まいったな・・・  
梅雨の晴れ間と油断した俺がドジだった。  
昨日まで大雨だったんだから、ちゃんと傘くらい持って出るべきだよな。  
 
あたりは黒雲に覆われ、まだ早い時間だというのに真っ暗。  
俺は相変わらず不幸な自分を呪いながら、雨の中をひた走っていた。  
足元は一面水溜りの様相を呈して、一歩ごとに高く上がる泥はね。  
狭いシルバーリーブとはいえ、俺のバイト先の武器屋からみすず旅館は、けっこう離れている。  
武器屋を出た時小降りだった雨は、走れば走るほど勢いをまし、雷まで鳴り出す始末。  
ようやくみすず旅館が見えた時、俺は頭のてっぺんからつま先まで、全身くまなくびっしょりになっていた。  
くっそ、川に落ちたってもう少しましじゃないか?  
軒先に駆け込み、濡れてじっとり重くなった髪と服をしぼる。  
額にぺったり貼りついた髪をかきあげ、雫をポタポタ垂らしながらドアを開けると同時に、雨がやんだ。  
おいおい・・・  
自分の運の悪さは重々自覚しているが、なんでこうもタイミングが悪いんだか。  
重くため息をつきつつ、階段をあがる。  
 
みすず旅館の中はしんとして、人の気配がない。  
そうか、今日は皆いないんだっけ。  
トラップとキットンは、俺と同じくバイト。  
俺は今日は、武器屋のご主人の都合で早く店を閉めるそうなので、早くあがったんだけど。  
ノルは、雨降りに退屈したルーミィとシロを連れて、朝から隣町のバザールに出かけている。  
パステルは・・・見当たらないけど、原稿じゃないかな?  
 
俺は密かに恋人に思いを馳せる。  
って、すぐそこの女部屋にいるんだろうけど。  
実のところ、一応俺の彼女・・・と呼んでいいのかな。いやそのはずだ、うん。  
意思の疎通はできてるわけだし、俺はそう思ってるんだけどさ。  
 
しかし、まともに手も握ったことがない関係を、恋人と呼んでいいのやら。  
俺の方はその先まで進みたい気は、多かれ少なかれあるんだけど・・・  
い、いや、俺だって一応年頃の男だし。  
・・・って、誰に言い訳してるんだ、俺。  
でもなぁ。  
なんというか、まだまだ幼さが先にたって、彼女というより妹に見える方が多いパステル。  
不埒な考えがよぎっても、手を出しあぐねてる、というのが正直なところだ。  
 
つらつらとそんなことを考えながら、俺は廊下を通って男部屋に入り、濡れた手でタオルと着替えをつまみあげると、風呂場へ向かった。  
ふと後ろを見ると、俺が歩いたところが見事に点々と水溜り状態になっている。  
げ、まずいな。  
できるだけ歩幅を広げて歩く。  
最近ワックスもかけられた形跡のない床だからなぁ。  
あんまりびしょびしょにすると、カビやキノコでも生えかねないぞ。  
それはそれでキットンが喜ぶかも・・・いやいや。  
 
とりあえず風呂にでも入ろう。  
体が冷え切って、寒くてかなわない。  
下着まで見事に濡れて、とにかく気持ちが悪いんだよな。  
その上、もう7月だというのに、雨模様のせいかやたらと気温が下がってるし。  
 
階段を下りると、誰もいない台所を一応覗いてから、脱衣所に入る。  
籠にタオルと着替えを放り込み、すっかり体に張り付いた服を引き剥がすように脱ぐ。  
下着も脱ぎ捨てて、ぐっしょり湿って重くなった服を床にまとめたところで、ふと気づく。  
あれ?先客がいる。  
入ってきた時は気づかなかったが、脱衣籠に服が入っているみたいだ。  
こんな時間に風呂とは、誰が入ってるんだろう。  
ま、俺も人のことは言えないけどさ。  
 
・・・そこまで考えて、可能性として該当するのは、1人しかいないことに思い当たった。  
もしかして・・・パステルか?  
一気に顔に血が上る。  
もう一度籠に目をやると、見慣れたブラウスがきちんと畳んで置かれ、刺繍のしてあるバスタオルがその上に載せられていた。  
 
慌てて脱衣所から出ようとして、自分が全裸なのを思い出す。  
とりあえず着替えを着て、出るか・・・  
しかし、雨にうたれた体は冷え切り、正直歯の根が合わないほど。  
できればすぐ湯を浴びたいところだ。  
浴室へ入る引き戸の隙間から漏れる蒸気が恨めしい。  
ここでパステルを待つか?  
いやいや、待ってたっていつ出てくるかわからないし。  
そもそも、彼女も出てきた時いきなり俺がいちゃ、驚くんじゃないか?  
素っ裸で自問自答するうち、寒気が走り、くしゃみが出た。  
まずいな。風邪ひきそうだ。  
 
浴室の様子を伺う。  
聞こえるのは、外の雨音もかき消す、ザー・・・というシャワーの音。  
熱い湯に打たれているパステルの姿を、思わず知らず想像して、また顔が赤くなる。  
 
いつもの俺なら、迷わずここから出るところだろう。  
しかし、相当に凍えた俺は今、とにかく風呂に入りたい。  
そして、パステルは・・・俺の彼女なん・・・だよな?  
 
ふたつの誘惑と、俺は懸命に戦い・・・そして、負けた。  
 
 
割と広い浴室の中は、真っ白な湯気にけむっていた。  
音を立てないように細心の注意を払いつつ、引き戸を閉める。  
もわっと暖かく、霞んだ湯気の向こうに、細くて白い後姿が見えた。  
跳ね上がる心臓。  
股間に勃然とこみあげるものを感じつつ、そっと近付く。  
足音を忍ばせ・・・いや、浴室だから特に足音はしないんだけど。  
 
パステルは俺に気づかず、立ったままでシャワーを浴びていた。  
こころもち顎を上げて、顔に直接湯を受けているらしい。  
 
俺は可能な限り気配を殺して、初めて見る恋人の裸身を舐めるように見つめた。  
濡れて背中に張り付いた、長い髪の毛。  
どこもかしこも細身にできている、全身のパーツ。  
上半身は華奢だが、胸の隆起が伺える。  
トラップの言う出るとこ引っ込んで・・・っていういつものあれは、間違いだったんだなあ。  
無駄な肉のない脚。  
細くくびれたウエストの下には、桃のようにふっくらして真っ白い・・・お尻。  
吸い寄せられるように思わず脚が動く。  
 
と、その時、パステルがふいとこちらを振り返った。  
逃げる間もなく・・・いや、逃げる気はもともとないんだけど・・・  
真ん丸に見開かれた、はしばみ色の瞳とばっちり眼が合う。  
 
「きゃああああああっ!!!!」  
 
ある程度予測はしていたが、それを上回る、耳をつんざく絶叫。  
そ、そりゃ叫ぶよな。  
誰もいなくてよかった・・・  
叫ぶだけ叫ぶと、電光石火の速さで両手で胸を隠し、その場にしゃがみこんだパステル。  
ええと、とりあえずなんて言えば?  
 
「いやあのえっと・・・ごめん」  
「ご、ごめんって、ちょっとクレイーーー!!」  
 
超音波的高音の悲鳴を、至近距離で受け止める。み、耳が・・・  
パステルは、真っ赤な顔だけこっちに向けかけた。  
が、俺が裸なのに気づいて、慌ててまた下を向く。  
 
「な、なんでクレイがいるのっ!?」  
「パステルが入ってるの、気づかなかったんだ。  
 俺、雨に濡れちゃって風邪ひきそうで。  
 早く風呂入りたくて急いでたもんだからさ」  
 
我ながら、下手な嘘だ。  
いや半分は事実なんだけど・・・  
もともと嘘というものは格段に苦手なので、仕方ないといえば仕方ないが。  
パステルは俺の言葉を聞くと、しどろもどろに叫んだ。  
 
「そそそれなら、仕方ない、ねっ!  
 じゃあわたしがあがるから、クレイ、どーぞ入ってっ!  
 あ・・・のさぁ、あっち向いててくれる?」  
 
真っ赤になった首筋と、ほっそりした背中。  
彼女は俺に気づいて慌てて屈んだ時に、シャワーの吐水範囲からはみ出てしまっていた。  
床をひたすら打ち付ける霧状の湯。  
足元にしゃがみこんでいるパステルの肩に、そっと手を置くと、びくっと身を震わせる。  
手に触れる華奢な肩は、ひんやりと冷えていた。  
 
「パステル」  
「な・・・に?」  
 
俯いたままのパステルの腕に、両手を添えて立ちあがらせる。  
少し抵抗したものの、素直に立ったパステル。  
両手を胸から外さず、俺に背中を向けたまま。  
うなじに濡れた髪がまといつき、たまらなく色っぽい。  
俺はごくん、と唾を飲み込んでつぶやいた。  
 
「・・・一緒に入ろう?」  
「え・・・」  
 
シャワーの真下にパステルを押しやり、思い切って細い体を抱き締めた。  
俺の両腕に、すっぽりおさまる華奢な体。  
パステルは、全身をかちかちに強張らせている。  
 
表情が見たくなり、片手でパステルの顎を持ち上げ、上向けさせた。  
細かい水滴にうたれて濡れた顔。  
初めて見るあらわになったおでこに、我知らずドキドキしている俺。  
頬はほのかに赤く染まって、恥ずかしそうな瞳が可愛い。  
おずおずと見上げられ、なんともそそられる表情に呼吸を荒くしながら、半開きの唇にそっとキスをする。  
柔らかくて熱くて、ふんわりとした弾力。  
女の子の唇って、こんなにやわらかいのか・・・  
はむ、と唇の角度を変えると、恐る恐る舌を差し入れてみる。  
拒まないでくれ、と祈るような気持ちで。  
わずかな身じろぎをしつつ、パステルは俺の舌を受け入れた。  
まったりと熱をもった口内で、奥へ引っ込もうとする舌を、追いかけて捕らえて吸い上げる。  
パステルは軽く眉根を寄せ、ぎゅっと眼をつぶったままだ。  
 
キスで拘束したまま、胸をおおった細い両手をほどくと、白い乳房が視界に入る。  
性急に手を伸ばし、思ったよりもずっとやわらかいふくらみを揉む。  
 
 
「・・・ん・・・っ」  
 
唇の下で、こぼされる甘い呻き。  
胸の奥がずくん、と疼く。  
片手で胸を掴んだまま、もう片手をパステルの脚の付け根に伸ばした。  
 
「ぁん!」  
 
パステルはぱっと眼を開き、身をすくませた。  
弾みで唇と唇が離れる。  
途端に、恥じらいを隠すように俯いてしまった。  
あぁ、もう少し顔を見ていたかったのにな。  
少し残念になりながら白いうなじにキスし、脚の間に差し入れた手で少し脚を開かせる。  
その部分にゆっくりと触れると、とろっとした液体が指を濡らした。  
 
「っ・・・やぁ・・・」  
 
たまらなくなったのか、目の前のタイル張りの壁にすがりつくパステル。  
真っ白になるほど、力の入った指先。  
俺はよく構造のわからないそこに指を差し入れ、周りの感触を確かめるように弄ってみる。  
 
「ひゃ・・・ぁ・・・ぅんっ・・・」  
 
ぬるぬると、湯とは別の液体がにじみ出ているのがわかる。  
もう・・・大丈夫なんだろうか。  
流しっぱなしのシャワーから熱い飛沫を受けながら、身を屈め、耳元に囁いた。  
 
「パステル・・・いいか?」  
 
潤んだ瞳が俺を振り仰ぐ。  
健気にもパステルは、唇を引き結ぶと、こくんと頷いた。  
頷きはしたものの、やはり怖いんだろうな。  
半分逃げかかるしなやかな細腰を、しっかりと抱き寄せる。  
膝をおとし、半分中腰で、立ち上がった俺自身をパステルの秘部にあてがう。  
ゆっくりゆっくり腰を進めると、潜り込むような感触に続いて、きつく締め上げる生暖かいものに包まれた。  
 
「・・い、たっ・・・ぁあ、ぁ・・やぁんっ」  
 
パステルの小さな悲鳴。  
始めは痛いんだろうとそっと動かしていたんだが・・・  
初めて感じるあまりの気持ちよさに、腰の動きがセーブできなくなってきた。  
崩れ落ちそうなパステルを腕でしっかりと支え、勢いをつけて突き入れる。  
 
「あん、や・・・あっ・・・クレ・・・イっ」  
 
シャワーの音すらかき消すほど、切なく高い声で鳴くパステル。  
冷静さを保とうとしても、扇情的な声色に余計煽られて、どうにもならない。  
 
「パス・・テル・・・っ」  
「ぁん、あぁん・・・っ・・・クレイぃ・・・あぁっ」  
 
俺を翻弄するような、パステルの火照りとぬめり。  
 
「ごめ・・・ん、俺もう」  
 
言葉が終わらないうちにソレを引き抜くと、俺は自分の精を床に吐き出した。  
白く濁った液体が、パステルの脚から伝い落ちた赤い液体と混ざり合い、タイルの上を流れていく。  
力の抜けたパステルが、ずるずると壁を伝い落ちるのを抱き留め、抱えあげる。  
そして俺は、腕にあらん限りの力をこめて、愛しい彼女を抱き締めた。  
 
 
俺たちは、一緒に湯に浸かっていた。  
4人くらいは一緒に入れそうな大きな湯船に、隣り合うように座って。  
名実共に恋人同士になった後だというのに、俯いて眼を合わせようとしないパステル。  
はにかんだ表情が、たまらなくいとおしい。  
 
「・・・ねぇ、クレイ」  
「何?」  
「・・・のぼせそうだよぉ・・・」  
 
湯船に眼を落としたままで、つぶやくパステル。  
確かに、顔がさっきよりさらに赤い。  
思わずからかいたくなって、腕を軽く引くと顔を覗き込む。  
 
「のぼせるって、俺に?」  
「・・・バカぁ」  
 
俺の胸に顔を埋めるパステル。  
・・・あ、まずい。  
また元気になってきちまった。  
 
罪だよ、もう。  
どこまで可愛いんだろう、この子は。  
ため息をもらしつつ、パステルを抱いたまま天井を仰ぐ。  
眼の端にうつった窓からは、雨上がりの澄んだ光が差し込んでいた。  
 
 

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