わたしは、1冊の雑誌を前に、深く深く深く深く、悩んでいた。  
その雑誌とは、いわゆる成人向けの雑誌。  
開いた瞬間閉じたくなるようなきわどい写真やら、なんかこう、胸苦しくなるような表現の小説とかが満載の・・・  
読んでみたいような、でも読んだらまずそうな、どうにも表現しようのない内容。  
 
さっ、さすがにわたしが買ったんじゃないよ!?  
この雑誌をくれたのは、リタ。  
猪鹿亭にお客さんが忘れてったものらしいんだけど。  
人生勉強になるだのこういう文章も新分野でいっちゃえだの、ひきまくってるわたしを他所に、ひとり大盛り上がり。  
 
「え?もうあたしは、隅から隅まで読んじゃったよーん。あははっ」  
 
そんなコメントとリタの意味ありげな笑いとセットに、押し付けられちゃったんだよね。  
とはいえ、正直なところ・・・興味がない、とも言いがたい。  
わたしだってお年頃の女の子ですからね?  
自分で自分に必死で言い訳しながら、わたしはその雑誌を隠すようにして持ち帰った。  
部屋に戻っても安心できず、不思議な吸引力を発するその本を、引き出しの一番奥に隠す。  
・・・中学生の男の子じゃないんだから・・・  
内心情けなく突っ込みつつ、ため息をつく。  
あーあ、えらい物もらっちゃったなあ・・・  
 
その後は、ごはんを食べても何をしてもうわの空。  
頭の中には、ひたすらあの雑誌がちらつくばかりなんだもん。  
どう話しかけられても適当な返事しかできないわたしは、皆のこいつヘンだ的眼差しを背中に受けつつ、そそくさと部屋に戻った。  
 
ドアにしっかりと鍵をかけ、問題の本を取り出す。  
表紙のセクシーな女性とばっちり眼があってしまい、なぜか気まずい思いで眼をそらすと、付箋を貼った巻末の1ページを開く。  
さっき帰って来た時に、ぺらぺらっとめくるだけめくってみたんだけど。  
どーしても、どおぉしても表紙から開く気になれなくて、裏表紙側から開いたんだよね。  
すると、そこにあったのがこの企画。  
 
”貴女が書く!フレッシュでセクシーな官能小説!!”  
 
縁飾りを施された枠内に、にぎやかに踊る文字。  
どうやら、女性作家を新規発掘する為に打ち上げられた、結構大掛かりなコンペらしい。  
それだけなら、ふーん・・・わたしには関係ない世界だよね、で済ませるとこなんだけど。  
そのタイトルの下に、なんとなんと!  
 
”最優秀賞金 10万ゴールド”  
 
と、眼をむくような金額の賞金が記載されている。  
しかも、優秀賞、努力賞、佳作、参加賞・・・と、徐々に下がってはいくけど、結構な金額の賞金が設定されているみたい。  
表記によれば、どうやら作品を応募した人全員に、なんらかの賞がもらえるらしいんだよね。  
参加賞ですら、原稿用紙を山ほどと、参加賞金がついていたりして。  
・・・思わず付箋を貼り付けてしまった、わたしを責めないでほしい。  
 
ぶっちゃけた話ですけどね、参加賞の賞金でも、いつもの印刷屋さんの原稿料より格段に高いのは間違いない。  
しかも、この際ついでから言っちゃうけど、原稿用紙も結構高いのよ。  
なんせ言うなれば、使い捨てと同じですから。  
 
わたしは頭を渦巻く物欲と戦いつつ、脂汗をたらしながら雑誌とにらめっこしていた。  
・・・か・・・書いてみよっかな・・・  
応募するだけでも賞金だのがもらえるなんて、最高においしいし。  
でも、わたし・・・健全極まりない冒険小説しか書いたことないんですけど?  
イチから登場人物をメイキングして創作するには、時間がない。  
締め切りは・・・要項を見ると。  
ああぁ、もう明日じゃないのぉ!  
もっと早くに気づけばよかった・・・って、わたしもう書く気になってるし!?  
 
早くもペンを握りそうな自分に愕然として、ブンブンと頭を振る。  
落ち着いて、落ち着くのよ、パステル!  
いきなり書くったって、絶対無理!  
今まで書いたこともない分野だし、そもそも経験、ないし・・・  
なにか取材なり参考文献なり調べなきゃ、絶対書けないってば!  
と、とりあえずはスケジューリングしよう。そうしよう。  
 
暴走しそうな頭を落ち着けるべく、深呼吸。  
手元の手帳を開くと、カレンダーと雑誌の応募要項を見比べる。  
ええと・・・締め切りは、明日。  
それって物理的不可能じゃあ・・・あれ、でも意外に応募枚数って少ないんだ。  
原稿用紙10枚以上?・・・遅筆なわたしでも、それならいけるかも。  
10枚書いて、見返りの賞金額からいうと・・・海老鯛ってやつですか?これって。  
実現しそうな応募内容に、思わず眼が真剣になる。  
文字通り、まさに現金だなあ、わたし・・・  
締め切りは当日消印有効だから、ギリギリ明日のお昼かな。  
最悪、メッセンジャーのバイトで郵便局に顔の効く、トラップに託そう。  
 
手元の時計の針は、午後7時を指していた。  
よーしっ、取材しよう!  
自分に知識が足りないものは、取材で人様から補うもんなのよ!  
相当迷惑な理論だけども。無理矢理自分を納得させ、わたしはペンとノートを片手に、部屋を出た。  
目指すは、ふたつ隣の男部屋。  
 
うちのパーティで一番、そういう経験がありそうなのはトラップだと思うんだ。  
実のところどうなのか知らないけど、しょっちゅうあちこちの女の子とデートしてるし、何か経験談くらい期待できそうじゃない?  
もし彼がいなかったら・・・クレイでも仕方ないか。  
・・・あぁ、”でも”だの”仕方ない”だの、なんて失礼な。  
どこまでも紳士な彼自身に期待はできないけど、意外に耳年間だったりとか・・・どうだろう?  
どっちにしても、男の子だもんね。  
わたしよりはそういう情報に詳しいんじゃないかなあ?  
 
頼れるものはあの2人しかいない。  
大股に廊下を歩き、勢い込んでドアを叩く。  
 
「入るよー」  
 
この際返事も待たず、ばあん!と開けたドアの向こうには、キットンしかいなかった。  
 
「あれ?トラップは?クレイもいないの?」  
 
床に座り込み、怪しい色の液体の入ったビーカーを持ったキットンは、あきれたように答えた。  
 
「何言ってるんです?パステル。  
 トラップとクレイは、食事の後、エベリンに発ったじゃありませんか。  
 今日中に戻れるかどうかもわからない、って言ってたでしょう?」  
「あ、そっか・・・」  
 
うっ、そういえばそうだった。  
わたしとしたことが、迂闊。  
2人はエベリンに急遽用事ができたからって、ヒポちゃん飛ばして行っちゃったんだっけ。  
うーむ、明日になって取材をしてたら間に合わないよね、間違いなく。  
 
でも、今から他に取材できそうな人はいない。  
ちらりとキットンに眼をやる。  
いくらなんでもキットンじゃねえ・・・  
ボサボサの頭に、相変わらずきったない服装の彼。  
その風貌といい何といい、官能系の話に縁があるとはこれっぽっちも思えないし。  
そういえば・・・遠い眼をして思い出す。  
いつだったか、トラップがニヤニヤしながら言ってたよね。  
 
「あいつら、ぜってぇ胞子とか種飛ばすとかで子孫増やしてんだぜ!?」  
 
胞子ってあんた・・・そんなわけないと否定できないところが怖いけど。  
ま、それは今はおいとこう。  
そこを追求してちゃ、謎が謎を呼んで、解明までに締め切り過ぎちゃうのが関の山だもん。  
 
「あのね、キットン。  
 わたしこれから、明日の締め切りに向けて、原稿書かなきゃならないんだ。  
 ルーミィとシロちゃん、今夜お願いしていいかな?  
 多分台所にいると思うから、適当にこっちで寝かせてやって欲しいの」  
「はいはい、いいですよ。  
 しかしまた、明日とは急な話ですねえ」  
 
どき!  
痛いところを突かれ・・・いやいや、別に痛くないってば。  
悪いことしてるわけじゃないんだから!  
 
「そ、そうなのよ。急な話で、あははは。  
 じゃああのえーと、部屋に鍵かけてると思うから、後よろしくね!」  
 
果てしなく怪しいごまかし方をしながら、わたしは男部屋を出た。  
階段の上から台所を覗くと、ノルの後姿が見えた。  
きっと綾取りでもして、ルーミィの相手をしてくれてるんだろうな。  
キットンにも頼んだことだし、後は彼らに任せて、と。  
 
歩いて数歩の自分の部屋に戻る。  
ドアをカチャリと閉めると、椅子に腰掛けてため息をつく。  
さて、どうしよう。  
トラップとクレイがいないとなると、残るはキットンとノルしかいない。  
キットンは前述のとおりだし、ノルは・・・そんなことに縁があるの?。  
彼らじゃ何の参考にもなりそうにないし・・・  
って言い過ぎ?わたし。  
わたし自身、経験なんてないんだから、偉そうなこと言えないんだけど。  
ええ、これっぽっちもひとつも微塵も、ぜーんぜんありませんからっ。  
 
・・・兎にも角にも、取材情報源がいないと、どうにもならない。  
キットンにはあんなこと言っちゃったけど、仕方ないからやめとく?見送りますか?  
でもなぁ・・・あの賞金は・・・  
わたしは引き出しを開けて例の雑誌を取り出すと、思い切り悪くページを開いた。  
油断して表からめくったので、胸をばーん!と出したお姉さんに度肝を抜かれる。  
うっ・・・相変わらず心臓に悪いよ、これ。  
でも仕方ない。  
パクるわけにはいかないけど、何か参考になるものはないか、ゆっくりとページを繰っていく。  
 
グラビアは女性のヌードのオンパレード。  
1ページごとに段々と耐性がついてきたのか、結構平気になってきた自分が怖い。  
カラーグラビアが終わると、今回のキモである、官能小説がたくさん掲載されていた。  
いやらしい表現やら女性の喘ぎ声やら、とどめにソノ時に出る音?なんかまでもが文章になってて・・・これって相当にエッチな内容じゃあ・・・  
時々意味もなく目を逸らしつつも、着実にページをめくっていくわたし。  
知らないことや想像もつかないことを読み進むうち、砂が水を吸い込むように、妙な知識が蓄積されていく。  
 
・・・な、なんだか息が上がってきた感じ。  
運動もしてないのに、なんでこんなにぜーはー言うんだろう?変なの・・・  
しかも、顔が熱い。  
手の甲で頬を冷やしながら、相当早いペースでようやく1冊を読み終えた時、わたしの頬っぺたはトマトのごとく真っ赤っ赤になってしまった。  
あぁ、顔が火照る・・・  
しかも、体の中がうずうずしているような、なんともいえない変な感じ。  
わたしはそんな体を持て余しながら、ぼんやりした頭で考える。  
 
一通り読んでみたけど・・・基本的には男の人がいなきゃ、どうにもならないって感じなんだよね。  
って、そんなの当たり前かぁ。  
でも。  
ひとつ参考というか・・・ヒントになるものがあった。  
椅子に体をもたせかけたまま、今読み終えた本をぺらぺらとめくる。  
 
・・・あった、これだ。  
それは、短めの創作で、おそらく作家さんは男性。  
男性視点で、自分の目の前で女性に・・・えーと、その・・・お、オナニー?させてるお話。  
これって・・・女性ひとりでもできる、よね・・・  
そりゃそうだ、相手がいたらそれはオナニーって言わないってば。  
ま、それはさておき。  
これを女性の視点から、経験談的というかライブ的に書いたら、それはそれで結構エロチックなものになるんじゃないだろうか・・・  
 
時間はもう夜中。  
恥ずかしがってる場合じゃない。  
迷っている時間も惜しい。  
ネタも経験も相手もいない以上、自己開拓というか、もはや自己発電するしかないよね?  
賞金と賞品に眼がくらんだわたしは、行ったことのない壁の向こうへ、おそるおそる足を踏み出すことにした。  
 
お腹に力をこめると、おもむろに椅子から立ち上がって収納扉を開き、姿見を引っ張り出してベッドの前に据えつける。  
わたしの場合さっきの短編と違って、見てくれる相手はいないから、ひとりで盛り上げる?しかないわけ。  
だから、自分の姿は自分で鏡で見て、文章におこすしかないんだよね。  
なんかすごく情けないというか恥ずかしいんだけど。  
でもさあ、わたし、実物を見ないで書ける程文章に堪能じゃないし。  
誰にともなくブツブツと言い訳をしつつ、ドアの鍵をきっちり閉めて。  
明かりをベッドサイドだけにして、よいしょとベッドの上によじ登る。  
持ってきた雑誌と筆記用具を傍らに置くと、わたしはハタと固まってしまった。  
 
えっと・・・まずどうすればいいわけ?  
慌てて例の雑誌を開き、参考にした短編に急いで眼を通す。  
よ、よし。  
わたしは、壁に背を預け、足を投げ出して座った。  
ちらりと目の前の鏡面に眼をやり、自分が映っていることを一応確認して。  
 
ブラウスのボタンを上から2つだけ外し、ブラの上から胸を触ってみる。  
・・・いつもお風呂で洗うために触る場所ではあるんだけど・・・  
さっきの雑誌を読みきってドキドキしていたせいか、なんだか先端が固くなってる感じ。  
少しの刺激にも、いつもよりちくちくするような、くすぐったいような・・・  
ブラの隙間に直接手を入れる。  
両胸の乳首はつん、と尖って、指先でつまんでみると、自分の手じゃないものが触れているような不思議な感触。  
感じた触感を忘れないよう、力の入らない手でペンを握り、メモをとる。  
さっき一度火照った顔が、またぽーっとしてきて書きにくい。  
 
片手で胸をさわりながら、もう片方をミニスカートの中へ伸ばす。  
あ、これじゃ見えないや。  
うーん、なんか恥ずかしい気もするけど、この際我慢しなきゃ。  
壁にもたれたまま、両膝を立てる。  
姿見に映るのは、ぼんやりした明かりに照らされた、頬っぺたのほんのり赤いわたし。  
そして、はだけた胸、立てた足の間に覗く、下着。  
色気も何もない白いショーツなんだけど。  
その部分に、そおっと指を這わせる。  
ん?なんか・・・薄い布を通して、湿り気が伝わってきた。  
これって・・・濡れてる、って言うんだよね・・・  
そう思うことで、さらにかあっと顔と胸の奥が熱くなる。  
 
よ、汚れちゃうかも。  
慌ててお尻を持ち上げてショーツを脱ぐと、なにか光るものが糸を引いた。  
え?え?思わず足の間を覗き込むわたし。  
薄暗くて見えないし・・・と、目の前に鏡があることを思い出す。  
脚を広げて眼をやると、そこに映るわたしの部分は、てらてらと艶のある光を反射させていた。  
指で触れてみると、うずくような感触と、ねっとりした液体がまといつく。  
 
「・・・ぁ」  
 
思わず漏れた声に、焦って口を押さえた。  
こ、声はまずいよね。  
壁薄いから、いくら部屋ひとつ挟んでても、男部屋に聞こえちゃうかもしれないし。  
呼吸をできるだけ抑えながら、その部分を指でゆっくりと広げてみる。  
ねばっこい液体で蓋をされていたような襞。  
くっついたお餅を剥がすように開くと、ねちょ、と微かな音が聞こえた。  
 
・・・こんなになってるなんて、知らなかった。  
自分のものなんだけど、今まで見たことないしね・・・  
鏡にうつるわたしのソコは、薄いピンク色と、紅色をまぜたような色をしていた。  
水・・・ううん、もっと粘度の高い液体に濡れて、なんだかすごくいやらしい形に見える。  
ぷっくりした襞をふたつ抱き合わせたような・・・  
 
自分の姿を見ながら、微妙に乱れてきた息を飲み込んでメモをとる。  
でも、自分の痴態を文章にするほど、リアルな表現にしようとすればするほど、脚の間に何かがにじみ出て来る。  
きっと染みになってる・・・もうこのシーツ、洗わなきゃ駄目かも・・・  
眼をおとすと、じっとりと湿ったシーツ。  
脚の間からしみ出た液体はお尻を伝い、ベッドに吸い込まれていた。  
すごく、そこが熱い。  
表面の襞も、おなかの奥の方も、熱をもってトクトクうずく。  
 
なんだかたまらなくなったわたしは、逸る気持ちにブレーキをかけつつ、そこへ指を伸ばした。  
微かなひっかかりをゆっくりとこねる。  
たっぷりと濡れた指はその周りをなめらかに滑り、電流のような快感がわたしを襲った。  
指を動かす度に、背中から体全体に電気が走る。  
こんなに、気持ちいいものなんだ・・・  
 
「・・・ん・・・ぁ・・・」  
 
も、もう、声も指もとめられないよお・・・  
突起を突いていた指を、初めて入る内部に押し入れてみる。  
指に触れるのは、ザワっとして、たくさんの柔らかいウロコのような感触。  
トロトロと流れる液体に指全体を濡らし、ねちゃっ・・・ぐちゃ・・・と静かな部屋に音を響かせながら、出し入れを繰り返す。  
 
「はぁ・・・ん・・・」  
 
始めは雑誌の内容を参考にしてみていたんだけど、もうそれどころじゃない。  
自分が気持ち良いように、指が淫らに這うままにまかせる。  
 
半分閉じかけたうつろな眼は、じっと目の前の姿見から離さない。  
そこには、顔を赤く染めて、大きく脚を開いたわたしが映っている。  
こころなしか・・・恍惚とした表情って言うの?まぶしそうな呆けたような表情。  
何かを口が欲しがっている。  
乳首をつまんでいた指を口元にやり、吸い付くようにしゃぶってみた。  
自分の指を舐めながら、自分で自分の秘部をなでさすり、愛撫してびしょびしょにした自分を眺めながら  
 
高ぶりを抑えられなくなったわたしのそこ。  
強く痙攣したと思ったら、高いところからいっきに踏み出すような感じがして、目の前がスパークした。  
たまらず漏れた声とともに。  
 
「・・ひゃ・・ぅ!」  
 
これって・・・イッたの・・・かな?  
全身の力が抜けて、わたしはかなりの時間そうしていたんだと思う。  
それから、どのくらい時間がたったんだろう。  
ぼーっとしていたわたしは、突然はっと我に返った。  
原稿!原稿書かなきゃ!!  
今何時っ!?  
 
振り仰いだ時計は、もう夜明けを指していた。  
なっ、なんてことでしょ!  
大慌てで服を直してベッドから飛び降りると、電気を煌々と点ける。  
机に向かい、メモを片手に全力でペンを動かす。  
そして気づいたときは、もう日が高く上っていた。  
不思議なことに、普段のわたしなら有り得ないほどの執筆スピードで、脱稿。  
しかも筆が滑りに滑って、原稿用紙10枚の予定が30枚と大幅に増えて。  
ま、少ないよりはいい、よしとしましょう!  
さすがに今回は、適当なペンネームをつけて応募する。  
実名で雑誌にでも載った日にゃ、あなた・・・  
 
完成原稿を封筒に入れると厳重に封をして、部屋を飛び出す。  
時間はもうすぐお昼。一刻の猶予もない。  
エベリンから夜中に帰って来たらしく、まだ寝ていたトラップを、どうにかこうにか叩き起こすと郵便局へと送り出した。  
その原稿はトラップの奔走のおかげで、無事締め切り前に出版社に届いたようで・・・  
 
そして。  
めでたく参加賞どころか、努力賞を頂いてしまったんだよ!?  
あの、我が身を犠牲にして勢いのみで書いた文章が、賞に入っちゃうとはねえ・・・  
もちろん賞金も副賞も、踊り狂ってしまいたいほどのものだったんだけど。  
パーティの皆には、いまだ、何の賞だか言えないでいる。  
だってね、今まではどの本だのどんな作品だのって、全部話してたけど、今回は言えないでしょ?  
いくらなんでも、官能小説のコンペとは・・・  
 
 
今日は皆が、猪鹿亭でささやかなお祝いを開いてくれていた。  
 
「おめでとうパステル!賞だなんて、すごいじゃないか!」  
「おめでとう!」  
 
にこやかなクレイとノルの賞賛が、ぐっさり心に刺さる。  
あのね、わたしね、さわやかなあなた達に想像もつかないほど、やらしい話書いちゃってるんですよぉ・・・  
そんなに力いっぱい、手放しでほめないでほしい・・・  
 
「しかし結構な賞金だよな。いつもの雑誌じゃねえのか?」  
「ですよねー、副賞も高そうでしたし」  
 
わたし、冷や汗ダラダラ。  
どうやら官能小説系のコンペって、一般的に賞金相場が高いものらしいんだよね。  
お願いだから2人とも、そこに触れないでくれる?  
 
「ぱーるぅ、おめでとー!」  
「パステルおねーしゃん、また読んでくださいデシ!」  
「・・・また今度ね」  
 
あぁ、わたしを見上げる、罪のない笑顔。  
無邪気に喜ぶふたりの言葉が、たまらなく痛い・・・  
キミ達には当分読んであげられないよ、あの小説は。  
年齢制限と倫理規定にひっかかってしまう。  
笑いながらも、顔半分に縦線が入っている気がするわたし。  
唐突に背後から、陽気な大声が聞こえた。  
 
「聞いたわよー、パステル!賞取ったんだってえ?」  
「り、リタ・・・どこから聞いたのよ?」  
「あんた、自分のことなのに知らないの?  
 そこらじゅうで噂んなってるよ。  
 シルバーリーブから初の文学賞受賞者だ、って」  
 
・・・そんなご大層なモンじゃございません。  
あれはただの、いやただ以下の、エロ小説、ってやつで・・・  
お礼を言う口が、引きつってヒクヒクしてるのがわかる。  
 
「ほら、これ店のおごりだよ!ぱーっといきな!」  
 
リタがどん!と机に置いたのは、大きなボトルのシャンパン。  
 
「おぉ、すげえ!パステル、シャンパンシャワーやるかっ!?」  
「バカ、迷惑だろうが。ほら栓抜くぞ」  
 
大はしゃぎのトラップに、たしなめつつも嬉しそうなクレイ。  
ボトルの口に白いナフキンを被せたクレイは、勢い良くポンッ!!と音を立てて開栓した。  
同時に、店の中から沸き起こる拍手。  
 
「おめでとう!」  
「パステル、やるじゃねえか!」  
 
あちこちから飛び交う祝福の言葉。  
もう誰にも本当のことは言えない・・・っていうか、バレたらどうしたらいいのっ!?  
内心を飛び交う激しい動揺を押し隠し、優雅にお辞儀したわたし。  
持たされるグラス。注がれる透明なシャンパン。  
あぁ、泡の向こうが霞んで見える。  
そしてわたしは軽いめまいとともに、シャンパンを一気に飲み干した。  
 
 

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