みすず旅館を、夜明けの明るい光が射す。  
朝一番の冷たい井戸水。  
俺は誰もいないのをいいことに、盛大に水を跳ね散らかしながら顔を洗った。  
ブルーのタオルで濡れた顔をぬぐって、一息。  
 
昨日は、我ながらうまくいった。  
多少の個人的引っ掛かりはあるけれど・・・ま、これでパステルの100%満足顔を拝むことができるなら安いもんだろう。  
 
トラップがパステルのことを好きだったことくらい、鈍い俺にだってわかってる。  
というより、あんなにわかりやすい奴もそうそういないんじゃないか。  
彼女が迷えば率先して追いかけ、ドジれば一番乗りで突込み、泣きそうな顔を見て大喜び。  
・・・ガキなんだよな。  
そんなわかりやすいトラップとは違い、とにかく感情を隠し続けたのは、俺。  
 
正直なところ、パステルの俺への気持ちには気づいてたんだ。  
まっすぐでひたむきな恋心は知っていたけど、トラップへの遠慮もあって。  
もう、随分と長いこと、気持ちを押し殺してきた。  
妹を心配する兄、を演じながら。  
 
パステルに感情の封印をとかれた、あの日まで。  
 
 
「クレイ、大丈夫?お粥作ってきたよー」  
 
にっこり笑いながらドアを開けたのは、木盆にお皿を乗せたパステル。  
 
「だいぶ顔色良くなってるよぉ。キットンの薬効いたみたいだね。  
 どう?ごはん、食べられるかなあ?」  
「んー・・・大丈夫・・・」  
 
不甲斐なくも俺は、風邪をこじらせて寝込んでいた。  
こんな陽気になんでかって?  
聞くなよ。聞かないでくれ。  
不幸の戦士という二つ名を遺憾なく発揮しただけだ。  
普通に道を歩いただけで、水をまいてる奥さんに直撃を食らった、だけ、だ・・・  
はぁ。  
最近疲れ気味だったせいか、一気に風邪を引き込み。  
キットンの不気味な丸薬のおかげで熱はさがってきたが、まだ全快ではないようだ。  
 
「いいよ、無理して起きなくても。そのまま食べてよ。はい、あーん♪」  
「あ、ありがとう」  
 
ベッドの縁に腰掛けたパステルは、にこにこしながら一口、二口と俺の口にスプーンを運んだ。  
で、でも照れるんだよな。  
いかに看病とはいえ、好きな女の子に手ずから食べさせてもらうなんて、なかなかない機会なもんだからさ。  
 
「あれ、クレイ。まだ顔赤いみたいだよ?」  
 
いやあの、これは照れてるからであって。  
さすがにそんな言い訳を口にはできない俺の気も知らず、つとスプーンを置くパステル。  
額にひんやりとした手があてられる。  
 
「まだ熱あるのかな?  
 あぁ、体温計持ってくるんだったなあ。忘れてた」  
 
てへっ、と照れ笑いした顔が迫ってきた。  
かと思うと、手のひらのかわりに額にこつん、と触れたのはパステルのおでこ。  
柔らかいはちみつ色の髪と、甘い香りが鼻をくすぐる。  
熱の後遺症でぼおっとしていた頭は、その刺激にあっさりと負けた。  
身を起こそうとしたパステル。  
それを許さず、俺の顔の脇についていた細い手首をつかむ。  
 
「・・・パステル」  
「え?なあに?クレイ」  
 
戸惑う無防備な表情。  
右手で手首をつかんだまま、左手をパステルの襟足にまわしてぐいと引き寄せ、一気に口づけた。  
初めて味わう柔らかい感触に駆り立てられ、舌先で唇を割る。  
逃げようとする舌を捕らえる。  
背ける顔をこちらに向かせてぐっと吸い上げると、荒い呼吸の合間に吐き出される甘い吐息。  
布団をはねのけると、俺に覆いかぶさる形になっていたパステルを、身を反転させて抱き込む。  
 
「俺はね、ずっとパステルが好きだった。  
 パステルも俺のことを好き・・・だよな?」  
 
自分で聞いておきながら、臆病な俺。  
パステルの返答が怖くて、何か言いたそうに半開きになりかかった唇を再びふさぐ。  
自分の鼓動が脳天まで響き、心臓が口から飛び出しそうだ。  
 
「例えそうじゃなくても・・・好きに、させてみせるよ」  
 
ここまで来たら、もう後には引けない俺の、精一杯の強気。  
女の子に触れるのも口づけるのも初めてのはずの自分を、今は一時忘れることにする。  
胸に手を伸ばすと、びくりと震える体。  
片手で髪をなでてやりながら、もう片手でTシャツをまくりあげる。  
唇を解放した代わりに、舌を胸の突起にはわせると、少しずつ荒くなる息。  
既にまくれあがったスカートの中を探り、下着の上からその部分をなで上げてみる。  
 
「・・・ひゃ・・あ・・・っ・・・」  
 
軽い悲鳴のような吐息とともに、押し出されたのは生暖かい体液。  
感じてくれている、という興奮に心臓が弾み、思わず俺はパステルの脚の間に屈みこんでいた。  
下着の上からそっとキスする。  
唾液をたっぷり含ませ、布の感触を楽しむように舐め回してやる。  
すると、俺の唾液とパステルの愛液を含んだ薄い下着は、ほどなくパステルのその部分をトレースするようにくっきりと浮かび上がらせた。  
 
「こんなに・・・気持ちいいの?」  
 
うるんだ瞳で上目遣いに俺を見つめ、コクンとうなずくパステル。  
あまりの素直さに拍子抜けしながら、もしかしてこれは・・・と気づく。  
初めてだろうにこんなになるとは、パステルって、実はすごく感じやすいんじゃ?  
もう下着として機能していない布を脱がせ、無防備になった脚を割る。  
堅くなった部分を、襞の周囲を、やさしくやさしく撫ぜ、漏れてくる液体をなすりつけ続ける。  
パステルは喘ぎながら、それ以上進もうとしない俺に懇願するような眼を向ける。  
 
「どうしたの?パステル」  
「・・・ん・・・っ・・・クレ・・イぃ・・・」  
「もっと欲しいの?」  
「・・い・・じわるぅ」  
 
ベッドに伝うほどに蜜をあふれさせながらも、可憐な表情で顔を背けるパステル。  
いとおしさのあまり、気が変になりそうな俺。  
 
「欲しい、って言って」  
「・・・恥ずか・・しいよぉ・・」  
 
全身を俺にさらけ出しながらも、それでも恥らう姿。  
自分のどこから、こんな言葉が出てくるんだろう?  
俺は自分自身をすっかり見失っていた。  
 
「やめちゃうよ?いいの?」  
「・・やだぁ・・・・・・欲し・・い」  
 
怯えたような、でも艶っぽく甘えたような眼の色。  
パジャマと下着を脱ぎ、開かせた細い脚の間に、俺自身を割り込ませる。  
そのままの姿勢でパステルに覆いかぶさると、唇を触れる寸前で止める。  
 
「俺を好き?」  
「・・クレ・・イ・・」  
「好きだって、言って」  
 
先端から我慢を滴らせる俺自身。  
限界まで焦らす俺の首っ玉にしがみつき、唇に吸い付きながら、パステルは言った。  
 
「・・・クレイ・・ずっ・・と・・・好きだったのぉ・・・」  
 
その甘い声に答えるように、一気に突きこむ。  
襞を押し分け、なにかがはじけ飛ぶような感触に身をゆだねた。  
 
 
 
それ以来。  
俺とパステルは恋人同士となった。  
ただ俺は必要以上に照れてしまって、皆の前では今までと全く同じ態度だから、  
傍から見ると今までと同じだろう。  
 
しかし。  
ふたりになった途端、淫乱という言葉がこれ以上ないほどふさわしく・・・乱れるようになってしまった。  
・・・あの清純だったパステルが。  
 
「ねぇクレイ、今日、誰もいないよぉ?」  
 
は、初めて男を知った子って、こうなるもんなのか?!  
そりゃあ初めて抱いたのは俺だけどさ。  
なんかサカリのついた猫・・・って感じで、初めはあまりに戸惑ったもんだが・・・  
ふたりになればせがまれ、夜になればせがまれ。  
パステルが初体験だったはずなのに、いつの間にか、世慣れた態度をとれるようになった自分にも驚く。  
断っておくが、俺はあれからもパステルしか抱いていないし、他の女性は知らないんだけど。  
ただ、俺の中にある、どこか嗜虐的な部分が目覚めたのは否定しない。  
 
そして、あの事件が起きたんだ。  
いや、事件と呼んではトラップに悪い。  
言うなれば、俺がトラップをはめたというべきか・・・  
出勤日を間違えてバイト先から戻った俺に、いつものようにせがむパステル。  
仕方ないなぁとコトにおよびかかったその時、帰ってきたのはネギしょったカモならぬトラップだ。  
「ねぇ、クレイ?トラップも一緒だともっと良くないかなあ?」  
 
なな何を言い出すんだ、この子は。  
思わず頭を抱えたくなったが、しかし。  
新しいおもちゃを欲しがるような無邪気なおねだりに、小悪魔的上目遣いは一撃必殺。  
ま、いいか。  
俺は苦笑しながらも、かわいいパステルのために一肌脱ぐことにした。  
トラップは、俺が帰っていることには気づいてないはず。  
ドアをほんの少し開け、罠をはる。  
盗賊のトラップだって、パステルがからんじゃイチコロだ。  
案の定この罠にはあっさりかかってくれ・・・おちるとこまでおちてくれた。  
お前が流されやすい性格で良かったよ。  
 
独占できない状況下に軽く嫉妬を感じないでもないが、この際いいじゃないか。  
すまないな、トラップ。  
俺、もう最近、本気で保護者な気分なんだよ。  
この子が欲しいってものは全部与えてやりたい。  
食べてみたいってものは全部食べさせてやりたい。  
この子の笑顔が見られるなら、何もいらない。  
俺はただただ、パステルの笑顔が見たいだけなんだ。  
軽くヤバい状態のような気もするが、追求するのは怖いのでひとまずおいておく。  
 
タオル片手にぼけっとしているうちに、高くあがってきた太陽。  
さて、今日も新しい1日が始まろうとしている。  
 

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