(注意:前作からそのまま続いています。「温泉編」を先にごらんになってから読んでください)  
 
 
 男部屋をノックすると、クレイ達が困惑した顔で出てきた。  
 クレイとキットンだけ。ノルは馬小屋で寝てるから最初からいないけど、トラップは……  
 あ、寝てる。……やっぱり、昨夜寝れなかったから?  
 昨日、わたし何をしたんだろ? 何で、トラップはわたしの部屋にいたんだろう?  
 何で、わたし、トラップのことを、だ、抱きしめ? てたんだろう……?  
「おはよう。朝ごはん、食べようと思って。ルーミィがお腹空かせてるから……」  
「ああ。それは構わないけど……」  
 クレイは困ったようにトラップの方を見てから、わたしに目をやった。  
「パステル、あいつが昨日どこにいたか知らないか? 一晩中どこかに行ってたみたいで……戻ってき 
たらああなんだよ。何しても起きそうにないんだ」  
 ううっ。まさか「わたしの部屋にいました」なんて言えないよう……  
 それに、わたしにもよくわからないんだよね。本当に、昨日何があったんだろう……  
「さ、さあ。知らない。どうせ出発までにはまだ間があるし。それに、せっかく来たんだから、何なら 
もう一泊くらいしていってもいいんじゃない? 滅多にこんなところ来れないんだし」  
 わたしが言うと、クレイとキットンは顔を見合わせていたけど。  
「ま、トラップの奴がどうしても起きなかったら、それも考えるか」  
 と言いながら部屋から出てきた。  
 いつもなら、朝ごはんと聞けばとびおきるはずなのに。やっぱりトラップは起きそうになかった。  
 今朝のトラップの言葉。「おめえはもうぜってー酒は飲むな」……昨日、わたしはトラップに何をし 
たんだろう……?  
 考えると、頭がずきずきしてきた。うーっ、一体何なのよう。  
 
 その依頼が舞い込んだのは、朝ごはんを食べているときだった。  
 この宿には、今お客さんはわたし達しかいないから、ご飯ものんびり食べれていいね、なんて言って 
たんだけど。  
 そのとき、宿のご主人がすごく困った様子で声をかけてきたんだ。  
「失礼ですが……あなた達は冒険者なんですよね?」  
「はい、そうですけど」  
 突然かけられた言葉にクレイが振り向くと、ご主人は飲み物を載せたお盆をテーブルに置いた。  
「あの、これ頼んでませんけど……」  
「あ、これは私のサービスです。あの……お客さんにこんなことを頼むのはまことに心苦しいのですが、 
一つお願いしたいことがあるんです。よろしいでしょうか?」  
 ここで、あの現実主義者のトラップでもいれば「いくら出す?」なんて言ったんだろうけど、幸いな 
ことに今は基本的にお人よしな人たちしかいないもんね。  
 クレイはにこにこしながら「はい、どうぞ」なんて言っちゃってるし。  
「実は、ですね。あなた達が取ってきた薬草なのですが、大変に高い効果があることがわかりました。 
医者にも見離されたような患者にも効くということです。  
 薬屋は私の友人なのですが、ぜひとも、あなた達にもっとたくさんの薬草を取ってきていただきたい、と」  
 へーっ、あの薬草ってそんなに効果があったんだ。  
 ご主人が言っている薬草っていうのは、もともとわたし達がここに来ることになった目的のもので。 
この近辺の山奥にだけひっそりと生えているっていうのを、キットンが調べてきたんだよね。  
 ただ、そこにいたるまでの道のりは、結構険しい。モンスターが出るわけじゃないけど、道なんかあ 
ってないようなものだったもんね。確かに、普通の人が取りにいくのはちょっと辛いかも。  
「あの、まことに図々しいお願いとは承知しているのですが……薬屋は、薬草一つにつき言い値で買い 
取ると言っておりますし。もし聞いていただけるのでしたら、宿代の方は半額にさせていただきます」  
 
 えっ、嘘っ!  
 あの薬草って、結構高いお金で買ってもらえたんだよね。そのおかげでわたし達、この宿に一泊でき 
たんだし。  
 それが、取ってきただけの薬草を買い取ってもらえて、おまけに宿代も半額になるなんて!!  
 幸い、一度取りにいくのには成功してるんだし。  
「いかがでしょう?」  
 ご主人はおそるおそるって感じだったけど、わたし達に迷う理由なんか何もなかったんだよね。  
「もちろん、お引き受けします」  
 クレイの言葉に、反対する人は誰もいなかった。  
   
 というわけで、早速わたし達は出かけることにしたんだけど。  
 その前に、あの人を起こさないとね。  
 言うまでもないだろうけど……トラップ。  
 結構のんびり朝ごはんを食べてたのに、部屋を覗いてみたら、まだ寝ていた。  
 うーっ、もしかして、昨日全然寝てなかったの? それ、わたしのせい?  
 だとしたら申し訳ないけど……でも、謝るのは後にしよう。  
「トラップ、起きて起きて」  
 全員が準備を整えてもまだ起きようとしない。  
 クレイとキットンで薬屋さんまでこれから薬草を取りに出かける報告に行ってしまって、ルーミィと 
シロちゃんは表でノルと遊んでいる。  
 結果、トラップを起こすという1番難しい仕事をわたしがやる羽目になってしまった……まあ、しょ 
うがないけど。  
「トラップ、ほら、起きてってば。出かけるよ!!」  
 がばっと布団をひきはがした。いつもなら、このへんで「あーっ、うっせえな」とか何とか言いなが 
ら渋々身体を起こすんだけど。  
 何故か、今日のトラップは、自分の体を抱きしめるようにして身を丸めたまま、起きようとはしなか 
った。  
 
「……トラップ?」  
 どうしたの? 何か様子が……変。  
 わたしはトラップの腕をつかんで、思わず悲鳴をあげてしまった。  
 その身体は、物凄く熱くて……さらによく見れば、トラップは寝ているんじゃなくて、真っ赤な顔で 
汗をだらだら流しながらうめいていたのよっ。  
 慌てておでこに手をあててみた。……熱いっ。すごい熱……!!  
「クレイー! キットン!!」  
 叫びながら、わたしは部屋をとびだしていた。  
 ひきはがした布団をかけなおすことすら忘れてた、ということに気づいたのは、わたしの声に驚いた 
クレイ達が戻ってきた後だった。  
   
「あーこれは……風邪ですね」  
 再びトラップが寝ている男部屋。  
 わたしがはがしたままだった布団はきちおんとかけなおされて、その額には冷たいタオルがあててあ 
る。  
 トラップは、目を閉じて荒い息をしながら……眠っていた。  
 ううっ、どうしよう。もしかして、トラップが風邪ひいたのって……わたしのせい?  
 今はそんなに寒い時期じゃないけど、夜は結構冷えるもんね。一晩中冷たい床に座ってたんだもん。  
「いやーしかしトラップが風邪ひくなんて珍しいですね。40度近くありますよ、熱。まあ、危ない感染 
症などは患ってないようですから、薬を飲んでゆっくり休めばすぐに治るでしょう」  
 言って、ぎゃはは、と笑い声をあげるキットン。  
 もーっ、何がおかしいのよっ!!  
「そうか……でも困ったな。トラップがこの調子じゃあ……」  
「いえーでも、わたしとしてはですね。一度受けた依頼ですし、それに昨日一度行った場所ですから、 
トラップがいなくても何とかなると思いますよ。あの薬草を飲めばトラップだってすぐに元気になると 
思いますし、やはり行くべきではないかと」  
 考え込むクレイに、キットンが珍しく熱心に言った。  
 薬草のこととなると人が変わるからねえ、キットンは……  
 
 しばらくどうしよう、どうしようって悩んでたんだけど。  
 薬屋のご主人と宿屋のご主人、すごく喜んでたもんね。期待を裏切るのは申し訳ない、ってことで。  
 誰か一人がトラップの看病に残ることにして、残りの皆で薬草を取りにいくことになったんだ。  
 で、誰が残るかっていう問題なんだけど……  
「そりゃあ、パステルでしょう」  
 あっさり言ったのはキットンだった。  
「万が一にも危険な動物が出ないとは限りませんから、クレイやノルにはどうしても行ってもらわない 
と困りますし、私がいないと薬草の保存方法がわからないでしょう?  
 かといって、ルーミィやシロちゃんにトラップの看病なんてできるわけありませんしね」  
 ううっ、そうだよね。残るとしたら、わたししかいないよね。  
 でも、トラップが風邪ひいたのはわたしのせいみたいだし……しょうがないか。  
 最初、わたしが残ると聞いて「るーみぃもー!」とかちょっとした騒ぎが起きたけど。  
 ルーミィが騒ぐとトラップの身体によくないだろう、ってことで、クレイが何とかなだめてくれた。  
 ありがとうね、クレイ。きっといいお父さんになれるよ!  
「じゃあですね、パステル。食事が終わったら、この粉末を水に溶かしてトラップに飲ませてください。 
わたしが作った解熱剤なんですが、一時的ですが効果は抜群ですので」  
 というわけで、キットン特製の薬を残して、みんなは薬草取りへと出かけていった。  
   
 看病といっても、トラップはずっと寝てるし。  
 時々汗を拭いたり、タオルを水にひたして取り替えたりする以外やることは無いんだけど。  
 枕元でじーっとトラップの顔を見てると……トラップって意外とかっこいいなあ、とか。  
 黙っていればかなりもてるんじゃないかな? とか。  
 何故かそんな考えばっかりが浮かんできちゃって。  
 ううっ、わたしどうしたんだろ? 何か変だよね……昨日から。  
 そうして、何回目かに顔に浮かんだ汗を拭こうとして気がついた。  
 うわっ……トラップの服、汗でびしょびしょ……  
 もうね、しぼったら水が滴りそうなくらいすごい汗。大丈夫かな。こんなに熱があるんだもんね。  
 着替えさせた方がいいんだろうけど……うっ、わ、わたしが?  
 当たり前だよね、他にいないんだもん。で、でも……  
 
 ええい、迷ってる場合じゃないっ。こんなびしょぬれの服のままじゃ、ますます具合が悪くなっちゃ 
う。  
 ちょっとトラップの方を見たけど、相変わらず彼の目は閉じられたまま。  
 荒く息をつく唇は、かさかさに乾いていて……風邪のときは、ぬるま湯を飲ませるといいんだっけ?  
後で持ってこよう。  
 ちょっと後ろをうかがった後、トラップのカバンを開けてみた。乱雑にものがつめこまれた中に、着 
替えが混じってる。  
 なるべく着せるのが簡単そうな服を探したんだけど、上から被るタイプのシャツは、万歳の形にさせ 
ないと着せられないし。わたしの力じゃ、ちょっと辛いかな?  
 しょうがない。ごめん、クレイ。  
 心の中で謝って、クレイの前ボタン式のシャツを一枚借りることにする。  
 トラップにはちょっと大きいかもしれないけどね。しょうがないか。  
「と、トラップ……ちょっと失礼するね」  
 もしかして、わたし、すごく大胆なことしてない?  
 寝てるトラップに謝りながら、わたしはなるべく見ないようにしてトラップの上半身を無理やり起こ 
した。  
 ここまでされるとさすがに彼もうっすら目を開けたけど……自分が何されてるかよくわかってないみ 
たいで、そのままぐたっと壁にもたれかかった。  
 ごめんねっ、すぐにすむから。  
 そのまま、彼の汗ではりついたシャツを無理やり脱がせる。  
 うーっ、やりにくいっ。トラップ、お願いだから自分で脱いでええええ!!  
 心の叫びが通じたのか、わたしが一生懸命シャツをひっぱってると、トラップの腕がだるそうに動い 
て袖を自分でぬいてくれた。  
 ……起きた?  
「トラップ、大丈夫?」  
「……んだよ……寝かせろよ、うっせえなあ……」  
 すっごく辛そうなトラップの声。ああ、でもよかった。意識はちゃんとはっきりしてるみたい。  
 熱があがりすぎると、完全に意識が混濁するってキットンが言ってたもんね。そこまであがりきって 
はいない、って考えていいのかな?  
「駄目だよ、汗びっしょりだもん。着替えないと」  
 言いながら、わたしはタオルを手にとってトラップの上半身を拭いた。  
 
 ……見てない、わたしは何も見てないからねっ!!  
 ううっ、だけどタオル越しに伝わってくるのは、細いわりに意外と筋肉のついた胸だとか。やっぱり 
男の子なんだなあ、とか、そんな雰囲気で。  
 ……やっぱり、クレイかキットンに残ってもらうべきだったかも……  
 四苦八苦しながら汗を拭いてクレイのシャツを着せると、トラップはまた崩れるようにベッドの中に 
もぐりこんだ。  
 もう一度額に手をあててみたけど、やっぱり熱い。少しは熱、下がったのかな? 上がったりはして 
ないよね……?  
 そんなことをしているうちに、気がついたらもうお昼になっていた。  
   
 宿のご主人に事情を話して台所を借りると、おかゆを作ってみた。  
 風邪のときは、やっぱりこれでしょう!  
 後、ぬるめに冷ましたスープ。あんなに汗をかいてるんだもん。水分補給は、ちゃんとしないとね。  
 わたし自身のご飯は……残り物かな? ははっ……  
「大変ですねえ。風邪ですって?」  
 言いながら台所に入ってきたのは、宿のご主人。  
 「薬草を取りにいってもらったお礼です」って言って、おかゆの材料とかは無料でわけてくれたんだ 
よね。いい人だあ……  
「はい。でも、大人しく寝ていれば治ると思いますから」  
 言いながら、そういえば今朝も飲み物をおごってもらったことを思い出す。  
 いいご主人だよね。ちゃんとお礼言っておかないと。  
「あの、今朝はおいしいジュースありがとうございました」  
「いえいえ。こちらこそ面倒なことをお願いして……お口にあいましたか?」  
「はい、とっても。ここの飲み物、おいしいですよね」  
 そういえば、昨日温泉に入るときに飲んだジュースもおいしかったなあ。もう一度飲みたいかも。買 
っちゃおうかな?  
 
「あの、昨日の夜に買ったジュース、またもらってもいいですか?」  
「え? 昨日の?」  
「はい」  
 昨日買ったジュースは、ここの宿で買ったものなんだけど。  
 わたしがそう言うと、ご主人は怪訝な顔をして言った。  
「あれは、ジュースじゃないですよ?」  
「……え?」  
「あ、もしかして気づいておられなかったんですか? あれは『チューハイ』といいましてね。ここの 
名物なんですが、ジュースみたいなんですけどれっきとしたお酒です」  
「…………」  
「いや、そんなにお酒に強いようには見えなかったから、大丈夫かな、とは思ったんですけどね。そう 
ですか、気づいてなかったんですか……大丈夫でした?」  
「え、ええ、まあ……」  
 「おめえは、もうぜってー酒を飲むな」  
 すごく疲れたようなトラップの声がよみがえる。  
 トラップ……本当に、本当にごめん――!!  
   
 おかゆとスープ、それにキットンの薬を溶かした水を持って部屋に戻る。  
 トラップは、相変わらずぐったりしていたけど……顔を覗き込むと、目を開けていた。  
「トラップ、大丈夫?」  
「……あちい……」  
 ああーそうだよね。熱、まだ大分あるみたいだし。  
 でも! このキットン特製の薬があればきっと楽になるよ! 頑張って!  
「あのね、お昼ご飯作ってきたよ。食べて」  
「いらね……」  
「駄目だって! ちゃんと食べないと!! ほら!!」  
 わたしがおかゆをスプーンに載せて口元に運ぶと、トラップはすごく嫌そうな目を向けてきた。  
 熱が高すぎて食欲が無いのかなあ……でも、無理にでも食べないと。体力がどんどんなくなるし、そ 
れに薬も飲めないしね。  
 
「はい、どうぞ!」  
 ぐいっとスプーンをつきつけると、トラップは仕方なさそうにぱくっ、と食べた。  
 そして……  
「熱っ!!」  
 悲鳴をあげた。  
 ……ごめんなさい。  
「ごごごごめんっ! 火傷しなかった?」  
「……おめえは……あぁ、もういいや。もういらねえからおめえが食べれば?」  
「だ、駄目だってば! ちゃんと食べないと!!」  
 もういっぱいおかゆをすくうと、念入りにフーフー息をふきかけてもう一度トラップの口元へ。  
「ほら、ちゃんと冷ましたよ! 食べて食べて」  
「…………」  
 トラップは、しばらくぼーっとわたしの方を見ていたけど、今度は大人しく口にしてくれた。  
 あれ、何だか顔が赤いよ。また熱があがった?  
「はいっ、どんどん食べてねー」  
「……っ……わあったよ。自分で食うから貸せっ」  
 わたしがもう一度フーフーしようとすると、お茶碗ごとトラップに取り上げられてしまった。  
 もう、何よっ。それなら最初から素直に食べてよね。  
 でもよかった。朝よりは元気になったみたいで。  
 食べてる間、手持ち無沙汰だったので、今朝のことを話してみる。  
 クレイ達が薬草を取りにいった、と聞いて、トラップは「けっ、薄情な奴ら」とつぶやいたけど。  
 それ以上は何も言わなかった。……何か考えるのも、辛いのかもしれない。  
 トラップは、そのままおかゆとスープを黙って全部食べてくれたんだけど。  
 空になったお皿とお茶碗をテーブルの上に押しやった後……最後に残ったコップと、わたしの顔を、 
交互に見つめた。  
 
「……食ったぞ……で、これは何だ」  
「お薬。キットンが作ったの」  
 緑色のどろっとした液体。よーく効くお薬……のはず。多分。  
「はい、飲んで」  
「……んな不気味なもんが飲めるか」  
 そう言うと、トラップはさっさと布団をかぶって寝ようとした。  
 もーっ! 駄目だってば。ちゃんと飲まないと!  
 そ、そりゃ確かに、ちょっと見た目はあまりおいしそうじゃないかもしれないけど……  
「駄目だよ。ちゃんと飲んで!」  
「……いらねえってば……」  
「駄目!」  
 わたしが強く言うと、トラップは渋々といった感じでもう一度身体を起こした。  
 でも、コップからは目をそらしたまま。  
「ほら、これ飲めば大分楽になるはずだから、ちゃんと飲んでよ」  
「……何でおめえ、そんなむきになってんだ?」  
「え?」  
 む、むきになってなんか……  
 ……ちょっとなってるかも。だって、ねえ。  
 わたしだって知ってる。お酒飲んでお風呂に入ると、あっという間に酔いがまわっちゃうんだよね。  
 昨日のことをわたしが全然覚えてないのは……もしかしたら……それで多大な迷惑をトラップにかけ 
たのかも、ということで。  
 ああっもう! 申し訳なさすぎて! せめて風邪が早く治るように、一生懸命看病しないと!  
「え、えとね。昨日随分迷惑かけたみたいだから……」  
「……覚えてんのか?」  
「いや、全然覚えてないんだけど……ね」  
 これは本当。もう見事なくらい、記憶がすぽんと抜けてる。  
 うーっ、昨日わたしは本当に何をしたんだろう? お風呂に入ってジュース……みたいなお酒を飲ん 
で。  
 その後……?  
 わたしがそう言うと、トラップは深々とためいきをついた。  
「わぁったわぁった。覚えてねえんならその方がいいよ。んで? おめえは俺に多大な迷惑をかけてお 
きながら、その不気味な物体を飲め、とこう言うんだな?」  
 そ、そんな言い方しないでよっ。  
 これは薬なんだから。くーすーり!  
 
「トラップのためなんだって。よく効くってキットンが言ってたもん。トラップだって、熱が下がらな 
いと辛いでしょ?」  
「……まあな。あー、そうだな……」  
 トラップはしばらく考えてたみたいだけど、やがて、にやりと笑った。  
 ……嫌な予感。トラップがこんな顔するときって、絶対ろくなこと言わないんだよね。  
「おめえが飲ませてくれるんなら、いいぜ」  
「……え?」  
「だあら、おめえが口移しで飲ませてくれるんなら、飲んでもいい」  
 ……口移し?  
 ってなななななな何を言ってるのよっ!!  
 言われたことを理解した途端、ぼんっ、と顔に血が上る。  
 くっ、口移しって、それって。つまり、きっ……キスじゃないの! ようするに。  
「嫌ならいいぜ。飲まねえから」  
 わたしの様子を見て、トラップはにやにや笑ったまままた布団にもぐろうとする。  
 うーっ、どうせできないって思ってる! からかわれてる絶対!!  
「いいわよ」  
 気がついたら、わたしは言ってしまっていた。  
 トラップの背中が、硬直する。  
「いいわよ。やってあげる」  
 わ、わたしってば何言ってるのー!!  
 だけど、だけどっ……  
 不思議だった。不思議なくらい、「嫌」って思わなかったんだよね。トラップならいいかな、それで 
トラップが元気になってくれるのなら、いいかな、って思えたんだ。  
 ……変、だよね。いくら薬を飲ませるためだからって……  
 あれ? わたし、もしかして……  
 トラップのこと……  
「おめえ、その冗談は笑えねえぜ。病人をからかうなよ」  
「じょ、冗談じゃないわよっ」  
 ゆっくりとこっちを振り向くトラップ。  
 うーっ、もう後にはひけないっ!  
 わたしは、コップの中の液体をぐっと口に含むと……ゆっくりと、トラップの唇にくちづけた。  
 
 わずかに開いたトラップの唇。  
 ちょっと乾いていて、熱い。  
 自分の口に含んだ薬を、そのまま流し込もうとしたんだけど。  
 うっ、うまくいかないっ……ど、どうやればいいの? これって……  
 わたしがひとりであたふたしてると、トラップの手が、わたしの頬に触れて。  
 そして。  
 少し開いたわたしの唇。その中に、何か熱いものが侵入してきて……  
 こっ、これって、これって……トラップの……  
 そのまま、わたしが含んでいた液体は、からみとられるようにして……トラップの口の中に、消えた。  
 ごくん、という音。  
 トラップの唇の端から、一筋、つーっ、と薬が流れ落ちる。それをぺろっとなめとって、  
「……まずい」  
 一言つぶやいて、にやり、と笑った。  
 彼の視線は、わたしが持っているコップに向いている。中には、まだ半分ほど薬が残っていて……  
「全部、飲ませてくれんの?」  
「……うん」  
 答えながら、わたしは残りの薬をぐっと口に含んだ。  
 二度目のキスも……熱かった。  
 キットンの薬は確かに美味しくなかった。実際に口に含んでみてわかったけど、見た目を裏切らない 
味だった。  
 でも、効き目は抜群だったみたい。そうして、わたしが全部薬を飲ませ終わると……とても熱かった 
彼の手や、唇や、頬が、少しずつ、熱を失っていって……  
「よく効くな、この薬」  
 唇を離して、トラップはぽつんとつぶやいた。  
「そ、そうでしょ? 大分楽になったでしょ?」  
 言いながら、わたしは今更ながら、自分がやったことが恥ずかしくなって……  
 ううっ、わたしってば何やってるのよっ! い、いくらわたしのせいでトラップが風邪ひいたからっ 
て、こ、こんな……  
 慌てて身を引こうとしたんだけど……そのときには、トラップに、がっちりと頭を抱え込まれていた。  
 ほっぺに押し付けられるのは、トラップの胸。クレイのシャツごしに感じる鼓動は……かなり、早い。  
 
「俺さ、勘違いしちまってるぜ、きっと」  
 ぼそっ、とトラップがつぶやいた。  
 ……勘違い?  
「何……?」  
「おめえは、覚えてねえだろうけど……昨日のこと、とかさ。それに、今のこととか。いいのか? 俺、 
勘違いしちまってるぜ。おめえが俺のことを好きでいてくれてるっていう、すっげえ都合のいい勘違い」  
 ……トラップ。  
 しばらく、何も言えなかった。  
 トラップの身体がまた熱くなったのは……これは、熱のせいじゃなくて……照れてるのかな?  
 勘違い……わたしが、トラップのことを、好き……?  
 それは、多分……  
「勘違いじゃ、ないよ」  
「……あ?」  
「多分、勘違いじゃない、と思う。わたし……トラップのことが……」  
「……おめえさ」  
 わたしが言おうとしたことを遮って、トラップは腕に力をこめた。  
「頼む、言わねえでくれ。……俺に償わせてくれよ」  
「え?」  
 償い……何のこと?  
「償い?」  
「そう、償い。昨日、すげえ卑怯なことしちまった俺にできる、せいいっぱいの償い」  
 卑怯なこと? ……何だろう?  
 わたしがきょとんとしていると、トラップは、わたしの目を覗き込むようにして言った。  
「よっく聞けよ。一度しか言わねえ。後、冗談じゃねえし嘘でもねえし熱にうなされてるわけでもねえ。 
本気だからな」  
「う、うん」  
 と、トラップ……すごく真剣。  
 こんな真剣なトラップ見たのは……初めてかも?  
 
「俺は」  
 トラップは、真っ赤になって言った。  
「パステルのことが、好きだ」  
「…………」  
 言われたのは、すごく素敵な言葉。  
 夢じゃないかって思えるくらい、素敵な……ずっと待ち望んでいた言葉。  
 トラップ、本当に……? 本当だよね。さっき、本人がしつこいくらい念を押してたもん。  
 こんなことって……あるの?  
「……おめえの、返事は?」  
「わかってるくせに……聞かないでよ」  
「バーカ。おめえの言葉で聞きたいんだよ……言えよ」  
「……うん。わたし、わたしも、トラップのことが……」  
 好き、だよ。  
 その言葉は、トラップの唇に塞がれて、言葉にならなかった。  
   
「ちょっと……ちょっと、トラップ……」  
「…………」  
 トラップは何も言わなかった。  
 何も言わず……わたしをベッドにひきずりこんでいた。  
「ね、熱は……?」  
「もう下がった。おめえが無理やり飲ませてくれた薬のおかげでな」  
「こ、こんなことしたら……熱、あがっちゃうよ……?」  
「……いいんだよ」  
 ふってくるトラップの熱い吐息。塞がれる唇。  
「俺さ……ずっとおめえのこと好きだった。おめえはどうせ気づいちゃいなかっただろーけど」  
「……うん」  
 はい。全然気づいてませんでした。  
 ……そんなに前から? トラップ……  
 わたしがトラップを好きになったのは……いつなんだろう……  
 
「やっと、願いが叶ったんだぜ? ……我慢できるかって」  
「もうっ……」  
 ううっ、どうしよう。恥ずかしいのに……体が動かない。  
 やめてって言えない……やめてほしくないって、思ってるから……?  
「……それに。昨日の……」  
「え?」  
「っ……何でもねえ」  
 昨日? ……そういえば、結局何があったんだろう。  
 いいか……後で聞けば……  
 わずかに熱いトラップの手が、ゆっくりとわたしの服を脱がせていく。  
 空気に触れて、ちょっと身震いした。肩まで布団にもぐろうとしたんだけど、トラップは許してくれ 
なかった。  
「隠れるなっつーの」  
「……寒いんだもん。意地悪……」  
「安心しろって」  
 言いながら、首筋に感じる湿った感触。  
「俺が、すぐにあっためてやっから」  
「……もう。ばか……」  
 言いながら、トラップ自身も服を脱いでいた。  
 さっき、汗を拭くためにも見たけど……やっぱり、こういうときに見ると、何だか……違って見える。  
「……見る? 下、どうなってるか」  
「ばばばばばばばばばかっ!! 何言ってるのよっ!!」  
 さっ、さすがにそこまではっ!!  
 わたしが真っ赤になって目を閉じると、トラップの手が、わたしの手首をつかんで……  
 こっ、このかたい感触何っ……? か、考えちゃ駄目っ。考えちゃ駄目よパステルっ!!  
「や、やだっ。やだやだやだっ」  
「おっ、バカっ……痛いって」  
 わたしがぶんぶんと手を振り回すと、トラップは小さく笑って手を離した。  
 ううっ……でも当分忘れられない。手に残ったこの感じ……  
 
「やっぱ、おめえってさ、可愛いよな」  
「何がよう……」  
「そーいう、うぶなとこ」  
 ――ぴちゃり  
 胸にゆっくりとくちづけられて、わたしはびくりと身をよじらせた。  
 やっ……何、これ……  
 この感じ……  
「さて、おめえは俺の見るの嫌っつったけど」  
 耳に届くのは、実に楽しそうなトラップの声。  
 その手は、わたしの下着にかかっていて。  
「俺は……見てえんだよな。パステルがどうなってるか」  
 きゃあああああああああああ!!? や、やだっ、どこ触ってるのよっ!!  
 言葉と同時に、ずりおろされる下着。  
 わたしは思わず悲鳴をあげそうになったけど、トラップの唇に押し込められた。  
「大きな声出すなって。宿の奴に聞こえたらどうすんだあ?」  
 ううっ……そんなこと言われたって……  
 ぐいっ、と膝を開かれる。  
 感じる熱い視線。  
 み、見られてる……絶対、見られてるっ……  
「ばかっ、意地悪……見ないでよう……」  
「おめえが俺の見てくれるなら、見ないでやってもいい」  
「――意地悪っ!!」  
 からかわれてる、絶対からかわれてるよね!?  
 ううっ、だけど……変な感じ。  
 さっき、触られたときもそうだったんだけど。  
 熱い視線を感じて、何だか、わたしの体はだんだん熱くなってきて。  
 やっ、何……何か、あふれそう……  
 
「へえっ……」  
 目をそらしているので、トラップの表情はわからないんだけど。  
 トラップは、感心したようにつぶやくと、ゆっくりとわたしの中心部に、触れた。  
「こうなってんだ」  
 ――びくっ!!  
 やだっ……さ、触らないで。  
 今でも必死に我慢してるのにっ……  
「すげ、あふれそう……」  
 ……ぐちゅっ。  
 響いた音は……何というか、すっごく恥ずかしい音で。  
 トラップの指がもぐりこんだ。細くて器用な指。わたしの中をかきまわすようにして、奥へと進んで 
いって。  
 そのたびに、ぐちゅっ、というような音が、響いて……  
「やあっ……」  
「……やっぱ、感じやすくなってるな……」  
 やっぱ? 何のこと?  
 わたしにはトラップが何を言いたいのかよくわからなかったんだけど、聞き返すことはできなかった。  
 そのときには……もう指は引き抜かれていて。  
 そして、その瞬間。  
 わたしとトラップは、一つになっていた。  
 
「――――!!」  
 うあっ……この感じ、何……?  
 何だろう。噂に聞いていた、痛い、とかそんな辛いことはあんまりなくて。  
 むしろ……  
「あんっ……や、と、とらっぷ……」  
「……っあ……き、きついっ……」  
 うっすらと目を開けてみると、トラップは冷や汗を浮かべていた。  
「ああっ……や、ど、どうした……の? あんっ……」  
「……おめえの、中ってさ。最高すぎて……すぐ、いっちまいそう……」  
 ……ばかっ!  
 思わず拳で胸を殴ろうとしたけど、そのときには、トラップに手首をつかまれていた。  
 目の前には、意地悪な笑みを浮かべるトラップの顔。  
 ゆっくりと唇が触れる。同時に、トラップの動きは徐々に激しくなっていって……  
 わたしも、だんだん、頭がぼうっとしてきて。  
 ああ、何だろう、この気持ち。  
 これが、一つになってる、ってこと? わたし、トラップと……  
「っ……あっ……」  
 トラップの小さなうめき声。  
 わたしの中で、何かが……弾けた。  
 
 ――はあっ。  
 二人でベッドに転がりながら、同時にためいきをつく。  
 何だろう、この充実感。  
 ……不思議だよね。ちょっと前までは、思いもつかなかった。トラップと、こんな関係になるなんて 
……  
「ねー、トラップ」  
「……あんだよ」  
「あのさっ。……わたし達、恋人同士……になれたって思えて、いいんだよね」  
「……今更あに言ってやがる」  
 振り向いたとき目に入ったのは、苦笑しているトラップの姿。  
 その手が、優しくわたしの髪をなでて……  
「好きだ、っつったろ? それとも、おめえは違ったのか?」  
「っ……好き、だよ」  
「なら、それでいいじゃねえか。恋人同士、ってことで」  
「……うん」  
 改めて言葉に出すと恥ずかしいんだってば! もう……気づいてよ。  
「……ちょっと、寒いね。服、着ないと」  
「あん? 俺はもーちょっと見ていたいんだけど」  
「ば、ばかっ!」  
 もう、調子に乗らないでよね!!  
 わたしが服を着ると、トラップも身を起こして、仕方なさそうにシャツに袖を通していた。  
 ……忘れかけてたけど、トラップって病人だったんだよね。……大丈夫なのかな?  
「あ、あの……お腹空いてない? 夕食もらってこようかっ」  
「……いいって」  
 今更恥ずかしくなって外に出ようとしたんだけど。その瞬間、トラップに手首をつかまれた。  
「おめえがいれば、十分」  
「……何言ってんのよっ」  
「俺、病人だぜ? 寒くてたまんねえの。あっためてくれよ」  
 ……調子いいんだから。  
 ベッドの中で、ぎゅーっと抱きしめられて……トラップのぬくもりに包まれているうちに。  
 何だか、わたしはとろとろと眠くなってきて……  
 ふと隣を見れば、いつのまにか、トラップも目を閉じている。  
 ああ、寝ちゃ駄目だって。クレイ達が帰ってきたらどうするの……寝ちゃ……  
 
 ――バタンッ  
「ただいま、パステル。トラップの調子は……ど……」  
 目が覚めたのは、ドアの開く音だった。  
 うーっ、何だろ……?  
 わたしが眠たい目をこすって身を起こすと……ドアの前で硬直しているクレイと、ばっちり目があっ 
てしまった。  
「クレイ、どうしたんですか?」  
「くれぇー。ぱーるぅはー?」  
 姿は見えないけど、クレイの後ろから響くキットンとルーミィの声。  
 クレイは、強張った笑みを後ろに向けて……そして、わたしの方をちらっと見ると、真っ赤になって 
言った。  
「ごめん、お邪魔しましたっ」  
 バタン  
 再び閉じられるドア。もー、何なのよ……って……  
 はっ。  
 わたしは慌ててまわりを見回した。  
 わたしは、トラップのベッドで一緒に寝ていて……  
 そして、隣では、そのトラップ当人も、しっかり寝息をたてていて……  
 服だけは着てたけど、その、これは、どう見ても……ねえ……  
「く、クレイ、待って! これはっ……」  
 誤解、と言いかけて口をつぐんでしまった。だって、誤解じゃないんだもん。  
 それに、ベッドから出ようとして気づいた。トラップの手が、わたしの手首をしっかり握っている。  
 もーっ、ばかばかばかっ!! 見られちゃったじゃないのー!!  
 ぽかぽかとトラップの頭を殴ると、トラップもゆっくりと目を開けて、  
「ってえな……あにすんだよ……」  
「ばかあっ!! クレイ達が帰って来たの!! 見られちゃったじゃないのっ!」  
「ああん?」  
 トラップは、乱れた赤毛をばりばりかきむしっていたけど、ふんと鼻で笑った。  
 
「いいじゃねえか。どうせ黙ってるわけにはいかねえし。見せつけてやれば」  
「ななな何言ってるのよー!!」  
「あんだ? おめえ、俺と恋人同士になるの、嫌なのか?」  
 ……嫌、じゃないけど……  
「じゃ、いいじゃねえか」  
 そういう問題じゃないんだってば!!  
 ゆっくりとキスしてくるトラップの頭をはたき倒して、ベッドからおりた。  
 と、とにかくっ! ちゃんとクレイ達に話さないと……ちゃんと……  
 ……あれ?  
「パステル?」  
 あれ、何? ……何か、床がぐるぐるまわって……  
 熱い……  
「おい、パステル!!」  
 トラップの声を聞きながら、わたしは床に倒れこんでいた。  
   
「風邪、ですね」  
 ベッドの傍らに告げたキットンが言った一言。  
 その一言に、まわりに立っていたクレイが呆れたようにためいきをついた。  
 ルーミィとシロちゃんは、何が何だかよくわかってないらしく、「ぱーるぅ? かぜなんかあ?」と 
言っている。  
 トラップは……そっぽを向いていた。  
 もーっ! 誰のせいだと思ってるのよ!!  
「……俺達がいない間何やってたんだ、なんて聞くつもりはないけどさあ、パステル。トラップ……何 
ていうか……いや、まあうつっちゃったものはしょうがないけど」  
 クレイは何だか物凄く色々言いたそうだったけど、結局それ以上は何も言わなかった。  
 ううう、ごめんなさい……  
 わたしは今、ベッドに横になっている。  
 物凄く全身が熱い。汗が止まらない。つまりは、この間のトラップと同じ状態。  
 トラップ本人は、もうすっかり治ってる……それって、キットンの薬のおかげだけじゃないよね、絶 
対。  
 
「まあまあ。私達が取ってきた薬草があれば、すぐに治りますって。明日には出発できるでしょう」  
 言いながらキットンが取り出したのは、この間の薬に負けず劣らずどろどろした液体。  
 ううっ、何あの色? 何で、緑の中にショッキングピンクが混じってるの?  
「はい、パステル。これ飲めばすぐに治りますよ」  
「ううう……」  
 の、飲むの? これ。胃がむかむかして、何も食べたくないんだけど……  
 わたしが躊躇していると、トラップがにやっ、と笑って、コップを取り上げた。  
「あんときの俺の気持ち、わかっただろ?」  
「……」  
 黙ってこっくり頷く。確かに、食欲が無いときにこれはきつい。  
「わあったら……おい、クレイ、ちょっと外出てろ」  
「え?」  
「バーカ、気いきかせろっつの。ほれ、キットン、ルーミィ、おめえらも出た出た」  
「ちょっとちょっと何なんですか」  
「とりゃー! 何すんだおう!!」  
 キットンとルーミィの抗議を無視して、トラップは彼らを外に追い出した。  
 最後に、クレイに向かってぱちんとウィンクをして……  
 クレイは、やれやれとためいきをつきながら言った。  
「無茶だけはすんなよ」  
「わあってるって」  
 バタンとドアが閉まる。部屋の中には、わたしとトラップの二人だけ。  
 ……何するつもりよう。  
「おわび、償い、お礼、仕返し。まあ、何でもいいけどよ」  
 言いながら、トラップはぐっと薬を口に含んだ。  
 ……風邪のときには、これ、凄く効果的かもしれない。  
 トラップの唇を受け止めながら、わたしはぼんやりと考えていた。  
 
 

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