルも好きだな」 
「!!!!!」 
わたしの動揺なんか無視してクレイ・ジュダの甘い言葉が続く。 
ドキドキしすぎて、わたしは何も言えない。 
言葉を発すると、口から心臓が飛び出しちゃいそうなんだもの。 
褒め上手だなぁ! 
「そろそろ、行こうか。お姫さま」 
ずっと手を出すクレイ・ジュダ。 
わたしは足をガクガクさせながら彼にエスコートされた。 
 
「おお!おめぇ似合ってるじゃねぇか」 
ランドもクレイ・ジュダと同じような装い。 
どこぞの貴族の御曹司みたい。 
「ふんふん。出るとこ出ねぇでって思ってたけど、意外にあるんだな」 
「ちょ、ちょっと!ランドってば、どこ見てるのよ!」 
「おめぇもなぁ。そんだけ出しといてそんなこと言うなっつーの。ま、いいじゃねぇか。誉めてるんだぜ?なぁ、ジュダちゃん?」 
「ああ。ランドが言うとおりだな。こんな魅力的な子、見るなと言う方が無理だよ」 
「ク、クレイ……!」 
ああ……!クレイ・ジュダの優しく微笑む顔を見て胸がきゅんとする。 
「踊ろうか?」 
「え!?わたし!?」 
「当たり前だろ?」 
「まぁーったく。おめぇはぁ。ジュダちゃんがおれのこと誘ってるわけねぇだろ」 
「そ、そうよね!?あ、でもわたしよくわからないかも」 
「大丈夫だよ。リードしてあげるから。おいで」 
「うん……」 
ダンスはキスキンで少し教えてもらったけど大丈夫かなぁ。 
ううん。ダンスよりむしろ……。この密着感が困る! 
腰に回された手から伝わる体温とか、握った手だとか。 
ドキドキする……! 
初めて会った日の夜のことを思い出しちゃう。 
後ろからぎゅっと抱きしめられて、溶けそうだった。 
あのときは、毛布に包まれてたし、クレイ・ジュダもわたしもアーマーを身に付けていたけど。 
今夜はもっと近い。 
「パステル、上手にできてるよ」 
「そ、そう?」 
「だからもう緊張しないで」 
いやいや!違うってば。 
……言えないけど。 
ああ。わたし、クレイが好きなんだなぁ。 
吸い込まれるような青い瞳。 
クレイのひいおじいさまだから、クレイ・ジュダも、てっきり鳶色の瞳だと思ってた。 
そういえば、ひいおじいさま、って、なんか変なの! 
わたしの目の前のクレイ・ジュダは若くて、かっこよくて、わたしが恋してる人だもの。 
ドキドキドキドキ。 
クレイ・ジュダに優しく微笑まれるたびにわたしは、ふにゃーっとしちゃう。 
「どうした?」 
「え、あの、ははは」 
「そんなに見つめられたら、おれが緊張する」 
クレイ・ジュダは冗談っぽく笑う。 
「ごめーん」 
「こんな綺麗な子に見つめられるのは嬉しいけど」 
「クレイったら……もぉ」 
そんな幸せな気持ちに酔いしれて、夢見心地のまま曲が終わった。 
まだほっぺが熱い気がする。 
と、そこに、 
「あの、わたくしとも踊ってくださらない?」 
「少しお話でもいかがかしら?」 
ちょ、ちょっと!なに!? 
いかにも、貴族の令嬢って感じの女の子たち。もちろん目当てはクレイ・ジュダだ。 
そのうちの一人がさっとクレイ・ジュダの腕をとり、連れていこうとすると、クレイ・ジュダは少し困った目でわたしを見て、唇の形だけで、ごめん、と伝えてきた。 
はぁぁぁー。 
まぁ、仕方ないけどね。 
すごく嫌な気分だ。 
これって、嫉妬、だよね。 
嫉妬するのが許されるような関係じゃないけど。 
「おーい。おめぇなんて顔してるんだよ。ほら、飲め」 
「ランド……ありがとう」 
わたしは渡されたオレンジジュースを口にする。 
「まぁーったく。どんなに綺麗になっても中身は子供のままだよなぁ」 
「悪かったわね」 
「まぁまぁ。仕方ねぇだろ。こういう場での礼儀みたいなもんだろ?あいつ、基本的に女の子には優しいし。ま、あいつじゃなくてもさ、女の子に踊ろうと言われて断るようなぶしつけなやつはいないぜ?」 
「うん……わかるけど」 
「よし。わかってくれたか!じゃあ、飲もうぜ。今日はおれのおごりだ」 
「あはは。いつからランドのおごりになったのよ」 
「細かいことは気にするなって!」 
調子いいなぁ。ランドはいい人だ。 
「ねぇ、ランドは何飲んでるの?」 
「これかぁ?果実酒みたいなもんだ。少し飲むか?」 
「うん」 
ぐいっと一口……。うー。大人の味。 
「ほらほら。お嬢ちゃんには無理だろ?外見だけなら完璧なのによぉ」 
「ランド、それ何回目よ?子供で悪かったわね」 
クレイ・ジュダもわたしを、子供、って思ってるんだろうか。 
相変わらず、女の子たちに囲まれてるクレイ・ジュダを見る。 
どうすれば、わたしのこと見てくれるの? 
「わりい、わりい。冗談だって。今日はおめぇがホントに綺麗だから調子が狂うんだよなぁ」 
「ホントに?」 
「ああ。ここにいる女の子の中でとびっきりの美人だぜ」 
「ありがとう、ランド!」 
すっかりご機嫌なわたし。 
「いいかげんおれの酒返せよ」 
「え?ああ」 
そういえば、まだわたしが持ってた。 
大人の飲み物……。 
わたしはグラスに残ってた果実酒を一気に飲み干した。 
「こらこら!おめぇ何で人の酒飲んじまうんだよ」 
「ランドはまたもらってくればいいじゃない」 
「ちぇ。女ってやつは」 
「ね、ランド。わたしもお酒がいい」 
「無理してねぇか?」 
「大丈夫よ。だからもらってきてってば」 
「ったくよぉ。人使いが荒いなぁ」 
見たくもないけど、ついついクレイ・ジュダの姿を追いかけてしまう。 
あれれ?いない? 
奥のほうで女の子と踊ってるのかな……。 
はぁー。 
恋をするのって、幸せだけど疲れるものなんだなぁ。 
「ほれ、持ってきたぜ」 
「ありがとう、ランド」 
さっそく口にする。やっぱり大人の味だなぁ。 
「どうした?」 
「え?」 
「ぼんやりしてたからよぉ。またあいつのことか?」 
んん?そういえば、さっきからランドとクレイ・ジュダの話をしてるけど……バレてない!? 
だって、だって。ランドの言葉って、わたしがクレイ・ジュダのことを好きなのが前提になってるような言葉ばっかりな気が!? 
「あ、あの、ランド?」 
「なんだ?」 
「も、もしかして気づいてる……?」 
「あ?」 
「わたしの気持ちよ……!」 
「いや、気づくもなにも、あからさまじゃねぇか」 
「えぇぇー!」 
愕然とする。そりゃわたしって単純だけど! 
「いいじゃねぇか。別に悪いことじゃねぇし」 
「うっ。そうなんだけど」 
「がんばれよ。応援してやっからさ」 
「ランドは優しいわよね」 
「今ごろ気づいたか?」 
「そんなことないけど。ランドは好きな人いるの?」 
「すげぇ好きな女はいたよ。もう昔の話だけどな」 
「そうなんだ」 
「ま、そのうち話してやるさ。これからおめぇとは長い付き合いになるだろうし。わりい。また飲み物もらってくるわ」 
ランドの恋。つらい恋だったのかな。 
それにしても、長い付き合い、って嬉しい。 
二人に置いて行かれないようにがんばらなきゃ。 
あれれ?ランドってば、貴族の令嬢に捕まってる。 
ま、それもそうよね。 
クレイ・ジュダが完璧すぎだったり、ランドのお調子者キャラでついつい忘れがちだけど、ランドだってかっこいいもの。 
すごく魅力もある人だし、優しいし、明るいし。 
はぁー。すごいなぁ。すごく強い上に、魅力もある二人とパーティーを組むことになったなんて! 
ふぅ。なんだか熱い。胸もドキドキするぞ。ほっぺ?すごく熱い。しかも、少しふらふらするような。 
ま、まさか。わたし酔っ払ってるの!? 
わわわ。どうしよう。クレイ・ジュダもランドもいないのに! 
「パステル?」 
「ひゃっ、クレイ」 
ああ。せっかくクレイが戻ってきたのに……。 
「どうしたんだ?酒でも飲んだのか?」 
クレイ・ジュダの言葉にコクリと頷く。 
「部屋まで送るよ。おいで」 
わたしはクレイ・ジュダに手を取られて、晩餐会をあとにした。 
 
 
 
 

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