俺は、深い闇の中を彷徨っていた。
ソードを握った右手は、汗でべたべたしている。
誰もいない。
目の前にあるのは、闇よりも黒く深い川。
水の代わりに、どろどろしたものが流れている。
その川の向こうに、一瞬きらりと光るものが見えた。
…パステル?
彼女を目指して、川に足を踏み込む。
ぬるぬるしたものをかき分けようとするが、それは生暖かくまるで生き物のようだ。
ここへ入ったら・・・何かに食われてしまいそうな錯覚を覚える。
足を進めかけては戻る。
なぜだ。どうやっても踏み込めない。
それは恐怖なのか、迷いなのか。
”この臆病者が!!”
おじいさまの怒声が聞こえたような気がした。
「……クレイ、ねぇクレイってば!」
「パ………」
目の前に、俺を心配そうに覗き込む、はしばみ色の瞳があった。
今のは…夢…だったのか。
荒い息をつきながらゆっくりと身を起こす。
パステルの背後には、たった今俺たちが吐き出された洞窟がぽっかりと口を開けている。
ほっとしたように肩をおとしたパステル。
「よ、良かったぁ………
クレイ、あなた相当長いこと気を失ってたんだよ?大丈夫?」
「……ああ」
俺を気遣うパステルの髪も、まだしっとりと水気を帯びている。
思わず抱き寄せたくなる思いを、拳を握り締めることでやり過ごした。
今は、クエスト真っ最中。
洞窟の宝…といっても高価な薬草なんだが…を探すというよくあるものだったが、パーティを分割する必要に迫られた。
本洞で薬草を採取するチームと、側洞にある、本洞の入口操作のスイッチ開閉を担うチーム。
まぁこのチーム分割で、もめたこともめたこと……
薬草採取なら、自分が行かずして誰が行くと力むキットン。
一応罠解除の可能性を考えて、本洞を選択したトラップ。
高いところに生えてたらどうするんだという理由で、引きずり込まれたノル。
ノルと一緒に行くんだおうと、芋蔓式についてきたのがルーミィとシロ。
すったもんだの末、このメンツが本洞で、俺とパステルが側洞に入ることになった。
なんでスイッチを開け閉めするだけの側洞に、2人も必要なのかという気もするが、とにかく、パーティは複数人に分けるのが冒険の基本だから。
単独行動はできるだけ避けるべきと、短くはない冒険者生活で骨身に沁みている。
そんなこんなで俺は、パステルと側洞に入った。
緩い上り坂になった側洞の中は、光苔が自生していてほんのり明るい。
振り向けば、珍しそうにあたりを見回すパステルが後をついてくる。
特に危険なモンスターはいないとのことだからか、マッピングの必要がないからか、いつもより気楽そうににこにこしているパステル。
常日頃から密かに思いを寄せているパステルと、2人になる機会なんて滅多にない。
いや、このパーティ内じゃ、皆無に近い。
…そりゃ、俺なりに色々考えるところはあったさ。
でもこれは、クエストなんだ。
クエスト中だというのに、そんな感情を表に出しちゃ怪我の元。命に関わる。
喜んでいる場合じゃない。
余計なことは考えるな。
今までどおり、この子を守ることに全力をかけよう。
俺は、ほのかに喜んでいた自分をぐっと押さえつけ、リーダーとしての勤めを果たすことにした。
しかし、そう簡単に話は終わらなかった。
本洞チームが出入りの時に大声で知らせる。
本洞と側洞の間の岩壁は薄くて声が通るので、合図には何の問題もなかった。
その声にあわせて、側洞のスイッチを押せばいいだけ、のはずだったんだが………
「クレイ!スイッチ頼むぜ!」
「わかった!」
壁越しに聞こえるトラップの声を確認すると、俺は小さなスイッチを押した。
ゴゴゴゴ……という重たい音と共に、どうやら本洞への入口は開いたようだ。
「んじゃー、とっとと取ってくるぜえ!」
「帰りも頼みますよお―――!!」
「ぱーるぅ、行ってくるおう!」
各々にぎやかな声が聞こえ、やがて静かになったかと思うと、再びさっきと同じく岩の移動するような音がした。
元通り入り口が塞がったらしい。
「よし、役目は半分終わったな」
「これから皆が、戻ってくるまで待ってなきゃいけないんだよね。
奥まで行って戻ると、半日仕事になるんだっけ?」
「あぁ、あの地図が正しければね」
そんなのどかな会話は、突如として阻まれた。
何の前触れもなく、頭上から降り注いだのは大量の水。
「きゃああああ―――――っ!!!」
「うわあっ、パステル!!」
侵入者を陥れるための罠だったんだろうか。
怒涛の勢いで降り注いだ水は、傾斜に沿って洞窟の入り口へ向かって流れ出し、なすすべもない俺たちを押し流した。
そして気がついたら、パステルの顔が俺を覗き込んでいた、という訳だ。
なんであんな夢を見たんだろう。
まだねっとりとした悪夢の感触が、襟足あたりに張付いているようだ。
濡れた髪をかきあげ、毛先を絞る。
寒そうに両腕で体を抱いたパステルが言った。
「ねえクレイ、とりあえず服乾かさない?
もう日も暮れるし、風邪ひいちゃうよ」
「うん、そうだな。火をおこそう」
折りしも時間は夕暮れ時。
押し寄せるように薄闇が迫り、あたりはとっぷりと夜に落ち込みかかっている。
俺たちは湿った洞窟の前から少し移動して、適当な岩陰を見つけると、集めてきた枯れ枝に火をつけた。
パチパチと炎のはぜる音。
「あったかぁ……」
焚き火に手をかざし、しみじみとつぶやくパステル。
確かに、暖かい。
まわりの空気は山中ということもあって冷えており、全身濡れ鼠で火の気もなければ、凍死しかねないところだろう。
パステルに習って冷たくなった手をかざすと、手元から熱がじんわりと伝わるが、その分濡れた服の冷たさが身にしみる。
「ねえ見て、これほとんど濡れてないみたい。
トラップの言ったとおり、防水のリュックにしといてよかったあ」
パステルは、リュックから小さめの毛布を取り出した。
にこにこしながら俺にそれを広げて見せる。
「そっか。よかったじゃないか」
「うん!でね。クレイ、えーと……ちょっとあっち向いててくれない?」
「いいけどなんで?」
「着たままじゃ乾かないもん」
「えっ」
俺の動揺をよそに、いそいそと地面に毛布を敷くと、パステルはアーマーを外しにかかった。
あちこちの紐を解き、水滴のついた白いアーマーを火の前に置く。
アーマーの下は、体にぴったり張り付いて、体の線をあらわにしているブラウス1枚。
普段見ることのない姿に、我知らずドキドキしてきた。
白いブーツも脱いで裸足になったパステルは、膝立ちで毛布の上に移動する。
ボタンに手をかけたところで、ふと気づいたようにこっちを向いた。
困ったように笑うパステル。
「ねえクレイ、聞いてる?あっち向いてってば」
「あ、わ、わかった。ごめんっ」
食い入るようにパステルの姿を見つめていた自分に気づき、慌てて回れ右して、火に背中を向ける。
背後から聞こえるのは、湿った衣擦れの音。
見えないぶん妄想をかきたてられ、勃然とこみあげるものを感じる。
だ、駄目だ駄目だっ。
今はクエストの途中だぞ?何を考えてるんだ、俺。
頭を振り、脳内をかすめたものを振り払うと、俺の気も知らず能天気な声がした。
「お待たせー。あ、わたしこのまま後ろ向くからさあ、クレイも脱いで乾かしたら?」
「そ、そうだな。そうする」
俺は首だけ振り向いてパステルの後ろ頭を確認すると、手早くアーマーと服を脱いだ。
じっとり湿ったそれらを火の前に並べながら、ふと自分の下半身に目をやる。
下着をも脱ぐべきか?履いてりゃ乾くかな……
いや、でも…びしょびしょの下着じゃ腹が冷えそうだよな。
一瞬逡巡してから、毛布を腰に巻きつけ、湿った下着も脱ぎ捨てる。
「パステル、こっち向いていいぜ」
「ん?もう向いて平気?」
ごそごそとこちらに向き直る毛布の塊。
またも跳ねる心臓を押さえ、つとめて何気ない態度を取る俺。
火の向こうには、毛布にくるまったパステルがいた。
「皆、ちゃんと薬草まで辿り着いたかなあ?
まだまだ戻ってこないんだよね」
「ああ」
「それにしても、もう真っ暗になってきちゃったね」
「ああ」
「もう、クレイ!さっきから”ああ”しか言ってないよ?聞いてるの?」
「ご、ごめん」
ぼうっとパステルの顔を眺めていて、全く話を聞いていなかった。
だいぶ乾いてはきたが、まだ湿っている、はちみつ色の髪。
頬を膨らませ、俺を軽く睨んでいるパステル。
んもう、とふわりとため息をつくと、毛布にくるまったまま腰を浮かせる。
「よいしょっと」
可愛い掛け声をかけつつ、パステルが座り直した。
傾いた体から毛布が少し滑り、細い肩が覗く。
本来そこにあるだろうと予測された、ブラジャーの肩紐がない。え。
思わず火の前に干されている、パステルの服に目がいった。
アーマーと、その上に広げられた服の隙間に、わずかに見えているのは…下着。
ということは、パステルは今、毛布の下に何も………
よ、よせ、俺。
何を考えてる。
ごくりと生唾を飲み込み、視線をパステルから引き剥がす。
必死に冷静さを取り戻そうとして目をそらした先に、ちぢこまったパステルの素足があった。
それは官能的というより、冷えて青ざめてとても寒そうに見える。
やましい方向へ盛り上がりかけた気分が落ち着き、密かにほっとする俺。
傍らに置いた、自分のディパックをあさる。
「ほらこれ。足にかけるか巻くかしなよ」
取り出した大きめのタオルを、炎越しに放り投げた。
が、手元が狂ってパステルの足元の方へ飛んでしまうタオル。
「わわっ」
慌てて受け止めようとするパステルの毛布が乱れ、肩から胸が一瞬あらわになる。
真っ白で……初めて目にする女性の象徴であるふくらみ。
「ご、ごめんっ!!」
俺は、おそらくそれとわかるほど赤くなり、焦って毛布を胸に押し当てたパステルから顔を背けた。
照れたように笑うパステル。
「ひゃあぁ…見えた?」
「……ちょっとだけ」
「あはは、まぁいっか、クレイなら」
クレイなら?
その言葉に、過剰に反応してしまう。
俺ならいいって?それはもしかして俺のことを?
都合よく展開する妄想は、俺の頭を駆け巡る。
この場にいるのは、パステル。
そして、俺の2人だけ。
俺は気持ちを押し殺すのが難しくなってきていた。
・・・今だけ、リーダーとしての責務を降ろしてもいいだろうか?
君に恋した、ひとりの男になってもいいのか?
彼女はそれを受け入れてくれるんだろうか?
次々と湧き出る疑問符。
逸る気持ちを押しとどめ、可能な限り普通の声色で聞いてみた。
「クレイならって……どういう意味だい?」
「だって、クレイだもん」
怪訝そうにする俺に、にこにこしながらパステルは続けた。
俺の放ったタオルを敷き、素足をそっと載せながら。
「ごめんごめん、それじゃ説明になってないよね。
クレイはパーティのおふくろさん役っていうか……
保護者なんだしまぁいいや、みたいな感じかな?」
………保護者?
すうっと指先が冷たくなった。
俺は、この状況下で。
好きな子に男として見られていない。
好きな子に男として扱われていない。
その事実に気づいた時、俺の心臓を、ずくんと鈍い痛みが突き刺した。
さっき気を失っていた時に見た夢が、脳裏に蘇る。
俺とパステルを隔てる川。
それは絶対に渡れないものだった………
「クレイ?どうしたの?」
心配そうに俺を覗き込むパステル。
いまだ穢れを知らないであろう、澄んだ瞳。
俺は君にとって、恋愛対象どころか、異性ですらない。
俺には、近づくことさえ許されないのか?
また、どろどろした川の既視感が横切った。
ぎりっと奥歯を噛み締め、ゆっくりと立ち上がる。
裸足のままで焚き火を迂回し、パステルの傍に立膝をつく。
「パステル」
「なあに?なんか・・・クレイ変だよ?」
そりゃ変だろうね。
思わず苦笑いを浮かべた俺を見上げ、パステルは不安げな色を浮かべた。
それは、俺の表情の裏に潜んだものを感じ取ったのか・・・鈍感な君にしては、正解だよ。
無邪気で残酷な君に………思い知らせてやる。
「きゃっ!?」
躊躇いをほどき、一気に体重をかけてパステルを押し倒す。
弾みで、パステルがまとっていた毛布がほどけた。
剥き出しになったほっそりした裸体にのしかかると、噛み付くようにくちづけた。
半開きになった唇から舌を差し入れ、後ずさろうとする舌を捕らえる。
「なっ、ん、んっ」
直接唇から伝わるのは、言葉にならない言葉。
気の済むまで熱い舌を貪ってから、ようやく柔らかい唇を解放する。
「………クレイ……どう…して」
パステルは、わけがわからないと言いたげな、呆然とした表情で尋ねた。
紅潮した頬をそっと撫でながら、言葉を探す。
「知ってる?パステル。
俺さ………男なんだよ」
「……知ってる…よ?」
「何をだよ?何も………何も知らないじゃないか!!!」
吐き捨てるような俺の怒声に、「ひっ」と身を竦めるパステル。
「……教えてやるよ。男ってどんなものか」
口の片端を持ち上げて、少しだけ笑ってみた。
恐ろしいほど頭は冴え返り、パステルの気持ちが手に取るように感じられる。
パステルの怯えきった瞳に浮かぶのは、不安、動揺、疑問、恐怖。
妙に冷静に分析しながら、おもむろに胸に手を伸ばす。
その手に悲鳴をあげかけた口を、容赦なく片手で塞いだ。
「ん!ん――っ!」
首を左右に振り、両手で俺の腕を掴んで逃れようとするも、もとより非力な彼女には不可能だ。
なんとかして俺の手を振り払おうと暴れる細い腕。
仕方ない。ぐいと手首を掴み、力をこめて握りこむ。
「痛っ……」
「怪我が嫌なら暴れないでくれよ」
見開いたままの眼を見据え、低い声でゆっくりとつぶやく。
恐怖を湛えていた表情が、みるみる絶望の色に塗りつぶされてゆく。
あきらめたように長い睫毛がふせられ、頬に影を落とした。
おとなしくなった腕を放すと、白くまぶしい乳房を両手でくるむ。
感触を確かめるように揉みしだき、とがった先端を指先で転がすと、引き結んだままの口からこぼれる、小さな喘ぎ。
「んっ……」
欲望は、眼からも耳からもひたひたと押し寄せ、俺を擽る。
なめらかな曲線を描くウエストを両手でなぞり、そのまま両太ももを掴んで、抵抗を無視して押し開く。
「やっ……見ないで……」
細く控えめな毛に、薄っすらと覆われたその部分。
ほんのりと淡い紅色をした、花びらのようなそれに口を寄せ、熱をもった襞をべろりと舐め上げる。
「……ひぃ…っ」
腰をビクッと震わせたパステル。
舌を細くして襞と襞の奥へと割り込ませ、じわじわと滲んで来た滴を吸う。
眉根をよせ、羞恥に染まったパステルの顔。
俺はそれを上目遣いにじっと見つめたまま、舌を止めることなく動かした。
舌先が見つけた花芯を、執拗とも言えるほど念入りに味わう。
「ぁ……んっ……や…あぁ……」
嬲られてるのに、意思とは裏腹に高まる喘ぎ。
その声を聞くほど、自虐的な思いに囚われてしまう俺。
俺はこんなにも君が………好きなんだけどね……
思わず口に出しそうになる想いを飲み込み、振り払うように身を起こす。
堅く張り詰めた自身を、十分に濡れたパステルのそこにあてがい、ぬるぬるした液をなすりつけた。
どうにも狭い隙間に、無理矢理先端をこじ入れる。
「痛……いっ……やだ………やだよお……」
俺は、こんなにも残酷な自分を初めて見た。
泣きじゃくるパステルの涙が、俺の胸を突き刺しても、かまわず腰を押し進める。
ぶちぶちぶちっという、やわらかな何かを強引に引きちぎるような感触。
「ひっ……いやあぁぁ―っ!!!」
喉も裂けよと絶叫したパステルは、指先が真っ白になるほど毛布を握り締めていた。
締め付けられるような快感と熱さに包まれ、欲望に任せて腰を突きこむ。
「や…あ……あっ、ぅくっ…ぇっ………」
とめどなく涙を流して、喘ぎながらしゃくりあげるパステル。
悲しそうで痛そうでつらそうで、ずたずたに傷ついた表情。
でも俺はもう、自分を止めるすべを知らない。
細いパステルの体を力いっぱいかき抱いた。
そして俺は、自身の緊張を一気にほどくと、濁って歪んだ欲望をパステルの中に放つ。
……誰より愛しい相手を、白濁した液体で穢して。
パステルは、俺に背中を向けたまま動かなかった。
すっかり乾いたパステルの服を取り、そっと肩にかけてやる。
やはり俺と君の間には、例えようもなく深い川があった。
渡ろうとして渡れず、パステルをも引きずり込んで深みにはまってしまった。
俺は君を求めた。
でも俺には、手に入れる権利すらなかった。
だから………この手で君を壊したんだ。
振り向かなくていい。
頼むから、そのまま振り向かないでくれ。
俺は揺らぐ炎越しに、傷ついた後姿をいつまでも見つめていた。