「パス……」  
 
 ノックしようと持ち上げた、軽く握ったこぶしが固まる。部屋の中から聞こえてくるじゃれあうような2人の囁き。  
 自分がいない間に繰り広げられている楽しそうな空気に、ほんの少しの嫉妬と仲間に入りたいという気持ちが湧き上がる。でも……途中から乱入ってのも……お邪魔だよなぁ。たまには2人きりにしてやった方がいいのかな。  
 そんなことを考えつつそっと回れ右した……のだが。  
 がんっ!!  
 
「ってぇっ!」  
 
 すぐ後ろで勢いよく開いた扉は、俺の後頭部をもろに直撃した。うー、目から火が出るとはこのことだ。  
 
「あ、悪りぃ」  
 
 ケラケラと笑う薄茶色の瞳。っておいトラップ、お前上半身裸じゃないかっ。  
 部屋の奥にチラリと目をやると、恥ずかしそうにシーツに包まっているパステル。やっぱりな。  
 
「あにボーっとしてんだよ。さっきから様子伺ってたろ?」  
「いや、その……」  
「俺の職業知ってんなら、立ち聞きなんざ無駄ってぇことよ。入れ入れ、ほれ」  
 
 あっという間に部屋に引っ張り込まれてしまう。床に脱ぎ散らかされた2人分の服。  
 
「すまねぇ、クレイ。おめえ帰ってくるの遅いから、つい先に始めちまってたぜ」  
「そうよぉ、トラップったらいくら言っても聞かないんだから」  
 
 ふくれっ面のパステル。どんな表情でも可愛いと思うのは、俺の欲目だろうか。  
 
「決しておめえを裏切ろうとしたわけではねえから!って、あったりめえだろうが。クレイ、おめえの気持ちはよぉーーーくわかってっからよ」  
 
 自分の顔がみるみる赤くなるのがわかる。  
 反射的にパステルの顔色を伺うと、彼女は照れたような上目遣いでこちらを見ており、シーツで口元を隠して笑っていた。  
 
「んなこたぁどうでもいい。いつまでんなかっこしてんだよ。ほーれっ」  
 
 まだ俺の背後にいたトラップに、力いっぱいズリ下ろされたブルーのスウェット。  
 足首に団子状になるそれと下着……俺の下半身がどうなっているかは言うまでもない。  
 
「きゃあっ」  
 
 目を伏せつつ……しっかりこちらを見ているパステル。っていうか見るなよ!いくら見慣れたからってそのへん察してくれ!!  
 
「っと、トラップ、やめろっ!」  
「いちいちうっせえなぁ。脱ぐの手伝ってあげたんじゃーん♪さ、メンツ増やして再開すっぜ」  
 
 パステルの包まったシーツをひっぺがすトラップ。  
 
「やだ、もうっ」  
 
 あらわになった眩しい裸体に、気づかれないように生唾を飲み込みつつ、慌てて服を脱ぎ捨ててベッドによじ登る。  
 妙といえば妙な関係だ……よな。いったいいつまでこんな調子でやってるんだろう? 俺たちは。  
 自問自答しつつも、可愛い彼女の白い肌の誘惑には耐えられない。  
 俺はトラップと争うように、不思議な三角関係に溺れた。明日の朝も、また寝坊しそうだ……  
 
 
 
 
 
 カーテン越しに感じる、うっすらとした明け方の気配。  
 俺様ともあろう者が、んな時間に目ぇ覚ますとはな。  
 
 薄暗い部屋の中とはいえ、職業柄鍛えられた俺の眼はすぐに慣れる。  
 視界に入るのは、傍らでシーツにくるまる2人。  
 いつもは洒落っけもへったくれもなく結んでる髪をほどいてるパステルが、やけに色気がありやがる。  
 胸元まできっちし隠したシーツを、ぺろっとめくってみたくなるのが人情だが……起きるとめんどくせえのでやめとくか。  
 そのパステルを、ごつい腕で腕枕するように寝ている、クレイ。  
 なぁ、おめえほど筋肉がついてると、腕枕はされてる方が余計しんどいんじゃねえか?  
 そんないらぬ心配をしつつ、2人に気づかれないよう上半身を起こす。  
 シングルベッドふたつくっつけてるとはいえ、3人で寝てっと狭めぇんだよ。  
 クレイみたいにでかいのが混ざってると余計にな。  
 
 さっきは……いや、もう昨夜だな。昨夜は実に盛り上がった……色んな意味で。  
 最近すっかり感度の良くなったパステルが、やたらキャンキャン可愛く喘ぎやがるからよぉ……そうそう我慢なんてできますかっ!? いや、できねぇ。絶対。  
 あのちっとばかり潤んだ瞳で、上目遣いに見上げられてみ? もう息子殿は天井知らずってぇヤツよ。  
 クレイもそうだったんだろうなー。いやぁあいつも頑張ること頑張ること。スタミナで言えば俺の倍はありそうだもんなぁ。  
 パステルが「もうダメ、もたないよぉっ」とか泣き言言ってんのに、「もう1回だけ……無理かな? 無理だったらいいけどさ」なぁんて言ってやがんの。  
 ま、クレイに見つめられて哀願された日にゃー、パステルだってイヤとは言わんだろ。  
 そこらのオバハンなんざ十把一絡げに全員ノックアウトされること間違いなしだぜ。  
 
 と、いう訳で。昨夜はいったい何ラウンドあったんだ?  
 3人揃っていちゃつけるチャンスがこのところ多いから、さすがに俺も身がもたねぇっての。  
 次回はちょっと控えめにすっかな……できんのかよ、俺。いや、息子よ。  
 
 そんなこんなで、俺たち3人の関係は相変わらず続いてんだよな。  
 だってよ、相変わらずボケパステルがどっちにも決めらんねぇって言いやがるし。まーそれもそうかもしれねぇが。  
 どっちかが抜け駆けするでもなく、公平に紳士的に関係を維持してんのが不思議っちゃ不思議だが。  
 ま、相手がこのクレイだからな。無理もねぇけど……  
 とりあえず、この女を他の男にかっさらわれるのを指くわえて見てるわけにもいかねえし、他でもねえクレイの気持ちを無視るわけにもいかねえし。  
……となりゃ、おのずと結果はこうなるってもんよ。深く気にするな、俺!  
 
 ぼけーっと考え事してるうちに、少しずつ部屋の中が明るくなってきた。  
 
「ん……」  
 
 小さな声と寝返りひとつ。  
 油断しきった顔で寝ている女は、実に手を出したくなる存在である。  
 あー朝っぱらからなんだが、またムラムラしてきたぜ。  
 さっき控えめにって自制しようとした気もするが、この際それは置いとくか。  
 シーツの下に手を滑り込ませ、少し汗ばんだ体をさぐる。  
 
「ぁん、ん……」  
 
 まだ8割がた寝てるパステルの夢うつつの喘ぎに、クレイが目を覚ました。  
 
「ん? トラップ、おま……」  
「しっ」  
 
 寝ぼけ眼で口を開いたクレイを制し、指は休まずやわらかく愛撫を続ける。  
 
「まだ寝てんだよ、こいつ。たまにはこーいうのもいいだろ」  
「……」  
 
 目を閉じたままで小さく身をよじって喘ぐパステルに、クレイはすんなり覚醒したらしい。……息子もな。  
 しかし、パステルが起きちまったら、「朝なのに信じらんない!」とか騒いで拒否しかねん。  
 とりあえずおい、まだ起きんじゃねえぞ。  
 
 メシ前のひと運動。今日も暑くなりそうだぜ。  
 

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