「違ぁーう!もーちょっと下狙えっての」  
「ね、狙ってるつもりなんだけどぉ・・・」  
 
クロスボウを構えたまま、半べそ状態のパステル。  
うーむ、なにげに可愛いじゃねえか。  
・・・って、いかんいかん。今は指導中。  
その表情をあえて見ないようにして、にへらっと下がる目尻をぐっとこらえる。  
俺は的にしている空き缶を指差し、厳しく言い放った。  
 
「言い訳すんな。  
 ちゃんと狙えてねーから外すんだろが。おら、もっぺん!」  
「はぁい・・・」  
 
へこたれた声を出しつつ、パステルは矢をつがえる。  
ここは、みすず旅館の裏庭。  
マンツーマンで、クロスボウのスパルタ指導中だったりする。  
実は昨夜パステルから、何を思ったか唐突に指導を頼み込まれたんだよな。  
まぁこのところ確かに、妙にハードなクエストが多かったし。  
自分の腕を少しは上げる必要があるってぇことに気づいたのは、こいつにしては賢明かつ前向きな判断なんじゃねえだろうか。  
 
とはいえ、今までならば面倒で放っとくんだが・・・  
他ならぬパステルの頼みじゃあるし・・・よ。  
そう、何を隠そう、いや隠さん。聞け!聞いてくれ!!  
こいつは俺の彼女だ。  
この際きっちし言わせてもらおう。俺の女だ!俺のっ!!  
 
あぁ、そりゃあもう長い闘いだったさ。  
俺がこの天然ボケマッパーを彼女にするまで、どれだけの労力を費やしたと思う?  
・・・涙なしには語れねえ。  
屋根より高い俺様のプライドを、歯を食いしばって地べたに這いずらせ、そりゃあもう血のにじむような、寿命を削らんばかりの努力をだな、してきた訳で・・・  
何はともあれ、こいつは俺のだ。しつこいようだが。  
だから、こいつの面倒は必然的に俺が見るってのが、まぁ筋だぁな。  
何か問題でも?  
 
そして結論として。  
今俺は腕組みをして、いじけた表情のパステルをガンガンしごいてるところなわけだ。  
 
「ほれ、サボってんじゃねーよ。  
 腹に力入れて、顎引いて打ってみ」  
「う、うん」  
 
パステルはおずおずと頷き、的を見据えると矢を放った。  
以前のぼよよぉぉんという、脱力感あふれる音よりはましな、ヒュン、という風切音。  
だが、矢がささったのはまるきり見当違い、あさっての方向の木だった。  
と、その木の下から叫び声が聞こえた。  
 
「うわぁぁぁぁっ!!」  
 
悲鳴の主は、毎度おなじみ不幸の代名詞、クレイ。  
弓のごとく上体を反らした姿勢のまま、尻餅をついている。  
抱えていたらしい洗濯籠は放り出され、あたりにタオルやらシャツやらが散らばっていた。  
げ、まさかパステルの矢に射抜かれたとか!?  
一瞬焦ったが、どうやら怪我はねえようだ。  
 
「きゃあ!?く、クレイ、ごめんっ」  
 
パステルがクロスボウを放り出して駆け寄る。  
クレイはへたりこみ、血の気という血の気を失い、見事なまでに青ざめていた。  
その鼻先数センチの位置に、ぐっさり矢が突き刺さっている。  
うひゃ、後一歩で、その形のいい鼻をもろに貫通だぜ。  
そりゃ青ざめたくもなるよな・・・  
あれ?でもよ。  
さっき台所を覗いた時、危ねぇからこのへんは通るなよ、っていちお言っといたんだが。  
・・・そっか、あの時クレイいなかったな・・・タイミング悪すぎ。  
相変わらずピンポイントに不幸な奴だ。  
 
「ごめんねごめんね、怪我してない!?」  
「パステル・・・これ刺さってたら、怪我じゃなくて死んでるよ」  
「そ、そだね。ほんとにごめん」  
 
妙に冷静に言うクレイに、ぺこぺこ謝るパステル。  
ようやく通常の顔色を取り戻したクレイは、フラフラと立ち上がった。  
はあぁっと大きなため息をつくと、散らばった洗濯物を拾い集めながら俺に言った。  
 
「おい、トラップ。  
 ・・・仮にも指導してるんなら、きっちり頼むよ。死人が出るぞ」  
「あぁ、すまねえな」  
 
その死人第一号が、まさにおめえになるところだったと同情しつつ、さらっと謝っておく。  
まだ生気のない後姿を見送ると、パステルの頭をぺしっと叩く。  
 
「痛っ!何すんのよっ!」  
 
今へこんでたくせに、妙に元気に反論しやがる。  
 
「いてぇですむか。死人出したくなかったら練習しろ!」  
「わかったわよぉ・・・叩かなくてもいいじゃない・・・」  
 
ブツブツ言いながら、また矢をつがえるパステル。  
ブツブツ言いてえのはこっちだっての。  
 
「おめえよぉ、これまで結構でかいモンスターも倒してきたろ?  
 たかが練習だってのに、あんでまともに当らねんだよ?」  
 
俺の文句も耳に入らないほど集中しているのか、返事もしねえ。  
ムカつかない訳じゃねえけど、ま、それほど集中できてんならよしとしよう。  
残るは技術だけか・・・  
と、ちっとばかし向きのずれた空き缶が視界に入る。  
 
「おい、ちょっと待て。的の位置直してやっから」  
 
一声かけると俺は、軽く走って空き缶に手をやった。  
その時。  
 
ヒュン!!!  
 
「きゃあっ、どけてどけてーーーー!!!」  
「なっ」  
 
目の前に迫る矢。  
俺は間一髪、身を屈めて避けた。  
はー、はー、はー。  
あ、危なかった・・・いいくらなんでも心臓に悪りぃぜ。  
しかもなんだって、こういう時に限ってコントロールがいいんだよ!?  
呆然と立ち尽くすパステルに向かって、腹の底から怒鳴りつける。  
 
「っこ、こ、このバッカ野郎がぁーーー!  
 俺が近付いてるくらいわかんだろうが!!おめえは俺を殺す気かよ!?」  
 
ところが、俺の怒号にも反応しないパステル。  
俺を指差し、震える声でつぶやいた。  
 
「トラップ・・・髪・・・」  
「あん?」  
 
反射的に手をやった襟足には、何も触れない。  
本来ここには、リボンでくくった赤毛の束があるはずだ。  
風に吹かれて、視界内をちらちらする毛先。  
・・・こんな位置に髪なんざ見えなかったはずだけど?  
襟足で空を切った手をそのまま上にやると、俺の髪は・・・ちょうど耳あたりでぷっつりと断ち切られていた。  
両肩を見れば、見慣れた赤毛がブツ切り状態で、バラバラと乗っかっている。  
足元に落ちているのは、さっきまでそれらを束ねていた黒いリボンだった物体。  
ざっくり裂けた布は、かなりの衝撃を表している。  
 
「うへ・・・結び目をざっくりいった訳か・・・危なかったぜ・・・」  
 
なんとかよけられたから良かったとはいえ、相当ギリギリのところだったらしい。  
さっきのクレイ顔負けに、青ざめているであろう、俺。  
屈みこんでリボンを拾うと、思わず知らずため息が出た。  
途端、顔中涙まみれにした、パステルが飛びついてくる。  
 
「トラップ、トラップぅ、ごめんね、わたしのせいでっ」  
 
あぁ・・・なんか気が抜けたぜ。  
俺にしがみついて泣きじゃくるパステルの頭を、ぽんぽんと叩いてやる。  
 
「こんくらいで済んで良かったじゃねえの。  
 首射抜かれたわけじゃねえんだからよ」  
「だ、だけど・・・っく・・・髪が、髪が・・・っ」  
「いいっつーの、こんなもん」  
 
別に好きで伸ばしてたわけじゃねえ。  
気づいたら伸びてただけだ。  
 
「・・・まぁそう思うなら、次回からもーちっと気ぃつけてくれよな」  
 
うんうんと頷きつつも、泣き止まないパステルの頭に手を添えたまま、裏口から旅館内に入る。  
階段を上がると、男部屋のドアを開く。  
そこにはいつもどおり、怪しげな薬品調合をしているキットンと、洗濯を終えたらしいクレイがソードの手入れをしていた。  
 
「もう訓練終わったのか?トラ・・・ップ!おい!その頭!?」  
 
片手に持っていたなめし皮を取り落とし、呆然とするクレイ。  
・・・ソードを取り落とさなかったのは、さすがは戦士とでも言うべきか?  
その驚愕の声に、トランス状態に突入していたキットンが、現実世界に戻ってきた。  
いや別におめえは戻ってこなくていいんだけど。  
 
「なんですか、実験の邪魔を・・・  
 トラップ?あなた、どうしたんですか、その頭」  
「パステル、まさか・・・」  
 
クレイは俺の後ろで小さくなっているパステルに目をやり、その先を言いよどんだ。  
 
「そのまさかだっての」  
「・・・そりゃまた見事に射抜いたもんですねぇ、パステル。  
 いや、よもや狙ったわけじゃありませんよね。ぎゃっはっは」  
「・・・笑うな」  
 
俺がこのボンクラ農夫に軽く殺意を覚えたのを、誰が責められよう。  
いつにも増して冷たーい目線を投げる。  
それにビビったらしいキットンは、珍しく素直に笑うのをやめ、おそるおそる提案をする。  
 
「あ、その、パステル?  
 トラップの髪、きちんと切り揃えてあげてはどうですか?  
 今のままじゃ、ちょっとぼさぼさすぎはしませんかねぇ」  
 
・・・ぼさぼさって・・・おめえにだけは、言われたくねえぞ。  
 
「そ、それもそうだな。  
 ほら、かなり毛先がバラバラだしさ。なぁパステル?」  
 
場の雰囲気に当てられたのか、妙にぎこちない動きのクレイは、パステルに相槌を求めようとした。  
しかしパステルは赤い眼のまま、ブンブン首を振る。  
 
「だめだめだめ!今わたし手が震えてて、とても切れないよぉ!」  
「・・・それもそうか」  
 
通常、クレイやルーミィの伸びすぎた髪を刈ってるのはパステルなんだが、ま、気持ちはわかる。  
仕方ねえな・・・と言いたいとこなんだけどよ。  
切りっぱなしの髪が、顔周りにチラチラパラパラまとわりついて、うっとおしくてかなわん。  
 
「パステル、ハサミ持って来い。クレイ、おめえ切ってくれよ」  
「え?俺が?そりゃいいけど・・・」  
 
弾かれたように男部屋を出ていくパステルの後姿を見やる、戸惑った表情のクレイ。  
仕方ねえ。背に腹は変えられん。  
自分でなんざ、とてもじゃねえけど切れんからな。  
息せき切らして戻ってきたパステルから、ハサミを受けとると、クレイはおもむろに俺の後ろにまわった。  
 
「トラップ、とりあえず座れよ。やりにくい」  
「おう」  
 
手近の椅子を引っ張ると、窓に向かって腰掛ける俺。  
 
「あぁ待って待って、これ」  
 
パステルがタオルを肩にかけた。  
手回し良く持参したらしい霧吹きで髪をしめらせ、櫛を入れたところで準備完了。  
俺のヘアスタイルの運命は、ソードをハサミに持ち替えた、不幸の戦士に委ねられた。  
 
「じゃ、クレイ、お願い」  
「・・・あぁ。いいな?いくぞ?切るからな?」  
「・・・なんでもいいからよ、さっさとやってくれ」  
 
ジャキッ。ジャキッ。ジャキッ。  
 
ハサミの音が3回響いた。  
右1回、左1回、後ろ1回。  
とりあえず全体の長さを揃えたわけか?  
自分じゃ見えねえからなんとも言えんが。鏡持ってこさせりゃよかったぜ。  
固唾を呑んで仲良く見守っていた、パステルとキットンの方を向く。  
 
「ぷーーーーーっ」  
 
どうよ?と聞く間もなく、吹き出しやがった2人。  
なんだよ!?なんかおかしいのかよ!?  
 
「おい笑うな、どうなってんだよ?」  
 
焦る俺に、慌ててそっぽを向くパステル。  
目を逸らし損ねたキットンの、前髪の奥の目をぎん!と見据える。  
 
「あのですねぇ・・・なんと言いますかその・・・  
 カッパというか、カツラというか、お人形というか・・・女学生?」  
「おい、クレイ」  
「・・・すまん。一直線に切りすぎた」  
「すまんじゃねえーーー!なんとかしろーーー!!」  
「な、なんとかって・・・どうしよう」  
 
自分で切っといて、どうしようじゃねえだろうが!?  
ハサミを持ったまま、おろおろするクレイ。  
まさかとは思うが、これで一丁上がりなのかよ!?  
・・・俺はこのカッパ頭抱えて、一体どうすりゃいいんだ。  
頼みの綱のパステルに視線を送る。  
 
「なぁ」  
「無理!絶対できないよぉっ!」  
 
すがるような俺の願いは、即効で瞬殺された。  
そうだろうとは思ったけどよ・・・  
こいつ、どうやってもハサミを握る気はねえようだし。  
すると、やおらキットンが立ち上がり、クレイの手からハサミと櫛を取った。  
おもむろに俺に向き直ると、得意げな表情を浮かべる。  
 
「仕方ありませんねぇ、わたしが整えましょう」  
「・・・おめえ、できんのかよ?」  
「手先でしたら、クレイより私の方が器用といえば器用かもしれませんよ」  
「ある意味そうかも」  
 
ぼそっとつぶやくパステル。  
それを聞いて「え!?」と傷ついた目で振り向くクレイはこの際ほっといて。  
 
「んなら最初っから、おめえがやりゃ済んだ話だろうが!」  
「そんなこと言いましてもねぇ、話の流れってものが・・・まぁとりあえず切りましょう」  
 
なんか、どうにも納得いかねえ気もするが。  
促されて仕方なく、椅子に座りなおす。  
 
「キットンよ、頼むからまともな頭にしてくれよな。後、おめえら」  
 
重い責務から解放され、ほっとした表情でベッドに腰掛けたクレイと、隣のパステルに指を突きつける。  
 
「ぜってぇ笑うな」  
「・・・はい」  
 
俺の迫力に気圧されたのか顔を見合わせ、おとなしく返事をする2人。  
 
「トラップ、いいですか?切りますからね」  
「おう」  
 
キットンは深呼吸をしたかと思うと、ハサミを動かし始めた。  
 
シャキシャキ、シャキシャキシャキ、シャキッ、シャキン、シャキン  
 
クレイの時とは打って変わって、リズミカルに響く細かく軽い音。  
お、こりゃ確かに言うだけのことはあるかもしんねえな。  
クレイと違って、ちったぁ仕上がりが期待できるぜ。  
何気に安心しつつ頭を任せていると、ハサミを入れ終えたらしいキットンが言った。  
 
「こんなもんですかねえ」  
 
何も言わず、クレイとパステルに視線を向ける。どうだ?  
俺の無言の問いかけを受けた奴らは。  
さっき絶対笑うなと釘をさしたせいか、息を止め口を押さえて真っ赤な顔をして・・・  
おいっ、おめえら!!  
この野郎、それじゃ素直に笑われた方がましだっつーの!!  
どどど、どうされちまったんだよ俺の頭はっ!?  
 
焦りまくって頭に手をやる。  
触れるのは、子供の頃以来経験がないほど、短い髪の感触。  
短いだけならいい、許そう、この際。  
ところどころ触れる長い部分、そして斑に短い部分。察するにこれは・・・  
と・・・虎刈り?・・・  
おそらく今の俺は顔面蒼白だろう。  
俺はすっくと立ち上がると、切った髪を撒き散らしながら、ハサミを持ったままの大馬鹿野郎に掴みかかった。  
 
「キットン、きさまぁぁっ!!」  
「い、いやー意外に似合いますよ、トラップ。  
 どうです、そのまま全体に剃りを入れましょう!  
 でてっぺんを残して、いっそダンシングシミターみたいにってのは・・・うぐぐがっ」  
 
俺は腐れ農夫をぎっちり絞め上げながら、低く低くつぶやいた。  
 
「・・・この頭、どうにかしろ」  
「どうにかって、えーとそのですね」  
 
その時廊下から、ぽてぽてぽてと軽くて小さい足音が聞こえた。  
 
「ぱーるぅ!たらいまぁーー!あのね、のりゅがねー」  
 
開けっぱなしになっていたドアから入ってきたのは、ちびエルフ。  
パステルの方に駆けて行きかけたが、異様な空気に立ち止まった。  
振り返り、青息吐息のキットンと、その胸倉を掴んだ俺を交互に見やる。  
 
「なにしてんのらぁ?  
 あ、わぁった!散髪屋さんごっこらぁ!  
 ルーミィも切る、切るぅーー!!」  
 
さっき、絞め技をかけた弾みで床に飛んだハサミを、小さな手で拾いあげたルーミィ。  
・・・まずい。  
俺を心底嬉しそうに見上げる、ルーミィのブルーアイとばちっと目が合った。  
あぁやめろっ。目をキラキラさせて俺を見るんじゃねえ!  
誰でも好きに切っていいわけじゃねえんだぁぁ!!  
 
結論として、俺の頭は。  
ルーミィを連れ帰って来たノルに委ねられた。  
あの部屋にいた人間全員が・・・いや、ルーミィを除いてだが・・・散髪権を拒否しやがったもんで。  
 
ノルの計らいで、納屋の前での青空散髪。  
全ての処理が終わった時、俺の頭はその空のように、これ以上ないほどすっきりとしていた。  
遠い目をして、呆けたように流れる雲を見つめていた俺。  
そっと頭上から覗き込み、申し訳なさそうに聞いたのは、ハサミ・・・でなくバリカン片手の、ノル。  
 
「トラップ・・・一番短い所に揃えるしか、なくて。  
 これでよかったか?」  
「・・・仕方ねえ。すまねえな、ノル」  
 
ノルに礼を言ってふらふらと立ち上がる。  
視界に入る髪は、1本もない。  
どんな強風が吹こうと、揺れる髪も、1本もない。  
 
おい、なぁ、誰か答えてくれ。  
これって、五厘刈りとか言う名前じゃねえ?  
 
もうこれは、切ったの刈ったのなんて生易しいレベルを通り越し、剃ってる、に事実上近い。  
キットンが言いやがったダンシングシミターへの道も、そう遠くないような気すらする。  
 
なんで俺がこんな目に。  
俺が何をした?  
理不尽極まりない仕打ちに、俺は頭を抱えた。  
しかし手を触れるのは、どうあっても認めたくはねえ、じょりっという感触。  
もうこの頭を、風呂敷にでも包んじまいてえぇ!!!  
 
そして俺は、心配そうなノルに見送られ、行き場のない気持ちと頭を抱え、男部屋に戻ったんだが。  
部屋で所在なさげに待っていた奴らは、何のコメントも発することなく自主避難しやがった。  
俺のまとった淀んで黒いオーラにびびったのか、笑いがこらえられなかったのか・・・そのへんはあえて考えないことにする。  
 
ベッドに転がるように身を投げ出すと、枕に突っ伏して意図的に視界を遮る。  
もう嫌だ。何も見たくねぇ・・・  
俺は今初めて、クレイの気持ちがわかった気がする。  
何の咎もないのに唐突に、肩に、いや俺の場合は頭に、不幸がひらりと舞い降りた時の気持ちが・・・  
クレイ、俺が悪かった。不幸だ不幸だとさんざ馬鹿にして・・・  
何を血迷ったか、無関係のクレイに内心詫びを入れていると、コンコン、と控えめな音のノックに続いて、おどおどした声がした。  
 
「入るよ?トラップ」  
 
カチャリと扉を開けたのはパステルだった。  
一切反応せず顔もあげずにおく。  
正直、今はまともに会話をするのも気が乗らねえ。  
 
「ごめんね、ほんとに。こんなことになるなんて・・・」  
 
あぁ、俺もまさかこうなるとは思わなかったぜ。  
毛先をおめえにぶっちぎられただけで、あれよあれよという間に坊主頭になるとはなぁ・・・  
傍にいるパステルを置いてけぼりに、ひとりしみじみとむなしい感慨に浸る。  
 
「キットンにね、育毛剤調合してもらうように頼んだの。  
 そんなに時間はかからない、って言ってたけど・・・」  
「ふーん」  
 
俺はここで初めて言葉を発し、わずかに顔を上げる。  
 
「で?それを言いに来ただけかよ」  
「そ、そうだけど」  
「じゃあ、もう用は済んだろ?」  
 
頼む、もういいから俺のことはほっといてくれ。  
俺の言下の気持ちを一切察しない・・・鈍感だから、んな高等技術は無理なんだろうが・・・パステルは、涙目で迫った。  
 
「そんなこと言わなくてもっ!  
 わ、わたしが元はといえば悪かったんだから、謝らなきゃって・・・」  
「もういいっての」  
「よくないよぉ!そんなに落ち込んじゃって!」  
 
・・・落ち込みたくもなるわい。  
おめえも、この坊主地獄を味わってみろ。  
 
「じゃあ、違う方向でなぐさめてくれ。」  
「?」  
 
きょとんとするパステル。  
 
「体で」  
 
俺の言葉を理解するのに多少の時間を労したようだが、ようやく気づいたらしい。  
真っ赤になって泡食ったパステルは、どもりにどもって酸欠金魚。  
 
「か、か、体って、そんな、えっと」  
「バーカ本気にすんじゃねえ。  
 今の俺にはなぁ、んな元気もねんだよ。頼むから放っといてくれ。  
 薬できたら教えろよな」  
 
言いたいことだけ言うと、俺はまた枕に顔を埋めた。  
なにやらひとりで騒いでいるパステルは放置して、目を閉じる。  
もう俺・・・疲れた。寝よ。  
俺はそのまま、すうっと眠りに落ちかけたんだが。  
あと一歩で意識が飛ぶというところで、肩を揺さぶる手に現実に引き戻される。  
 
「・・・ぁんだよ・・・寝かせろ・・・」  
 
うるさくまつわりつく手を払い、もう一度まどろみの尻尾を捕まえようとすると。  
うお!?  
背中にズン!という重みが圧し掛かった。  
閉じかかった目をこじあけ、慌てて振り仰ぐとそこには真っ赤なパステルの顔。  
 
「ぉい、なんだよ、重てえどけろっ」  
「・・・どけないもん」  
 
きゅーっと熱い体が背中にしがみついてくる。  
どき、と跳ねる心臓。  
いやどうした俺。  
俺とこいつは、一応仮にも恋人同士。  
何度も寝てるってのに、何を今更焦ってるんだか。  
 
「なんでもいいから、降りろって」  
 
重いわ熱いわで一気に目が覚めた。  
背中に手を回し、服を掴んで引っ張ろうとした手が滑る。  
こいつ・・・服着てねぇ。  
 
「お、おいっ」  
「だってだって、わたしのせいでこんなことになっちゃったでしょ?  
 謝ったってトラップは元気にならないし、わたしにできることって・・・ううん、できなくたってやる!わたし、トラップの彼女なんだからね!!」  
 
俺の涼しげな後頭部に向けて、ほとんど息継ぎなしに一気にパステルは言ってのけた。  
なんだかよくわかんねえけど、さっき俺の言った「体でなぐさめろ」発言を真に受けたらしい。  
だからってよぉ、この展開とは・・・  
 
俺はパステルの勢いに圧倒されて暫し逡巡していたが、おもむろに体を上向けた。  
 
「え、あっ、やだ上向くの!?」  
 
動揺してひとりできゃーのきゃーの言ってるパステルの脚の間で、寝返りを打つ。  
俺の背中に乗っていたパステルは、自動的に俺に跨る形になった。  
・・・うへ、マジで全部脱いでやんの。  
ブラもパンツもぜーんぶ床に脱ぎ捨てて、白い肌もあらわな、一糸まとわぬ全裸。  
ちょっと小ぶりだがそれなりに締まって感度のいい胸も、俺を跨いでいるせいで隠しようもない、細い毛の茂みも、全部見事なまでに丸見えだ。  
 
しかも何より意外だったのは。  
いつもだったら、やれ電気を消せだの布団をよこせだの、挙句の果てにゃあわたしを見るなだのと無理無茶文句言い放題のパステルが、どこも体を隠す様子がない。  
そりゃまあ恥ずかしそうに、まんまトマトの真っ赤っ赤の顔じゃあるけどよ。  
 
ゴクリと生唾を飲み込み、その白い胸に手を伸ばす。  
と、ぺしっとはたかれた。  
ここまで来てお預けだと?そんな殺生な!  
しかし俺は、喉まででかかった文句にブレーキをかける羽目になる。  
 
目の前にぎゅっと目をつぶったパステルの顔があった。  
モガモガと言い掛ける俺の口に、熱くて小さい舌が入り込んでくる。  
むやみと唇をぎゅうぎゅう押し付け、どこにどうすればいいのかもわかってないように舌をジタバタさせる、勢いだけのディープキス。  
俺・・・そんなやり方教えたっけか?  
突然キスしたのと同じく突然唇を離したパステルは、荒く息をつきながら言った。  
 
「さ、さっき、そんな元気もないって言ったでしょ?  
 わたしが・・・トラップを元気にしてあげるんだもん」  
 
・・・そう来たか。  
さっきの流れだと、どうぞお召し上がりくださいとくるかと思ったが・・・  
いや、来ればそれはそれでまぁいいかなんて・・・密かに思っちゃいたけどよ。  
まさかこういう流れになるたあ、さすがの俺も想像つかなかった。  
 
動揺している俺を尻目に、パステルはまた俺の顔に顔を近づけ、深くキスした。  
そのまま、頬に、耳に、首筋に、ぎこちなく唇をつけていく。  
胸に唇が這い下りてきた時、思いがけない快感に、俺の体はビクっと痙攣した。  
その反応を見て、胸元から顔をあげたパステル。  
やってることとは裏腹に、純粋な瞳で首をかしげる。  
 
「トラップ・・・気持ちいいの?」  
「おう。おめえ、けっこううめえじゃん」  
 
俺の言葉に、恥ずかしそうにしながらも、へへっと笑ったパステル。  
愛撫の唇と手は、徐々に下へと下がっていった。  
壊れ物に触れるような手つきで俺のファスナーを下ろす、細い指。  
今来るかもう来るかと、待ちわびていた湿ったぬくもりが、すっぽりと俺自身を包む。  
 
「うぉ・・・っくっ」  
 
反射的に喉からもれる呻き。  
無意識のうちに、パステルの乳房に手が伸びる。  
 
「だめっ」  
 
はいはい、わかりましたよ。  
はぁ、とあきらめのため息をつく俺を、ナニを咥えたまま上目遣いににらむパステル。  
まぁその目つきの色っぺえこと、この上なしだ。  
こいつって、こんな顔もできんのな。  
いつもなら過剰なほど恥じらっちまって、頼んだって滅多にしてもらえねえ、口によるご奉仕。  
久々の、しかもやたら一生懸命舐め上げるパステルに、俺自身はどんどん張り詰めていった。  
う、ちょっとまじい。  
 
「お、おい、待て。ちょっと待て」  
「え?」  
 
細い肩を掴み、すんでのことでパステルの口を引き離す。  
口の端と俺のナニの間を、透明でねばった糸がひいた。  
こいつの唾液なのか、俺の我慢汁なのか知らんが、その光景はかつて見たこともねえほどエロい。  
乱れた呼吸を整えながら、俺に跨ったパステルの、脚の間に手を伸ばす。  
身をよじって逃げようとするパステル。  
 
「やん、だからだめって・・・」  
「入るかどうか、確認しなきゃだろうが?」  
 
逃げ道を塞ぐように腰をがっちりと押さえ、指で濡れ具合を確かめる。  
こりゃまた・・・俺がしてやるより、濡れてんじゃね?  
ある意味ショックというか、成長っぷりに驚くっつかー・・・  
 
「俺、どこもさわってねえけど・・・感じてんのかよ?」  
 
パステルは一瞬ためらった後、潤んだ目で小さく頷いた。  
事のついでに、奥まで指を差し入れて、勢いをつけて指を抜き差しする。  
 
「ぁん・・・っ、あっんっ」  
 
俺の手を止めることも忘れ、目を閉じて喘ぐパステル。  
ぷにっとした縁をめくり、充血した襞を撫で回すと、新たな愛液がにじみ出る。  
堅くなったクリトリスを探り、指の腹を擦り付けた。  
 
「ひゃ・・・ぁあん、あぁっ」  
「ん?ここ?ここがいいのかよ?」  
「んっ、そ・・・こっ、あぁっ」  
 
指の動きに合わせるように、ぐちゃぐちゃ言う音と共に、俺の体に滴が飛び散った。  
もう・・・いいだろ。俺も我慢できねえ。  
 
「パステル、来い」  
「来い・・・って」  
 
荒い呼吸ととろっとした視線が、俺を見下ろして問い返す。  
 
「ここまでして躊躇うのかよ。  
 ・・・自分で入れてくれんだろ?できんのか?」  
 
からかうように笑いを含ませながら言うと、パステルは軽く口をとがらせた。  
 
「で、できるもんっ」  
 
おずおずと自分の脚の間を確認すると、そそり立つ俺のナニを握り、自分自身にそっと押し当てる。  
何か言いたげな表情で一瞬俺の顔を見たパステル。  
意を決したように唇を結ぶと、俺の上に座り込むように、ゆっくりと体重をかけていった。  
その唇から、小さく喘ぎを漏らしながら。  
 
「・・・は・・・っ」  
 
股間にかかる、じんわりとした圧力。  
いつもよりずっとねっとりとしている、パステルのそこは、俺を捕らえて絞め上げるようで。  
ぎこちなく動かす細い腰が、否応なく快感を呼び起こす。  
・・・ちくしょう、たまんねえや。  
パステルの動きに合わせて寝転んだままで腰を上に突き上げる。  
 
「あっ、やっ、トラッ・・・プぅ、あぁんっ・・・」  
 
パステルは、胸を揉みしだく俺の手もとめられないまま、髪を振り乱してよがった。  
今まで、こいつがこんなに気持ちよさそうなの、見たことねえぜ・・・  
ナニをパステルのぬるぬるした襞に掴まれ、もはや我慢の限界。  
体中の血がそこに集まっちまったみてえだ。  
くっ、もうだめだ。  
 
「・・・出す・・・ぜっ」  
 
恥らいつつも感じているパステルの顔を下から見上げながら、俺は一身に引っ張っていた手綱をとく。  
今までにない角度からのせいか?俺が放った精を受け止めたその部分は、びくっと大きく震えた。  
そしてパステルは、天井を仰いでのけぞり、甘くて切なそうな声で鳴いた。  
 
「ひゃ・・ぁっ、やあぁぁんっ!!」  
「・・・う・・・くっ・・」  
 
パステルはそのまま、俺の上に崩れ落ちた。  
痙攣を繰り返すパステルのそこは、イッたばかりの俺を遠慮会釈なく搾り上げる。  
出したばっかで敏感だってのに、こうも絞められちゃかなわねえ。  
・・・うーむ。  
またムズムズしてきたんだけどよ?俺。  
じゃあ・・・もうワンラウンドいかしてもらいましょーかね?  
 
「トラップの頭、なんか手触りいいね」  
 
うつぶせになって枕を抱え、くすくす笑いながら、俺の頭をしょりしょりとなでるパステル。  
あきらめたようにため息をついた俺に、パステルは重ねて言った。  
 
「どっちにしたって、いずれは伸びて元通りになるしね?  
 わたし、この髪型でも全然平気だよ」  
「ま、キットンの薬ができなくたって、ほっときゃ伸びるわな。髪なんだから」  
「そりゃそうだよね、あはははっ」  
 
軽くため息をつきつつ、楽しそうに笑い転げるパステルを抱き寄せる。  
あーこいつってば、なんでこんなに可愛いんだか。  
鼻と鼻をくっつけてはしばみ色の瞳を覗き込んだ時。  
 
蹴破るような勢いで、とんでもなく景気良くドアが開いた。  
そこに仁王立ちしていたのは、小瓶を胸に抱きしめた、ラリった目つきのキットン。  
ワナワナ震えている手とその表情が、近付いてはいけないというオーラをかもし出していやがる。  
 
「できましたよトラップ!  
 これさえ飲めば一瞬で元通りのはずですっ!  
 あぁ私ってば、こんな短時間で作り上げてしまうとは、なんて素晴らしい!」  
 
いやあの、この状況下でどうしろと。  
呆然としている俺とパステル。  
 
「何ぼーっとしてるんです!  
 ご依頼の薬ができたん・・・」  
 
何の反応もない俺たちに、キットンは文句を言いかけて言葉を止めた。  
やっと現状が把握できたらしく、リトマス試験紙のごとくみるみるうちに赤くなり、踵を返すキットン。  
 
「こ、これは失礼しばしたぁーーー!!」  
 
窓ガラスをビリビリ言わすほどの絶叫と共に、ドアは無常にも閉じられる。  
 
「待てっ、薬は置いていけぇ!!」  
 
必死の俺の叫び声が、みすず旅館にむなしく響いた。  
 
 
 
「で?これを飲みゃ、髪が伸びるってこったな?」  
 
赤いような青いような、まだようわからん顔色のまま、ぎこちなく頷くキットン。  
 
「は、い。理論上間違いないはずです」  
 
場所は変わってみすず旅館の台所。  
開け放した勝手口の外には、心配そうなノルも控えている。  
俺の断髪にからんだ・・・言うなればハサミを入れた奴は、全員雁首揃えてるわけだ。  
さすがに皆、結果が気になったんだろう。  
また散髪屋ごっこかと、にこにこしている約1名もいるにはいるが。  
 
小瓶の蓋を開けて臭いをかぐ。  
無臭無色の水のごとき液体。  
俺はひと呼吸入れると、息を止めて一気に呷った。  
薬が喉を伝って胃袋に落ちたか?という頃合に、頭が痒いようなむずむずするような感触。  
おそるおそるキットンが尋ねる。  
 
「どうです?」  
「・・・頭が痒いんだけどよ」  
 
髪をかき分けるように・・・いや、かき分ける髪もねえが・・・ガリガリと頭を掻く。  
と。  
ざあっ!ともばさっ!とも表現しがたい音をたてて、頭を掻いていた手に、一気に湧き上がるような圧力がかかった。  
 
「うおぉっ!?」  
 
俺が叫ぶと同時に、一瞬にして視界が赤茶色に染まった。  
・・・髪?・・・これ、俺の髪じゃねえのか?  
 
もう不気味なほどに、長い長い長い髪。  
頭から垂直に爆発的威力で伸びた、俺の髪。  
言うなれば、天井向けたクラッカーから紙テープが飛び出したようなもんだ。  
そのおっそろしい量の赤毛は、クレイの手足にまといつき、俺より背の低いパステルとキットンとルーミィ及びシロには、津波のように被さった。  
 
「きゃあああっ!?なになになにーーー!?」  
「なにも見えないおぅー!」  
「助けてくださいデシー!」  
「うわあっ」  
「な、なんだよこれっ!」  
「髪ですよ、髪、髪ぃぃぃーーーー!!!」  
 
個性溢れる各々の悲鳴をBGMに、目の前を遮る赤茶色を、暖簾をくぐる要領でかきわける。お、重い。  
見事に揃って髪に襲われた連中が、ようやく俺の視界に入った。  
俺の髪は床まで届き、さらに高さの足りない分が、一部連中に被さり引っ掛かりながら、とぐろを巻き床を埋め尽くしている。  
部屋の外にいるノルの足元にまで、赤茶の津波は広がっているらしい。  
想像してみてくれ。  
あたかも絨毯のような、おびただしいの髪の毛だぜ?  
・・・そりゃもう何のホラーかオカルトもんか、不気味以外の何物でもねえよ。  
 
「うわっ!気色悪っ!」  
「いてぇよ!クレイ踏むなっ」  
 
俺の髪から逃げようと、足を上げたり下げたりして怪しげなステップを踏むクレイに怒鳴りつける。  
かと思えば、後頭部あたりがぐいと引っ張られる。  
文字通り髪を振り乱して振り向けば、パステルがさながら投網にかかったようにもがいていた。  
 
「やだもう取れない!これっ」  
「だぁら痛てぇっての!  
 俺から生えてんだからな、むやみに引っ張んじゃねえ!」  
「そ、そんなこと言われても・・・きゃあっ!?ルーミィ!」  
 
ようやく自分にからんだ髪をほどいたパステルは、足元の赤茶色の繭状物体に飛びついた。  
げ、あれルーミィかよ・・・  
半狂乱で俺の髪を引きちぎり、ルーミィを助け出すパステル。  
痛ぇわ苦しいわだが、文句を言える雰囲気じゃねえ。  
 
「うわーんぱーるぅ、びっくりしたおぅ!!」  
「こ、怖かったデシ・・・」  
 
ようやくちびエルフと、抱っこされて固まっていたシロが救出された。  
ドアの外から手を伸ばす巨人に預け、ひとまずこの赤茶地獄から避難させる。  
こいつらに暴れてまた踏まれちゃ、俺の繊細な地肌が血まみれだっつーの。  
ほっと一息ついたかと思えば、また背後からつんつんと突かれた。  
重い首を廻して振り向けば、ずんぐりむっくりの赤茶の塊が唐突に奇声を発し、思わず耳を塞ぐ。  
 
「成功です!見事に伸びましたねっ」  
「見事って、いくらなんでも伸びすぎだっつーの!!!」  
 
ちょっと髪切っただけで坊主にされるわ、伸びたら伸びたで加減を知らねえわ、もうなんなんだよ、この狂態は!?  
踏んだり蹴ったりとはこのことだ。  
俺の絶叫で、ようやく我に返ったらしいパステル。  
髪の毛の下にある机らしき物体を掘り返し、用意していたハサミを持った。  
どうやらありがたいことに、散髪恐怖症から脱してくれたらしい。  
床を見回して、今更ながら青ざめたパステル。  
 
「と、とりあえずこのぶん切ろうよ。もう収拾つかないし」  
「頼む、せめて踏まれねえ程度に」  
 
パステルはとりあえず、傍でまだヒャアヒャア言っていたクレイを確保した。  
俺の生え際から手櫛で髪を苦労してまとめ、クレイにどさっとばかりに持たせる。  
踏まれてるぶんやそのへんの物を巻き込んだぶんはあきらめ、俺の足首辺りでどうにか一本化した髪の束を、思い切り良く切り取った。  
 
ジャキン!!  
 
ハサミの音と同時に、首が折れんばかりにかかっていた圧力が軽くなる。  
ひ、ひとまず助かった・・・  
しかしだ。それでも長い。洒落にならんほど長い。  
 
「おいパステル、続けて切れ」  
「え、続けてって・・・どこまで?」  
「おめえが弓矢で、ざっくり切っちまう前の長さまでだよ!」  
「あ・・・そ、そうだね、わかった」  
 
ハサミを構えるパステル。  
今度こそまともな長さに戻れそうだ。  
はぁ、と安堵の吐息をついた時、足元から俺の髪をぐいぐいと引っ張る手が。  
 
「痛てぇ!なんだよ!  
「ルーミィもぉ!ルーミィも切るぅ!!」  
 
にこにこしながら、恐ろしいことをねだったのは、いつの間にかノルの保護下から戻ってきたルーミィ。  
これ以上ないほど、最悪のタイミング。  
おめえは戻ってこなくていいんだよ・・・  
 
「あのなぁ、散髪屋ごっこしてんじゃねえんだよ。  
 おい、パステル、さっさと切れ!」  
「あだやだあだぁーーー!ルーミィにもはさみぃぃ!!」  
 
泣いて地団太踏むちびエルフに、困ったような顔をするパステル。  
おい困るな!そこでなぜ迷う!?  
俺が文句を言おうと口を開きかけた時、キットンがしれっと言った。  
なぜか俺の切った髪を被ったままで、赤毛のロンゲ状態・・・っていうよりカッパだ。  
て言うか、取れよ、それ。  
 
「せっかくですから、ルーミィにも切らせてあげてはどうです?  
 これだけ長さがあるんですから、少し切るくらい問題ないでしょう」  
 
てめぇ、言わなくても言いことを・・・  
目をむく俺を無視して、パステルがにこにこと笑いながら言った。  
 
「だよね。どうせならクレイも切ってみたら?  
 今回失敗したもんね、練習練習!」  
「どうせって何だ、どうせって!?  
 そもそも人の頭で練習しねえでくれっ!!」  
「お、そうだな。俺もちょっと切ってみたい。  
 大丈夫、今度は女学生にはしないからさ、トラップ!」  
 
んなさわやかに言い放たれても・・・あの、俺の立場はどうなるんですか?クレイさん。  
噛み付かんばかりの俺の罵声を、さらりと聞き流したクレイ。  
もはや、当事者である俺の発言権はないに等しい。  
 
反論する気力を奪い去られる俺に、さらに追い討ちをかけたのはキットンだ。  
 
「わたしもさっきの仕上がりは、ちょっとばかり微妙でしたからねぇ。」  
 
あれがちょっとか?微妙で済ませるか!?  
あの髪型はなぁ、激しく取り返しのつかねえ失敗だってんだよ!!  
 
「なかなか練習する機会なんてないですし。  
 そうですね、30センチくらい切らせてもらえれば・・・  
 それだけ長さがあればいいですよね?」  
 
良くねえ!良くねえぞっ!!  
髪の長さが何メートルあろうが、あの虎刈りを完成させたてめえにだけは、二度とハサミを握ってほしくはねえっつーの!!  
 
しかしだ。  
俺を除く満場一致で、散髪屋さんごっこという名の拷問が始まろうとしている。  
あまりと言えばあまりに残酷な、破滅への階段を下りていくような展開。  
三十六計、もうこの場は逃げるしかねえ。  
俺はゆっくりと後ずさり、唯一の逃げ場である勝手口から逃走を試みた。  
そこにいたのは・・・出口を塞いだ笑顔の巨人。  
 
「おぉノル!助けてく・・・れ?え?」  
 
助けを求める俺の悲痛な叫びに、にっこり笑って頷くノル。  
俺の逃げ道をきっちり阻んだ立ち位置が、俺の今後の運命を、何より雄弁に物語る。  
 
ノ、ノル・・・おめえもなのか!!??  
 
俺は今こそ確信する。  
不幸とは、クレイの為だけの言葉ではないことを。  
 
我知らず気を失いそうな俺の耳には。  
ルーミィが嬉しそうに鳴らす、チョキチョキというハサミの音が、やけに大きく聞こえていた。  
 
 
 

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