――ごめん。だから、俺が俺にできる精一杯の償い。おめえのことが、好きだ  
 ……これって、どういうこと?  
 印刷所に無事原稿を渡し終わった後も、わたしはずっと考えていた。  
 わたしの名前はパステル・G・キング。冒険者にして、雑誌に連載を持ってる小説家の卵でもあるん 
だ。  
 話せば長いことながら、わたしは駄目にしてしまった原稿を元に戻すためにしばらく徹夜続きで、結 
局トラップに助けてもらって何とか原稿を書き上げたんだけど。  
 トラップの字で書かれた言葉。これって、どういう意味?  
 ごめん、っていうのは、多分原稿を駄目にしちゃったことだよね。償いって、原稿を書き写してくれ 
たこと?  
 だけど……どうして、その後にこんな言葉が続くの? 「好き」?  
 ……トラップが、わたしのことを好き?  
 なーんて、まさかね。  
 あのトラップが、わたしのことを好きだなんて、そんなことあるわけないよね。きっと彼のことだか 
ら、またわたしのことからかおうとしてるんだ。  
 もーっ、いくら何でもちょっと悪質じゃない? まあ、今回はトラップにたくさん助けてもらったか 
ら、怒るのはやめておくけどさ。マッサージも気持ちよかったし。  
 はあっ。きっと、この書き置き見たわたしが慌てるのを見て笑うつもりなんだろうなあ。そうはいか 
ないんだから。  
 平常心平常心、と言い聞かせながら、わたしは宿に戻った。  
 ちょうど、みんなは夕食でも食べに行こうかってわたしを待っててくれたところだったんだけど。  
 トラップの姿だけが見えない。どうしたんだろ?  
「あ、おかえり、パステル。どうだった?」  
「うん、ばっちり! ちゃんと印刷所に持っていった」  
「よかったね、おめでとう」  
 クレイが優しい言葉をかけてくれる。うーっ、いい人だなあ。今回のことでも随分心配してくれたみ 
たいだし。何か美味しいものでも作ってお礼しよう。  
 
「じゃ、みんなそろったみたいですし、猪鹿亭にでもいきましょうか」  
 キットンの言葉にみんな頷いたんだけど、みんなって、トラップがいないじゃない。  
「トラップは?」  
「ああ、まだ寝てます。どうやら、原稿を書き写すために徹夜したみたいですねえ。どうしても起きな 
いので、ベッドに置いてきました」  
 そう言うと、何がおかしいのかキットンはげらげら笑った。  
 食事に来ないなんて、よっぽど眠いんだろうなあ。ううっ、ごめんねートラップ。  
「じゃ、行こうか」  
 会話が一段落したところでクレイが促したけど、わたしはその前に部屋に戻ることにしたんだ。  
 余計な荷物は置いておきたかったし。トラップの書置きとかね。  
「ごめん、わたし部屋に戻って荷物置いてくるから。みんな、先に行っててくれる? すぐに追いかけ 
るから」  
 わたしの言葉に、みんなは頷いて外に出て行った。  
 さーて、わたしも荷物置いたらすぐに追いかけなくちゃ!  
   
 トラップの書置きは机の中にしまって、原稿を入れるのに使ったカバンからお財布だけ抜けば準備完 
了。  
 多分、今からすぐに追いかければ、猪鹿亭に着く前にみんなに追いつけるはず。  
 そう思って、わたしはすぐに外に出ようとしたんだけど。  
 その前に、ちょっと立ち寄るところができてしまった。……その、生理現象というか……おトイレに。  
 いや、よく考えたら、丸一日半以上もずっと寝てたんだから当然なんだけどね。  
 宿のおトイレに入って、ふうっ、と一息。用を足して立ち上がろうとすると……  
 
 あれ?  
 下着に、赤い染みができてた。何だろ、血?  
 わっ、もしかして、始まっちゃったのかな?  
 そりゃあ、わたしも年頃の女の子だから、当然月に一回くらい、ちょっと苦しむ日があるんだけど… 
…  
 でも、変だなあ。次に来るまで、後二週間くらいは余裕があると思ってたんだけど。  
 それに、血の色がやけに鮮やか。これじゃ、まるで怪我したみたい……  
「……え?」  
 そのとき、わたしは初めて違和感に気づいた。いや、気づくのが遅すぎるんじゃないかっていう気も 
するけど。  
 何となく違和感。体の奥を怪我したような痛み。明らかに、「あの日」のときの痛みとは種類が違う。  
 これって……こんなとこが痛くなったり怪我する理由って……  
 いや、まさか、まさかだよね……でも……  
 そのとき、わたしの頭の中に浮かんだのは、トラップの書き置き。  
 ごめん。俺にできる償い。好きだ――  
 まさかっ……  
 わたしはもう一度階段を駆け上った。  
 
「トラップ!!」  
 ノックもしないで男部屋のドアを開ける。トラップは、二つあるうちのベッドの一つで眠っていた。  
 だけど遠慮しないもんね! まさか、とは思うけど。もしわたしの予想が当たってたら……  
 そんなのって、酷すぎる。  
「トラップ、起きて! 起きて起きて起きて!!」  
「……んだよ……うるせえなあ……」  
 しつこく叫んでその身体を揺さぶると、やっとトラップが目を開けた。  
 もーっ、いつものことだけど寝起きが悪いんだから!!  
「トラップ!」  
「……ぱ、パステル!?」  
 わたしがぐっと顔を近付けて怒鳴ると、突然トラップがばっと目を開けた。  
 何だか一気に目が覚めたみたい……そんなにわたしの顔、怖かった?  
「トラップ、あのね、聞きたいことがあるの」  
「……あんだよ」  
 わたしが身を乗り出すと、同じだけ身をそらしながらトラップが答えた。  
 目を合わせようとしない。いつものトラップらしくない。  
 いつものトラップだったら、「もう少し寝かせろ」とか何とか、得意の毒舌できりかえしてくるはず 
だもん。  
 やっぱり……  
「トラップ、最初にお礼言っておくね。夜食作ってくれて、マッサージしてくれて、わたしのかわりに 
原稿仕上げてくれて、どうもありがとう」  
「……別に。言っただろ。それは俺が悪かったから」  
「でね!」  
 トラップの言葉を強引に遮る。  
 ちゃんとお礼は言った。いっぱい色々してくれたことには、本当に感謝してるから。  
 だから、ちゃんと聞かないと。  
 
「トラップ……それだけ?」  
「……それだけ、って?」  
「わたしにしてくれたのは……したのは、それだけ?」  
「…………」  
 トラップは、何も言わずに顔を背けた。  
 絶対おかしいよ。何も無かったなら、「他に何があるんだよ」とか「何が言いてえんだ?」とか、何 
か言ってくるはずだもん。  
 やっぱり……やっぱり……  
「やっぱり……そうなの?」  
「…………」  
「やっぱり、わたしが寝てる間に……トラップ……」  
「……負けた」  
「え?」  
 ボソッとつぶやかれたトラップの言葉。その意味が、わたしにはわからなかった。  
「負けた。俺の前で、無防備に身体触らせてるおめえの誘惑に、負けたんだよ」  
 ゆ、ゆ、誘惑!?  
 何それ……わたし、そんなつもりじゃ……  
「酷い……何、その言い方……」  
「っ……俺はっ……おめえのことが、好きだから」  
「嘘!」  
 嘘、嘘だよ。そんなの信じない。  
 好きな相手に、そんな酷いことできるわけないじゃない! そんな……  
「嘘、嘘だよ! わたしのことなんか好きじゃないくせに。ただ、手を出せそうだから出したんでしょ 
う? わたしが、寝てて、何も気づかなかったから……誰でもよかったんでしょ?   
 同じような状況だったら、例えばマリーナだったとしても、同じことしたんでしょう!?」  
「てめっ……何でそこでマリーナが……」  
「ううん、違うよね。マリーナだったらそんなことしないよね。好きな相手にそんなことできるわけな 
いよね! そっか……トラップにとっては、わたしはマリーナのかわりだったんだ!」  
 バンッ!!  
 わたしの言葉を遮るようにして、トラップが壁を叩いた。  
 その顔は……すごく怒ってるみたいだった。トラップのこんな顔、見たことない……  
 
「っ……寝てる間に抱いたのは、悪かったと思ってる。ああ、俺も自分がそこまで最低な野郎だったと 
は思わなかった。けどなっ……」  
「けど、何よ」  
 トラップの顔も、声も、すごく怖かったけど。  
 でも、負けない。だって、いくら何でも許せない!  
「けど何よ! わたしの気持ち無視して、酷い、酷いよ、トラップ。わたしは……」  
 駄目、これ以上言葉にならない。  
 言いたいことがぐちゃぐちゃになっちゃって……もう……  
 ぼろぼろと涙がこぼれた。悔しいのと、悲しいので。  
 それを見たからなのか、トラップは声のトーンを落とした。  
 何だか、すごく辛そうな顔で。  
「……そうだな、悪かったよ。いくら俺がおめえが好きだっつっても……おめえは信じたくねえよな、 
そりゃ」  
「……え?」  
「おめえが好きなのはどうせクレイなんだろ? 悪かったな……俺が先に傷物にしちまって!!」  
「なっ……ちがっ……」  
「安心しろよパステル。クレイの奴なら、んなこと気にしねえよ。あいつなら、同情して優しく」  
 バシンッ!!  
 気がついたら、わたしはトラップの頬を思いっきりひっぱたいていた。  
 知らなかった……わたし、トラップは、酷いことばっかり言ってても、それは実はみんなのことを考 
えてだと思ってた。  
 こんな、こんな酷い人だったなんて……!!  
 トラップは何も言わなかった。わたしが叩いた頬を押さえて……そのまま、部屋を出ていこうとした。  
 乱暴にドアを開けて、そして。  
 そこに立っていたクレイと、はちあわせした。  
「っ――クレイっ……」  
「あ……あ、悪い。俺、パステルが遅いから……迎えに……」  
 茫然として何か言いかけるクレイを突き飛ばすようにして、トラップは外にとびだした。  
「おい! トラップ!!」  
 クレイが呼び止めたけど、トラップは戻ってこなかった。  
 クレイ……今の話……  
「パステル……」  
 クレイの顔がゆがんだ。すごく痛ましそうな、わたしに同情している顔。  
 やっぱり……聞いてたんだ……  
 
「パステル……」  
 クレイは、何か言いたそうにしてたけど、結局黙ってわたしの隣に腰かけた。  
 ……そうだよね。こんなときに、かける言葉なんて見つからないよね。  
 わたしがクレイの立場だったら、やっぱり何も言えないと思う。  
 ――わたしっ……  
「クレイ、わたし、どうしたらいいと思う?」  
「…………」  
「わたし、知らなかったよ。トラップがあんな人だったなんて……」  
「パステル、あのさ」  
「わたしもう信じられない! トラップのこと、信じられないよ!!」  
「パステル!!」  
 突然、クレイが強い口調で叫んだ。  
 すごく真剣な表情。……何だろ? クレイ、何が言いたいの?  
「パステル、すごくショックだったのはわかるよ。俺も、トラップのやったことは酷いと思う。同じ男 
として、最低なことだと思う。だけど……」  
 そこで、クレイは悲しそうな目をして続けた。  
「トラップは、真剣なんだよ。真剣にパステルのこと思ってる。そのことだけは、信じてやってくれな 
いか?」  
「……え?」  
 嘘、嘘でしょう?  
 だって、トラップはマリーナのことが……  
 
「パステルが何を勘違いしてるのかはわからないけど……トラップはパステルのことが好きなんだよ。 
俺はずっと見てたからわかる。原稿のときだって、トラップは1番心配してた。食事を部屋に届けてた 
のも、ずっとあいつだったんだよ」  
「だって! ……好きな人に、あんな酷いこと、できるわけが……」  
「パステルは、トラップのことが好き?」  
「……え?」  
 クレイ、どうしてそんなこと聞くの?  
 好きなわけ……ないじゃない。わたしがトラップのことを好きなわけ……  
「それとも、嫌い? 嫌いだから、怒ったのかい? 嫌いな人に抱かれたから、泣いたの?」  
「……それは……」  
「トラップの奴が言ってたな。パステルが好きなのは俺だって……それ、本当かい?」  
 な、何を言ってるのよクレイ!  
 そ、そりゃあ、クレイのことは好きだけど……でも、好きって、そういう好きじゃなくて……  
「もしそうなんだとしたら、いいよな、パステル」  
「え? 何、クレイ……?」  
「いいよな、俺がこうしても」  
 そう言うと、クレイは……  
 何と、わたしを優しく抱きかかえて、ベッドに寝かせてきたのよ!!  
 ななな何をするつもりなの――!?  
 
「く、クレイ!? ちょっと……」  
「パステルは、俺のことが好きなんだろう? トラップに怒ったのは、トラップのことが嫌いなのに無 
理やり抱かれたからだろう? なら、いいじゃないか」  
「なっ……ちがっ……」  
 違うわよっ! わたしが怒ったのは、トラップが、わたしの気持ちを無視したから……  
 クレイ、何を考えてるの――!? クレイが、そんなことわからないはずないじゃない! どうして 
――  
 わたしがパニックになってる間にも、クレイの手が、優しくわたしの髪をなでて……  
 ぶ、ブラウスのボタンを外しにかかって……  
 て、手がっ! 胸、胸にっ!!  
「やだっ、クレイっ――やめて、やめてよっ!!」  
「どうして? パステルは俺が嫌い?」  
「きっ、嫌いじゃないけどっ……」  
 きゃああああああああああ!!? どどどどこ触ってるのよクレイっ!!  
「嫌……」  
「ん? 何、聞こえない」  
「嫌っ、やめて……やめてやめて!! わたし、わたしはっ……」  
 そのとき、わたしの頭の中に浮かんだのは。  
 何でだろう。何で、こんなときに……トラップの顔が浮かぶの? どうして……  
「違う、わたしが好きなのはクレイじゃないの! わたしは……」  
「やっと、わかった?」  
「……え?」  
 そう言うと、クレイは、拍子抜けするくらいあっさりとわたしから離れた。  
 あ――クレイ、真っ赤になってる。……照れてる? ばっとわたしから目をそらして……  
 ああああ! 服、ちゃんと直さなくちゃっ……  
 
 わたしが慌てて服を整えると、クレイは、いつもの優しい顔になって言った。  
「手荒なことしてごめんな、パステル。でも、これで自分の気持ちがわかっただろう?」  
「クレイ……」  
「自分の気持ちだって、よくわからないんだ。ましてや、他人の気持ちなんてそう簡単にわかるわけな 
いよ。それにさ……自分の気持ちを誤解されるのって、すごく嫌な気分だろう?」  
 そう……それは、そうだよね。確かに、そう思う。  
「あのさ、パステル。俺も男だからわかるけど……その、どうしようもないことって、あるもんだよ。 
どうしても、理性が負けちゃうときって、あると思う。だから、トラップはトラップなりに、精一杯謝 
ったと思う」  
「謝った……?」  
 そうかなあ。とてもそうは見えなかったけど……  
「あいつがさ、例えばパステルじゃなくても、誰か本気で女の子を好きになったとして……それを素直 
に告げられる奴だと思う?」  
 ――あ!?  
 そうだよね……それは、そうかもしれない。  
 じゃあ、やっぱり……  
「やっぱり冗談だったんだ、なんて思うなよ? 本気でそう思うんだとしたら、パステルはトラップの 
ことをわかってない。冗談でこんなときにそんなことを言える奴じゃない。  
 あいつは、パステルを……好きだから抱いた、いいかげんな気持ちじゃなかった、そう言いたかった 
んだと思う。やってしまったことは、取り消せないから。せめて自分の気持ちを偽りなく告げることで、 
償おうとしたんじゃないかな」  
 トラップ……  
 本当、なの? あなたは、本当にわたしのことを……?  
「クレイ、それ本当?」  
「さあ? 俺はそう思うってだけで、あいつの本心はあいつにしかわからない。……確かめてきたらど 
う?」  
 クレイは肩をすくめて、ドアを指差した。  
 ……行かなくちゃいけないよね。確かめなくちゃ。  
「パステル!」  
 わたしが部屋を出ようとすると、クレイが呼び止めた。  
 何だろ?  
「その……胸触って、ごめんっ……俺は、猪鹿亭に戻るよ。みんなをそこに引き止めておくから。トラ 
ップを見つけたら、ここに戻ってくるといい」  
 あらら、クレイってば……本当に……  
 いい人だなあ。  
「ありがとう。気にしてないよ、おかげで自分の気持ちがわかったから!」  
 それだけ言って、わたしは部屋をとびだした。  
 トラップ、どこにいるの?  
 
 自慢じゃないけどわたしって方向音痴なんだよね。通いなれた道でも迷えるくらい。  
 そんなわたしが、トラップを無事に見つけ出せるか、不安だったんだけど……  
 何と、トラップは宿の入り口の前に座り込んでいた。  
 どうしてこんなところにいるのよ……  
「トラップ」  
 呼びかけると、トラップは、びくっとして振り返った。  
 もう怒ってはいないみたいだけど……何だか、すごく辛そう。  
 わたしが、わかってあげなかったから? トラップの気持ちを誤解してたから?  
 階段のあたりをうかがうと、クレイがちょうど下りて来るところだった。  
 目で合図したら、わかってるっていう風に手を振って、裏口の方へと向かっていった。  
 ううっ、クレイ……本当に、本当にありがとねっ!!  
「トラップ、こんなところにいたら風邪ひくよ。部屋に戻らないと」  
「――っせえな……」  
 腕をつかもうとしたけど、乱暴に振り払われた。  
 ……どうすれば、何を言えばいいんだろう。  
「トラップってば。ね、部屋に戻ろう?」  
「へっ。おめえにとってはどうでもいいことなんじゃねえの? 俺に構わずクレイのところにでも行け 
よ」  
 ――ムカッ。  
 まだ誤解してる! わたしが好きなのはクレイだって。……違うのに。  
 って、わたしも、トラップが好きなのはマリーナだって、誤解……だよね? してたんだよね。  
 そうか、こんなに嫌な気持ちになるものなんだ。気持ちを誤解されるって。  
 トラップが怒ったのも、無理ないよね。  
 
「トラップ、わたし、クレイに抱かれそうになったよ」  
 びくりっ  
 わたしがそう言うと、トラップの身体がひきつった。  
 後でクレイが殴られたりしないように、ちゃんと見張っておかないとね。  
「でも、わたし駄目だったんだ。クレイのこと、もちろん嫌いじゃないけど。でも、そういう……恋愛 
の意味で好きじゃなかったから、嫌って言っちゃった」  
「…………」  
「ねえ、トラップ」  
 わたしの気持ちを無視してしまったことを、トラップはせいいっぱい謝ってくれた。  
 でも、わたしはそれに気づけなくて、誤解して、酷いこといっぱい言っちゃった。  
 だから、これは、わたしにできるせいいっぱいの償い。  
「もう一度、マッサージ、してくれる?」  
「……何?」  
 初めて、トラップは顔をあげた。  
   
 普段わたしとルーミィが寝てる部屋。  
 そこに、今はわたしとトラップの二人きり。  
 クレイが、みんなを猪鹿亭に足止めしてくれるって言ったけど……大丈夫かな? クレイ、期待して 
るからね!  
 そこで、わたしはベッドの上にうつぶせになっていた。あのときと同じように。  
「おめえ……意味、わかってんだろうな?」  
「……わかってるよ」  
 トラップは、ベッド脇に立ってわたしを見おろしている。  
 ……気持ちを無視されたのは悲しいけど、でも。わたしが好きなのは……  
 
「わかってる。……トラップは、嫌?」  
「っ嫌……なわけ、ねえじゃねえか」  
「じゃあ、お願い」  
 言ってくれたよね、トラップ。わたしのことが好きだって。  
 これは、わたしからの返事。  
 ごくり、と息をのむ音がして。  
 腰のあたりに、重みを感じた。  
 最初は肩。あのときと同じように、強くもなく弱くもない絶妙の力加減で、優しくもみほぐしてくれ 
る。  
 首筋、頭、背中、腰。  
 トラップの指が、たくみに動いて……そして。  
 耳元に、熱い吐息が触れた。  
「……いいか?」  
 声に出さずに頷く。そして。  
 わたしはゆっくりと顔をあげた。意外なくらい近くにトラップの顔。  
 唇と唇が、重なった。  
   
 キスは長く、熱く、深かった。  
 わたし達は、しばらくお互いを求め合うようにくちづけあった。  
 やがて、トラップの手が、ゆっくりとわたしを仰向けにする。  
 優しく外されるボタン。あらわになる胸。  
 トラップの唇が触れるたび、わたしの肌に、赤い痕が残った。  
「やだっ……目立つところにつけないでよっ……」  
「……俺のもんだっていう、しるしだよ」  
 わたしの抗議を無視して、しるしは増えていく。  
 ううっ。襟元のあいた服とか、しばらく着れないなあ。  
 
 やがて、トラップの唇は、胸元へと移動した。  
 胸の頂点。そこに軽くキスした後、手が、優しく包んだ。そのまま、軽くもみほぐすように……  
「ねえ……それ、も……マッサージ……?」  
「そう。効くだろ?」  
 効く、なんてもんじゃない。トラップの手が動くたび、わたしの身体は、どんどん熱くなって……  
 おかしいよね。さっき、クレイだって同じようなことしたのに。  
 あのときは、何も感じなかった。ただ、驚いたのと、怖かったのと、それだけだった。  
「やっ……とらっぷ……」  
「やっぱ、おめえは……起きてるときの方が、かわいい」  
 うーっ、恥ずかしいっ……  
 寝てるときのわたしだって、わたしなんだからっ。  
 トラップの手が、身体の曲線に沿うようにして優しく、なめらかに動いていった。  
 そのたびに、わたしは……頭がぼうっとしてくるような、そんな感覚がして……  
 ううっ、だんだん何も考えられなくなってきちゃった。これが、その……「感じる」ってことなのか 
な……?  
「あっ……やっ、やんっ……」  
「あー……あのときも、思ったんだけどよ。俺、あんまり長持ちするほうじゃねえみてえ」  
 長持ち? 何のことだろう?  
 わたしがきょとんとした顔で見上げると、トラップは、何だか悔しそうに……笑っていた。  
「だから満足させてやれねえかも」  
 言いながら、トラップの手が、スカートにかかった。  
 そのまま、手が太ももの内側をはいまわって、下着の中にもぐりこむ。  
 っ――やっ……何、この感じ……  
 背筋がぞくぞくする。頭の芯がしびれたみたいになって……熱い、じわっとしたものがあふれてくる 
みたいな感じで……  
「やあっ……と、トラップ……」  
「おめえってさ、結構、敏感なんだな」  
 うっ……いつも鈍感鈍感ってバカにするくせにぃ。何なのよう。  
 その瞬間、トラップの指が、わたしの中にもぐりこんできて……  
 ぐじゅっ  
「ああっ……」  
「ほれ、結構、あふれてる」  
 やああああああああああああああ!! もうっ、意地悪――!!  
 
 真っ赤になってにらみつけると、トラップは、すんごい優しい顔で微笑んできた。  
 ずるいなあ……こんな顔されたら、怒れないじゃない……  
「わりい、俺、もう限界……いいか?」  
 わたしが頷くより早く。  
 指よりもっと太いもの。大きいものが、ぐっと押し入ってきた。  
「っ――つっ……」  
 一瞬痛みが走るけど、思ってたほどひどくはなかった。  
 これって……二回目、だから?  
 ぬるっという感触とともに奥に侵入してくるもの。  
 それは、決して不快な感触ではなくて。むしろ、暖かくて……  
「っはあ……おめえの中ってさ……何で、こんなにあったけえんだろうな……」  
「知らないよ……」  
 トラップの動きが激しくなる。  
 わたしも、息がどんどん荒くなって……太ももを伝っていくのは、何だろう? お、おもらしじゃな 
いよねっ。  
 ああっ、何か、すっごく……気持ち、いい、かも……  
「くっ……もう、いく……」  
 トラップの微かなうめき声。同時に……  
 わたしも、目の前が真っ白になった。  
 
 っはあ……  
 終わった後、服を着て、一緒にベッドに寝転んで。  
 わたしとトラップは、同時にためいきをついた。  
 ふと横を見ると、トラップとばっちり目があって、慌ててそらしてしまった。  
 ううっ、恥ずかしいなあ……  
「……おい、こっち向けよ」  
 ぐいっ  
 それが気に入らなかったみたいで、トラップの手が、強引にわたしの頭をつかむ。  
 もう、もっと優しく扱ってよ。……好きな相手になら。  
「どーだよ、俺のマッサージは」  
「……うん、最高、だったよ」  
「そうか」  
「……」  
「……」  
 え、えと。何か、何か言わなくちゃ。えーっと……  
「と、とらっ……」  
「パステル」  
 わたしが何か言おうとしたら、トラップに遮られた。  
 すっごく強い口調。……何だろう?  
「悪かったな……おめえの気持ち無視して、卑怯なことして。本当に悪かったと思ってる」  
「うん」  
「けど、言っとくけど、誰でもよかったわけじゃねえぞ。誰かのかわりってわけでもねえからな。俺は、 
おめえだから。そこに寝てたのがおめえだから、抱いたんだ」  
「……うん」  
「俺が好きなのはおめえだ。何勘違いしてんのか知らねえけど、マリーナはただの幼馴染で……何つー 
か、家族みてえなもんなんだよ。わかったか?」  
 わかったよ。だから、同じ台詞をそっくり返してあげる。  
 
「わたしもだよ」  
「あ?」  
「わたしにとってのクレイも、同じ。好きは好きだけど、家族みたいなもの」  
「……そっか」  
「トラップとは、違う」  
「……あんだと?」  
 クレイは家族と一緒。でも、トラップは……  
「トラップのことは、男の人として、恋愛対象として、好き」  
「…………」  
 あー、真っ赤になってる。照れてる照れてる。  
 いつも意地悪で、酷いことばっかり言って、トラブルメーカーで、でも、優しい。  
 そんなトラップが、わたしは、好きなんだ。  
 わたしとトラップの唇が再び重なったとき――  
 宿の入り口が開く音がして、みんなのにぎやかな声が、二階まで響いてきた。  
 
 

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