「いったぁ!!!」  
 
 パステルの泣き声交じりの悲鳴。  
 耳元で空気をつんざくように叫ばれ、金属音のようなきーんという耳鳴りに脳天を直撃される。  
 めまいを感じながらも、とりあえず彼女を気遣う。  
 
「え、ご、ごめんっ」  
「痛いよぅ……」  
 
 涙目のパステル。……泣かれちゃ、仕方ないよなあ。  
 俺は、パステルの秘部に第2関節まで入れていた指をそろそろと引き抜き、頬にキスした。  
 つい漏れる、小さな溜息。  
 
「いいよ、またにしようか」  
「……ごめんね……」  
 
 目尻にこぼれおちそうな涙を浮かべたパステルは、申し訳なさそうにつぶやいた。  
 俺はしっかり元気に勃ち上がった自分自身を、半笑いしながらしまいこむ。  
 これでええと……もう3度目の断念。  
 思わずカウントしてしまいながら、シーツにくるまったままのパステルの頭をやさしく撫でた。  
 
 ……俺が下手なのかな?  
 そう考えると、ずーんと落ち込み一直線。  
 勉強が足りないのかテクニック不足なのか、はたまた処女とはそういうもんなのか。  
 かといって、泣いてるパステルに無理強いなんてしたくないし。  
 でも俺だって経験がないわけで……こんな調子じゃ、いつになったらきちんとできるのか見当もつかないじゃないか。  
 
 ひとり悶々と考えながらみすず旅館の廊下を歩く。  
 はあぁっ、と何度目かになるため息をついた瞬間、がくん、と体がバランスを崩して傾いだ。  
 
 バキバキバキッ!!  
「うわぁっ!」  
 
 ……またやっちまった。  
 みすず旅館のボロさは半端じゃない。あちこち痛んだ床は、気をつけて足を運ばなければ踏み抜く恐れがある。  
 そんな事は重々承知していたはずなのに。  
 膝まで片足を床に埋めた状態で、俺はがっくりと首をうなだれた。  
 1階にもかろうじて天井なんてものがあるから、足の付け根まで嵌まるという最悪の事態は避けられたが、あまりみっともいい格好ではない。  
 己の不注意さを呪いながらそろそろと足を引き上げると、ちょうどドアを開けて出てきたキットンと目が合った。  
 
「クレイ……もしかしてまたですか?」  
「……また、って言わないでくれ」  
 
 どんなに注意して歩いても、1週間に1度は確実に床板を踏み抜いている。  
 なぜだろう……他の連中は、いまだかつて一度も踏み抜いたことがないのに。  
 自嘲的な笑いを残して階下へ下りようとした俺の背中を、いつの間にか近付いてきたキットンが、ぽんと叩いた。  
 この上なく慈悲深い微笑み。だがな、お前の顔だと……正直かなり不気味なんだけど。  
 
「……何だ?」  
「いえ、では」  
 
 ぽかんとして立ち尽くす俺を残し、キットンはまた部屋の中へ消えた。  
 何だ? 俺は狐につままれたような気分で階段を下りた。  
 今度は踏み抜かないよう、踏み外さないよう、細心の注意を払いながら。  
 
 
 そしてそれは、翌日の朝。  
 みすず旅館の食堂で、簡単な朝食をとった後のことだった。  
 食事が終わっても席を立たず、思い思いにくつろいで他愛のない無駄話をしていた俺達。  
 隣のトラップと次回のクエストについて話していた俺に、キットンがテーブルの向かい側から声をかけた。  
 
「クレイ、ちょっといいですか?」  
 
 半分ほどコーヒーの残った、白いマグカップを持ったまま向き直る。  
 
「なんだ? キットン」  
 
 彼は肌身離さない自分のカバンをごそごそと探り、何かを取り出した。  
 テーブルにカタンと置かれたのは、透明な小瓶。中には水のような液体が入っている。  
 
「これ、飲んでみてください」  
「……なんだよ、それ」  
「クレイのために調合したんです」  
 
 俺のためにだって? 首を傾げる俺。  
 傍らのトラップが、ひょいと小瓶を取り上げてためつすがめつ眺め、ニヤニヤと笑いながら言った。  
 
「あっやしー……キットン、またおめえクレイを実験台にしようってのかぁ?」  
「何言ってるんですか、実験台とは失礼なっ!」  
 
 唾を飛ばして抗議するキットン。  
 トラップはそれを嫌そうに避けながら、興味津々、という表情で覗き込んでいたパステルに小瓶を渡した。  
 真ん丸に見開かれた、はしばみ色の瞳。  
 
「何の薬なの? これ」  
「幸せになれる薬です」  
 
 重々しく答えるキットンに、片腹痛いと言いたそうなトラップが吐き捨てた。  
 
「けっ、この筋金入りに不幸なクレイが、そうそう幸せになれるもんかよ。不幸の戦士の二つ名は伊達じゃねえっつーの」  
 
――トラップ。お前のその言葉は、俺の全人格を見事に否定してないだろうか。  
 
「あの俺……別にそこまで不幸なつもりはないんだけど」  
 
 一斉に俺を見る一同。  
 その目には痛々しいような哀れむような、なんとも微妙な色が浮かんでいる。  
 代表するように、キットンが呆れて口を開いた。  
 
「何言ってるんですか、クレイ。あなた自覚がなさすぎです。自分がどれくらい不幸か知ってますか?」  
「どれくらいって、その……」  
「笑い病にはなるわオームにはされるわ怪我はするわ穴には落ちるわお金は落とすわ忘れられるわ見捨てられるわ蛙には抱きつくわ牢には入るわ」  
 
 呪いの呪文を聞かされているかのような、果てなく続く不幸の羅列。  
 
「もういいから、キットン。で、でさ。この薬どう効くの?」  
 
 口元をひくつかせて固まっていると、パステルが言いにくそうにそれを制し、強引に話の流れを変えた。  
 
 パステルの当然といえば当然な質問に、よくぞ聞いてくれましたと深く頷くキットン。  
 
「誰しも深層心理に、理想の幸せという願望を持っています。クレイにもありますよね?」  
 
 ……俺の幸せ。それって一体なんだろう。  
 大金? いやそんなものは関係ないな。手に入っても転んでドブに流したりすぐ騙し取られそうだし。  
 立派なアーマー? 違うな。防御力だけならこの竹アーマーが+1だし……はあぁ。  
 トラップが揉め事を起こさないでくれること。おぉ、これは大きいかもしれない。でも、俺の不幸の要因ってそれだけじゃないよな。  
――そうだ。  
 皆が、リーダーとしての俺に協力してくれて、日々の生活やクエストがスムーズに進めば、多分それが幸せって呼べるんじゃないんだろうか。  
 普通の人の普通の生活が送れたら、俺はもうそれだけで十分幸せ……だよな。きっと。  
 
「うん、あるよ。あると思う」  
「でしょう? しかしクレイの場合、どんな願いがあっても必ず頓挫してるはずです。いえ、してます」  
 
 言い切るなよ、キットン。……そのとおりだけど。  
 
「クエストに出れば途中離脱、アーマーを買おうとすれば高すぎたり、放棄したはずの竹アーマーが+1になって返ってきたり。もはや本人の努力で幸せになるなんて、無理な領域なわけですよ。そう思いませんか!?」  
 
 キットンの力説に、深く頷く、俺以外の一同。  
 わかってんのかわかってないのか、ルーミィとシロまで神妙な顔で頷いている。  
 
「もはやクレイの不幸は常人のレベルを超えています。それを、我々の手でなんとかしてあげられないかと」  
 
 なんか色々ひっかかる部分もあった気がするが、俺のことを心配した故の言葉として、ありがたく考えておこう。  
 
「そこで、この薬です! これを飲むことによって、その潜在意識を周囲の人間が感じ取り、その実行に協力してくれるという画期的な効能が発揮されるんですよ!」  
 
 ボサボサの前髪の間から目をキラキラさせ、一気に説明したキットン。  
 途中からあまり興味なさそうに、ずびずびと汚い音を立ててコーヒーを啜っていたトラップが、がばっと顔を上げた。  
 
「てぇことは。クレイが新しいアーマーさえありゃ幸せだって思ってたら、俺達皆がそれに協力するってことかよ?」  
「そうなりますね。彼の為に、彼の希望を叶えるお手伝いをしたくなるんです。ただし我々のできる範囲のみですよ。例えば少しずつでもお金を稼いでくるとか、店頭で値切り交渉をするとか」  
「それなら俺が飲む! おいパステル俺によこせ!」  
 
 自分に飛び掛ってきたトラップから、まだ小瓶を持っていたパステルが焦って逃げ惑う。  
 
「やあよっ! トラップの願いなんて、お金欲しいしかないんだからっ!」  
「そうですよ! あなたの欲望を満たすために調合したわけではないんですっ! そもそも飲んだ人のカルマが高くなければ、誰も協力しないんですってば!」  
「うるせー、いいから貸せ!!」  
 
 ダブルで怒鳴るパステルとキットンが器用に小瓶を投げてリレーし、それは最終的に俺の手へと放られた。  
 慌てて腰をうかせ、両手で受け止める。  
 追いすがるトラップをかわして後ろ手に隠すと、ようやく奴はあきらめたらしく、俺を睨みながら椅子に座りなおした。  
 
「ちっ。しゃーねーな」  
「おくすりかぁ? くりぇー、どっか痛いんかぁ?」  
 
 開け放した勝手口から聞こえるルーミィの声。  
 勝手口のすぐ外に置かれた木製テーブルには、ノルとルーミィとシロが座っている。  
 ノルは、穏やかに微笑みながらルーミィの小さな頭を撫でた。  
 
「クレイ、幸せになれる、薬だって」  
「しやあせ?」  
「薬? クレイしゃん病気デシか? ボクの血飲んでみるデシか?」  
 
 シロ、ありがとう。気持ちは嬉しい。大変嬉しい。  
 でもさ、きっとドラゴンの血で治る部類のもんじゃないと思うんだよ。こればっかりは。  
 苦笑いしながら、俺は小瓶をしげしげと眺めた。  
 無色透明の液体が瓶の中で揺れ、朝の柔らかい光に微かにきらめいている。  
 キットンがあたかも聖職者のように、おごそかに言った。  
 
「どうぞ、クレイ。飲んで、あなたが本当に必要としていることを教えてください」  
 
 ……なんかもう、いいや。毒じゃあるまい。飲んでしまえ。  
 俺は深く考えるのをやめ、蓋を開けると目を閉じ、それを一気に喉に流し込んだ。  
 ひんやりした液体が喉から胃へと落ちていく感触。  
 どことなくぴりぴりとした後味を味わいながら、ゆっくりと瞼を開ける。  
 固唾をのんで見守る一同。  
 その時だった。  
 台所の空気が一変したような……気がした。  
 
 がた!  
 パステルが椅子を蹴り飛ばすようにして立ち上がった。続いてトラップも。  
 
「ぱ、パステル? トラップ?」  
 
 彼らは慌てて叫ぶ俺には目もくれず、揃って台所から駆け出して行った。  
 いったいどうしたっていうんだ?  
 わけもわからず目を白黒させていると、キットンがカバンの中から次々と小瓶を取り出してテーブルに並べながら、信じられないことを言った。  
 
「このピンクのラベルが興奮剤、白いラベルが催淫剤ですから。そうそう、これも渡しておきましょう。このチューブは潤滑用ですからね」  
「はあ!? なんに使うんだよ、そんなの」  
「全部パステルに使うに決まってるでしょう?」  
 
 さも当然と言いたそうな顔で、あっさりさっぱり言い切ったキットンは、得々と取り出した薬を説明する。  
 そもそも、どうしてそんなものカバンに入ってるんだ?  
 
「最初に興奮剤と催淫剤飲ませて下さいね。間違ってもクレイ、あなたが自分で飲まないように! 早漏になっても知りませんよ。あ、ちなみに潤滑用クリームは舐めても大丈夫ですから」  
「いや、あのさあ……なんで興奮剤だのなんだのをパステルに使えって言うんだ?」  
「それであなたは幸せになれるんでしょう?」  
「へ!?」  
 
 キットンは背伸びして、俺の両肩にがしっと手を置いた。  
 
「私にできるのはこれくらいです。どうか頑張ってパステルと完遂して下さい」  
「か……完遂……」  
 
 我知らずどもる俺に、勝手口の外から声をかけたのはノル。  
 
「これから明日の朝まで、ルーミィとシロ、預かるから」  
「預かる……って?」  
 
 どういうことなんだと聞こうとした俺に、ノルはにっこりと笑った。  
 
「頑張れ、クレイ」  
 
 何をだ。何を頑張るんだよ、ノル。  
 頭が真っ白だ。  
 もしかして俺の希望って……パステルと、その……ちゃんとエッチしたいってことだったのか?  
 自分も知らない自分の深層心理を、こんな形で暴かれた、ってことなのか?  
 情けなさと羞恥に頭を抱える俺に向かって、チャッチャッチャと爪の音をたててシロが走ってきた。  
 俺の前まで来ると二本足で立ち上がり、咥えていた花を差し出してみせる。  
 
「パステルおねーしゃんにあげてくださいデシ」  
「……ありがとう。気を使わせてすまない、シロ」  
 
 そしてとどめに、にこにこしながらルーミィが。  
 
「くりぇー、ぱーるぅと仲良しするんだおう! 頑張るんだおう!」  
「……ありがとう、ルーミィ」  
 
 意味わかってるのか、ルーミィ。彼女流の激励に半笑いで答える俺。  
 ルーミィは満足そうに笑い、とてとてとノルの元へと走って戻った。  
 あまりの脱力感に椅子の背にぐったりともたれかかり、深くため息をついた。  
 ふと視線を感じて振り向くと、そこにはパステルを横抱きにして、仁王立ちしているトラップがいた。  
 
「どうしたんだよ、一体お前ら……!?」  
 
 言いかけて言葉を失う。  
 トラップに抱き上げられた状態のパステルが着ていたのは、いやまとっていたのは、バスタオル一枚。  
 
「ぱぱパステル、なんて格好してるんだっ!?」  
 
 泡を食って立ち上がりかけ、ついでに椅子をひっくり返してうろたえる俺。  
 近付いてきたトラップは、腕に抱えたパステルをぐいぐいと押し付けてくる。  
 反射的に彼女を受け取ると腕にずっしりかかる重み。ニヤリと笑ったトラップ。  
 
「おめえにやる。やりたくねえのは山々だが」  
 
 ……いやパステルは一応俺の彼女じゃなかっただろうか……  
 首をひねる俺に、トラップはにこやかに続けた。  
 
「後、今日の武器屋のバイトは代わってやらあ。10時からだろ?」  
「あ、あぁ。ありがとう」  
 
 礼を言うしかないじゃないか。この場合。  
 展開についていけず、もはや完全に思考が停止している俺。  
 どうすりゃいいんだと腕の中を見やれば、パステルが恥ずかしそうに俯き、小さな声で言った。  
 
「お風呂入って来ちゃった」  
「……えっと……うん。わかった」  
 
 何がわかったんだろうか。俺。  
 とりあえずコクコクと頷き、背中に生暖かい視線を感じながら、俺はぎくしゃくと階段に足をかけた。  
 
 静かにパステルをベッドの上に降ろすと、俺はベッドの端に腰掛けた。  
 手を伸ばし、はちみつ色の髪を撫でると、くすぐったそうに笑うパステル。  
 薬の影響で人格が変わってたりするんだろうかとも思ったが、彼女自身はいつもとまったく変わりないように見える。  
 
「さっきね、クレイが薬飲んだ途端、頭の中にクレイの声が響いたの」  
「声が? なんて?」  
 
 眉をひそめる俺に、ぺたんと座り込んだパステルは心底楽しそうに笑った。  
 
「いいかげんパステルとやりたい! って聞こえた。けっこう絶叫調だったよぉ」  
「…………」  
 
 いったい皆の頭の中には、どう聞こえていたのやら。  
 ルーミィとシロにまで意味が通じてたってことは、もっとわかりやすく噛み砕いて伝わったんだろうか。  
 ……どこまで至れり尽くせりな効果なんだ、あの薬。  
 恥ずかしいわ情けないわで言葉を見つけられずにいると、パステルが俺の袖をそっと引いた。  
 
「でもね、わたしは嬉しかった。それでクレイが幸せになれると思うんなら、わたしもちょっとくらい我慢しなきゃって思ったんだ」  
「パステル……」  
 
 俯いて、照れたように微笑むパステル。  
 その笑顔がなんともいじらしくて、もう細かいことはどうでもいい気分になった。  
 今、この子が抱きたい。皆のこれだけの協力なら、今度こそ成功しそうな気がするしさ。  
 腕を伸ばしてぎゅっと抱きしめると、細い体が答えるようにしがみついてくる。  
 勢いに乗って押し倒そうとした時、ポケットがガチャガチャ音をたてた。あ、そうだ。  
 
「パステル、これ、飲んでみるか?」  
 
 一旦体を離し、ポケットの薬瓶を取り出すと、パステルは不思議そうに聞いた。  
 
「なあに? これ」  
「キットンがさ、パステルに飲ませてみろって。その……いつもパステルが痛がってるから……これ飲めばましになるんじゃない……かな」  
 
 しげしげと薬瓶を眺めていたパステルは、恥ずかしそうに喉の奥でくふふ、と笑った。  
 
「痛くないってことは……気持ちよくなるってことなのかなあ?」  
「……そう、だと思うよ」  
「わかった。飲んでみるね」  
 
 パステルは、キットンが興奮剤と催淫剤と言った怪しげなアンプルを立て続けに飲み干した。  
 
「へえ、これ結構甘いよ」  
「どうだ? 気分悪かったりしないか?」  
「うん、なんか……顔が火照る感じ」  
 
 なんだか心配になって問いかける俺に、パステルはその言葉通り頬を染め、とろんとした目で俺を見上げた。  
 も、もう効いたらしい……さすがキットンの薬。早いな……  
 
 パステルはへろっとこちらにしなだれかかって来、俺の手を取ると自分の胸に押し当てた。  
 バスタオル越しに触れる、柔らかい胸の感触。  
 
「なっ」  
「どきどきしてるよー……」  
 
 こっちこそ。心臓が口から飛び出しそうだ。  
 もう何度も触ったとはいえ、慣れるってものでもない。しかもパステルはいつもぎこちなく耐えてる感じで、快感なんてものとは縁遠そうな表情をしていた。  
 しかし、今は……俺の手を自分で胸に誘導し、もう片手を俺の股間に伸ばす。  
 
「パ、ステルっ?」  
「もう、こんなに元気になってるよお」  
「うっ」  
 
 思わずビクっとして飛び上がる俺のその部分を、やさしく撫でさする指。  
 向かい合うようにして座ったまま、俺はパステルのバスタオルに手をかけた。  
 結び目を引っ張ってほどくと、あらわになる真っ白な肌。  
 唾を飲み込んでシーツの上に押し倒す。  
 
 俺を見上げる潤んだ瞳は、俺が顔を近づけていくにつれ、ゆっくりと閉じていく。  
 長い睫毛に縁取られた瞼が完全に閉じた時、俺はやわらかな唇に触れていた。  
 舌を入れてむさぼるようにくちづけると、パステルの熱くて小さな舌が、おずおずと答えた。  
 深く、奥まで味わうようなキスを交わしながら、俺はパステルの胸に手を伸ばす。  
 ぷるんとして丸い乳房をくるむように揉むと、ふにふにとした感触が掌全体に広がった。  
 唇をほどいて、今度はつんと自己主張している乳首に吸い付く。  
 
「あ……ん、クレイ……」  
 
 パステルは俺の頼りない愛撫にも、過敏に反応して高い喘ぎをあげてくれる。  
 両の乳房を掴み寄せ、いっぺんに舌先で転がすようにし、胸全体を唾液まみれにしながら舐め回した。  
 
「や、あ……」  
 
 その胸をせわしなく上下させるのは、荒くて甘い呼吸。  
 俺は、いつにないパステルの様子に胸の奥を熱くしながら、静かに体を起こした。  
 ほっそりした膝を掴むと、パステルは少し足を強張らせたものの、すぐに力を抜いた。  
 ぐっと押し開けばそこには、細くてなめらかな茂みに覆われた、ピンク色の唇。  
 実は、じっくり見るのは初めてなんだが。これまで彼女は恥ずかしがって、シーツを被ったままだったから。  
 その部分はしっとりと湿っているように見え、確かめようと恐る恐る指を伸ばす。  
 これまでどんなに愛撫してみても、そこは乾いたままで指の半分も受け付けなかった。  
 また痛いと泣かれたらどうしようかと不安になりながら、指先でパステルの秘部に触れてみる。  
 
「あんっ」  
 
 パステルが顔を背け、腰をくねらせた。その甘い反応。そして。  
 なんかこれ……濡れてないか?  
 ねっとりした生暖かい液体が指を濡らす、初めての感触。  
 半信半疑で指をもう少し差し入れてみると、ちゅぷ、と水気を帯びた微かな音がした。  
 吸い込まれそうに指を締めつける、絡みつくような襞の感触。  
 
「や、んっ……あ……ぁん」  
 
 中へ中へと誘いこむような肉の襞。  
 自分の太い指を8割方パステルの中におさめてほぐすように動かすと、その動きに合わせてパステルが身をよじる。  
 中指を抜き差しするように小刻みに動かし、ふと思いついて親指で襞の間を探る。  
 指の腹が、弾力のあるものに触れた。  
 
「きゃん……っ!」  
 
 パステルの跳ねる腰に確信し、その芽を押し潰すようにこねると、とぷっとあふれ出る透明な愛液。  
 それは、俺の指から手首までを、細く滑るように伝い落ちた。  
 
「あ、だめ、や……やっ」  
 
 短い、切れ切れの息遣いで喘ぐパステル。  
 つい力が入っていたのか、伸ばしていた中指をぐいっと折り曲げてしまった時。  
 
「や……だ、だめええぇ……っ!!」  
 
 襞がぎゅっと収縮し、ベッドからパステルの体が半分浮いた状態で硬直した。  
 細い腰が、ぴくぴく痙攣するように動く。  
 パステルはそのままがっくりと力を抜き、体をシーツに沈めた。  
 ……まさか、もう……?  
 呆然としてパステルを眺める。  
 
「パ……ステル? もしかして」  
「……なんか、わかんないけど……すっごく気持ちよかったよお……」  
 
 とろっと笑ったパステルは、俺の腕をついと引っ張ると、すりすりと頬ずりしながら言った。  
 
「ね、クレイ。……して?」  
「え? ……あぁ」  
 
 そんなに気持ちよかったのなら、ともう一度足の間に屈みこもうとした俺を、パステルが制した。  
 すねたように俺を見上げる上目遣い。  
 
「違うよぉ」  
「違うって……なにが」  
 
 パステルは、眉をひそめた俺のジーンズのファスナー部分にゆっくりと手を伸ばした。  
 ドキン、と弾む鼓動。……そっちか……  
 深呼吸してベルトを外し、ファスナーを下ろす。  
 食い入るように俺自身を見つめているパステルに苦笑しながら、俺は服を全部脱ぎ捨てた。  
 力なく開いたままの脚の間に体を入れる。  
 充血したように赤みを帯びたその部分から白いお尻を伝った液体で、シーツに透明な染みができていた。  
 これならキットンの潤滑クリームも必要ないだろう。  
 
「……いいかい?」  
「……うん」  
 
 コクンと頷いたパステルの瞳を見つめたまま、俺はあてがった男根をじわじわと押し進めた。  
 
「ん、くっ……んんっ」  
 
 のけぞって歯を食いしばるパステル。  
 きつい。相当にきつい。  
 しかし、パステルのとろっとろに濡れた肉は、俺自身を襞全体で包み、奥へと引き寄せる。  
 ほどなく俺のものは、パステルの中へすっぽりと咥え込まれた。  
 
「だい……丈夫かい?」  
「んっ。痛い、けど……そうでも、ない……かも」  
 
 ちょっとだけ顔をしかめつつも、気丈に笑ってみせるパステル。  
 俺はその細い体を腕の中に抱き込み、こじるような角度にならないように気をつけて、ゆっくり腰を動かし始めた。  
 その途端、感じたことがないほどの快感が、股間から脳天を突き抜ける。  
 男根全体にまとわりつく、熱くぬめった蜜。それは狭いパステルの中で、俺が動けば動くほど滑らかに染み出してくる。  
 
「あ……あぁっ……ぁんんっ……」  
 
 はじめは辛そうだったパステルの声は、徐々に熱を帯びて深い呼吸に変わりつつあった。  
 抱きしめていたやわらかな体を離し、上体を起こす。  
 パステルの細い両足首を掴んで、背筋を伸ばして腰を突きこむ。  
 ずぷん……ぬちゃっ……ぬぷ、ずぷ……  
 肉棒を突き込む時巻き込んだ、パステルの秘部の花びらは、抜く時にはまたその部分が外に押し出され、いやらしげな音をたてた。  
 
「パステル……気持ち……いい?」  
「あぁ……う……んっ、すごぉくっ……」  
 
 パステルが痛がらないように、荒い動きにならないように気をつけていたんだが、パステルの狭い膣は俺を遠慮なく締め上げる。  
 俺は快感に引きずられるように、腹筋に力を入れて力強く腰を動かした。  
 
「ぁん、や、そこっ……んっ」  
 
 荒い呼吸に合わせて頭を揺するパステル。その扇情的な表情を見つめながら、掴んでいた足首を口元に引き寄せる。  
 真珠色の爪の並んだ裸足の足先を、そのまま自分の口に入れた。  
 
「え、やあぁんっ」  
 
 反射的に縮こまった足の指を舐め、爪の脇や指の股の部分に、舌を這い回らせる。  
 俺の舌の動きにパステルの腰が跳ね、膝が暴れた。  
 
「ぁあ、はっ……ん……やぁ、クレ……イぃ……っ」  
「パス……テル……っ」  
 
 俺はパステルの足指を離すと、意識を全て自分自身に集中させ、無我夢中で股間を叩きつけた。  
 ザワザワと蠢いていた襞が、俺を飲み込むようにギュッと収縮した。もう我慢できない。  
 
「ごめんっ、いくよ……っ!!」  
「クレイ、クレイぃぃ……ああぁんっ!!」  
 
 一気にのぼりつめて精を吐き出す俺の耳に、パステルの甘い悲鳴が尾を引いた。  
 
 
 
( ……だよなぁ )  
 
 ……どこかで誰かの声が聞こえる。  
 知らぬ間にうとうと眠ってしまったらしい俺は、現実に引き戻された。  
 薄ぼんやりした頭で、腕の中のパステルに目をやる。  
 小さく口を開いた、あどけない寝顔。  
 そっと手を伸ばしてほつれた細い髪をなでると、パステルは小さく呻いてまぶたを開けた。  
 
「……クレイ?」  
「大丈夫? どこか痛くないか?」  
 
 俺の問いに、パステルは微笑んで首を振った。  
 
「平気だよ。ねぇ、クレ」  
 
 パステルは、俺の名を呼びかけて言葉を切った。  
 どうしたのかと口を開きかけた俺に、しーっと指を立ててみせる。  
 そのままで、自分の背後の壁をちょいちょい、と指差すパステル。  
 
( …………ですよ )  
( ……あに言ってんでぇ )  
 
 キットンと、トラップの話し声だ。  
 
( うまくいったようですねえ )  
( あったりめえだろーが。あんだけ手伝ってやったんだかんな )  
 
 薄い壁のせいだろうか、隣の部屋のふたりの声がほとんど筒抜けだ。  
 ということは、今までのパステルの嬌声もなにもかも、全部向こうに聞こえていたということになる。  
 俺とパステルは同時にそれに思い当たり、揃って顔を赤らめた。  
 
 そんな俺たちの気も知らず、壁の向こうから聞こえ続ける、キットンとトラップの会話。  
 
( これでクレイが、少しは幸せを感じてくれればいいんですけどね )  
( パステル手に入れておいて、不幸もねーもんだろうが。けっ。それよりキットン、俺にもあれ作ってくれよ )  
( 駄目です。あなたのカルマでは、飲んでも無駄です )  
( ふん。欠陥品作りやがって )  
( なんですと!? トラップあんた、今なんて言いましたかっ!? )  
( ぐ……ぐるじい、離せえっ )  
 
 思わず揃って吹き出した俺とパステルは、眼まぜして笑った。  
 
 俺、少しは……幸せになったと思っていいんじゃないかな。  
 俺は、パステルを抱きしめる手に力を込めて、少し笑った。  
 
 とりあえずは、この腕の中の幸せが逃げないように、こっそり祈っておこう。  
 
 

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