あ、あれ?
このドアさっきも見たような……
うん、間違いない。だって、この高そうな花瓶にも見覚えあるもの。
ということは……じゃあこっちに行っちゃ駄目ってことじゃない??
うひゃあ……またわたし迷ってる気がする……いや気じゃないな。確実に迷ってるよ……
「パステル? 何してるんだい、こんなとこで」
「え!? あ、クレイ! 良かった、助けてっ!!」
もう半泣き状態に陥っていたわたしの前に現れたのは、救いの王子様……じゃなくて、クレイ。
艶やかな黒髪が、廊下の照明の役目を果たしているキャンドルに照らされて美しい。
クレイはひと目でわたしの窮状を察したらしく、笑いながらわたしを促すように歩き出した。
響き渡る足音を気にしながら、半歩ほど後ろをついて歩くわたし。
よしなしことを話して笑いつつ、こっそりと彼の姿を盗み見る。
貴族みたいにゴージャスな、装飾の多い上着。体にぴったりとあったそれは、精悍な彼の体を際立たせていて、いつものアーマー姿に負けず劣らずかっこいいんだ。
それに引き換えわたしは……完全に服に着られてると思う。
お姫様みたいなひらひらのドレスに、首やら耳やらを飾る重いアクセサリー。
今日は、キスキン王国の建国何周年だか……(いかん、早くも忘れてるぞ、わたし)に、ご招待預かってみんなでお祝いに駆けつけたんだ。
ミモザ姫がちゃんとパーティ用の服装を全員に用意してくれてたんだけどね。
着慣れない格好で疲れたのか、乾杯のシャンパンに酔ったのか、なんだか軽いめまいを感じたわたし。
宴もたけなわってところだったんだけど、まだまだお料理に夢中のルーミィをノルに任せ、早々に退出したんだ。
まさか、その後部屋まで戻れないとは思わなかったけどねっ!
「よ、よかったぁ……たどり着けたよお」
「たどり着けた、って……大広間から階段上がって突き当たりだよ? そんなに難しいか?」
うっ。そう言われてしまうと身も蓋もないけれど。
「クレイだって、わたしの方向音痴知ってる癖にっ」
「あははは、それもそうだ。ごめんごめん」
ふんだ。納得されたって嬉しくないんだけどね。
わたしはちょっとふくれつつ、すっかり重く凝った肩をぐるぐる回した。
慣れないもの着た上に、こんなずっしりしたネックレス着けてるんだもん。そりゃ肩も凝るよね。
無意識のうちにネックレスの留め金に手が伸びていたんだけど、なんか……取れないんだけど、これ。
カチカチ爪を立ててると、髪が絡まってしまう。いたた。
「くー」
「何してるんだよ。ほら、取ってやるからあっち向いてごらん」
苦笑まじりのクレイに、言われるがままに背中を向ける。
と、うなじの髪を、クレイのごつい指がかきあげた。
あらわになったそこに、ほんのりあたたかい唇がそっと触れる感触。
「んっ」
熱い吐息が敏感な首筋にかかり、思わず首をすくめるわたし。
クレイは唇を離さないで小さくつぶやく。
「パステルの香りがする……それだけじゃないな。香水?」
「あ……さっきドレス着た時に、メイドさんがつけてくれたの」
「それで、いつもより大人っぽい香りなんだな」
穏やかで少し低い声。
耳の後ろから聞こえるその声は、艶っぽくてどことなく熱い。
わたしはドキドキする鼓動を誤魔化すように、軽く咳払いした。
ようやく当初の目的を思い出す。
「ク……レイっ、そ、のネックレス外してくれない?」
「ああ。わかったけど……冷たいなあ、パステル」
「つ、冷たいって何っ」
どもるわたしに構わず、クレイは唇を離すと、意外にあっさりとネックレスの留め金を外した。
鼻先に、しゃらんとぶら下げられる重そうな装飾品。
「はー……ありがと。重かった……」
「確かにずっしりしてるよな、これ。そのドレスも重そうだし」
「そうなのよー。宝石がいっぱいついてるのはキレイだけど、わたしやっぱり、普段の格好の方が楽でいいよ」
「じゃあこれも脱ぎなよ」
「そうだね…………って、え?」
クレイの手が背中のホックにかかった。と、思う間もなく一気に締め付けられていた胴回りが自由になる。
あ、クレイがファスナーおろしてくれたんだ……おかげで楽になった……じゃない!!
「ちょちょ、ちょっと、クレイ!」
首だけ振り返り、裏返った声で文句を言うも、その声には我ながら迫力がない。
だってだってクレイがいくら恋人だって、今までこんな姿見せたことないんだよ!?
そりゃあ一応恋人同士らしきことはしてるけど、照れ屋の彼もわたしも、その時はいつもベッドに潜り込んでて、お互いの裸だって見たことないんだからっ。
ドレスの下には、レースがいっぱいついた下着しかつけていない。
頭が真っ白になったわたしは、慌てて両手で胸元を隠した。
そのまま、そおっとそおっと着替えを置いてあるクローゼットの方へ移動を試みる。
「あの、えっと、あ……っち向いててくれない?」
「駄目。パステル、こっち向いて」
両肩をぐいと掴まれ、否も応もなしにくるりと反転させられる。
瞬時に顔が真っ赤になるのがわかったけど、目の前にいるクレイの頬も、負けず劣らず赤い気がするんだよね。
意外と悠長にそんなことを考えていると、目の前の景色の角度が変わった。
背中に当たる冷たい感触は、大きな机の上に押し倒されたからだってわかるまでは、結構な時間がかかった。
顔のすぐ上にあるのは、恋しい人の照れたような顔。
長めの黒髪が肩から落ちて、わたしの頬をくすぐった。
「……パステル」
喉にからまったような甘い声と、キスが上から降ってきた。
熱くてとろっとしたキスは、少しだけお酒の味。酔ってるのかな? クレイ。
彼は唇を離すと、上体を起こしてわたしの下着をおへそまでずり下げた。
「やっ」
「隠さないで。……見せてよ」
隠そうとする腕は、大きな手に軽く握りこまれてしまう。
うう、顔から火が出そう。
そんなにじっと見つめないでほしい。
「……かわいいよ、パステル」
「ひゃ……ぁ、んっ」
クレイのつぶやきの最後は、わたしの肌に吸い込まれた。
胸元に埋められたクレイの顔。動きにつれてさらさらと触れる髪がこそばゆい。
彼の唇と指は、いつになく情熱的に、むさぼるように胸を愛撫していた。
いつものぎこちない動きとは、どこか違う。
その指は徐々に下へと降りてゆき、長めの下着の裾から忍び込んだ。
ぴちゃ、という音とぬるりとした感触。
「やん、や……あ……あんっ」
「パステル……もうこんなになってる」
クレイの言葉に、さらに赤くなってしまったであろうわたし。
顔を背けてこぼれる喘ぎを逃していると、クレイの逞しい両手がわたしの腰に回された。
そのままひょいと机の上に載せられ、自然と足を開かされる形になる。
「や、だ……っ、恥ずかし……いよお……」
下着は脱がされかけの上、膝を折り曲げて、まるで蛙みたいな格好にさせられたわたしは、半べそで文句を言った。
身をよじって抵抗しようとするんだけど……がっちり押さえ込まれてて、全然身動きできない。
「どうして? すっごく……かわいくって、いやらしい」
弾むような呼吸のクレイ。
思わずその顔を見やると、彼はわたしと視線を合わせたままで足の間に屈みこんだ。
「ひっ!! ぁだ、めぇ……あ、ああ……っ」
その部分をなめらかに滑る舌。
ぴちゃぴちゃいう湿った音はますます大きくなり、溢れた蜜がお尻を伝っていくひやりとした感触を感じる。
硬い天板の上に横たわらされて始めは痛かった背中も、滲み出るような快感に覆われて、今は全く気にならなくなってしまったみたい。
「パステル、もう……いいか?」
閉じていた瞼を開くと、ベルトを外しながら遠慮がちに聞くクレイの姿。
いつもなら何も言わないで頷くだけなんだけど……息を吸って、言ってみる。
「クレイ……欲しいよ」
クレイは鳶色の瞳を驚いたように見開き、ゆっくりと照れくさそうに微笑むと、立ったままの姿勢で腰を進めた。
それが、ぬるりと襞を割り込む感覚。
太くて堅いものがわたしの内で動き始める。
わたしは今まで感じたことのないほどの快感に、抗うことなく身を委ねた。
のけぞって甘い声をあげるわたしの目に入ったのは、天地が逆さになった背後の月夜。
わたしたちの夜は長い。
まだまだ月は昇ったばかり。
わたしは、躍動的に腰を動かす恋人の袖を引き、熱い想いのままにくちづけた。