「やったあああああ、やりましたよおぉぉーーーっ」  
 
のどかな午後のみすず旅館。  
台所のテーブルを囲んで、まったりとしていた俺たち。  
その空気を完膚なきまでにぶっ壊したのは、突然の咆哮。  
耳をつんざくような雄叫びと共に、キットンが玄関から飛び込んできた。  
 
「ど、どうしたっていうのよぉ?」  
 
両手で耳をふさいだまま、おそるおそる尋ねたのはパステル。  
その隣でクッキーを食べていたルーミィは、目を丸くして口開けてやがる。  
 
「ほら、これ、これ見てくださいっ。すごいでしょう?」  
 
片手にひらひらさせていた紙を、パステルの目の前数センチの部分に突きつけるキットン。  
思わずのけぞったパステルの横から、その紙を奪い取る。  
 
「あんだよ、一体・・・医薬品開発コンペ入賞だぁ?」  
「そうです、そうなんです!  
 私の開発した薬が、コンペで賞に入ったんですよぉ!!」  
 
ボサボサの前髪の奥に、キラキラ・・・いや、ギラギラした目が見える。  
・・・不気味だ。  
 
「そうか、キットンおめでとう。すごいじゃないか。」  
 
少々腰を引きながらも、一応祝福の言葉を発したのはクレイ。律儀な奴だ。  
 
「で?それ、高く売れんのかよ?」  
「まったく、またあなたはそれですか。トラップ。  
 この薬は金額より何より、困っている人の役に立つんです!  
 私の研究が誰かを助けられるなんて、素晴らしいじゃありませんか!!」  
 
言ってることは、至極まっとうなんだけどよ。  
完璧にイッた表情で、拳固めて痙攣しているおめぇ見てると、いまいち純粋に喜んでやれねえんだけど・・・  
 
「それ、何の薬なんだ?」  
 
にこにこ笑いながら尋ねたのは、人類皆兄弟的博愛主義のノル。  
おう、確かにそれは気になる。  
この男は毎度毎度ろくな薬を作らねえ、資格を永久剥奪してほしいほどの薬剤師ではあるんだが。  
今回は賞までとってんだから、さすがにちったぁまともなモンなんだろ。  
いや、そうであって欲しい。  
 
「よくぞ聞いてくれました。  
 性欲増強剤です!」  
「・・・」  
 
一同、ものすっげえ気まずい沈黙。  
あ、クレイが頭抱えてやがんの。  
 
「キットン・・・なんでまたそんな・・・」  
「いやぁそれがですね、この前のクエストで見つけた薬草があったでしょ?  
 あの薬草を分析するうち、減退した性欲を増幅させる効能があることがわかったんですよ!」  
 
・・・まさか自分で実験したんじゃねえだろうな。  
胞子で増えてそうな種族の癖して。  
 
「生活に疲れたお父さんに!  
 加齢・疲れ・トラウマなんでもござれ!勃たない人でも性欲増強!  
 これ1本ですっぽんエキスをしのぐ、劇的にパワフルな効能が期待できるんですっ」  
 
すかーんと後頭部を殴る。  
 
「なっ、何するんですか、トラップ!」  
「・・・」  
 
もはやコメントも出ねえ。  
とりあえず突っ込んだ俺に、拍手。  
クレイが、力なく笑いながら割って入った。  
 
「まあまあ、トラップ。気持ちはわかるけど。  
 あのさ、キットンも、ルーミィの前なんだから、えーと・・・」  
「大丈夫ですよ。まだ意味はわからないでしょう!」  
「・・・そういう問題じゃないんだけど」  
 
脱力しているパステルが、テーブルに突っ伏したままでつぶやいた。  
そのパステルとキットンを見比べていたルーミィ。  
 
「せぇよくってなんら?すっぽん?おいしいのかぁ?」  
 
ガキの質問ってよ、ある意味地雷級の破壊力だよな・・・  
子供の作り方を聞かれた時の、親のうろたえる気分がよくわかる。  
 
「・・・大人になったらわかるわよ、ルーミィ」  
 
問答無用でそれ以上の追求をかわしたパステル。  
ひきつった笑顔が痛々しいぜ。  
 
「ま、ルーミィにはまだ早いですけどね。  
 近いうちに商品化される予定です。あぁ、楽しみですねぇ・・・  
 おぉ!そういえば、大会用に作ったサンプルがあるんですよ。  
 誰か試してみませんか?」  
「んなモンいらねえっつーの!!」  
 
一同の意見を代弁した俺の悲鳴をよそに、ごそごそとかばんを探り始めるキットン。  
このまま行くと間違いなく、この中の誰かが被害者になる。  
限りなく危険な成り行きに、途中から見て見ぬフリをしていたパステルが、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。  
 
「さ、ルーミィ、もうお部屋いこ!絵本読んであげるっ」  
「えー?せえよくは?」  
「・・・もうそれはいいのよ、ルーミィ」  
 
パステルは、ぽかんとしているちびエルフを、余計なことを言うなと言わんばかりに引きずっていってしまった。  
そのタイミングを逃さず、パステルに続いたのはなんとノル。  
 
「おれ、ちょっと」  
 
あえて俺たちに目をあわせないようにして、巨体の存在感を消すように、そっと出て行った。  
や、やるな、ノル。  
額に脂汗を浮かべたクレイと目が合う。  
げっまずい、出遅れた。  
運よく窓の傍にいた俺は、キットンからの距離を目測しつつ静かに移動し、タイミングを計って窓から飛び出す。  
というわけで、部屋に残されたのは予想通り。  
おそらくこのパーティ内では、ダントツに危機管理能力の低い・・・不幸の戦士、クレイ。  
 
「あ、おいっ」  
「後は任せたぜえ、クレイちゃん」  
「任せるじゃないだろー!!」  
 
絶叫するクレイにゆっくりと近づくキットン。  
ホラー映画みてえだな・・・窓の外から憐憫をたたえて眺める俺。  
顔色の変わったクレイが、ずざざざっと椅子ごと後ずさる。  
 
「いやあの、いいよ、キットン」  
「おや残念ですねぇ。ぜひ試してみてくださいよ」  
「・・・性欲増幅させて、それをどこで使えと?」  
「あっても困るもんじゃないでしょう?」  
「困る!困るぞ!!」  
 
盛り上がってる2人を尻目に、さっさと逃走する。  
とりあえず部屋に戻るか。  
表玄関からじゃ、せっかく脱出した台所の横を通ることになるから、避けねえと。  
真っ昼間から2階の部屋によじ登るという、アクロバティックな手段で部屋に入る。  
やれやれとベッドに寝転がると、虎口から脱出してきたらしいクレイが入ってきた。  
憔悴しきった表情。  
 
「お前・・・なんで置いてくんだよ」  
「ま、気にすんなよ」  
「するよ!!」  
「・・・で?飲んじまったの?どうよ、もービンビンかぁ?」  
 
ニタニタ笑う俺に、クッションが飛んでくる。  
屈んで避けると、クレイはため息をつきながら向かいのベッドに腰を下ろした。  
ベッドサイドの机に、小さなアンプルを置く。  
 
「断りきれなかったから、もらうだけもらってきたんだ」  
「ほーっ、よく強制的に飲まされなかったなぁ。  
 相当食い下がっただろ?あのアホは」  
「ああ。でも・・・俺が本気で手討ちにしそうになったからな」  
 
・・・さすがのキットンも、我が身がかわいかった、ってことか。  
 
「いるならやるよ。俺、ちょっと寝る」  
「いらねぇよ!!」  
 
俺の怒鳴り声をあっさりスルーしたクレイは、ごろりと横になった。  
余程疲れたのか、すぐに寝息を立て始める。  
そりゃー疲れるよなぁ。  
ある意味、我が身の存亡と尊厳をかけた戦い・・・  
いや、よくやった、クレイ。おつかれ。  
 
俺も昼寝でもすっかな。  
寝返りを打つと、さっきのアンプルが視界に入る。  
ったく、あのボンクラ薬剤師は、ろくでもねえもんばっか作りやがって・・・  
でも、クレイが飲んでりゃそれはそれで面白かったよな?  
まーこのパーティじゃ、増幅した性欲のやり場もねえけど。  
唯一の女は・・・アレだし。  
クレイにあいつで性欲発散された日にゃ、密かに我慢の日々を貫いてる、俺様の立場がねえっての。  
かといってクレイに俺のこのケツを貸すわけにも・・・いや冗談だけど。  
 
そこまで考えて、がばっと起き直る。  
今、俺の脳裏に悪魔が舞い降りた。  
とてつもなく邪悪でストレートな疑問が浮かんだぜ。  
 
・・・これ、女にも効くんだろか?  
 
パステル。  
天才的方向音痴のマッパー、うちのパーティ唯一の女。  
俺の女・・・ではない。まだ。  
しかし、いずれ落としてみせようと密かに企んでいたりは、する。  
どこまでいってもガキで童顔で、おそらく裸にしても前と後ろが区別つかねんじゃねえの?ってレベルなんだけど・・・よ。  
その凹凸のなさが、ボケた純真な顔が、時々無性に煩悩を刺激してくれるんだよな。  
ミニスカートはちらちらさせるし、平気でパンツなんぞ干しやがるし。  
押し倒したくなって悶え苦しむ日々なんだが、一向に目覚める気配もねえ。  
 
そういえば・・・遠い眼をして過去に思いを馳せる。  
何を隠そう、いっぺん押し倒したこともあったよな。  
俺様の純情にかけて勝負に出たというのに、こともあろうにあの馬鹿は、  
 
「何よ、飲んでんの?重いからどいてよねー」  
 
なんぞとのたまいやがった!!!  
その一件で俺は、あいつが女として成長するまでは、どうしようもないと悟ったさ。  
それ以来、悪い虫がつかないように祈りながら毎日を送ってきたが。  
これは・・・ひとつの転機になるかもしんねえぞ。  
 
この薬が、女にも効いたとするよな。  
となると。  
あのお子様に性欲なんてものが備わった日にゃ、一体どうなる?  
女として目覚めたところで、近場にいる俺の情熱的なアタックでイチコロに・・・  
後は薔薇色の未来、あんなことやそんなことやこんなことや・・・うおぉぉ!  
おぉ、俺って天才!なんという妙案っ!!  
・・・なんか、限りなくご都合主義な気がしねえでもねえけど、この際深く考えずにおこう。  
とりあえず飲ませて、経過を観察して考えるのが、正解だろうな。  
そもそも女に効くかどうかもわかんねえんだし。  
 
俺は浮き立つ気分で、いそいそとアンプルを手に取った。  
 
問題は、これをどうやって飲ますか、だよな。  
ストレートに飲ませて飲むわきゃねえし。  
ジュースにでも仕込むか・・・蓋を開けてみる。  
うえぇっ、無理だ。辺りに漂う殺人的な臭い。  
キットンの奴、仮にも商品化するんなら、臭いくらいまともにしとけっての!  
場違いな憤りを感じつつ、顔を背けて蓋を閉める。  
・・・  
お!そうだ、そういえば。  
カバンをひっかきまわす。えーと、あったあった。  
ごちゃごちゃした荷物の中に埋没していたのは、なんちゃら得体の知れん文字の書かれた、ハーブティーのパック。  
にんまり笑うと俺は、眠っているクレイを起こさないよう、静かに部屋を出た。  
 
 
「ふーん、これリタから?ありがと、トラップ」  
 
俺の渡したパックと、例の怪しげなアンプルを持ったパステルは嬉しそうに礼を言った。  
タイムリーなことに、ちびエルフは庭に遊びに出て行ったらしい。  
 
何の疑いも抱いてねぇみたいだな。よしよし。  
このパック、さっき昼前に外出した時、偶然会ったリタにことづかったんだよな。  
原稿書きに疲れたパステルへの差し入れだそうだが、まさか自分の親切が、こんな風に利用されているとは思うまい。  
ま、許せ、リタ。  
 
「でもさトラップ、これなあに?」  
 
不思議そうな顔をして、例のアンプルをしげしげと眺めるパステル。  
今更言うまでもねえが、リタがよこしたわけじゃねえ。  
リタの差し入れに、俺がこっそりつけた招かれざるオプション。  
 
「よく知んねえけど、栄養ドリンクらしいぜ。  
 パステル疲れてそうだからぁ、とか言ってたな」  
 
うわずる声でリタの声色を真似る。我ながら気持ち悪い。  
 
「でも助かっちゃったかも。確かにこのところ原稿詰まってるし。  
 締め切り迫ってるんだよねー。  
 今日も夜中になっちゃいそうだしさぁ」  
 
パステルはそんなことを言いながら、細い指でおもむろにアンプルの蓋を開けた。  
またも漂ったのは、本気で不能にでもならん限りお近づきになりたくねえ、破壊的激臭。  
 
「うひゃー、くっさぁー・・・効きそうな匂いだね・・・」  
 
リタからの差し入れと思うからか、ブツブツ言いながらも一気飲みするパステル。  
おい。オヤジじゃあるまいし、腰に手を添えるのはよせ。  
 
「で、どうよ?効いたか?」  
 
思わず勢い込んで尋ねてしまう。  
そんな俺のどこまでも妙な態度に、パステルは不審そうな顔をした。  
 
「は?ま、まぁ効きそうな味ではあるよね。苦いしまずいし。  
 でもそんな即効で効くもんなの?これって」  
「し、知らねえけど」  
 
うーむ、どうやら即効性はねえようだ。  
女には効かねえのか?  
ちっと様子見たほうが良さそうだな、こりゃ。  
 
「それより、その茶のパックよこせよ。  
 原稿書くんだろ?入れてきてやらあ」  
「わー珍しい。トラップがそんなこと言うなんて、どういう風の吹き回し?」  
 
まずい、いよいよ怪しいじゃねえか、俺。  
 
「ま、おめえの書く小説も収入のひとつだからなっ。  
 協力くれえしてやるってんだよ」  
 
とてつもなく不自然に言葉をとりつくろい、ティーパックを奪い取って部屋を出る。  
奪い取った以上・・・入れなきゃなんねえよな、これ。  
台所に降り、キットンの姿がないのを確認する。  
まだあの危険物がウロウロしてるとまずい。  
せっかく逃げられたっつーのに、捕縛されちゃかなわねえからな・・・  
 
湯を沸かすとやかんにパックをぶちこみ、待つこと数分。  
出来上がった茶をマグカップに注ぐと、女部屋にとって返す。  
もう薬を飲ませちまった以上、あまりパステルから眼を離したくねえんだよな。  
見てない隙に効果が出て、その場にクレイでもいた日にゃー台無しじゃねえか!  
俺の努力はどこへ!?いや、何もしてねえけど。  
 
ドアの前に立ち、中の気配を伺う。  
しんとして何も物音はしない。  
どうなった?効いてんのか効いてねえのか・・・  
はやる心を抑えて、静かにドアを開ける。  
パステルは机に向かい、書き物をしていた。  
け、やっぱ効いてねえってことかよ。つまらん。  
机の端にどん!とマグカップを置いてやる。  
 
「ほらよ」  
「ん、ありがと」  
 
こっちを見もしないパステル。  
いつものパステルにあるまじき態度に、なんとはなしに面白くねえ。  
そんなに唐突に、原稿に没頭しなくてもいいだろうが。  
なんかアイデアでも閃いたのか。はたまたラブレターでも書いてやがんのか?  
背後から近づき覗き込む。  
 
原稿は原稿らしいが・・・ぬお!?  
目の玉が一瞬飛び出しそうになっちまった。  
そこに書き込まれている内容は・・・  
 
”その時、男は欲望に任せて女を押し倒すと−−−”  
 
っておいぃ!!  
これって官能小説ってやつじゃねえのかよ!?  
今までこいつ、こんなモン書いてやがったのか?  
いいや、聞いたことがねえぞ。  
あの悪気のなさそうな印刷屋が、んな年齢制限のある小説を掲載するとは思えねえし・・・  
 
呆然と立ち尽くす俺。  
足元に散らばるボツ原稿を、こっそり拾って眼を落とす。  
そこに書かれていたのは、なんというかその・・・エロ小説、と呼ぶのがふさわしい扇情的な内容で、おめえ経験あんのかよ?って言うようなディープな・・・えーと・・・  
う、まじい。  
んなもん読んだら、勃ってきちまいやがった。  
キットンの薬なんぞなくても、十分元気な俺様にどこかでほっとする。  
おい俺、んなこと悠長に考えてる場合じゃねえぞ。  
と。  
何かが頭の中でつながった。  
もしかしてこれ・・・あの薬の効果なのか?  
男と女じゃ効能が違うのか、はたまたこいつがレアケースなのか知らんが、こいつに突然湧き出した性欲が、文章に吐き出されちまってるんじゃね?  
 
「お、おい、パステ」  
「忙しいの」  
 
俺の呼びかけは光速で瞬殺された。  
恐ろしい勢いでペンを動かすパステル。  
興奮の度合いを示すように、いつものこいつらしくない乱れた文字で、みるみるうちに埋められていく原稿用紙。  
 
これ・・・もう俺にはどうしようもねえよな・・・  
話しかけても無駄だし。  
そもそも薬の効果って、いつまで続くんだ?  
製作者に聞かなきゃわかんねえけど、永遠に、とか言いやがったらキットンを逆さ吊りにしなきゃならねえが。  
とりあえず今のところは、放っておくしかなさそうだ。  
・・・というより、俺が完全に放っておかれている・・・  
そこはかとなく漂うむなしさを抱えながら、ひとまずキットンを探そうと俺はドアノブに手をかけた。  
 
その時。  
 
背後に気配を感じて振り向くと、原稿用紙を片手に持ったパステルが、ゆらりと立ち上がるところだった。  
おい、その背負ったオーラはなんなんだ?怖えってばよ!!  
かきむしったらしい髪はぐちゃぐちゃ、鬼気迫る表情。  
 
「トラップ」  
「・・・あんだよ」  
 
ゆっくりと近づいてきたパステルは、手に持った原稿用紙を、俺にぐいと突きつけた。  
 
「これ、読んで」  
「は?」  
 
くしゃくしゃの原稿用紙を受け取り、恐る恐る眼を通す。  
内容は、男のナニを女がしゃぶってるという、現実にもお目にかかったことのないシチュエーション。  
 
「い・・・いんじゃね?」  
 
何がいいんだか悪いんだか知らん。  
が、とにもかくにも、場しのぎに答える。  
 
「ここよ、ここ!この表現がね、あってるのかどうかわかんないの!!」  
 
俺の手の原稿用紙を、突き破らんばかりの勢いで文章を指し示すパステル。  
 
「あってるもなにも・・・」  
「確認させてもらうわ」  
「はぁ?!確認っておめえ、ちょ・・・」  
 
パステルはがばっと俺の前に跪くと、何の躊躇もなく、俺の股間に手をやった。  
逃げようと後ずさるも、俺の後退はむなしくドアに阻まれる。  
 
「こ、こら、やめねえか!」  
 
ぎん、と下からガンつけられ、迫力負けして言葉を失う。  
一体全体何なんだ、この異様なまでの抗えない空気は・・・  
パステルはぎこちない手つきながら、俺のベルトを外すとファスナーをおろし、ナニを強引に引っ張り出した。  
 
「いてぇ!引っ張るんじゃねえよ!!」  
「黙って」  
 
俺の悲鳴は、この上なく冷たい一声で制止された。  
パステルは真剣な眼差しで俺の股間を凝視している。  
こいつ、片手に持った自分の原稿と見比べて、照らし合わせてやがる・・・  
 
「こうなってるのね・・・」  
 
すっくと立ち上がった俺のものは、一向に元気を失う気配がない。  
パステルにあたかも視姦されているようで、ますます張り詰め、じわりと先端から汁がにじんできた。  
 
「ふーん」  
 
ふーんじゃねえぇーーー!  
んなモン、冷静に観察しねえでくれ!!  
内心叫び倒している俺の気も知らず、パステルは遠慮なく俺自身をむんずと握った。  
痛い。痛いですって、パステルさん。も少しやさしく・・・  
・・・なんだよ、そのポケットから出したメジャーは。  
太さと感触を確かめるように、表面に指を滑らせ、直径を計る。  
そのメモった数字をどうするんだ、パステル。  
まさかと思うが、小説のネタにする気じゃねえだろうな。  
・・・俺の社会的生命を抹殺する気か?  
 
「えーと、こうかな」  
 
パステルはおもむろに口を開けると、俺のモノをぱっくりとくわえ込んだ。  
ぬおぉっ・・・思わず呻きが漏れる。  
こんな異様な状況下で激しく不似合いな感想だが・・・相当に気持ちいいかもしれねぇ・・・  
眉間にしわをよせ、左手に持った原稿用紙を横目で確認しながら、ナニを吸い上げるパステル。  
舌で丁寧にカリを舐め上げ、裏からごく微弱に歯を立てる。  
おめえ・・・たった今目覚めたばっかの癖して、一足飛びに成長してんじゃねーよ!  
どこのプロですか、ってなレベルの舌技。  
いや、プロにお世話して頂いたことはねえんだけど。  
 
そんなことを考えていた俺は、相当にぼおっとしてたんだと思う。  
眼で人を殺せそうなムードのパステルに気圧され、もはや抵抗することもできず、されるがままでいた俺。  
パステルはせっせと俺のナニをしゃぶり続け、じわじわと快感が体の中心部に集まってきた。  
ズボズボとひたすら吸い上げていたパステルの口が、勢い余ってナニからすっぽ抜ける。  
その途端、びぃんと弾かれたような刺激に、俺は唐突にのぼりつめさせられた。  
 
「・・・うぉ・・・っ」  
 
びくびくっと痙攣するように、二度三度精液を吐き出す。  
当然のごとく、発射方向をコントロールする余裕もなく・・・それはパステルの顔面めがけて、もろにぶちまけられた。  
 
「ひゃ!」  
 
しきりに眼をしばたたかせるパステル。  
その前髪にも睫毛にも口の周りにも、白濁した液体がべっとりとかかり、伝い落ちながら糸を引いている。  
は、図らずも顔射だ・・・俺って奴は・・・  
ズルズルと背中をドアに擦り付けながら、腰が抜けたようにへたり込む。  
疲れ果て、そのままドアに上半身を預けた。  
剥き出しのケツに、ひんやりとした床が心地いい。  
 
まだ童貞も捨ててねえってのに、いきなりこの展開とはなぁ。  
人生わかんねえもんだぜ・・・  
この非常時だというのに、しみじみと感慨にふける俺。  
 
精液まみれのパステルに、尻ポケットに突っ込んであったくしゃくしゃのハンドタオルを渡してやる。  
黙って受け取り、ごしごしと顔を拭くパステル。  
 
「す・・・まねえ」  
 
なんで謝ってるんだ、俺。  
目の前にぺたんと座り込み、手のひらで前髪をかきわけて顔をぬぐっていたパステルは、俺の謝罪を聞くと、何か言おうと口を開きかけた。  
つと、唇に残っていた白い滴を、ぺろりと出した舌で舐め取る。  
なんとも淫靡な、エロい表情で・・・  
その表情に、たった今イッたばかりだってのに、またも勃然とこみあげるものを感じる。  
こ、これはチャンスって思っていいよな?  
限りなく方向性が間違っちゃいるが、こいつが仕掛けてきたわけだしよ。  
 
女として目覚めたばかりの目の前のパステルに、おそるおそる手を伸ばした時。  
半分すわっていたはしばみ色の瞳が、いきなりきょとんとした表情を浮かべた。  
夢から覚めたように、きょろきょろとあたりを見回すパステル。  
 
「・・・おい?」  
「ねぇトラップ、何?この変な匂い」  
 
もしかして。  
 
「なんか髪がくさいよ!どうなってるのぉ?」  
 
薬が、きれちまった・・・か?  
しかも、自分のやった、果てしなく重大で強烈なサービスを忘れてねえか?  
自分の髪をさわったり湿った襟元を確かめて、きゃーのきゃーの言っていたパステル。  
俺を問い詰めようとして向き直ると同時に、視線をある部分に釘付けにした。  
・・・痛いほどの視線を感じているのは、今は事の成り行きにしゅんとしおたれている・・・使用済みの俺様自身。  
 
「それ・・・」  
 
そしてパステルは、何かのスイッチが入ったように、顔の色をサーっと白くすると、喉も裂けよと絶叫した。  
 
「きゃああああああああああっ!!!!!!」  
「どうしたパステル!」  
 
ドアの外から唐突に悲鳴に答えたのは、必要以上に凛々しい声。  
同時に、強烈な勢いで押し開けられたのは、俺のもたれていた扉。  
 
ドガッ!!  
「ぎゃあっ」  
 
断末魔の悲鳴をあげながら、開くドアに突き飛ばされる形で前方へすっ飛ぶ。  
そして自動的に、目の前にいたパステルを押し倒す形で着地。  
絶妙のタイミングで駆け込んできた王子様が見たものは・・・ケツ丸出しでパステルにのしかかる俺の姿・・・だよな・・・  
そしてあたりに漂う芳醇な残り香は、男ならまず気づくだろう。  
パステルの服装が全く乱れていないというのが、矛盾点ではあるが。  
 
俺は、おびえた瞳のパステルから眼をそらすと、静かに床の上に滑り降りた。  
ずり落ちたトランクスとズボンを引き上げながら、心の中で合掌する。  
 
「・・・トラップ」  
 
静かなおだやかな、落ち着いたクレイの声。  
その表情が、阿修羅もかくやという憤怒の形相でさえなければ・・・  
これから自分の身に降りかかるであろう悲惨な未来。  
それは、想像する必要もないほど、簡単に現実のものとなっちまった。  
 
「ま、全て悪いのはトラップですよね」  
「っキットン、てめえが変な薬作るから、こんなことになったんだろうが!!」  
 
思わずつかみかかりそうになるが、確かに否定できない部分もあるので、ぐっとこらえる。  
 
あの後。  
クレイが本気モードに突入してソードを抜き放ち、俺は問答無用で刺身にされかかったんだが。  
パステルの絶叫で、何事かと部屋にこいつらが集まってきた。  
俺に氷点下の視線を向けつつも、マジギレしてるクレイを取り押さえてくれて。  
そして俺は今、台所の床にひきすえられている。  
ちなみにパステルは、さっきの惨状で軽いパニック状態に陥っていたんだが。  
クレイに天使のような微笑と鮮やかな手並みでなだめられ、今は部屋に隔離されている。  
 
とりあえずは親友の手による斬首を回避するため、必死で事情を説明する。  
背後で仁王立ちし、抜き身のソードをピタピタと弄ぶクレイにおびえながら。  
 
「もう少しかな・・・あぁ、もうわかりますね。ちょっとお待ちください」  
 
キットンは台所で俺たちを前に、ビーカーと試験管を使って例の薬の成分分析をしていた。  
怪しげな遠心分離機だの数値測定器だのを駆使しつつ、パチパチとそろばんを弾いていたかと思うと、おもむろにこちらに向き直る。  
この外道な薬剤師に後光が差して見えて、思わず正座してしまう。  
いいいや、んなことする必要ねえだろうが、俺。  
 
「確かに、トラップの言う効能はあるようですね・・・女性に対しては」  
「だろ?言ったとおりじゃねえか!」  
 
キットンは俺の言葉に、頷きながら続けた。  
 
「そもそもこの薬を男性が服用した場合、薬効成分は前立腺と睾丸の活性化を促しますから、不能が回復します。  
 不能でなくても、かなりの性欲増強が見込まれますから・・・」  
「いやそれはもういいから」  
 
ソード片手のクレイがぼそっと言った。  
その、やたらと荒んだ目つきにびびったキットンは、慌てて話を本筋に戻す。  
 
「ええとその、ですから、女性がこれを服用した場合何も起きないはずだったんです。  
 実験はしていませんが、そもそも女性にはない部分への働きかけですからね。  
 しかし今回の場合、パステルには変な形で作用してしまいました。  
 ということは。  
 前立腺と睾丸を持つ男性にはその部分に作用しますが、女性が服用した場合、こうなります」  
 
おごそかにフリップを取り出すキットン。  
・・・いつの間に用意しやがったんだ、こいつ。  
キットンは、教師よろしくフリップを指し示して説明した。  
 
「薬効成分は、女性の体に存在しない器官を捜して体内を巡り・・・  
 最終的に辿り着いた脳内で作用し、精神に影響を及ぼしたと考えられます。  
 パステルの場合、精神的に性欲だけが過剰増幅したため、なんらかの形で解放せざるを得なくなった。  
 その性欲が、一番簡単に彼女が自己表現できる、文章にするという形で発散されたんでしょうね。  
 トラップに行った行為は・・・その文章を昇華させたいがための確認行為でしょう。  
 要はダメ押しですよ」  
「ダメ押しだぁ!?」  
 
ダラダラ続く長話に半分寝そうになっていた俺は、その言葉で飛び起きる。  
なんだかよくわかんねえけど、つまりはだ。  
女が使ったら、通常じゃ考えられん方法で性欲発散するってこったろ?  
間違って飲んだら危ねえ。危なすぎるじゃねえか!  
 
激しい剣幕で噛み付く俺に、キットンは冷ややかな眼を向けた。  
 
「商品化する時に、一応注意書きをつける必要はありますが・・・  
 ま、普通の女性は、”不能回復”なんて効能の薬は飲みませんからね。  
 今回のことは、トラップ、あんたが悪い」  
 
びし!っと太くて短い指を突きつけられた。  
聞いていたのかいないのか、黙ったままだったノルもうんうんと頷く。  
あのよぉ、こんな時だけ意思表示してくれなくていいっつーの。  
 
「・・・結局、パステルが飲みさえしなきゃ、こんな事にはならなかったんだよな?」  
 
事の成り行きを見守っていたクレイが口を開いた。  
こころなしか、ひんやりとした冷気を発しているような気がする・・・  
 
「そうです。すべて悪いのは彼女に飲ませたことですから!」  
 
き、キットンっ!  
頼むから、ナントカに刃物状態のクレイを煽んねえでくれ!!  
 
「・・・わかった」  
 
クレイはつぶやくと、キットンを振り返った。  
 
「キットン、パステルに説明してやってくれ。  
 あんまり刺激を与えないように、頼むぞ」  
「はいはい、お任せください」  
 
揉み手をせんばかりのキットン。  
どいつもこいつも、俺の味方はいねえのかよ!?・・・いねえだろうな・・・  
そして、俺をちらりと横目で見たクレイ。  
そりゃもうとてつもなく冷たく鋭く、俺をざっくり貫かんばかりの視線。  
 
「・・・さて、どうするかな」  
「いやあの、クレイ、どうって」  
 
こ、これは何かの間違いに違いねえ。  
おれはただ、ほんの少し不埒ないたずらを思いついただけであって・・・  
飲んであんなことになるんなら、飲ませなかったぜ!  
いや、知ってても飲ませたかもしんねえけど・・・  
ってそれは置いといて!!  
言いたい言い訳は山のようにあるんだが。  
今にもソードを振り上げかねないクレイを目の前にして、蛇に見こまれたカエル状態で、じわりじわりと脂汗をたらすばかりの俺。  
 
公開処刑場と化した台所。  
俺は、そそくさと出て行くキットンとノルを眼の端に認めつつ。  
真正面からゆっくりと近づいてくるクレイを、何も出来ない生贄のごとく見つめていた。  
抜き身のソードがきらりと光る。  
 
明日の朝日を拝むことができるんだろうか・・・  
俺は限りなく薄い希望に身をゆだね、静かに眼を閉じた。  
 
 
 

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