「マリーナぁ!」  
今日の仕事も一段落。お店の入り口に出した、とっておきのコーディネートを着せたトルソーを片付けようとした時、その声は聞こえた。  
驚いて階下の通りを見下ろすと…懐かしい顔!  
 
「パステル!」  
 
彼女は眩いほどの笑顔で走りよってくる。  
私も思わず階段を駆け降りて、彼女の手を取った。  
 
「どうしてここに?!」  
「クエストに出てたのよ!近くまで寄ったから、シルバーリーブに帰るまえに、マリーナの顔を見に行こうかって事になったの」  
ぜいぜいと息を切らして、パステルは言った。  
彼女の後ろを見れば、クレイ、トラップ、ルーミィ、シロちゃん、ノル、キットン…にこにこ笑いながらこちらにやってくる。  
 
「よかったぁ、みんなで、マリーナ仕事に行ってたらどうしよう、って話してたんだよ〜」  
「嬉しい…クエストは終わったのね?」  
「へへ、まーな!」  
トラップがパステルの後ろから顔を出す。  
「といっても、おつかいなんだけどね」  
クレイが整った顔を泥で汚して、頭を掻いた。  
 
「それにしてもあそこは素晴らしい!様々な種類の野草の群生地で、しかもほとんど手付かず!」  
私なら二、三日あそこに野宿しても大丈夫なんですけどね、ぎゃはははは!  
キットンが一際大きな声で爆笑したかと思うと、パステルは自分の体を抱きしめて震えた。  
「絶対やだ!あんなじめじめしてスライムとか、わけのわかんない虫がいっぱいいるところでなんか眠れないよ!」  
「ねむぇないおう!」  
パステルの真似をして、ルーミィも震えてみせる。  
相変わらず楽しそう。  
「さあさあ!話は後でじっくり、晩御飯を食べながら聞かせてもらうわ!その前にみんなシャワーを浴びて着替えて。まだ宿もとってないんでしょ?ほらさっさと入った入った!」  
「うわーん!マリーナ、ありがとう!」  
パステルが飛び上がって喜ぶ。話を聞いた様子では女の子にはきつい環境だったみたいだし。ふふ、嬉しそう。それにしても…。  
「…なんかクレイだけやけに泥だらけね?」  
私の一言で、パステルとトラップが、急にうつ向いた。肩がぶるぶる震えてる。  
ぎゃはは!とキットンが笑うと、クレイがきっ!と睨みつけた。  
「いやぁ、それがですねぇ」  
「言うなぁ!!」  
 
クレイはキットンに飛びかかるようにして、口をふさいだ。  
「ぎゃあああ!泥だらけの手で!ふが!」  
パステル、顔真っ赤にして笑いこらえてる…。  
クレイの身に何が起こったのかはわからないけど…。なんだか今日は、とっても楽しい夕食になりそう。  
 
 
 
 
「はぁ、…もうお腹いっぱぁい」  
私イチオシのダイニングで夕食をたっぷりとった後、飲み続けるクレイとトラップを置いて、家に戻ってきた。パステルを連れてね。キットンは今日の収穫である野草をいじりに、ノルは眠ってしまったルーミィとシロちゃんを送りに、それぞれ宿に戻っていった。  
「それにしても、クレイの話笑っちゃった!」  
「ほんとにびっくりしたんだよー!いきなり転んだと思ったら、ひー!って言いながらごろごろ転げて…」ごろごろ転がりながらパーティから遠ざかっていきクレイを思い浮かべて、爆笑してしまう。  
「だっぱーん!って凄い音がしたから急いで駆け寄ったら泥水に浸かってるんだもん。クレイの周りにはちっちゃいスライムがたくさん浮かんでて…」  
「も、やめて、息出来な…」  
「そのまま泥水の中をスライムに運ばれてくから、ちょっと焦ったけど」  
「はぁ、もう、お腹いたい…」  
 
泥の中に潜み、通りがかる人の足を掬うそのスライムを私もさっき見せてもらった。  
キットンが薬で動けなくさせて、小瓶に入れて持ち帰ったものだ。  
明日その新発見のスライムを冒険者支援グループに見せに行くとウキウキしているキットンは、「もし名前を付けさせて頂く機会があるなら、クレイの名前を頂くことにします」と心から嬉しそうに語っていた。  
その横でクレイは心から苦々しい顔をしていて、それを見てみんなで大笑いして…。  
「今日はみんなに会えて嬉しかった!」  
「私たちもだよ!」  
女の子同士でこんな風に楽しくお喋りすることなんて、今までの人生のなかでほとんどなかった。  
パステルとは、今までお互い妙な嫉妬心を抱いてしまっていたけど、今はもうなんだか、気のおけない仲という感じ。  
女の子同士でしかできない話もあるしね。前はクエスト中に生理がきちゃった話を聞いて、女ならではの苦しみを語り合ったりした。男は楽でいいよね〜、なんて。  
 
「あ、そうだ、マリーナにね、相談があるの」  
「なに?恋の相談?」  
 
「んもう、違うよ!ほら、春じゃない?この機会に、マリーナに春服をみたててもらいたいんだぁ」  
 
冬の間のバイト代貯まったからさ!と、パステルが微笑む。  
「任せて!かわいい春服たくさん入荷したから。アクセサリーもいろいろあるよ」  
やっぱり女同士の楽しみといえばこれ。おしゃれの話なんか女同士じゃないとそうそう盛り上がらないしね。  
「ほんと!?…でも、アクセサリーはいいかな」  
なのに、パステルはつれない返事。なんとなく理由はわかるけど…ちょっとつっこんでみよう。  
「パステル、アクセ興味ない?」  
「ううん、欲しいけど…クエストに出るとき邪魔になったり、なくしたりしそうで。それに、貧乏パーティだから、ね」  
「自分でバイトして稼いだお金なんでしょ?少しくらい自分のために使ったって、誰も文句は言わないわよ。…ねぇ、せっかくだから、明日二人でおしゃれして、エベリンの街デートしようよ!」  
ふふ、パステルの目が輝いた。これはもうひとおし!  
「それに、貸すだけなら、タダだしね」  
「…いいの?」  
「お化粧品も貸してあげる!うーんとかわいくして、いろんなお店冷やかしにいこう!」  
パステルはとびきりの笑顔でうなずいてくれた。  
 
別にパステル相手に服を売りつけたいなんて思ってない。  
ただ、パステルだって一日くらい、女友達とおしゃれを楽しんだっていいでしょ?冒険者だって、普通の女の子なんだから。  
クレイもトラップも、パステルが我慢してるの気付いているのかしら。思い知らせてやらなきゃ!  
…なーんて、ほんとはパステルと遊びたい私の口実かもね。  
パステルも楽しそうだから、ま、いいか!  
「じゃあ、今から明日の準備しようか!」  
「うん!」  
 
さてさて、パステルにどんな服を着せてみようかな。  
せっかくだから、いつもパステルが着ないような服にしよう。  
と、その前に…。  
「パステルって、お酒飲んだことある?」  
「え?…ほとんどないなぁ。一回トラップにビールもらって、舐めてみたことはあるけど、苦くて飲めなかった」  
「わかった、OK」  
「マリーナ?」  
私はキッチンに行くと、甘い木の実を使ったリキュールを取り出す。グラスに氷を入れ、ジュースを注いで、そこにそのリキュールをちょっとだけ。  
「はい、どうぞ。これもお酒なんだけど、飲んでみない?」  
「…いただきます」  
薄く開いたくちびるから赤い舌がちらりと覗いて、カクテルを舐める。  
…ちょっと今のは、エッチだわ。トラップの目の前でもこんなことしたんだろうか。  
きっとあいつドキドキしたんだろうな。ふふ、想像するとちょっと楽しい。  
「あまーい!おいしい!」「でしょ?さて、飲みながら明日着る服探そう!」  
パステルはグラスを両手で包んで楽しげに頷いた。  
 
 
 
二人で飲みながら、洋服の品定め。  
これかわいいとか、これはちょっと太って見えそうとか、二人できゃあきゃあはしゃぎながら、部屋じゅうに服をひろげた。  
 
でも実は、もう頭に思い浮かんでるの。  
いつもパステルは、全体的におとなしめの服装が多いから、今回はちょっと違う路線にチャレンジしてもらうつもり。  
そのために、パステルには大胆になってもらわなくちゃ。  
そこでちょっとお酒の力を借りて…  
 
「パステル似合う!」  
「へへ、そうかなぁ」  
私の作った簡単なカクテルは、どうやらパステルに気に入ってもらえたみたいで、もう五杯め。  
特別薄く作ったけど、お酒を飲み慣れていないパステルにはちょうど良かったみたい。  
さっきからふわふわ、上機嫌で、うっすらほっぺを赤くして、私の指定した服を何の抵抗もなく着てくれた。  
もー、すっごくかわいいの!  
デニムのサロペットなんだけど、ボトムの部分はぴったりお尻を包むくらいの長さ。パステルは美脚だから、足は見せないとね。  
それに、空色のチューブトップを着てもらったんだけど、体にぴったりした服を着せてあげると、いつもはあんまり目立たない胸がちゃんと自己主張するの!  
胸あての横の部分から胸元が覗いて、思わずつつきたくなっちゃう。  
髪の毛もアップにしてところどころ垂らすと…  
「パステル、凄くセクシー!」  
「ほんと!?」  
 
「トラップがみたら、きっと、変なところに連れこまれちゃうわよ」  
「もー、やだ!」  
パステルは笑って私の腕をぺちぺち叩く。パステル…結構酔っ払ってるかも。  
「じゃあ、今度はお化粧するね」  
「いまからぁ?」  
「きっとクレイもトラップもまだ飲んでるから、大変身したパステルを見せに行きたいの!」  
きっとすっごくびっくりして、慌てちゃうだろうな。  
ちょっとはあの二人を煽らなきゃ、パステルがどっかの知らない馬の骨に連れてかれちゃうんだから。  
私はパステルをベッドに座らせると、お化粧道具を掻き集めて隣に座る。  
コットンに化粧水を含ませてから、顔をさっと拭いてあげて、軽く下地を乗せる。  
パステルは肌が綺麗だから、ファンデーションはごく薄く。  
アイラインをしっかりいれて、ブラウンのアイシャドウをぼかす。  
お化粧をしていると自然と顔が近づくから、パステルの吐息の甘さがわかる。  
一度手を止めて、床に並べた二つのグラスを取ると、片方を目を閉じたままのパステルのくちびるに当てた。  
グラス越しにパステルのくちびるがつぶれる。  
 
うっすらと目を開けて、パステルはグラスを受け取ると、それを半分ほど飲んだ。  
私はわざと、パステルの残りを飲み干す。  
なんだか、私も酔ってるかも。  
二人でくすくす笑って、私はパステルのあごに手をかけた。  
彼女は静かに目を閉じる。  
先を促されているのはわかるんだけど…。  
「なんか私たち、キスするみたい」  
「私も思ったぁ」  
パステルはまたうっすら目を開けて、私を見てへにゃっと笑う。  
うーん、変。なんかちょっと…。  
いやいや、気を取り直して。  
「マスカラつけるから、そのまま目、開けててね」  
「はーい」  
睫毛を伸ばして、うっすらチークもつけて。  
ここまでくるとパステルは目を開けているから、なんだかそれが気になってしまう。  
「…じゃあ、くちびるはグロスだけね。ちょっと口開けてて…」  
薬指にグロスを付けて、パステルのくちびるをゆっくりなぞる。  
指先に、パステルの柔らかいくちびるの感触。  
「…はい、出来上がり」  
とろんとした目が、私を見る。パステルの目の前に手鏡を掲げると、それを除きこむパステル表情がぱぁっと輝く。  
「こんなにきちんとお化粧したことなんて、あのマジックの時くらい…」  
 
艶やかなくちびるが、笑みの形になる。  
「マリーナ、ありがと」  
あー、もうだめ。  
私は薬指に残ったグロスで自分の唇をなぞると、パステルのほっぺを両手で包み、キスをした。  
「…んー!」  
「やっぱりやめた!」  
「え?え?マリーナ?」  
真っ赤な顔で目を見開くパステルを思い切り抱き締める。  
「なんかもったいなくなっちゃったから、やめーた」  
いたずらっぽくパステルに笑いかけると、もう何が何だかわからないという風なパステルの顔。  
 
クレイやトラップにはみせてあげない。なーんだ、一番パステルを馬の骨にあげたくないのは、私だったんだ。まだまだクレイにもトラップにも、あげたくない。  
こんなかわいいパステルを今日は、…今日くらいは、独り占めしてもばちはあたらないよね。  
 
 
 
 
 
おしまい。  
 

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