青空に、高らかなラッパの音色が鳴り響く。  
 
ロンザ騎士団の紋章が縫い取られた、あざやかな団旗を掲げた旗手。  
その旗手馬を先頭に、規則正しい歩みで整然と進む騎馬の列。  
鈍く輝く蹄鉄が、街道に敷き詰められた石畳に硬質な音をたてる。  
凝った装飾の鞍に跨っているのは、背筋をぴんと伸ばした、精悍な騎士たち。  
 
その大勢の騎士の中でも、ひときわ目を引く2人がいた。  
ひとりは穏やかでやさしげなイムサイ。  
もうひとりは、皮肉っぽくて、短い髪の・・・アルテア。  
凛々しい顔立ち、すらりとした体には近衛兵の位を示す美しい装飾のアーマーをまとい、細身のロングソードを腰に差している。  
本当にもう、ためいきが出そうなほどかっこいい。  
騎士団って、基本的に素敵な人が多いけど、やっぱりあの2人は群を抜いてると思う。  
その証拠に、イムサイとアルテアが群集に近づいてくると、女の子たちの黄色い声が格段に大きくなったし。  
そういえばあの女の子たちって、クレイとトラップの親衛隊じゃなかったっけ・・・  
 
モンスター討伐に派遣されていたロンザ騎士団が、その任務を終え、シルバーリーブ傍の街道を通るというのは、つい昨日聞いた情報。  
こんな田舎でも、ロンザ騎士団といえば雲の上のアイドルなんだよね。  
普段は眼にする機会のない彼等だから、ひとめだけでも見たいのが人情。  
通過予定時刻の随分前から、街道沿いにわんさと人が集まってきてたんだ。  
 
ちなみに、わがパーティの面々は、ここには来ていない。  
なぜかと言うと、騎士団はシルバーリーブに立ち寄るんじゃなくて通り過ぎるだけだし、そもそもドーマで会う機会は何度もあったから。  
ま、それはおっしゃる通りなんですけど・・・  
わたしはそんな皆の意見に、一応うんうんと頷いておいて。  
その実、ひとりでこっそりとみすず旅館を抜け出してきた。  
 
十重二十重状態になった人垣から少し後ろで、ゆっくりと通り過ぎていく騎士団を見つめる。  
正しくは、騎士団の中の、ただひとりを。  
 
やっと会えた・・・ううん、やっと顔が見られたのに。  
わたしはあの人に近づくこともできない。  
わたしとあの人を隔てる、見えない壁。  
こんなにも、こんなにも遠いんだね。  
 
あーあ。行くんじゃなかったなぁ・・・  
 
帰ってからというもの、何を食べたか何を話したか、なんだかよく覚えてない。  
ぼおっとしたまま時間が過ぎて。  
気がつくと、電気を消した部屋で、パジャマ姿で椅子に腰かけたわたし。  
ちゃんとお風呂に入って、寝る準備をした自分がいるんだよね。  
考え事をしてても、体は機械的にちゃんと動いてるみたい。  
 
傍らのベッドには、小さな寝息をたてるルーミィとシロちゃん。  
椅子を立って布団をかけ直してあげると、自分のベッドに入る。  
寝よ寝よ、考えたって仕方ないもん。  
強制的に眼をつぶるけど、安らかな眠りは訪れそうにない。  
ぐるぐると脳裏をよぎるのは、今日のロンザ騎士団の行進。  
アルテアのクールな眼差しと陽光を受けて輝いていたフルアーマーが、考えまいとすればするほど、まぶたの裏に鮮やかに浮き上がる。  
ため息をつきながら眼を開けると、暗闇に浮かび上がる天井が視界に入った。  
あーあ、こんなんじゃ寝られそうにないなあ・・・  
原稿でも書こうかな。でも、こういう時って絶対ペンが進まないし・・・  
 
カタン  
 
窓の方で音がした。  
猫かな?ここ2階だし。  
あまり気に留めずに寝返りを打つと、また物音。  
続いて、コンコン、という窓ガラスを叩くような音。  
有り得ない展開に、ぎょっとして跳ね起きる。  
掛け布団を抱きしめ、パニックしかけた頭で、しばし逡巡。  
 
な何?まさか泥棒でも?  
いやでも、このボロ・・・失礼、リーズナブルな旅館に、すき好んで忍び込む泥棒がいるとも思えないんですが・・・  
そもそも、ノックして入る泥棒ってのも聞いたことがない。  
そおっと掛け布団をはぐ。  
かなり腰が引けた状態ではあるんだけど、恐る恐る窓に近づく。  
窓の外には、割と明るい月が出ているらしい。  
 
窓ガラスの向こう、月明かりに照らされていたのは。  
たった今、わたしのまぶたの裏に浮かんでいた・・・アルテア、その人だった。  
ニヤっと笑って、片手をあげる。  
 
「なっ・・・」  
 
大声をあげそうになったわたしは、焦って自分で自分の口をふさぐ。  
なんで?なんでここにあなたがいるの?  
夢じゃないよね?  
有り得ない。  
わたし、アルテアのこと考えすぎて、幻覚でも見てるんだろか。  
 
飛び交う疑問に立ち尽くし、しばし呆然。  
アルテアの口が「あけて」という形に動いた。  
ガラスの向こう側から、鍵を指差している。  
・・・どうやら夢でも幻覚でもないみたい。  
慌てて窓の鍵を外し、開け放つと、アルテアは軽やかに窓の桟を乗り越え、足音もたてずに床に降り立った。  
そして。  
 
「来ちゃったよ」  
 
澄んだ眼差しで真っ直ぐわたしを見据え、花がほころぶように笑った。  
今、一番見たかった笑顔。  
今、一番聞きたかった声。  
 
「・・・アルテア・・・どうして?」  
 
聞きたいことは山のようにあるのに、胸がいっぱいで言葉にならない。  
アルテアはそんなわたしを見て、しいっと唇に指を当てた。  
その指を、そのままわたしの背後のルーミィに向けて、小さな声で尋ねた。  
 
「空き部屋あるだろ?どこ?」  
 
空き部屋?そりゃこの旅館は空きだらけですけど・・・  
状況がまったくつかみきれないまま、こちらも小声で答える。  
 
「や、屋根裏部屋が」  
「よし」  
 
アルテアはわたしの言葉に、音をたてないようゆっくりとドアを開けた。  
人差し指で、ちょいちょい、とわたしを呼ぶ。  
混乱する頭のまま、ルーミィがよく寝ているのを確認して後に続き、廊下できょろきょろと左右を見渡したアルテアの袖を引っ張り、方向を指し示す。  
頷いたアルテアは、ブーツの足をしのばせながら、上へと続く階段を上った。  
 
上りきるとそこは、小さな屋根裏部屋。  
天窓から淡い月光が差し込んでいた。  
扉を静かに閉めると同時に、逞しい腕にぐいと引き寄せられて。  
 
「ひゃ・・・っ」  
「やっと会えたね、パステル」  
 
ぎゅぎゅぎゅーーーっとばかりに、思い切り抱きしめられた。  
ひゃああ。硬い胸にほっぺたを押し付けられて、心臓が口から飛びだしそう。  
そのままの姿勢で、アルテアはあっけらかんと言った。  
胸から直接響いてくる、高めのバリトン。  
 
「今日、ちゃんと馬上から見てたんだぜ?パステルのこと」  
「ほ・・・本当に?」  
「ほんとほんと」  
 
アルテアは、軽くわたしの腕を掴んだ。  
自分の体からふいと離すと、身を屈めてわたしの眼を覗き込む。  
いたずらっ子みたいに、キラキラ輝く瞳が問いかける。  
 
「会いたかった?」  
 
うっと詰まって、おずおずと首を縦に振るわたし。  
アルテアは嬉しそうな表情で額に軽くキスすると、わたしを壁際に促した。  
頭上に月光の差し込む天窓を見上げながら、並んでぺたりと座り込む。  
 
「無理して来てよかったよ」  
「無理?」  
 
小首をかしげるわたし。  
 
「無理も無理。いや、無茶かな。  
 宿営地から、ダッシュで抜け出してきたんだぜ?  
 バレたらまずいっちゃまずいけど・・・ま、隠密行動は得意なもんでね」  
 
パチンとウインクしてみせるアルテア。  
だからって、なんでこんな時間に、しかも窓から・・・  
彼はわたしの困惑と動揺を見透かしたように、悪びれず答えた。  
 
「脱走するタイミングを計ってたら、すっかり遅くなっちゃってね。  
 さすがにもう、正面玄関からお邪魔できる時間じゃないだろ?  
 それに2階ったって、こんな高さじゃすぐ上れちゃうさ。  
 パステル、ちゃんと鍵かけとかなきゃ駄目だよ?」  
 
・・・たった今、窓から侵入してきた人の言葉とも思えないんですけど。  
コメントに詰まったわたしを見て、アルテアは陽気に笑い、つと真面目な表情になった。  
 
「っと、んな話してる場合じゃない。  
 あんまり時間ないんだよなあ・・・今回も」  
 
今回も、って・・・  
あの時のことを思い出して、ぽん!と赤くなるわたし。  
前回の15分も、相当にスリリングな15分間だったけど・・・ね。  
 
「宿営地から片道1時間かかったんだから・・・  
 くそ、猶予は1時間しかない」  
 
アルテアは、ブツブツ文句を言いながら、後頭部をガシガシかいた。  
 
「ちっくしょー。  
 なんで俺がパステルに会おうとすると、毎度毎度、こんな短期決戦になっちまうんだか」  
 
すねたような瞳に、とがらせた唇。  
ふふ、かーわいい。  
アルテアのこんな表情、初めて見たよぉ。  
わたしが含み笑いするのを、横目でちらりと見た彼は、いつもの皮肉げな表情に戻った。  
 
「なーに笑ってるんだよ」  
 
アルテアは肩をそびやかしたかと思うと、突然もたれていた壁から身を起こした。  
こちらに向き直り、腕でわたしを囲うように壁にどん!と手を突く。  
 
「きゃっ」  
「短時間のほうが密度が濃くていいとか?ん?」  
「そ、そんなわけじゃ・・・」  
 
アルテアの端整な顔が近づいてきて、思わず眼をつぶる。  
わたしの顔の直前で気配は逸れ、ふわっと耳元にキスされた。  
羽根がかすめたようなくすぐったさ。  
 
「んっ」  
 
大きな両手でわたしの両頬をはさみ、形のいい唇をよせてくる。  
柔らかく触れたキスは、一旦離れてまた触れ、それを繰り返すたびに、少しずつ熱い舌が奥へ入り込む。  
キスとキスの合間に、水面で息継ぎをするように呼吸する。  
それにつれて、わたしの息遣いがだんだんと乱れてくるのがわかった。  
首筋から胸元へ降りてきた舌は、いつの間にかボタンを外されたパジャマをかきわけ、下着を着けていない胸を直接這い回る。  
舌と指の繊細な動きに、思わず声がもれてしまう。  
 
「・・・ぁん・・・」  
「パステル、相変わらず可愛いよな」  
 
ひとりごとのようにアルテアがつぶやいた。  
優しくて柔らかい愛撫に、体の奥がじわっと疼く。  
なのに、いつまでも彼の手は下に下りようとしてくれない。  
そんなわたしの気持ちを知ってか知らずかの、意地悪な笑顔。  
 
「どうしたんだい?」  
「・・・ずるい・・・っ」  
「そんな、せがむような眼しちゃって・・・たまんないね」  
 
甘やかな表情をにじませながら、そっと身を引いたアルテア。  
彼は片手にわたしを抱きかかえると、もう片方の手でパジャマのズボンと下着をするりと脱がせた。  
は、恥ずかしいよぉ・・・  
パジャマの上着を必死に引っ張り、できるだけ下半身を隠そうと努めるけど、その手はあっさり止められてしまう。  
アルテアは、壁に背中を預けたままでいるわたしの目の前に、静かに体をすべらせた。  
両膝の裏にすいと差し込まれた腕は、そのままわたしの膝をまげさせ、大きく開かせる。  
 
「や・・・」  
 
逞しい腕はがっちりとわたしの脚をつかんでいて。  
抵抗しても、無駄。  
何も覆うすべのなくなったわたしのその部分は、アルテアの前にさらけ出されてしまった。  
 
「可愛いよ、パステル。  
 そんなに伝わせて・・・欲しいのは、これだろ?」  
 
骨ばってごつい指が、大きく開かされたわたしのその部分に差し込まれる。  
ぬるりとすべる指が生み出す快感に、思わず口からこぼれる喘ぎ。  
 
「ぁあ・・・んっ」  
 
アルテアはふいに指を抜いた。  
脚の間から彼の指に引いたのは、ねっとりとした透明な糸。  
その濡れた指をぺろりと舐め取る。  
 
「約束したよな?もっとよくしてあげる・・・って」  
 
え?と問い返す間もなく、今までに感じたことのない感触が走った。  
わたしのそこに、顔を埋めているアルテア。  
ぴちゃぴちゃといやらしい音をたてながら、舌先でその部分を舐めまわす。  
 
「やぁ・・・そ、んなところ・・・っ」  
「あれ、嫌なの?  
 ここはそんなこと言ってないけどなあ?」  
 
アルテアの言葉通り、わたしのそこはしたたるほどの滴を浮かべて、彼の愛撫を欲しがっていた。  
舌を深く差し入れられ、襞の隙間をかきまわされる。  
 
「甘いね・・・パステルのここ」  
 
唇をその部分に押し付けたままでつぶやかれ、アルテアの熱い息と声に伴う振動が直接響く。  
アルテアはぷっくりと膨れた襞を押し分け、先端の一番敏感な部分を舌で突いた。  
 
「ゃぁあんっ」  
「気持ちいい?じゃ、もっと」  
 
言葉と共に、さっき一度は抜かれた指が、ぬぷっと押し込まれる。  
中をまさぐる指と、むさぼるように突起を吸い上げる唇に、もう、気が変になりそう。  
快感はわたしを逃すことなく、そのまま遠慮なく押し寄せてきた。  
 
「ぁん、や、あぁ・・・はぁ・・・」  
 
全身の血がそこに集まりかかった時、アルテアの指と舌が突然動きを止めた。  
一度のぼった階段はもう降りられない。  
逃れる場所を求めて、快感が体の中を渦巻いている感じ。  
どうして・・・やめちゃうの?  
言葉にならないわたしの問いかけに、アルテアは例えようがないほどに、艶っぽい瞳で微笑んだ。  
人差し指で、わたしの顎をくいと持ち上げて。  
 
「今日は、ちゃんと俺でイかせてあげる」  
 
カチャカチャと外されるベルト。  
ファスナーをおろす金属音。  
伸ばされた腕に軽々とすくい上げられ、そっと床の上に横たえられる。  
そして、アルテアのそれは、ゆっくりとわたしの中に入ってきた。  
体の深部を、なにか引きちぎられるような感触がかすめた。  
かと思うと、その痛みを庇うように、この上なく密やかに動かされるアルテア自身。  
 
「・・やぁ・・・んっ・・・ぁうっ・・・」  
 
痛みと快感を交互に味わわされて、なすがまま。  
その奔流に流されそうで、しがみつくものを求めて指が泳ぐ。  
アルテアはその指を掴んで軽く唇をつけると、わたしの体を強く抱きこんだ。  
徐々に勢いを増し、リズミカルに動く引き締まった腰。  
わざとわたしの一番敏感なところに、自分自身を擦りつけるように動かす。  
 
「あぁ・・も・・駄目・・・だよぉ・・・」  
 
目元に薄く涙がにじむ。  
その涙が頬を伝う前に吸い取ったのは、アルテアの熱い唇。  
吐息と喘ぎの混じった声が囁いた。  
 
「パステル。俺を・・・呼んで」  
「アル・・・テア・・・アルテアぁっ・・・やぁぁんっ・・・!」  
 
わたしは愛しい人の名を呼びながら、突き抜けるような快感に溺れた。  
力の入らない腕で、必死にアルテアの体にしがみつく。  
きーんと耳鳴りのしている耳には、何も聞こえないんだけど。  
でも、目の前のアルテアの唇は、確かに「アイシテル」と動いた気がした。  
 
 
 
薄目のシャツを通して伝わる、アルテアの体温。  
わたしは、もう帰り支度をすませたアルテアに、ずっと抱きしめられていた。  
髪をなでられながら。まぶたにくちづけられながら。  
 
「ずっとこうしてたいよなあ・・・無理だけど」  
「・・・うん」  
 
甘い言葉に、こくんと頷いて、上目遣いにアルテアの顔を見上げる。  
笑顔の中にどこか寂しそうな色を見てとってしまい、なんだか泣きそうになってしまったわたし。  
ええと・・・  
勇気を出してうんと背伸びすると、頬にキスをする。  
眼を丸くしたアルテア。  
月光を反射した明るい鳶色の瞳が、嬉しそうに輝く。  
 
「初めてだなー、パステルからしてくれたの。  
 うん、嬉しい。すっごく嬉しい!」  
 
さらに腕に力をこめて、ぎゅーっと抱きしめられる。  
く、苦しいよぉ。  
でも、そこから伝わってくる気持ちがたまらなく嬉しい。  
 
そして。  
腕をふっとゆるめたアルテアは、苦笑しながら小さくつぶやいた。  
 
「・・・タイムアップ。もう、行かなきゃ」  
 
この人はいつも、風のようにやって来て、また去っていってしまうんだよね。  
まだ、熱さの残るくちびるを噛み締める。  
見上げたアルテアの、少し切なげな顔。  
 
その向こうの天窓には、上弦の月が浮かんでいた。  
 
 

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