ああ、本当に二人に会えて良かったあ……
心から安堵しながら、わたしは目の前で揺れる黒い髪を、じいっと見つめた。
ゆらゆら視界が揺れているのは、視界がいつもより高いのは、今、わたしが馬上にいるから。
もちろん、一人じゃない。自慢じゃないけど、乗馬なんてしたことないし。そもそも一人じゃ鞍の上まで上れたかどうかも怪しい。
今、わたしが無事目的地に迎えているのも、足を棒にして歩き回らずに済んでいるのも。それは全て、目の前に居る二人のおかげ。
一人はアルテア。わたしの冒険者仲間であるクレイの、一番上のお兄さん。
一人はイムサイ。クレイのもう一人のお兄さんで、わたしの前に座って、馬の手綱を握ってくれている人でもある。
クレイ本人もかっこいい人ではあるけど、お兄さん達は輪をかけて美形。背も高いし、紳士だし! あのクレイが「かすんで見えるくらい人気だった」と言われるのも納得できる!
「本当に助かりました、ありがとう」
「いや、別に構わないけどね」
「そうそう。俺達も、どうせ戻ろうと思ってたし」
わたしの何回目かのお礼に、二人は穏やかに答えて。二人同時に、にっこりと微笑んでくれた。
その笑顔の何と素敵だったことか! こんな場合だと言うのに、ボーッと見惚れたわたしを許して欲しい。
わたしが何故、それまでほとんど会話すらしたことの無い二人と一緒に居るのか、というと……理由は単純で。例によって迷子になっていたから。
今、わたしが居るのは、クレイ、そしてトラップの故郷であるドーマ。何故ここに居るのか……について詳しく語るはやめておくけど。色々な事情が重なって、わたしは、クレイの実家であるアンダーソン家に向かおうとしていた。
一人で。
……いや、無謀かなーって、自分でも思ったんだって、ちょっと。
でも、まさか「迎えに来て」なんて言えないし。何回か行ったこともあるし、何よりアンダーソン家は大きな家だから、誰かに聞けばすぐにわかるだろうって、そう思って!
わたしの読みが甘かった、ってことなんだけどね、ようするに。たははっ。
ああ、馬鹿にするトラップの顔が、目に浮かぶ……
「クレイに会いに来たんだろ?」
そんなわたしの嘆きに、気づいているのかいないのか。
馬の傍らを歩くアルテアの声は、相変わらず穏やか。
「トラップの家に泊まってるんだって? うちに泊まればいいのに。あそこの家はうるさいんじゃない?」
「あはは。いえ、でもそういうの慣れてますから」
「でも、うちに泊まってれば、道に迷うことはなかっただろうね」
ぐっ。そ、それを言われると一言も無いんですけど。
でも、ねえ。アンダーソン家って、こう言っちゃ何だけど、ちょっと格式が高すぎる、って言うか、敷居が高いんだよね。まさか、当のアンダーソン家の人達に言うわけにはいかないけど。
その意味でも、気楽に大声で笑えるトラップの家に泊めてもらえたのは、ありがたかったんだけど。
と、わたしがそんなことを考えていたときだった。
「もしかして」
声をあげたのは、わたしの前に座っていたイムサイ。
アルテアとよく似ているけど、双子ではなく年子らしい。いや、それはともかくとして。
「もしかして、パステルがうちに向かってたのって、ついにおじい様に報告に来た、ってこと?」
「……へ?」
その言葉に。わたしは、随分と間の抜けた声をあげてしまった。
おじい様……って、アンダーソンのじーちゃんのことだよね。あの、見るからに厳しそうな。
「報告、って?」
「あれ、違うの?」
馬を操りながらなのに、イムサイの声には動揺の欠片も無い。
「てっきり、『クレイと結婚させて下さい!』って、啖呵きりに来たんじゃないか、って。そう思ってたんだけど」
なあ、とアルテアに同意を求めるイムサイに。
わたしは、思わず「ぽかーん」としてしまって。
ついで、思いっきり噴き出した。
「な、な、何を言い出すんですか、いきなり! わ、わたしとクレイはそんな関係じゃ……」
「お、赤くなってる」
「かーわいい」
二人の声が見事にはもって。頬が、かーっ! と真っ赤になるのがわかった。
うー。もお! この手の誤解をされるのは、珍しくないけどさあ! さすがに本人の家族から……っていうのは、ちょっと洒落にならない!
「そんなこと、無いです! クレイとわたしは、ただの仲間でっ……」
「あれ、そうなの? ふーん。パステルは、クレイが気に入らない?」
「きっ……気に入らない、って。いえ、そういうことじゃなくて」
「我が弟ながら、結構いい男だと思うんだけどなあ」
「なあ。ちょっと頼りないけど」
「ちょっと不幸だけど」
「ちょっと優柔不断だけど」
『なあ?』
最後の一言は、二人同時、だった。
うーんっ……実のお兄さんからここまで言われるクレイって……いや、家族だからこそ、なんだろうけど。
いやでも! とにかくこの誤解はきっちり解いておかないと! 特にクレイには……サラさん、っていう、立派な婚約者が居るんだから!
「全然違います! わたしとクレイは、ただの仲間ですから」
「本当に?」
「はい!」
万が一にもアンダーソンさんの耳に入っては一大事! とばかり。わたしが何度も何度も頷いていると。
イムサイが、「ふうん」とつぶやいて……そして、アルテアに、意味ありげな目配せを送った。
……はい?
「あの」
「いや、別に。それより、だらだら喋ってたら遅くなりそうだから、近道するよ」
「そうそう。クレイも待ってるだろうしね」
そう言って。アルテアの誘導とイムサイの手綱さばきで、馬は、突然くるりと進路を変えた。
それまで歩いていたのは、いかにも「牧場の中の一本道」といった風情のある道で。でも、これから踏み出そうとしているのは、何だか余り人が通らないんじゃ……と思えるような、雑草が伸び放題に伸びた道。
あれ……アンダーソン家に向かうのに、こんな道、通ったっけ?
ちょっとおかしいな、と思ったものの。
自分の方向音痴には絶対の自信(?)を持っているわたしは、その疑問を、口に出すことはできなかった。
「きゃああああああああああああああああああああああっ!?」
どさっ、と冷たい地面に投げ出されて、わたしは、盛大な悲鳴をあげていた。
ひゃっ! な、何? 何なにぃっ!?
「ごめんね、パステル」
無防備に地面に這いつくばるわたしを見て。アルテアが浮かべたのは、ちっともすまなそうに見えない笑顔。
「さすがにさあ、弟の彼女を奪うのはどうか、って思ったから、ずっと我慢してたんだけど」
「そうそう。でも、クレイとは何でも無い、って聞いて、安心した」
アルテアの言葉をひきついだのは、イムサイ。
馬は既に傍の木に繋がれていて。二人は、わたしを見下ろすような格好で、にこにこと笑っている。
クレイ以上の長身である二人に囲まれて。わたしは、逃げることもできず、ただ傍の木に背中を預けることしかできなかった。
「あ、あの、何ですか?」
周囲の光景は、どう見ても森の中。自分の方向感覚なんて全然当てにしてないけど。でも、さすがにここがアンダーソン家の近くじゃないことは、わかる。
まさか、とは思うけど……ドーマの街から出てる、なんてことはないよね!?
「あの!?」
「何を、って。こういうシチュエーションでさあ、そういうこと聞くかな」
そう言って。
不意に、アルテアの手が伸びてきた。ぐいっ、とわたしの顎を捉えて、吸い込まれそうになる鳶色の瞳を向けて。
「つまりは、こういうこと」
いきなり、わたしのブラウスに手をかけて。そのまま、一気にボタンをはだけていった。
「き、きゃあああああああああああっ!?」
「あ、大声出しても誰も来ないと思うよ。ここは穴場なんだ」
「そうそう。いつもここ使ってるけど、誰かが来た試しなんて無いもんなあ」
逃げようともがくわたしを羽交い絞めにしながら。二人は、穏やかにとんでもないことを言った。
いつも!? いつもって言いました、今!?
「ちょっ……あ、アルテア? イムサイ!?」
「あ、ようやく俺達の名前呼んでくれたんだ。覚えててくれないかと思ってちょっと悲しかったんだよなあ」
「全く、安心した」
二人は実に息の合ったコンビだった。
アルテアが抑えに回れば、イムサイが攻めに回る。
アルテアの隙をつこうとすれば、すかさずイムサイが抑えに回る。
もともと、格闘の鍛錬なんてほとんど受けていないわたしが、立派な騎士である二人に敵うはずもなく。気がついたとき……まだ夏には早いこの季節、わたしは、ブラウスも下着もはぎとられた格好を、二人の前にさらけ出す羽目になった。
うっ……わわっ……!?
「へー。パステルって着やせするタイプなんだなあ。服着てるとわからなかった」
じいいいっ、とわたしの胸を凝視して、感嘆の声を漏らすアルテア。
「修行が足りないって。俺はわかってたよ、ちゃーんと。何しろ、この背中で直に感じていたからね」
そう言って勝ち誇ったような笑みを浮かべたのは、イムサイ。
なお、背中……っていうのは、多分馬に二人乗りしてたときのことだろう……って、冷静に考えてる場合じゃないでしょ!?
「あ、あの、冗談……ですよねっ!?」
というかそう思いたい。だ、だって! だって、これってっ……
「冗談なんでしょっ!?」
今にも泣きそうな声で懇願するわたしを見て。二人が浮かべたのは、実に微妙な笑顔。
見逃せなかった自分が、悲しい。普段は鈍い鈍いって、誰かさんに怒られてばかりなのに。
ついさっきまで、穏やかで「紳士の手本」みたいな笑顔を浮かべていた二人の頬に、ほんの一瞬だけ過ぎったのは。
どうしてか、「怖い」と感じずには居られない……獰猛な、獣のような、笑み。
「大丈夫」
震えるわたしの頬を撫でて。イムサイは、言った。
「俺達、慣れてるから」
「そうそう痛くしたりしないから」
「だから、安心していいよ、パステル」
そのまま。
節くれだった指が、すーっ……と首筋を撫でて……
乳首を、ぎりっ! とつまみあげた。
「っあっ!?」
「うわ、いい反応。君さ、もしかしたら凄い感度がいいんじゃない?」
「おい。ずるいぞ、一人だけ」
「わかってるって。すぐ交代するから」
「あっ……ちょ、ちょっと! やめっ……やめてっ……ああっ!?」
ぴんっ、ぴんっ! と、乱暴に胸を弾かれた。
多分二人としては手加減しているつもりなんだろうけれど。はっきり言って、十分に痛い。
胸にたちまちのうちに蚯蚓腫れのような痕が残るのが見えて。無性に、泣きたくなった。
な、何で?
何で、こんなこと……どうしてっ……
「いやだってば……やっ……」
「うーん。残念。嫌だ、って口では言ってるけど、君の身体はそうは言ってないみたい」
「いやぁっ!?」
ぐいっ、とアルテアの腕が、膝に回って。
そのまま、両脚を大きく広げるような格好で、ぐいっ! と抱き上げられた。
凄い力だった。背中に押し付けられる胸は、物凄く固くて。彼がどれだけ鍛えているか……わたしなんか、絶対に敵わない相手だ、ということをもう一度確認して。くらり、と、眩暈を感じた。
おかしいよ。アルテアとイムサイは、クレイのお兄さん。今までに何回かしか会ったことがなくて、でも、いつも凄く優しくしてくれた……そんな人、だと思ってたのに。
「綺麗な色だね、パステル」
大きく広げられた「ソノ」場所を見て。イムサイは、にっこりと笑った。
「クレイの奴も惜しいことしたなあ。何で、こんなに素敵な女の子が傍に居ることに、今まで気づかなかったんだ?」
「今だって気づいちゃいないよ、あいつは。鈍い奴だからさあ」
イムサイの言葉を受けて、アルテアが大きな声で笑った。
笑いながら……
片腕でわたしの身体を抱えたまま、もう片方の手を、素早く内部へと潜らせて行った。
「うひゃっ!?」
「うーん。やっぱり狭いなあ。パステルは処女みたいだね。クレイも……ああ、トラップもか。本当に何やってるんだろうね、あいつらは。意気地が無い」
声に混じるぐちゅぐちゅ、という音が何なのか、なんて、考えたくもない。
頭がボーッとしてきた。「痛くしない」という宣告通り、二人の手つきはいつの間にかとても優しくなっていて。胸に浮いていた蚯蚓腫れも、とっくに消えていた。
代わりに浮かんでいたのは、赤い花びらのような、丸い痕……
「見える場所につけるなよ。クレイが気づくとは思えないけど、トラップなら気づくかも」
「気づいたら仲間にしてやればいいんじゃないか? あいつなら喜んで参加しそう」
「かもな」
二人の声が、何だか凄く遠くから聞こえて来るようだった。
逆らう力も残っていなかった。燃えるように熱くなった身体が、何だか凄くだるくて。アルテアの胸に身を預けてしまうことを、嫌だとも思わなかった。
どうしてだろう……二人がかっこいい人だから? 素敵な人だから? 優しい人だから?
どうして、わたし。
こんな風にされて……気持ちいい、なんて。そんな風に、思ってるんだろうっ……!?
「安心して。中には出さないから」
チィーッという微かな音と共に。二人のうちのどちらかが、言った。
「そういう失敗は今までしたことないから。安心していいよ」
二人のうちのもう片方が、そう言って。わたしの顎に、手をかけた。
視界がにじむのは涙のせい。でも、その涙の意味はよくわからない。痛いとか苦しい涙じゃないのは確か。辛い、悲しい、悔しい……? よくわからない。
目の前に立っているのが、アルテアなのかイムサイなのか。それさえもよくわからなかった。
「可愛いよ、パステル。初めて会ったときからさ、ずーっと思ってたんだ」
「そうそう。君が、俺達の義妹になってくれたら……」
「それは凄く理想的な生活だろうけど。クレイを納得させるのはちょっと手間だろうな、ってね」
んっ! と、喉の奥から不自然な息が漏れた。
口の中にねじこまれたのは、物凄く大きくて太い、何かで。
同時に、下から強引に突き上げてきたのも、同じような、何か。
「んんっ……んーっ!!」
頭を振って逃れようとすると、後頭部をつかまれた。
大きな掌は、クレイのものとも、トラップのものとも違って。もっと、ずっと力強くて。
何となく、冷たかった。
ごほん、ごほんと咳き込むわたしを、アルテア達はまるでお姫様のように扱ってくれた。
わたしの身体を丁寧に拭いて、優しく服を着せてくれた。あんなに乱暴に脱がされたのに、ボタンも取れていないしほつれてもいない服を見て。「慣れている」という二人の言葉を、思い出していた。
「クレイの奴、待ってるかもな」
「すぐに戻らないとな」
元通りにわたしを馬に乗せて。二人は口々に言うと、足早に歩き始めた。
視界が揺れる。さっきよりも、ずっと早く。
「なあ、パステル」
わたしの前で、イムサイが言った。
「今日だけじゃなくて、またおいでよ。おじい様が何を言ったって気にすることないよ。あれで、おじい様はクレイのことを認めてるみたいだから」
「そうそう。うるさく言うようなら、俺達が口をきいてもいいからさ。何なら、今夜からうちに泊まってもいいんじゃないか?」
「部屋はいっぱいあるから、トラップ達も連れてきて構わないよ。母さんも父さんも、きっと喜ぶと思う」
「俺達も、な?」
最後の台詞を言ったのは、イムサイで。
それと同時に振り返ったのは、アルテア。
本当によく似た二人だった。双子じゃない、ってクレイは言っていたけれど。双子だって、こんなに似通っている人はそういないんじゃないか、と思う。
考え方も、喋り方も。何もかも、ぴったりと息が合っていて。本当に……どっちがどっちなのか、時折、混乱してしまう。
「あの」
「うん? 何?」
「あの、わたし……」
言いかけて、口をつぐむ。
何を言おうとしていたんだろう。アンダーソン家になんて行かない、とでも? 泊まるなんて冗談じゃない、とでも?
酷いことをした、とか、どうしてくれるのか、とか。言うべき言葉は色々浮かんできたけれど、どれ一つとして、声に出すことはできなかった。
その代わり。
「うん」
小さく、頷いた。
「トラップが、いいって言ったら」
「大丈夫大丈夫。あいつだって嫌とは言わないよ」
「言っても、俺達がうんって言わせる」
あはは、と笑う二人に微笑み返して。わたしは、前に座るイムサイのウェストに、ぎゅっと捕まった。
二人のことは、好きとか嫌いとか、そんな目では見れない。そんな目で見れるほど、二人のことを知らない。
でも、これから……二人のことを知って行きたいって。今、そんな風に思ってる。
二人がしていることは褒められたことじゃない。怖かったし、いくら優しくしてもらっても……やっぱり、初めての「その体験」は、痛かった。
でも、この二人には……何と、言うか。
そうされてよかった、って。そう思えるだけの魅力が、確かにあるから。
「お、クレイが居る。驚いてるみたいだな。手でも振ってやる?」
「あいつはからかうと面白いから。わざと通り過ぎるのも一つの手だな」
あれこれ言い合う二人の声に耳を傾けながら。わたしは、遠くに見える二人とよく似た人影に、大きく手を振った。
END