『頼む、教えてくれ』
顔を付き合わせた瞬間、言葉が見事にはもった。
見慣れた幼馴染の顔はきょとんとしていて。その瞳に映る俺自身の顔も、やっぱり同じような表情を浮かべている。
まさか、と思ったんだ。まさか、この恋愛面に関して恐ろしいまでに奥手なこの男が、まさか……
「わ、悪い。トラップ、先に言えよ」
「い、いや、おめえが先に言え。俺のは大した用事じゃねえ」
「いや、俺の方こそ」
しばし続く、馬鹿な譲り合い。そして、譲り合いながらも、「相談しない」という選択肢だけは浮かばないことに気付いて。
同時に、ため息をついた。
「……なあ、間違ってたら悪いんだけどさ」
「おお。何だ」
「お前の、『教えて欲しい』って……まさか、パステルが絡んでないか?」
訂正する。俺は今まで、こいつのことを鈍感な奴だと散々罵ってきたが。
少なくとも、馬鹿じゃなかった。そのことだけは、認めてやる。
「じゃあ、俺からも質問させてくれ。おめえの『教えて欲しいこと』ってのは、マリーナ絡みか?」
「……正解」
俺の質問に、力なく答えるクレイ。俺と、終生の友情を誓った親友。
「なあ、トラップ」
「なあ、クレイ」
『女って、本当にわけがわからねえっ!!』
俺がパステルと付き合い始めたのは、一ヶ月ほど前のことだった。クレイがマリーナの奴と付き合い始めたのは、その三日後のことだった。
そもそも俺がパステルに惚れるなど、太陽が爆発するよりありえねえことだと思っていたんだが。何が起こるかわかんねえから、人生ってのは面白い。
が、思いを自覚したのはいいものの。あのクレイに輪をかけて鈍感でお子様な女をモノにするまでには、それはもう口に出すのも情けない様々な苦労があった。
が、まあそれはいい。手に入れちまえば、どんな苦労も笑って水に流せる。それが幸せな人間の特権だ。
クレイはクレイで、突然マリーナからの告白を受けて(タイミングから考えて、俺がパステルに告白するのを待ってたんじゃねえか、と思うが)。
一体どうしたもんか……と三日ほど眠れぬ夜を過ごし。
俺の友情溢れる「好きか嫌いかくらいちっと考えりゃわかるだろ!」という言葉を受けて。晴れて、彼女持ちの身分となった。
そう。俺達は幸せだ。それぞれの彼女はタイプこそ違うがどっちも最高の女には違いなくて。
冒険者としてあちこち飛び回っている身分ではあるものの。今は自分達の家、というものも持てて、それなりに落ち着いた生活をしている。不満なんて、何一つ無いはず、なのに。
「……わかんねえんだよなあ。触ったらくすぐったいとか嫌だとか大騒ぎする癖によ、いざ力を入れたら今度は痛い、と来たもんだ」
「そりゃ、お前が乱暴に扱うからじゃないか?」
「馬鹿言え。こっちは一秒でも早くぶちこみたいのを必死に我慢してやってるっつーのに、これ以上どうしろっつーんだ!?」
「いや、それは……」
「なのにパステルの奴、痛い痛いって泣くばっかでよー。だあらほぐして濡らしてやろうとしてんのに、触るなだとか恥ずかしいだとか。勝手だっつーの」
「……でも、素直に、嫌なら嫌って言ってくれるんだろ? ならいいじゃないか」
俺の愚痴に答えて。クレイは、深々とため息をついた。
「マリーナはさ、何も言わないんだよ。いつだって、にっこり笑ってさ、『あなたの自由にすればいいのよ』って」
「ほお」
「けどさあ……俺だって、まあ、はっきり言って経験なんてろくに無いし」
「おめえってそういや自分で抜いたことってあんの? そういうときって誰を肴にしてた?」
「そりゃあ……そ、そんなことはどうでもいいだろ!? とにかく、さあ。これでいいのか、って、時々不安になるんだよなあ……」
はあはあとため息をついて。クレイは、ずーんとうなだれた。
「もしかしたら、痛いんじゃないか。もしかしたら、全然気持ちよくなんかなくて……俺って凄く下手なんじゃないか、とかさ。気になるんだよな……」
「聞けばいいだろ」
「聞いたんだよ! そうしたら……」
「当ててやろうか。『わたしはクレイとこうしているだけで幸せよ』」
「……当たり……」
俺の答えに、クレイはますますうなだれて。
「……辛いよ、正直」
「そうか……俺も辛い。すぐ傍に彼女がいるっつーのに、抱こうとしたら嫌がられるんだぞ!? これ以上辛いことなんてあるか!?」
二人でお互いの愚痴をぶつけあって。
そうして瞳に浮かんだのは、決意の光。
そう……このままじゃいかん。実に不健康だ。第一、性の不一致というのは恋人関係が壊れる理由として決して小さなものじゃないと聞く。
こんなことが理由で、長年思い続けてきた彼女と破滅を迎える。そんなことがあっていいのか!? いや、よくない!!
「よし、クレイ。俺に任せとけ」
「……は?」
「いい考えがある。嫌とは言わせねえ」
そう。これは俺とクレイのためだけじゃねえ。パステルとマリーナのためでもあるんだ。
俺達は、間違ってなんかねえ。
「ちょっと、いきなり何っ……きゃああああああああああああああああっ!?」
「クレイ? 用があるってな……いやああああああああああああああああああああっ!?」
それぞれの彼女を別々の口実を設けて同じ部屋に集めた。
部屋に入ってきた瞬間、問答無用で口を塞いで連携プレーでベッドに転がした。
いやその見事な手並みと言ったら。冒険者として食っていけなくなったら誘拐犯として食っていこうかと思ったくらいだ。いや、冗談だが。
「な、何なに……? クレイ? トラップ!?」
「ちょっとあんた達! 一体どういうつもり!?」
ガチャンッ、とドアの鍵を下ろした俺と、ベッドの傍らで、頭を抱えているクレイを見て。二人の女は、実に対照的な声を上げた。
パステルと、マリーナ。
こうして並べてみるとわかるが、やっぱスタイルに随分差が……いや、これ以上は言わねえが。
「パステル」
「な、何?」
「服を脱げ」
言った瞬間、枕を投げつけられたが。もちろん、それを素直に受け止めるような俺じゃねえ。
ひょいと避けて、そのままの勢いでベッドに詰め寄った。逃げようとする華奢な肩をつかんで、そのままベッドに押し倒した。
その瞬間、後頭部に強烈な衝撃が走って。そのまま、ベッドに沈む羽目になった。
「っつうっ……」
「あ、あんたはっ……一体何を考えてるのよっ!!」
「ま、待て待てマリーナ! これにはわけが、だなあっ!」
「一体どんなわけがあるっていうのよ!?」
そりゃまあ、マリーナ達にしてみれば、何を突然……だろうが。
男にはなあ、女には言えねえ……色々と、辛い辛い事情ってもんがあるんだよ!
「まあ、聞け、マリーナ。これはな、クレイのためでもあるんだ!」
「……クレイの?」
「なあ、そうだよな、クレイ!? 頼む、おめえからも説明してやってくれっ!!」
「……あ、ああ……」
そんな俺達の様子をうかがって。腹をくくったのか、クレイが立ち上がった。
そして。
事情を聞いて、女二人が浮かべた表情が……「情けない」と声高に叫んでいるように見えたのは、目の錯覚だということにしよう。そうしよう。
「馬鹿馬鹿しいっ! 冗談じゃないわよっ!」
「いや、あのな、マリーナ」
「クレイ。あんた、こんな馬鹿の口車に乗ったの!? わたし、言ったじゃない! あなたと恋人同士になれた。それだけで幸せなんだ、って……あなた、わたしの言葉が信じられないの!?」
「いや、ええと」
マリーナの言葉から、目をそらして。クレイは口の中でぶつぶつとつぶやいていたが。
助け舟は、意外なところからとんできた。
「で、でもさ、マリーナ……その、マリーナは……痛く、無いの?」
「……は?」
マリーナ自身も、驚いたらしい。まさか、この状況で、こいつが口を開くなんて。
「パステル?」
「わたし……わたし、あのね。その……トラップのこと、好きなんだけど。その……するのも、嫌じゃ、ないんだけど」
かああっ、と耳まで真っ赤にしてうつむくパステル。その様は……我が彼女ながら、可愛い。すげえ可愛い。世界一可愛い。
誰が何と言おうと、俺だけは断言してやる。
「でも、でもさ。何だかよくわからない。くすぐったいし、痛いし……気持ちいい、っていうのが、どういうことか、全然わからなくて」
「パステル……」
「マリーナは、さ? その……クレイと、してるとき……痛くないの? き、気持ちいい?」
「…………」
「なあ、マリーナ」
その素朴な疑問に固まるマリーナの肩を叩いて。
俺は、耳元で、そっと囁いた。
「親友たっての頼みだ。いいじゃねえか、別に減るもんじゃなし」
「…………」
「一回だけだって、一回! おめえだって、クレイが悩んでたことくらい、知ってんだろ? クレイはな、パステルみてえに、何でも言ってくれる女の方がいいんだとよ」
「…………!」
その言葉は、どうやら、マリーナの痛い部分をついたらしい。
後ろでクレイが「誤解を招くようなことを言うな!」と喚いていたような気がしたが。その文句は黙殺して。
「世間一般の女が、抱かれてるときどんな反応示すもんなのか、興味はねえか?」
それが、殺し文句となった。
マリーナの裸を見たのは別に始めてってわけじゃねえ。まあ、十年ぶりくらいなのは確かだが。
クレイの裸なんざ見慣れてる。部屋も一緒、風呂も一緒。最早お互い、隠すものなんかどこにもねえ。
……確かに大きさでは負けてる! 負けてるが! 男の価値はでかさじゃねえ!
「ま、マリーナあ……」
こちらは間違いなく初めて見たんだろう。クレイの姿を、パステルは、真っ赤な顔で見つめて。
「あのさ……い、痛くないの?」
「……パステル……正直すぎるわよ……」
「だって……」
こらパステル。何だ、その比べるような目は。しつこいようだが男の価値は……価値はっ……
……言ってて空しくなるからやめよう。しょうがねえだろうが! 体格の差だ、これは!!
「んじゃ、まあ……お手本として俺から……」
「うひゃっ!?」
どうせ、クレイには無理だろう、と踏んで。
探るような視線がとびかう中、パステルの身体を押し倒す。
慣れた身体だ。最初にどこを攻め、どこをどう触れていくか。それはもはや、決まりきった儀式のようなもの。
……今にして思えば。それが、間違ってたんじゃねえか、と思うが。
「うひゃっ! やあっ……と、トラップ! トラップ、恥ずかしいってば! やんっ!!」
「よーく見とけよ、クレイ! マリーナ!」
毛布ともつれるようにしてベッドを転がるパステルを組み敷いて。
俺は、わざと見せ付けるかのように、パステルの身体を、押し開いていった。
「なあ、何が悪いんだ!?」
「……いや、あんた……」
強引に肩を組み敷いて、かみつくように唇を奪った。
絡め取った舌から溢れる唾液。首筋を伝っていくそれをなめとって、そのまま、一気に胸まで唇を滑らせた。
大して大きくはねえが柔らかい胸。掌で押しつぶすようにしてもみしだくと、「痛い」という悲鳴が耳に届いた。
それなら、と、うつぶせにひっくり返して背中を攻め立てていけば、くすぐったいとわめかれた。
最後の手段とばかり、強引に脚を開いて、潤いを見せない中心部を……
無理やり濡らそうとしたところで、クレイとマリーナ、両方から止められた。
「もうやめろって! おい!」
「パステルが泣いてるじゃないの! あんた、いつもそんな抱き方してたの!?」
はがいじめにされて、強引にひっぺがされる。名残惜しげに裸体を目で追っていると、痛かったのか、あるいは恥ずかしかったのか。しくしくと泣きじゃくる顔が、目にとびこんできた。
っ……だあら、何でなんだよ!?
「あのなあ! 俺の何が悪いんだよ!? 俺はなあっ……」
「お、おまえ、なあ……パステル、大丈夫か?」
「こら! おめえは触るなっそれは俺のだ! それより! 何がどう悪いんだよっ!?」
「…………」
パステルに近づこうとするクレイを追い払って、全身で抗議すると。
二人は、顔を見合わせて……
「……えと。あの、マリーナ……」
「何も言わなくていいから。クレイ」
マリーナの俺を見る目に哀れみがこもっているように見えるのは気のせいだろうか。
「いいわ……わたしを抱いて、クレイ」
そう言って。
マリーナは、ベッドの上に、身体を投げ出した。
パステルには死んでもできねえだろう、実に魅惑的な笑みを浮かべて。
「いつものように、わたしを抱いて……あなたのやり方で構わないから。お願い……」
「…………」
俺とパステルの視線に、気付いてねえわけでもねえだろうが。
そこはそれ、クレイも普通の男っつーか……すげえ反応だな、おい。
じーっ、と突き刺さる視線を振り払うようにして。
クレイの身体が、マリーナの上に覆いかぶさっていった。
クレイの抱き方は……はっきり言っちまえば、アダルト雑誌か何かで覚えたんだろうってことが一目でわかる、実にスタンダードなもんだった。
最初にキス。これは、俺と変わらねえ。
けれど、そのキスはあくまでも触れるだけで。無理やり深めていこうとはせず、そのまま、頬に、額にと、色々なところに口付けていった。
それと同時に、指先が、ゆっくりと首筋を辿っていく……
「俺のやり方と何が違うんだよ」
「ぜ、全然違うわよっ! う、でもっ……」
いつの間にか俺の隣に来ていたパステルが、真っ赤な顔で、ぎゅっ、と腕にすがりついてきた。
押し付けられるこの弾力は、もしや……いやいや、今はそれどころじゃなくて。
「…………」
いつしか、俺もパステルも、言葉を呑みこんでいた。
クレイ達は、最早俺達の存在に気付いてねえみたいだった。その営みには激しい感情は含まれてねえ。ただ、お互いがお互いを気遣いあっていることがわかる、そんな……
「あ……」
マリーナの唇から、声が漏れて。
クレイの首筋にすがりつくようにして、そのまま、唇を押し付けた。
うめき声が漏れる。お互いの、唇から。
「……おめえもできるか。あれ」
「え……えと……」
「考えてみれば、さ。おめえって、自分からは全然動こうとしねえのな。いつだって、俺に任せっきりでよ」
「……ええと……」
「俺も……や、確かに、その、あんま優しくはしてやれなかったかもしんねえけど。でもよ。おめえだって……」
「……わかってる。わかってる……ごめん」
ここで素直に謝れるのが、パステルの凄いところだと思う。
どう考えたって無理だろう、と思われる、マリーナの小さな「ソノ」部分は、抵抗もなく、クレイを受け入れていた。
耳につく、湿り気を帯びた音と。同時に響く、荒い息遣い。
萎えかけた息子が、再び反応を取り戻すのが、わかった。
「なあ、パステル」
「……何?」
「反省した。すげえ反省した。今度はもっとうまくやってやる。クレイと同じように……とまではいかねえけど。できるだけ、努力するから」
「う、うん」
「やらせてくれ頼む! もう我慢できねえっ!」
がばっ! と覆い被さってきた俺を、パステルは、拒絶しようとはしなかった。
ただ、太陽のような鮮やかな笑みを浮かべて。
「トラップ……あのね? だ、大好き」
囁きながら、俺の首筋にすがりついて。熱い痕を、残してくれた。
人様の事情なんざそれぞれで、「これ」と言った答えなんて出せるもんじゃねえかもしれねえが。
誰にも言えず悩み続けるよりは、余程健全な解決方法だろう。
「ど、どこが!?」
そう言った瞬間、正気に返ったら急に恥ずかしさがこみあげてきたのか、女二人に同時にどつかれたが。
「あ、あの……あのさ、トラップ。さんきゅ」
ただ、俺の心の友、クレイだけは。素直な感謝の意を、表してくれた。
「うまく言えないけどさ。俺……自信が持てたよ。俺は今のままでいいんだ、ってな」
「…………」
「トラップのおかげだ。ありがとう!」
それはどういう意味だ!? と立ち上がろうとした瞬間。
脚にからみついた毛布に引っかかって、顔面から床に落ちた。
同時に巻き起こる、爆笑の渦に。俺は憮然として、床に座りなおした。
〜END〜