――先生の作品に出てくる男性って、リアリティがありませんね。  
 その日、わたしのところに届いた一通のファンレター。  
 それは一行目からこんな調子で始まっていた……  
 わたしの名前はパステル・G・キング。  
 冒険者にして、雑誌に連載作品を持ってる小説家(の卵)でもあるんだ。  
 もともとはわたしが経験したクエストをまとめてたものをちょっとずつ発表してたんだけど、最近 
それが結構評判いいらしくてね。こんな依頼を受けたんだ。「普通の恋愛小説も書いてみませんか?」 
って。  
 それって、つまりわたしが考えた完全オリジナルの作品を発表してもいいってことだよね? わた 
し、小説家って名乗っちゃっていいんだよね??  
 それで舞い上がっちゃって。一も二もなく引き受けて、早速一本発表してみたんだ。  
 内容は、地味で目立たない女の子が、かっこいい冒険者に憧れて、彼のパーティーに参加するため 
に自分も冒険者を目指すっていうお話。  
 ……実話じゃないからね、言っておくけど。  
 結末は、女の子は冒険者には結局なれなかったけど、憧れの人と無事に結ばれて「いつか迎えに来 
る」っていう言葉を信じてひたすら待つ――ラストの一行で、彼が帰ってきたかのような描写を匂わ 
せてエンド、だった。  
 初めて書いた恋愛作品、それも完全なオリジナルだからね。わたしとしては、読んでくれた人の反 
応がすっごく気になったんだ。  
 雑誌に連載とかしていると、ファンレターっていうのを毎月何通かもらうんだけど、今日届いたの 
もそれ。  
 で、始まりからそんな調子だったそのファンレターは  
   
 ――先生の作品に出てくる男性って、リアリティがありませんね。  
   女性の希望と理想をそのまま体現しただけのような薄っぺらいキャラクターで、全然 
  魅力が感じられません。  
   どんなかっこいい男性にだって、汚い面や弱い面はあるはずなんです。先生は、想像 
  で小説を書いていませんか?  
   もっと身近な男性に、ちゃんと接して取材してみた方がいいのではないでしょうか。  
   恋愛描写も同じです。何の根拠もなくお互いを好きになり、将来を誓い合って別れる 
  ……二人は、お互いのどこにひかれたのでしょう? 全くわかりませんでした。  
   先生は、きっと恋愛をしたことがないんでしょうね。そんな人が恋愛小説を書くのは、 
  無理があったんじゃないですか?  
   冒険小説を面白く読ませていただいていただけに、今回の作品はちょっとがっかりで 
  した。  
   次回の作品が少しでも改善されていることを祈ります。  
     
 というような内容だった。  
 ガーンガーンガーン大ショック……  
 そりゃあね、今までもらったファンレターだって、全部が全部ほめちぎったものばかりじゃなかっ 
たよ?  
 それにしたって、今回みたいに一行目から最後の行まで批判されっぱなしっていうファンレター 
(?)も初めて見たので、わたしはかなりショックを受けていた。  
 何よりショックだったのは、わたしに会ったこともないこの差出人が、わたしのことをすごく正確 
に見抜いてるってこと。  
 確かに、わたしは今までまともに恋愛……っていうのをしたことない。  
 ジュン・ケイとかギアとか、それらしい人は一応いたけど……どうもね、最近思うんだ。あれは、 
本当に恋愛だったのかなあ? って。  
 じゃあ何だったんだ、って聞かれても困るんだけど……  
 今回の恋愛小説を、1から10まで想像で書いたっていうのもその通りなら、相手役の男性をただ 
理想だけで書いたっていうのもその通り。  
 ただ、女の子が人を好きになるときの条件を全部満たした、ただそれだけの主人公……そうだよね。 
読み返してみてわかったけど、確かにその通りだよ。  
 はあ……一応、印刷所からは、二作目もどうかって言われてるんだけど……自信無いなあ……  
 いやいや、諦めちゃそれでおしまいよね。差出人さんも言ってるじゃない。「身近な男性にちゃん 
と接して取材してみてはどうか」って。  
 幸い、我がパーティーには男性が四人もいるもんね。シロちゃんはさすがに除くとして、クレイ、 
トラップ、キットン、ノル。  
 全員が全員、全然違うタイプの人だもん。恋愛のポイントとか、人を好きになる条件とか、それぞ 
れに聞いてみれば、きっとそれなりに参考になるはず。  
 よしっ、決めた!  
 というわけで、わたしはみんなに取材してまわることにしたんだけど……  
 
 
 キットンの場合。  
「はあ? 私が女性を好きになるとしたらですか? 私には既にスグリという愛する妻がいるんです 
が。まあ、そうですねえ……まず知的な女性ですね。それと、共通の趣味を持っていることですか。  
 私の薬草の会話についてこれないような女性は、ちょっと恋愛対象として見る気にはなれませんね。 
恋愛についてですか? 私が思うにですね、それは一種の病じゃないかと思うんですよ。  
 パステル、あなたもそのうちわかるでしょうけど、人を好きになるのに、条件なんて無いと思いま 
すよ?」  
 条件なんて無いって言いながら、どうして条件をスラスラ言えるのよう……もうわけわかんない。  
 とりあえず、趣味が合うっていうのは確かに重要な項目だよね。チェックしておこう。  
 
   
 ノルの場合。  
「え? 俺? 好きになるとしたら?……よくわからない。大事な人? パーティーのみんなと、メ 
ルかな。そういう意味じゃない? じゃあどういう意味?  
 恋愛について? ……相手と、ずっと一緒にいたいって思うことじゃないかな」  
 うーっ、大切な人がパーティーの皆や妹のメルさんで、ずっと一緒にいたいって思うことが恋愛?  
ノルにとっての恋愛って、もしかして家族愛とごっちゃになってない? 違うのかなあ……  
   
 
 クレイの場合。  
「え? 俺が好きになる女性のタイプ? そうだなあ……優しくて家庭的なタイプかな。明るくて、 
前向きな……  
 でも、実際にそういう人がいたとして、じゃあその人を好きになるかって聞かれたら、わからない 
って答えるよ。恋愛ってそんなものだよ。  
 俺にとっての恋愛っていうのは、相手の何もかもを好きになれることかな。相手の嫌なところも、 
欠点も、全部ひっくるめて好きだと言える、それが恋愛だと思うよ」  
 好きになる条件を全部満たしていたとしても、好きになるかわからない……うむむむむ。クレイの 
言うこともよくわかんないなあ。それに、嫌なところも欠点も好きにならなきゃ恋愛と言えないって 
いうのも、何だか納得できない。  
 好きな相手って、自分にとって嫌なところも欠点もないような人だから好きになるんじゃないの?  
 うーん。  
 
 
 隣の部屋で薬草の実験をしていたキットン、裏で大工仕事をしていたノル、庭で剣の手入れをして 
いたクレイ、と次々に話を聞いていったんだけど、どうも……わからないなあ。  
 みんなの言うこと、それぞれわかるようでやっぱりわからない。結局、男の子にとっての恋愛って、 
何なのかなあ? わたしにとっての恋愛は……?  
 まあ、よく考えたら、ノルはずっと妹さんを捜すために旅を続けてたし、クレイはかっこいいから 
もてるけど、本人が全然それに気づかない人だしね……キットンは妻帯者だけど、まあ……一般の人 
とは異なる感覚を持つ人だから。  
 まともに恋愛の話ができるのを期待したのが、間違いだったかも。  
 でも、わたしは諦めないもんね。最後に残ったトラップなら、きっと何か教えてくれるんじゃない 
かって思うんだ。いつもナンパしてるから経験豊富そうだし、実際にマリーナのことが好きみたいだ 
しね。  
 よし、トラップに期待してみよう!  
 トラップは、ちょうど今バイトに出かけてていないんだよね。帰ってきたら、早速インタビューだ!  
 
 そうやって、わたしは食堂でホットミルクを飲みながら、ずーっとトラップの帰りを待ってたんだ 
けど。  
 夕食の時間を過ぎて、さらに寝る時間になっても、彼は帰ってこなかった。  
 ……どうせギャンブルでもしてるんだろうなあ。はあ……  
 クレイ達はもうとっくに寝ちゃったし、食堂にはわたし一人っきり。もう、明日にして今日は寝ち 
ゃおうかなあ……  
 わたしが半分くらい諦めかけたそのとき、やっと宿のドアが開く音がした。  
 もーっ! やっと帰って来た!!  
 どうせトラップのことだもん。わざわざ迎えに行かなくても、食堂には絶対立ち寄るはず。いっつ 
もつまみ食いしてるの、知ってるんだからね。  
 わたしは驚かせようと思って、わざと電気を消して待つことにした。  
 そうしたら、思ったとおり! トラップは、部屋に戻らずに一直線にこっちに向かってきたんだ。  
 何だか鼻歌まで歌ってご機嫌みたい……ギャンブル、今日は勝ったのかな?  
 パチッ  
「うおっ!?」  
 電気をつけた瞬間、真ん中で仁王立ちしていたわたしを見て、予想通りトラップはかなり驚いてい 
たみたい。  
 ふっふっふ、ざまーみろ!  
 
「ぱ、パステル!? おめえ、こんな時間に何やってんだ?」  
「トラップの帰りを待ってたの! ね、ちょっとだけ話しない?」  
「はなしぃ……?」  
 トラップは露骨に面倒くさそうな声を出したけど、「はいっ」とミルクを突き出したら、渋々それ 
を受け取って椅子に座ってくれた。  
「んで、何だよ話って。俺ねみいんだけど」  
「大事なことなのっ! あのさ、トラップに聞きたいんだけど」  
「あんだよ」  
「トラップってさ、今好きな子、いるよね?」  
 ぶはあっ!!  
 わたしがそう切り出した瞬間、トラップは盛大にミルクを吹き出した。  
 もーっ、汚いなあ。  
「げほげほっ……あんだよ、いきなり……」  
「だから、大事なことなんだって。教えてよ」  
「…………」  
 トラップは、何だか急にそわそわして周りをみまわしてたけど、やがてボソッとつぶやいた。  
「……まあな」  
「やっぱり! ねえ、どうしてその子のこと好きになったの?」  
「そりゃあ……って、何でんなこと聞くんだよ」  
「うん、実はさあ」  
 わたしがファンレターのことを話すと、トラップは何だかあからさまに不機嫌になった。  
 ……わたし、何か悪いこと言ったっけ?  
「けっ、くだらねえなあ。ほっときゃいいだろ、んなもん」  
「何よー、そんな言い方はないでしょ! それに、わたし自身が納得できないもの。次も書いてみて 
って言われてるから、今度こそいい作品を書きたいの! だから、協力してよ。ね?」  
 トラップは何だかぶつくさ言ってたけど、諦めたみたいで、椅子に座りなおして真剣に話し込む体 
勢になってくれた。  
 
「わぁったよ。んで? 何を聞きたいんだよ」  
「だから、トラップにとって恋愛とは何か、とか、どうして好きになったのか、とか」  
 まあ、マリーナを好きになった理由は大体想像がつくけどね。同性のわたしから見ても、すっごく 
いい子だもんなあ。  
「…………」  
 トラップは、しばらく考え込んでたみたいだけど、ちょっと赤くなりながら言った。  
「そだな。俺が……好きになった理由は……理由なんざねえ、ってのが正直なとこだな」  
 は??  
 わけわかんない。何、それ?  
「だぁら……別に、特別な理由なんかねえんだよ。ただ、俺にとってはそいつでなきゃ駄目だって思 
えたんだ。  
 例えば、そいつよりもっと美人でもっと色気があってもっと性格のいい女がこの後何人出てきたっ 
て、俺は絶対好きにはならねえと思う。そいつの何がいいってわけじゃねえ。しいて言うなら全部だ 
な。  
 そいつの何もかもが好きになっちまった、ってとこだ」  
「うーんっ……」  
 わかるような、わからないような……  
「俺にとっての恋愛ってーのはだな……ま、そいつが幸せになってくれることだな。そいつにとって 
俺が邪魔な存在なら、俺は消えたっていい。ただそいつさえ幸せになってくれりゃあいい、それが俺 
にとっての恋愛だな」  
 うーんっ……何だか、すごくとても意外な言葉を聞いた気がする……  
「信じられないなあ……」  
「てめえっ! 人が真剣に言ってんのに失礼な奴だなっ!!」  
「あはは、ごめんごめん。ちょっと意外だったんだ。トラップは、いつも自分のことを真っ先に考え 
るタイプだと思ってたから……」  
「……まぁな。そりゃそうだ。俺が幸せになんなきゃ、他の奴が幸せになったって意味ねえじゃねえ 
か。だけど、そいつだけが特別だから、それが恋愛だっつってんだよ」  
「ふーん……」  
 何となく、わかる気がする……けど、いいなあ。そんな風に思ってもらえたら、幸せだろうなあ。  
 ……何だろ。何だか悔しくなってきちゃった。  
「いいなあ、マリーナが羨ましい」  
「……ああ? 何でこんなとこでマリーナが出てくんだ?」  
「だって、トラップの好きな人って、マリーナでしょ? トラップみたいな人に好きになってもらえ 
たら、きっと幸せだろうなあ、って思って……」  
 わたしがそう言った途端、トラップの顔が、何故かひきつった。  
 
 ……どうしたんだろ? あ、もしかして、図星指されたからびっくりしたとか?  
 いっつもわたしのこと鈍い鈍いってバカにしてるもんね。わたしにだって、それくらいわかるんだ 
から。  
 よし、大体わかったかもしれない! トラップの意見をメインにして、次の作品を考えてみよう!  
「色々教えてくれてありがとう、トラップ。もう寝よう、大分遅くなっちゃったし」  
「……パステル。最後にいいこと教えてやろうか」  
「え?」  
 いいこと? 何だろう?  
「何? いいことって」  
「恋愛のなあ、真実って奴だよ。ちょい、耳貸せ」  
 ちょいちょいと手招きされて、わたしはトラップの口元に耳を寄せた。  
 その瞬間だった。  
 ぐいっ  
 ……え?  
 突然、トラップの手が、わたしの顎をつかんで……  
 え? 何? わたし……わたしの唇を、トラップの唇が塞いで……  
 これって……キス……?  
「――――――!!」  
 思わずつきとばそうとしたけど、その手をトラップにつかまれた。  
 そのまま、わたしは抱きかかえられて……  
 気がついたら、テーブルの上に押し倒されていた。  
 すぐ目の前には、いつものふざけた表情が全然無い、怖いくらい真面目なトラップの顔……  
「……教えてやるよ。恋愛の真実って奴を」  
「トラップ……?」  
 やだ、う、動けない。トラップって、こんなに力、強かった……?  
 トラップの目が、じいっとわたしの目を見つめていて……  
 そして、もう一度唇を塞がれた。  
「んん――っ!!」  
 何、何が起きてるわけ……? トラップ、どうしちゃったの……?  
 
「恋愛ってのはな、奇麗事ばっかじゃねえんだよ……」  
 唇を離して、トラップがつぶやいた。  
 息が荒い。怖い……  
 そのまま、トラップの唇がわたしの首筋をはって……そして。  
 て、手が! 彼の手が! わたしの胸元に伸びてきて!!  
「やっ、やだっ、やめて! やめてよっ!!」  
「好きな女だから、欲望の赴くままにめちゃくちゃにしてやりてえ、それが恋愛の真実の一つなん 
だよ!」  
 ――え?  
 トラップの手が、乱暴にブラウスのボタンを外して、胸元におしいってくる。  
 膝の間を、トラップの膝が割り込んで、無理やり脚を開かされるような格好になって……  
 ――好きな女、だから? え? トラップの、好きな人って……  
「何で……ここまでしなきゃ気づかねえんだよ!! 俺の、好きな奴ってのはなあ……」  
「――駄目っ!!」  
 どんっ!!  
 わたしは、思わずトラップを突き飛ばしていた。思いっきり、力をこめて。  
 彼を、拒絶してしまった。  
「……あ……」  
「…………」  
 トラップは、何も言わない。そのまま……食堂を出て、階段を上っていく音がした。  
 へたりっ、と床に座り込んでしまう。  
 わたし……どうしたらいいの?  
 トラップの……好きな人って……!  
 
 翌朝。わたしはトラップとまともに目を合わせられなかった。  
 それは、トラップも同じみたいで、わたしの方を見ようともしない。  
 自然、ぎくしゃくした感じで朝食を終えたんだけど、さすがに様子が変だってことに気づいたみた 
いで、後でクレイに声をかけられた。  
「パステル、トラップと何かあったのか? よかったら相談に乗るけど」  
 ははっ、ありがとう、クレイ……でも、さすがにこれはクレイには相談できないよ。  
 わたし、どうしたらいいのかなあ……  
 こんな感じで、食事が終わった後も、猪鹿亭のテーブルで一人ぼんやりしていたときだった。  
「はーい、パステル。どうしたの? 元気ないじゃない」  
「あ、リタ……」  
 食堂のウェイトレス、リタに話しかけられた。わたしと同い年くらいの女の子で、何かと話をして 
くれるんだよね。  
 ……そうだね。こういうことは、女の子同士の方が話しやすいかも。よーし、リタに聞いてみよっ!  
 もちろん、恥ずかしいから相手の名は伏せて、だけどね。  
「うん。あのね、リタ、実は……」  
 で、わたしは、こういう風に話をしたんだ。  
 恋愛小説が書けなくて困っていたこと。  
 それで、実際に恋愛をしている人に話を聞いてみようと思って、ある人に話を聞いてみたこと。  
 わたしは、そのある人の好きな人は別の女の子だと思っていたけど、実は違って……わたしのこと 
を、好きでいてくれたみたい、ということ。  
 それを、わたしは拒絶してしまって、そのまま気まずくなってしまったこと。  
 トラップのトの字も出さないように、ある人がどんな人かも一切しゃべらないように、と気を使っ 
て気を使って話したのに。  
 話を聞いて、リタは、間髪おかず  
「そのある人って、トラップ?」  
 ぶはっ  
 昨夜のトラップのごとく、飲んでいたお茶を吹き出してしまった。  
 ううーっ、どうして一発でわかっちゃうのよう……  
 
「な、何でそう思うの?」  
「何で? 何でわからないのって言いたいわよ。トラップの好きな人なんて、見ればわかるわ。あか 
らさま、ばればれじゃない」  
 そ、そこまで……もしかして、気づいてなかったのわたしだけ? いやいや、まさかそんなことは 
ないよね、うん……  
「……うん、実はそう」  
「ふーん。トラップ、ついに告白したんだ?」  
「こ、告白ってわけじゃないんだけど……」  
 ゆうべのことを思い出して、思わず赤面してしまう。ううーっ、恥ずかしいっ……  
 でも、そういえば、トラップ、一度も「好き」って言ってない……よね。  
 もし、これでわたしの勘違いだったら、どうしよう……  
「と、とにかくね。同じパーティーなんだし、ぎくしゃくするのは嫌なんだ。わたし、どうすればい 
いんだろう?」  
「どうすれば……って、パステル、あなた、トラップのこと好きなんじゃないの?」  
 ……え?  
 どうして、そこでそういう話が出てくるの?  
「ち、違うよお。何でそう思うの?」  
「何でって……だって、そんなの一目瞭然じゃない」  
 ……わけがわかりません。リタ、一体何を言ってるの?  
「違うってば。わたし、トラップのこと好きなんかじゃないよ。一緒にパーティー組んでる、家族み 
たいな人だもん。嫌いじゃないのは、確かだけど……」  
「家族って……ねえ、パステル」  
「だって、だって!」  
 だって、ありえないよ。あのトラップだよ?  
 いっつも意地悪ばっかり言うし、口は悪いし、トラブルメーカーだし。そりゃ、やるときはやるし、 
意地悪ばっかり言ってるように見えて、実はちゃんとみんなのことを考えて言ってくれてるんだって 
わかるけど……  
 でも、わたしが好きなのは! こう、ジュン・ケイやギアみたいに、優しくて、頼りになって、そ 
れで……  
 わたしがそういう意味のことをまくしたてると、リタは何だか呆れたみたいだった。  
 ううーっ、何でそんな目で見るのよう。  
 
「パステル……あなたは、恋愛って何だと思ってるの?」  
「え……? えと、とっても素敵なもの、かな?」  
 そう。ジュン・ケイのときみたいに、見ているだけで幸せになれるような、そんな素敵な気持ち。 
それが恋愛なんじゃないの?  
 そう言うと、リタはぶんぶんと首を振った。  
「違う。全然違うわよパステル。やっとわかったわ……あなたの言ってるのは、ただの憧れよ、憧れ」  
「……え?」  
「憧れと恋愛は全然違うわよ。恋愛って言うのはね、もっと嫌な面がいっぱいあって、すごく辛いも 
のなの。  
 例えば、誰かを本当に好きになったとするわね。だけど、その人にはもう他に恋人がいて……そう 
いうとき、『あの女が消えてくれればいいのに』とか、本気で思っちゃう。本当よ?」  
 ……嘘。  
 茫然としている間にも、リタの話は続く。  
「そういう、嫉妬心とか。好きな人が、今どこで何をしてるんだろうって詮索してしまう心とか、ち 
ょっとしたことで浮気してるんじゃないかと思ってしまう疑惑とか、何もかも相手を自分のものにし 
てしまう独占欲とか。  
 恋愛っていうのはね、そういう自分の醜くて嫌な面をいっぱいいっぱい見なくちゃいけないの。そ 
して、同時に、相手の嫌な面も、いっぱい見ることになるのよ。だけど、欠点がいっぱいあるってわ 
かってて、それなのに好きだって思っちゃうのよ。  
 理想そのままの相手が来たって、その人を好きになるとは限らない。理想の正反対の人を何故か好 
きになることだってあるわ。理想と現実は違う、理屈どおりにいかない、それが恋愛よ」  
 それだけ言うと、リタはお昼ご飯の準備のために厨房に行ってしまったんだけど。  
 何だか、そう言ったリタはいつになくすごく大人びて見えて……  
 それから、わたしはずっと考えてたんだ。  
 トラップについて。恋愛について。  
 わたしが、あのとき彼を拒絶してしまったのは……きっと……  
 
 その日が来たのは、それから10日後のことだった。  
 その間、わたしは一度もトラップと口をきかなかったんだけど。  
 わたしは、その間に、エベリンのマリーナに手紙を出していたんだ。  
 自分の気持ちを正直に書いて、今の状態を書いて、協力してもらえないか、って。  
 マリーナは、快くOKしてくれた。ううっ、本当にいい子だよね。  
 ……あんなにいい子が傍にいたのに、どうして、トラップはわたしを選んでくれたんだろう……  
 そして、マリーナの協力の元。  
 マリーナは、用事があるからエベリンまで来てくれ、と言って、クレイを呼び出してくれたんだ。  
 手紙の一文にはしっかり、「ただし、ちょっと内密な用事なの。トラップに知られるとうるさいか 
ら、まだ黙ってて」と添えられていてね。  
 そこにすかさず、わたしが  
「じゃあ、ついでに魔法屋のおじいさんとおばあさんのところにルーミィを連れていってくれない? 
あんなにお世話になったんだから、たまには顔を見せてあげたいし。  
 わたしは原稿があるから行けないけど、かわりにシロちゃんと一緒なら大丈夫だと思うから」  
 って続けたんだ。  
 で、エベリンまで行くのなら、一緒に行って薬草でも見てきては? とキットンもおまけにつれて 
いってもらうことにして。  
 ノルだけは理由が思いつかなかったけど……ノルは、普段から馬小屋で寝てて、部屋の中には入っ 
てこないからね。  
 ようするに、部屋の中でわたしとトラップが二人きりになれればよかったんだ。  
 ちゃんと言わなくちゃいけない。わたしが、トラップをどう思っているか。どうして、あのとき拒 
絶してしまったのか……  
   
 クレイ、ルーミィ、シロちゃん、キットンの四人が、エベリンに出発した後。  
 トラップは、しばらく「ちぇーっ、俺も久しぶりにマリーナに会いたかったのになあ」とかぶつく 
さ言ってたけど、どうせトラップは、バイトがあったしね。  
 クレイ達は、もちろんこの日に合わせてあらかじめ休みをもらっておいたんだ。  
 
 で、その日。わたしは真っ白な原稿を前に、そわそわしながらトラップが帰ってくるのを待ってい 
た。  
 ううーっ、緊張するなあっ。う、うまく言えるかな?  
 もう一度確認しておこう。よしっ、男部屋、誰もいない! わたしとルーミィの部屋も、わたしし 
かいない!  
 何度も何度も確認して、緊張を沈めるために原稿に向かい、結局一文字も書けないまままた確認に 
行って……みたいなことを繰り返して。  
 やっとトラップが帰って来たのは、やっぱり真夜中になってからだった。  
 ううーっ、もう何も言うつもりはないけど、どうせギャンブルしてたんだろうなあ……  
 耳をドアにあてて、足音を聞く。いつもの通り、食堂で何か飲んだ後、階段を上ってくる音。  
 そして、隣の部屋のドアが閉まる音。  
 ……よしっ!  
 あんまりためらってると、トラップが寝ちゃうかもしれないからね。すぐに部屋を出て、隣のドア 
をノックする。中から聞こえる、いつものトラップの声。  
「開いてるぞー……って、誰だ?」  
「あの……わたし……パステル」  
 名乗った後、しばらく何も聞こえなかった。びっくりしてるんだろうなあ……この十日、話もしな 
かったのに突然訪ねてくるんだもんね。  
 しばらく待ってたら、物音がして、ドアが開いた。  
 多分もう寝ようとしてたんだろうな。だぶっとしたシャツとズボンというラフな格好のトラップが、 
目の前に立っていた。  
「……あんだよ」  
「あの、ね。話がしたくて。……部屋に入ってもいい?」  
 わたしが答えると、トラップはしばらく迷ってたみたいだけど、「勝手にすれば?」と身をひいた。  
 勝手にするもんっ。  
 部屋の中に入って、後ろ手で鍵を閉める。……万が一にも、例えば宿のご主人とかが訪ねてきたら 
困るもんね。用心しないと。  
 
 トラップは、二つあるベッドの一つに腰掛けて、わたしの方をじーっと見てた。  
 ちなみに、今のわたしはパジャマ姿。それも、いつものズボンタイプじゃなくて、ネグリジェタイ 
プ。  
 多分、トラップの前でこれを着るのは初めてなんだけど……気づいてくれてるかな?  
「んで、話って?」  
「あのね、この間のこと……なんだけど」  
 言いながら、わたしはトラップの隣に腰掛けた。  
 ちゃんと、言わなくちゃ。もしかしたら、わたし、物凄く勘違いしてるのかもしれない。  
 この間のことは、やっぱり、トラップの冗談だったのかもしれない。  
 でも、それでも。わたしの気持ち、ちゃんと伝えたい。  
「あのね、トラップ……聞いてもいいかな」  
「……んだよ」  
「この間の、あの……あれは、わたし、思ってもいいの? トラップが、わたしのことを好きでいて 
くれてるって、思ってもいいの?」  
「…………」  
 トラップは、しばらく黙ってたけど、やがて目をそらして言った。  
「だったらどうだってんだよ。おめえにとっては、どうでもいいことなんじゃねえの? 俺が誰を好 
きだろうとさ」  
「そんなことないわよっ!!」  
 思わず大声で叫んでしまってから、慌てて口を押さえる。危ない危ない。  
「……おめえは、別に俺のことなんか好きでもなんでもないんだろ。だったら気にすんなよ」  
「違うっ……わたしは……」  
 言わないと。言っちゃえパステル! でないと、何も先に進まないんだから!  
「わたしは、トラップのこと、好きだよっ」  
 
 ……そう。  
 リタの言葉を聞いて、やっとわかったんだ。  
 わたしは、トラップのことが好き。意地悪ばかり言ってたけど、わたしのことを考えて言ってくれ 
てたんだってわかってから。迷惑そうにしながら、結局いつも助けてくれてたから。でも、そんなこ 
とじゃなくて。  
 トラップじゃなきゃ駄目だから。トラップがいない日常なんて、もう考えられないから。  
 口は悪いしトラブルメーカーだしギャンブル好きだし他人に迷惑かけても滅多に謝らないけど、そ 
んなトラップが、わたしは好きだから。  
 トラップの目をまっすぐに見つめて、伝える。  
 これは、わたしの本音。冗談じゃない、嘘でもない。憧れでもない、まぎれもなく「好きだ」とい 
う気持ち。  
 トラップは……しばらく面食らってたみたいだけど、やがて、口元で皮肉気な笑いを浮かべた。  
「おいおい、本気で言ってんのか?」  
「本気よ」  
「おめえさ、この間、俺に何されたかわかってんの? んで、おめえがどうしたか、わかってんの?」  
「……わかってるわよ」  
「……だったら」  
 そこで、トラップはわたしから目をそらした。すっごく辛そうな顔で。  
「だったら、何でんな格好で、俺しかいねえ部屋を真夜中に訪ねてきたりすんだよ……おめえは、嫌 
だったんだろ? だから逃げたんだろ? ……なのに、俺を好き? 勘弁してくれよ」  
「……違う」  
 違う。あのとき、わたしが拒絶したのは……  
「違う。わたしは怖かったの。わたしはマリーナみたいに美人じゃないしスタイルだってよくない。 
好きでいてもらえる自信がなかった。だから……」  
 だから、あのときは逃げたんだ。わたしはそれまでずっと、トラップが好きなのはマリーナだと勘 
違いしていて、覚悟も何もなかったから。だから怖くて逃げた。  
 嫌いだから……逃げたんじゃない。  
 わたしは、そのままトラップの背中に抱きついた。びくっと震える体を抱きしめて、  
「だから……今日は、覚悟してきたから……もし、トラップが、わたしのことを好きでいてくれるの 
なら……」  
 そのとき、トラップは振り返った。そして……  
 返事のかわりに、わたしは唇を塞がれていた。  
 
「……いいんだな」  
 トラップの、かすれた声。あのときと同じ。ううん、今日の方がひどいかも。  
 わたしは頷いて、トラップの腕に体重を預けた。ふわり、と抱きとめられる感覚。  
 そう。この腕が、いつもいつも、わたしを助けてくれていたよね……トラップ。  
 もう一度、キス。今度のキスは、長くて、深かった。  
 お互いを求めあうようにキスした後、わたし達は、ベッドに倒れこんでいた。  
 すぐ目の前に、トラップの顔。  
 そっと目を閉じた。唇に軽く触れる感触。その後、頬、額、耳、と、次々と触れていく。  
 耳たぶを軽くかまれて、思わず吐息が漏れる。びくっと全身に走るのは……これが、快感?  
「トラップ……」  
「パステル……」  
 トラップの手が、しゅるっとネグリジェの紐をほどいた。  
 胸が空気に触れる。……実は、ブラをつけてなかったんだよね。寝るときはいつもそうしてるから 
……  
 トラップの唇が、首筋をはった後、胸を軽くついばんだ。  
「ひゃんっ」  
 ううっ。な、何だろ、この感じ……  
 明かりの下で、トラップがじっとわたしを見つめているのがわかる。は、恥ずかしいっ……  
「お、お願い。あんまり見ないで……」  
「……バーカ。見るに決まってんだろ」  
 言いながら、トラップの手が、少しずつ胸の隆起をなぞっていく。  
「俺が……どんだけ、こうしたいと思ってたのを我慢してきたか……わかってんのか?」  
「……そんなに……」  
 そんなに前から、わたしのことを思ってくれていたの?  
 とは、さすがに恥ずかしくて聞けなかった。  
 
 そのまま、身体を抱き起こされて抱きしめられた。  
 背中をなでるようにして、トラップの手が下へ、下へと伸びていく。  
 わたしは……何だか、背中を走る感覚が、くすぐったいような、ぞくぞくする感じが、すごく、気 
持ちよくて……  
「やんっ……」  
「……この、服さ。おめえにすっげえよく似合ってると思うけど……」  
 言いながら、トラップは、ネグリジェの肩紐に手をかけた。  
「邪魔だから……脱がすぞ」  
「う、うんっ……」  
 するっ、と音がして、ネグリジェが下に落ちた。  
 今、わたしはパンティ一枚の姿になっていて……それを、見られてる。  
 恥ずかしい、と思うと同時に、身体が、すごく、すごく熱くなってきて……  
「ありきたりでわりいけど……綺麗、だぜ」  
「…………」  
 再び、ベッドに横たわる。  
 ばさっという音。目を開けてみると、トラップも、シャツを脱いでいた。  
 トラップの裸。初めて見たわけじゃないけど……  
 無駄な贅肉とかが、全然なくて。細いのに、貧弱って感じもなくて……  
「トラップの体も……きれいだよ」  
「ばあか。それ、男に言う台詞じゃねえよ」  
 抱きしめられたトラップの体は、温かかった。  
 しばらく、わたし達は夢中でお互いを求めあっていて……  
 もちろん、わたしは初めてだったから、よくわからないままただ身をまかせてただけなんだけど… 
…  
 トラップの手が触れるたび、わたしの身体、どんどん熱くなっていって。何だか息が荒くなってく 
るのがわかる。  
「何だろ……変に、なっちゃいそう……」  
「なっちまえよ。……行くぞ」  
 何かが、触れた。トラップの、指?  
 わたしの大事なところを、優しく触れる指。そのまま、もぐりこんで……  
「ああっ……やんっ。と、とらっぷ……」  
「すげえ……濡れてる……」  
 ばっ、ばかばかっ! 何てこと言うのよっ!!  
 無言の抗議も通じない。そして……  
 指より、遥かに大きいもの。力強くて熱いものが、わたしの中に、もぐりこんできた。  
 
「っっっ……いっ……いやっ……痛い、痛い痛い痛い痛いっっっ!!」  
 痛いっ。何これ? こんなに大きい……の? こんなに痛いものなのっ!?  
 文字通り、無理やり引き裂かれるような感触。こすれて、血がにじんで、それでも止まらない。  
「痛いっ……」  
「だ、大丈夫、か……? やめ……」  
 トラップの言葉を遮って、わたしはぎゅっと彼の背中を抱きしめた。  
 恋愛っていうのは、色々辛いもの。だけど、どんなに辛くても、それでも相手を求めてしまうもの。  
 それは、心のことだと思ってたけど、身体もそうなんだね。  
 すごく痛い。涙がにじんでくるくらい。だけど、やめてほしくなかった。今、トラップと一緒にな 
れたんだってわかったから。だから、嬉しかったから。  
 一生懸命首を横に振ると、トラップは、ゆっくりとわたしに口付けて……動き出した。  
 少しずつ、奥に入っていくもの。最初はとてもゆっくり。痛がるわたしをとても気遣ってくれてい 
るのがわかる。  
 やがて……痛みが和らいで、そして、あのぞくぞくする感覚が、少しずつ戻ってきた。  
「っ――トラップ……好き、だよ」  
「……俺もだ」  
 段々激しくなる動き。そして……  
 何かが、わたしの中で弾けた。脱力するトラップの身体。  
 わたし達は、もう一度、深く口づけて……一緒に、ベッドに転がった。  
 
 その後、わたしとトラップは一緒のベッドで眠った。  
 クレイ達は、明後日にならないと帰ってこないからね。後2日は、トラップと二人きりになれる。  
 ルーミィ達がいないのは、寂しいけど。でも、やっぱり嬉しいかな。ごめんね、みんな。  
 翌朝、朝ごはんを食べに行くために、二人で猪鹿亭に行った。  
 ノルも誘ったんだけど、何故か彼は、わたしとトラップの姿を見て、「俺はいい。二人で行ってき 
て」って言った。  
 ……まさかノル……気づいてないよね……?  
 二人で連れ立って猪鹿亭へ行くと、朝が早いせいか、お客さんはわたし達しかいなかった。  
 席につくと、リタが水を持って注文を取りにきてくれる。  
「おはよう。珍しいわね、二人だけなんて」  
「ああ。クレイ達エベリンに行っちまってるから。俺、これとこれな」  
「あ、わたしは、モーニングサービスっていうの、ちょうだい」  
「はいはい。ちょっと待っててね」  
 ところが、注文が終わっても、リタはしばらく傍を動かず、わたし達をじーっと見つめていた。  
 ……どうしたのかな?  
「ねえ、パステル」  
 そして、リタはにこにこ笑いながら言った。  
「おめでとう。女になったのね」  
「……え?」  
 どういう意味? と聞き返す前に、トラップが派手に水を噴き出した。  
 

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