陳列棚に並べてある洋服たち。  
端から1枚ずつ取り上げ、丁寧にたたみ直す。  
しわを伸ばし、空気を含ませるようにして、1枚、1枚。  
いつもなら、無心に返れる作業なんだけどな。  
今日は、その効能も薄いみたいだわ。  
 
窓の外に眼をやると、淡い色になった空に、そろそろ薄闇が降りてこようとしていた。  
もうすぐ、あのにぎやかなパーティがやってくる頃。  
あの人が・・・来る、頃。  
 
パステルから、事前に手紙をもらってたのよね。  
ここエベリンに用事があるので、一泊泊めてほしい由。  
いつもの、飛び跳ねるようなパステルの文章で書いてあった。  
彼女の純粋さ、かわいらしさがうらやましくなる。  
わたしも彼女みたいだったら、良かったのに。  
考えてもしょうがないことをつらつらと考えながら、今度はハンガーを整理する。  
ずり落ちかけたワンピースを掛け直し、余ったハンガーは足元の籠へ。  
ほとんど機械的に動いている自分に苦笑する。  
何やってんのかしらね、わたしってば。  
 
クレイ・S・アンダーソン。  
わたしの好きな人。  
伝説の蒼の聖騎士の血を引く、凛々しくてやさしいクレイ。  
わたしは今でも覚えている。  
あの人に出会った時に抱いたときめきを。  
そして幼馴染として過ごすうち、日に日につのっていった恋心。  
 
でも、桁外れに有名で高貴な血筋の彼は、わたしとはあまりにも釣り合わない。  
わたしなんかの出る幕じゃない。  
そんなの、はじめからからわかってたわ。  
もう気が遠くなるほど昔から、胸の内を押し殺してきた。  
あの人には綺麗な婚約者もいたし、今は一緒に冒険している可愛らしい女の子もいる。  
自分には決して成し得ない関係ではあるけれど、彼女達をうらやんだり恨んだりだけはすまいと心に決めたんだ。  
幼馴染として許されたスタンスで、その関係を大切にしようとしてきた。  
 
・・・それなのに。  
彼等のパーティはこのところエベリンに用事が多いのか、再三わたしのもとへ足を運ぶ。  
いいのよ、あの人の顔が見られるのは。嬉しいんだから。  
でもね。  
幼馴染でいられればいいわなんて、離れていたからこそ言えた詭弁よ。  
こんなにも何度も顔を合わせるようになると・・・そうもいかないわ。  
そんな綺麗事でごまかせるほど、わたしは大人じゃない。  
会うスパンが間遠になれば気にならなかった胸の痛みが、あの人に会うたび、あの人の姿を見るたび、キリキリとわたしを締め付ける。  
 
いつの間にか、呆けたようにハンガーを抱きしめていた。  
カランカランカラン!!  
ドアベルが景気よく鳴り響き、思わずハンガーを取り落とす。  
び、びっくりした・・・  
ぼけっとしてる時にこの音は、心臓に悪いわね。ドアベル替えようかな・・・  
 
「よぉ、マリーナ!」  
「また来ちゃったよー。ごめんねー」  
「んなのいいじゃん、他人行儀だよな」  
「いいわけないでしょ。ったく図々しいんだからっ」  
 
にぎやかに飛び込んできたのは、トラップとパステル。  
小突きあって文句言い合って、仲のいいこと。  
・・・まったく、あてられちゃうわね。  
 
「あれ?他の皆は?」  
 
あえてクレイという名前を出さずに聞く。  
こんなことにまで気を張っている自分がむなしくなるわ。  
そんなわたしの心持を知ってか知らずか、いきなりクレイについて説明してくれるパステル。  
 
「クレイはね、バイトしてる武器屋さんの棚卸しで、出発が遅れちゃったの」  
「多分、1本遅い乗合馬車で来るはずだけどよ」  
 
あ、そうなんだ・・・  
なんとはなしにホッとしているわたし。何でなんだろう。  
 
「ノルはルーミィ連れて、フリマのぞいてると思うわ」  
「キットンは一足先に冒グル行ってる。あそこで全員待ち合わせなんだよ」  
 
交代でテンポよく説明するパステルとトラップ。  
 
「冒グル?なんで?  
 ていうか、あなたたち、今回の用事ってなんなの?」  
 
なんかあったっけ?  
そういえば、いつもより冒険者がエベリンに集まってる気もするけど。  
彼らの説明によれば、プルトニカン生命協賛による、冒険者が1回だけ引ける冒険者籤とやらが発行されるそう。  
ま、協賛が協賛だから、随分と豪華な景品みたいね。  
アーマーフルセットだの、魔法屋クーポン券だの、解毒・解呪回数券だの・・・  
それがどうやら明日受け取れるらしい。  
でもさ、冒険者ならタダで権利があるからって、わざわざ?  
 
「そうなのよ。わざわざそのためにねぇ。  
 はるばるとシルバーリーブから出てくるところがセコい・・・いや、貧乏くさい・・・いやいや・・・やめとこ。  
 まぁ、当たればラッキー!みたいな」  
「とはいえ、けっこう当選率高いみてえよ?  
 ま、さすがにそれだけに出てきたわけじゃねえけどよ。他にも用事があったしな」  
「そうそう、キットンが薬草屋がバーゲンしてるってうるさかったし。  
 皆買いたいものもあったしね」  
「ふーん・・・そうなんだ」  
 
で、彼らはこれから冒グルに行くらしい。  
クジの整理券をもらうのに、相変わらず段取りの悪い冒グルに、ずらずらと既に人が並びつつあるんですって。  
なんだか、前にもあったような展開ね・・・これ。  
そうそう、冒険者カードのバグが見つかった時だったっけ。  
あの時、わたしの選んだ青いマントが、とても似合っていたクレイを思い出す。  
回想に引きずり込まれそうな自分を、ぐいと現実に引き戻しておいて。  
 
「じゃあ、もう出るの?」  
「おう。日暮れに待ち合わせしてっからな」  
「あ、ちょっと待っててよ。夕食まだでしょ?」  
 
慌てて台所に駆け込み、買っておいた食材で手早くお弁当を作る。  
パステルが手伝ってくれたのですぐにお弁当は出来上がり、まだ湯気のあがるバスケットをトラップに持たせた。  
 
「じゃ、気をつけてね。今日は遅いの?」  
「うん。泊めてって言っておいてなんだけど、戻ってくるの遅そうなんだよね。  
 さすがに徹夜はしなくて済むと思うんだけど」  
 
申し訳なさそうなパステルを、トラップがフォローする。  
 
「ま、日が変わるまでに戻れると思うぜ?」  
「いいよ、気にしなくても。  
 どうせ男どもはアンドラスんとこでしょ?  
 パステル、もし入り口閉めてても、ポストに鍵入れておくから勝手に入ってきてよ」  
「うん、わかった。ごめんね、マリーナ」  
「気にしないでって。行ってらっしゃい!」  
 
にっこり笑ってふたりを送り出す。  
にぎやかに色づいていた空間が静かになる。  
いいわね、あのふたりは。  
慌てて料理した後の、惨状の台所を片付けながら考える。  
 
あのふたりって、仲間と呼べるラインぎりぎりの関係よね。  
パステルの方に恋愛感情があるのかないのか、微妙なとこだけど。  
時折トラップの見せる、ガキっぽい嫉妬や感情表現がうらやましい。  
わたしも、あんな感情をぶつけられてみたいわ。  
相手は・・・違うけどね。  
はあ。  
ひとつ大きなため息。  
 
山と積みあがった洗い物を済ませ、タオルで手を拭きながら店に戻ると、窓の外はすっかり暗くなっていた。  
その時、外階段を上がってくる足音がした。  
踏みしめるように、一段一段上ってくる・・・間違いなく、あの人の足音。  
確信すると同時にドアが開く。  
ドアベルの音と共に入ってきたのは、クレイ、その人だった。  
 
「やあ、マリーナ!お邪魔するよ」  
「遅かったのね。夕方、トラップとパステルが来たわよ」  
 
嬉しくて、首ったまに飛びつきそうになるのをぐっとこらえる。  
わざとそっけなく、トラップ達の話なんてしたりして。  
 
「あいつら、もう行ったのか?」  
「うん、日暮れに冒グルで全員集合って言ってたわ」  
「そういやそうだったな。じゃあ、俺も行かなきゃな。  
 しかしさあ、俺、昼も食いっぱぐれちゃってて、腹減って腹減って。  
 マリーナ、なにか食うもんある?」  
「もちろん!ちょっと待ってて」  
 
台所にとって返し、さっきお弁当を作った時に、取り分けておいたぶんを暖めなおす。  
もしかしてクレイが寄るかも・・・と思ったのは正解だったわね。  
店のソファーにどっかりと座り、わたしが出した食事を嬉しそうにかきこむクレイ。  
そんな彼を見てると、こっちまで嬉しくなってしまう。  
彼が最後の一口を食べ終えたのを見届けてすかさずお茶を差し出すと、彼は受け取って一気に飲み干した。  
 
「ぷはー、ごちそうさま。やっぱりマリーナの料理はうまいな」  
「そう?ありがと」  
 
にこにこと笑うクレイを軽く受け流す。  
向けられた笑顔と賞賛の言葉が嬉しくてたまらないのに、つい、何気ない態度をとってしまうわたし。  
わたしってば、これさえなければ・・・  
あーもう、自己嫌悪を通り越して自己憐憫になりつつある最悪のパターン。  
内心悶え苦しんでいるわたしの気もしらず、クレイはあくびをしながら言った。  
 
「あー、しかし疲れたよ。  
 朝からぶっとおしで、全商品の棚卸しだもんな。  
 腹いっぱいになったら・・・眠くなってきちまった」  
 
椅子を立ち、食器を片付ける。  
この醜い感情を表に出さないように、つとめて顔をそらしながら。  
暖簾をかきわけて台所に逃げ込むと、やっとまともに呼吸できるようになった。  
できるだけ明るく聞こえるよう、気をつけて声を出す。  
 
「クレイー、そんなに眠いならコーヒー入れようか?」  
「あ、ほしいな。くれよ」  
 
暖簾の向こうから、眠そうな声が返ってきた。  
ヤカンに水を入れて火にかける。  
お湯が沸くまでの間に、なんとか平静に戻らなきゃ。  
 
コーヒーの用意をして店に戻ると、ソファーに沈みこむようにして、クレイが寝てしまっていた。  
あら。  
一瞬逡巡して、音をたてないようにコーヒーを台所に戻す。  
ふと思いついてメイン照明を消すと、静かにソファーに近づく。  
 
長い睫毛、ぼんやりとした間接照明のあかりに照らされる艶のある黒髪。  
うつらうつらと眠るクレイ。  
わたしの愛しい男。  
 
彼の足元に座り込み、頬杖をついてクレイを見上げる。  
疲れてたのね。  
いつも、まわりに心配をかけまいと無理をするクレイだから、こんなところは滅多に見せない。  
わたしの前だから気がゆるんで?  
わたしの前だから安心して眠れるのかしら?  
 
そう思うと、嬉しい反面、胸の奥になにか甘苦いものがこみあげる。  
 
それだけ気を許してもらえてるのは嬉しいわ。  
でも、わたしが独り占めできるのは、今ここで眠っているクレイだけ。  
眠っている間しか、この空間はわたしのものにならないのよね。  
眼が覚めたら、この人はまたわたしの傍から離れていってしまう。  
このまま、眼が覚めなければいいのに。  
永遠に、このままなら。  
 
ありえないことを願う自分が、余計に情けなくなる。  
ソファーで半分ずり落ちかかっているクレイ。  
身を起こして膝を突くと、ゆっくりと手を伸ばす。  
震える指先でそっと黒髪をかきあげると、形のいい額があらわになる。  
 
今、この瞳がひらいたらどうしたらいいのかしら。  
あなたが好きよって言ってみる?  
冗談よって笑う?  
・・・  
気がつくとわたしは泣いていた。  
頬を伝う涙。  
 
端正な唇に、わたしの唇をよせる。  
精一杯の思いをこめて。  
 
わたしの唇とクレイの唇がふれた瞬間、わたしの前髪がクレイのおでこをかすめた。  
目の前には、驚きを隠せない鳶色の瞳。  
 
「マ・・・リーナ?」  
 
そっとクレイから離れる。  
涙も拭かないで、きっとうさぎみたいに赤い眼になってるんでしょうね。  
 
「ごめんなさい。  
 あなたが眠ってる間に・・・最低ね、わたし」  
 
苦渋をにじませるわたしに、クレイは困惑を覆い隠し、あくまで心配そうな表情で言った。  
 
「・・・どうしてだい?」  
「・・・どうしてかわからないの?」  
 
真っ直ぐにクレイを見つめる。  
はぐらかさないで。  
鈍感さでは定評のあるクレイにも、わたしの言いたいことは伝わったはず。  
 
「マリーナの気持ちは・・・わかったよ」  
 
ぽつん、と小さな声でクレイは言った。  
 
「でもさ。ごめん。  
 俺・・・いま、誰が好きとかって、正直なところ思えないんだ」  
 
正直さは時として、おそろしいほど残酷だと思う。  
クレイらしさ満点の回答。  
偽らない言葉は、真っ直ぐにわたしの胸を刺し貫く。  
もう涙は出なかった。  
ささくれだった心からは、血しか流れない。  
それなのに、クレイは困ったようなやさしい表情でとどめを刺した。  
 
「でもさ、マリーナは俺にとって大切な幼なじみだよ。  
 今までも、これからもずっとな」  
 
・・・それは、同情?  
血が逆流し、髪の毛が逆立ちそうになる。  
 
どうして?  
どうしてそんな顔ができるのよ?  
どうしてそんな事が言えるのよ!!  
嫌悪された方が、いっそ無視された方がずっとましだわ。  
こんな時にまで、どこまでもやさしいあなた。  
どれだけわたしが、それに苦しめられてきたかわかる?  
そして、今どれだけ苦しいかわかる?  
・・・  
かっとなった頭に、今度はひたひたと、よどんで冷たい欲望が打ち寄せてくる。  
・・・  
やさしさは、罪。  
今、それを教えてあげる。  
 
さあ、正念場よ、マリーナ。  
ゆっくりとクレイの隣に腰を下ろす。  
気づかれないように息を吸い込むと、わたしは意図的に無理したような笑顔を作った。  
 
「今まで、ずっとわたしの気持ちに気づいてくれなかったわね。  
 どれだけ、わたしが苦しんだかわかる?」  
 
わざとにっこり笑いながら問う。  
苦悩の表情を浮かべて、黙ったままのクレイ。  
安心なさいな。  
もっと、逃げ場がないほど追い詰めてあげる。  
やさしくて人のいいあなただからこそ、絶対に逃げられないように。  
 
「・・・ごめん」  
「あら、わたしの気持ちはどうすればいいの?」  
 
卑怯と思われてもいい。  
歌うような調子で続ける。  
 
「あなたを思い続けて、もう何年かしら?  
 10年じゃきかないわね。」  
 
からかうように指を折る。  
わたしは今、とても艶な表情をしているんじゃないかしら。  
くすくすと笑いながら、目の前の黒髪をちょいと引っ張った。  
本当は、あなたには何の罪もないのかもしれない。  
だけど、どこまでもお人よしなクレイ。  
ほら、もうわたしの言葉から逃れられないでしょ?  
 
「わたしを好きになんてならなくていいわ。  
 ただ、このやり場のない気持ちに、責任をとってくれる?  
 嫌だなんて言わないわよね」  
「・・・責任?」  
 
目を伏せたままのクレイが、つぶやくように聞いた。  
わたしは低い声で囁き返す。  
 
「黙って。動かないで」  
 
高い位置にある首に腕をまわし、そのまましがみつく。  
クレイは、金縛りにあったように動けないでいる。  
もう逃がさないわ。  
あなたの自由を奪う、悪意の言霊。  
 
「一度だけよ。これで忘れる」  
 
長い長い長い間、欲して得られなかったクレイ。  
あなたがこうして、わたしの腕の中にいるなんてね。  
この時間が永遠に続くのなら、魂なんていらないわ。  
 
めまいのしそうな幸福感と罪悪感に身をゆだね、唇を重ねる。  
強張った唇の隙間から、ゆっくりと舌を忍び込ませる。  
探っていった奥に、熱いクレイの舌があった。  
からませ、吸い上げ、わたしの塞き止められてしまった愛情を注ぐ。  
随分長い時間が過ぎて、やっとわたしはクレイの唇を解放した。  
ふたりほぼ同時にこぼれたのは、息つくような吐息。  
 
わたしはこの大切な獲物を逃がさないよう、細心の注意を払って愛撫にうつった。  
形のいい顎を伝い、首筋をなぞって鎖骨に降りる。  
ストライプのシャツのボタンをひとつずつ外す。  
逞しい胸が、ぼんやりとした明かりに浮かび上がった。  
魔女みたいな色に染めた爪の先で、厚い胸板を、硬い突起を引っかく。  
 
「・・・っ」  
 
されるがままのクレイが、弾むように息を吐いた。  
軽く歯をたてながら、右手をクレイの下半身に伸ばす。  
びくっと震える体をなだめるように、そっとジーンズの上からその部分に触れる。  
膨れ上がった堅さを確かめると、カチャリとベルトを外す。  
いつぞや、わたしが選んであげた、深いブルーのジーンズ。  
ファスナーを下ろし、中の下着ごとぐいと引っ張ると、張り詰めたソレがあらわになる。  
クレイの頬に一気に血が上る。  
彼は大きな手で両目を覆うと、唇を噛み締めて顔をそらした。  
そそりたつクレイ自身をそっと握ると、ゆっくりと動かしながら口に含む。  
たっぷりの唾液で濡らして、緩急をつけてしゃぶる。  
ぺちゃぺちゃと意図的に音をたてて。  
 
「・・う・・・ぅっ」  
 
低い呻き声。  
感じてくれてるの?クレイ。  
その声に刺激されるかのように、わたしの脚の間から熱いものがじわりとあふれ、下着に染みていくのがわかった。  
血管の浮き上がった筋に沿って、出っ張ったかさの部分に軽く歯を当てる。  
先端の隙間を舌で割り、てらてらと染み出してくる液体をじゅる、と舐め取った。  
もう一度ソレを口に含み、喉の奥まで飲み込むように深く食いつく。  
 
頬に力を入れて吸い上げ続け、ひときわ喉に力を込めた時、クレイは小さく叫びをもらすと、わたしの口の中に果てた。  
どぼっと流し込まれたのは、甘くて苦くて濃い、白濁した精。  
ごくりと飲み込むと、クレイの体温がそのまま、喉を通っていくのがわかる。  
口の端からひとしずくこぼれた液体を手のひらでぬぐいとって舐めると、ふいにその手をぐっとつかまれた。  
目をあげると、荒い息をしているクレイ。  
その目は、切り込むような光をたたえてわたしを見ていた。  
・・・何?  
 
「きゃっ」  
 
いきなりソファーの上に突き飛ばされる。  
勢いあまって反転したわたしの背中の上に、クレイがのしかかってきた。  
そのまま顔をクッションに押し付けられる。  
 
「やっ・・・な、クレイ!?」  
 
本能的な恐怖を感じて、思わず逃げようとするわたしの体をがっちりと背後から抱きしめ、クレイはうなじに唇をつけた。  
 
「・・・黙ってろよ」  
 
聞いたこともない冷たい声。  
背中をつたう冷や汗。  
四つん這いの姿勢のままで身動きできないわたしを、クレイのごつい指は遠慮なく蹂躙していった。  
ボタンが弾けとび、嫌な音をたててブラウスが破かれた。  
荒っぽく胸を揉みしだきながら、もう片方の手で乱暴にスカートを捲り上げる。  
下着をひき下ろされたかと思うと、間髪いれずにクレイのものがねじこまれた。  
 
「・・・あぁっ!」  
 
体を裂かれるような痛み。  
ソファーの肘掛に、爪が割れるほどにしがみつく。  
血だか愛液だかわからないものが太ももを伝い、クレイの腰の動きに呼応するようににじみ出る。  
クレイのものは、さっき果てたばかりだというのにもう復活して、わたしの中をえぐるように暴れていた。  
獣の姿勢でソレをくわえ込まされているわたし。  
粘膜を激しくこすられ、痛みとかすかな快感に翻弄されながら、わたしは浮かんでくる涙と嗚咽を必死にこらえる。  
もう、悲しいのか嬉しいのかわからない。  
ぐちゃぐちゃな感情のまま、耳元で、歯を食いしばって咆哮するクレイの声を聞いていた。  
 
脚の間から、とろとろとこぼれるもの。  
わたしのものではない、さっき飲み込んだのと同じ色の液体。  
伝うにまかせ、うつぶせていたソファーからのろのろと身を起こす。  
 
ソファーに深く身を沈めたままだったクレイは、深淵を覗き込むような暗い眼をしていた。  
起き直ったわたしを見て、我にかえったようにびくっとするクレイ。  
 
「マリーナ、おれ、あの」  
「言わないで」  
 
即座に言葉を封じこめる。  
言おうとしたことはわかってるわ。  
 
「わたしは今、あなたの幼馴染じゃない。  
 卑怯で淫乱で最低な・・・ただの女よ」  
 
どちらにしても、もう二度とこの人に触れることはないわ。  
最後の思いを伝える。  
あらん限りの情熱をこめて、鳶色の瞳を見つめることで。  
 
「あなたが悪いんじゃない。  
 もう・・・忘れて」  
 
陳腐な言葉でしか言えないけど、幸せだったわ。  
最初で最後の、クレイから求められた激情。  
例えそれが気の迷いであったとしても。  
あなたが愛情でなく欲望だけに踊らされていたとしても。  
・・・  
わたしは忘れない。  
 
時計の針は、今日と明日の境目をまたごうとしていた。  
もう、獲物を解放してあげなきゃいけないわね。  
自分で仕掛けた罠には、自分で責任を持たなきゃならない。  
 
あなたの前で、いつもどおり笑って、今までと同じように接すること。  
それが、これまで生きてきて、一番つらくて一番苦しい罰。  
味わった刹那の快楽の、受け取った瞬間の幸福の、重い代償。  
 
ぷるぷるっと頭を振って髪をさばくと、わたしは精一杯にっこり笑った。  
 
「じゃあわたし、シャワー浴びてくるわね!  
 クレイも浴びるなら後からどうぞ」  
 
突然のわたしの態度の変貌にぎょっとしたようなクレイ。  
 
「あ・・・あぁ」  
「台所にコーヒーあるから、飲んでいいからね!  
 そろそろ皆帰ってくるんじゃないかしら?  
 クレイが来ないから、皆心配してるでしょうね」  
 
出来る限り天真爛漫に声を張り上げ、戸棚を開けてバスタオルを取り出す。  
 
「はい、クレイ。いくわよ!」  
 
もう1枚をソファーのクレイに放り投げた。  
慌てて受け止めるクレイ。  
その瞳の影が薄まっているのを確認して、くるりと回れ右をする。  
 
大丈夫よ、もう大丈夫。  
意識的にあげた口元でつぶやきながら暖簾をくぐる。  
服を脱ごうとして、ブラウスがビリビリだったことに、今更気づく。  
見ないようにして脱ぎ捨て、頭から熱いシャワーをかぶった。  
 
わたしは罪人です。  
わたしは、やさしいあの人を傷つけるだけ傷つけた。  
自分に刃をつきつけるような真似をして、あの人のやさしさを利用した。  
 
涙も、苦しみも、悲しさも、何もかも流してしまえたらいいのに。  
後から後から涙があふれてくる。  
わたしは鞭打たれるようにうなだれ、強い水滴に打たれ続けた。  
 

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