目の前の女が、ゆっくりと細い眼鏡を外す。  
カタンと音を立てて、それをベッドサイドのテーブルに置く。  
細く白い手がするりと伸び、俺の頬を撫で、首元に巻きついた。  
魚の鱗を連想させる、どぎつく光る爪。  
まるで……女郎蜘蛛だな。  
内心冷めた感想をもらす。  
 
寝そべる俺の上に、熟した果実のような体がのしかかり、上目遣いに見上げる。  
揺らめく瞳に浮かべた欲情。  
人を食ってきたかのような、真紅の唇が吸い付いた。  
 
 
「今日も行くのか」  
 
首だけで振り向いた、弁髪の男。  
鋭い眼差しで流し目をくれるのは、ベッドの上で胡坐をかいて曲刀を手入れしていた、俺の相棒。  
 
「ああ」  
「御執心だな」  
「呼ばれたから行くだけさ」  
「ふーん……」  
 
器用に片方の眉を、くいとあげてみせるダンシング・シミター。  
呆れたような浅黒い顔に、薄く乾いた笑いを返すと、部屋を出た。  
 
特別警備隊本部の長い長い廊下に、響き渡るブーツの足音。  
一番奥の木製の扉を、控えめにノックする。  
暫しの間をおいて開いた扉の向こうに、黒髪の女が姿を見せた。  
細いフレームの眼鏡の奥の、長い睫毛にふちどられた瞳が、静かに微笑む。  
―――特別警備隊幹部、レスター・ウィッシュ。  
 
「お入りなさいな」  
 
俺は部屋に足を踏み入れ、後ろ手で木製のドアを音もなく閉めた。  
すかさず女が張り付くようにすがりついてくる。  
ひとしきりその抱擁を受け止め、おざなりに艶やかな黒髪を撫でると、芍薬のような甘い香りが強く漂う。  
 
「遅くなった」  
 
感情を込めない声でつぶやく。  
俺の胸に頬を寄せたレスターは、とろりとした眼差しを投げかけた。  
 
「お待ちしてましたわ」  
 
順序の決まった儀式のように、豊満な体を抱き上げると、部屋を横切ってベッドへ運び、やわらかな光沢を放つ、シルクのシーツの上に下ろす。  
レスターは黒髪を枕に散らばらせて横たわり、俺の腕をひくと、自分の傍らを指し示した。  
揺らめくランプに照らされる、妖艶な微笑み。  
ベッドの上以外では決して外さない、眼鏡の弦に細い指がかかった。  
 
股間から、じわじわと伝わる快感。  
レスターの形のいい唇は大きく開かれ、俺自身を根元まで咥え込んでいた。  
じゅぼ、じゅぼっとぬめりを伴う音が、静かな部屋に響き渡る。  
床に散らばるのは、つややかな黒いレザーアーマーと、申し訳程度に肌を隠していた服。  
手の届くところにある、ぷるんと重そうに揺れる乳房に手を伸ばす。  
 
「やあぁん」  
 
嬉しそうな嬌声をあげた口が、咥えていた肉棒を離す。  
こぼれおちそうに大きいレスターの胸は、俺の比較的大きいはずの手のひらを持ってしても包みきれず、巨乳と呼んで差し支えない。  
実のところ、豊満な胸はあまり好みじゃないが、指が埋まりそうに柔らかな乳房の感触は悪くはない。  
白くきめの細かい餅肌は、しっとりと薄く汗を浮かばせ、俺の肌に吸い付いてくるようだ。  
むにゅっと胸を掴み、指から溢れる部分を追いかけるように、全体を揉みしだく。  
 
「はぁ……ん」  
 
レスターは俺に胸を弄ばせながら、手で男根をしごき続けていた。  
時折、ぷるんと張りのある唇を、滴を帯びた俺の先端に這わせながら。  
上下に手を擦りあげる度に、張り出した笠の部分を押し上げるように引っかかり、鈍い快感が走る。  
締まった足首を軽く握って引き寄せると、レスターはくふっと喉で笑い、滑るように体を移動させた。  
四つんばいで俺の上に跨った女。  
俺の目の前には、白くてむっちりとした尻。  
ぱっくりと口を開けたスリットの奥をまさぐると、粘り気のある液体が俺の筋張った指を汚した。  
 
「あ、うぅん……」  
 
手のひらを上に向け、揃えた3本の指先を、躊躇なく秘部に潜り込ませる。  
 
「あぁっ!!」  
 
悲鳴のような高い喘ぎと同時に、すらりとした背中が反り返る。  
俺の指をすっぽりと咥え込む、熱くじっとりとした肉厚の唇。  
折りたたまれたパイの断面のような感触が、埋めた指の表面をザワザワと蠢く。  
俺はぐちゃぐちゃと内部をかきまわし、手を下向きに返すと、親指の先で肉芽を掘り出した。  
 
「あ……あぁ…そこ、ですわ……いい……っ」  
 
悶える女の興奮に反比例するように、胸の奥は冷え冷えとしていく。  
それなのに、手でしごかれているソレは、ますます怒張し、堅く立ち上がっていた。  
どうしようもない矛盾。  
認めたくない欲情。  
その思考を振り払うように、差し込んだ指をぬぷっと引き出すと、俺を跨ぐ両足の間から体を抜いて身を起こした。  
 
 
四つんばいのままのレスターは、背後に膝立ちした俺を振り返り、突き出した尻をせがむように揺らした。  
汗ばんで火照った顔は情欲に侵されていて、半開きの唇が甘ったれたような声を漏らす。  
 
「もっと…もっと愛してぇ………」  
 
お前など愛してはいない。  
思わず言葉に出しそうになるのを噛み殺し、弾力のある尻を両手で掴み、ぐいと押し開く。  
卑猥な色に染まり、俺の男根を待ち焦がれてよだれを垂らすそこに、俺は一気に腰を突きこんだ。  
 
「あああっ!!いいっ……いいわっ!!」  
「く…っ」  
 
熱に浮かされたように、黒髪を振り乱して喘ぐレスター。  
肉棒を出し入れする度に、生ぬるい体液が飛び散り、シーツに新たな染みを作る。  
俺は激しく腰を打ちつけながら、はしばみ色の瞳を思い浮かべようとする。  
しかし、脳裏をかすめる清らかな笑顔はすぐにぼやけ、視界に入るのは目の前の淫乱な女だけだ。  
 
求めるものはこの手にない。  
俺を求めてくるのは、欲しくもない女ばかり。  
―――しかし。あえて流されているのは自分だろう?  
拒むのも面倒だからと、心もなく女を抱き続けているのは自分だろう?  
ならば。  
 
天井を仰いで目を閉じる。  
そして、ともすれば胸を渦巻くやり場のない惑いを、胸の奥底にまで沈めた。  
 
俺が今すべきことは、この女が満足するまで精を提供してやることだ。  
静かな闇を裂いて空気を震わせる、雌犬の声。  
俺はそっと首を振って、重く濁った吐息を吐き出すと、獣の姿勢で女をひたすらに犯し続けた。  
 
 
 

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