事の始まりは、そう。
わたしたちの泊まるみすず旅館に、彼がやってきたのだ。
10日程前のことなんだけど…
クエストとクエストの、今はちょうど、間のお休み…みたいな感じで。
ずっと野宿をしていたからたまにはあったかいベッドで寝たいぞ!ということで、
わたしたちはシルバーリーブで各々アルバイトをしながら、お金を貯めつつみすず旅館に
滞在していたんだ。
「キットン、遅いなぁ。どこまでキノコを探しに行ったんだ?」
「探すにしたって、ポタカン持ってってないんだもの。暗くて探せないんじゃないかしら?
何かあったのかしら?」
「う〜ん…そうだな、もう少し待って帰って来なかったら、おれ、探しに行ってみるよ」
「そうね…」
まったく、何やってるのかしら?!
お昼に薬草を取りに行くと言って森に出かけたまま、夜になってもキットンが帰って来ない
のだ。
この近くは慣れてるし、帰って来られないようなことにはなかなかならないと思うんだけど
なぁ。
「ばーか、ほっとけよ。子供じゃないんだし、そのうち帰ってくんだろ」
これはトラップ。
「いや、万一ってことがあるだろ?もしかしたら怪我をして動けないのかもしれない」
「そうかー?心配しすぎだと思うけどねぇ」
トラップったら。
キットンが心配じゃないのかしら?クレイとは雲泥の差だわ。
「トラップ、あんたねぇ…」
腰に手をあててトラップに詰め寄ろうとしたその時…
「ぎゃっははははは!さすがはイルドさん!かなわないですよ、ぎゃっはははは!」
「何をおっしゃいますキットンさん、わたしのほうこそキットンさんの博識には脱帽です!」
な、な、な…
なんだ、もう遅いっていうのにあの大音量は。
せっかくルーミィが寝てくれたのに、起きちゃうじゃない!
「…か、帰ってきたみたいだな、キットン」
「だから言ったじゃねーか!っつーか、うるせぇなぁ!どうしたってんだ!」
トラップもクレイも耳を押さえてる。
それもそのはず、キットンが2人いるかのような笑い声がみすず旅館じゅうに響き渡ってい
るんだもん!
一度でも彼の笑い声を聞いたことがある人なら、この凄まじさを想像できるかもしれない。
ううう、明日きっとおかみさんに怒られちゃうんじゃないかしら?
キットンの馬鹿ー!!
「遅くなりましたー!あれ、皆まだ寝てなかったんですか?」
この言い草!
想像はしてたけど、キットンらしいというか、なんというか…
このひと言に、トラップのゲンコが飛んだ。
「ばぁーか!てめぇ、こんな時間まで帰って来なかったら、心配するに決まってんだろうが!」
「あいたっ!トラップ、あーたねぇ、すぐ暴力に訴えるのはよくないとあれほど…」
「て・め・ぇ。謝るのが先なんじゃねぇのか?おらおら」
「ぐ、ぐるじい〜…パ…パステル…た、助けてくださいよ〜」
キットンってば、全然悪いと思ってないみたい。
「やめろよ、トラップ。キットン、何も言わずに帰って来なかったから皆心配してたんだぞ。
一体なんでこんなに遅くなったんだ?」
「も…森の中である人に会って…盛り上がっていたんですよ」
クレイの問いに、キットンがぜいぜい言いながら答える。
まったく、もう…自業自得よ。
で、そのある人ってのは、さっきの声がキットン並の人なのかしら。
翌朝。
キットンが、昨夜知り合ったという人を紹介してくれた。
「はーじめましてー!!いやいや昨日はキットンさんにお世話になって。キットンさんのキ
ノコの知識は凄いですねぇ!
あ、僕、イルドと申します。薬を作っているもんです」
「昨日ワタシがそろそろ帰ろうとしていたときに、イルドさんが野宿しようとしていたんで
すが、カゴに入っているキノコがまたツウな物ばかりだったんです!それで、思わず声をか
けていたというわけです。いやー、偶然というものは不思議ですねぇ!」
「僕もちょうどお金がなかったんですがね、こんなに安く泊まれる宿があったとは!キット
ンさんには感謝しているんですよ。エベリンじゃ考えられませんね、この値段は」
近くで聞くと、この声、さらに凄いわ。
キットンがステレオになって、さらにパワーアップした感じ?
見ると、クレイとトラップだけじゃなくシロちゃんまで辟易した表情。
シロちゃんは伏せの姿勢で耳をふさいじゃってる。そりゃーねぇ。
ただひとり、ルーミィは猪鹿丁のランチに夢中で何にも聞こえてないみたいだったけど。
彼、イルドは普段各地をまわって薬の材料を集め、エベリンで調合した薬を売っているのだ
そうだ。
キットンと会ったときは、どうしても調合が成功しない薬があって、成功させるために必要
な消耗品が尽きてきてしまって、そろそろエベリンに戻ろうか、どうしようか迷っていたと
ころだったそうなのだ。
「この近くでしか取れないコケがありまして。いや、取れるんですけど成分が違うらしくて、
ここらのが一番いいから、離れたくなかったんですけど色々と物が足りなくなってきまして
ね。
いやぁ、本当に助かりましたよ」
それで彼はそのまましばらくシルバーリーブを拠点に薬の調合をすることにしたみたいだっ
た。
何日か同じ屋根の下で暮らしてみて、彼は声こそ大きいけれども悪い人じゃないということ
がわかった。
むしろいい人だった。時間があるとキットンとキノコ談義に熱中していたけれど、ノルがバ
イト中に怪我したときなんか、キットンが外出していて手当てをうろたえながらわたしがや
っていたら、手伝ってくれてなおかつよく効くからと軟膏までくれたのだ。
「売り物じゃないんですか?」
「ああ、いいんですよ。使わなけりゃ薬もただのゴミ、ってね。あはははは!」
感動!
なんっていいひとなの。
このときクレイもトラップもバイトに行っていて、わたししかいなくて、ものすごーく不安
だったから、なんだかイルドさんが神様のように見えた。
言いすぎ?ううん、ほんとうにそう思えたんだもん。
そうして何日かたった。
事件がおきたのは、ある日の午後、わたしが前回の冒険を原稿に起こしていたときのことだ
った…
「『そのときクレイはすかさず投げつけられたモノを切り払った』…と」
うーん。なかなか進まないなぁ。
クレイもトラップもバイトで、キットンはイルドさんの部屋に行っていて、ノルはわたしに
気を遣ってくれてルーミィと遊びに行ってくれたから、
珍しく!部屋に1人という、執筆活動にはもってこいの環境なのに…なかなか進まない。
いつもうるさいからなぁ。それに慣れちゃったのかもしれないな。
「…きーめたっ」
今日はやめやめ!
お昼寝しちゃお。ここんとこ毎日構成考えてて疲れてたし。
たまには休息も必要よね!
柔らかいベッドにぼふっ、と身を投げる。
あったかーい。
幸せだなぁ。
そういえば大勢で冒険していて、こんなにゆっくり1人になれる時間なんてあんまりないよ
なぁ…
…どうしよっかなー。
うーん。
だいじょうぶかな?
いいよね、ルーミィもノルと出かけて、まだ帰って来ないし、今のうちだ!
「…ん……は…ぁっ」
とても久しぶりに、指先でパンティの隆起をなぞる。
初めて、こういう行動を覚えたのはいつだったか…覚えていないけれど。
「この部分をさわると変な気分になる」
それに気付いてから、たまに弄るようになったのだ。
でもでも、特別なことじゃないよね?
ガイナの女の子たちの間では一時期このことを内緒話するのが流行ったこともある。
したことがあるってだけでなんだかその子がオトナっぽく見えたんだ。
わたしは恥ずかしくて、そんなことしたことがない!と言い張っていたけど…
なんだか今日…いつもよりも感じるなぁ…
指先にトロトロの液体がまとわりつく。
ベッドの上に横たわりながら、両手を使ってパンティの中にも刺激を与えてみる。
トロトロが滲んでくる部分を擦りながら、もう一方の指で一番敏感な先端をつつく。
「あ…っ」
ああ、気のせいじゃない。あきらかにいつもよりも体か反応してる…!!
こんなの初めてだよ。
パンティが濡れすぎてしまった気がしたので、少しだけ(太腿の真ん中くらいまで。誰か帰っ
てきてもすぐに履けるように)ずりおろす。
なんで?なんでこんなに気持ちいいの…?
久しぶりだからかな?
駄目だ…頭がもうろうとしてる。
天井もぼんやりしてきて、このまま最後までいけるかも…
そのときだった。
「おいしそうな匂いがするデシ…」
聞き覚えのある声とともに、パンティが破られる感じがした。
「ひゃう!」
何?!
今まで感じたこともない快感がびりびりと走った。
驚いて手をどけると、そこにはなんと、シロちゃんがいた!
ななななな。なんでー?!
ルーミィたちと一緒に遊びに行ったものだとばっかり…
ううん、それより今いちばん疑問なのは、なんでシロちゃんがわたしのアソコを舐めているの
かってこと。
「ちょ…シロちゃ」
身体を起こしかけて、のけぞってしまった。
「んん…あああ!」
頭の中がまっしろになっちゃうよ!
シロちゃんの、ざらざらして薄くて長い舌がわたしの一番敏感な部分を乱暴に擦る。
「おいしいデシ…いい匂いデシ…」
シロちゃん、どうしちゃったの?!!
その戸惑いとは反対に、身体は初めての経験にケイレンしちゃってる。
もう一度身体を頑張って起こすと…げげげ!
シロちゃんの目が、黒と緑で明滅してる!
どういうことなの、これ!
頭の中で必死に考えつつも、まただんだん視界がぼんやりしてきてしまった。
しごとを終えて帰ってきた俺とクレイは、みすず旅館の前でふと足を止めた。
「…ん?何だか妙な香りがしねぇか?」
「え?……あぁ、そういえば」
みすず旅館の中から、甘い香水のような香りが漂ってきている。
こういうお嬢様ぶった安っぽいいかにもな匂いが嫌いだったので、俺は思わず顔をしかめた。
「けっ、おかみのやつ香水でも買ったのかねぇ。こんな外まで香ってくるなんて、付けすぎた
のか?」
鼻を袖口で押さえながら中へ入ると、その香りはまた強くなった。
おいおい。異常じゃねぇか?
どんなに強い香水だって、ここまで強いなんてさすがにないだろ。
クレイも同じことを考えたらしく、鼻と口を押さえたまま俺に目配せしてくる。
こいつはただごとじゃねぇ。
どうも、その強い香りは1階奥ののイルドの部屋から漏れているようだった。
目の前がくらくらするくらい鼻腔をくすぐる甘ったるい香り。
クレイはハンカチをマスク代わりにしているが、結構苦しそうだ。
俺もだんだんこの香りに参ってきた。いったい、なんだってんだ?
おかしいのはそれだけじゃねぇ。外から見たとき、こんな香りが充満していやがるのに、窓を
開けている部屋がひとつもなかった。
「こんな状態なのに、パステルの姿が見えないのが心配だ。
俺はイルドの部屋に行ってみるから、トラップ、お前はパステルを探してきてくれ。」
「オーケー。まったく、あいつも冒険者だってのになにやってんだ?!」
俺とクレイは二手に分かれて、俺は上の階にパステルを探しに行った。
「パステル!!」
呼んでも返事がない。
くっそー。これで、平和に昼寝でもしててくれれば万々歳なんだが。
足早に階段を駆け上りながら、俺は心の中で毒づいていた。
この香りはやべぇ。
最初はただ甘いだけの香りだったが、いまおれの視界が歪んできているのは、十中八苦この香
りのせいだろう。
「くっ…」
まっすぐ歩いているつもりなのに、どうしてか壁にぶつかっちまうんだ。
ぎしぎし軋む、いつものみすず旅館の床の音が反響して頭痛がさっきからひでぇ。
クレイは大丈夫なのか?…いや、ひとの心配をしている場合じゃないか。
はやく、あいつをみつけなくっちゃあ。
やっとのことで部屋の前にたどり着けた。
すでに頭の中はぐるぐると回っている。けっ、おれとしたことが、なんてザマだ!
息を吸い込んで止める。
脂汗がじっとりと滲む手で、ドアノブをゆっくりと引きあけた…
ドアを開けて目の前に広がった光景に、おれは頭の中がまっしろになった。
頭がぐらぐらするのもこのときばかりは忘れちまった。
ベッドに仰向けに横たわるパステル…
その脚の間にいるのはシロか?
シロの黒く尖った爪が乗せられた太ももからは、たらたらと血が流れ出していた。
いつもの赤いミニスカートはめくられて、シロが…脚と脚の間を舐めるたびにパステルの
身体がびくびくと反応している。
「あっ、…あああ…んあぁっ!…くぅ…」
「おいしいデシ…もっと飲みたいデシ」
正気の沙汰じゃねぇ。
シロもシロだが、パステルが全然抵抗していないのもおかしすぎる。
おかしい、と思いながらもおれは、パステルの身体のくねりにしばし見入ってしまった。
目をそらせねぇ…。
悩ましげな甘い声が理性を揺さぶる。
つややかな小麦色の髪の毛を束ねていたリボンがほどけて、ベッドに色っぽく散らばって
いる…
「シロ!やめろ!」
くそっ、声をかけても見向きもしやがらねぇ。
そのかわり、呼んでいないほうが気付いて、ゆっくりとこちらを向いて、その顔がおれを
見つけたとたん、大粒の涙をこぼした。
「あ…トラッ…んああ!…み…見ないでぇ…ああぁ…」
…くそっ!
なんだってこんなモノを見せられなきゃいけねぇんだ。
おれの知る限りパステルは、まだまともに男と付き合ったこともねえ女だ。
そのパステルが淫乱女のように息を乱されて泣いている。
おれは夢中で、パステルの太ももからシロをひっぺがした。
じたばた暴れてあちこち引っかかれるがそんなものはどうでもいい。
さすがのドラゴンといえどもシロだ。
部屋の外に放り出して、鍵をかけてしまえば、もう入って来られねぇだろう。
鍵をかけ、念のためドアの前にサイドテーブルを置いてしばらく開かないようにした。
これで一安心。
さて、残るは…
おれは、泣きじゃくるパステルにゆっくりと歩み寄った。
「で…出てって、お願い…見ないで」
弱々しく顔を背ける仕草が、身体に力が入っていないせいかぎこちない。
涙だけがなんの滞りもなく流れてはまた溜まっていく。
「ばかやろう。こんな状態のおめぇをほっておけるわけがないだろ」
「…」
「なんでこんなことになったんんだよ?」
「…」
「黙ってちゃわかんねぇだろ?」
「あっ…
あたしだってわかんないわよぅ…気付いたら、シロちゃんが…いたんだもの」
また泣かせちまった…
でも、とにかく原因は突き止めないといけねぇだろう。
例えば香りによる幻覚作用なんかがあったらえらいことだ。
「おしえてくれよ、おかしくなる前に、何をしてた?前兆とかはなかったか?」
「…」
「なんでもいいんだ。原因を調べようっていうだけだ。」
「…ひとりで…してた。」
「は?なんつった?」
「ひとりでしてた、っていったのよ」
「ひとりで何をしてたんだ?」
「〜〜〜〜〜〜!!!!!!
……………エッチ を してたの!ひとりで!」
「!!」
なんだとっ!
いま何ていった!?
「そしたら、シロちゃんが来たの!」
パステルは。
おれの知る限りパステルは、まだまともに男と付き合ったこともねえ女だ。
そのパステルが。
顔全部を恥ずかしさで真っ赤に染めて、眼に大粒の涙を溜めて、
上気した身体に破かれた下着…(今気付いた)
我慢し切れなくて、手を伸ばしてみる。
柔らかい頬に触れると、大粒の涙がぽろっ…とこぼれる。
瞬間、おれの理性は完全に吹き飛んだ。
強引に唇をふさぐ。
パステルが、びっくりして身体を押し戻そうとするが、
力が入っていない腕を組み敷くのは簡単だった。
…??!!
トラップのいきなりな行動に、頭が一瞬動かなくなってしまった。
おかしくなったシロちゃんからわたしを助けてくれたトラップが、
今度は、わたしを…襲っている??
じたばたともがいてみたけれど、駄目。全然駄目。
力の差が歴然としすぎてるみたい。
でも、抵抗しながら、自分が濡れていくのがわかった。
さっきまでシロちゃんに嬲られ続けていた部分がどんどん柔らかくなっていく。
そこにいつの間にか熱い何かが押し付けられて、一気に中に入ってきた。
「…!!!!!!」
痛い!
ものすっごく、痛い!
あまりの激痛に身体をよじって逃げようとしてみたけど、まだ身体に力が入らなくて、
逆にトラップの胸を押し返そうとして捕まえられた腕を、両方まとめて片手につかまってし
まった。
「ト…ラップ」
トラップの手って、こんなに大きかった?
わたしの手首を両方掴んじゃえるなんて!
名前を呼んだのに、彼は返事もせずにわたしの着ていたブラウスの下に手を捻じ込んできた。
下着を上にずらされ、今までの強引さが嘘のように優しい手つきでわたしの胸を包み込む。
何度か揉みしだいて、いつもわたしがひとりのときにするように先端を弄った。
「あっ…やぁっ…」
思わずわたしが漏らした声に、トラップはびくっ、と動きを止めた。
その表情にみるみる罪悪感が浮かんでくる…
「…ごめん!」
我に返ったように、彼はわたしから出て行った。
…結局。
今回の騒動の原因は、イルドさんの研究していた薬が原因だったみたい。
正確にいうと、試薬を何種類か並べてテーブルに並べておいたのを、
なんとキットンがつまずいて一緒に落としてしまい、混ざって予想もしなかったような効果
を発現させてしまったんだって!
いったい何の薬を作っていたのかイルドさんに聞いてみたんだけど、
「ああ…媚薬ですよ、媚薬。お酒に1滴混ぜるだけで、相手をその気に出来るようなやつで
す。高く売れるんですよ」
…だって。
でもあんまりにも効果が強すぎて、1階にいた人たちは全員意識を失ってしまっていたんだ
って。
クレイがイルドさんの部屋のドアを開けたとき、ものすごーく頭がぐらぐらしたみたい。
1滴で効果のある薬だもん、当然よね?
イルドさんはあれからすぐに媚薬を完成させてシルバーリーブを去っていってしまった。
なんでもキットンがこぼしたときの調合がヒントになったとかなんとか…
わたしは、彼にわたしやシロちゃんやトラップがどうなっていたか教えなかったから、
気付いたら騒動が終っていた、ということにしておいた。だって、恥ずかしすぎて。
シロちゃんは何も覚えていないみたいだったし、トラップは…何も言わなかったし。
それどころか彼は、わたしと目を合わせようともしてくれなくなった。
「とりゃー、ぱぁーると、けんかしたんかぁ?」
あどけない顔でおれをのぞきこんでくるルーミィ。
「…してねぇよ」
ビールを飲み干して、横目でじろりとにらむとルーミィはとたんに眉毛を八の字によせ、
その大きな目に涙を溜め始めた。
…あのときのパステルのように。
「トラップ、言い方がきついぞ!子供相手にむきになるなよ」
と、クレイ。
キットンとノルは心配そうに視線を泳がせているが、当のパステルは視線をあげようともし
やがらねぇ。
こういうとき、大体クレイがいさめ役に回ることが多い。
それでいつもなだめられているおれだが、今日は何故か虫の居所が悪かった。
「うるせー!むきになんかなってねぇよ!」
おれの怒鳴り声に、猪鹿亭のお客の視線がいっせいにこちらを向くのがわかった。
同時にルーミィが泣き出しちまう。
クレイたちからは非難の目…
くそ。
むしゃくしゃしてビールをあおろうとし、さっき空けたばかりなのに気付いてジョッキを机
に置いた。
そのときだ。
がたんっ!
いきなり席を立ったのはパステルだった。
「ぱぁーる?」
泣いていたルーミィもきょとんとしてパステルに聞く。
パステルはぱっと顔をあげると、にっこり笑って言った。
「ごめん、原稿の締め切りがあるの忘れてた。さき帰るね。ルーミィ、わたしのぶん、食べ
ていいよ」
それだけ言うとパステルは猪鹿亭から走り去ってしまった。
「お、おい!パステル?!」
「ほんとか??やったぁ!!ルーミィ、おなかぺっこぺこだおぅ!」
…あの、馬鹿!
原稿は昨日渡しに行ってたじゃねぇか!!
わけがわからずにいるクレイたちを残し、おれはパステルの後を追って走り出した。
――あんの馬鹿、どこ行きやがった?!
いつもとろいくせに、こういうときばっか…
心の中で毒づきながら、おれは走った。
あいつ、さっき…なんであんなふうに笑えたんだ?
おれはあいつを傷つけた。無理矢理犯しかけた。
そのことをいつ責められるか、それが怖くてあいつと目が合わせられなかったんだ。
それでずっといらいらして、周りにあたりちらして…
くそっ…おれはなにがしたいんだ?
謝ろう。
どんなに罵られてもいい、嫌われてもいい…憎まれて当然だ。
いた!
村のはずれの丘へ続く道を、とぼとぼと歩いている、小麦色の後ろ姿。
「パステル!」
おれが呼ぶと、パステルは一瞬身を固まらせたかに見えた。
…が、次の瞬間、猛ダッシュでまた走り始めやがった!
「おい!待てよ!」
おれの制止も聞かず、林の中を走っていくパステル。
舌打ちして、そのあとを追った。あいつとおれじゃ鍛え方が違う。
すぐに追いついて、パステルの腕を掴み、引き寄せ、抱きしめた…
が、パステルが足元の木につまづいてしまい、2人してごろごろと草の上に転がることにな
ってしまった。
「あいてて…」
偉いぞ、おれ。
転んでもパステルは離してねぇ。
…なんてことを考えてる場合じゃない。
「大丈夫か?」
パステルに呼びかける。…返事がない。
「おい、大丈夫か?」
もう一度呼びかけ、顔を覗き込むと…
なんと、パステルはぼろぼろと涙を流していたのだ。
これにはおれもびびって、どこか怪我でもしたのかと心配になったが、
パステルは鼻をすすりながらこう言った。
「ト…トラップ、なんで、あのとき、やめたの?」
おれは耳を疑った。
パステル、いま、何て言った?
「だれでも…ひっく、良かったの…?」
「ち…違う!」
どういうことだ?
いま、パステルはなんで泣いているんだ?
「お、おめぇ…嫌だったんじゃないのか?」
「…」
「だから抵抗してたんだろ?」
「…わかんないよ…でも…ひっく、あれから、毎日、あのときのこと思い出して、凄く寂し
くなっちゃうの…それで…トラップが…ひっく、全然くちきいてくんなくて、それでもすご
く悲しくて…自分でも、わかんないよぅ…」
おれはそれを聞いて、何も言えなくなっちまった。
つまり…つまりだ。それは…
「トラップ、わたしのこと、どうでもいいの?」
「そんなわけねぇだろ!」
「あの薬のせいで、したくなってただけじゃないの?わたしじゃなくても、良かったんじゃ
ないの…?」
「違う!」
「わたし、それで、くちきいてくれないんだと思って、寂しくて…悲しくて」
そこまで言うとパステルは息せき切ったように泣き出した。
おれの目の前で泣きじゃくるパステル…
その小さく丸まった肩を、おれはそっと抱きしめた。
しばらくの間、おれは震えるからだをずっと撫でてやった。
だんだんと呼吸が落ち着いていくのがわかる。
おれは口を開いた。
「おれは、お前のことが好きだから、欲情したんだよ」
ゆっくりと耳元でつぶやく。
パステルが、信じられないものを見るかのようにおれを見た。
「え…」
そうなんだ。
いつも一緒に居過ぎてくちに出せずにいたが、ほんとうはいつも誰よりも、こいつを見てい
たんだ…
「…うそ」
「うそじゃねーよ!ひとが頑張ってせっかく言ったのに、茶化すんじゃねぇ!
…でも、だからこそ怖かったんだ。おれの不用意な行動で、おめぇを傷つけているんじゃね
ぇか、って。
おめぇ、おれが怖くねぇのか?」
「…怖くないよ。あのときは、びっくりしちゃったけど…
途中で終っちゃって、ほんとうはすごく、残念だったの…」
涙でうるんだままの、パステルの目を見つめた。
そのはしばみ色の目が、おれを優しく見つめている…
「好きだよ、トラップ…ほんとうはわたしもあなたが好き」
ざわざわざわ、と木々が鳴るのが聞こえる。
おれとパステルは、今度こそ本当に、抱き合った…
あの後。
わたしとトラップは…いつもどおりの日常に戻った。
だって両想いだなんてこと、恥ずかしくて気まずくて皆になんて言えないもん。
部屋も男部屋と女部屋しかないから、なかなか2人になんてなれないし…
でも、少しの時間でも、2人になれるチャンスをいつも探していたりして(笑)
だって、ねぇ?
そして…これはトラップにも内緒なんだけど。
たまに、シロちゃんが「おいしいのが飲みたいデシ…」ってわたしに擦り寄ってくるように
なっちゃったの。
あ、あれって…おいしいの?
でもものすごーく気持ちよかったから、してもらっちゃいたくなることも、あったりする…
あぶない、あぶない。