わぁぁ。珍しい!
鮮やかな青い羽根の蝶々。
まるで宝石が羽ばたいてるような幻想的な光景。
「おい!パステル!どこいくんだよ」
「クレイ、珍しい蝶々がいるの。ほら」
わたしは蝶々に夢中。というか、まるで魔法にかかったみたいに蝶々から目が離せなかった。
「だぁぁぁー。おめぇはそんなことしてっからはぐれるんだよ」
トラップの声。もうわかってないなぁ。
これでもわたし詩人でしょ?
こういう美しい光景は詩の題材にもってこいだよね。
え?詩じゃなくて小説しか書かないだろうって?
ま、それはそうなんだけど。
こんなに綺麗な蝶々を見たときくらい詩人らしい気持ちになりたいじゃない?
不思議だなぁ。
まるで夢の中みたい。
きれー。
「またいなくなっても探さねぇからな!」
遠くからトラップの声。遠くから?むしろ遠くなっていくような……。
「パステル!!!」
あれれ?なんだか変だぞ。意識が……暗い闇に飲まれてくみたいな……。
ゆらゆら。ゆさゆさ?体が揺れてる。
「……大丈夫?」
ん?クレイ?トラップ?
「大丈夫か?」
今度はもっとはっきり聞こえた。知ってる声のような知らない声のような?
頭がくらくらする。
ゆっくりと目を開ける。
ずっと目を閉じてたせいか、すごく眩しい……。
少しづつ焦点が合ってくる。
「君……、大丈夫か?」
心配そうに覗き込む鳶色の瞳。
クレイ?じゃない。
なんとも優しく温かみのある瞳。顔立ちは大人っぽくて、すごく繊細な……。
ええ──っ!!めちゃめちゃかっこいー!!
わたしは一気に目が覚める。
だって、だって。こんなにかっこいい人みたことないもん!
かっこいいだけじゃなくて、どことなく品があって……。黒髪に黒い革服に黒いアーマー。軽装だけど、ロングソードと小さめのダガーを身に付けているからファイターなのかな?
ふわぁぁ。かっこいいなぁ。何者なんだろう?冒険者なのかな?
って、ちょっと待って!
わたし、みんなとダンジョンにいたよね?
えぇっ!?みんなは!?
「あ、あの!?みんなは?」
「君はひとりでここに倒れていたんだよ。仲間とはぐれたのか?」
「は、はい、ダンジョンで……、蝶々を追っかけて」
「ダンジョン?ここはオルランド国の近くだよ」
「オ、オ、オルランド?」
聞いたことあるような、ないような。
少なくとも、みんなからはぐれてしまったのは間違いないようだ。
きゃあ。そういえば、わたし、美形のファイターに抱き抱えられてるじゃない!
「す、すいません!」
ひゃぁぁ。ドキドキしてきた。そんな場合じゃないんだけど。
恥ずかしくて、思わずうつむいてしまう……。
この人の剣……?
少し反り身の小降りの剣。柄の部分には不思議な文様が刻まれている。
ふーん。どこかで見たような?
美形のファイターがわたしの視線に気付いたようで、
「これか?これは特別な剣なんだ」
「へぇー。すごい」
うーん。頭がもやもやする。
美形のファイター。彼も初めて会うんだけど、安心できるというか、懐かしいというか。
ああ、そうか。黒髪に鳶色の瞳に優しげな雰囲気。クレイっぽいかも。クレイもハンサムボーイだしね。初めて会ったころはドキドキしたものだ。
クレイ?
んんん……、クレイ!?
あぁぁぁ!!!ベーコン!!!
ベーコンが切れなかったときに借りたクレイの剣!!!
そうよ。この柄の文様。クレイの剣じゃない!?
ま、まさか。この人……。
誘拐犯とか!?
だったら、みんなは、クレイはどうなってしまったんだろう。
剣だけ奪われて……、あわわわ。
ど、どうしよう?
悪い人には見えないけど。
たまたま同じ剣とか?
そんなわけない。クレイの剣は、あの青の聖騎士のクレイ・ジュダのシドの剣だもの。
この世に二つとない特別な剣だから。
そうなるとやっぱり……!
もうだいぶ遠くに連れてこられたみたいだし……。どうすればいいの?
「顔色が悪いね、ヒールした方がいいかな?」
そ、そんな優しいこと言われても騙されないわよ?
「ク、クレイをどうしたの……?」
「?」
えっ?という表情。あなたがいくら美形でも……、だ、騙されないわよ?
「わ、わかってるんだから……、その剣、クレイのシドの剣でしょ!?」
「ああ、おれはクレイだし、これはシドの剣だが……、なぜ君は知っている?」
「?」
今度はわたしがクエスチョンマーク。
「ほら、見てくれ」
彼がわたしに差し出した冒険者カードには……。
レベルは16、ファイター、本籍地はドーマ。
そして彼の名は、クレイ・ジュダ・アンダーソン……。
そう。確かに、彼はクレイ、であり、彼の剣はシドの剣だった……!
……。
ジグレス382年って。デュアン・サークの時代よね。
カードの仕様も微妙に違ってる。
どういうこと!?
ここはどこ!?
なんでここにいるの!?
もう心細いなんてものじゃない。
だってだって。違う時代に来ちゃったんだよ?
こんなこと信じられない上に、帰り方なんてわからない。
もうみんなに会えないの?
途端に涙がこぼれ落ちてきた。
そんなわたしをクレイ・ジュダは心配そうに見つめて、
「とりあえず、近くの村で休むかい?」
余りのショックに言葉を失ったわたしは彼の言葉にコクリと頷いた。
暖かい野菜のスープ。
村の宿屋についたわたしたちは食堂で食事を取っていた。
クレイは……、クレイ・ジュダは、わたしのことを深く追及しなかった。
ダンジョンで仲間とはぐれた、確かにそれは嘘ではないけど。
わたしがクレイと呼んだことや、シドの剣を知っていたことには何も触れずに、
「そうだったのか……」
なんと、クレイ・ジュダはたった一言そう言っただけで彼からは何も言ってこなかった。
賑やかな喧騒に包まれた食堂。
人も街並みも見た目はどこか古い感じがするけれど。人の中身は変わらないのかも。
みんなは今ごろどうしているのだろうか?
心配してるかな?
ルーミィは泣いてないかな。
途端にせつなくなってきた。
「パステル?大丈夫かい?」
「う、うん……」
「早めに休むか?ちょっと待ってて。部屋をとってくるよ」
「ありがとう」
うう。クレイはどの時代も優しいんだなぁ。すごく心細いけど、どこかクレイの面影がある彼といると少しは安心する。
すらりとした長身。少し遠目だと、背格好はそっくり。声も似てるかな。
クレイ・ジュダは24歳って言ってたっけ。
クレイも24歳になったら彼のようになるんだろうか。
と、そこにクレイ・ジュダが戻ってきた。
「部屋がひとつしか空いてないみたいなんだが……、おれは床でいいからさ。一緒で大丈夫かい?」
「う、うん。大丈夫」
クレイたちとは、たまに一緒の部屋になるし。クレイのひいおじいさまだもの。いいよね?
ひいおじいさまと言うには、あまりにも彼は若くてかっこよかったけど。
「紅茶でよかったかな?」
「ありがとう、クレイ」
クレイ・ジュダから暖かい紅茶を受け取る。
わたしたちはベッドに座った。
改めて見てみると、確かに彼はクレイがいつも身に付けているロケットの中の肖像画のクレイ・ジュダ、そのものだ。
肖像画は美化して書かれるものだけど。
彼に関しては例外だ。
むしろ実物のほうが素敵かもしれない。
「どうしたんだい?」
「えぇっと。クレイは冒険者なんだよね?その、騎士になったりしないの?」
「ああ。将来的にはそのつもりだよ。おれの二人の兄はロンザの騎士でね」
「へー!」
クレイ・ジュダのお兄さんもそうなんだ!しかも二人って、クレイと一緒。知らなかったなぁ。
「14歳のときから冒険生活をしててね。兄たちと同じように、おれも20歳になったらドーマに戻って騎士になるつもりだったんだが」
彼はここで一旦言葉を切り、紅茶を口にする。
「まだ何かやらなきゃいけないことがある気がして……。それが何だかわからないけど。答えが見つかるまでは冒険者を続けようと思う。ドーマに帰ったら騎士団に入れられてしまうからね」
「クレイならできるよ」
彼はまだ自分が伝説の青の聖騎士になるなんて知らないんだなぁ。
何かやらなきゃって漠然と感じてるってことは、彼は元々そういう星の元に生まれたということなんだろうか。
「ありがとう。パステル」
「わたしこそ、ありがとう。クレイ。助けてくれたこと、すごく感謝してるのよ」
彼は端正な顔立ちだけど、人をなごませ、落ち着かせてくれる不思議な魅力に満ちている。
黒衣のファイター。彼が青い鎧に身を包むのはいつなんだろう?
わたしはそんな日が早く来ればいいなと思った。
そういえば……。
わたしは黒衣のファイターをもう一人知ってる。
クレイ・ジュダと同じ黒衣の魔法戦士ギア・リンゼイ。年もほとんど変わらないし、彼も黒髪が印象的だ。
柔らかく優しい雰囲気のクレイ・ジュダと、鋭くて一見怖そうなギア(ホントはすごく優しい人だけど)。雰囲気は正反対かな。
キスキンで別れて以来、結局すれ違いばかりで会えなかったけど。
彼にも二度と会えないんだなぁ。
「パステル?どうしたんだ?」
「ん。わたしね。すごく遠いところからここへ来たの。たぶんもう帰れないんだと思う。それでもう会えない人のことを思い出してたんだ」
「また会えるさ。どうしてそんな風に思う?」
「100年後だからだよ?」
「え?」
「わたしは100年後の世界から……、ここに来ちゃったの」
「……」
クレイ・ジュダは口元に手を当てて何かを考えこんだ様子で黙り込んでしまった。
そりゃそうよね。普通信じられないもの。
わたしだって、たまたま出会った相手が彼じゃなかったら、とても信じられなかった。
「帰れるんじゃないか?」
突然、クレイ・ジュダが口を開く。
「へ?」
「ここへ来れたってことは帰る方法もあるんじゃないか?」
まったく考えてなかった。確かに彼の言う通りかも。
もしかしたら何か方法があるんじゃないだろうか?
「あ、あの?わたしの話……、信じてくれるの?」
「ああ、不思議な話だけど。パステルが嘘をついてないのは君の目を見ればわかるよ」
「クレイ……!」
何だか胸がいっぱいになる。わたしは本当のことを彼に話したことで少し心が楽になったんだ。
「どうだろう?パステルさえよければ一緒に旅をしないか?何か手がかりが見つかるかもしれないし」
「わたしでいいの?」
「いいさ」
「わたしはマッパー兼詩人だから戦闘の役には立てないし、マッパーなのに方向音痴だし……、一応ショートボウとショートソードは使えるけど。あと生活費を稼ぐ小説は書けるよ。ああ、でもレベルも低いし……」
うう。わたしってば、いいとこなしじゃない。
「大丈夫。誰だって最初はレベルが低いだろう?それに君はまだ17歳だ。これからだよ。自信を持って」
「ありがとう……!」
「パステル」
クレイ・ジュダはわたしの前にひざまずき、うやうやしく手を取った。
「何があっても……、おれがパステルを守るから」
もう限界だった。わたしは胸がいっぱいになって涙がわーっと湧いて出てきてしまった。知らない世界ですごく不安になってる上にこんなに優しくされちゃったら……、泣くなというほうが酷でしょ。
クレイ・ジュダはそんなわたしをぎゅっと抱きしめ……、そして、唇を合わせてきた。
それはまるで、わたしの不安をすべて受け止めてくれるような優しいキス。
わたしの二人目のキスの相手もまた黒衣の魔法戦士だったんだ。
青白い月明かりだけが差し込むこの部屋で、わたしたちはベッドに倒れ込んでいた。
一人用の狭いベッドも抱き合って密着してるわたしたちには関係なかった。
黒い服を脱ぎ捨てたクレイ・ジュダの体は隆々とした筋肉とまではいかずとも、長年の過酷な冒険生活を物語るように引き締まっていた。
彼がレベル16になるまでには数え切れないほどの戦いがあったんだろう。
「ん……っ」
彼の舌がわたしの唇を割り侵入してくる。一糸まとわぬ姿を男の人に見せたことも、裸で抱き合ったことも、すべてがわたしにとっては初めての体験だった。
まだ男の人を知らないわたしの体を、彼の大きな手は優しく愛してくれる。
「パステルは初めてだろう?」
優しい鳶色の瞳。彼はその瞳でわたしのすべてを見ようとしてる。
「うん……」
「優しくするから……」
そう言って、クレイ・ジュダはわたしの手を取り、キスをした。
こういうときも騎士なんだなぁと感心しとしまう。
「ぁあ……っ」
繊細で少しクレイ似た端正で美しい顔立ち。その唇がわたしの体中を丁寧に愛してくれる。
「ゃぁん……っ」
クレイ・ジュダの指先に、唇に、誘われるように、わたしは甘い声を上げる。
時おり、繰り返されるキス。
そのキスが初めての行為に不安になりそうなわたしの心をほぐしてくれた。
「パステル……」
彼が再びわたしの手を取る。またキスされるのかなと思ったんだけど。
彼はわたしの指に唇を寄せて、一本づつ舌で舐め上げたり、口に含んだりした。
まるでゆっくりとわたしを味わい食べるように。彼の清廉とした雰囲気と、強く性的なものを感じる動作があまりに不釣り合いで、その光景はとても美しかった。
彼は形のいい唇をわたしの手首に這わせキスをし、肘のカーブのなぞるように舐めた。
そのまま肩まで到達すると、鎖骨をなぞり、首筋を優しく這わせ、耳たぶを咬む。
そして、優しく唇と唇を合わせ、最後に舌を絡ませた。
頭がぼーっとしてくる。
「溶けちゃう……」
「ああ、溶け合うか……?」
わたしは鈍感だけど、クレイ・ジュダの言葉の意味はわかった。
だから、
「いいよ。クレイ……、来て?」
月明かりが床に映し出す二つの影が一つになり、それは果てるまで激しく揺れ動いていた。
翌日、わたしたちは必要なものを買い揃えると村を出た。
とりあえず、わたしたちの旅はクレイ・ジュダが今引き受けている仕事が終わり次第、セルマーという街に向かうことにした。そこで、わたしは冒険者試験を受け直すつもりなんだ。
元々の時代の冒険者カードは使えないからね。
わたしは昨夜のことがあって……、この時代で生きていく決心をした。
もう来ちゃったものはしょうがないもん。
なんて言いつつ、わたしはクレイ・ジュダに恋をしてしまったんだと思う。一度寝ただけで、別に彼から好きだと言われたわけではないけど。
それでも。
とりあえず、わたしは彼のそばにいれるわけだし。
ま、悪くないんじゃない?
楽観的なのは、わたしの長所だもん。
その日の夜は野宿をした。
小さくパチパチと鳴る焚き火の音。
まるで星が降りそうな夜。
柔らかな草の上に彼の黒いマントを敷いて、わたしたちは愛し合った。
黒いマントの上のクレイ・ジュダはわたしにとって地上の星。
こんな詩人らしいことを考えられるようになったのは恋をしているせいかもしれない。
行為が終わっても、わたしたちは寝転んで、星空を見上げていた。
ぎゅっと、つないだ手が暖かい。
わたしの時代にも今輝いてる星は見えるんだろうか。
「パステル?また元の時代のことを考えてるのかい?」
「えっ?そんなことないわよ」
「嘘をつかなくていい」
「うん……、ごめん」
「謝ることはないさ」
「でも……」
「もしそうなっても受け止める覚悟はしてるよ」
クレイ・ジュダの鳶色の瞳が少し寂しそうにわたしを見つめる。
「わたしがいなくなっても……いいの?」
「……」
彼は何も答えてはくれなかった。
それからは会話もなく、ぼんやりと星を眺めていた。
「パステル」
「なぁに?クレイ」
彼をクレイって呼ぶことにも慣れてきちゃったなぁ。
「もし……、このままだったら」
「ん……」
「一緒にドーマに帰ろうか」
「……!」
言葉は時として無意味になるものだ。
わたしたちは強く強く抱き合って、満天の星空の下、キスをした。
街道から森を抜け、近道を行く。
本当はマッパーのわたしがしっかりしなきゃいけないんだけど、すべて彼に任せた。
「うー。ごめんねー」
「気にしないで。おれのほうがここらへんは詳しいからさ」
クレイ・ジュダは端正な顔に優しい微笑みを浮かべる。
ああー。なんてかっこいいんだろう。
すごくかっこいいのに繊細な顔立ちのせいか、圧倒されるというよりも優しくふんわりした気持ちにさせられる。
「わたしにも何かできないかなぁ」
何か彼の役に立ちたい。
「昨日の料理、美味しかったよ」
またまた最高の笑顔で彼が言う。
「はは。ありがとう」
「そうだ。パステル。今すぐじゃないけど。おれの冒険を歌にしてくれよ」
「えぇー。わ、わたし、今まで歌なんて……、詩人だけど。おもしろおかしく自分の冒険を小説にするくらいしかできないよ?」
「そうか。どうしても無理なら小説でもいいけど。せっかく詩人なんだし、たまには歌もいいんじゃないか?」
「そうだなぁ」
「別にみんなに聴かせなくったっていい。おれのために歌ってくれないか?」
「……うん」
なんだか感無量。こんなことになってしまったのに。
クレイ・ジュダ、彼さえいればわたしは幸せな気持ちでいられる。
「あっ。パステル。ちょっと待っててくれよ」
彼はそう言うと、草むらに入って行った。
「はい。プレゼントだよ」
数分後、戻ってきた彼が手にしていたのは、すごく綺麗な青い花だった。
彼はわたしの前にひざまずき、花を渡してきた。
「わー。きれー。ありがとう、クレイ」
騎士の振る舞いにも綺麗な花にも心がときめく。
「ブルースターって花だよ」
「星に似てるから?」
「だろうね。おれはこの花がすごく好きなんだ」
すごく綺麗な青い花。
青の聖騎士によく似合うわよ?わたしは心の中で囁いてみた。
「わたしも好き」
「おれはパステルが好き」
ちょ、ちょっと!!!
「クレイってば……」
唐突に話題を変えたクレイにどぎまぎする。
だって、だって。初めて好きだって言ってくれたんだもん。
もぉー。嬉しいんだってば。
黒衣の魔法戦士。
彼が青の聖騎士と呼ばれるのを、わたしは彼のそばで見守ろう。
そして歌を捧げよう。彼の冒険の歌を。
わたしは改めて決意した。
「そうだ。パステル。この花の花言葉を知ってるかい?」
「えーっと?何だろう?」
「100年後も君を守り続ける」
「うそー」
「うん。うそ」
ガクッ。さらりとだまさないでよ。
「ちょっとぉぉぉー。クレイ?」
「今、おれが考えた。それじゃダメか?」
「!!!!!」
ああ。もぉー。
顔が熱いぞ。わたし、絶対真っ赤になってる。
「パステルはかわいいな」
そっと唇を重ねる。冒険中なのに。
はぁぁぁ。幸せ。
もう帰りたくないってば。
ずっとずっとこの時間が続けばいい。
「そろそろ行こうか」
「うん!……あれ?」
「どうした?」
「青い蝶々……」
あれれ?どこかで見たような?
な、なに?
意識が、闇に吸い込まれていくみたい……。
怖いよ……!
クレイ!助けて!
「クレイ!!!!!」
「うわっ」
びっくりした顔でわたしを見つめる鳶色の瞳。
黒衣の魔法戦士ではない……、竹アーマーのクレイ、だ。
「おまえ……、もう大丈夫なのか?いや、大丈夫そうだよな。いきなり叫ばれて耳が痛いんだけど。夢でも見てたのか?」
「え……。どういう……?」
「おめぇは蝶々がどうのって言って、蝶々を追いかけただろ?そしたら気を失ってこのざまだ。3日だ、3日。おめぇは眠り続けて目を覚まさなかったんだぜ。まったく……、運ぶ方の身にもなれっつーの!」
トラップの憎まれ口なんて、もはやどうでもよかった。
すべては夢……なの?
「パステル、体は大丈夫ですか?我々は蝶々を見てないので何とも言えませんが、蝶々の中にはたちが悪いやつがいまして。蝶々というか、りんぷんが問題なんですが。幻覚剤に近い作用でして。そいつらは意識を喪失させて幻覚に近い夢を見せ続けて、そのまま衰弱させ死に至らしめるんですよー。ま、他にも危険なものはいろいろいますからねぇ」
幻覚……?
戻ってきたことは嬉しいはずなのに、この喪失感はなんだろう。
「パステルがあまりに目覚めないから、てっきりその症状かと思いましたよ。無事に目覚めてくれてよかったです」
クレイ……。あんなにリアルな幻があるの?
「パステル?その花どうしたんだ?」
クレイが不思議そうに見つめる。
「えっ!?」
わたしが持っていたのは紛れもなく……、ブルースター。
さっき、クレイ・ジュダからプレゼントされた花だ。
やっぱり夢なんかじゃない!
「パ、パステル!!!見せてください!!!大発見ですよ!!!50年前くらいに絶滅した花なのに!!!あああああ、報告しなければ!!!わたしが預かります!!!」
「ちょっと、キットン!!!やめて!!!やめてよ!!!」
誰にも渡したくない。誰にも触れさせたくない。わたしはそれこそ泣きながら花を守った。
その尋常じゃない様子にキットンも諦めた。
わたしは、クレイからもらったブルースターを大切に大切にノートに挟んだんだ。
そして、わたしたちは無事にシルバーリーブに戻った。
「パステル、ちょっと話をしないか?」
クレイだ。どうしたんだろう?
「なぁに?話って」
「うん。こないだの青い蝶々と青い花のことなんだけど」
「………!」
「おれの曾祖父……青の聖騎士のクレイ・ジュダの話なんだけどさ。ある日、旅の途中で青い蝶々に出会ったそうなんだよ。その蝶々がいなくなったと思ったら、美しい少女が現れて、一目で恋に落ちたんだって」
う、美しい少女……!?
「曾祖父はブルースターに、100年後も君を守り続ける、って言葉を添えてその少女に贈ったらしい。結局、二人は結ばれなかったけどさ」
「……」
「もうなんか伝説の一部で大げさな話かと思ったけど。パステルの花を見て思い出したんだ。しかも、おまえ、青い蝶々を見たなんて言うだろう?この話は家の記録にあるだけでまだ出版されてないから不思議でさ。こないだの花、見せてくれないか?」
わたしは、押し花にしたブルースターをクレイに見せた。
「ふーん。似てるなぁ。俺は絵でしか見たことないんだけど。蝶々も花も実在するなら、もしかして本当の話なのかもな」
「……うん」
クレイ……。やっぱり夢じゃないんだよね?
「花に添えた言葉について思うこともあるんだけど。もしかして、100年後もその人を守れるように、おれに名前を譲ったのかな、なんてさ。ま、それは考えすぎかな」
照れくさそうに笑うクレイ。
「そんなことないよ……!」
「うん。きっとそうなのかもな」
いつもいつもクレイはわたしが考えてることがわかっちゃうんだ。
今もまたクレイにはバレているんだろうか。
「クレイ、あのね!」
「どうしたんだ?」
「わたし、歌を作るよ。いずれは騎士になる魔法戦士の冒険の物語。聴いてくれる?」
クレイ、あなたの子孫に約束の歌を歌ってあげる。きっと聴いてね?
「楽しみにしてるよ」
鳶色の瞳をきらきらさせて優しく微笑むクレイ。
彼も同じ瞳をしてたんだ。
ほんの短い間だったけど、わたしたちは愛し合った。
もう会えないけど。
胸がいっぱいになって、こらえきれない涙が溢れてくる。
そんなわたしをクレイが優しく抱きしめて、耳元で囁いた。
「100年後の君を守り続けるよ、クレイ・ジュダに代わって」
おわり