最近、ルーミィが夜泣きをするようになった。  
 ちょっと前に、シロちゃんがドラゴン族の集まりがどう、とかで、テラソン山に行ってしまって(もちろん一時的に、だよ! すぐに帰って来るんだけどね)。そのせいなのかな? って思ったんだけど。  
 ぎゅうっ、とわたしの胸にしがみついて、「ママ、ママ」ってつぶやいている様子を見ていると、どうもそれだけじゃないような気もする。  
「そりゃ、まだ乳離れもしてねえガキなんだから。そういうことがあったって不思議じゃねえだろ」  
 それが何日も続いたものだから、心配してみんなに相談してみたところ。現実主義者な盗賊さんは、実に軽い調子で言った。  
「むしろ今までよく我慢したんじゃね? まあ急に……ってのが、ちっと気になるけど。それはまあ……」  
「それは?」  
「おめえがばばくさくなったってことだろ」  
「な、何ですってえ!?」  
「怒るな、っつーの。つまりな、ちっと前のおめえは、ルーミィとどっこいなガキで。あいつがべったり懐いてたのも、母ちゃんに甘えてるんじゃなくて、妹が姉ちゃんに甘えてるようなもんだったんだろうよ」  
「……はあ」  
「けど、まあ俺らもパーティー組んでもう何年も経ってるし。おめえも、ルーミィの世話なら慣れたもんだろ? 母親らしい貫禄がついてきた。そういうことじゃねえ?」  
 そう言って。  
 彼は、何故か……じーっ、と、視線を下にずらして。  
「後、まあ胸がちっとでかくなってすがりつきがいが……」  
 その瞬間、わたしが彼の頭を張り倒したことは言うまでもない。  
「ま、まあまあ、パステル落ち着けって。トラップの言うことも、一理あるよ。そんなに心配すること、無いんじゃないかな? ルーミィくらいの年なら、親が恋しくて当たり前だろうし」  
「……そうかなあ」  
「ああ。けどさ、そんなのは自然に収まって行くものだと思う。確かに俺達はルーミィの本当の親じゃないけど、でも、親代わりにくらいはなってやれるつもりだしさ」  
 そう言って。クレイは、ぱんっ! と、わたしの肩を叩いた。  
「パステルは、ルーミィの立派なお母さんだよ。それを教えてあげれば、夜泣きなんかすぐに収まるって」  
 クレイの穏やかな笑顔を見ていると、何となく「そうかな?」って思えるのが不思議だった。  
「ありがとう、クレイ! わかった。わたし、頑張ってみるよ。お母さん代わり……になれるかどうかわからないけど。精一杯、頑張ってみる!」  
「ああ、その意気その意気」  
 ニコニコ笑うクレイに頷いていると。  
 横で、トラップが不機嫌そうな顔で「母親代わり、ねえ……」とつぶやいて。  
「おっぱいでも吸わせてやるつもりか?」  
「もう馬鹿っ! エッチ!! いいからあんたは黙っててーっ!!」  
 その瞬間、わたしが彼の頬を張り飛ばしたことは言うまでもない。  
 
 ……けど、まあ。ああ言ったものの……  
「うっ……ひっく、ぐすんっ……まま、ままぁ……」  
「る、ルーミィ、泣かないでよ。ね? ほ、ほら、ママじゃないけど、わたしがいるじゃない。ルーミィ……」  
「まま、ママぁ……」  
 その夜。  
 宿中のみんなが寝静まっているだろう時間。ぎゅっ、とパジャマを引っぱられて目を覚ますと、胸に、暖かい塊がとびこんできた。  
 抱きしめた瞬間耳についたのは、そんな、聞いているだけで胸が痛くなるような、泣き声。  
 ……ルーミィ……  
「泣かないでよ……ルーミィ?」  
「ママ。ママぁ……」  
 ルーミィはぎゅっと目を閉じていたけれど。その頬は涙の痕でどろどろに汚れていて。小さな身体は、ぶるぶると震えていた。  
 ……どうすればいいんだろう……  
 胸に顔を押し付けるようにして泣いているルーミィ。いつもなら、こうやって抱きしめて背中を撫でていれば、そのうち泣き疲れて眠ってしまうんだけど。  
 でも……それじゃあ、多分いつまで経っても、ルーミィの寂しさは癒されない。  
 ママを恋しがっているルーミィ。何とか、彼女を慰めてあげたい。ママじゃないけど、わたしがママの代わりになってあげるよ、って。そう伝えてあげたい……  
「だからって、どうすればいいのよお……」  
 自分がルーミィくらいの頃はどうだったか、なんて、覚えていない。確か、わたしもこのくらいの年のときは、お母さんのベッドで一緒に寝ていた気がするけれど……  
「うー……あ……」  
 と、そのとき。  
 頭の中で、天啓のように閃いたのは。昼間、トラップに言われた言葉。  
   
 ――母親代わり、って。おっぱいでも吸わせてやるつもりか?――  
   
「いや、ええと……」  
 赤ちゃんにとって、お母さん……と言ったら、どんな存在か?  
 その答えは、まず一番に自分を守ってくれる、とか、無条件に自分を愛してくれる、とか、色々答えはあると思うけれど。  
 でも、まず何よりも先に来るのは、何よりも美味しいご飯、母乳を与えてくれる……つまり、胸にあるんじゃないか?  
 不意に浮かんだのは、そんな考え。  
 そうそう。確かに言われた。ルーミィは、まだ乳離れもしてない状態で家族と別れることになったんじゃないか、って。  
 わたしと出会ったとき、既に大抵の食事は食べれるようになっていた彼女だけど。エルフの寿命の長さを考えれば、まだまだお母さんのおっぱいを吸っていた、という可能性だって……  
 
「うっ……で、でも。わたしのおっぱいって……」  
 もちろん母乳なんて出ないし。はっきり言って、あんまり大きい方とは言えないし。  
 でも……でも、それで、ルーミィが泣き止んでくれるのなら。わたしを「ママ」って思ってくれるのなら……  
「ちょ、ちょっとだけ。ちょっとだけ、だからね?」  
 小さな手が、ぎゅっ、とわたしの胸をまさぐっていた。  
 まさか、彼女が無意識にそれを求めていた……とは思えないんだけど。  
 それでも。パジャマの前をはだけて、そっとルーミィを抱き上げると。小さな唇が、ごくごく自然に、胸に吸い付いてきた。  
 ……うひゃっ!?  
 ちろり、と乳首をなめあげられて。背中が、一瞬のけぞった。  
 うわっ、うわわっ! な、何だろう、この感じっ……  
 ぎゅっ、と、ルーミィの手が、わたしの胸をつかんだ。  
 痛みを感じるくらいに強い力。舌が、動いている。ちろちろと敏感な頂点を弄びながら、ゆっくりと、胸を……  
 いや、これは、これは多分母乳が欲しくて必死に力を入れているだけ、なんだろう。それはわかるけどっ!  
「うひゃっ! やんっ……る、ルーミィっ! くすぐったいっ……あ、あんっ……」  
 ぞくぞくっ! とした感覚が、背中を走り抜けた。  
 そのままルーミィを抱き潰しそうになって、必死に脚に力を入れてこらえると。今度は、内股に、じんっ……とした熱い刺激が走った。  
 うわあっ……な、何だろうっ……こ、これ、この感じ、はっ……  
「んっ……ああっ……」  
 どんなに吸っても、母乳は出ないのに。それでも、ルーミィは胸を離そうとはしなかった。  
 いつの間にか、その瞳から涙は消えて。代わりに頬に浮かんだのは、笑顔。  
「まま……」  
 つぶやきながら、ちろり、と。わたしの胸を、なめた。  
 その瞬間。  
「っ……はうっ……」  
 じわりっ、と、太ももの奥から、何かがにじみ出る気配を感じて。  
 ルーミィを抱きしめたまま、わたしは、ベッドの上に突っ伏した。  
 
 翌朝。ルーミィは夜に起きたことなんか何も覚えていないみたいだった。  
「ぱーるぅ! おはようだお!」  
「お、おはよう……」  
「? ぱーるぅ、どうしたんだあ?」  
 うつろな瞳で答えるわたしに、ルーミィはきょとんとした表情を見せていたけれど。もちろん、本当のことなんて言えるはずもない。  
 今でもリアルに思い出せる。あの瞬間、下着に広がった冷たい染みと。全身を襲った、気だるいような、それでいてひどく心地よい感覚。  
 あれは……あれは、もしかして……  
「ねえ、ルーミィ」  
「なんだあ?」  
「ルーミィはさ。……ママのこと、覚えてる?」  
 わたしが聞くと。ルーミィは一瞬きょとんとして。  
 そうして、ぽよぽよした眉をしかめて、一生懸命首をひねった。  
「……あんまり覚えてないんだお」  
「そう……」  
「ぱーるぅがママだお!」  
 そう言って。  
 屈託のない笑みを浮かべて、わたしに、しがみついてきた。  
「ぱーるぅが、ルーミィのママ!」  
「……そう。そう。じゃあ、わたしがルーミィのママ。わたしはずっとルーミィの傍に居てあげるからね。約束だよ?」  
「うん!」  
 汚れのないまっすぐな視線が、凄く、凄く痛かった。  
 ルーミィのママだ、って言ってもらえて、嬉しかった。でも、それと同時、「また夜泣きしてくれないかな」と期待している自分に、気付いて。  
 またあの感覚を味わいたい、と思っている自分に、気付いて。  
 あのとき走ったあれは……  
「あ、あれは! ぼ、母性本能……だよねっ!? ルーミィがわたしのことママだって言ってくれて嬉しかった……それだけ、だよねっ!?」  
 わたしの言い訳に、答えてくれる人は誰もいなかった……  
 
〜END〜  
 
 

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