今日はまだかなぁ・・・・・・  
 
 
ベッドの中で何度も寝返りを打ってみる。  
時刻は…時計がないからわからないけど、たぶん真夜中すぎ。  
さっき、トラップが酔っ払ったままカジノから帰ってきたみたいで  
隣の男部屋で、ひとしきりドスンバタンと物音がしてたから。  
そのまま寝ちゃったんだろう、今はしんと静まり返っている。  
すぐ隣で寝ているルーミィとシロちゃんの規則正しい寝息だけが聞こえてくる。  
 
そろそろだと、思うんだけどな・・・  
 
そのとき、小さいけれど鈍い音が響いた。  
次いで聞こえてくる、僅かな衣擦れの音とスリッパの這う音。  
 
 
「パステル…?」  
 
遠慮がちに、声を掛けられる。  
ううん、そうやって、わたしが寝ているか確認しているのだけど。  
今夜も一生懸命、寝たふりを決め込む。  
酔い潰れてる誰かさんなら、一発でタヌキ寝入りだってわかっちゃうんだろうけど、  
この人には…クレイには、たぶんバレてないだろう。  
 
 
しばらく間があって、おでこに柔らかくて温かいものが振れた。  
 
「パステル……」  
 
もう一度、さっきよりも少し強い(それでも、夜だから抑え目だけど)トーンで呼びかけると  
そのまま部屋を出ていってしまった。  
 
 
ここでやっと、目を開けて大きく溜め息をつく。  
 
 
や、やっぱり今夜も来た・・・  
 
 
実は、もうこんな夜が一週間くらい続いている。  
 
 
最初こそは、髪に触れたり口づけたりだけだったのだけれど、  
ここ3日くらいから、それがおでこに変わっていた。  
 
相手が相手なら、叫んで張り倒すくらい出来ると思うんだけど、  
どうしてかな、クレイにそういうことされても、  
全く「嫌だ」って思わないんだよね。  
 
むしろ、最近はちょっぴり楽しみでもあるんだ。  
 
「はいお待ちどうさま!そうそうパステル、頼んでた小包、昼過ぎに届いてたわよ」  
 
 
猪鹿亭の看板娘、リタがビールジョッキを人数分ドンドンッと置きながら言う。  
 
「こじゅちゅみー?」  
ルーミィがジョッキを手に(ルーミィとわたしはジュースね)首を傾げる。  
 
「パステル、ケッコー通販で何か買ったんですか?」  
「つーか、なんでリタ経由なんだよ。さてはおめぇ、やましいモンでも注文したんじゃねーの?」  
「ななな、なに馬鹿なこと言ってんのよトラップ!!!」  
いつもみたいにトラップとやいのやいのやってると、  
 
「パステル、でも何を買ったんだ?クエストに必要なものなら、俺達に相談してくれれば金銭面でも少しは協力できるんだしさ」  
それまで黙っていたクレイが口を開いた。  
 
「ちっ、違うの!執筆に使う文房具で新しいのが出たみたいだから試そうと思って!なんかね、腕に負担がかからないペンなんだって!最近肩が凝って凝って」  
 
私の言葉を聞いて「そっか」「それは興味深いペンですね」と、みんな納得した様子だった。  
まぁ…「なんだ、つまんねーの」とか宣ったのが一名ほどいたけどそれは無視して。  
 
夜。  
 
皆が眠ったあと(トラップは相変わらずカジノだ)リタから受け取った小包を開ける。  
 
 
「うわ・・・可愛い・・・」  
 
 
中身は水色のナイトドレス。  
薄い生地をふんだんに使っているから、ギャザーがたっぷり入っていて  
そのお陰で肌は透けないようになっている。  
 
胸元は大きく開いていて、レースやリボンで飾りつけられている。  
色が色なら、デコレーションケーキみたいな華やかさ。  
 
ケッコー通販の下着専用カタログに載っていたんだけど、結構高くついたなぁ…  
こりゃ、当分他の私物は買えないかな…トホホ。  
リタとお揃いの新しいバレッタ、欲しかったんだけどなぁ。  
 
・・・おっとっと、早いとこ着替えないとね。  
 
そう、毎晩やって来るクレイがこの姿を見たらどう思うかなーって  
単純に興味があったんだ。  
そそくさとドレスに着替える。  
ううっ、足元と胸元がスースーするよぉ。  
すぐにベッドに潜り込む。  
ルーミィ、ちょっと寒くなるけどごめんね。  
 
 
目をつむって今か今かと待つ。  
今夜は満月だから、目を閉じていても少し眩しく感じる。  
しばらくして、いつもの物音がした。  
 
 
「・・・パステル」  
 
 
ここまではいつもと同じ。  
クレイがわたしの顔にかかった毛布を手に取ってずらした。  
 
「…!」  
 
クレイの喉を鳴らす声が聞こえた。気が、した。  
 
 
「パステル…もしかして」  
 
 
あ、寝たふりしてたの、バレちゃったかな?  
不意に息が苦しくなった。  
唇を、クレイの唇が塞いでいた。  
 
 
頭のなかは大パニック。  
 
とっとにかく、寝たふりは続けなきゃ。  
 
幸い、唇に触れていたのは一瞬だったから息は乱さずに済んだ。  
 
「……考えすぎか」  
 
クレイの声。  
そのまま、部屋を出ていってしまったようだ。  
 
その夜を最後に、クレイは部屋に姿を見せなくなった。  
 
「今夜さぁ、ルーミィをそっちの部屋で寝かせてもらってもいいかな?」  
「げぇー!チビと一緒かよ、勘弁してくれよぉ」  
「ルーミィ、チビじゃないもん!」  
「お前はどーせ帰ってこないだろ。いいよパステル。原稿でもあるの?」  
「あはは…実は〆切りが近くてさ。日中はなんだか根詰めちゃって書けなくて」  
「そういう理由ならもちろん引き受けるよ。ルーミィ、今日は俺と一緒に寝ような?」  
「わーい!くりぇーと寝うの、ひしゃしぶりらー」  
「大変だと思いますけど、無理だけはしないようにして下さいね」  
 
理由はわからない。  
会話だって、いつも通りにできている。  
うーん、あのナイトドレスがいけなかったのかなぁ…  
クレイが来なくなって3日経つけど、一応毎晩着るようにはしている。  
って、私は一体何を期待しているのだろう…  
 
 
その夜に事件は起こった。  
 
 
ルーミィをクレイ達の部屋に預け、原稿に向かう。  
うーん、やっぱり集中できない!  
頭の中で浮かんでくるのはクレイのことばかり。  
それが原稿に生かせればいいんだろうけど、残念ながら今書いてるクエストの話、クレイはあんまり登場しないんだよね…  
キットンとトラップが美味しいとこ全部もっていっちゃったからなぁ。  
 
いやいや、早く真面目に原稿書き上げなきゃ。  
パーティーのお金だってもちろんだけど、自分の財布も寂しい状態だったんだ。  
 
「買わなきゃよかったかな・・・」  
買って間もないナイトドレスを見つめる。  
いや、着るものとしてはすごく可愛いんだけどね。  
野宿の多いクエストにはとても持って行けないし。  
着れるときに着て、少しでも元を取らなくちゃ。  
 
ナイトドレスに袖を通すと、何だかやる気が湧いてきた。  
「よーし、ミルクでも温めて気合い入れようかなっ」  
 
キッチンへ行って鍋の準備をしていると、玄関口から派手な音が響いた。  
きっといつもの如くトラップなんだろうけど、今回は様子が違った。  
明らかにトラップとは違う男性の声がしたから。  
 
「トラップ!」  
慌ててキッチンを飛び出して玄関口へ向かう。  
酔っ払ってべろんべろんになったトラップと、半分怒り・半分呆れ顔の…たぶん、この人はカジノのオーナーさんだったかな?  
あちゃー、この調子じゃトラブルか何かかな。  
「すっ、すいません!トラップが、また何かご迷惑をおかけしましたか?」  
「迷惑も何も…今日はちょっとやりすぎだな。酔っ払うのは勝手だが、うちの大切なお客様に因縁つけたりするのは、あまり宜しくないとは思うけどね」  
「ほ、本当にすいませんでしたっ!明日、本人と一緒に一番にお詫びに伺いますので、今日のところは勘弁してください」  
 
もー、トラップのアホ、バカ!  
オーナーさんに向かって深々と頭を下げる。  
 
「……ま、可愛いくて色っぽいお嬢さんがそう言うなら。うちみたいな小さいカジノじゃ、彼も一応、常連ではあるからね」  
 
およそ言われたことのない台詞。  
こんなときにお世辞だなんて。でも、話のわかるオーナーさんでよかったぁ・・・  
 
「もう、トラップ!ついて行ってあげるから、明日、あなたからもちゃんと謝ってよね!」  
隣でぐったりしているトラップの背中をビシバシ叩きながら声をかける。  
トラップは目を開けて私を見ると、一瞬びっくりしたような顔をしたが、  
すぐにトロンとした酔っ払いの目に戻った。  
 
「おぉー、おめぇー、なんちゅーカッコーしてるんだぁー?」  
「はあ?」  
 
言われてやっと気付いた。  
あのナイトドレスを着たままだったんだ!!  
 
「わ、わわっ、これは、その…あのっ」  
慌てて上手い言い訳を考えたけど、そんなのは勿論浮かんでくるわけがなく、しどろもどろになっただけ。  
 
そんな私を見て、トラップはニーッと笑って(酔っ払ったままではあるこど)私の頭をゴシゴシ撫でた。  
 
「でぇーじょーぶらって!んな、おめぇーらしくねーカッコして頑張んなくてもー、クレイはおめーのこと好きだぁらよぉー」  
 
馬鹿でかい声でそう言うと、そのまま私にもたれ掛かるようにぐったり倒れてしまった。  
どうやら言いたいだけ言って眠ってしまったようだ。  
 
「……何よ…」  
 
勝手なこと、言わないで。  
そう言いたかったけど、言う前に涙が一粒落ちた。  
今まで認めたくなくて、ずっと考えてこなかった。  
自分が誰が好きとか、そういうこと。  
そうだ、私はきっとクレイのことが好きなんだ。  
きっかけは半月くらい前の夜のことだったかもしれない。  
いや、あそこで嫌だって思わなかったんだ、本当はずっと前からクレイのことが、好き。  
叶うわけがないって解ってるから、ずっとずっと、心の底にしまっておいたこと。  
 
「おい、トラップ!飲み過ぎて騒ぐのも大概にしとけよ!……パステル?!」  
 
あれだけトラップが大声出していたんだ、クレイも玄関口に駆け付けた。  
今は来てほしくなかったのに、でも、涙が止まらない…  
 
「パステル、トラップに何か言われたのか?」  
ぶんぶんと首を振る。  
「…待ってて」  
クレイはそう言うとトラップを担ぎ上げ、男部屋に運んで行った。  
 
…駄目、こんな顔でクレイに会いたくない。  
急いで部屋に戻り、枕に顔を埋める。  
そんなことしたって、優しいあの人は追い掛けてくるってわかってるのだけど。  
 
「パステル、俺、君に謝らなきゃいけないことが」  
ドアを開けるなりそう言うと、私の元へやって来た。  
 
「俺、パステルにすごく酷いことしてた。君が寝ているのをいいことに…」  
「知ってる…」  
首を振りながら答える。  
「でも…まさか俺だとは思わなかっただろ?だから、毎晩、部屋を訪れてるのがトラップだと思われていたのかもしれない、と思うようになってから、急に、行くのが怖く」「わたし」  
クレイの言葉を遮って、深呼吸する。  
「あなたを待ってたの、クレイ…」  
そこまで言うと、背中ごとぎゅーっと抱きしめられた。  
 
「パステル。…好きだ」  
 
 
クレイは私を仰向けに向かせると、ベッドの脇に腰掛けた。  
 
「パステル…いい?」  
コクンと頷くと、正面にクレイの顔が迫ってきた。  
ちゃんと「起きている」ときのキスは、これが初めて。  
私の顔の横に両腕を置いて、何度も唇に触れる。  
温かい舌が口の中に入ってくると、息が急に苦しくなった。  
 
「…はぁっ…っ」  
クレイは顔を上げると、すごく優しい笑顔のまま、両手を胸の膨らみの上に宛った。  
「パステル、この服も…俺の、為に?」  
す、素敵。こんな顔見たら、みんなイチコロだろうなぁ。  
その顔を、今、私だけが見ているんだ。  
「そうだよ。クレイが毎晩来てくれるの…楽しみだったの…あっ」  
 
言い終わらないうちに、両手が胸の上を這い始めた。  
はじめはドレスの上からぎこちなく、次第にドレスの胸元から手を入れて直接胸に触れるように。  
「あっ…やぁ…っ」  
「パステル、可愛い…すごく可愛いよ…」  
「ん……あ、やぁぁぁんっ」  
 
ク、クレイったら、左手で胸を揉みながら、唇を胸元へもってきた。  
クレイの舌が、胸の突起をなぞっている。ぴちゃぴちゃ、と湿った音が部屋に響いた。  
 
「ごめん…俺、止まらなくなりそう…」  
完全にベッドの上に乗り、両脚をクレイの膝で割られた。  
 
ドレスだから、裾が腰のところまでたくし上げられる。  
下着にクレイの膝が当たっている。すごく熱くて、もどかしさが込み上げてくる。  
もどかしさを何とかしようと、腰を動かしてみる。クレイの膝と下着が擦られて、更に熱を帯びた。  
 
「あ…あっ…クレイ…っ」  
「パステル、どうしたの?ここ、こんなになっちゃってる…」  
「え?…あ…やぁ、あんっ……あぁぁッ」  
 
クレイの人差し指と中指が侵入してきた。  
下着の中は、クレイの指と、濡れてしまったわたし自身が触れ合って、ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てている。  
いつの間にか、私のドレスは胸の上まで上げられていて、クレイもパジャマを脱いでしまっていた。  
腰の下にそそり立っているのは…いや、恥ずかしくて直視できないんだけど。  
 
「パステル…いい?」  
「い、いいって…」  
「やった。サンキュー」  
「って、ちょっ…」  
何も言ってないのに、クレイったら。  
下着も脱がされて、足がいよいよスースーしてきた。  
ここから先は、雑誌とかガイナの友達との噂話でしか聞いたことない。  
 
「クレイ」  
少なからずある恐怖を払うように、名前を呼んでみる。  
相変わらずの優しい顔。その顔を見ていたら、自然に口から零れていた。  
 
「私も。クレイのこと、好きだよ」  
クレイは見たこともないくらい最高の笑顔を浮かべて、私を抱きしめた。  
鈍い痛みに耐えるべく、私はぎゅっと目を閉じた。  
 
 
 
 
「パステル、ごめん。痛かった…よな?」  
いま、クレイに後ろから抱きしめられている状態。  
私は緊張と痛みと嬉しさとで、何だかよくわからず、しゃっくりを上げて泣いていた。  
「…パステル〜」  
いい加減、困った様子のクレイ。あんまり困らせることは、したくないんだけどな。  
 
「…明日もまた、来てもいい?」  
ちょっと甘い声で、耳元で囁く。思わずクスッと笑ってしまった。  
「あ、やっと笑った」「だって、心配してくれてると思ったら。あきれた」「あきれてくれて結構」  
後ろからほっぺたにキス。もー、いちいちキマっちゃうから、こっちは参っちゃうよ。  
 
…結局、次の日の夜はすっかり忘れてた原稿と過ごすことになったんだけどね・・・  
 
 

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