長く降り続いた雨が、やっとあがった。  
雲の切れ間から、遠慮がちにのぞいている澄んだ青空。  
わたしは、猪鹿亭から一本裏に入った通りを、クレイとふたりで歩いていた。  
クレイはこれからバイト。  
わたしは買い物に行くから途中まで一緒に、っていう言い訳をした、つかの間のデートだったりして。  
 
照れ屋のクレイだから、大通りで手をつないだりはしない。  
でも、人の少ない通りであれば、まわりに人がいなければ。  
まるで悪いことをするみたいにキョロキョロして、そっと手をつないでくれるんだよね。  
くふふ、その辺りを伺う表情が可愛いったら。  
 
「クレイ、そんなにびくびくしなくてもいいでしょ」  
「い、いやぁ、まだ慣れなくてさ」  
 
空いた片手で頭をかきながら言う。  
照れてるのか、少し赤い頬。  
なりたてほやほやの恋人の顔を見上げつつ、幸せな気分に浸るわたし。  
 
「悪いことしてるんじゃないんだから」  
「それにこの通り、トラップのバイト先があったろ?  
 こんなとこ見られたら何を言われるか・・・」  
 
それでも律儀に手をつなぐ彼に、ついこぼれる笑いをかみ殺す。  
 
「トラップも彼女作ればいいのにねー。  
 相手がいなくてつまんないから、クレイをからかって遊んでるんじゃない?」  
「そうなのかな?俺よくわかんないけど」  
 
わたしの言葉に、首をひねるクレイ。  
 
「あの人かなりモテるんだから、ご縁はありそうなのにね」  
「でもあいつ、バレンタインにさ、誰からもチョコ受け取ってないんだぜ?  
 意外に、誰か本命の子がいるのかもしれないな」  
「クレイみたいに、本命がいてももらいまくる人とは違うよねえ」  
 
横目でちらりとクレイを見る。  
 
「えっ・・・もらいまくるって・・・  
 いやそれはそうだけどさ、あの、せっかくくれる気持ちを断るのも・・・」  
 
焦ったクレイは、どもるわ噛むわで大変なことに。  
あーあ、一気に汗出ちゃってるし。  
 
「はいはい、わかったってば。ま、それがクレイのいいとこだよね」  
「なんだよ?それ」  
 
目が合ったわたしたちは、思わず吹き出して大笑い。  
その場所はまさに、トラップのバイト先である郵便局の目の前だった。  
 
 
コンコン。  
男部屋のドアを、軽くノックする。  
返事を待たないでドアを開けると、ベッドに長々と寝そべっているトラップの姿があった。  
今日はバイト昼あがりって言ってたから、もう帰ってると思ったんだよね。大当たり。  
 
「あ、いたいた。トラップ、起きてる?」  
 
無反応。あれ?寝てるのかな?  
肩を揺すると、嫌そうに腕を払われた。  
 
「・・・るせぇ」  
 
なんだ、起きてるんじゃない。  
ベッドの縁に座り、ピンク色の包みを差し出す。  
 
「あのね、さっきこれ預かったよ」  
「あん?」  
 
だるそうに目を上げるトラップ。  
ん?目が赤い。  
またこの人、カジノ行って夜更かししたのかなあ?  
 
「さっきパン屋さんに行った時にね、親衛隊の女の子に会ったの。可愛い子だったけど。  
 トラップに渡してくれ、って」  
「ふーん」  
 
トラップは包みをつまむと、興味なさそうにぽいと放った。  
慌てて受け止める。  
 
「いらね」  
「いらねってあんたねぇ。女の子の気持ちも考えてみなさいよー。ひどいなぁ」  
「・・・ひでぇのは誰なんだか」  
「は?」  
 
何のことよ?  
トラップは聞き返すわたしをあっさり無視すると、ごろりと寝返りをうって壁際を向いてしまった。  
くぐもった声が問いかける。  
 
「そういやおめえら、さっきイチャついて歩いてたな」  
「イチャつくって・・・失礼ねえ」  
「ベタベタ手なんぞつないでよ。  
 クレイの親衛隊は解散したわけじゃねんだから、気ぃつけた方がいいんじゃね?」  
 
心配してくれてるのか嫌味なのか。  
なんだかすごく悪意のある言い方に、カチンとくる。  
そっちがそんな言い方するなら、こっちだって言っちゃうもんね。  
 
「放っといてよ。トラップには関係ないでしょ?」  
 
意識的にきつく、つん!と突き放した口調で言い返して、立ち上がろうとする。  
と、寝転がったままのトラップに、包みを持った手首をぐいと掴まれた。  
 
「何よ、やっぱり欲しいの?素直じゃないんだから。  
 ほらこれ、クッキーみたいだよ」  
「違うってんだよ!」  
 
いつの間にか半身こちらに向けたトラップ。  
切り込むような眼差し。  
何よ?何なの?  
疑問を口にしかけたところで、つかんだ腕を思い切り引っ張られてバランスを崩すわたし。  
そのまま力ずくで、トラップの体の下に抱き込まれてしまった。  
 
「や、トラップ、なにっ!?」  
 
わたしの悲鳴になんて耳を貸さず、トラップはわたしを骨も折れよと抱きしめた。  
 
「俺が欲しいのは・・・くっそぉっ・・・」  
 
搾り出すようなつぶやき。  
トラップの細い指が腕に食い込む。  
 
「なんなのよっ・・・ねえ痛いってば、離してっ」  
「離さねえ・・・離すもんか」  
 
深淵を覗き込むような暗い瞳をして、さらに腕に力を込めたトラップ。  
わたしに覆いかぶさったままで、片手を襟足に伸ばす。  
くん!と後頭部を引っ張られるような感覚の後。  
枕の上に、ほどかれた髪がばさりと落ちた。  
トラップはたった今までわたしの髪をまとめていたリボンで、わたしの両手を併せて縛りあげる。  
鮮やかとも言える手並みになす術もなく、わたしは万歳させられた状態で呆然とトラップを見上げた。  
 
「や・・・何のつもり・・・?」  
「何のつもりだあ?・・・ここまでされて、わかんねえのかよ」  
 
ニヤっとトラップは笑った。  
それはそれは冷たく、生気のない微笑み。  
ぞくりと背中が震える。  
細い指がわたしの襟元にかかったかと思うと。  
 
ブチブチブチッ!!  
鈍い音をたててブラウスが破かれ、ボタンが弾けとんだ。  
 
「ひっ」  
 
あらわになった胸元を這い回る指先。  
強く胸をつかまれ、先端を手加減なしに弾かれる。  
 
「い・・・痛いっ、やめてよ、やめてってば!」  
 
わめくわたしの声は一切聞こえないかのように、トラップは冷たい手で愛撫を続けた。  
でもこれ、愛撫・・・って言っていいんだろか。  
愛なんかどこにもない。  
痛みと嫌悪だけを生み出す、残酷な手の動き。  
 
一瞬、助けを呼ぼうという考えが浮かんだ。  
誰か・・・と声を出しかけて、今更気づく  
あぁ、皆・・・出はらっているんだった。そういえば。  
そしてもちろん、クレイはいない。あの人は・・・いないんだ。  
絶望の色を浮かべたわたしにトラップは、嗜虐的とも言える笑顔を向けて言った。  
聞いたこともないほど、冷ややかな声。  
 
「んな顔すんなよ。誰も来やしねえから」  
 
そして抵抗もむなしく。  
わたしのスカートをめくりあげると、下着を引きむしるように剥ぎ取った。  
閉じようとする脚は強引に割られ、トラップの指が強引に入り込んでくる。  
 
「やぁっ!」  
 
痛い。  
今まで何も受け入れたことのないそこを、グリグリとかき回され、涙が溢れた。  
 
「俺さ、おめえのことが好きだったんだぜ?パステル。  
 知らなかったろ?」  
 
耳元で、とても楽しい秘密をばらすように囁くトラップ。  
そんなこと今言われても、もう何をどう答えていいのかわからない。  
わたしにどう言えっていうの?何が聞きたいのよ?  
頭をぐるぐるとまわる、声にならない叫び。  
 
「や・・っ、あぁ・・・ぃやぁ・・・」  
 
嫌なのに、やめてほしいのに、気持ちとは裏腹に次第にぐちゃぐちゃになる、わたしのそこ。  
嘲るような表情を浮かべたトラップは、きわめて事務的な手つきで、指を抜き差しした。  
細い指に、透明な液体がねばついているのがわかる。  
 
「こんなにしてよ。好きでもねえ男に犯られてんのに・・・けっ」  
 
吐き捨てるように言いながら、おもむろにファスナーを下げるトラップ。  
ほんの少しの間があいて。  
なにか弾力のある、張り詰めたものがわたしのその部分にあてがわれた。  
本能的に逃げようとする体。  
でも、万力で締めるようにがっちりと抱き込まれ、後ずさりすら許してはもらえない。  
細く見えるのに、わたしを押さえ込んで放さないトラップの腕。  
わたしはすくんだ体を縮こまらせ、精一杯の意思表示として首を横に振った。  
 
「や・・・やめ・・・」  
 
強制的に濡れさせられた、わたしのそこに押し入ろうと、かけられる熱くて固い圧力。  
例えようのない恐怖と同時に、クレイの面影が頭をよぎる。  
 
「やだやだやだぁっ!クレイ、クレイぃぃっっ!!」  
 
口をついて出た恋人の名前。  
それを耳にしたトラップは、びくりと震えた。  
 
「くそ・・・っ、くそおおおっ・・・!!」  
「きゃああああああっ!!!」  
 
トラップは溜め込んだものを吐き出すように苦しそうに呻き、一気に自分自身をこじ入れてきた。  
 
「痛い痛い痛いぃっ!やめて、やだっ、痛いよトラップ!!」  
「うるせぇ!!!」  
 
ぐじゅるっという卑猥な音を連れて、わたしの中に、それは無理矢理入り込んできた。  
狭い隙間を割裂くように押し込まれ、肉と肉とを引き剥がすような激痛が走る。  
 
「いた、痛いっ・・・やめてえぇ・・・っ・・・!!」  
 
文字通り引き裂かれるような痛みに耐えながら、わたしは唯一自由な喉から悲鳴をあげる。  
時折途切れそうになる意識。  
トラップは眉間に深く苦悩を刻んだまま、わたしの中を蹂躙した。  
脚の間から突き上げてくる振動と、火傷しそうな熱さ。  
後から後から、涙が湧いてくる。  
 
「・・・パ・・・ステル・・・」  
 
荒い呼吸の中で、トラップが低い声でわたしの名を呼んだと思うと、体の中にどくん、という鼓動が走った。  
 
 
わたしはしゃくりあげながら、目を開ける。  
涙でぼやけた視界の向こうには、見たこともないほど、切ない表情のトラップ。  
犯されたのはわたしなのに。  
それは、泣き出しそうな子供にも見えて、なぜかわたしの胸を締め付ける。  
 
「・・・俺は、俺はなぁ・・・ちくしょうっ・・・なんでクレイなんだよ!?」  
 
血を吐くように悲痛な叫び。  
きつく閉じられたトラップのまぶた。  
顔の上にぽたぽたと落ちてくる、熱い水滴。  
わたしはただ、トラップの顔を見上げているしかできなかった。  
 
ズズっと鼻をすすり、トラップは天井を仰いでつぶやいた。  
 
「あぁ・・・俺、今すっごく・・・おめえにキスしてえ・・・」  
 
いとおしげで、あまりにも今の状況にそぐわない、優しい言葉。  
 
「・・・え?」  
 
思わず耳を疑う。  
手首の戒めを忘れて、反射的に身を起こしかけるわたし。  
 
「・・・とてもできねえけど」  
 
ニヤッと力なくトラップは笑った。  
ゆらりと体を起こすと、手の甲でぐいと顔をぬぐい、服を調えた。  
腕を伸ばしてわたしの手首を自由にすると、そのまま振り向きもせず、何も言わず部屋を出て行ったトラップ。  
 
残されたわたしは、しばらくそのままの姿勢で動けなかった。  
縛られていた手首は、布に擦れて真っ赤に腫れ上がって、ひりひりと痛む。  
でも今は、手首なんかよりお腹の奥が痛い。  
胸の奥は、もっともっと痛い。  
シーツに広がる、紅の染み。  
あちこちが疼く重たい体を抱えて、わたしはのろのろと体を起こす。  
 
何もかもが壊れたことを、わたしの体が雄弁に物語る。  
頬を、ひとしずくの涙が伝い落ちた。  
 
 

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