「ぱぁーるーー!もってきたぉー!」  
シロちゃんが開けたドアをくぐりながらルーミィが叫んだ。  
「はーい、ありがとう」  
頭をいいこいいこしてあげると、ぽよぽよのほっぺが嬉しそうにほころんだ。  
くぅー、かわいいなあ!  
ここは、シルバーリーブ。  
実は!もうすぐクエストにでるんだ!わくわくするなあ。  
最近バイトばっかりだったからね。ちゃんとしたクエストは、ほんっと久しぶり!  
そんなわけで、今はクエストの準備をしてるんだ。  
携帯食料だとか必要な備品はこないだエベリンまで買いにいって、  
後はちゃんと使えるか点検中ってわけ。  
みんなは明日までバイトで、原稿の終わった私は一足先に準備を進めてるんだよね。  
そして今はポタカン(ポータブルカンテラの事ね)の燃料を入れていたんだけど。  
ルーミィもお手伝いする!ってきかないから、  
隣の部屋にいってみんなのポタカンを持ってきてって頼んだんだ。  
でも、それだけでもすっごく嬉しそう。  
「のりゅのも もってくるぉー!」  
「ルーミィしゃん、待ってくださいデシ!」  
そう言って元気に飛び出して行って。  
ふふふ、はりきってるなあ。  
でも、じっとしていられない気持ちは私もおなじ。  
そうしてみんなの分の燃料を入れ終わって。ふと。  
「・・・あれ?」  
気付いたら、どれが誰のかわかんなくなっちゃってた。  
と言うか、ルーミィがまとめて持ってきてたからちゃんと見てなかったなあ。  
ええと、私のは机の上に置いてたよね?  
このキレイなのがクレイで、こっちのへこんでいるのがトラップかな?  
まあ名前も書いてないし、別に誰が誰のを持っていたとしてもいいかなあ。  
そう思いながら3つ目を手に取ると―  
「ん?」  
底の部分に何かで引っかいて書いたらしいイニシャルが。TP、トラップかあ。  
と言うことはこの凹んだのはキットンでいいかな?  
ふむふむと頷きながらまとめて持ち上げると、隣へ返すために部屋を出た。  
 
「うぉー、あっちぃー!」  
騒ぎながら帰ってきたのはトラップ。今日も郵便局のバイトだったはず。  
この真夏みたいな暑さの中をを走り回るのはキツかっただろうなあ。だから  
「おかえり!ごくろーさま」  
気持ちよく声をかけたのに。だるそうに顔を上げて私を見るなり、  
「けっ、あんだよ。おめぇは一日部屋にこもってっからわかんねぇだろうによー。  
 ホントにそう思ってんならなぁ、冷た〜いビールのひとつでも用意しとけっての」  
返ってきたのはいつもの憎まれ口。  
「なによー!あたしだってクエストの準備とか色々忙しかったんだからー!」  
「どーだか。案外チビどもと呑気に昼寝でもしてたんじゃねー・・・」  
突然、失礼なトラップの口が固まった。え?なに?  
見る間に顔がすーっと青ざめ、と思ったら今度は真っ赤になって。  
「え?え?ど、どーしたの?!トラップ」  
私が手を伸ばそうとするよりも先に、バッと奪い取られたのはポタカン。  
「ば・・おめぇなあ!!勝手に人のもん持ち出すんじゃねーよ!!」  
怒鳴られたのは、そんな言葉。って、ひっどーい!!  
「ちょっと、何その言い方!?人を泥棒みたいに!!  
 燃料入れてあげただけじゃないの!!」  
「ばぁか!そんなもん誰だってできるっつーの!  
 どうせ準備するってんならなあ、マッピングの勉強でもしてやがれ!!」  
そういってバーンと扉を閉めて閉じこもってしまった。  
何あの態度!!あったまくる〜〜〜!!  
追いかけて文句を言おうとして、ドアに手をかけたけど。  
それ以上動かなかった。ううん、動けなかった。  
あんまりな言われようだけど。  
・・トラップも言いたいことも、ちょっとは、わかる。  
人の世話を焼く前に、クエスト中に迷子になるなって事だろう。  
わかる・・けど。・・悔しくって悔しくって涙が出てきた。  
ドアから逃げるように走り出して。  
その勢いのまま宿を飛び出すと、出入り口の所でドンと人にぶつかった。  
 
「あ、ごめんなさ・・」  
あわてて顔を上げると、立っていたのはバイト帰りだろうクレイとキットン。  
「あれ、パステル?どうしたんだ?」  
「ちゃんと前を向かないと危ないですよぉ?いつ迷子になるかわかりませんし」  
クレイのビックリした顔と、キットンの失礼な言葉に、少しだけ頭が冷えて。  
「あはは、ごめんね!クエスト前に体力つけておこうかと思って!」  
ブンブンと手をふりながら言い訳をした。でもクレイに  
「なんかあったのか?目が赤いけど」  
そういって顔を覗き込まれて。わわ、大変。こんな顔見せられない!  
「なんでもないよ!ね、ちょっと早いけど晩ご飯にしない?」  
ムリヤリ話題を変えるとキットンが乗ってくれた。  
「はいはい、私たちも今そう話していたところなんですよ」  
「猪鹿亭でいいよね?ルーミィたちがノルのとこにいるから」  
「あ、でもトラップのやつが・・」  
クレイの口からその名前が飛び出すと、またまたさえぎって。  
「ま、まだ帰ってないみたいだからさ!私もおなかペコペコだし、先に行っていよう?」  
「・・?ま、まあいいけど」  
不思議そうにOKしてくれた。  
「そうですねえ、トラップなら案外先に一人で飲んだくれていそうですしね」  
ギャッハッハと笑うキットン。途中、ノルの小屋を覗いて  
そのまま寝ちゃってたらしいルーミィ達も連れて。  
トラップをこっそり仲間はずれにして、私達は猪野鹿亭に行くことにした。  
 
「いらっしゃーい!あ、あんたたち。奥のテーブルなら空いてるわよ」  
いっぺんにいくつものジョッキを掲げたリタが迎えてくれた。  
ううーん、すごい!パワフルだなあ。  
「ありがと、リタ」  
「ううん、後で注文とりにいくからね」  
軽く言葉をかわして席に着く。  
そして注文を済ませ、料理が届けられた時に気がついた。  
 
「あれ?リタ、そのブレスレット・・」  
「ああ、これ?お客さんにもらったんだー」  
重いジョッキを運ぶようには見えない細い手首には、皮で出来た編込み風のブレスレット。  
「なんかエベリンではやってるって言ってた。恋愛成就のおまじないなんだって」  
何でもリングの中央部分に少しスペースがあって、  
そこに好きな人と自分のイニシャルを掘り込むんだそうだ。  
「でも、相手がいないんじゃ着けててもしょーがないんだけどさ」  
カラカラと笑うそのリングには、確かに何も彫られていなかった。  
「あのさ、リタはその元のおまじないって知ってる?」  
「え?・・ああ!うんうん、ろうそくにイニシャルを書くってのでしょ?  
 そんで無事に燃えきったらってヤツ。  
 それが、わざわざおまじない専用のアイテムを作るなんてねー」  
商売人が言うのもなんだけどガメツイ話だわー、とリタは笑う。  
「あ、あれかあ!なんか持ち物でも一番あったかいモノに書くっていう・・」  
 
―――あれ?なんだろう、なにかが引っかかった。  
 
先週エベリンに行ったことを思い出す。  
「うわあ、マリーナ!これカワイイね!」  
私がそれを手に取ると、マリーナは「ああ」と微笑んだ。  
「最近売れてるのよ、恋愛成就のブレスレット。よかったら一本あげようか?」  
「え!?恋愛成就?!って、いいよいいよ、悪いもん!」  
そんなやり取りをしていると、隣でお茶してたトラップが声をかけてきた。  
「けっ、くっだらねー。んなもんに金払うくらいなら俺にくれよ、倍にしてやっからよ」  
「なんでそうなるのよ!」  
出された手をペンっと叩きかえす。  
「だって情けねーだろ?昔っからあるネタにわざわざ踊らされるなんてよぉ」  
「あら?あんたコレ知ってたの?」  
マリーナの何気ない一言に、トラップは飲んでたお茶を盛大にふきだした。  
「うわ!きったなーい!!」  
「べ別に知ってただけだろーが!!!」  
私の抗議をまるっきり無視してマリーナに怒鳴ったけど、当の本人は涼しい顔。  
 
「はいはい、有名な話だしね。別にあんたが知ってても不思議じゃないわね。  
 まあ、やってても私は何も言わないわよ」  
「やるかあ!!!!」  
・・耳まで真っ赤になって否定するその姿見たら、誰だって思うよね?  
「へえ〜、トラップもそーゆーことするんだ?」  
にんまり笑いながら私がそう言うと、  
「うっせえ!!」  
すごい勢いで2階の部屋にかけこんじゃった。ちょっとからかいすぎたかな?  
とと、そうだった。くるっとマリーナに向き直る。  
「それでさ、そのおまじないってどんなの?」  
「あ、パステル知らない?あのね―――」  
マリーナが口を開きかけた瞬間、バンッとすごい音がして。  
「マリーナ!!ずぇっつたい言うな!!そんな奴に教えてやるこたねぇ!!」  
再びバンっとドアが壊れるくらいの勢いで閉じこもってしまった。  
「あはは、今日教えるのはちょっと無理かも。  
 ごめんね、パステル。またにしてくれる?」  
苦笑いを浮かべたマリーナにそう言われちゃったらねえ。  
そのオマジナイがどういうものか分からないまま、諦めて帰ってきたとこだった。  
「ぱぁーるぅ、たべないんかぁ?」  
「え?ああ、うん。」  
ルーミィの言葉に引き戻される。  
リタはとっくにいなくなってたみたい。遠くで元気な声が聞こえた。  
―ええっと。どこまで思い出したんだっけ?  
 
恋愛成就のおまじない。  
ろうそくにイニシャルを書いて火を灯し、  
一度も消えることなく燃え尽きたら恋が叶うというもの。  
それは私がガイナにいた頃にはやっていたおまじないだった。  
すっかり忘れていた。  
それが転じて、自分の身近な持ち物にイニシャルを書いて  
壊れるまで使い続けると叶うというものに変化した。  
大切に使えば使うほど、その恋の絆は深くなる。  
そんでそのアイテムは、手で握れるもので、  
―なるべくなら人肌に近いもの。―  
もちろん消しゴムとかえんぴつでもかまわないんだけど。  
人との繋がりを願うおまじないだから。  
それは例えば、手袋とか銅製のカップとか、  
・・・カンテラ、も?  
蘇ってくる昼間の出来事。  
真っ赤になったトラップの顔が、エベリンでの出来事と重なった。  
そして。  
ポタカンに彫られていたTPの文字・・TラッPじゃなくて・・・  
 
 ”Tラップ & Pステル”  
 
という文字が思い浮かんだ瞬間、ぼんっと頭に血が上るのがわかった。  
いやいやいや!自意識過剰でしょう!た例えば、パ・・パ・・、  
パトラッシュ!・・・犬じゃん!!  
ピ、ピートとかポールとか!、って男の子の名前じゃなくって!!うわわわわ!!  
「・・どうしたんだ?パステル」  
突然百面相を始めた私をクレイが気味悪そうに見ている。  
だけど私はそれどころじゃない。どどどどうしよう??  
「あんだよ、おめぇーら!先に来てたのかよ?ったく薄情な奴らだなー!」  
いきなり後ろから不機嫌そうな声が飛んできて、ドキーンと心臓が跳ねた。  
「おー、トラップ。遅かったな、先にやってるぞ」  
「んなわけねーだろ、だいたい俺のほうが・・」  
ガタンっと立ち上がると、みんなが一斉に私を見たのがわかった。  
「・・ごめん!私、先に帰る!その・・ちょっと体調変かも。  
 今日はもう休むね!ルーミィ、これ食べていいよ!」  
ぜんぜん手をつけていない食事をルーミィに押しやって。  
ぽかんとしたみんなの顔と、ルーミィの歓声と。  
何よりもトラップの視線から、逃げ出してしまったのだった。  
 
えーん、これから私どうすればいいのー?!!  
 

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