「連隊前へー!」
号令に合わせて、馬を進める。
2メートル進んだところで、一斉に馬身を右へ方向転換。
「突き方、構えぃ!」
小脇に抱えたアイアンランスを構え、上体を低く落とす。
掛け声とともに、そのまま一直線に突撃体勢に入る。
一斉にチャージをかけた数百騎の蹄に蹴散らされ、砂埃がもうもうと立ちのぼる。
あらかじめ引かれたラインまで駆け込むと、手綱を引き絞って急制動。
駆け寄ってきた歩兵にランスを預け、また馬の鼻面をまわして方向転換。
間をおかず、馬体にとりつけた鞘に手をかける。
「振り方、構えぃ!!」
周囲の騎士たちと呼吸を揃え、鞘のバスタードソードを一気に引き抜いた。
気合一閃、ソードを全力で振り下ろす。
真夏の日差しに、吹き出る汗が飛び散った。
この季節になると、さすがにフルアーマーは暑いな。
篭手を外し、やたらと重いブレスト部分を脱ぎ捨てる。
日差しをまぶしく反射するアーマーが地面に落ちる寸前、傍仕えの新米兵が受け止めた。
「お、すまん。後頼むぜ」
「はっ」
重そうにアーマーを抱えた部下に見送られ、汗を拭きながらテントへ戻ると、一足先に普段着に着替えたイムサイが出てきた。
入れ替わりに俺をちらりと睨む。
「アルテア。今日はなんかダラダラしてたんじゃないか?
しゃきっとしろよ」
「はいはい」
説教を聞き流す俺に、イムサイはブーツの金具を止めながら尋ねた。
「何考えてた?」
「・・・わかってるんだろ?」
「まあね」
苦笑しつつ、テントを出て行くイムサイ。
着替え終え、詰所傍の簡易事務室に向かう。
今日はそろそろ・・・例のものが届く頃だ。
垂れ下がった入り口の布をひょいとくぐると、中にいた騎士団付き事務官は、俺の顔を見ていきなり文句を言った。
「アルテアさん!もうこれ、何とかしてください!」
示されたのは巨大な箱。
中には、到着日ごとに小分けされた、大量の手紙だの小包だのが入っている。
「いいかげん持ち帰ってくださいよ。
おふたり宛の郵便だけで、うちのメールボックスがパンクしてしまいます!」
聞こえない振りをして、今日の到着分を漁る。
うわ、なんなんだよ、この量は。
さぐってもさぐっても湧いて出るような郵便物の山から、ようやく目当てのものを見つけ出す。
俺の手には、白地に花柄の封筒。
裏面の”パステル・G・キング”の署名に、ニンマリと笑う俺。
「後、やるよ。適当に処分してくれ」
「あなた宛のファンレターもらって、一体どうしろって言うんですかぁ!!」
事務官の悲痛な叫びを他所に、ペーパーナイフを使うのももどかしくその場で封を破る。
引っ張り出した手紙をむさぼるように読むと、女の子らしい文字で、機嫌伺と近況報告が書かれていた。
ふーん・・・相変わらずみたいだな。
手紙を読むと、陽気に笑う彼女の顔が浮かんできて、少々辛い。
なにせここはセラファム大陸、キスキンに程近い場所に張られた宿営地。
シルバーリーブはここから相当に遠い。
せめて、パントリア大陸であったなら・・・
手紙を握り締めて思いを馳せる俺の眼に、ふと目の前の行軍表が視界に入る。
パントリア大陸・・・エベリン・・・ん?
「なあ、来週、エベリン方面でキャンプ張るんじゃなかったか?」
事務官は眼鏡をずり上げ、カレンダーを見上げながら答えた。
「はい、今週中にはマディ海峡を渡りますからね。
来週頭から1週間、エベリンとエドニーの中間地点あたりに、宿営地を造営の予定です」
「だよな、サンキュー!」
思わずスキップしそうになる自分を押しとどめ、簡易事務室を後にする。
いかんいかん落ち着け、俺のキャラじゃない。
テントに戻ってペンを取り、さらさらと手紙を書くと、一旦出た事務室に再度駆け込んだ。
「あっ、気が変わりました?郵便引取りに来てくれたんでしょう?」
「そんなわけないだろ。
確かここに、非騎乗時移動用の、オールマイティパスあったよな。
あれ、1人分くれよ」
「はい、えーと・・・これです。どうぞ」
これがあれば、宿泊だの交通手段だのは全部無料でいけるはずだ。
あのパーティは、どうやら恒久的緊縮財政らしいからな・・・
来る気があるけど、先立つものがない!なんて言わせるわけにはいかないっての。
手紙を入れた封筒にパスをねじ込み、封をする。
不思議そうな顔で、首をかしげる事務官。
「何にお使いで?」
「女呼び寄せんの」
「は!?」
「冗談だって。これ、高速便で出しといてくれ。よろしくな」
事務官を煙に巻くと、俺はイムサイを探した。
部下数人に囲まれて、なにやら楽しそうに談笑している。
俺より長めの黒髪が、光を反射して輝いている。
ほんと目立つよな、あいつ・・・
ほとんど瓜二つの自分のことは棚に上げ、他人事のように感心しつつ、ゆっくりと歩み寄る。
こちらに気づいたイムサイに手招きすると、気を使った部下達が、潮が引くようにさぁっと離れていった。
よしよし、これなら都合がいい。
「また、彼女から手紙?さすが小説家、マメだね」
「お察しの通り。そこでさ、頼みがあるんだけど」
「・・・脱走の手伝いなら、しないよ」
「・・・なんでわかんだよ」
涼しげな眼で俺を一瞥する弟。
「この前、ぼくにも言わないで抜け出したろ?
大変だったんだからな、ごまかすの」
げ、やっぱりイムサイにはバレてたのか。
シルバーリーブ近くの宿営地から、夜中にこっそり抜け出したことを思い出す。
そっか。あの時も俺、あの子に会いに行ったんだよな・・・
星空の下、馬を走らせた夜。
何を血迷ったか急に思い立ち、点呼を潜り抜けて脱走したんだった。
あれ、バレてたら始末書もんだ。
「アルテア、聞いてる?」
「あ、えーと、聞いてるけど・・・
な、頼むよ。たまにはゆっくり会いたいんだって。
最初はたった15分、この前も1時間しか会えなかったんだぜ?」
「増えてるじゃないか」
「・・・そりゃそうだけど・・・」
なんでこんなに冷たいんだ、こいつは。今更だが。
でもイムサイの協力を仰がないと、今回ばかりは無理そうだ。
既に手紙を送った以上、後戻りできないからな。
「頼む!」
がばっと頭を下げた俺に、あきれたように頭をかいたイムサイ。
「仕方ないなぁ・・・どういう手筈?」
「お、助けてくれるか、愛しい弟よ。恩に着る!
来週、宿営地に入って3日目に、エベリンで待ち合わせだ。
オールマイティパス送って、その日に来るように指示してある。
夜明けまでには帰ってくるからさ」
「わかった。
・・・まったく、こんな兄貴見たことないよ」
滅多に言わない、兄という言葉を発したイムサイ。
あきれたような、ほんの少しまぶしそうな表情をしている。
「俺も初めて見るさ。ま、惚れた女のためならな。
たまにはいいだろ。
女にはまるってのも、なかなか悪くないぜ?」
悪びれずに笑った俺。
イムサイは肩をそびやかすと、大きくため息をついた。
窓の外は、にぎやかな繁華街。
街に入ってからスピードをおとしていた乗合馬車は、ギシギシと車体をきしませながら止まった。
わたしは、御者のおじさんにお礼を言って、ステップを降りる。
ええと・・・時計台って・・・
あ、あそこに看板かかってる。こっちでいいんだよね?
ここはエベリン。
わたしは、久々に来たこの町を、ひとりで歩いていた。
待ち合わせの場所に指定された、町の中心部にあるらしい時計台を目指して。
わたしがエベリンをひとりで訪れていること自体、相当に珍しいんだけどね。
・・・先週、手紙が届いたんだ。
騎士団の任務で、セラファム大陸を巡っていた、アルテアから。
真っ白な封筒の中には、2枚の便箋。
初めて見る、騎士団の中で発行されているらしい、オールマイティパスポートとやらも同封されていた。
裏面の説明を読むとどうやら指定期間に限り、宿泊でも移動手段でも、なんでもかんでも無料になるという夢みたいなチケット。
思わずポケットに仕舞い込みそうになったんだけど・・・
な、何やってるの、わたしってば。
1枚目の便箋には、待ち合わせの場所と時間が、ちょっと癖のある右上がりの文字で書かれていて。
そして、2枚目には。
”君に会いたい”
の文字。
ただ一言。
何度も何度も、その一言を読み返した。
真っ白な便箋の真ん中の、たった1行の言葉が、なによりも雄弁に感じられて。
手紙は鞄に入れて持ってきたんだけど、今でも目をつぶるとその文字が浮かんでくるくらい。
わたしはそんなことを考えながら、看板を見上げつつ石畳を歩いていた。
細い路地を抜け、階段を上りきったところは、たくさんの人がいる広場。
あ、あれかな?
モザイクで装飾された、大きな大きな時計台が見えた。
わたしってばすごい!迷わないなんて珍しい!!
まっすぐ来れた自分に感動しつつ、思わず駆け出しかけた・・・んだけど。
え?突然急ブレーキをかけた形になる。
振り向くと、なんだかガラの悪い男がわたしの腕をぐっと掴んでいた。
「あの、なんでしょう?」
「どこ行くの?かわいーじゃん、オレと遊びに行こーぜ」
「いえ、わたし急いでるんで」
もおぉ、なんでわたしって、よくからまれちゃうんだろ?
怖気づきつつも、今はこの場を切り抜けることで頭が一杯。
「離してください!」
「かったいこと言うなよ」
手を振りほどこうとするんだけど、さらに強く腕を掴まれる。
「い、痛っ」
やだもう、離してよぉーーー!
助けを求めるように時計台の方向を見るけど、彼の姿は見つけられない。
一気に心細さが増した時、背後からクールな声が聞こえた。
「この子に、なにか用でも?」
そこにいたのは、すらりとして、でも鍛え抜かれた体格をした、長身の男性。
渋いワインレッドのサングラスをかけた・・・アルテア。
つかつかと歩み寄り、男の腕をパシッと払う。
わたしを引き寄せて体の後ろに隠すと、サングラス越しに男を睨みつける。
なにか反論しかけた男は、彼と、彼の腰に指したロングソードとを見比べると、ブツブツ言いながら立ち去った。
その男の後姿が人ごみに消えるのを見届けて、振り向いたのは皮肉げで、でもやさしい笑顔。
「何やってるんだよ、この子は。
怪我とかしてないか?」
大きな手に、頭をよしよしと撫でられ、ほっとする。
よ、良かったぁ・・・。
膝が笑ってガクガクしてしまってたわたしは、目の前のアルテアに思わずしがみついた。
「こ、こわかったよぉ・・・」
「泣くなよ、もう大丈夫だからさ」
身を屈めたアルテアは、べそをかいたわたしの頬にキスした。
途端に涙もぴたっと止まっちゃうってば!
顔を真っ赤にして眼を丸くして固まるわたし。
満面の笑みをたたえて、アルテアはわたしをぎゅーっと抱いた。
「相変わらずかっわいいなあ、パステル」
う、嬉しくないわけじゃないんだけど、恥ずかしいかも・・・
真っ赤な顔でうつむいたわたしは小声で言った。
「アルテア、すごく人が・・・」
「あ」
周囲には既に野次馬の人垣。
かっこいーなんていう女の子の声も聞こえる。
やべ、と小さくつぶやいたアルテアは、
「行こう、パステル」
わたしの手をとると、人ごみを縫うように歩きだした。
あぁ、待って待って。
大股な彼に、慌ててついて歩き出すけど、長いストライドについていくのが精一杯。
なんかもう、やっと会えたというのにてんやわんやで、全然感慨にひたる暇がないよぉ。
アルテアに手をひかれながら、背後の時計台を振り返ってみる。
華奢なデザインの長針は、もう夕方を指していた。
これからどこに行くんだろう?
たどり着いたのは、それはそれは豪華で大きなホテルだった。
端が霞むほど広くて天井の高い、コロニアル調のロビー。
「ここはね、将校クラスの人間が、お忍びでよく使う宿なんだよ」
「はあ」
「それなりにデカいホテルだけど、とかく秘密裏に使う客が多いからさ。
利用客のプライバシーにうるさくて助かるんだよね」
そんなことを教えてくれながら、アルテアは先にたってロビーを横切った。
中庭に面したガラスの扉を開けると、一面芝生の庭園が広がっている。
あたりはブルーの夕闇にくすんで、木立の向こうにライトアップらしき光が漏れていた。
階段を下りると、綺麗に敷かれた玉砂利の通路。
うぅ、歩きづらいよお。
実は今回何を血迷ったか、変に気合が入って、ヒールの靴なんて履いて来たんだよね。
危なっかしい足取りで歩いていると、振り返ったアルテアは、すいと腕を差し出した。
「おいで」
「は、はい」
ちょっと恥ずかしいけど、仕方ない。
逞しい腕にとりすがる。
「ほら、階段だよ。足元気をつけて」
通路では先に立ち、階段では少し先を上らせてくれるというエスコート。さすがは騎士様。
なんだか自分がお姫様になったような気分で、ふわふわしちゃう。
そんなわたしに、頭上から彼が言う。
「まだ食事にも早いし、一杯ひっかけてから、部屋いこうぜ」
ひっかける?
アルテアが指差した先には、鏡のようなガラスの扉。
開いてもらった扉の中は、照明をおとしたお洒落なバーだった。
黒服のボーイさんに案内されたのは、半個室のようになった席。
他の席とは密集させた観葉植物で仕切ってあって、他のお客さんの気配はわかるけど姿はほとんど見えない。
中庭に面して据えられた、ビロード張りのソファに並んで腰掛ける。
うーむ、何から何まで高そうなお店。
わたし、さぞかし浮いてるんだろうなぁ・・・
つと、目の前に華奢なグラスが差し出された。
淡いブルーの綺麗な飲み物が入っている。
「ここのオリジナルカクテルだよ。乾杯しよう」
「あ、はい」
いつの間にかサングラスは外され、明るい鳶色の瞳が微笑んでいた。
わたしがグラスを持ったのを見て、形のいい唇が開く。
「再会に乾杯!」
チン!と鋭い音をたててぶつかるカクテルグラス。
くい、とそれを飲み干したアルテア。
促されて口をつけてみると、甘くすっきりとして、ほとんどお酒の味はしない。
喉の渇いていたわたしは、アルテアに習ってグラスを干してしまった。
「へえ、いい飲みっぷりだね。酒、好きなの?」
「ううん、ほとんど飲めないんだけど」
アルテアは、通りがかったボーイさんに声をかけると、ワインボトルを持ってこさせた。
慣れた手つきで注がれたのは、ほんのり香るフルーツワインらしきもの。
グラスをくるくる回しながら、アルテアは胸ポケットのサングラスをテーブルに放った。
カチン、という固い音。
「俺も一応ロンザ騎士団の一員としては、それなりに顔が売れちゃってるわけで。
サングラスなんかしてみたんだけど・・・変だったかな?」
「ううん、すごくかっこいい。
ただそのサングラス、余計目立つんだけど・・・」
「あ、やっぱり?」
わたしの言葉に彼は、へへっと照れくさそうに笑った。
お酒が入って、早くもほろ酔いの頭で、ぼんやりと隣のアルテアを眺める。
いつもの短くツンツンした黒髪。
サングラスと同じ色の、ワインレッドに黒のストライプ柄のシャツ。
黒の革のパンツに長い脚を包んでいる。
なんかもう、見てるだけでドキドキしちゃうくらいかっこいい。ほんと。
思わず見とれていたわたしに、アルテアはふいに尋ねた。
「クレイたちには何て?」
「・・・マリーナに会う、って言ってきたの」
実はアルテアとのことは、まだパーティの誰にも言ってない。
なんとなく言いにくくて、黙ったままなんだよね。
今回は、マリーナにこっそりと手紙で事情を説明して、協力を仰いだんだ。
マリーナ、びっくりしてたなぁ。
”パステルがアルテアと!?
それはまた・・・びっくりするような組み合わせだわね”
なんて書いた返事をくれた。
でも、快く了承してくれたんだ。
わたしがクレイたちに言いづらいっていうの、なんとなく察してくれたみたい。
「そっか。じゃ、今日はずっと一緒にいられるね?」
グラスを片手で持ったままの彼は、囁くように問いかけると、ひょいとわたしの肩を抱いた。
瞬時にかちこちに固まってしまうわたしを見て、吹き出すアルテア。
「ほんとに変わらないな、パステルは。
可愛いったらありゃしない」
こ、こればかりはなかなか慣れないんだってばぁ・・・
ふくれた私の頬にそっと唇をつけたアルテアは、わたしの肩から腰に手を滑らせると、自分の体に引き寄せる。
その手が、スカートの中にゆっくりと忍び込んできた。
「え!?あのっ」
「ほら、騒がない騒がない」
アルテアは、目の前に広がる、ガラス越しの庭園に眼をやったまま。
最高にいいことを思いついたような、いたずらっぽい瞳。
やだぁ、こんなところで・・・
必死で声を噛み殺すけれど、弾む呼吸が口から漏れてしまう。
「いいの?ボーイが気づいちゃうよ?」
「・・・そんなぁっ」
閉じた脚の間に割り込んでくる、ごつい指。
下着の上からゆっくりとわたし自身をなぞる。
はじめはそっと触れていた指は、少しずつ動きを大胆にして。
下着の隙間を探し当てると、何の躊躇いもなく、ぬる、と入り込んでくる。
「・・ぁ・・・んっ」
「あぁ、もうこんなに濡らして」
淫靡な言葉に似合わない、さらっとした口調でアルテアは言った。
くすくすと笑いながら、右手のグラスからワインを呷る。
左手は、わたしの脚の間を蠢き、離れようとしない。
ちら、とわたしを見るアルテア。
その流し目から滲むとろりとした色気に、からだの奥が、熱いものでうるむのを感じる。
と、わたしの中に入りかけていた指が、突然引き抜かれた。
「はい、ここまで。続きは部屋でね」
こ、ここまでって・・・
乱れた呼吸。
這い回る手が離れても、疼きは体全体を支配している。
ソファーにからだを投げ出したまま、腰が半分抜けたようになって立ち上がれない。
アルテアは楽しそうに笑うと、そんなわたしの髪をやさしくなでた。
「いいよ、そうしておいで」
そう言ったかと思うと、いきなり目線の高さが変わる。
あろうことかわたしは、バーのど真ん中で、アルテアの腕に抱き上げられていた。
「えっあのっ」
「こらこら、暴れない」
何事かと駆け寄ってくるボーイさん。
アルテアはテーブルに置いた、ルームナンバーを書いた紙を示した。
「連れが具合が悪いのでね。
部屋につけといてくれ」
「大丈夫でございますか?」
「あぁ、少し休めばよくなるだろう」
鮮やかなウインクを決めつつ、わたしを抱えたままバーを出たアルテア。
そのまま、周囲の視線をものともせず、堂々とロビーを横切ると部屋へ向かった。
い、いくらなんでも目立ちすぎですっ!
自分の置かれている状況に、真っ赤を通り越して真っ白になる。
恥ずかしさのあまり、アルテアの胸から顔があげられない。
コメントを発する気力もなく、おとなしく逞しい腕に身を預けていると、ようやく部屋に着いたらしく、アルテアがポケットの鍵をさぐる気配。
彼はわたしを片手で抱えたまま、器用に部屋のドアを開け、するりと室内に滑り込んだ。
広くて大きな部屋は、大きな窓から夕闇に浮かぶエベリンの街並みが見える。
マホガニー造りの、重厚なチョコレート色の家具。
幾つも大きなクリスタルの花瓶が置かれ、色とりどりの花が生けてある。
テーブルの上には、足つきの優美な磁器に載せられた、山盛りのウェルカムフルーツ。
天蓋のついた豪華なベッドに、つかつかと歩み寄るアルテア。
だっ、ダブルベッドだぁ・・・
アルテアは、天蓋から垂れ下がるレースをめくると、ベッドの上にわたしを降ろした。
柔らかなクッションに、体がふんわり弾む。
仰向けになったままで天蓋の深い紺色を見つめていると、なんだか不思議な感慨を覚える。
思えば、今までベッドの上という状況はなかったわけだよねえ・・・
でも彼は、ゆっくり考え事をさせてはくれなかった。
いつの間にか上半身裸になった大きな体が、わたしの視界を遮り、重みがのしかかってくる。
同時に降ってきたのは、強い意志を秘めた唇。
なすすべもなく、むさぼるように深くくちづけられる。
熱を帯びた舌が、わたしの舌を追いかけてからめとり、息もできない。
呼吸を逃そうとわずかにあけた口の端から、喉もとまで唾液が伝う。
今までされたことのないほどの、激しいキスからようやく解放された時、わたしは酸欠状態で息をついた。
ぼおっとする頭で顔の上のアルテアを見上げると、彼はもう一度軽くくちづけた。
「さっきはごめん。
あんまりパステルが可愛いから、つい意地悪したくなってさ」
軽く話しながらも、アルテアの手はわたしの胸元をまさぐる。
「や・・ん」
「俺ね、気に入れば入るほど、いじめたくなる性分らしい・・・悪癖だよなぁ」
軽く笑いを交えて話しながらも、アルテアの手はとまらない。
あっという間に服を脱がされ、一糸まとわぬ姿にされてしまったわたし。
初めてじゃないとはいえ、う、恥ずかしいよお。
精一杯身を縮こまらせるわたしに、アルテアは何を思ったか、唐突に尋ねた。
「パステル、腹すかない?」
「は?え・・・うん、少しは」
そ、そりゃ確かに夕食はまだですけど。
正直、いま、それどころじゃなかったんだけどな・・・
わたしの微妙な表情を見てとったアルテアは、なんとも意味ありげな笑顔を浮かべた。
「そんな顔するんじゃないよ。腹が減っては・・・って言うだろ?」
アルテアは、よいしょとベッドから身を乗り出した。
その隙にシーツを引っ張ると、急いで裸の体を隠す。
テーブルのフルーツに手を伸ばすと、苺を幾つか摘んだアルテア。
「はい、あーん」
わたしの口にひとつ入れられた苺。
・・・流れ的に食べるしかないでしょ。
そりゃ甘くて美味しいけどさあ・・・なんとコメントすればいいやら。
シーツに包まったままで口をもぐもぐさせているわたしを他所に、残る苺を摘んだままのアルテア。
「俺さ、なんでも甘い方が好きなんだよね。
苺なら絶対練乳つけるとか」
「?練乳ならそこにあるけど」
「・・・パステルの顔見てたら、ちょっとやってみたくなった」
「はぁ?」
くふふ、とくすぐったそうに笑ったアルテアは、いきなり足元からシーツをめくり、わたしの脚の間に屈みこんだ。
ええ?何?
びっくりして閉じかけた脚をぐいと掴んで開かせると。
なんとその苺を、わたしの中に押し込んだ!
「ひゃああっ」
とぷ、っという音とともに、身を半分押し込まれた苺。
ひんやりした果実特有の弾力に、入り口付近を擦られ、思わず腰が跳ねる。
アルテアはわたしのその部分を、ゆっくりと苺で愛撫した。
中まで押し込まず、半分ほど埋め込んではまた引き戻し、襞にそって滑らせる。
「・・っはぁ・・・ぁんっ」
わたしからあふれた蜜を苺に馴染ませたアルテアは、それを自分の口に放り込んだ。
形のいい口で、ゆっくりと咀嚼する。
「練乳よりずっと甘いよ。
甘酸っぱくてとろっとしてて・・・パステルの味がする」
うぅ、もう顔から火が出そう。
恥ずかしいのなんのって、アルテアの顔もまっすぐ見られないよぉ。
わたしが両手で顔を覆うと、アルテアはその手を軽く掴んでそっとひいた。
甘くて熱っぽくて、どこかしなやかな獣のような眼差し。
喉にからんだように、つぶやかれた言葉。
「パステル・・・もう、食べちまいたい」
トクン、と弾んだ心臓。
アルテアはつるりとシーツを引き剥がした。
あらわになったわたしのからだを俯けに返すと、自分はベッドからトンと降りる。
服を脱いでいるのか、足元から衣擦れの音がする。
ま、まだうつ伏せの方が恥ずかしくなくていいや・・・
ひと呼吸ついた瞬間、その思いはあっさり裏切られた。
突然、うつ伏せた両足首を一気に引っ張られる。
「きゃっ!?」
ベッドの端まで引きずられたところで、そのままぐいっと腰を引き上げられて。
気がつくとわたしは四つんばいにされていた。
アルテアからは、わたしのその部分が丸見えのはず。
恥ずかしい格好に思わず俯いて身をすくめると、お尻の間に熱い息がかかった。
背後からぺちゃぺちゃと卑猥な音をたてて、そこに舌を這わせるアルテア。
「や・・・ぁあんっ・・・」
「パステル、欲しい?
俺もう・・・我慢できないよ」
しゃぶりついていたそこから顔を上げたアルテアは、荒い息を吐いて身を起こした。
アルテアの大きな手が、わたしの腰を両脇からがっちりと掴んだと思ったら、熱くて固いものが濡れた入り口にあてがわれる。
それはじわりと重なった層を押し分け、ゆっくりとからだの中心を貫いた。
「あぁぁんっ!!」
始めはゆっくりと、徐々に勢いを増して腰を動かすアルテア。
楔を突き込むように、襞を擦りあげられる。
わたしの背中に覆いかぶさるようにしたアルテアは、背骨に沿ってつうっと唇を滑らせた。
「ひゃんっ」
のけぞりながら、わたしは必死に手を伸ばして、アルテアの手を掴む。
「ね・・・え・・・っ、やだぁ・・・」
「なに、恥ずかしい?これじゃ・・・嫌かい?」
アルテアは、腰の動きを止めることなく聞いた。
まともに話すこともおぼつかないけど、喘ぎの合間に、懸命に言葉をつむぐ。
「アル・・・テアの、顔が・・・見られない・・・もんっ」
わたしの搾り出した言葉を聞いたアルテアは、ぴたりと動きを止めた。
ずるっと自分自身をわたしの内から引き出す。
くるりと反転させられるわたしのからだ。
いつの間にか窓の外は真っ暗で、部屋の中にもとっぷりと薄闇が降りてきていた。
腕を伸ばして小さなスタンドに明かりをともすと、アルテアはわたしに向き直った。
ほとばしるような思いが、いつもはあまり見ることのない、真剣な眼差しから伝わってくる。
「どうして君はそんなに・・・あぁ、うまくいえない」
もどかしそうにわたしの体を開かせると、今度は幾分荒っぽく腰を押し進めた。
「・・ぁあっ!・・・ぁむ・・・ん・・・」
漏れる声を抑えようと唇を噛むと、その唇を、ついと指でなぞられる。
「いいよ、もっと・・・声出して。
俺しか、聞いてない。・・・聞かせて?」
いとおしそうに、低い声でつぶやく、アルテア。
我慢しているわたしの声を誘うように、緩急をつけて動かされる腰。
「・・ぁあんっ!!・・・はぁ・・・っ」
動きに合わせて室内に響くのは、ぬぷっ、ねちゃ、っと粘膜のこすれるような音。
ひそやかに息づくわたしのその部分は、アルテアの動きにあわせて痙攣し、溶けそうな快感に絶え間なく襲われた。
耳のすぐ傍に、熱く湿ったかすかな声。
「ね、パステル」
半分飛びかかっていた意識を、必死に引き戻して眼を開ける。
至近距離でわたしを見つめる、恋しい人の眼差し。
「俺さ・・・いま、君に呼ばれたい。呼んでくれよ」
彼が突き上げてくる振動に翻弄されながら、うわごとのように喘ぐ。
「ア・・・ルテア・・・ぁん、アルテア・・・っ」
「もっと」
キスを求めて、唇を捜す。
探し当てたアルテアの唇は、焦げるように熱っぽい。
「アルテ・・・アぁぁ・・・だめ、もう・・・っ」
「パステル・・・っ」
アルテアの日焼けした体をしっかりと抱きしめて、わたしは喉の奥から声をあげた。
鍛えられた腕が、わたしに答えるように、強く強く抱きしめる。
のぼりつめた快感が出口を求めて弾けるのと、アルテアとつながったその部分に、火傷しそうな情熱が注ぎ込まれるのは同時だったと思う。
ぶ厚い胸板が上下している。
荒い息をこぼすアルテア。
それはそれは艶っぽい声が、耳たぶを甘がみしながら囁いた。
「夜はまだ・・・長いよ?」
吐息で答えるしかない。
また、からだをゆっくりと這い回る指に、熱さの収まらないわたしのからだ。
このまま朝が来なければいいのに・・・
鳶色の瞳から溢れているのは、きっとわたしと同じ思い。
語らずとも通ずる気持ちを確かめ合うように、思いをこめて見詰め合う。
長くて、短い、ふたりだけの夜。
わたしたちは傾く月に追われるように、幾度も幾度も愛し合った。
それはまるで、瀕死の旅人が、オアシスで渇きを癒すかのように。
早朝の霧にけぶるような、ミルク色の朝。
まだほとんど人のいない大通りを歩き、アルテアは、マリーナのお店の下まで送ってくれた。
これから馬をとばして宿営地に戻るんだそう。
また繰り返される、切ない別れに、胸の奥が重く痛む。
これから、何度、この別れを味わうことになるんだろう。
情けないことに、我知らず涙ぐみそうになる。
わたしってこんなに泣き虫だったっけ?
「あのさ」
言いかけて、見上げるわたしから、ふと視線を逸らしたアルテア。
しばらくなにか逡巡しているようだったけど、ぼそっとつぶやく。
「絶対・・・迎えに来るから」
「は?」
耳を疑うわたし。
うるみかけた涙もひっこむ。
照れたように鼻の頭をかいているアルテア。
気のせいかなあ?耳がほんの少し赤いような・・・
「俺ね、今まで女の子に、こんなこと言ったことないんだよ。
信じられないかもしれないけど」
・・・はい、信じられません。
ますますアルテアを凝視してしまう。
「えーい、そうじっと見ないの!」
がばっと胸に抱きこまれる。
そ、そんなにぎゅっとしたら苦しい、苦しいってばあ!
わたしの反論を無視して、高めのバリトンがいとおしげに囁いた。
見えなくてもわかる、甘くてやさしくて皮肉っぽい微笑み。
「いい子で待ってて」
おでこにやさしいキスが降りてきかと思うと、わたしを抱きしめていた、逞しい腕はほどかれた。
彼はそのまま何も言わず踵を返すと、足早に歩いていった。
朝靄の中に、徐々に消えていく、すらりとした後姿。
わたしは彼が見えなくなるまで見送って、ふと気づく。
あ、あれ?
初めて・・・別れがさみしくなかった。
不思議なことに、もう胸が痛くない。
たった今去っていった、愛しい人の面影を思い浮かべても、甘やかな気持ちに浸るばかり。
ひたひたと満ちてくる潮のような、この思いはなんなんだろう。
突然、上のほうからバタンと音がした。
「パステル!」
見上げると、お店の窓の鎧戸が開き、ピンク色の前髪が覗いている。
うふふ、と表記するのがぴったりの笑顔で、手を振っているマリーナ。
わたしは思い切りにっこり笑うと、大きく手を振り返した。