「!!!!!」 
それは一瞬のことだった。 
突然背後から現れた敵にわたしは気づいた。 
いつかキットン族ダンジョンで遭遇した飛ぶエイに似たモンスターが鋭い尻尾でわたしに狙いを定めて……まるでスローモーションのように私の視覚にその光景が入ってきた。 
頭ではわかっているのに恐怖のせいか、体が思考についていけないのか。 
動けない。 
冒険者になったあの日から覚悟はしてた。 
でも、でも、 
いろんな思いが脳裏に巡る。 
「パステルっ!!!」 
鈍い衝撃。 
だけど、それは突き飛ばされて地面に体を打ちつけた衝撃。 
混乱している。 
次に視界に入ったのは、胴体を真っ二つにされてピクピクしている敵の体。 
そして……。 
脇腹のあたりに深々とモンスターの鋭い尻尾が刺さったギアの姿だった。 
ギアはその場に崩れ落ちると、尻尾を引き抜く。 
血が、溢れだす。 
「ギアっ!」 
わたしはギアの体を抱き締めた。 
今まで何度も何度もわたしを助けてくれた魔法戦士。 
強くて、頼ってばかりだった。 
そんな彼が今はとても弱々しく。 
強く抱き締めなくては彼が消えてしまうような気がした。 
(弱気にならないで) 
ふわっと風が囁いた気がした。 
 
シナリオ屋のオーシから、クエストを買ったわたしたちはエベリンに向かったんだ。 
我がパーティーはまたもや財政難。 
もう慣れっこだけど、こんなことに慣れても嬉しくない! 
シルバーリーブと違って都会なエベリンは相変わらず賑やかで道は人々でごった返している。 
わいわい、わぁわぁ、きゃあきゃあ……。 
んもー、すごく賑やか。 
なんだか、頭がぼーっとしてくる。 
人に酔ったのかなぁ? 
と、そのとき「パステル?」 
ぼんやりしてた頭がはっとする。 
懐かしくて、わたしの胸の奥をドキドキさせる低い声。 
まさか……。 
「ギア!」 
キスキンで別れて以来久々の再会だ。 
相変わらず、端正な顔立ちに、研ぎ澄まされた無駄のない体、一見冷たそうだけど、その瞳は暖かいのを私は知ってる。 
彼は私にプロポーズをしてくれたんだ。 
わたしは冒険者であることを選んでしまったけど。 
そして、初めてのキスの相手……。 
きゃーきゃー。胸がドキドキする。 
うー。突然すぎる再会に胸がいっぱいになった。 
「まさかパステルたちに会えるなんてな」 
約一名微妙な反応をしている人は気にしない。 
もうトラップってば。 
ギアとは正反対だ。 
だからこそ、ウマが合わないのかもしれないけど。 
 
そんなトラップはさておき、わたしたちは再会を祝して、メインクーン亭で一緒にご飯を食べることにした。 
 
「わたしたちクエストに向かうところなんだ」 
わたしが言うと、 
「俺はクエストが終わったばかりで、しばらくのんびりしようと思って一人でエベリンに来たんだよ。休暇中は別行動なんでね」 
とギア。 
だから一人なんだ。 
ダンシングシミターは元気かな。 
「特にやりたいことがあって来たわけじゃないから……、良かったら君たちのクエストに連れて行ってくれないか」 
「本当に!?」 
うう、助かる。 
実は今回のクエストは(今回も?)わたしたちみたいなへなちょこパーティー向けのシナリオじゃない。 
でも、ヒールニントに始まり、難解クエストをいくつもクリアしてきたわたしたちにオーシが「特別価格」で売りつけてきたのだ。 
相変わらず貧乏パーティーなわたしたちに選択肢はなく……、毎度のことだけど情けない。 
なんでも最近エベリンでは人魚の涙と呼ばれる宝石が人気らしく。 
宝石の大きさによっては報酬も、ものすごい額になるんだって! 
これはやるしかないよね。 
しかもギアが一緒なら心強い。 
「こちらこそよろしくお願いします」 
と、クレイ。 
「これで今回のクエストは安心ですね」 
これはキットン。 
「せっかくの休暇なら休んだほうがいいんじゃねーの?」 
もー。 
トラップってばまた。 
ホントいつもギアには突っかかるなぁ。 
そんなこと知ってか知らずかルーミィとシロちゃんはノルの膝の上でじゃれあっている。 
かわいいなぁ。 
そんなこんなで、ギアを加えた7人で、わたしたちは人魚の涙のダンジョンへ向かったのだ。 
 
人魚の涙はパルナ貝の中で育つ宝石なの。 
不思議だよね! 
クエストレベルは高いんだけど、やることと言えば、パルナ貝を見つけては開けるだけ。 
ただまだ未調査部分が多いダンジョンで何があるかわからないから……らしい。 
海とつながってるから大型海獣の巣があるかもしれないんだって。 
うう、怖い。 
「パステル、どうした?」 
ギアが心配そうにわたしを見つめる。 
相変わらずの端正な顔立ちで、わたしを覗き込むギアの眼差しにドキドキするわたし。 
「大丈夫っ!それより人魚の涙探さなきゃ」 
慌てて辺りをキョロキョロ見渡して焦りをごまかす。 
落ち着け、落ち着け。 
向こうは大人なんだから……、もうわたしのことなんて……なんとも思ってるわけないんだから……、と自分に言い聞かせたら少し寂しくなった。 
あれれ。 
なんか調子狂う! 
 
ダンジョン自体はそれほど複雑じゃないんだけど……。 
「だぁぁぁーっ!またこんな小さい石っころかよ!」 
とトラップ。 
イライラとパルナ貝を壁に投げつけた。 
そうなのだ。 
期待に胸を膨らませてきたものの、小さな小さな石ばかり。 
わたしたちはパルナ貝を開けては溜め息の連続。 
ふえーん。 
どうしてこんなに金運がないかなぁ。 
でも幸いなことにモンスターもいないみたいだし(まったくいないってことはないだろうけど) 
わたしたちは根気よくダンジョンを探索することにした。 
「ギア、ごめんね。こんなクエストに付き合わせちゃって」 
わたしたちはともかく、ひたすらパルナ貝を開けてるだけのギアの姿を見ると申し訳なくなる。 
「はは。たまにはこんなクエストも楽しいよ。君もいるしな。」ギアは素敵な笑顔で素敵な一言を……。あ、ああー! 
どっと汗が吹き出てくる。 
ギア、もしかして今も?なんて一瞬期待してしまう。 
うー。 
無理、無理。 
ギアは大人だから、わたしの事なんて、もう過去の話なんだろうな。胸がチクリとした。 
「あれれ?みんなは?」 
さりげなく話題を変える。 
何て答えたらいいかわからなかったから。それに気が付けば、みんなの姿が見えない。 
「みんなはあっちの方だよ。いっぱい貝はあるみたいだし移動してないと思うよ」 
「そ、そっかぁー」 
後々考えてみれば、わたしは油断してたんだ。 
ここがダンジョンで、そこでの単純作業なら常に周りを警戒しながらしなきゃいけなかったのに。 
ううん。人魚の涙よりむしろわたしはギアのことばかり考えていて。 
はぁぁぁー。 
今さらながら確信してる自分の気持ちにため息。 
隣でパルナ貝を器用に開けていくギアの横顔……。かっこいい……。 
胸のドキドキが聞こえるんじゃないかって思うと顔まで赤くなってきたかも。 
「みんなのところに戻ろう!」 
もうダメ。パニック状態。ドキドキ。 
この状況……。耐えられない! 
わたしは早足で歩き出す。 
「パステル、そっちは逆だよ」 
苦笑いするギアに呼び止められた。 
うわーん。 
もう色々恥ずかしくなって、真っ赤。 
「君は変わらないな」 
ギアがそんなわたしに優しく笑いかけながら歩いてくる。 
。 
「ご、ごめん」 
なんとなく謝ってしまう。 
マッパーなのに方向音痴……、成長しないなぁ、わたし。 
と、その時背後にいやーな感じがしたんだ。 
そう、すべては、一瞬の出来事だった。 
 
「ギアっ!ギアっ!」 
泣きじゃくるわたしをギアは弱々しく見つめる。 
「パステル良かった……」 
か細い声。 
そうだ。ヒールの呪文……、ギアはヒールを使える。 
でも、そんな余力を奪うかのように無情にギアの傷口から大量の血が流れている。 
こんな状態では呪文を唱える集中力も体力も……。絶望的な考えが頭をよぎる。 
「ギアっ!!」 
怖かった。まるでギアの命が流れ出してるみたいで。 
「君の腕の中なら悪くない、かな」 
「ギア……そんなこと……」 
涙が止まらなかった。 
何もできない……何度も危機を救ってくれて今もまたわたしの命を救ってくれたギアに何もできない。 
どうしよう。どうしよう。 
 
「パステルっ!ギアっ!」 
異変に気付いたみんなが走ってきた。 
目の前の状況にみんな息をのむ。 
「ギアが……ギアが……」 
「キットンっ!薬草はっ!?」 
クレイは事態の深刻さを悟り、普段より厳しい声で言う。 
「え、えーと。出血に効く薬草はですね……」 
キットンは冷静さをなくして、じたばたと道具袋をひっくり返している。 
「だぁぁぁーっ!おめぇら何やってるんだよっ!」 
トラップ? 
「シロっ!おめぇの血をくれっ!」 
「もちろんデシっ!」 
返事も半ばに、トラップがシロちゃんを抱えてわたしたちのところへきた。 
トラップは「シロ大丈夫か?」と言いながら、少しだけシロちゃんの尻尾にナイフを入れる。「大丈夫デシ」とシロちゃん。 
ギアの口にシロちゃんの血を含ませると……不思議な光景だった。 
ゆっくりとゆっくりとギアの出血が止まって、傷口が塞がったのだ!! 
「ギア……」 
わたしはギアを強く抱きしめた。 
ギアの存在を、命を確かめるように。 
 
(あなたはまだこっちに来ちゃダメだからね) 
「ぱぁーるぅ?」 
ルーミィにニコリとすると彼女は水の中に消えていった。 
 
傷口が塞がったとはいえ、ギアが心配だったからキャンプを張りたかったけど、またさっきみたいなモンスターが現れたら……と思いわたしたちはダンジョンを後にした。 
クレイの肩を借りてゆっくり歩くギア。 
あれだけの出血だったからか、やはりまだ辛そうだ。 
「まったくおめぇはぁー」 
いつもより深刻な声。怖い。少ない言葉がよりわたしを責めているように感じた。 
……そりゃそうだ。 
もしギアが助けてくれなかったら……わたしは……キットン族のダンジョンみたいにリセットは効かない。 
冒険者として最低限の警戒心すら忘れて、ギアに大ケガをさせてしまった。 
情けない。 
自分でもわけがわからなくなってきて……気が付いたらまた泣いていた。 
「ぱぁーるぅ?」 
ルーミィが心配そうにわたしを見つめる。 
「パステル」 
ノルも心配して声をかけてくれた。 
「二人共助かってよかった」 
ノルの優しい言葉に更に涙が止まらなくなってしまった。 
 
あの後、何回かキャンプをしながら、わたしたちはゆっくりエベリンへと戻った。 
キットンの怪しげな薬草(これが意外と効いたみたい!)やら、冒険者割引で買ってた栄養ドリンクでだいぶ元気になってきたギアはヒールの呪文を使えるまでに回復した。 
本当に良かった。 
と、いきなり後ろから頭をはたかれた。 
トラップだ。 
「いったーい。何すんのよ!」 
「ばーか」 
さらにもう一回。 
「んもー、そうやって何回も叩かれるとねー、悪い頭がもっと悪くなるでしょ!」 
「おー、試してみるか?」 
にやりと笑うトラップ。 
さらにさらにもう一回。 
「ったくー!」 
わたしも応戦してみせる。 
そうやってじゃれ合ってると、「おめぇがいないとからかう相手がいなくなるからな」と、トラップ……やっぱり素直じゃないなぁ。 
でも、嬉しい! 
またみんなで帰ってこれてよかった! 
 
優しい風が、ありがとう、と囁いたような。 
そんな気がした。 
 

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