初めてのキスはまったく予期してなかったもので。 
「行かないで!」 
わたしがその直後に発した言葉。 
それもまた予期してなかったものだった。 
「パステル……」 
止まったと思った涙がまた溢れ出してくる。 
ギアはそんなわたしを抱き寄せて頭をなでてくれた。 
船の上でも抱きしめてもらったよね。 
あのときも細いけど大きな胸に包まれてわたしは安心したんだっけ。 
胸の奥がきゅーっとする。 
わたしが思い出に浸っていると、 
「すまないが、キットン」 
ええ?キットン? 
やだやだ!キットンったら、いつからいたの!? 
キットンは、ポカーンとしてこっちを見てるじゃない!? 
「少し二人で話してもいいか?」 
ギアの言葉に頷き、そそくさとその場を離れるキットン。 
うう。どこから見てたんだろう……。 
「とりあえず、部屋で話そうか」 
「うん……」 
 
わたしたちは部屋に入るとベッドに腰掛けた。 
優しく肩を抱いてくれるギア。 
わたしは冒険者を続けるって決めたのに。 
ギアがいなくなる。 
思わず、行かないで、と言ってしまった。 
「パステル」 
まだ初めてのキスの感触が消えない唇に、ギアは再び唇を重ねてきた。 
今度は落ち着いてギアの唇を受け入れる。 
それはとても優しい感触。 
何度も何度も重ねて、体を抱き締められて。 
わたしは幸せな気持ちに満たされた。 
「落ち着いた?」 
指先で優しく涙を拭ってくれるギア。  
「うん……。ごめんね」 
「構わないさ」 
頭をなでてくれる。ギアは優しいな。 
「……ただ、ダンシングシミターを待たせてるから。あまり時間はないんだけど。すまない」 
やっぱりいなくなっちゃうんだ……。 
それはわたしの決断のせいなんだけど。 
また涙が溢れてくる。 
「パステル?どうした?」 
心配そうなギアの瞳。 
わたしは言いたいことはいっぱいあったけど、胸がいっぱいですごく苦しくて何も言えなかった。 
「ちょっと待っててくれよ?」 
ギアはわたしの頭をなでると、スッと立ち上がり部屋を出て行ってしまった。 
 
それからしばらくたっても、ギアは戻ってこなかった。  
ギア、早く戻ってきて。 
そばにいたい……。 
わたしにはギアを待つこの時間がとても長く感じられた。 
 
と、そのとき。 
ガチャ。ドアが開く。 
「待たせたな。キットンとダンシングシミターに話してきた。出発は明日だ。時間はゆっくりある。君が言いたくなったときでいいから。話してくれ」 
わたしはギアの言葉にコクリと頷いた。 
はは。前にもギアにこんなふうに言われたことがあったっけ。 
そう、これも船の上……わたしがギアにプロポーズされたあのときだ。 
いつだってギアはわたしに優しい。 
「アーマーを外すから、もう少し待ってくれよ?」 
わたしはギアの言葉に頷いた。 
よかった。 
今すぐ旅立たないんだって、わたしは安心した。 
またわたしのわがままなんだけど。 
少しでも長く一緒にいたいよ。 
それが今の気持ち。 
冒険を続けることもギアも両方欲しいなんて無理なのはわかっているのに。 
あー。また涙腺がやばいぞ。 
「パステル?」 
心配そうな視線を投げるギア。 
胸がいっぱいでわたしは言葉が出ない。 
ギアは何も言わず、あのときのようにわたしを抱きしめてくれた。 
わたしもギアの背中に手を回して、その温もりがここにあるのを確かめる。 
え……? 
体がふわっとして、わたしはベッドに沈んだ。 
覆い被さるギアの顔が近づいてきて、わたしたちは今日何回目かのキスを交わす。 
「大丈夫だ。キス以上のことはしないから」 
再び合わさる唇。 
えー!?キス以上って……。 
わたしはその言葉にドキドキしてしまった。 
キス以上のこと。うわさ話でしか知らない大人の行為。 
そ、そうよね。部屋に二人きりで、ベッドに押し倒されて……。普通だったらキスだけじゃ済まないシチュエーション……なんだよね? 
ギアは。したことあるのかな?ないわけないよね。大人だし。キスだって上手いし(ま、比べられる相手はいないんだけど)。 
キス以上って、どんな感じなんだろう。 
ギアはしないって言うけど、少し残念……かも。 
こうやってベッドに押し倒されて交わすキスは、なんていうか、気持ちよくて……さっきまでのキスとは違う。 
ドキドキする。 
そう、もっと先に進みたくなってしまうような……。 
まるでギアが腕の中から、わたしを逃がさないように捕らえてるみたい。 
長いキスが終わって見つめ合うわたしたち。 
優しいような切ないような。そんな、なんとも言えない表情でギアはわたしを見つめる。 
頬にかかるギアの黒髪にわたしはドキドキした。 
また塞がれる唇。 
柔らかくて、うっすらかかる息づかいが暖かくて、くすぐったい。 
キスって、すごく気持ちいい。 
思わず、ギアの首筋に回す手に力が入る。 
ギアともっと触れ合いたい……。 
「ギアはキスまででいいの?」 
「おいおい。せっかく我慢してるのに。そんな言い方しないでくれよ?」 
ギアは困ったように笑う。 
「明日になったらいなくなるんだよね?」 
「……ああ。そうだな」 
途端に表情を曇らせるギア。 
「最後に……その……。最後なら……。わたし、ギアと、したい……。初めてを、あげたい、の……」 
わたしの精一杯の言葉。最後のほうはちゃんと声になってならなくて。それでも、がんばって言ってみたんだけど。ギアは、 
「……ダメだ」 
「そっか……。ごめん。変なこと言っちゃった」 
ああっ。もう。やだ……。 
恥ずかしい気持ちでいっぱいじゃない。 
また泣きたくなるってば。 
 
「パステル……」 
再び塞がれる唇。繰り返されるキス……ではなかった。 
あれれ!? 
「ん……っ」 
さっきまでのキスとは違う。 
ギアの舌が入ってきて、わたしの舌をとろりと絡めとる。 
「んんっ、ん……っ」 
それは、とろけてしまいそうなキス。 
こ、これって? 
「最後なんて言うな」 
「え……?じゃあ……?」 
「ああ。いいんだな?」 
「……うん」 
「ホントにおれでいいのか?」 
「ギアが、いいの」 
「パステル……」 
さっきまでの、とろけてしまいそうなキスが一転。 
今度は激しくて、わたしを欲しいって言ってるようなキス。 
「んん……っ」 
言葉を使わなくても気持ちって伝わるみたい。 
わたしもギアに気持ちを伝えたくて、恥ずかしいけど、舌を動かして、ギアの激しいキスに答える。 
ギアの手が荒々しくわたしの胸に伸ばされる。それは乱暴というよりも求められてる感じがして。すごく嬉しかった。 
わたしはあっという間に寝間着を脱がされ、下着もするりと脱がされる。 
「ゃぁん……っ」 
ギアの唇がわたしの胸に……っ! 
き、気持ちいい……。 
どうしよう。恥ずかしい声が出ちゃう。 
いつもはロングソードを振るうギアの手はすごく繊細な動きで、わたしの体にうっすらと熱を持たせていく。 
ギアの親指と人差し指がわたしの胸を器用に刺激すると、強烈な快感が全身を貫いて、体の真ん中がキュンとする。 
「ひゃ……っ!」 
初めて知る快感ですでに体中が変な感じなのに、さらに強烈な快感が電流のように走る。 
ギアは空いている手をわたしの……下半身に伸ばして、まだ誰も知らない場所に触れた。 
ぬるりとした感触が伝わってくる。 
わたし、濡れてる……。 
「ぁぁん……っ、ゃん……っ、ぁん……っ」 
小刻みな動きが加えられると、わたしは恥ずかしい声が止まらなくなる。 
ただでさえ、ギアの唇と両手で愛されているのに。 
そこに巧みな動きが加わると気が遠くなりそう。 
「んんん……っ?やぁ……っ、ダメダメダメ──っ!あぁ──っ!」 
突然押し寄せてきた大きな快楽の波。 
わけのわからないまま、それは大きくなってはじけて。 
「はぁ、はぁ……」 
大きく肩が揺れる。呼吸が苦しくなる。 
わたし、どうしちゃったの? 
「イっちゃったね。感じやすいんだな」 
満足げな表情のギアは、そのままわたしから目線を外さなくて、上からじっくり眺めていたんだ。 
ひゃあー。 
そんなにじろじろ見ないで欲しい。 
恥ずかしくて、わたしは思わず顔を背けてしまった。 
「きれいだよ」 
わわわ。嬉しいけど何て反応すればいいんだろう!? 
「恥ずかしがる必要なんかない。こっちを見てごらん?」 
わたしを見つめて微笑むギア。 
ギアの優しい瞳を見るたびに、わたしは心がほぐされる。 
「おれも脱ぐから……」 
そう言うとギアは身に付けているものをするすると脱いでいく。 
恥ずかしいのに、なぜかわたしはギアから目が離せなかった。 
ギアもそんなわたしをじっと見つめていた。 
「!……」 
のどがごくりと鳴る。 
ギアに聞こえちゃったかな……。 
「大きいだろ?」 
「う、うん」 
うう。バレてるみたい。わたしが反応しちゃったこと。 
「パステルがかわいいからだよ?パステルのこと欲しくて欲しくてこんなに……」 
ギアはわたしの手を取ると、熱く反り返った塊に、触れさせた。 
それは、じわーっと熱を帯びていて、びっくりするくらい堅くて、でも先っぽは柔らかくて……不思議な感触だった。 
「パステルの中に入りたいって言ってる」 
最初はちょっとモンスターみたいで怖いって思ったけど。 
わたしもそう言われてる気がしてきて。 
ギアのモノが愛おしくなってきた。 
「触ってて」 
「うん……」 
合わさる唇。すごく優しい。 
「パステル、いいか?」 
「え?」 
「まったく君は……」 
苦笑いするギア。 
「……パステルのこと奪ってもいいかってこと」 
ギアはわたしの髪をなでながら甘く囁く。 
「うん……いいよ、ギア」 
奪われちゃうんだ……。ギアに。 
体中が心臓になったみたい。 
ああ。もう。 
おっきな塊がぬるりと押し付けられる。 
すごく堅いのがわかる。 
ギアがわたしに入ってくる……。 
いざそんな場面になると怖い。 
ぐっと力がかかるのがわかった。 
けど、つるんっと滑って入らなかった。 
「パステル、力を抜いて?」 
「ご、ごめん」 
「緊張してるか?」 
「……少し」 
「初めて、だもんな。優しくするから。力を抜いてくれよ?」 
優しくわたしを抱きしめてキスをするギア。 
「ん……」 
力が抜けていく感じがする。 
ああ、わたし、緊張してたんだ。 
「入れるよ?」 
ギアの言葉に頷くわたし。 
また、ギアのモノがあてがわれ、ぐっと押し付けられる。 
「い……っ!?」 
痛ぁぁぁ───いっ!!! 
もぉー、なんなのっ!? 
「やだやだやだ!痛いよ……っ」 
ギアが入ってる……! 
少しだけど。 
「パステル、力を入れると入らない」 
「やぁ……っ。ギア痛いよっ」 
わたしはギアの体を押し退けようとしてしまう。とにかく痛くて。 
「大丈夫だから」 
そんなわたしの手をぎゅっと力強く握るギア。 
そのまま口づけて、わたしの抵抗の声ごと舌で絡めとる。 
「んふぅ……っ」 
なんかもう涙が出てきた。 
わけがわからなくて。 
あんなにしたいと思ったのに。 
「パステル、落ち着いて?抜くから」 
「ひゃ……っ」 
大きな異物感が消える。 
「どうしても力が入るな。怖い?」 
指先でそっと涙をぬぐってくれるギア。 
わたしはギアが大好きなのに。 
「ごめん……」 
「謝ることないよ。初めてなら仕方ないさ。それにパステルの中、狭そうだし」 
せ、狭い……? 
それって、いいことなのかな? 
うう。聞けない。でも気になるぞ。 
「今日は抱き合うだけにするか?無理させたくないし」 
「えぇっ!?」 
そんなわたしの反応に、くくっと笑うギア。 
「そんなにしたいの?」 
「や……!?」 
もー。顔が赤くなるのがわかる。ほっぺが熱いよ。 
こんなときに、からかわないで欲しい……図星だけど。 
「はは。かわいいな、パステルは。……嬉しいよ。もう少しがんばってみるか?」 
「……うん!」 
優しい口づけ。 
怖いけど、わたしはどうしても、ギアとしたい。 
「ほら?また力が入ってる……」 
優しく太ももをなで上げるギアの手。くすぐったい。 
「ひゃん……」 
「パステルはおれとひとつになりたいか?」 
「ん……」 
わたしはコクリと頷いた。 
ギアの言葉に胸の奥が苦しいくらいにキュンキュンする。 
ギアとひとつに……。 
それはどんな感じなんだろう。 
「じゃあ、怖くないな?」 
「……うん」 
「抱かれるってことは気持ちがいいことだよ?おれが教えてあげるから。な?」 
もうね。ギアの言葉や表情にふにゃーとしっぱなし。 
それと同時に心臓が飛び出しそうな胸の圧迫感はどんどん増して、息が苦しい。 
わたしの体はどんどんおかしくなる。 
矛盾する感覚が共存する。 
それが、男の人に抱かれるということかもしれない。 
「ギア、がんばるから、もう一回して?」 
「ああ」 
ギアはわたしのアソコにぬぷりと指を沈める。 
「ひゃん……っ」 
くちゅくちゅと音を立てて動かしてわたしの中を探る。 
「ほら?パステルの中もおれのこと欲しがってる。今度こそ、もらうよ?」 
「うん……!」 
「好きだよ、パステル……」 
わたしの髪を、頬をなでてくれる大きな手。とろけるキス。 
今度は大丈夫。そう思ったんだけど。 
「ぃた……っ!」 
やっぱり、痛い。 
「パステル、痛いか?」 
ギアは心配そうな顔。 
「だ、大丈夫よ……」 
我慢よ、我慢。 
決めたんだから。 
「目が潤んでる……無理してるだろ?」 
ギアの指が目の下をなぞる。 
「やめないで……」 
「大丈夫だ。おれもやめる気はない。あと少し、がんばれ」 
ますます優しい目をするギア。 
わたしはギアのそんな目が好き。 
一見冷たく見えるのに、どうしてこんなに温かいまなざしなんだろう。 
ギアはわたしのウエストをつかんで、グイッと押し込む。 
「ひゃ……っ!」 
ズブリ。 
さっきよりも深くギアが入ってきた気がする。 
ギアは小さく腰を引き、またさっきの位置まで押し込む。 
小刻みな動作を繰り返すギア。 
でも、それはすごい異物感で、まだひとつになるって感じはわからなかった。 
「パステル、見てごらん?」 
グイッと腕を引っ張られて起こされる。 
「……!」 
その光景にわたしは一瞬ショックを受ける。 
わたしのアソコが無理矢理押し広げられて……ギアの先端を受け入れていた。 
あわわわ。 
こ、こんなことになってるなんて! 
でも、でも、もう少しでギアと結ばれるってことだよね!? 
それなら嬉しい光景……かもしれない。 
やっぱり、モンスターを連想してしまうけど。 
「もうパステルの中に入ってるよ?もっと奥まで、いいかい?」 
「うん、来て……」 
胸がギュッと切なくなる。 
もう少しでギアと……ひとつになれるんだ。 
がんばるって約束したもんね。 
そして、わたしは再び押し倒されて、今度は一気にギアに突き上げられた。 
「ひゃあぁぁあぁぁぁっ」 
柔らかいものを裂くような感触。 
だけど、最初みたいな痛みはなかった。 
「パステル……っ、ほら、奥まで入った。がんばったね」 
「ギア……!」 
「動かすよ?」 
そう言うと、ギアはゆっくりと腰を動かし始めた。 
ギアがわたしの中で動いてる。 
その感覚はすごくリアルで、わたしとギアがつながってると言うことを感じさせた。 
引いては、押し込む動作。 
それを繰り返されてるうちに……異変が起きた。 
「ぁあぁん……っ、ゃん……、はぁん……っ」 
す、すごく気持ちいい……! 
あまりの快感に声を上げずにはいられない。 
男の人に抱かれるって、こういうことなんだ……! 
わたしの声にタイミングを合わせたようにギアの腰の動きも早くなっていく。 
ギアの動きが早くなればなるほど……快感は加速する。 
「ひゃぁん……、ぁん……、ゃぁん……っ」  
「くぅ……っ。パステル……っ。すごく、いいよ。君の中は最高だ……」 
「ギア……っ。わたしも……、気持ちいいよぉ」 
最初はあんなに違和感を感じたのに、今はしっかりとした密着感を感じる。 
ギアとひとつになってる。感動! 
「ずっと……。ずっと、パステルとこうしたかった……!」 
「ギア……っ」 
わたしはギアのその一言で彼の想いの深さを垣間見た気がした。 
こんなギリギリになるまで、その想いに応えられなかったことや、自分の中の想いに気づけなかった。 
胸がチクリと痛い。 
「最後じゃないからな……?」 
「うん……っ」 
わたしたちはお互いの想いをその言葉で確かめあった。 
もっと愛したい。 
もっと愛されたい。 
もっともっと愛し合いたい……! 
「はぁん……っ、ぁんっ……、ぎぁ……っ」 
快感を伝える甘い声。 
いっぱい聞いて? 
わたしが喜んでることを知って欲しい。 
「かわいい……っ、パステルかわいいよ……っ、えっちでかわいい……っ」 
荒々しく胸をもみしだくギアの骨ばった大きな手。 
「ぎぁ……っ、もっと……っ、ゃぁん……っ」 
わたしをずっと守ってくれたギアの手が大きな快楽へと導いてくれる。 
「んふぅ……っ」 
唾液を交換するようなキス。つながり、ひとつになってる体。お互い激しく乱れてる呼吸。求めるように絡み合う舌。 
わたしたちはあらゆる手段で交わり合っていた。 
「ひゃぁんっ、ぎぁ……っ、ぁあん……っ」 
「くぅ……っ!そろそろいいか……っ?ぱ、パステルぅ……っ!」 
壊れそうなくらいに腰を打ちつけてくるギア。 
それからほどなくして迎えた、わたしたちの絶頂は想像以上のものだった。 
 
「パステル……、ありがとう」 
「ん……っ」 
優しいキス。 
今朝、生まれて初めてのキスを交わしたばっかりなのに。 
わたしはいろいろなことを経験してしまった。 
一生に一度の初キスも初体験も。わたしはどっちもギアにあげちゃった。 
「よくがんばったね。かわいかった」 
「ギア……!」 
ああ、もう。すごい幸せ。 
ギアはわたしを抱き寄せると、また唇を合わせてきた。 
「名残惜しいな……」 
「……うん」 
わたしがギアと一緒にいれるのは今夜が最後なんだ。 
その先のことはわからない。 
「最後じゃないからな?」 
ギアの言葉にコクリと頷く。 
もうガイナに帰ってもいいかなぁなんて。今さら言えないけど。 
「おれ、明日旅立つのはやめられないんだ。ダンシングシミターと約束したし」 
「うん……」 
「男と男の約束だからな」 
わたしはギュッとギアにしがみつく。 
寂しい、とか、やめて、とか。わたしに言う権利はない。 
プロポーズ、受けちゃえばよかったな。 
「大丈夫。また会えるさ」 
「ギア……」 
「あんまり会えないかもしれないけど……。今はそれがいいと思う。パステルだって、冒険したいだろ?」 
「うん。それはそうなんだけど」 
ギアとも一緒にいたいよ。 
「昨日すごくいい顔をしてたよ?経験値もいっぱい入ったじゃないか。すごいよ。よくがんばったと思う。仲間にも恵まれてるしさ」 
わたしはこのときギアが心なしか寂しい顔をしてわたしを見てたのを思い出した。 
それなのに、わたしを送り出そうとしてくれた。わたしの前から出ていこうとしてくれた。 
わたしはギアのこと振り回してばっかりなのに。彼はいつでも優しい。 
「ごめんなさい……」 
もぉー。今日はどれだけ涙腺が緩んでいるんだろう。 
また涙がこぼれ落ちてくる。 
「パステル」 
強くわたしを抱きしめてくれるギア。 
「最後じゃないって言ってるだろ?また必ず会えるさ。手紙だって書くよ。おれ、そういうの苦手だけど」 
あはは。確かに。ギアってば手紙とか苦手そう! 
「剣の扱いなら自信があるんだけどな」 
ギアは、ばつの悪そうな顔をして苦笑いをする。 
なんかかわいい。 
「それは……何年かしたら、また生かせたりして」 
ちらりとギアを見る。 
「はは。そうだな」 
お互い言葉の裏に込めた気持ちが伝わってるみたい。 
「ギアの手紙、楽しみにしてるから」 
「がんばるよ。パステルも書くんだぞ」 
「もちろん!」 
外はまだまだ明るい。 
限られた時間をわたしは幸せな気持ちいっぱいで過ごした。 
そして、次の日。 
わたしたちは別れたんだ。 
 
それからしばらくして、何回か手紙を交換した。 
「パステル、ギアから手紙きてるよ」 
「ありがとう、クレイ」 
わくわくしながら、封を開く。 
いつものように、不器用な文体で一生懸命書かれている。 
『やっぱり手紙は苦手なんだが。なんとか書いている。笑うなよ?シミターのやつにも冷やかされるし、なかなか大変なんだぞ』 
そう言って、苦笑いする声が聞こえてきそう。 
手紙に書かれているのは、だいたいクエストの話。 
わたしはそれを読みながら、ギアの活躍ぶりを想像する。 
『エベリンで特別警備隊が結成されるのは知ってるか?最近、活動を始めた100年前のモンスターの討伐部隊だ。実は、シミターとそれに参加しようと思ってる。だから、近いうちにそっちに戻ることになりそうだ。少し時間もありそうだから、パステルたちが本拠地にしてるシルバーリーブでも見に行こうかな。クエストに出かけてなきゃいいけど』 
ギア……! 
シルバーリーブに来るんだ! 
わわわ。いつなんだろう? 
会いたい……。 
コンコン。 
ドアがノックされる音。 
ま、まさか! 
そこにいたのは、 
「なぁーんだぁ。トラップ───」 
がくっ。 
ま、そんなタイミングのいいことないわよね。 
「だぁぁぁー。おめぇなんだよ、その態度は。ったくやってらんねぇぜ。次からはデートの取り次ぎくらい自分でしろよ」 
「へ?」 
わたしが、ポカーンとしてると、 
「久しぶりだな、パステル」 
久々に聞く低い声。すらりとした長身。無造作に伸びた黒い髪。 
「ギア……!」 
「シルバーリーブに着いてすぐに彼に会ってね。それで案内してもらったんだよ」 
「ははは。そうだったんだ。トラップごめんね」 
「けっ」 
ぷいっとして立ち去るトラップ。 
ほんとトラップには悪いことしちゃったなー。わざわざギアを案内してくれたのに。あとで謝らなきゃ。 
「彼は相変わらずだな」 
「そうだね」 
見つめ合うわたしたち。 
「最後じゃなかっただろ?」 
「うん……!」 
ギュッと抱きしめられる。 
久々に感じるぬくもりから、ギアがここにいることを実感する。 
「びっくりしたかい?」 
「うん!ちょうど今、手紙を読んだとこなのよ」 
「離れてても心はつながってるからな」 
「はは。ギアったら」 
胸がキュンとなる。 
「じゃあ、再会を祝して……」 
「なぁに?」 
「他にあるか?」 
ニヤリとするギア。 
「えっち!」 
そして、わたしたちは久しぶりの口づけを交わしたんだ。 
そこから先は……、秘密である。 
 
おわり 
 

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