ううう、なんだか変な感じ。  
わたしは馬車に揺られながら、鈍く痛むおなかをこっそり押さえた。  
べつに病気とかじゃない、もちろん月の…っていうのでもない。  
なんだか、まだなかになにか入っているみたいな気持ち。  
「どうしたんですか?パステル、変な顔して。悪いものでも食べましたか?」  
「ええ?あ、…ああ、なんにもないよ?元気、元気っ」  
「そうですか?まあ、具合が悪くなったらいろいろ薬草の用意もありますから、言ってくださいね」  
「うん、キットン、ありがとね!」  
わたしは内心の冷汗を隠しながら、キットンに精一杯の笑顔を向けた。  
もおお…  
わたしはその痛みの原因であるところの彼をじろっと睨んだ。  
 
はす向かいの席で変な顔をしているのは、わがパーティの盗賊でありトラブルメーカーのトラップ。  
付き合ってやっと1ヶ月の、わたしの恋人。  
夕べ、わたしとトラップは、その…いわゆるオトナの関係っていうやつに、なったんだけど。  
今思うと、なんとなく勢いだったかなぁとか。最初だし拒むべきだったかなぁ、とか。  
でも、トラップとだったら後悔しないし、結果オーライだよね!とか。  
いろいろ、考えちゃった。  
考えすぎて、夜、眠れなかった。  
寝るときはさすがにまずいだろうってことで、トラップは男性陣の部屋に戻っていったんだけど…  
どきどきしちゃって、目を閉じても思い返して恥ずかしくなっちゃって、ダメ。  
あと…。  
その、その…最中から我慢してたんだけど、終わってからもずっと、おなかが痛い…。  
いちばん奥の方が、ほんの少しだけ…でも。  
どうしてなの?これって。  
…あ、あああ、あああ。わたし、いま、ものすごい想像しちゃった…!!!  
もしかして、トラップって…大きいの?  
や、やだ。なんてこと考えてるの、わたし。  
それに、実際にちゃんと見たわけでもないのに。  
見たわけでも…  
見た…  
きゃあああああああああ。  
ひとり混乱していると、隣に座っていたクレイがわたしの顔を覗き込んで、  
「どうしたんだ?パステル。やっぱりキットンのいうとおり、具合でも悪いのか?」  
「へ?あ、ああ、そんなことないよ!元気だってば!」  
「それなら、いいけど。無理するなよ?」  
う、ううう…  
もう、もう。やだぁ。えーん。  
 
シルバーリーブに帰ってくると、いつもの日常が帰ってきた。  
ここのところ出かけてばかりだったから、なんだかほっとしちゃう。  
しばらくバイトしてお金を貯めようってことになって、男性陣はみんな昼間は働いてる。  
わたしは頼まれていた小説にとりかからないといけなくて、ルーミィとシロちゃんの面倒をみながら  
みすず旅館の部屋に備え付けてあるテーブルに向かっていた。  
うーん…腕が痛い…いちばん痛いのは親指のつけねあたりかな?  
まる3日、集中して文章を書いていたら、当然といえば当然かも。  
3日かぁ…  
そういえば3日、トラップと2人になってないんだなぁ。  
もちろん食事のときとか顔を合わせてはいるんだけど、2人で、となると、3日。  
…ううん、馬車で帰ってきた日も2人で話したりする時間はなかったから、もう4日、会ってない。  
原稿が終わったら、会いたいなぁ。  
なんだか、急に寂しくなってきちゃった。  
ようし、あとちょっとで原稿書き終わるし、頑張ろう!  
わたしはぐーん、と腕を伸ばして、硬くなったからだをほぐすようにまわした。  
あちゃあ…ぽきぽき鳴る。おばさんみたいになっちゃってるなぁ。  
と、ベッドのほうに身体をよじると、ルーミィが昼寝をしながらタオルケットを思いっきり蹴飛ばしているのが見えた。  
「ルーミィってば…おなか、丸見えよ?」  
「んむぅ…るーみぃ、おなかぺっこぺこ、だおう…」  
乱れた服を直してやり、布団をかけなおしてあげる。うふふ、寝顔がかーわいい。  
ちょこん、とぷくぷくのほっぺをつついて、テーブルへ戻ろうと振り返った。…ん?  
テーブルの脇にある窓の桟に、なにか置いてある。  
ほんのすこしだけ開けてあった窓から風が流れ込んできて、それをぱたぱたぱた、と揺らした。  
紙?…に、石が載せてある。  
石をどかして、紙を手に取った。4つ折にしてあったそれを開いた。  
 
『原稿終わったか?  
終わって印刷屋に行ったら帰りに納屋で待ってるから来い トラップ』  
 
走り書きで、見覚えのある字。  
最後の名前を見るまでもない。ト…トラップ、いつのまにー!  
うん、まあ確かにもうすぐ終わるけど、原稿。  
手紙なんて、書くんだ?トラップってば。  
うわー、顔がにやける…  
付き合ってても、こういうの…ラブレターって、いうのかな?  
 
最後の仕上げと推敲をすませて、戻ってきたキットンにルーミィを見ているよう頼んだ。  
印刷屋さんに原稿を持ち込み、やっと肩の荷を降ろせた気分。  
はあ、間に合ってよかった。評判、悪くないといいな。  
そしてわたしはトラップからの手紙のとおり、納屋へと向かった。  
納屋っていうのは、たぶんだけど、ノルが寝させてもらってる納屋のことだと思う。  
みすず旅館には彼の寝られる部屋がないから、貸してもらっているんだよね。  
日ごろからあんまり使っていないから、っていうので、好意に甘えてしまっているんだけど…  
わたしはなんとなく音を立てないようにして、納屋のドアを押し開けた。  
…いた。  
ふかふかのわらの山に寝転がるようにして、わたしの好きな人。  
トラップ。  
目を閉じて、眠ってしまってるみたい。あ、いまちょっとだけまゆげしかめた。  
…ルーミィには負けるけど、かわいいかも。  
足音も立てないようにゆっくりと近づいて、おでこをすこしだけ撫ぜた。  
すると寝転がったまま、彼のまぶたがぱちぱち、とまたたいた。  
「…あ、わりぃ。寝てた…」  
「あはは、いいよ。バイトおつかれさま」  
「おめぇも、原稿おつかれ」  
はれ?  
わ、わわっ…  
トラップに抱き寄せられてバランスを崩し、彼の胸に体重を預けてしまう。  
わらの山が、がさ、と沈んで戻る。ふわっといい香り。  
彼の腕が背中をぎゅう、と抱きしめて、ふっ、とその力を緩めた。  
「あー…、やっと、触れた」  
「え、ええ?」  
「ええ、じゃねぇよ、ったく…いいから、触られてろ」  
さ、触られてろ、って。  
とっさに彼を見上げると、至近距離で目が合ってしまった。  
…ひさしぶりの、トラップだ。  
心臓をつかまれたみたいにきゅん、となってしまう。  
トラップも照れくさそうに、笑った。そのまま、顔を近づけてくる。  
え、えっと…もう。もう大丈夫。わかってるよ。  
キス。  
 
小さなキスを繰り返して、また抱き合った。  
…幸せって、こういうことなのかな。  
好きな人が、わたしを好きで。一緒にいられる、って。それって、すごい。  
トラップの前髪を指で弾いて遊んでいたら、彼がいつになく神妙な面持ちで口を開いた。  
「なあ、パステル」  
「なに?」  
「その…身体、だいじょうぶなのか?」  
「え?…なんで?」  
「いや、その…帰りの日、調子悪そうだったろ?おめぇ」  
「…??…あ、ああ!」  
わたしが、おなか痛かった日…だ…。  
気にしてくれてたんだ。  
ど、どうしよう。なんて説明すればいいんだろ。  
じつはあの日だけじゃなくて、翌日もほんの少しだけ痛かったんだけど。  
いまはもう、なーんにもない。  
…たぶん、はじめてだったからだよね?  
トラップに変な心配させるのもやだし、言わないでおこう、うん。  
「大丈夫だよ、気にしてくれて、ありがとう」  
「…そっか?ならいいんだけどよ」  
トラップはバツの悪そうな表情で口をモゴモゴさせ、続けた。  
「なんつーか…うん、あれだ。おれも、イロイロと頑張ったんだけどな」  
「?」  
「おめぇに、無理とかさせたくないんだけど…我慢、できねぇ」  
「…ひゃあっ!」  
くるり、と視界が反転した。天井が見える。  
トラップがわたしの上に覆いかぶさって、それをさえぎった。  
そのまま声を出す暇も与えられずに、唇を奪われてしまった。さっきまでとは全然違うキス。  
 
…首筋を、わらがちくちくと刺してる。  
だけどそんなことに構っていられないくらい、トラップは激しくキスを求めてる。  
口の中をかき混ぜるように、息をするのも苦しいくらい。  
彼は服の上から胸をまさぐって、舌先で強引に口の中を責めて来る。  
(トラップ…!!)  
「…嫌じゃ、ねぇか…?」  
キスの合間に、…そんなこと聞かれても。  
わかんないよ。頭がぼおっとして、どうしたらいいかわかんない。  
わたしはなにも答えられずに、トラップの瞳をじっと見つめた。  
彼も、わたしをほんのすこしだけ、だけど強い視線で縫いとめて、またキスをしてくれる。  
髪の毛を撫でて、梳いて、睫毛とくびすじのあごのラインにキス。  
…なんだろう、これ。なんだか…変な気持ち。  
切ないだけじゃない、愛しい、淋しい、大事、いろいろな気持ちがないまぜになってる。  
理由はわからない。どうしてだろ?  
たまらなく不安な気持ちになってしまって、わたしは思わず、トラップにたずねた。  
「…わたしのこと、トラップ…好き?」  
いきなりの、わたしの質問に。  
彼は一瞬躊躇して、だけどはっきりと答えてくれた。  
「すげぇ…好き」  
 
頬をなにかがつたい落ちる感触。  
あれ?…わたし、もしかして泣いてる?  
 
スカートのしたに手のひらが差し込まれて、わたしのふとももにひんやりした感触を残した。  
下着の上からそこを刺激して、やさしく愛撫してくれる。  
「ん…やっ…」  
「パステル…」  
わたしが身体をよじって身体を浮かせると、彼は下着をブーツの位置までおろしてしまった。  
わらがちくちくとお尻を刺す。…や、やだ、地味に痛いかも、これ…  
「と、トラップ…お尻、痛いよ…」  
わたしの首筋にキスを移動していた彼は、ん、と首を傾げた。  
「…ちょっとパステル、うつぶせになれっか?」  
「う、うん…」  
膝の位置にある下着でちょっと動きづらかったけど、なんとかうつぶせの体勢に近いような状態になれた。  
すると。  
…きゃあ!  
わたしのお尻はぐい、と持ち上げられ、膝を立てさせられて…お尻を突き出すような格好にさせられてしまった。  
「や、やだやだやだっ。こんな格好…あっ…」  
指、指。  
指が入ってるよ…!!  
身体にちからが入れられなくて、顔をわらに埋めてしまう…  
やわらかい陽射しが、納屋の壁の高い位置にある小窓から差して、暖かい。  
ふわ、と鼻腔をくすぐるわらの香りと、自分の状況がなんだかかみ合わないみたい。  
わたしの中を大きくかきまぜるようにしてから、トラップはそこに熱くて硬いものをあてがい…ぐい、と押し付けた。  
 
「…んんっ…くぅ…」  
や、やっぱり痛い…  
彼が動くたびに、おなかの奥のほうが押されて、痛い…みたい…。  
だけどその部分は、わたしの気持ちとは裏腹にすごくいやらしい音を立てて、トラップを締め付けてしまってる。  
彼は背中にのしかかるようにして、腰を押し付けてる。  
動きが激しければ激しいほど、耳元でわらが軋むような音を立てた。  
「やべ…すげぇ、気持ちい…パステル…」  
「トラップ…?」  
首を捻って、彼を見上げる。  
トラップ…トラップ。トラップ。  
見たこともないような表情の彼が、そこにいた。  
なんて言えばいいのかなぁ?一瞬思ったのは、迷子になった子供みたい、っていう感じ。  
それを見た瞬間、…胸が痛くなっちゃったのかってくらい強く、思った。  
どうしよう、トラップが好き。大好き。  
痛いのも、触ってくれるのも、気持ちよくなっているのも…わたしだけのもので、いいかな?  
わたしだけのものに、していい?  
「…あっ、やあ…!!」  
や、やだ。なんか、やっ…いままでと、なんか違う…!!  
わたしが見ているのに気付いて、彼が身をかがめ、唇をかすめて合わせるようなキスをしてくれて。  
それで、熱いそれが、ある場所に触れて。  
わたしはいままで感じなかった感覚に、小さな悲鳴をあげてしまった。  
 
「わっ、てめ、パステル、いきなり締め付けんな…!!」  
 
 
はあ、はあ、はあ、はあ…  
いつのまにか肩で息をしなくちゃいけないくらい、鼓動が早くなってたみたい。  
後ろからも、トラップの息遣いが聞こえる。  
「…はあ、はあ…くっそぉ…」  
「…え、?」  
「こんどはもうちっと、…頑張る予定だったんだよ…」  
「…」  
ト、トラップってば…頑張るって…何を?  
いや、その。…わかるよ。わかるんだけど…ええ?  
思わず口をおさえたけど、先にふきだしちゃった。だってー。  
「あ、てめぇ笑ってんじゃねぇぞ?こら!」  
「あは、あはは。ごめん、とまんないみたい」  
なんだか、さっき感じてた不安みたいなものが、すっかり消えちゃった。  
実際のとこ、ちょっとおなか、痛いんだけどね。  
でも、大丈夫。  
下着を引き上げて振り返ると、真っ赤になったトラップ。  
ぷい、とわたしから顔をそらして、機嫌のわるそうなふりしてる。  
 
…変な、顔。  
 
その横顔も、全部全部抱きしめたくなっちゃって、  
とりあえず、彼の手のひらをぎゅ、とにぎりしめてみた。  
 
 

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