その日は朝から雪が降っていた。  
 静かなシルバーリーブの町は、一面に白いベールをかけられたよう。  
 わたしは、暖かな湯気に曇った窓越しにその雪景色を眺めながら、台所で奮闘していた。  
 かき混ぜていた仕上げのクリームをお味見。  
 
「よし、いい味!」  
 
 ほんと、我ながら美味しくできてるんじゃないかな。  
 みすず旅館の大きなダイニングテーブルには、わたしの作ったケーキ。  
 壁の時計を一瞥してパーティまでの時間を確かめ、いそいそとバスケットを取り出す。  
 と、台所の入口からクレイが顔を出した。  
 
「お、うまそうじゃん。もう行けるのか?」  
「うん。後は仕上げだけだからね」  
「じゃあ、準備できたら呼んでくれよ」  
 
 クレイはにっこり笑って姿を消した。  
 階段を上がる足音を聞きながら、せっせと準備の追い込みにかかる。  
 バスケットの蓋を閉めると同時に、今度は勝手口の扉が勢い良く開いた。  
 暖かな台所に、一気にひんやりとした冷気が流れ込んでくる。  
 
「ぱーるぅ! 見て見て!」  
 
 駆け込んできたのは頬っぺたを真っ赤にしたルーミィ。  
 全身雪まみれにして、小さな雪だるまを両手に抱えている。  
 
「ルーミィが作ったの? 上手に出来てるじゃない」  
「のりゅが手伝ってくれたんだおう!」  
 
 勝手口の外には、ルーミィと遊んでくれていたらしい、にこにこしているノルがいる。  
 
「ルーミィ、雪だるま、玄関に飾ろう」  
「うん!」  
「ルーミィ転ばないようにね! もうすぐ猪鹿亭行くよ!」  
 
 踵を返して駆け出していくルーミィに、慌てて声をかけるけど……聞こえたかなあ。ま、いいか。  
 急いで台所の片づけを済ませ、部屋に戻る。  
 いつもの服を脱ぎ捨てて古ぼけたタンスから取り出したのは、今日の為に奮発したワンピース。  
 赤色で、襟と手首とボタンは白いファー付きっていう、どこをどう見てもサンタクロースです!ってデザイン。  
 この前エベリンに行った時、マリーナに「絶対パステルなら似合うから!」とお勧めされて、ついつい買ってしまった。  
 いやいや、クリスマス以外いつ着るんだ?と疑問に思いつつも、あまりの可愛らしさに、思わず買ってしまったわたしを責めないで欲しい。  
 
 そんな購入事情に思いを馳せながら、苦労して背中のファスナーをあげる。  
 ふたつ結びにした髪には、リボンだけは沢山あるわたしの自慢の、白いレースのリボン。  
 いつもの白いブーツを履けば出来上がり。  
 ルーミィ用におまけにつけてもらったサンタ帽を持つと、わたしは深呼吸して部屋を出た。  
 
「きゃ!」  
「うわ! す、すみませんパステル」  
「あぁ、びっくりした。そろそろ出かけようよ」  
「そうですね」  
 
 ドアのすぐ外を通っていたキットンと鉢合わせ。  
 キットンは、ボサボサ前髪の間からわたしの服装を眺め、口元に笑みを浮かべて言った。  
 
「パステル、クリスマスらしくていいじゃないですか」  
「あ、え、と……に、似合うかなぁ?」  
「私は似合うと思いますよ。その帽子はルーミィが被るんですか?」  
「そうそう! きっと可愛いと思うんだ」  
 
 話しながらクレイたちの部屋まで行き、ドアを叩く。顔を出したクレイは楽しそうに笑った。  
 
「あはは、似合ってるよ、パステル。サンタクロースみたいだな」  
「でしょでしょ?」  
「ほらあれ、プレゼントの白い袋は担がなくていいのか?」  
「うーん、貧乏だからねぇ……ケーキで勘弁してもらいたいなぁ」  
「パステルは料理上手ですからね。十分それがプレゼントですよ」  
 
 キットンの言葉に思わず顔をほころばせつつ、長身のクレイを見上げて尋ねる。  
 
「クレイ、そういえばトラップは?」  
「あいつ、昼間から姿が見えないんだよな。どこ行ってるんだか」  
「ふーん……じゃあさ、もう猪鹿亭に行ってるんじゃない? わたしたちも早く行こう!」  
 
 玄関の扉を開けると、さっきまで降り続いていた雪は小休止し、あたりにぼんやりと薄闇が降りてきていた。  
 入口の傍には、小さな雪だるまが幾つも並んでいる。  
 しゃがみこんで、一番大きな雪だるまの形を整えていたルーミィを、ノルがひょいと抱き上げる。  
 
「ルーミィ、手が、冷たいな」  
「だいじょーぶだお! ぱーるぅ、こえ、皆いるんだお!」  
「皆って……あ、ほんとだ! すごいね、ルーミィ皆のぶん作ったのね」  
 
 誇らしげにルーミィが言うとおり、雪だるまは全部で7つある。  
 小さいのが5つ、飛びぬけて大きいのがひとつ。  
 あはは、この大きいのがノルのつもりなんだろうなぁ。  
 
「ルーミィ、これ、ひとつ横になっちゃってるぞ」  
 
 ほんと。お団子がふたつ並んだ状態の雪だるまを指差したクレイに、ルーミィは首をブンブン振った。  
 
「そえはしおちゃんだもん!」  
「なーるほど。おや、尻尾まである。ルーミィ、なかなか芸が細かいですねぇ」  
 
 キットンの大笑いが、静かな町に響き渡った。  
 
 
「おっせぇーよ! おめえら」  
 
 猪鹿亭のドアを開けた途端、出迎えてくれたのはトラップの大声。  
 一番大きなテーブルに陣取って、偉そうにふんぞり返っている。  
 
「お前が気が早すぎるんだよ」  
「しゃーねーじゃん。カジノはクリスマス休みとかだしよ」  
「トラップ、こんな日までカジノ行くつもりだったのぉ!?」  
「るせーよ。って……お!?」  
 
 呆れたわたしの説教調子の言い方に、反射的に言い返そうとしたトラップは、目を丸くして言葉を止めた。  
 椅子から半分立ち上がって、嬉しそうにこちらを指差す。  
 
「おめえ、いーじゃんそれ! サンタがいやがんの!」  
「ふふん。マリーナが選んでくれたんだもんね」  
「もーちょっとスカートが短けえほうが俺好みだけどよ」  
「ばかもの!」  
 
 ごん!と派手な帽子頭を殴りつけておいて、クレイからバスケットを受け取る。  
 厨房に入ると、リタとルタとおやじさんが、大量のグラスやらお料理やらの準備に追われていた。  
 
「あらいらっしゃい、パステル! やだ、その服可愛いじゃない! マリーナんとこ?」  
「そうだよ。けっこうお安くてね、またリタにも何か見繕ってこようか?」  
「うん、その時は頼むわ。さ、ケーキ用意してきてるんでしょ? こっちで広げて頂戴」  
 
 バスケットから取り出したケーキの大皿を捧げるように持ち、グラスを載せたお盆を運ぶリタの後姿を追いかけようと厨房を出ると。  
 耳元に、足音もなく近付いてきた気配がした。  
 
「すげえ可愛いぜ、それ」  
 
 甘やかな少し低い声。  
 わたしは、思いがけなく近くから聞こえた声に驚きつつ、お皿を取り落とさないように気をつけて振り向いた。  
 そこにいたのは、いつの間にかテーブルを立って、こちらへ来ていたトラップ。  
 見たこともないほど、うんとやさしい笑顔。  
 トラップは何を思ったか、ぽかんとしているわたしの頬に素早くキスすると、身を翻して席へ戻ってしまった。  
 な……んだったんだろ、今のは。  
 お皿を持ったまま考え込みかけたわたしに、遠慮のない大声が飛んできた。  
 
「おーい、ケーキ係! あにボサッとしてんだよ。早く持ってこいっての!」  
 
 んもう、誰のせいだと思ってるのよ!?  
 
 あー、よく食べたし飲んだ……  
 わたしは、隣のベッドで眠るルーミィとシロちゃんを見て、大きく伸びをした。  
 クリスマスパーティは盛況だった。  
 美味しい料理にお酒、わたしの作ったケーキも好評で、遅くまですっかり盛り上がって。  
 椅子に腰掛けたまま舟を漕いでいたルーミィに気付いたクレイが、「お開きにしよう」と言った時の、皆のつまらなそうな顔といったら……もちろんわたしもそうだったけどね。  
 たっぷり騒いでおなかもいっぱいで、軽くお酒も入ってる。  
 コトンと眠ってしまってもおかしくないのに、今夜はなんだか目が冴えて眠れない。  
 サンタクロースを待ってるわけじゃないよ? 一応ルーミィと一緒に、枕元に靴下は吊るしたけどね。ふふふ。  
 
 そうじゃなく。  
 気にかかってるのは、猪鹿亭でのこと。  
 トラップの、あの行動の意味はなんだったんだろう、って…………  
 思い出すと頬が熱くなる。  
 特別な意味なんてあるのかな……いや、ないよね。  
 いつだって女の子にモテモテで、毎日取り巻きを引き連れて歩いてるトラップだもん。  
 同じパーティのわたしなんて今更女の子としてなんて見てないだろうしね。  
……ま、気の迷いってとこかな。気まぐれでしてみたかったんでしょ。  
 そう考えると、なんだか気が楽になった。  
 お茶でも飲んでから寝ようかなと、起き上がってスリッパに足を突っ込んだ時。  
 カチャリと小さな音がして、ドアノブがゆっくりとまわるのが見えた。  
 え? 誰? こんな時間に。まさか……泥棒?  
 
「……誰?」  
 
 思わず震える声で、音もなく開いたドアの外へ問いかける。  
 暗い廊下に佇んでいた、細身のシルエットが答えた。  
 
「ちぇ、あんだ、起きてんのかよ」  
「……トラップ……びっくりさせないでよ」  
 
……心臓が止まるかと思ったじゃないの。  
 こんな時間に、部屋に入ってくる人がいるだけでもびっくりなのに。  
 口をとがらせるわたしを無視し、足音もなくトラップは部屋に滑り込んで来た。  
 
「こんな夜中に何の用なの?」  
「ちょっとな」  
 
 トラップはニヤっと笑うと、眠っているルーミィとシロちゃんをまとめてベッドからすくい上げた。  
 ぐっすりと寝入っている1人と1匹は、全く起きる気配がない。  
 
「ちょ、トラ……」  
 
 慌てて問いかけるわたしを目顔で制したトラップ。  
 彼はまた静かにドアを開け、部屋を出て行ったかと思うと、すぐに1人で戻ってきた。  
 
「これでよし」  
「何がよしなの? ルーミィとシロちゃん、どこに連れてっちゃったのよ?」  
「騒ぐなって。男部屋のクレイの隣に置いてきた」  
「何のために?」  
「クリスマスプレゼントに決まってんだろ」  
「……」  
 
 訳がわからない。  
 クレイにルーミィとシロちゃんをプレゼントするっていう、その発想が既に意味不明。  
 不審げな顔をしているわたしを見て、トラップは可笑しそうに笑い、わたしの隣に腰掛けた。  
 その距離の近さに、猪鹿亭でのことを反射的に思い出してしまう。こら静まれ、心臓!  
 
「まーそっちはついでだ。俺が本当に用事があんのは、こっち」  
 
 そんなことを言いながら、わたしの頭をぽんぽん叩くトラップ。  
 
「おめえ、プレゼント欲しくねえ?」  
「プレゼント? 何かくれるの?」  
 
 うわー珍しい。ケチなトラップがわたしに何かくれるだなんて。  
 期待に目を輝かせていたわたしに、トラップはニヤっと笑うと、親指で自分を指差した。  
 
「俺」  
「……いらない」  
「あんだとー!?」  
 
 だってねぇ、あんたみたいなトラブルメーカー、もらっても面倒見切れないよ。  
 ギャンブルばっかりしそうだし、すぐ揉め事起こして来そうだし。  
 
「いらないってば」  
「な、なんでそうなるんだよ! 俺みてえないい男、そんじょそこらに転がってねえぞ!? もったいねぇとか思わねーのかよ?」  
「うーん……別に」  
「…………」  
 
 がっくりと頭を垂れたトラップ。  
 そのしょんぼりとした様子がなんだかかわいくて、わたしは思わずその赤毛頭をなでた。  
 さらさらした細い髪が手のひらに心地いい。  
 下を向いたままの赤毛頭が、くぐもった声でぼそぼそと問いかける。  
 
「なぁ……おめえ、好きな奴いんのか」  
「好きな人? ……別にいないけど」  
「クレイとか」  
「そんな風に考えたことないなぁ」  
「じゃあ俺でもいーじゃん」  
「どうしてそうなるのよ!」  
 
 わたしの抗議に、トラップは勢い良くがばっと顔を上げた。  
 
「俺っていい男だろ? 連れて歩きたくなるだろ? それは認めるよな?」  
「あ……まぁ……そうかもね」  
 
 不承不承頷くわたしに、満足そうなトラップ。  
 まぁ確かに彼はモテるし、決してかっこよくないとは言わない。  
 
「身長はクレイに負けちゃいるが、まだまだ伸びる。筋力だって今鍛えてるとこだ」  
「ふーん……そうなの」  
「つまんねぇ反応だな……まぁいい。そしてこの交渉能力と金銭感覚! 俺がいねえとパーティの財政は全滅だろ」  
「……何言ってんの、既に壊滅的よっ! あんたのせいでどれだけうちが貧乏してるかっ!!」  
 
 思わず立ち上がりかけたわたしに、たじたじとなったトラップは、慌てて作り笑いで取り繕った。  
 
「ま、まぁそれは置いといて。最後に、冒険者として、盗賊としての腕は問題ねえよな?」  
「そうだね」  
「よーし、じゃあ問題はもう何もねえ! しかも」  
「いやあの……しかも、何よ?」  
 
 トラップは、ものすごーく何か企んでますよっていう顔でにたぁっと笑うと、ひょいと腕を伸ばしたかと思うと。  
 あっと思う間もなく、わたしの体は彼の腕の中に抱き取られていた。  
 
「きゃ、ち、ちょっとぉ!!」  
 
 パジャマ代わりの薄いシャツを通して感じる、意外に厚い胸板。  
 細いけれどしっかり鍛えられた腕はわたしを抱きすくめ、もがいてもびくともしない。  
 
「パステル」  
「な……によ、離し……」  
 
 わたしの反論はそこまでだった。  
 斜めに覆いかぶさってきた、いつになく真面目な顔のトラップ。  
 気がつくとふさがれている唇。  
 ほんのり熱をもったトラップの薄い唇を自分の唇の上に感じて、わたしの頭は真っ白になってしまった。  
 思い切り至近距離にある、目を伏せたトラップの顔。  
 意外と長い睫毛に、整った顔立ち。  
 確かにかっこいいとは、思うよ。思うけど、これって……えっと……  
 目を見開いたまま固まっているわたしから、少ししてトラップはそっと唇を離した。  
 いたずらっ子みたいにキラキラしてる瞳。  
 
「もう、俺に惚れたろ?」  
「そ、そんなわけないでしょっ」  
「嘘つけ。心臓バックバクじゃん。ほれ」  
「ん、んーーー!!」  
 
 また降ってくるキス。ぎゅううっとさらに抱きしめられて、もう何がなんだか。  
 唇をあわせたまま、トラップはつぶやいた。  
 
「もう俺のこと、男としてしか見らんねえだろ?」  
「……」  
 
 悔しい。すっごく悔しいけど、否定できない。  
 抱きすくめられた腕も、胸も、今までになく間近にあるトラップの顔も、わたしを見つめる薄茶色の瞳も、ひやりとした唇も。  
 視界に入る何もかも全てに、心奪われてしまった気がする。  
……知らなかった。この人って、男の子だったんだ。  
 恋って……こんなに簡単に始まるものなんだ。  
 トラップは唇を離すとそっと腕を緩め、わたしの瞳をまっすぐ覗き込んだ。  
 わたしは慌てて横を向く。トラップは人の気持ちを読むことに、とっても聡い。ポーカーフェースのできないわたしなんて、表情から全部読み取られちゃうよ。  
 
「きゃ!?」  
 
 突然視界が90度回転したかと思うと、状況が把握できないでいるうちに、わたしはベッドの上に押し倒された。  
 両手首はぐいと掴まれ、倒れこんだ枕から細かい埃が舞い上がる。  
 目の前には肩から細い髪を垂らしたトラップの顔。  
 
「な、な……」  
「……パステル」  
 
 三たび、彼の唇が降りてきて、ぬるりと舌が差し込まれた。  
 反射的に身を引こうとするも、動き回るトラップの舌はわたしの舌を捕らえて絡め取り、深く吸い上げて離してくれない。  
 どのくらいの時間がたったのか、やっと彼の唇が離れた時、わたしは思わず吐息をもらした。  
 その吐息を掬い取るように、口の端に伝った唾液を舐め取るトラップ。  
 舌と唇は、そのまま頬を滑り、耳たぶをつるりと舐めあげる。  
 
「……は……ぁっ……やっ」  
 
 トラップはわたしの両手首を片手にまとめて握りこみ、空いた片手をパジャマの胸のボタンにかけた。  
 
「やだ、やめて……ねぇっ」  
「認めろよ。俺のこと、好きだってよ」  
「……」  
 
 なんとも意地悪な駆け引きだ。  
 ものすごくわたしが不利なのが悔しいじゃない?  
 だって、きっとさっき瞳を覗き込まれた時に、この人は全部わかってしまってると思う。  
 
「なあ」  
「……」  
 
 一番上のボタンが、外れた。  
 
「正直に言えって」  
「……」  
 
 ふたつめ。首元がすうすうする。  
 みっつめにかかった細い指。駄目だってば、それ以上外すと……見えちゃうじゃない!!  
 
「いいのか?」  
「……」  
 
……負けた。大きく息を吸うと、目をつぶってコクンと頷く。  
 みっつめのボタンの上で、ぴくりと止まった指。  
 恐る恐る目を開けると、それはそれは嬉しそうな表情のトラップがいた。  
 
「おーっし、俺の勝ちっ!」  
「え? ……きゃあ!? ……ん! んんっ!!」  
 
 一旦止まったはずのトラップの指は、目にもとまらないスピードで、残り全部のボタンを引き剥がすように外した。  
 叫びかけたわたしの声は、咄嗟に抑えた彼の手のひらに阻まれてしまった。  
 
「叫ぶなって。夜中だぜ?」  
 
 今まで聞いたことがないほど甘い声が囁いた。  
 むき出しになった胸の上を、生暖かい唇が這い回り、胸の先端に吸い付いた。  
 指と同じくらい器用なトラップの舌が、転がすようにその部分をしゃぶる。  
 
「ん……ぁあ……んっ」  
「気持ちいい……か?」  
 
 口を塞いでいた大きな手のひらはいつの間にか外されていて、わたしは無防備に喘ぎをこぼしてしまう。  
 恥ずかしくて胸を隠してしまいたいのに、握りこまれた両手には力が入らない。  
 トラップは抵抗しないわたしを見てとると、そっと手首を解放した。  
 わたしの両胸へと伸ばされた大きな手が、ふにふにと胸を転がすように揉みしだく。  
 
「やぁ……あ、ん……ひぁっ」  
「ほれ、暴れねーの」  
 
 突然、足の間にビリッと何かが触れた。慌てて下半身に目をやると、知らないうちにパジャマのズボンが脱がされてしまっていた。  
 ぜ、全然気付かなかったよ、わたし……いつの間にそんな器用なことをっ!  
 内心叫んでいるんだけど、喉から出せるのは噛み殺せない喘ぎばかり。  
 下着の上から一番敏感な部分を撫ぜる指に、感じたことがないほどの快感が走る。  
 
「あ……や、ん……あん、あ……っ」  
「もう濡れてきてんぜ? ここ。気持ちいんだろ?」  
「は……ずかしい、よぉ……」  
 
 彼はそのまま体を下へずらした。  
 手品師みたいな手つきに、抵抗むなしくあっさり脱がされてしまう下着。  
 トラップは閉じようとするわたしの脚を掴み、やすやすと大きく開かせた。  
 開かされたあらわになったその部分に、痛いほどトラップの視線を感じて思わずぎゅうっと目を閉じると、初めて見るぜ、なんて口の中で呟いている声が聞こえてくる。  
 恥ずかしさに思わず目尻に浮かんだ涙を、トラップの唇が吸い取った。  
 
「おめえ……すげえ色っぺえ」  
 
 喉にからまったようなとろっとした声がしたと同時に、脚の間に電流が突き抜けたような気がした。  
 その部分に直接触れているのは、トラップの細くて長い指。  
 
「……ひっ……ぁあ、や、あっ」  
 
 一番敏感な芽がぷくっと腫れたように堅くなってしまっていて、ちょっとの指の動きにも、強い刺激が走ってしまう。  
 トラップは、そこをこねるように摘むように、指先で思う存分弄くった。  
 ここを弄るとこんなに気持ちがいいんだ……。そんなこと、わたし初めて知ったよ……  
 
「すっげえ溢れてきた」  
「や、だ、言わ……ない……でよぉ……」  
 
 そんなこといちいち声に出さないでほしい。  
 言われなくたって、脚の間がずくんずくん熱くて疼いて、お尻を何か液体伝ってるのはわかるんだもん。  
 
「ぁうっ」  
 
 ぬぷん、と襞を押し分けるような感触があり、体の奥に感じたことのない異物感。  
 秘部に差し込まれた指を、奥まで差し込んだり抜いたりするトラップ。  
 その動きにつれ、ぬちゃ、ぬちゃっといやらしげな音が静かな部屋に響いて、例えようもなく恥ずかしい。  
 なのに、恥ずかしさと同じくらい気持ちよくて、もう頭がぐちゃぐちゃ。  
 
「あぁ、んっ……や、だ……め、ぇっ……あ……っ」  
「ここか? 気持ちいいのかよ?」  
 
 涙混じりにうんうんと頷く。  
 トラップの指の動きが早く、小刻みになった。  
 
「ト……ラップ……や……あぁ、も、だ、め……だめえぇっ」  
 
 電流で弾かれるような感触に、一気に頭が真っ白になったわたし。  
 自覚なく悲鳴をあげていたらしく、気がつくと喉がひりひりと痛かった。  
 知らないうちにしがみついていたトラップの腕には、くっきりとわたしの爪を跡が残っていて。  
 さっきの余韻でぼんやりしているわたしの瞳に、痛そうにひっかき傷をさすりながらも、満足そうに微笑むトラップが映る。  
 
「よもや初めてでイッてくれるとはなぁ」  
 
 嬉しそうに呟きながら、彼はおもむろに裸になった。  
 暗闇に浮かび上がるのは、普段は着痩せして見えるけど、意外に逞しい体。  
 今までなら、水浴びしてようが着替えてようが何も感じなかったのに、今はただただそれが眩しい。  
 
「できるだけ、痛くねえようにすっからよ」  
 
 トラップは意外に真摯な顔で、そんなことを言いながら、わたしの脚の間に腰を落とした。  
 さっきの名残でまだぴりぴりしている秘部に、初めて見る男性器があてがわれる。  
 熱をもったソレの不思議な感触に思わず背中をびくっとさせると、トラップはわたしの髪をやさしく撫ぜ、ゆっくりと体を進めた。  
 体の真ん中を、ぐぐぐっと押し開かれているような、痛みと熱。  
 
「く……あ……い、た……ぁっ」  
「やっぱ……きっつい……な」  
 
 歯を食いしばるように、小さな声が呟く。  
 彼はわたしの腰を両手で掴むと、探るように腰を動かし始めた。  
 
「んん……ん、く……っ」  
「い……てえ……か?」  
 
 荒い呼吸の中から、気遣うように問いかけてくるトラップ。  
 痛いは痛いんだ、確かに。  
 でも……トラップのものを受け入れているその部分が、ねっとりしてすべりがいいからなのか、痛みが徐々に薄らいできている気がするんだよね。  
 痛みと二重奏でじわじわと体を覆ってきたのは、熱くてぬるっとした快感。  
 
「すげ……気持ちいい……くっ……そぉ」  
「トラ……ップ……や、あ……あぁ……」  
 
 痛いのに気持ちいい。  
 トラップはわたしの体をしっかりと抱きしめて、低く呻いた。  
 
「だめ、だっ、も……イッちまうっ」  
「や、やぁ……あっ、トラップ、トラップ……ぅっ!!」  
 
 あそこがぎゅぎゅぎゅっと勝手に痙攣するのがわかって。  
 受け入れているトラップのものはそれと同時に一気に膨れ、弾けるように熱い飛沫を放出した。  
 
 
 
「怒ってんのかよ」  
 
 わたしは狭いベッドの上で、トラップの腕に抱かれていた。  
 さっきから無言のわたしに、機嫌をとるように、顔色を伺うように、しきりに話しかけてくるトラップ。  
 時々横目でちらっと見るけれど、わざと何も言わないで反応を見てみるわたし。  
 怒ってるかって? もちろん怒ってますよーだ。  
 だって、さっきまでただのパーティの仲間だったのに、突然勝手にわたしの気持ちを押し流して。  
 一気に意識させたあげく…………ほんとに好きにさせちゃうなんて。  
 いくら彼が盗賊だからって、わたしの恋心まであっさり盗んでっちゃうなんて、ずるすぎると思わない?  
 
「すまねえ……強引……すぎたかな。俺」  
 
 初めて見る、しょんぼりしたトラップの表情。  
 いつも傲慢で偉そうな俺様な彼からは、想像もつかない気弱な態度に、わたしはすっかり溜飲が下がった気分になった。  
 まぁ、こんなトラップ見たことあるの、わたしだけだろうしね。ふふん。  
 そろそろ……許してあげようかな。  
 わたしは答える代わりに、トラップの首ったまにしがみつくと、えいっとばかりに頬にキスした。  
 みるみるうちに、嬉しそうにほころぶ笑顔。  
 
「も、俺のだ。誰にもやーらねっ」  
「く……るしいってば、トラップ!」  
 
 ぎゅうぎゅう抱きしめられて、苦しい息の下から視界に入ったのは。  
 いつの間に履いたんだか、わたしが枕元に吊り下げた靴下を、無理矢理履いたトラップの右足だった。  
 はぁ……えらいプレゼントもらっちゃったよ。  
 もうすぐクリスマスの朝が来る。  
 このはた迷惑で人騒がせなサンタ兼プレゼントを、そろそろ部屋に追い返さなくっちゃ。  
 
 わたしは困ったような幸福なようななんとも不思議な気分で、ため息をついた。  
 
 

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