「連隊前へー!」  
 
号令に合わせて、馬を進める。  
2メートル進んだところで、一斉に馬身を右へ方向転換。  
 
「突き方、構えぃ!」  
 
小脇に抱えたアイアンランスを構え、上体を低く落とす。  
掛け声とともに、そのまま一直線に突撃体勢に入る。  
一斉にチャージをかけた数百騎の蹄に蹴散らされ、砂埃がもうもうと立ちのぼる。  
あらかじめ引かれたラインまで駆け込むと、手綱を引き絞って急制動。  
駆け寄ってきた歩兵にランスを預け、また馬の鼻面をまわして方向転換。  
間をおかず、馬体にとりつけた鞘に手をかける。  
 
「振り方、構えぃ!!」  
 
周囲の騎士たちと呼吸を揃え、鞘のバスタードソードを一気に引き抜いた。  
気合一閃、ソードを全力で振り下ろす。  
真夏の日差しに、吹き出る汗が飛び散った。  
 
この季節になると、さすがにフルアーマーは暑いな。  
篭手を外し、やたらと重いブレスト部分を脱ぎ捨てる。  
日差しをまぶしく反射するアーマーが地面に落ちる寸前、傍仕えの新米兵が受け止めた。  
 
「お、すまん。後頼むぜ」  
「はっ」  
 
重そうにアーマーを抱えた部下に見送られ、汗を拭きながらテントへ戻ると、一足先に普段着に着替えたイムサイが出てきた。  
入れ替わりに俺をちらりと睨む。  
 
「アルテア。今日はなんかダラダラしてたんじゃないか?  
 しゃきっとしろよ」  
「はいはい」  
 
説教を聞き流す俺に、イムサイはブーツの金具を止めながら尋ねた。  
 
「何考えてた?」  
「・・・わかってるんだろ?」  
「まあね」  
 
苦笑しつつ、テントを出て行くイムサイ。  
着替え終え、詰所傍の簡易事務室に向かう。  
今日はそろそろ・・・例のものが届く頃だ。  
垂れ下がった入り口の布をひょいとくぐると、中にいた騎士団付き事務官は、俺の顔を見ていきなり文句を言った。  
 
「アルテアさん!もうこれ、何とかしてください!」  
 
示されたのは巨大な箱。  
中には、到着日ごとに小分けされた、大量の手紙だの小包だのが入っている。  
 
「いいかげん持ち帰ってくださいよ。  
 おふたり宛の郵便だけで、うちのメールボックスがパンクしてしまいます!」  
 
聞こえない振りをして、今日の到着分を漁る。  
うわ、なんなんだよ、この量は。  
さぐってもさぐっても湧いて出るような郵便物の山から、ようやく目当てのものを見つけ出す。  
俺の手には、白地に花柄の封筒。  
裏面の”パステル・G・キング”の署名に、ニンマリと笑う俺。  
 
「後、やるよ。適当に処分してくれ」  
「あなた宛のファンレターもらって、一体どうしろって言うんですかぁ!!」  
 
事務官の悲痛な叫びを他所に、ペーパーナイフを使うのももどかしくその場で封を破る。  
引っ張り出した手紙をむさぼるように読むと、女の子らしい文字で、機嫌伺と近況報告が書かれていた。  
ふーん・・・相変わらずみたいだな。  
手紙を読むと、陽気に笑う彼女の顔が浮かんできて、少々辛い。  
 
なにせここはセラファム大陸、キスキンに程近い場所に張られた宿営地。  
シルバーリーブはここから相当に遠い。  
せめて、パントリア大陸であったなら・・・  
手紙を握り締めて思いを馳せる俺の眼に、ふと目の前の行軍表が視界に入る。  
パントリア大陸・・・エベリン・・・ん?  
 
「なあ、来週、エベリン方面でキャンプ張るんじゃなかったか?」  
 
事務官は眼鏡をずり上げ、カレンダーを見上げながら答えた。  
 
「はい、今週中にはマディ海峡を渡りますからね。  
 来週頭から1週間、エベリンとエドニーの中間地点あたりに、宿営地を造営の予定です」  
「だよな、サンキュー!」  
 
思わずスキップしそうになる自分を押しとどめ、簡易事務室を後にする。  
いかんいかん落ち着け、俺のキャラじゃない。  
テントに戻ってペンを取り、さらさらと手紙を書くと、一旦出た事務室に再度駆け込んだ。  
 
「あっ、気が変わりました?郵便引取りに来てくれたんでしょう?」  
「そんなわけないだろ。  
 確かここに、非騎乗時移動用の、オールマイティパスあったよな。  
 あれ、1人分くれよ」  
「はい、えーと・・・これです。どうぞ」  
 
これがあれば、宿泊だの交通手段だのは全部無料でいけるはずだ。  
あのパーティは、どうやら恒久的緊縮財政らしいからな・・・  
来る気があるけど、先立つものがない!なんて言わせるわけにはいかないっての。  
 
手紙を入れた封筒にパスをねじ込み、封をする。  
不思議そうな顔で、首をかしげる事務官。  
 
「何にお使いで?」  
「女呼び寄せんの」  
「は!?」  
「冗談だって。これ、高速便で出しといてくれ。よろしくな」  
 
事務官を煙に巻くと、俺はイムサイを探した。  
部下数人に囲まれて、なにやら楽しそうに談笑している。  
俺より長めの黒髪が、光を反射して輝いている。  
ほんと目立つよな、あいつ・・・  
ほとんど瓜二つの自分のことは棚に上げ、他人事のように感心しつつ、ゆっくりと歩み寄る。  
こちらに気づいたイムサイに手招きすると、気を使った部下達が、潮が引くようにさぁっと離れていった。  
よしよし、これなら都合がいい。  
 
「また、彼女から手紙?さすが小説家、マメだね」  
「お察しの通り。そこでさ、頼みがあるんだけど」  
「・・・脱走の手伝いなら、しないよ」  
「・・・なんでわかんだよ」  
 
涼しげな眼で俺を一瞥する弟。  
 
「この前、ぼくにも言わないで抜け出したろ?  
 大変だったんだからな、ごまかすの」  
 
げ、やっぱりイムサイにはバレてたのか。  
シルバーリーブ近くの宿営地から、夜中にこっそり抜け出したことを思い出す。  
そっか。あの時も俺、あの子に会いに行ったんだよな・・・  
星空の下、馬を走らせた夜。  
何を血迷ったか急に思い立ち、点呼を潜り抜けて脱走したんだった。  
あれ、バレてたら始末書もんだ。  
 
「アルテア、聞いてる?」  
「あ、えーと、聞いてるけど・・・  
 な、頼むよ。たまにはゆっくり会いたいんだって。  
 最初はたった15分、この前も1時間しか会えなかったんだぜ?」  
「増えてるじゃないか」  
「・・・そりゃそうだけど・・・」  
 
なんでこんなに冷たいんだ、こいつは。今更だが。  
でもイムサイの協力を仰がないと、今回ばかりは無理そうだ。  
既に手紙を送った以上、後戻りできないからな。  
 
「頼む!」  
 
がばっと頭を下げた俺に、あきれたように頭をかいたイムサイ。  
 
「仕方ないなぁ・・・どういう手筈?」  
「お、助けてくれるか、愛しい弟よ。恩に着る!  
 来週、宿営地に入って3日目に、エベリンで待ち合わせだ。  
 オールマイティパス送って、その日に来るように指示してある。  
 夜明けまでには帰ってくるからさ」  
「わかった。  
 ・・・まったく、こんな兄貴見たことないよ」  
 
滅多に言わない、兄という言葉を発したイムサイ。  
あきれたような、ほんの少しまぶしそうな表情をしている。  
 
「俺も初めて見るさ。ま、惚れた女のためならな。  
 たまにはいいだろ。  
 女にはまるってのも、なかなか悪くないぜ?」  
 
悪びれずに笑った俺。  
イムサイは肩をそびやかすと、大きくため息をついた。  
 
 
 
 
窓の外は、にぎやかな繁華街。  
街に入ってからスピードをおとしていた乗合馬車は、ギシギシと車体をきしませながら止まった。  
わたしは、御者のおじさんにお礼を言って、ステップを降りる。  
ええと・・・時計台って・・・  
あ、あそこに看板かかってる。こっちでいいんだよね?  
 
ここはエベリン。  
わたしは、久々に来たこの町を、ひとりで歩いていた。  
待ち合わせの場所に指定された、町の中心部にあるらしい時計台を目指して。  
わたしがエベリンをひとりで訪れていること自体、相当に珍しいんだけどね。  
 
・・・先週、手紙が届いたんだ。  
騎士団の任務で、セラファム大陸を巡っていた、アルテアから。  
真っ白な封筒の中には、2枚の便箋。  
初めて見る、騎士団の中で発行されているらしい、オールマイティパスポートとやらも同封されていた。  
裏面の説明を読むとどうやら指定期間に限り、宿泊でも移動手段でも、なんでもかんでも無料になるという夢みたいなチケット。  
思わずポケットに仕舞い込みそうになったんだけど・・・  
な、何やってるの、わたしってば。  
 
1枚目の便箋には、待ち合わせの場所と時間が、ちょっと癖のある右上がりの文字で書かれていて。  
そして、2枚目には。  
 
”君に会いたい”  
 
の文字。  
ただ一言。  
 
何度も何度も、その一言を読み返した。  
真っ白な便箋の真ん中の、たった1行の言葉が、なによりも雄弁に感じられて。  
手紙は鞄に入れて持ってきたんだけど、今でも目をつぶるとその文字が浮かんでくるくらい。  
 
わたしはそんなことを考えながら、看板を見上げつつ石畳を歩いていた。  
細い路地を抜け、階段を上りきったところは、たくさんの人がいる広場。  
あ、あれかな?  
モザイクで装飾された、大きな大きな時計台が見えた。  
わたしってばすごい!迷わないなんて珍しい!!  
まっすぐ来れた自分に感動しつつ、思わず駆け出しかけた・・・んだけど。  
え?突然急ブレーキをかけた形になる。  
振り向くと、なんだかガラの悪い男がわたしの腕をぐっと掴んでいた。  
 
「あの、なんでしょう?」  
「どこ行くの?かわいーじゃん、オレと遊びに行こーぜ」  
「いえ、わたし急いでるんで」  
 
もおぉ、なんでわたしって、よくからまれちゃうんだろ?  
怖気づきつつも、今はこの場を切り抜けることで頭が一杯。  
 
「離してください!」  
「かったいこと言うなよ」  
 
手を振りほどこうとするんだけど、さらに強く腕を掴まれる。  
 
「い、痛っ」  
 
やだもう、離してよぉーーー!  
助けを求めるように時計台の方向を見るけど、彼の姿は見つけられない。  
一気に心細さが増した時、背後からクールな声が聞こえた。  
 
「この子に、なにか用でも?」  
 
そこにいたのは、すらりとして、でも鍛え抜かれた体格をした、長身の男性。  
渋いワインレッドのサングラスをかけた・・・アルテア。  
つかつかと歩み寄り、男の腕をパシッと払う。  
わたしを引き寄せて体の後ろに隠すと、サングラス越しに男を睨みつける。  
なにか反論しかけた男は、彼と、彼の腰に指したロングソードとを見比べると、ブツブツ言いながら立ち去った。  
その男の後姿が人ごみに消えるのを見届けて、振り向いたのは皮肉げで、でもやさしい笑顔。  
 
「何やってるんだよ、この子は。  
 怪我とかしてないか?」  
 
大きな手に、頭をよしよしと撫でられ、ほっとする。  
よ、良かったぁ・・・。  
膝が笑ってガクガクしてしまってたわたしは、目の前のアルテアに思わずしがみついた。  
 
「こ、こわかったよぉ・・・」  
「泣くなよ、もう大丈夫だからさ」  
 
身を屈めたアルテアは、べそをかいたわたしの頬にキスした。  
途端に涙もぴたっと止まっちゃうってば!  
顔を真っ赤にして眼を丸くして固まるわたし。  
満面の笑みをたたえて、アルテアはわたしをぎゅーっと抱いた。  
 
「相変わらずかっわいいなあ、パステル」  
 
う、嬉しくないわけじゃないんだけど、恥ずかしいかも・・・  
真っ赤な顔でうつむいたわたしは小声で言った。  
 
「アルテア、すごく人が・・・」  
「あ」  
 
周囲には既に野次馬の人垣。  
かっこいーなんていう女の子の声も聞こえる。  
やべ、と小さくつぶやいたアルテアは、  
 
「行こう、パステル」  
 
わたしの手をとると、人ごみを縫うように歩きだした。  
あぁ、待って待って。  
大股な彼に、慌ててついて歩き出すけど、長いストライドについていくのが精一杯。  
なんかもう、やっと会えたというのにてんやわんやで、全然感慨にひたる暇がないよぉ。  
アルテアに手をひかれながら、背後の時計台を振り返ってみる。  
華奢なデザインの長針は、もう夕方を指していた。  
これからどこに行くんだろう?  
 
たどり着いたのは、それはそれは豪華で大きなホテルだった。  
端が霞むほど広くて天井の高い、コロニアル調のロビー。  
 
「ここはね、将校クラスの人間が、お忍びでよく使う宿なんだよ」  
「はあ」  
「それなりにデカいホテルだけど、とかく秘密裏に使う客が多いからさ。  
 利用客のプライバシーにうるさくて助かるんだよね」  
 
そんなことを教えてくれながら、アルテアは先にたってロビーを横切った。  
中庭に面したガラスの扉を開けると、一面芝生の庭園が広がっている。  
あたりはブルーの夕闇にくすんで、木立の向こうにライトアップらしき光が漏れていた。  
階段を下りると、綺麗に敷かれた玉砂利の通路。  
うぅ、歩きづらいよお。  
実は今回何を血迷ったか、変に気合が入って、ヒールの靴なんて履いて来たんだよね。  
危なっかしい足取りで歩いていると、振り返ったアルテアは、すいと腕を差し出した。  
 
「おいで」  
「は、はい」  
 
ちょっと恥ずかしいけど、仕方ない。  
逞しい腕にとりすがる。  
 
「ほら、階段だよ。足元気をつけて」  
 
通路では先に立ち、階段では少し先を上らせてくれるというエスコート。さすがは騎士様。  
なんだか自分がお姫様になったような気分で、ふわふわしちゃう。  
そんなわたしに、頭上から彼が言う。  
 
「まだ食事にも早いし、一杯ひっかけてから、部屋いこうぜ」  
 
ひっかける?  
アルテアが指差した先には、鏡のようなガラスの扉。  
開いてもらった扉の中は、照明をおとしたお洒落なバーだった。  
 
黒服のボーイさんに案内されたのは、半個室のようになった席。  
他の席とは密集させた観葉植物で仕切ってあって、他のお客さんの気配はわかるけど姿はほとんど見えない。  
中庭に面して据えられた、ビロード張りのソファに並んで腰掛ける。  
うーむ、何から何まで高そうなお店。  
わたし、さぞかし浮いてるんだろうなぁ・・・  
つと、目の前に華奢なグラスが差し出された。  
淡いブルーの綺麗な飲み物が入っている。  
 
「ここのオリジナルカクテルだよ。乾杯しよう」  
「あ、はい」  
 
いつの間にかサングラスは外され、明るい鳶色の瞳が微笑んでいた。  
わたしがグラスを持ったのを見て、形のいい唇が開く。  
 
「再会に乾杯!」  
 
チン!と鋭い音をたててぶつかるカクテルグラス。  
くい、とそれを飲み干したアルテア。  
促されて口をつけてみると、甘くすっきりとして、ほとんどお酒の味はしない。  
喉の渇いていたわたしは、アルテアに習ってグラスを干してしまった。  
 
「へえ、いい飲みっぷりだね。酒、好きなの?」  
「ううん、ほとんど飲めないんだけど」  
 
アルテアは、通りがかったボーイさんに声をかけると、ワインボトルを持ってこさせた。  
慣れた手つきで注がれたのは、ほんのり香るフルーツワインらしきもの。  
グラスをくるくる回しながら、アルテアは胸ポケットのサングラスをテーブルに放った。  
カチン、という固い音。  
 
「俺も一応ロンザ騎士団の一員としては、それなりに顔が売れちゃってるわけで。  
 サングラスなんかしてみたんだけど・・・変だったかな?」  
「ううん、すごくかっこいい。  
 ただそのサングラス、余計目立つんだけど・・・」  
「あ、やっぱり?」  
 
わたしの言葉に彼は、へへっと照れくさそうに笑った。  
お酒が入って、早くもほろ酔いの頭で、ぼんやりと隣のアルテアを眺める。  
いつもの短くツンツンした黒髪。  
サングラスと同じ色の、ワインレッドに黒のストライプ柄のシャツ。  
黒の革のパンツに長い脚を包んでいる。  
なんかもう、見てるだけでドキドキしちゃうくらいかっこいい。ほんと。  
思わず見とれていたわたしに、アルテアはふいに尋ねた。  
 
「クレイたちには何て?」  
「・・・マリーナに会う、って言ってきたの」  
 
実はアルテアとのことは、まだパーティの誰にも言ってない。  
なんとなく言いにくくて、黙ったままなんだよね。  
今回は、マリーナにこっそりと手紙で事情を説明して、協力を仰いだんだ。  
マリーナ、びっくりしてたなぁ。  
 
”パステルがアルテアと!?  
 それはまた・・・びっくりするような組み合わせだわね”  
 
なんて書いた返事をくれた。  
でも、快く了承してくれたんだ。  
わたしがクレイたちに言いづらいっていうの、なんとなく察してくれたみたい。  
 
「そっか。じゃ、今日はずっと一緒にいられるね?」  
 
グラスを片手で持ったままの彼は、囁くように問いかけると、ひょいとわたしの肩を抱いた。  
瞬時にかちこちに固まってしまうわたしを見て、吹き出すアルテア。  
 
「ほんとに変わらないな、パステルは。  
 可愛いったらありゃしない」  
 
こ、こればかりはなかなか慣れないんだってばぁ・・・  
ふくれた私の頬にそっと唇をつけたアルテアは、わたしの肩から腰に手を滑らせると、自分の体に引き寄せる。  
その手が、スカートの中にゆっくりと忍び込んできた。  
 
「え!?あのっ」  
「ほら、騒がない騒がない」  
 
アルテアは、目の前に広がる、ガラス越しの庭園に眼をやったまま。  
最高にいいことを思いついたような、いたずらっぽい瞳。  
やだぁ、こんなところで・・・  
必死で声を噛み殺すけれど、弾む呼吸が口から漏れてしまう。  
 
「いいの?ボーイが気づいちゃうよ?」  
「・・・そんなぁっ」  
 
閉じた脚の間に割り込んでくる、ごつい指。  
下着の上からゆっくりとわたし自身をなぞる。  
はじめはそっと触れていた指は、少しずつ動きを大胆にして。  
下着の隙間を探し当てると、何の躊躇いもなく、ぬる、と入り込んでくる。  
 
「・・ぁ・・・んっ」  
「あぁ、もうこんなに濡らして」  
 
淫靡な言葉に似合わない、さらっとした口調でアルテアは言った。  
くすくすと笑いながら、右手のグラスからワインを呷る。  
左手は、わたしの脚の間を蠢き、離れようとしない。  
ちら、とわたしを見るアルテア。  
その流し目から滲むとろりとした色気に、からだの奥が、熱いものでうるむのを感じる。  
と、わたしの中に入りかけていた指が、突然引き抜かれた。  
 
「はい、ここまで。続きは部屋でね」  
 
こ、ここまでって・・・  
乱れた呼吸。  
這い回る手が離れても、疼きは体全体を支配している。  
ソファーにからだを投げ出したまま、腰が半分抜けたようになって立ち上がれない。  
アルテアは楽しそうに笑うと、そんなわたしの髪をやさしくなでた。  
 
「いいよ、そうしておいで」  
 
そう言ったかと思うと、いきなり目線の高さが変わる。  
あろうことかわたしは、バーのど真ん中で、アルテアの腕に抱き上げられていた。  
 
「えっあのっ」  
「こらこら、暴れない」  
 
何事かと駆け寄ってくるボーイさん。  
アルテアはテーブルに置いた、ルームナンバーを書いた紙を示した。  
 
「連れが具合が悪いのでね。  
 部屋につけといてくれ」  
「大丈夫でございますか?」  
「あぁ、少し休めばよくなるだろう」  
 
鮮やかなウインクを決めつつ、わたしを抱えたままバーを出たアルテア。  
そのまま、周囲の視線をものともせず、堂々とロビーを横切ると部屋へ向かった。  
い、いくらなんでも目立ちすぎですっ!  
自分の置かれている状況に、真っ赤を通り越して真っ白になる。  
恥ずかしさのあまり、アルテアの胸から顔があげられない。  
コメントを発する気力もなく、おとなしく逞しい腕に身を預けていると、ようやく部屋に着いたらしく、アルテアがポケットの鍵をさぐる気配。  
彼はわたしを片手で抱えたまま、器用に部屋のドアを開け、するりと室内に滑り込んだ。  
 
広くて大きな部屋は、大きな窓から夕闇に浮かぶエベリンの街並みが見える。  
マホガニー造りの、重厚なチョコレート色の家具。  
幾つも大きなクリスタルの花瓶が置かれ、色とりどりの花が生けてある。  
テーブルの上には、足つきの優美な磁器に載せられた、山盛りのウェルカムフルーツ。  
 
天蓋のついた豪華なベッドに、つかつかと歩み寄るアルテア。  
だっ、ダブルベッドだぁ・・・  
アルテアは、天蓋から垂れ下がるレースをめくると、ベッドの上にわたしを降ろした。  
柔らかなクッションに、体がふんわり弾む。  
仰向けになったままで天蓋の深い紺色を見つめていると、なんだか不思議な感慨を覚える。  
思えば、今までベッドの上という状況はなかったわけだよねえ・・・  
 
でも彼は、ゆっくり考え事をさせてはくれなかった。  
いつの間にか上半身裸になった大きな体が、わたしの視界を遮り、重みがのしかかってくる。  
同時に降ってきたのは、強い意志を秘めた唇。  
なすすべもなく、むさぼるように深くくちづけられる。  
熱を帯びた舌が、わたしの舌を追いかけてからめとり、息もできない。  
呼吸を逃そうとわずかにあけた口の端から、喉もとまで唾液が伝う。  
 
今までされたことのないほどの、激しいキスからようやく解放された時、わたしは酸欠状態で息をついた。  
ぼおっとする頭で顔の上のアルテアを見上げると、彼はもう一度軽くくちづけた。  
 
「さっきはごめん。  
 あんまりパステルが可愛いから、つい意地悪したくなってさ」  
 
軽く話しながらも、アルテアの手はわたしの胸元をまさぐる。  
 
「や・・ん」  
「俺ね、気に入れば入るほど、いじめたくなる性分らしい・・・悪癖だよなぁ」  
 
軽く笑いを交えて話しながらも、アルテアの手はとまらない。  
あっという間に服を脱がされ、一糸まとわぬ姿にされてしまったわたし。  
初めてじゃないとはいえ、う、恥ずかしいよお。  
精一杯身を縮こまらせるわたしに、アルテアは何を思ったか、唐突に尋ねた。  
 
「パステル、腹すかない?」  
「は?え・・・うん、少しは」  
 
そ、そりゃ確かに夕食はまだですけど。  
正直、いま、それどころじゃなかったんだけどな・・・  
わたしの微妙な表情を見てとったアルテアは、なんとも意味ありげな笑顔を浮かべた。  
 
「そんな顔するんじゃないよ。腹が減っては・・・って言うだろ?」  
 
アルテアは、よいしょとベッドから身を乗り出した。  
その隙にシーツを引っ張ると、急いで裸の体を隠す。  
テーブルのフルーツに手を伸ばすと、苺を幾つか摘んだアルテア。  
 
「はい、あーん」  
 
わたしの口にひとつ入れられた苺。  
・・・流れ的に食べるしかないでしょ。  
そりゃ甘くて美味しいけどさあ・・・なんとコメントすればいいやら。  
シーツに包まったままで口をもぐもぐさせているわたしを他所に、残る苺を摘んだままのアルテア。  
 
「俺さ、なんでも甘い方が好きなんだよね。  
 苺なら絶対練乳つけるとか」  
「?練乳ならそこにあるけど」  
「・・・パステルの顔見てたら、ちょっとやってみたくなった」  
「はぁ?」  
 
くふふ、とくすぐったそうに笑ったアルテアは、いきなり足元からシーツをめくり、わたしの脚の間に屈みこんだ。  
ええ?何?  
びっくりして閉じかけた脚をぐいと掴んで開かせると。  
なんとその苺を、わたしの中に押し込んだ!  
 
「ひゃああっ」  
 
とぷ、っという音とともに、身を半分押し込まれた苺。  
ひんやりした果実特有の弾力に、入り口付近を擦られ、思わず腰が跳ねる。  
アルテアはわたしのその部分を、ゆっくりと苺で愛撫した。  
中まで押し込まず、半分ほど埋め込んではまた引き戻し、襞にそって滑らせる。  
 
「・・っはぁ・・・ぁんっ」  
 
わたしからあふれた蜜を苺に馴染ませたアルテアは、それを自分の口に放り込んだ。  
形のいい口で、ゆっくりと咀嚼する。  
 
「練乳よりずっと甘いよ。  
 甘酸っぱくてとろっとしてて・・・パステルの味がする」  
 
うぅ、もう顔から火が出そう。  
恥ずかしいのなんのって、アルテアの顔もまっすぐ見られないよぉ。  
わたしが両手で顔を覆うと、アルテアはその手を軽く掴んでそっとひいた。  
甘くて熱っぽくて、どこかしなやかな獣のような眼差し。  
喉にからんだように、つぶやかれた言葉。  
 
「パステル・・・もう、食べちまいたい」  
 
トクン、と弾んだ心臓。  
 
アルテアはつるりとシーツを引き剥がした。  
あらわになったわたしのからだを俯けに返すと、自分はベッドからトンと降りる。  
服を脱いでいるのか、足元から衣擦れの音がする。  
ま、まだうつ伏せの方が恥ずかしくなくていいや・・・  
ひと呼吸ついた瞬間、その思いはあっさり裏切られた。  
突然、うつ伏せた両足首を一気に引っ張られる。  
 
「きゃっ!?」  
 
ベッドの端まで引きずられたところで、そのままぐいっと腰を引き上げられて。  
気がつくとわたしは四つんばいにされていた。  
アルテアからは、わたしのその部分が丸見えのはず。  
恥ずかしい格好に思わず俯いて身をすくめると、お尻の間に熱い息がかかった。  
背後からぺちゃぺちゃと卑猥な音をたてて、そこに舌を這わせるアルテア。  
 
「や・・・ぁあんっ・・・」  
「パステル、欲しい?  
 俺もう・・・我慢できないよ」  
 
しゃぶりついていたそこから顔を上げたアルテアは、荒い息を吐いて身を起こした。  
アルテアの大きな手が、わたしの腰を両脇からがっちりと掴んだと思ったら、熱くて固いものが濡れた入り口にあてがわれる。  
それはじわりと重なった層を押し分け、ゆっくりとからだの中心を貫いた。  
 
「あぁぁんっ!!」  
 
始めはゆっくりと、徐々に勢いを増して腰を動かすアルテア。  
楔を突き込むように、襞を擦りあげられる。  
わたしの背中に覆いかぶさるようにしたアルテアは、背骨に沿ってつうっと唇を滑らせた。  
 
「ひゃんっ」  
 
のけぞりながら、わたしは必死に手を伸ばして、アルテアの手を掴む。  
 
「ね・・・え・・・っ、やだぁ・・・」  
「なに、恥ずかしい?これじゃ・・・嫌かい?」  
 
アルテアは、腰の動きを止めることなく聞いた。  
まともに話すこともおぼつかないけど、喘ぎの合間に、懸命に言葉をつむぐ。  
 
「アル・・・テアの、顔が・・・見られない・・・もんっ」  
 
わたしの搾り出した言葉を聞いたアルテアは、ぴたりと動きを止めた。  
ずるっと自分自身をわたしの内から引き出す。  
くるりと反転させられるわたしのからだ。  
 
いつの間にか窓の外は真っ暗で、部屋の中にもとっぷりと薄闇が降りてきていた。  
腕を伸ばして小さなスタンドに明かりをともすと、アルテアはわたしに向き直った。  
ほとばしるような思いが、いつもはあまり見ることのない、真剣な眼差しから伝わってくる。  
 
「どうして君はそんなに・・・あぁ、うまくいえない」  
 
もどかしそうにわたしの体を開かせると、今度は幾分荒っぽく腰を押し進めた。  
 
「・・ぁあっ!・・・ぁむ・・・ん・・・」  
 
漏れる声を抑えようと唇を噛むと、その唇を、ついと指でなぞられる。  
 
「いいよ、もっと・・・声出して。  
 俺しか、聞いてない。・・・聞かせて?」  
 
いとおしそうに、低い声でつぶやく、アルテア。  
我慢しているわたしの声を誘うように、緩急をつけて動かされる腰。  
 
「・・ぁあんっ!!・・・はぁ・・・っ」  
 
動きに合わせて室内に響くのは、ぬぷっ、ねちゃ、っと粘膜のこすれるような音。  
ひそやかに息づくわたしのその部分は、アルテアの動きにあわせて痙攣し、溶けそうな快感に絶え間なく襲われた。  
耳のすぐ傍に、熱く湿ったかすかな声。  
 
「ね、パステル」  
 
半分飛びかかっていた意識を、必死に引き戻して眼を開ける。  
至近距離でわたしを見つめる、恋しい人の眼差し。  
 
「俺さ・・・いま、君に呼ばれたい。呼んでくれよ」  
 
彼が突き上げてくる振動に翻弄されながら、うわごとのように喘ぐ。  
 
「ア・・・ルテア・・・ぁん、アルテア・・・っ」  
「もっと」  
 
キスを求めて、唇を捜す。  
探し当てたアルテアの唇は、焦げるように熱っぽい。  
 
「アルテ・・・アぁぁ・・・だめ、もう・・・っ」  
「パステル・・・っ」  
 
アルテアの日焼けした体をしっかりと抱きしめて、わたしは喉の奥から声をあげた。  
鍛えられた腕が、わたしに答えるように、強く強く抱きしめる。  
のぼりつめた快感が出口を求めて弾けるのと、アルテアとつながったその部分に、火傷しそうな情熱が注ぎ込まれるのは同時だったと思う。  
 
 
ぶ厚い胸板が上下している。  
荒い息をこぼすアルテア。  
それはそれは艶っぽい声が、耳たぶを甘がみしながら囁いた。  
 
「夜はまだ・・・長いよ?」  
 
吐息で答えるしかない。  
また、からだをゆっくりと這い回る指に、熱さの収まらないわたしのからだ。  
このまま朝が来なければいいのに・・・  
鳶色の瞳から溢れているのは、きっとわたしと同じ思い。  
語らずとも通ずる気持ちを確かめ合うように、思いをこめて見詰め合う。  
長くて、短い、ふたりだけの夜。  
わたしたちは傾く月に追われるように、幾度も幾度も愛し合った。  
それはまるで、瀕死の旅人が、オアシスで渇きを癒すかのように。  
 
 
 
早朝の霧にけぶるような、ミルク色の朝。  
まだほとんど人のいない大通りを歩き、アルテアは、マリーナのお店の下まで送ってくれた。  
これから馬をとばして宿営地に戻るんだそう。  
また繰り返される、切ない別れに、胸の奥が重く痛む。  
これから、何度、この別れを味わうことになるんだろう。  
情けないことに、我知らず涙ぐみそうになる。  
わたしってこんなに泣き虫だったっけ?  
 
「あのさ」  
 
言いかけて、見上げるわたしから、ふと視線を逸らしたアルテア。  
しばらくなにか逡巡しているようだったけど、ぼそっとつぶやく。  
 
「絶対・・・迎えに来るから」  
「は?」  
 
耳を疑うわたし。  
うるみかけた涙もひっこむ。  
照れたように鼻の頭をかいているアルテア。  
気のせいかなあ?耳がほんの少し赤いような・・・  
 
「俺ね、今まで女の子に、こんなこと言ったことないんだよ。  
 信じられないかもしれないけど」  
 
・・・はい、信じられません。  
ますますアルテアを凝視してしまう。  
 
「えーい、そうじっと見ないの!」  
 
がばっと胸に抱きこまれる。  
そ、そんなにぎゅっとしたら苦しい、苦しいってばあ!  
わたしの反論を無視して、高めのバリトンがいとおしげに囁いた。  
見えなくてもわかる、甘くてやさしくて皮肉っぽい微笑み。  
 
「いい子で待ってて」  
 
おでこにやさしいキスが降りてきかと思うと、わたしを抱きしめていた、逞しい腕はほどかれた。  
彼はそのまま何も言わず踵を返すと、足早に歩いていった。  
朝靄の中に、徐々に消えていく、すらりとした後姿。  
 
わたしは彼が見えなくなるまで見送って、ふと気づく。  
あ、あれ?  
初めて・・・別れがさみしくなかった。  
不思議なことに、もう胸が痛くない。  
たった今去っていった、愛しい人の面影を思い浮かべても、甘やかな気持ちに浸るばかり。  
ひたひたと満ちてくる潮のような、この思いはなんなんだろう。  
 
突然、上のほうからバタンと音がした。  
 
「パステル!」  
 
見上げると、お店の窓の鎧戸が開き、ピンク色の前髪が覗いている。  
うふふ、と表記するのがぴったりの笑顔で、手を振っているマリーナ。  
わたしは思い切りにっこり笑うと、大きく手を振り返した。  
 
 
 

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