ずっと意識がなかったパステルが目覚めたのは、三日後の話だった。 
「クレイっ!!!!!」 
耳が痛いほどの絶叫。 
あいつなんでおれの名前なんか……。 
あのときは、びっくりしただけで何も考えられなかったけど。 
改めて考えると、照れくさいよな。 
でも、それ以上に。 
おれがいろいろ思考を巡らすきっかけになったんだ。 
 
青い蝶。 
実はおれも見たんだ。 
蝶に詳しくないおれでも珍しい蝶なんだってわかった。 
パステルが青い蝶に連れて行かれるみたいにしてパタリと倒れて。 
しかも、あいつが目を覚ます前も、おれは青い蝶を見てる。 
みんなはどっちも見てないんだけど。 
おれだけは、二回とも見てた。 
それも、パステルが倒れたときと、目覚めたときの二回だ。 
まるで、青い蝶と一緒にどこかに行って帰ってきたみたいだよな。 
おれがこんな突拍子もないことを考えるのには理由がある。 
おれの曾祖父で青の聖騎士クレイ・ジュダにまつわる記録のことだ。 
旅の途中、クレイ・ジュダは青い蝶に出会った。その青い蝶がいた場所にいつの間にか美しい少女が倒れていて、彼は一瞬で恋に落ちるんだ。 
一目惚れってやつか。 
愛し合ったにもかかわらず、二人は結局結ばれなかった。 
100年後も君を守り続ける、なんて言葉まで贈ったのに。 
そういえば、アルテアにこの話を聞かされたのが最初だっけ。 
お前もクレイ・ジュダの名前を受け継いだんだから、こんな恋をしてみろとか、こんな言葉をプレゼントしてみろって。 
ま、兄さんらしいよな。 
クレイ・ジュダは強いだけじゃなくて、ロマンティストだったんだろうか。 
しかも、絶世の美男子……。 
同じ名前なのにまったく違うタイプだ。 
はは……。 
話を戻そう……。 
クレイ・ジュダは、その言葉を贈ったとき、ブルースターって花に言葉を添えたんだそうだ。 
ブルースター。 
今はもう絶滅した花。 
そして、目を覚ましたパステルがなぜか手に持っていた花……。 
青い蝶に導かれて出会い、青い蝶と共にクレイ・ジュダの元を去っていった美しい少女。 
金色の長い髪、明るい瞳、見てるだけで元気になれる笑顔。 
クレイ・ジュダが愛した人。 
もやもやする……。 
青い蝶といなくなって、青い蝶と帰ってきたパステル。しかも、手にはブルースターを持って。 
クレイ・ジュダの話とは逆だけどさ。 
ま、言ってみればおれ自身クレイ・ジュダとは逆だよな。 
神の加護がついてるかのようだったクレイ・ジュダと不幸のクレイと呼ばれてるおれ。 
ははは。我ながら悲しくなってきたぞ。 
でも、逆とは言え、こんなに似たキーワードが揃うと気になるんだ。 
目を覚ましたパステルは、ブルースターを大事に大事にしていた。 
シルバーリーブに戻るまでの野宿の夜。 
あいつがブルースターを見つめながら泣いていたのを実は知っている。 
あまりに寂しそうな、つらそうな、あいつにおれは何もできずに、見張りの交代の時間まで寝たふりをしてしまった。 
シルバーリーブに帰ってきてからも、ぼんやりしていることが多い。 
元からぼーっとしたとこはあるけどさ。 
あいつは少し変わったなと思う。 
前にもこんなことはあったけど。 
そう、あれはプロポーズまでされたギアと別れたあとだ。 
ギアがパーティーから離れてしばらく、たまにだけど、せつなそうにしてるパステルがいた。 
でも、ここまでではなかったよな。 
他にも変わったことがある。 
「あのね、クレイ。わたしが眠るまで手を握ってて欲しいんだけど」 
と恥ずかしそうにパステルが言ってきたことだ。 
おれは心配だからもちろんそうしたけどさ。 
だけど、おまえらしくないぞ? 
そう思いながらも、毎晩そうやって寝つかせるのが日課になりつつあった。 
そして、昨日の夜のことだ。 
「クレイ……。一緒に寝てくれないかな?」 
それはさすがにどうかと思ったけど。 
あまりに寂しそうに、おれを見つめるパステルを放ってはおけなかった。 
もちろんみんなに、パステルが心配だから今夜はそばにいるって、言ってからそうしたんだ。 
だけど、一緒にベッドに入ったパステルはすごくせつなそうな顔でおれを見つめてきて。 
おれはパステルを思わず抱きしめてしまった。 
パステルの体は柔らかくて暖かくて抱き心地がよくて……女の子なんだなって思ったんだ。 
そして、ずっとおれの胸の奥にある暖かなものが何だかわかった気がした。 
もちろん、寝ただけで何もしていないと言いたいところだが……。 
パステルが眠ってから、そっとキスをしてしまった。 
ほんの一瞬、軽く触れるキス。 
だけど、ぬくもりや感触はずっと残っていて……。 
おれはドキドキして眠れなかったんだぜ? 
そんな気持ちのまま、朝まで腕の中にパステルを抱いてたんだ。 
おまえも罪なことするよな。 
だけど、その反面、頼られているのは嬉しかった。 
 
今朝、ドーマの実家から届いた手紙。 
これはドーマの印刷所でクレイ・ジュダの青い蝶にまつわる記録を写してもらったものだ。ブルースターの絵もある。 
話はやはりおれが記憶していた通りだし、ブルースターもパステルが持っていた花で間違いないだろう。 
あとでパステルのところに行って確認しよう。 
青い蝶とブルースター。 
どういうことなのか。 
おれの中ではかなり前から結論がでているけど。 
あまりに現実味がない結論が自分でも信じられない。 
とりあえず、クレイ・ジュダの話をしてみよう。 
なぜか心が通じあってしまう、おれとパステルだ。 
もしも、本当にそうなら……。 
おれにはわかると思う。 
パステルにもわかるだろう。 
そして、大切な言葉をあいつに伝えたい。 
 
青の聖騎士クレイ・ジュダ。 
あなたはわかっていたんじゃないだろうか? 
おれがこうすることを。 
だから、100年後も君を守り続けるって、言葉を贈ったんじゃないだろうか? 
窓から外を見ると、雲一つない青空が広がっていた。 
その空に向かって、おれはそう語りかけた。 
庭に日干ししている竹アーマー+1が風に揺られてカランコロンと鳴っている。 
涼やかな音に思わず苦笑いしてしまうけど。 
パステルがいつか励ましてくれたっけ。 
クレイはクレイ、それでいいって。 
おれはおれのままで、おまえと向き合いたいと思う。 
パステルに会いに行くか。 
 
おわり 
 

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