うー。
ただ道を歩いているだけなのに、顔がニマニマしてきちゃうぞ。
「おい!ぼさっとしてんじゃねぇよ、また迷子になるつもりか?」
右斜め前から、いつもの罵声が飛んでくる。
昨日までだったらここで、ちょっとした口げんかを始めたり、なんてしょっちゅうだったけど…
こっちを振り返った我がパーティのシーフ、トラップの顔。
ああ、ダメだ。我慢できない。
「…なんだよ。なに、笑ってんだよ」
真っ赤な顔と赤毛の彼の、ド派手な服の裾をつまんで、わたしは「なんでもなーい」と答えた。
実はね。
昨日から、トラップと…付き合うことになっちゃったの!
わわわわ…自分で言ってて、ものすごく恥ずかしくなってきた。
彼から告白されたときは、もう、それはもう、大混乱だったんだけど。
まあ…その。
嬉しかった。
ちゃんときちんと考えて、付き合うことにしたよ。
ギャンブル好きなのはちょっと考えてしまうけど、
ぶっきらぼうに見えて実は優しいこととか。
パーティのことを誰よりもよく見ているところとか。
好きだな、って思った。
それでね、今日はエベリンに来てるんだけど…
クレイはルーミィとシロちゃんを連れて魔法屋さん、キットンは行きたいお店があるからってふらりといなくなってしまって、ノルも探しているものがあるらしくて。
自動的にトラップと2人。
いろいろと必要なものを買い足しながら、なんだかデートをしてるみたいな気分にひたっているというわけ。
…って、いうか…これって、デートなのかなぁ?
いやいや、そんな色気のあるようなものじゃないって!
でも、でもでも、2人で歩いてるってだけで、なんだかすっごくドキドキしちゃうよ。
やだなぁ。もう。
でもずーっと真っ赤なトラップの横顔を見ていられるのって、それだけでかなりお得かもしれない。
「えーと塩、カンテラの燃料、クッキーと…だいたいのものは買えたかな」
「そっか。…あ、そっちの荷物持っちゃる。かしてみ」
「え?…あ、ありがと…」
うう、なんだかちょっとしたことなのに、ものすごく、照れる!
えーん、右肩が緊張するよ〜。
わたしがひとりであたふたしていると、すべてチェックし終わった買い物リストをポケットにしまいながら、
トラップがそっぽを向いたまま、こう言った。
「…なんか思ったてたよか、あっさりすんだな」
「あ、うん、そうかもね。けっこう時間あまった、かな」
「じゃ、…この荷物、宿に置いてちょっとぶらぶらすっか?」
ぶらぶら…?
言われたことの意味を理解するのに、5秒くらいかかっちゃったかもしれない。
えええええ!
それって、それって…
…デートしようってこと?
その次の瞬間、わたしは大きく大きくうなずいていた。
「う、うん!うん!」
気持ち早足で宿に戻って、部屋の鍵をもらい、買った荷物をおろした。
もう、どうしよう…。心臓がドキドキしちゃって、嬉しくって、踊りだしそう。
「トラップ、トラップ、どこ…行く?」
「んー…」
少し考えるようにして。
彼は、わたしの腕を軽く引っ張って…
……!!!
「どうすっかな…」
ぎゅうう、と。
抱きしめられてた。
押し付けられた彼の胸板…熱くて、硬くて。
わたしの髪の毛に、彼のほっぺたが当たってるのがわかる。
背中に優しく回された腕の重さ…
少し身体を離して、トラップはわたしの顔に手を添えた。
…こ、これって…
2度目?
昨日初めてした…
目、目、目、閉じなきゃ。
昨日、それでものすごーく馬鹿にされたんだもん…!!
昨日は動揺しすぎて、よくわからないままに終わったんだけど。
今日はいろんなことが新鮮で、ドキドキで、いろんなことをしっかり覚えておこうと思った。
彼のちょっとかさついた唇とか、さらっとした前髪がわたしのまぶたに当たる感じとか。
頬から耳や首筋を撫でてる手とか…
…ん?
あれ?
トラップ?
ちょっと…
それは…
そそ、そこはっ!ちょっとー!
「トラップ!ちょ、ちょっと、ちょっと待ってー!!!」
わたしはトラップの手首を握り締めて、胸からはがした。
胸っていうのは、わたしの胸で、えっと、つまり…
服の上から、手が、胸を。
「あの、ちょっと、あのね、それはね、お願いだから、あの…」
展開が、展開が速すぎるよぅ…
わ、なんか涙が出そう。
これじゃなんか、わたしが嫌がってるみたいじゃない?
そうじゃないんだけど、うまく言葉にならなくて、わたしはトラップの手を握り締めたまま、彼を見上げた。
すると。
「…ばーっか!」
照れ隠しのように笑って、こんどは乱暴にわたしの頭を抱きしめた。