何で……こうなっちゃうの。  
 ベッドが一つと机が一つしか無い狭い部屋。  
 その中で、わたしとトラップはじーっと見つめあっていた。  
 わたしとトラップだけ。他には誰もいない部屋。  
 トラップの目は、怖いくらい真面目。いつものふざけた調子なんか全然無い。  
 二人ともパジャマ姿で、ベッドの上に正座してる姿は……きっと、どう見ても、親密な関係の二人、 
に見えるよね……  
 ああっ、もう、本当にどうしてこんなことになっちゃったんだろう!!  
   
 わたしの名前はパステル。冒険者で、詩人兼マッパーっていう職業についてるんだ。  
 今日は、パーティーのみんなで、ある洞窟を攻略するクエストに出かけたんだけど……  
 実はわたし、マッパーのくせに、すごい方向音痴なんだよね。  
 今回だって、洞窟そのものはそんなに複雑な作りじゃなかったのに、わたしのマッピングがまずかっ 
たせいで、思いっきり道に迷ってしまって。  
 本当なら、昼過ぎに出発して夕方には帰れるくらいの短いクエストになるはずだったのに、やっと洞 
窟を脱出した頃には、もう完全に日は落ちてしまっていた。  
 ううっ、自己嫌悪。わたしってどうしていつもこうなんだろう?  
「ったくなあ! おめえって奴はいつになったら進歩すんだよ!!」  
 この乱暴な物言いはトラップ。盗賊で、口が悪くてトラブルメーカー。おひとよしな我がパーティー 
の中では、唯一の現実主義者でもあるんだ。  
 でも、彼が怒るのも無理は無い。わたしは最初に、注意されてたんだから。  
 「今回の洞窟、どこもかしこも似たような景色だから、ちゃんとマッピングしとかねえと迷うぞ」っ 
て。  
 ちゃんと……やったつもりなんだけどなあ。はあっ。  
 
「ごめんなさい……」  
「けっ、ごめんですみゃあ、世の中争いごとなんか起きねーんだよ。ったく。もう真っ暗じゃねえか。 
早いとこ宿に帰るぞ」  
 わたしの謝罪を一刀両断して、トラップはさっさと歩き出した。  
 ……確かにわたしが悪いんだけどさ。先頭を歩いていたトラップには、かなり迷惑かけたけど。  
 そんな言い方、しなくたっていいじゃない……  
 はあっ。  
「パステル、そんなに落ち込まなくても。次にがんばればいいんだから」  
 にこにこしながらわたしを慰めてくれたのはクレイ。  
 パーティーのリーダーで、王子様みたいな正統派美形、おまけにすごく優しい。  
 ただ、パーティー全員分の不幸を一身に背負ってるんじゃないかって思えるくらい、運が悪いのが難 
点なんだけどね。  
「けっ、甘えなあクレイ。そうやって甘やかすから、いつまで経っても進歩しねえんだろうが」  
「だけど、パステルはパステルなりに頑張ってるじゃないか。そんなにきつい言い方しなくても」  
「甘い! 甘い甘い甘い! 努力なんてなあ、できねえ奴はするのが当たり前なんだよ! 俺だってお 
めえだって、ルーミィだってキットンだってノルだって、他の冒険者だってみーんなできねえことをで 
きるようになるまで努力してんだろ。  
 それとも何か? おめえはこの世の中で努力してんのがパステルだけだとでも言いてえのか?」  
「い、いや、そんなことはないけど……」  
「だろ。努力なんてなあ、してるからって褒められるようなことでも免罪符になるようなことでもねえ 
んだよ! 結果が伴わなくちゃ意味がねえんだから」  
 ここまで言われると、さすがにクレイも言い返せなくなったみたい。  
 トラップの言うことは、全くその通り。努力してるからできなくても許して、なんて、ただの甘えだ 
よね。  
 厳しいけど、言ってることは正しいよ。……次は頑張ろう。  
「ごめんね。クレイ、ありがとう。トラップの言うとおりだよ。今回はわたしが全部悪かったんだから。 
次は、ミスしないように頑張るから。……迷惑かけてごめんね」  
 わたしが言うと、トラップは「けっ、わかってんならいいんだよ」と言って先に行ってしまった。  
 
 ……わたしのため、を思って言ってくれてるんだよね。多分。  
 クレイとはやり方が違うけど、トラップだって十分優しいよね。ありがとう。  
 ……できればもうちょっと柔らかい言い方をしてくれると、もっと嬉しいんだけどね。ううっ。  
   
 そんなことをしているうちに、どうにかこうにかふもとの村までたどり着いた。  
 わたし達がいつも拠点にしてるシルバーリーブとは違う村。  
 本当は、クエストをクリアしたらそのままシルバーリーブに戻るつもりだったんだけど、あんまりに 
も遅くなったから、今日はこの村に泊まることになったんだ。  
 正直言ってかなり嬉しかった。歩きすぎて、足なんかもうぱんぱんに腫れちゃってたんだもん。  
 ちょっとお財布的には苦しいけど、幸いなことに今回のクエストでちょっとした財宝なんかも見つか 
ったし。ま、一晩くらいなら何とかなるでしょう。  
「すいませーん、泊まれますか?」  
「はいはい。大丈夫ですよ」  
 その宿は、みすず旅館よりはちょっと高いけど、エベリンの宿に比べるとちょっと安いっていう程度。  
 そのかわり、大きな建物で天井も高く、ノルも泊まって大丈夫ってことだった。  
 これには、ノルもとっても嬉しそうだった。彼は身長2メートルを超える巨人族の一員で、普通の宿 
では断られて納屋や馬小屋で泊まることが多いんだよね。とっても優しいいい人なんだけど。  
 わたし達はちょっとの間相談して、お財布の関係から、小さい部屋を一つと大きい部屋を一つ借りる 
ことにしたんだ。  
 小さい部屋は一人部屋だけど、わたしとルーミィ、シロちゃんの三人でなら何とか一つのベッドで寝 
れるし。  
 大きな部屋は、セミダブルベッドと大きなダブルベッドが置いてあるから、ダブルベッドにノルとキ 
ットンが寝て、セミダブルでクレイとトラップが寝る、ってことになった。  
 本当は、二人一部屋とか一人一部屋借りれればいいんだけどね。貧乏は辛い。  
 そうして、わたし達は宿で一泊することになったんだけど、その前に、この後のことを話し合おうっ 
てことで、大きな部屋に一度みんなで集まることにしたんだ。  
 
「じゃあ、とりあえず明日にはシルバーリーブに戻るとして。その後だけど、今回のクエストでちょっ 
と懐に余裕ができたんじゃないか?」  
「うん。この宿代を払っても、まだしばらくは大丈夫な程度にはね」  
 クレイの言葉に答えたのは、パーティーのお財布を握っているわたし。  
 何しろ、うちのパーティーは色んな意味で金銭的にずれた人が多いからね。誰かがしっかり握ってお 
かないと、たちまち宿代にも困ることになっちゃうんだ。  
「へー。なあパステル、それを俺に預けてみる気ねえか? 何倍にも増やして返してやっから」  
「駄目!」  
「ちぇっ、ケチ」  
 例えば、ギャンブル大好きなトラップとかね。  
 本当、ちょっと余裕があるからって、のんびりなんかしてられない! 買わなきゃいけないものだっ 
て色々あるし。  
「あのね、ポタカンの油とか非常食とか、大分減っちゃってるからちょっと買い足した方がいいんだ」  
「あー、私の薬草もちょっと補充が必要ですね」  
「ふんふん。もうすぐ寒くなるから、防寒具も準備したいしなあ」  
 というようなことを話しているうちに、夜はとっぷりとふけていった。  
 買うものをリストアップして、今後の宿代なんかも考えた後の残りをみんなのお小遣いとしてわける 
ことにして……話し合いが終わったのは、もう寝る時間になる頃だった。  
「よーし、じゃあこんなところでいいか」  
「やっとかよ。あーねみいねみい」  
「ゆっくり休んで、明日には出発だから寝坊しないようにな!」  
 クレイの言葉に、わたしは自分の部屋に戻るため立ち上がった。  
「ルーミィ、さ、もうね……」  
 もう寝ようね、と声をかけようとして、思わず固まってしまう。  
 さっきの話し合い。主にクレイとわたし、キットン、たまに茶々を入れるトラップの四人で話してた 
んだ。  
 ルーミィにはまだお金がどういうものかもよくわかってないからね。こういう話し合いのときには、 
シロちゃんやノルに遊んでもらっているのが常なんだけど……  
 振り向いたら、ルーミィはノルの腕を枕にして、シロちゃんと一緒にダブルベッドですやすやと寝て 
いた。  
 ああ、疲れたんだろうなあ。今日は随分歩いたもんね。  
 
 それはいいんだけど。  
 ルーミィの手は、ノルの服をしっかりとつかんでいて、離しそうになかった。わたしと寝るときも、 
しっかり抱きついてなかなか離れないもんね。まだお母さんやお父さんが恋しい年頃だから。  
 ノルが困ったような顔で何とか離そうとしてるんだけど、無理に引き離すとルーミィが起きちゃうか 
もしれないし。なかなかうまくいかないみたい。  
「あー、これは、仕方ないですねえ。いいんじゃないですか? 今日はルーミィとシロちゃんはそこで 
寝てもらえば」  
 そう言ったのは、本来ノルと一緒に寝るはずだったキットン。  
「キットンはどうするんだ? 床ってわけにはいかないだろ」  
「え、私が床ですかあ? ぎゃっはっは。それはできれば遠慮したいですねえ」  
 クレイの言葉に、キットンは例のバカ笑いをした後言った。  
「ノルはダブルベッドでしか寝れないんだから、後の四人でセミダブルベッドと一人部屋のベッドに別 
れて寝ればいいんじゃないですか? 何とかなるでしょう。普段の野宿に比べれば絶対マシですって」  
 まあね。わたし達、普段は地面に毛布ひいて雑魚寝したり、一つの部屋に六人で無理やり泊まったり 
してるもんね。確かにそれに比べれば、ベッドがあるだけマシだと思う。  
 それに、今日は本当にみんなよく歩いたから、誰か一人でも「床で寝ろ」っていうのはかわいそうだ 
し。  
 ……って、待ってよ。  
「ええっ!? それって、わたしも、クレイかトラップかキットンと一緒に寝るの!?」  
 うーっ、ちょっと待ってよ。それはいくら何でも……わたし、一応女の子なんだよ?  
「じゃあパステル、あなた床で寝ますか?」  
 そう言うと、キットンは無表情にきついことを言ってくれた。  
 ううっ……確かに、みんなが疲れてるのは、わたしのせいだよね。床で寝るとしたら、わたしかなあ 
……  
 せっかくベッドで寝れると思ったのに……  
「いくら何でも、それじゃパステルがかわいそうだよ。パステル、俺が床で寝るから、ベッド使ってい 
いよ」  
 こう言ってくれたのは、もちろんクレイ。ううっ、優しいなあ……  
 って駄目駄目!! クレイだって、モンスターと戦ったりルーミィをおんぶしたりで随分疲れてるは 
ずだもん! 床で寝てなんて言えない!  
 
「い、いいよクレイ。悪いから……」  
「そーそー。甘やかすなってクレイちゃん。大体、こんな出るとこ引っ込んで引っ込むとこが出てる女 
なんか、一緒に寝たって誰も何もしやしねえって」  
 わたしが慌てて言うと、後ろから口を挟んできたのはトラップ。  
 きいいいい、悪かったわねっ!!  
 わたしが思わずトラップをにらみつけると、彼はさっと目をそらして口笛を吹くふりなんかしていた。  
 ……と。  
「じゃあトラップ、あなたがパステルと一緒の部屋でいいですね」  
 再び、キットンがさらっときっついことを言ってきた。  
 その言葉に、トラップの背中が強張る。  
 ええええ!! 何でよー!!  
「いやあ、わたしにはスグリという愛する妻がいますから、例えパステルとは言え、女性と二人きりと 
いうのはちょっと」  
 た、例えパステルとは言えって……あのねえ。  
「だけど、あの小さいベッドではクレイの体格ではきついでしょう? そうしたらトラップとパステル 
しかいないじゃないですか。幸い、トラップは何もしないとたった今宣言しましたし」  
 そう言って、再びぎゃっはっはと笑うキットン。  
 何がそんなにおかしいのよう……  
「で、でもでも!」  
「何もしませんよねえ、トラップ」  
「へ? お、おう。誰がこんな色気のいの字もねえ女を襲うかって」  
「ほら、問題無いそうです」  
 反射的に言い返すトラップの言葉を受けるキットン。  
 い、色気のいの字もなくて悪かったわねー!!  
 そんなわけで、「もう眠いから寝ます」というキットンの言葉に追い出されるように、わたしとトラ 
ップは一人部屋に移動したのだった。  
 
 一人部屋は狭い。ベッドと机しかなくて、床に荷物を置いたら、もう歩くスペースもほとんど無いく 
らい。  
 当然、寝るスペースも無い。ベッドの上しか。  
 ……ううっ。本当にここでトラップと一緒に寝るの?  
「けっ、しょうがねえなあ。今夜一晩、我慢すっか」  
 そう言うと、トラップはどかっとベッドに腰掛けて、上着を脱ぎ始めた。  
 ……って。  
「きゃあああああああ!? ちょっと、着替えるなら外で着替えてよ!!」  
「ああ? んだようっせえなあ。いいだろ別に」  
「よ、よくないわよ! わたしだって着替えたいもん!!」  
 普段、わたしは寝るときにはパジャマに着替えてる。やっぱり、1番楽だもんね。  
 トラップも、寝るときはだぶっとしたシャツとズボンに着替えてることが多いんだけど。  
 いくら何でも、目の前で着替えないでよ! もーっ、色気のいの字もなくたって、わたしだって女の 
子なんだから!  
 わたしが騒ぐと、「けっ、うっせえなあ」とか言いながらトラップは一度外に出た。  
 その間に、パジャマに着替えて寝る準備を整える。  
 ……はあっ。我慢、我慢よパステル。今夜一晩の我慢!  
「おーい、もういいか。廊下さみいんだけど」  
「あ、ごめん。いいよー」  
 季節は秋。昼間はそうでもないけど、夜や朝は結構冷えるもんね。  
 そう考えると、やっぱり、床で寝ろっていうのは可哀想だよねえ……キットンのこの案は、なかなか 
的を射ていたかも。  
 わたしが答えると、トラップはいつもまとめている長めの赤毛をほどきながら部屋に戻ってきた。  
 その格好は、既に寝る準備万端。  
「そ、それじゃ、もう遅いから寝ようか。疲れてるでしょ? それに寒いし」  
「……おう」  
 ううっ、声が震えるっ……よく考えたら、トラップと一緒に寝るのは別に珍しくないけど、二人だけ 
で寝るのは初めて……なんだよね。  
 だ、大丈夫大丈夫! 何も起こるわけないって。だってわたしとトラップだよ?  
 
 わたしは部屋の明かりを消すと、平静を装いつつベッドにもぐりこんだ。  
 すぐに、隣に誰かが横たわる気配。  
 ルーミィやシロちゃんとは全然違う、大きな体格。  
 もともと一人用のベッドだもんね。トラップはかなり細身だけど、わたしだって決して太ってる方じ 
ゃない、と思うんだけど、やっぱり狭い。  
 自然、落ちないようにするためには、かなり密着する必要があるわけで……  
 ……ど、どうしよう。疲れてるのに……寝れないかも……  
   
 それからどれくらいの時間が過ぎたのかはわからないんだけど。  
 しばらく、わたしは壁とにらめっこしながら、身体を強張らせていた。  
 ちょっとでも動くと、トラップの身体に触れる。それが気になって、身動き一つできなかったのよ!  
 だって……ねえ。普段全然意識することはないんだけど、こうして物凄く間近で触れると、やっぱり、 
かたい胸とか、意外とたくましい腕とか、嫌でも「ああ、男の子なんだなあ」って思えちゃうし。  
 それに、トラップって、普段クレイの影に隠れて目立たないけど、結構綺麗な顔立ちしてるんだよね。 
クレイみたいに優しそうっていう雰囲気はあまり無いけど、シャープな顔立ちって言うのかな?  
 ……って駄目駄目!! そんなこと考えてたら余計寝れなくなっちゃう!!  
 身体はすごく疲れてるのに、頭だけ妙に冴えている状態で、わたしはしばらくじっとかたまっていた 
んだけど。  
 同じ体勢を続けていると、どうしても肩とか腕とかが痛くなっちゃう。  
 ……寝返り打ちたいなあ。……でも、うったら、トラップと向き合うことになる……よね……  
 いっ、いやいや。トラップだって、もしかしたらわたしに背を向けてるかもしれないじゃない! 後 
ろ姿なら、そんなに気にすることもないよね。  
 それに、もう寝てるに決まってるもん。その証拠に、あの黙っていることの方が少ないトラップが、 
さっきから何も言わないし。  
 よーし。  
 覚悟を決めて、わたしはそろそろと寝返りを打った。ずーっと身体の下になっててしびれた腕をふり 
ながら、ごろんと逆方向を向いて……  
 そこで、ばっちりトラップと目が合ってしまった。  
 ……きゃああああ!? お、起きてる!?  
 
「と、トラップ! まだ……起きてたのっ!?」  
「っ……お、おめえこそっ……」  
 わたしも驚いたけど、トラップも相当驚いたみたい。  
 だって、本当に目と鼻の先にあったもんね、お互いの顔が。  
 ううっ、気まずいっ……  
「な、何よ。眠いんじゃなかったの?」  
「……や、それはだなあ。お、おめえこそ、何で寝てねえんだよ」  
「わ、わたしはっ……」  
 い、言えるわけないじゃない! トラップのことを意識して緊張してましたなんて!!  
 何か言い訳が無いかなって一生懸命考えたんだけど、結局、思いつく前に、  
「ははーん。さてはおめえ、俺があまりにもかっこいいから意識して眠れなかったんだろ?」  
 と、トラップに限り無く図星に近い答えを言われてしまった。  
 ……で、でも、かっこいいからってわけじゃないもん。隣に寝てたのがたとえキットンでも、多分同 
じ状態になったもん! 多分。  
「な、何言ってんのよー、自意識過剰なんだから。トラップこそ、色気のいの字もないなんて言ってお 
きながら、わたしが気になって眠れなかったんじゃないの?」  
「なっ……」  
 それは、ほとんど悔し紛れで言った台詞なんだけど。  
 そう言うと、珍しいことに、トラップは真っ赤になって口ごもった。  
 ……あれれ? もしかして、本当に?  
「へー、そうなんだ。ふーん。ねえ、わたし床で寝ようか? このまま眠れなかったらトラップがかわ 
いそうだし」  
「ば、ばーか。おめえこそ自意識過剰だっつーの。誰がおめえみてえな出るとこひっこんでひっこむと 
ころが出てる女なんか。そんな台詞はな、男を誘う技の一つでも身につけてから言えっつーの!」  
 なっ、なっ、何よー! そこまで言わなくたって……って……  
 お、男を誘う技って……な、何言ってるのよ!!  
 
「や、やらしいわね! 何てこと言うのよっ!」  
「お? わりいわりい。おめえみてーなガキにはちっと刺激が強かったか? ま、安心しろって。おめ 
えみてえなお子様、例え誘われたって俺の方がその気になんねえから」  
 くっ、悔しい――っ!!  
 そりゃあ、わたしはそんなに胸も大きくないし美人でもないけどっ……そ、そんな言い方しなくたっ 
ていいじゃないっ!!  
「そ、そんなこと言って! わたしだってやろうと思えばそれくらいできるわよっ!!」  
「ああん? んじゃやってみ。ほれほれ。ファーストキスだってすませてねえお子様が無理すんなよ」  
 っ……ふぁ、ファーストキスくらい終わってるもん!  
 ……ただ、あっという間だったから、よく覚えてないんだけど。  
 ほら、あのキスキン国の王女様ミモザ姫とのクエストで、協力してくれたギアっていうファイター。  
 あの人と、別れ際にちょっと……ぷ、プロポーズだってされたんだよね、そういえば。  
「す、すませてるわよっ!」  
「あん?」  
「ファーストキスくらい、経験してるって言ってるの!! ば、バカにしないでよっ。わたしが本気に 
なったら、トラップなんか……」  
 わたしがそう言うと……暗闇の中で、トラップの目が細まった。  
 そのまま、音もなく起き上がると、壁に向かって手を伸ばした。  
 パチン、と音がして、部屋の中にわずかな明かりがともる。  
 ぼんやりと照らし出されるトラップの顔は、かなり真剣。  
「……そこまで言うなら、やってみ。俺を本気にさせてみろよ。ま、どーせ無理だろうけどな」  
「っ……!!」  
 や、やってやろうじゃないのっ!!  
 
 薄ぼんやり照らされる部屋の中。  
 狭いベッドの上に正座して、わたしとトラップはじーっと見つめあっていた。  
 トラップの顔はかなり真剣。……いっそ、いつもの軽い雰囲気でいてくれたほうが、「もーっ、何言 
ってんのよ!」で済ませられたかもしれないのに……  
 こ、ここまで来たら引き下がれないじゃない!!  
 えーっと、えーっと落ち着いてパステル。  
 い、一応、わたしだってそれなりの知識は持ってる。本とか、友達とかの噂話でね。  
 もちろん、実際に経験したことは無いんだけど……  
 ええっと、まずは……  
 ……不思議だよね。よく考えたら、わたし、すごくとんでもないことしてない?  
 だって、もしこれでわたしが本当にトラップを本気にさせることができたとしたら……わたしは、そ 
の後……  
 いくらわたしでも、それくらいのことがわからないほど鈍くはない。  
 だけど……そうなったらそうなったで、いいかも? って思いが、ちょっとだけど確かにあるんだ。  
 トラップだったら……厳しいことばっかり言ってるけど、実は誰よりもわたしのことを考えてくれて 
いるトラップなら、それでもいいかなって……ちょっとだけど、思ってるんだ。  
 わたしは、パジャマのボタンに手をかけた。  
 第一、第二ボタンまで外すと、胸の膨らみがわずかに覗く。  
 その後、ゆっくりとズボンを脱いでから、布団を下に落とす。  
 トラップの目が、じーっとわたしを見つめている。  
 今のわたしの格好は、上半身にパジャマだけ。長めのパジャマだから、長さ的には普段のミニスカー 
トを余り変わらないんだけど……  
 前ボタン式だから、隙間からちょっと下着がのぞいていて、かなり……恥ずかしい。  
「……い、色気も何もない身体で申し訳ないけど……」  
「…………」  
「は、初めてだからっ……下手でも、許してね」  
 
 トラップは何も言わない。だけど、全然目をそらそうともしない。  
 ……そんな、じーっと見つめないでよ……やりにくいなあ。  
 えっと、えっと……  
 わたしは、トラップの目を覗き込むと……ゆっくりと、その頭を抱きしめた。  
 うっ……む、胸がっ……  
 胸がもろにトラップの顔に当たってるはず……た、大して大きくはないけどね。  
 トラップの息が、わたしの胸元に触れて、背筋がぞくっとした。  
 ちょっと……息、荒くなってる? もしかして。  
 これ……誘惑に、なってるのかな?  
 我ながらぎこちない動きでトラップの頭をしばらく撫でた後、わたしは。彼の頬にそっと口付けた。  
 そのまま、唇を首筋まで移動させて……  
「……ねえ。トラップも、服……脱いでくれる……?」  
 耳元で囁くと、トラップは、しばらく躊躇したみたいだったけど、上のシャツをばさっと脱ぎ捨てた。  
 あらわになった上半身。無駄な贅肉とかほとんどなくて、筋肉で引き締まった細い体。  
 首筋から胸元へと唇を移動させる。ぐっ、と力を入れて吸い上げると、彼の胸に、赤い、丸い痕が残っ 
た。  
 ほ、本当にできた……これが、キスマークなんだ……  
 ちらっ、と上目遣いに見上げると、トラップは、何だか苦しそうだった。ぎゅっと目を閉じて、拳を握り締めてる。  
 ……いい、んだよね。これで。わ、わたしだって、やればできるんだよね?  
「……トラップ」  
 名前を呼んで、ゆっくりと体重を預ける。しっかりとわたしを抱きとめてくれる気配。  
 しばらく、わたしはそのまま抱きついていたんだけど。  
 ……や、やればいいのかな? あれ……  
 友達から聞いて、知っていることは知っているあれ。  
 初めて聞いたとき、「嘘っ、そんなことするのっ!?」なんて言い合ってたんだけど。  
 絶対、わたしにはできないなあ、なんて思ってたんだけど。  
 や、やるしかないよね、ここまできたら!!  
 
 トラップは上半身裸の状態で、ちょっと息が荒い。  
 もしかして……と思ったんだけど。  
 わたしは、ゆっくりと、手を……彼の下半身にあてた。  
 びくっ、と背筋を強張らせるトラップ。  
「ぱ、パステル……」  
「……ねえ、これが、大きくなってる……ってこと?」  
 手に触れるのは、とてもかたい感触。  
 ちゃんとズボンをはいているのに、ちょっと見ただけでそれとわかるくらい……膨らんでいる部分が 
ある。  
 ……大きくなってるんだよね。だって、普段からこんな状態だったら、絶対目立つはずだもん。  
 そっか……こんな風になるんだ……  
 わたしは、その部分を、ズボンの上から軽く握ってみた。  
 びくん、とのけぞる身体。ゆっくりと手でさすってみる。そのたびに……ソレは、段々膨らんでくる 
みたいだった。  
「……誘惑、できるでしょう? わたしだって」  
「……くっ……」  
「と、トラップが思ってるほど……わたしだって、子供じゃないんだからっ」  
「……へっ」  
 わたしが言うと、トラップは額に汗をかきつつ、鼻で笑った。  
 どうせ、それ以上のことは無理だろう? そんな目つき。  
 ……バカにされたくないっ!  
 わたしは、トラップのズボンに手をかけた。  
 お父さんの服とか見てたから知ってるもん……ここ、隙間があるんだよね。トイレのとき、ズボンを 
脱がなくてもすむように。  
 その隙間にそっと手を差し入れた。今度こそ、トラップの目が驚きに染まる。  
「お、おめえ……」  
「わ、わたしだってできるもん、これくらいっ……」  
 
 直に触るソレは……かたく、そして暖かかった。  
 先端を指でちょっとさすると、わずかに湿り気を感じる……  
 自分でもわかるくらい、かなりぎこちない動きだったんだけど。  
 わたしは、友達に聞いた通り、ソレを握ったまま、手を上下させてみた。  
「うっ……くっ……」  
 トラップの顔が歪む。すごく何かを我慢してるみたいな、そんな顔。  
  ――男の人はね、触られると感じる……それに、言葉にも弱いんだよ?  
  ――へー、そういうときってどんなこと言うの?  
  ――あのねえ……  
 好奇心だけがやたらと先走ってたあの頃、友達とかわした会話。  
 あのときも、そして今も、意味はよくわからないんだけど……  
「ねえ……したい?」  
「…………」  
「わたしの中に、入れたい?」  
「っ……」  
「いいよ」  
 いいよ。本気でそう思った。  
 わたし……どうしたんだろう? これは、もしかしたら、夢……なのかもしれない。  
 暗い部屋の中で、起きたまま見た、夢……  
「いいよ。トラップなら……いいよ。ねえ……」  
「っ……後悔、すんなよ」  
 つぶやかれたのは、わたしの勝ち、という宣言。  
 そのまま、わたしはトラップに押し倒されていた。  
 ……正直な感想は、気持ちいい、なんて感覚が全然なくて、ただ痛いだけだったんだけど。  
 でも、トラップの身体は、暖かかった。  
 
 
 目が覚めたのは、窓から差し込む光。  
 うーん……眩しいなあ……  
 ぱちっ、と目を開けてみる。目と鼻の先にあったのは、トラップの顔。  
 ――――!!  
 即座に昨夜の記憶がよみがえり、わたしは、真っ赤になってしまった。  
 わっ、わたしってば……なっ、何やってたんだろ!?  
 ど、どうして……  
 一人であたふたしていると、その動きが伝わったのか、トラップもゆっくりと目を開けた。  
「……よお」  
「と、トラップ!? あ、あのねっ、昨日はっ……」  
「……ああ」  
 わたしの言葉に、トラップはにやりと笑った。  
「訂正してやる。おめえは、出るとこひっこんでひっこむところは出てるけど……」  
 まっ、まだ言う!? しつっこいわよトラップ!!  
「けど、お子様じゃねえ。魅力的な女だって……認めてやるよ」  
「と、トラップ……?」  
 トラップが上半身を起こした。それで気づいたけど……  
 わっ、わたし達……二人とも、まだ服着てないっ……!!  
「き、着替えようトラップ。あ、あのね、昨日のことは、その、夢……だったと思って……」  
「ああん? 無茶言うな」  
 トラップの手が、わたしの頬に伸びた。  
 
「何でだか、順番が狂ったみてーだけど……俺、おめえのこと、好きなんだぜ?」  
「……え?」  
 トラップの言葉に、わたしは目を点にしてしまった。  
 え……それって……  
「じゃなきゃ、抱かねーよ。いくら何でも」  
「なっ……」  
「んで、おめえの返事は?」  
 トラップの目は、いたずらっこみたいに輝いている。  
 ……わかってるくせに。意地悪。  
「わたし、好きでもない人に……あんなことするような女に、見える?」  
「いんや。でも、おめえの口から聞きてえ」  
 言う、しかないのかな。  
 順番が逆だよね、本当に……  
「好き、だよ」  
「んー? 聞こえねえ」  
「トラップのこと、好き、だよ!」  
 耳元で叫ぶと、トラップの腕が、わたしの首にまわってきた。  
「ま、ちょっと順番違ったけど……こういうのも、ありじゃねえ?」  
 ありじゃねえ? って聞かれても。  
 実際にあっちゃったんんだから……しょうがないじゃない。  
 トラップの唇を受け止めながら、わたしは、密かにため息をついた。  
 

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