うーっ……ひどい顔……  
 鏡を見て、思わずためいきをついてしまう。ちなみに今は真夜中。  
 部屋にはわたし一人。鏡の中のわたしは、目は充血してるしくまができてるし顔色も青ざ 
めてるしで、本当にひどい状態だった。  
 まあ、しょうがないんだけどね。今日で、もう2日も寝てないことになるから……  
 わたしの前に積まれたのは、真っ白な紙の束。  
 その横には、同じくらいの厚みの、ますめの埋まった束。  
 そう、わたしは今、原稿を書いてる真っ最中。  
 締め切りが迫って、うーっとかあーっとかうなってるのはいつものことなんだけど、今回 
はちょっと事情が違って……  
 ちなみに締め切りは明後日。書かなきゃいけない原稿は、後ざっと……100枚くらいかな? 
ははは……  
 ことの起こりは、2日前のことだった。  
 
「やったー! やっと終わったー!!」  
 机の上にペンを放り出して、わたしは思わず伸びをしていた。  
 目の前にはびっしりとますめの埋まった分厚い紙の束。ううっ、長い道のりだったなあ……  
 実は、わたしが連載している冒険小説がちょっと評判が良くて、原稿料がアップしたんだよ 
ね。  
 そうしたら、他の雑誌でも書いてみないか? とか、掲載分量をもうちょっと多くしようか、 
とか、ありがたい申し出が次々と舞い込んできたの!  
 何しろ、うちのパーティーは万年貧乏ですから。1も2もなく引き受けちゃったんだけど… 
…  
 考えが甘かったなあ、と思い知ったのが、依頼を受けた数週間後。  
 大体、雑誌って月始めか月末のどっちかに発売されるから、締め切りも似たような日に集中 
するんだよね。  
 たくさん依頼を受けたら、たくさん締め切りが来るのも当たり前で……  
 気がついたら、書かなきゃいけない原稿が200枚近くたまってたりして、かなり焦った。  
 おかげで今週は、外に出る暇もなくずっと部屋にこもりっきり。ううっ、疲れたあ……  
 でもでも、それも今日でおしまい! やっと全部の原稿が書き終わって、次の締め切りまで 
にはまだ間があるし。しばらくはのんびりできるぞー!  
 そうと決まったら善は急げ。わたしは原稿を袋に入れて、早速印刷屋さんに持っていくこと 
にした。  
 外は暗くなっててちょっと怖かったけど、まだ夕食時だもんね。印刷屋さんも開いてるはず。  
 これが終わったら、ルーミィ達と思いっきり遊んであげなくちゃ。  
 鼻歌を歌いながら階段を下りると、途中でコップを持ったトラップとすれ違った。  
 パーティー1のお調子者で、すんごいトラブルメーカーなんだよね。まあ、もちろんいいと 
ころもたくさんあるんだけど。  
 うっ、またビールなんか飲んで……まさかこれからギャンブルに行くつもりなんじゃないで 
しょうね?  
「おっ、パステル。何か外で見んのひさしぶりだな」  
「あートラップ! 聞いて、やっと原稿が終わったの!」  
 もう、この喜びを早く誰かに伝えたい! という一心で、わたしは夢中でしゃべったんだけ 
ど。  
 トラップは「ふーん」とか「へー」とか気のない返事をするばかり。  
 もーっ、わたしが原稿書いてるのはみんなのためでもあるんだから、もうちょっと喜んでく 
れてもいいでしょー!?  
 
「あっそ、よかったじゃねえか。しばらくのんびりできんだろ?」  
「うん。あっ、だから、わたし原稿届けに印刷屋さんに行ってくるね」  
「ああ。迷うなよー」  
「まっ、迷うわけないでしょ! いつも通ってるんだから!」  
 実は、わたしはパーティーでマッパーって役割についてるんだけど、致命的な方向音痴なん 
だよね……トラップの言葉を笑い飛ばせないくらいに。  
「じゃ、行ってくるから」  
 そして、そのまま行こうとしたんだけど。  
 トラップは、何故か振り向いてこっちに戻ってきた。  
「どうしたの?」  
「いんや。一緒に行ってやるよ」  
 へーっ、珍しい! いつもは頼んでも「めんどくせー」の一言で済ませるのに。たまには優 
しいときもあるんだ?  
「もう暗くなってっからな。さすがにシルバーリーブで迷子になったら恥ずかしいだろ」  
 ……前言撤回。  
「バカにしないで! 一人で行けるわよ」  
「いやいや、おめえのことだからボケーッと歩いてていつの間にか村の外、なんてこともあり 
うる」  
 きーっ! 絶対バカにされてるー!!  
「もう、いいってば。トラップは一人でギャンブルでもナンパでも好きなことしてくればいい 
でしょ!」  
「お、おめえなあ。人がせっかく親切で言ってやってんのに」  
「どこが親切よっ!」  
 そうやってぎゃあぎゃあ言い争っているうちに、いつの間にかつかみあい(というより、わ 
たしが一方的につかみかかったんだけどね)になって。  
 気がついたときには……中身の入ったコップは、トラップの手からはねとばされることにな 
ったんだ……  
 
「あ」  
「きゃああああああああああああああ!!?」  
 何てこと! どうしてこういうときって、必ず大事なものが水びだしになるんだろ!?  
 中に入ってたビールは、わたしの原稿に、まっすぐに降りそそいでいた……  
 まだね、水だったら、乾けばどうにかなったのかもしれないけど。ビールじゃねえ……  
 それに、ペンで書いてたから、すっかりにじんじゃって。原稿は、完全に台無しになったん 
だ……  
「あー、わ、わりい……」  
「…………」  
 もう怒る気にもなれなかったわよっ! 人間って、あんまりショックなことが起こると、何 
も考えられなくなるんだね……  
 かくして、わたしは200枚以上の原稿を、後4日で完全に書き直す羽目になったんだ……  
   
 さすがにね、トラップも悪いと思ったらしくて。  
 印刷屋さんに締め切り延ばしてくれるよう交渉に行ってやろうか? なんて言ってくれたけ 
ど。  
 でも、結局はわたしの不注意なんだもんね。それにせっかく信頼してまかせてもらえたのに、 
迷惑かけたくなかったし。それは断った。  
 かわりに、今日から4日間は部屋に誰も入れないで! って頼むことにしたんだ。  
 そうやって完全集中しないと、とてもじゃないけどこんなに書けないもの。同じものをもう 
一度書くなんて簡単でしょ? って思われるかもしれないけど、それがそうでもないんだよね 
え……  
 それでも、元の原稿を乾かしたら、読みづらくはなってたけど、一応後半のページは文字の 
判別くらいはできたんだ。思い出し思い出し前半を書き終わって、後はもう書くというよりう 
つす、に近いんだけど。  
 これが辛いんだなあ……同じ文章を二回書くっていう精神的な疲れもあるし、あっちの原稿 
見てこっちの原稿書き……なんてことしてるから目は疲れるし手は疲れるし。  
 おかげで、この丸2日、わたしは部屋からトイレ以外一歩も外に出てないんだ。ルーミィとシ 
ロちゃんは、ちょっと可哀想だけど男部屋で寝てもらってる。  
 だってだって! 布団に入るのを一生懸命我慢してるのに、後ろで幸せそうに眠られたら、 
わたしルーミィに何言っちゃうかわかんないもの!  
 食事も、手で食べれるサンドイッチみたいなものを特別に作ってもらって、全部部屋に届け 
てもらってる。そして、ようやっと半分が終わったんだけど……  
 
 ぐううううう……  
 ……夜まで起きてると、お腹が空くよね……  
 ちょうどキリのいいところまで終わったし、飲み物も取りにいきたいし。久しぶりに食堂に 
下りてみようかな?  
 もちろん、こんな時間じゃ誰もいないから何も出てこないけどね。わたし達は既にこのみす 
ず旅館に住んでるみたいなものだから。台所は自由に出入りしてもいいってことになってるん 
だ。  
 よーし決めた! アイスティーでも作って、もうひとふんばりしよう!  
 そうして、部屋のドアを開けてみると……  
 ゴンッ  
「いてっ!」  
 ……何? 今の音?  
 ドアを閉めなおして、もう一度そーっと開けてみる。そこにいたのは……  
「と、トラップ??」  
「……よお」  
 何と、部屋の外にいたのはトラップだった。こんな時間に何してるんだろ?  
「どうしたの? 何か用?」  
「いんや。ルーミィとシロの奴が来て、男部屋のベッドが狭いんだよ。んで、クレイに追い出 
された。『おまえのせいなんだからおまえが床で寝ろ』って」  
 はーっ、クレイも結構言うなあ。  
「そうだったんだ。ごめんね」  
「ま、今回は俺が悪かったかんな。それはいいんだけどよ」  
 それは?  
 そういえば、床で寝ろ……って、ここは床じゃなくて廊下だよね? トラップ、そんなに寝 
相悪かったっけ?  
 
「まだ何かあるの?」  
「ルーミィの奴がな、ときどき泣くんだよ、夜中に。『ぱーるぅがいない』って。それだけな 
らともかく、寝ぼけてんのかどうかしんねーけどおめえの部屋に戻ろうとすんだよな」  
 ううっ、ルーミィ……そうだったんだ。ごめんねー  
 原稿が終わったら、いっぱい抱っこしてあげるからね!  
 わたしは思わず感激してしまったんだけど、トラップはいたく不機嫌そうに、  
「んで、さらにクレイから命令。『パステルの部屋の前で見張ってろ。ルーミィが来たら連れ 
戻せ』ってな。みんなおめえのこと心配してるぜ。邪魔しちゃいけないから様子も見にいけね 
えって」  
 そうだったんだ……  
 はーっ。せめてご飯くらいはみんなと一緒に食べようかなあ。  
「で、おめえこんな時間にどうしたんだ?」  
「あ、うん。ちょっとキリのいいところまで書けたから、飲み物と夜食取りに行こうと思って」  
「ふーん……俺が取りにいってやろっか」  
「え?」  
 め、珍しい、あのトラップが!! 『俺の分もとってきて』ならともかく。  
 ……何か悪いものでも食べたのかな?  
「今回のことはなあ! 俺が悪かったってちっと反省してんだよ! んな驚くこたねえだろう 
!?」  
「あはは、ごめんごめん。じゃあ、お願いするね。アイスティーと、何か夜食になりそうなも 
のがあったら、取ってきて」  
「ああ。ミルクティーでいいか?」  
「うん。砂糖もたっぷり入れて」  
 疲れたときには、甘いものが1番だよね!  
   
 トラップが戻ってきたのは、30分後くらいだった。  
 もちろん、その30分の間も、無駄にせず原稿を書き進めてたんだけどね。  
「ほらよ。これでいいか?」  
「うわっ、おいしそう! トラップ、ありがとう!」  
 トラップが持ってきてくれた夜食に、思わず書きかけの原稿を放り出してしまった。  
 だってだって! ミルクたっぷり砂糖たっぷりのミルクティーに、お皿の上にはこんがり焼 
けたホットサンドイッチがのってたんだよ! とろっと溶けたチーズがとっても香ばしい。  
「これ、トラップが作ってくれたの?」  
「ったりめえだろ。こんな時間に他に誰が作るんだよ」  
「へー、トラップ、料理できたんだねえ……」  
「おめえなあ。パンの上に材料のっけて焼いただけだろーが。誰でもできるぞこんなもん」  
 いやいや、ホットサンドイッチって結構難しいんだよ? 材料がはみでないように切るとこ 
とか特に。  
 トラップって、滅多に料理なんかしないけど、もともと手先は器用だもんね。へー。意外な 
特技だなあ……  
 ……ところで、このパンとかチーズとかって、実は明日の朝ごはんの材料だったりして?  
うーっ、おかみさんごめんなさいっ!!  
 宿のおかみさんに手を合わせつつ、わたしはあっという間に夜食を平らげてしまった。すっ 
ごくおいしかったんだよ。これからは、トラップにも料理当番手伝ってもらおうかな?  
「んじゃ、俺はもう寝るぜ。おめえもさ、ひでえ顔してるからちょっと休んだ方がよくねえ?」  
「ありがと。でも、寝てる暇ないから……」  
 これは本当。多分、今ベッドに入ったら、2日くらいは平気で寝てそうだから……  
「そっか。ま、がんばれよ」  
 トラップは、ポンとわたしの肩を叩いて出ていこうとした。  
 軽くよ、軽く。叩いたっていうより、触ったに近いくらい。ポン、と。  
 たったそれだけのことなのに、わたしは思わず悲鳴をあげてしまった。  
 
「痛っ!」  
「ど、どーした!? お、俺は何もしてねえぞ」  
「う、うん。トラップのせいじゃないから……」  
 わたしは、ずきずきする肩をおさえて、無理やり笑顔を作った。  
 そう、この2日間、わたしが眠れないのと同じくらい苦しめられているのが、実は腰痛と肩 
こり。  
 ずーっと机に向かって文字を書き続けてるからね。目は疲れるし、手はこわばるし。もう腰 
と肩なんて、痛いを通り越して感覚がなくなりかけてるもん。  
 ううっ、わたし、まだ16歳なのに……  
 トラップは、わたしの様子から大体想像ついたみたいで、もう一度、今度は力をこめて肩を 
つかんだ。  
 うー、何か、痛いんだけどいい気持ちかも……  
 さらに、彼の手は背中へとまわって、  
「お、おめえ……肩も背中もがっちがちだぞ。40過ぎたおばはんみてえ」  
「あはは……」  
 何か怒る気にもなれないや……わたしもそう思うもん。  
「しょうがないよ、ずっと机に向かってるんだから……大丈夫。多分後2日で何とかなるよ… 
…」  
 多分。  
 そんなわたしをトラップはじいっと見つめて……そして。  
 何を考えたのか、突然、ひょいっと抱き上げられた。  
 って本当に何!?  
「と、トラップ!? 何すんのよっ」  
「うっせえ。言っただろ。今回は、俺はちっと反省してんだよ」  
 そのまま、ぽいっとベッドに下ろされる。  
 
 うーっ、久々のふかふかのお布団だあ……  
 思わず目を閉じてしまいたくなったけど、必死にこらえる。  
 駄目よ、だめだめパステル! ここで目を閉じたら、確実に目を覚まさなくなるわ!!  
 そうやって、必死に言い聞かせてたんだけど。次の瞬間には、その必要はなくなってしま 
った。  
 何と、トラップはそのままわたしをうつぶせにして、腰のあたりにまたがってきたのよ!?  
 きゃああああああああああああああ、何すんのよー!!  
「ばっか、おめえ何勘違いしてんだ。マッサージしてやろうっていってんだよ。このままだ 
となあ、おめえ手が上がらなくなるぜ」  
「へ?」  
 マッサージ?  
 言うが早いか、トラップの手が、肩を優しくもみほぐし始めた。  
 ううっ、すっ……ごくいい気持ち!!  
 トラップって、細い外見の割には力があるんだけどね。弱くもなく強くもなく、絶妙の力 
加減で、思わずとろけそうになってしまった。  
「どーだよ。効くか? もっと強くしてやろうか」  
「ううん、十分……うわあ、き、気持ちいいっ……」  
 はーっ、このまま寝れたらすっごく気持ちいいだろうなあ……って……  
「だっ、駄目っ、こんなことしてる場合じゃないの! 原稿書かなきゃっ……」  
「ばっか、大人しくしてろ! 疲れてるときになあ、無理したっていい結果は出ねえんだよ」  
 うっ……正論です。トラップがこんなにまともなことを言うなんて本当に珍しい……  
 そうだよね……いいよね、ちょっとくらい。うん。こんな機会滅多に無いし。  
 というか、あのトラップだよ? わたしの肩をもんでくれるなんて、この先多分一生無い 
だろうしね。  
 それで、わたしはお言葉に甘えることにしたのだけど……  
「う〜〜ああっ、やんっ……」  
「……おめえなあ。ちっと静かにできねえか?」  
 トラップに呆れられてしまった。けど、無理! 絶対無理!  
 あまりにも気持ちよすぎて、思わず声が出ちゃうのよ!  
 
 肩をゆっくりともみほぐした後、首筋、ついでに頭。  
 頭をもむ?? って思われるかもしれないけど、一度やってみて! 特に疲れてるときと 
か、すっごく気持ちいいんだから!!  
 その後、もう一度肩に戻って、今度は腕。指先まで徹底的に。  
 実を言うと、最近ペンを持つ形に手が固まってたんだけどね。こわばった指をほぐされて、 
やっと思いっきり指を伸ばすことができたんだ。  
 腕が終わったら、背中。トラップの細い指が、こってるポイントを見事に見つけ出して、 
しっかりとほぐしていってくれる。  
 手先の器用な人って、何でもうまいんだなあ……  
 なんてことを思いながら……わたしの意識は、だんだんと、眠りの中へ落ちていってしま 
った……  
   
 ……もしかして、寝たか?  
 背中をほぐしてやりながらうかがうと、パステルは、すうすうと寝息を立てていた。  
 だいぶ疲れてたみてえだもんなあ……ま、俺のマッサージがうますぎたせいでもあるけど 
な。  
 ガキの頃からじーちゃんによくやらされてきたもんな。もっとも、じーちゃん以外の奴に 
やるのはこれが初めてだけど。  
 マッサージをしてやろうと思ったことに、深い意味はなかった。ただ、パステルの肩と背 
中がまるで鉄板みてえな手触りになってて、ちっとびっくりしたから、思わずやってやりた 
くなっただけだ。  
 それに、こいつがこんな目に合ってるのは、まあ……今回は俺のせいだからな。あのとき、 
素直に「お疲れ様。何か食いに行くか?」って本音を言ってやりゃあ、こいつは今頃ルーミ 
ィやシロの奴と幸せに寝てたはずなんだから。  
 ……とりあえず、全身ほぐしといてやるか。終わったら起こしてやればいいだろう。起き 
ねーかもしれねえけど。  
 それにしても……じーちゃんと全然違うな。  
 細い首とか丸い肩とか見てると、つくづくそう思う。やっぱ、パステルって女なんだよな 
あ……  
 ……やべっ、意識したら、反応してきやがった……そうでなくてもなあ、さっきから「あ 
ん」だの「やん」だの悩ましげな声でうめくから、いちいち反応しちまって……  
 思わず血が集中しそうになる下半身を必死で抑えつつ、俺はマッサージを続けていく。  
 よく考えたらすごい状況だよな。寝てるパステルの身体を思う存分触ってるわけで……  
 ……だから、考えるなってそういうことを!!  
 
 俺は雑念振り払いつつ、指先に神経集中することにしたんだが……  
 背中を完全にほぐし終わったら、次は、腰に移動するわけで。  
 腰の下は……もちろん、あるべきものがあるわけで。  
 思わずごくんと息をのんだ。今、パステルは完全に寝てる。ちっとやそっとじゃ起きそう 
にもない。  
 また厄介なことに、今のパステルは、Tシャツにミニスカートといういつもの格好をして 
て……  
 俺の手がふくらはぎに伸びたのは、足もきっと疲れてるだろうからマッサージしてやろう 
という、純粋な親切心だ。やましい気持ちなど何一つない。  
 ふくらはぎをそっともみほぐしつつ、パステルの様子をうかがったが……目を覚ます気配 
は全くない。  
 ふくらはぎが終わったら、次は……  
「…………」  
 起きねえよな? いや、起きてくれた方が、いいのかもしんねえけど。  
 理性がひとつひとつぶっちぎれていく音を、俺は確かに聞いていた。  
 だけど、身体はすっげえ正直だった。いやっ、こっ、これはだなあ、健康な青少年として、 
ごくごく当然の反応であってだな……  
 そもそもだなっ……俺は、認めたくはねえが……ずっと、こいつに、パステルに惚れてた 
んだよっ! 好きな女が目の前に寝てるんだ。反応しねえほうがおかしいだろう!?  
 誰も聞いてねえ言い訳をしながらも、俺の手は、パステルの太ももへと伝っていって……  
 こっ、これはマッサージだ。単なるマッサージであって、やましい気持ちなど……  
 山のようにあるんだけどな。  
 そっと太ももをなでてみる。やはり反応は無い。完全に熟睡してるみてーだな。  
 いかんいかん、やめとけ。もし起きたら明日からパステルと顔合わせらんねえぞ。  
 最後に微かに残った理性がそう告げているが、俺の脳はそれを完全に無視した。  
 気がついたら、俺の手は完全にスカートの中にもぐりこんでいた。  
 
 ……今ならまだやめれるぞ、俺。  
 頭の中ですんげー小さな声がしたけど、俺はそれを完全に無視していた。  
 間違いなく、理性は丸ごとぶっとんだ。もともと寝起きで、あんまものを考える気になれ 
なかったしな。  
 スカートをめくりあげると、当たり前だが下は下着だけ。  
 ……季節柄、さすがに毛糸のパンツははいてねえな。  
 そーっと尻に触れてみる。柔らかくて弾力のある手ごたえ。  
 …………  
 俺は、パステルの身体をそっと仰向けにした。気持ち良さそうに寝てやがる。自分が何さ 
れてるか、全然気がついてねえみてえだな……  
 そっと唇を重ねてみる。さっき俺自身が作ったミルクティーの味が微かにした。  
 それでも、パステルは目を覚まさねえ。  
「おめえ……鈍いにも程があるぜ……」  
 手が自然に伸びた。触れたのは……パステルの、胸。  
 俺はしょっちゅう、「出るところがひっこんで、ひっこむところが出てる体型」なんてパ 
ステルをバカにしてるが、本音を言えば、そこまでひどいとは思ってねえ。  
 むしろ、すらっと伸びた手足とスレンダーな体型は、結構いい方なんじゃないかと思って 
るくれえだ。ま、胸はそうでかくないけどな、確かに。  
 じゃあ何でバカにするのかと言えば……認めたくはねえが、照れって奴だよ、照れ。  
 こいつは、クエストのときでもいっつもスカートだからな。いやでも脚とかが目に入っち 
まって、俺としては、結構そのたびに触りたくなるのをこらえたりしてたんだ。  
 いわゆる「欲情」ってやつを感じてたのを、ごまかすためだった、ってーわけだ。もっと 
もこの鈍感女がそれに気づくわけもねえが。  
 胸に触れてやると、パステルは微かにみじろぎしたが、それだけだった。  
 シャツをまくりあげる。暑いせいなのか、上の下着はつけてなくて……つまり、もろに胸 
が目に入った。  
 指で弾いてやるが、やはりちょっと動いただけで目を覚ます気配は無い。  
 …………  
 そっと胸をつかむ。あまり大きくはないが、ちょうど俺の手にすっぽりおさまるくらいの 
胸。  
 力をこめないように気をつけながらもみほぐしてみる。……と、  
「ん……」  
 や、やべっ! 起きたか!?  
 
 パステルが、微かにうめいた。って、何で俺は身をひいてるのに手を離さねえんだよ!!  
 俺の手は、吸い付いたようにパステルの身体から離れない。  
 胸から背中、腰……と、そのなだらかなラインをなでさすっていた。  
 ……ん?  
 そのとき、俺はパステルの身体がうっすらピンクに染まっていることに気づいた。  
 よーく見れば、少し息が荒くなっている。  
 まさか……感じてるのか、こいつ?  
 ここにいたって、俺はもう、今更ひくにひけなくなっているのを感じた。何が、って?  
俺自身がもう限界なんだよ!!  
 スカートはそのままにして、下着だけそっとずらす。初めて目にする、パステルの大切な 
場所……  
 ゆっくりとさすってみる。「うん……」といううめき声。  
 起きるか? ……もし起きたら、俺は何て言えばいいんだ?  
 今更止められねえんだよ、もう……  
 ゆっくり指を挿入する。……やっぱりか。濡れてやがる。  
「あん……」  
「……悪いな、パステル……俺、自分を善人だなんて思ったことはねえが……こんだけ最低 
なことができるとは思ってなかったぜ……」  
 ぐっと指を深く差し入れ、そのままかきまわしてみる。指を伝って、とろっとしたものが 
あふれてきた。  
 ……おめえさ、もしかして、すげえ感じやすいタイプなんじゃねえ……?  
 完全に下着をひきおろした。もう……我慢できねえ。  
 俺は、怒張した自分自身を、パステルの中につっこんでいた。  
   
「っっっうっ…………!?」  
 パステルの目が、微かに開いた。……さすがに目が覚めたか!?  
 だけど、もう、引き返せねえ。  
 きつくしめつけられる中を強引に突き進み、何かを突き破った。  
 ――やべえ、すっげえ気持ちいい……  
 俺はパステルの顔を見れなかった。見るのが怖かった。ただ、欲望の赴くままに動いてい 
た。  
 きっと、軽蔑と怒りの目を向けてんだろーな……されてもしょうがねえけど。  
「あっ……うっ……?」  
 だが、パステルは何も言わなかった。ただ息を荒くしつつうめいているだけだ。  
 ……もしかして、寝起きで意識が朦朧としてんのか?  
「っ――駄目だっ……」  
 俺はもうちょっと自分が長持ちする人間だと思ってたが……どうやら、意外と早かった方 
らしい。情けねえけど……  
 ――せめてっ……  
「っ……くっ……」  
 爆発する寸前、俺はパステルの中からモノを引き抜いた。そのまま、欲望の奔流を、自分 
の手で、受け止めていた。  
 ――せめて、これくらいのことをしてやらねえと……もうしわけが立たねえから……  
 部屋を見渡して、タオルを一枚拝借する。すまん、このタオルはもう使えねえな……  
 手をぬぐって、改めてパステルの顔を見やる。  
 まさか、とは思うが――  
 
 俺の予感はよく当たる。  
 犯されたってのに、パステルの奴は……寝てやがった。  
 疲労の極限に達した奴は、ここまで眠りが深いのか?  
 それとも――俺のは、入ったのに気づかねえほど小せえってのか!?  
 男としてのプライドを木っ端微塵に破壊されて、俺はがっくりとうなだれた。  
 そりゃあな……考えようによっちゃ、ばれて二度と口きいてもらえなくなるよりゃ、マシ 
かもしんねえよ。  
 だけどな……いくら何でもあんまりじゃねえか……?  
 ――まあ、俺が文句を言えた筋合いじゃねえけどよ……  
 仕方なく、俺はパステルの身体を拭いて(血とかで汚れたからな)、服をちゃんと着せな 
おしてやった。  
 さて……どうする? このまま起こすか? 今起こしたら、さすがに何か気づくだろうな 
……  
 それに、気持ち良さそうに寝ているパステルを、起こす気にもなれなかった。  
 ……俺にできる、最大の償いは……  
 俺は、当分明るくなりそうもねえ空を見やって、机に向かった。  
   
 ――うーん……  
 あれ? わたし……何、して……  
 ってきゃああああああああああああ!!? いつの間にか寝ちゃってた!?  
 わたしは慌ててベッドから飛び起きた。  
 うーっ、不覚っ! トラップのマッサージが、あんまり気持ちよかったせいだあ……  
 窓の外は、何だかきれいな朝焼けが広がっていた。もう夜明けかあ……  
 でもっ、トラップのマッサージと、ちょっとでも眠ったおかげで気分爽快! これなら、 
これから頑張ればきっと何とか……  
 と、そのときだった。遠慮がちなノックの音が響いたのは。  
 え、今って早朝だよね? こんな時間に誰だろう?  
 
「はーい、誰?」  
「パステル……大丈夫か?」  
 響いたのはクレイの声。  
「クレイ? こんな朝早くにどうしたの?」  
 ドアを開けると、外にはクレイだけでなく、キットン、ルーミィにシロちゃんまでいた。  
「パステル、あなた大丈夫ですか?」  
「え?」  
 いつになく神妙な声で言ったのは、キットン。  
「いえ、時間の感覚もなくなったのかと……」  
「時間? え、今朝じゃないの」  
「いや、もう夕方だけど」  
 ――えええええええええええええええええええええええええ!!?  
 う、嘘っ、そんな時間っ!? あ、朝焼けじゃなくて夕焼けなの!? 半日以上寝てた 
の、わたし!?  
「パステル……本当に大丈夫? 原稿はできたのか?」  
 クレイのとっても心配そうな声。うっ……当たり前だよね。だって、もう締め切りは明 
日だもん。  
 徹夜して、何とかなるかなあ……? いや、うつすだけだからね! 頑張れば……  
「原稿、出しに行かなくていいのか?」  
「……えっ?」  
「締め切り、今日だろ?」  
 …………  
 クレイの言葉を、わたしはしばらく理解できなかった。  
 今日? え? 確か寝たのが……  
「クレイ……今日、何日?」  
「え? 今日は……」  
 クレイが告げた日付は、確かに、締め切りの日だった……  
 わっ、わたしっ……丸一日半以上も寝てたの――!?  
 
「やっぱり、寝てしまったんですねえ」  
 キットンが、頷きながら言った。  
「外に置いてある食事に、いっこうに手をつけてないからおかしいとは思ってたんですが」  
「ど、どーして起こしてくれなかったの!?」  
「何言ってるんですか。集中したいから部屋に入らないでくれって言ったのは、パステル、 
あなたでしょう?」  
 がっくり。そうだね、キットン……あなたが正しい。確かにわたしはそう言ったよ……  
 あーん、こうなったらしょうがない。できた分だけ持っていって、印刷屋のご主人に謝 
ろう……  
 と、そのときだった。  
「それはそうと、トラップはあんなところで何してるんですかねえ?」  
「え?」  
 トラップ? そういえば、姿が見えないなあ。  
 キットンの指差す方向は、わたしの机があるところ。そこに……  
 何と、トラップがつっぷして寝てたのよ!!  
 な、何やってるのそんなところで……  
「ちょっと、トラップ、何でこんなところで寝てるのよ! ベッドで寝ないと風邪ひいち 
ゃうよ?」  
「うーん……」  
 揺すってみたけど、全然起きる気配なし。まあ、この人の寝起きが悪いのは、いつもの 
ことなんだけど……  
 ……って、きゃあ! この下には原稿がっ!! よだれでも垂れたらどうするのよっ!!  
 わたしは慌ててトラップを押しのけた。何だかガターンって音がしたけど、そんなこと 
に構ってられない!  
 無事な原稿まで台無しにされたら、大変だからね。  
 
 ……ん?  
 あれ? 何、この字……?  
 机の上に乗ってた原稿の、1番上のページは、元原稿の最後のページに当たる部分だった。 
それも……  
「これ……トラップの字じゃないか?」  
 いつの間にか部屋に入ってきた皆が、原稿を覗き込んで言う。  
 そうだよね、この癖のある字はトラップだよ。わたしの字じゃないのは確か。  
 ……もしかして?  
 慌ててページをくってみる。わたしが寝る前に中断したところから後。元原稿の字が何と 
か判別できたから、うつすだけになってた部分。  
 そこが、トラップの字で、全部書き写されていた。  
「トラップ……ちゃんと反省してたんですね」  
 キットンが、うんうんと頷きながら言った。  
 ちなみに、話題の主トラップは、わたしに椅子ごと床に倒されてもまだ寝てたんだけど。  
 わたしと違って、トラップは原稿書くのに慣れてないはずだもん。きっと、すごく時間が 
かかったはず……わたしが寝てる間、ずっとかかったんじゃない?  
「そうかー。どうりで昨日今日と、トラップの姿が見えないと思ったんだよなあ」  
 クレイ、のんきすぎるよ……  
「それはそうとパステル、できてるなら、早く印刷所に向かった方がいいんじゃないか?」  
 思い出したようにクレイが言った。  
「もうすぐ日が暮れるぞ。今ならまだ間に合うんじゃないか?」  
「あっ……そうだね、行ってくる!」  
「トラップは、我々がベッドまで運んでおきますから」  
「ぱーるぅ、いってらっしゃいだおう!」  
 ううっ、みんなありがとね!  
 トラップ……本当にありがとう!!  
 わたしは紙袋と原稿をつかんで、慌ててとびだした。  
 
 走りながら原稿枚数をチェックする。抜けてるページがあったら大変だもんね。  
 1枚、2枚、3枚……  
 ……200枚、201……あれ?  
 印刷所に到着寸前、気づいた。あれ? 原稿が一枚多い??  
 慌ててよくチェックしなおしてみる。増えたのは、最後の一枚、の次……  
 ラストページの次に、真ん中に一行しか書かれていない原稿が、挟まっていた。  
 そこに書いてあったのは……  
「……え?」  
 ――ごめん。だから、俺が俺にできる精一杯の償い。おめえのことが、好きだ  
 ……これ、トラップの字、よね……これ、どういう意味……?  
 店を閉めようとしてわたしが外で突っ立っているのに気づいたご主人に声をかけられる 
まで、わたしは、そこに立ち尽くしていた――  
 

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