ヴァンパイヤ――始祖吸血鬼。全ての吸血鬼の源にして、不老であり、膨大な魔力、恐ろしいまでの自 
己治癒力を持つ、間違いなく最強最悪の魔物。  
 彼の魔力は人間の血液によって補充され、ほぼ永遠の時を生きることとなる。  
 ヴァンパイヤによって血を吸われた人間は、吸血鬼となり、同じく不老となり魔力と自己治癒力を得 
て、そして同じように吸血行為によってその魔力を補充し続ける必要がある。  
 しかし、ヴァンパイヤ、及び吸血鬼が自らの意思で吸血行為を止めた場合、自らの魔力を削って生命 
維持につとめることになる。魔力が尽きたとき、彼らは灰となって滅びる。  
 ヴァンパイヤや吸血鬼の魔力保有量がいかほどのものなのか、また、魔力が尽きるまでにどれほどの 
年月を生きる必要があるのか、それは誰にもわからない――  
   
「あったくよう、冗談じゃねえぜ。もう真っ暗じゃねえか」  
 森の中を進みながら、俺は愚痴らずにはいられなかった。  
 俺は郵便配達のバイトをしてるんだが、いつもなら夕方で終わる仕事が、今日に限って深夜近くまで 
かかっちまった。しかも俺のせいじゃない。差出人のミスで、住所が半分消えてたから配達先を探すの 
に手間どってたんだ。  
 ここで差出人がきっちり住所を書いてりゃあ、そのままつき返してやるんだが……間の悪いことに、 
差出人は名前だけしか書かれてなかった。意地でも配達先を見つけろ、という所長の命令に、俺は眩暈 
すらしたぜ。  
 全く今日は厄日だ。  
 俺が進んでいるのは、近道となる森の中の小道。普段はこんな薄気味わりいとこ、絶対通らねえんだ 
が……ここを通れば大分時間短縮になるしな。  
 この森は、小せえ頃から「絶対近づくな」と母ちゃんにしつっこく念を押されている場所だった。何 
か知らねえが、森に住み着いた危ねえ奴が、わけのわかんねえ実験を繰り返して魔物の巣窟になってる 
とか。  
 ま、ガキの頃は単純に信じてたけどな。今となっちゃあ、どこまで本当だか怪しいもんだと思ってる。 
どうせ、毒蛇か何か、危険な生き物がいるからガキを近づけるな、っていう程度の意味だろう。  
 そして、そのまま行けば森を抜けて家まで後十分、というところまで来たときだった。  
 ふと、異常な気配を感じて、俺は思わず立ち止まった。  
 
 自慢じゃねーが、俺は結構勘が鋭い方なんだよ。こういうとき、何もなかった試しがねえからな。  
 今いる場所は、他の場所と比べても何も変わらない、両脇に木が生い茂った小道。気配を感じたのは、 
右側の木だ。  
 俺の勘は、このまま逃げろって言ってたが……それ以上に興味がわいた。ここまでびしびし嫌な気配 
を感じたのは、初めてだったからな。  
 見るだけなら構わねえだろう。何がいるのか知らねえが、危なくなったら逃げちまえばいい。  
 そう思って、俺は木の裏側をひょいっと覗いてみた。  
 ……なんだあ?  
 そこにいたのは、毒蛇でも猪でもなく、ただの人間だった。青いマントで身を包むようにして、木の 
根元に座り込んでいる男が一人。  
 正直言ってちっと拍子抜けだぜ。どんな危ないもんがあるのかと思ったら……  
 これで、座り込んでたのが身長2メートルくらいの化けもんじみた面した男だったりしたら、別の意 
味でびびって逃げたかもしんねえけどな。  
 けど、そこにいたのは、さらさらの黒髪の、本に出てくる王子様じみた正統派美形の男。どう見ても 
危険な存在には見えなかった。  
 多分、年も俺とそう変わらねえだろう。……しかし、こいつはこんなとこで何してんだ?  
「おーい、大丈夫か」  
 もしかしたら行き倒れかもしんねえな。俺はとりあえず声をかけてみた。  
 すると、男はびくっと身じろぎして顔をあげた。……どうやら生きてたみてえだ。  
「大丈夫かよあんた。具合でもわりいのか?」  
「……ああ、大丈夫だ。ありがとう、心配してくれて」  
 男は、そういうとえらく優しい笑みを浮かべた。男の俺から見てもかっこいいぞ。女だったらいちこ 
ろだろうな。よし、こいつのあだ名はマダムキラーだ。今決めた。  
「あんた、見かけねえ顔だな。旅人か?」  
「ああ、そんなところだ。そういう君は、その先の村の人かい?」  
「そうだよ。ドーマっつう街だ。村じゃねーぞ」  
「ああ、これは失礼」  
 言いながら、マダムキラーは立ち上がった。随分長身だな。俺より10センチは高いぞ。しかもかなり 
鍛えてやがる……ファイターか?  
 
「んで、あんたこんなとこで何してんだ?」  
「ああ、道に迷ってしまってね。喉が渇いて、動けなくなったんだ。近くの街で一泊しようと思ってた 
んだけど、よかったら、案内してもらえないか?」  
 やっぱりか。こんな一本道で迷えるとは器用な奴だな。  
 しかし……動けなくなるほど喉が渇いたって、一体どんだけ迷ってたんだ?  
「ああ、別に構わねえよ。すぐそこだぜ」  
「ありがとう。俺はクレイ。君は?」  
「トラップと呼んでくれ。動けるか?」  
 暗がりの中でもわかるくらい、マダムキラー……クレイは、顔色が悪かった。  
 水持ってきてやらねえと無理か? めんどくせーな……けど、ここで見捨てて死なれたら、さすがに 
後味悪いしな。  
「いや、悪いが、ちょっと無理らしい」  
 案の定、クレイは首を振って木にもたれかかった。ま、しょうがねーか。乗りかかった船だ。  
「しゃーねえな。水持ってきてやるからここで待ってろよ。どうせすぐ近くだ」  
「……いや、それには及ばない」  
 ……は?  
 その瞬間、だった。  
 クレイは、俺の肩をつかむと、首筋に顔を寄せてきた。  
 なっ、何だ!? こいつ、その手の趣味があんのか!?  
 振り払おうとしたが、クレイの力は強かった。そして、首筋に鋭い痛みを感じた瞬間、俺の意識は暗 
転して……  
   
 どれくらいの時間が経ったのかわからねえ。  
 わからねえが、目を覚ましたとき、まだ辺りは真っ暗で、クレイは既にいなかった。  
 畜生……何だったんだ、一体。  
 別に服も乱れてねえし、危ねえ趣味を持った変態とか、強盗の類でなかったのは確かみてえだが。  
 立ち上がろうとしたが、ぐらっと眩暈がして、再び座り込んだ。  
 貧血……? じゃねえ。脱水症状か?  
 何だかものすごく喉が渇いて仕方がねえ。一体、俺はどんだけ倒れてたんだ?  
 そういや、あんとき首に痛みを感じたが……  
 触ってみたが、特に傷はないようだった。わかんねえ。あいつは一体何だったんだ?  
「……考えてもしゃあねえ。帰るか」  
 もしかしたら、丸一日くれえ経ってるかもな。母ちゃんやルーミィの奴、心配してっだろうなあ……  
 とっとと家路につく。どうやら場所は動いてなかったらしく、十分もしたら見慣れた我が家に到着し 
た。  
 窓から明かりが漏れてるな……まだ起きてんのか?  
「ただいまー……っと」  
「あ、とりゃー! おかえりなさいだおう!!」  
 ドアを開けた瞬間、妹のルーミィがとびついてきた。  
 言葉使いでもわかるだろうが、まだ三歳にもならねえガキだ。えらく年の離れた妹なんで、たまに親 
子と間違われたりする。  
 冗談じゃねえぞ! 俺はまだ17歳だっつーの。  
「ただいま。おめえ一人か? 母ちゃんは?」  
「寝てるー。るーみぃ、とりゃーを待ってたんだおう」  
「あん?」  
 普段は夜の九時には寝ちまってるおめえが? 時計を見てみたが、時間は既に深夜過ぎだった。  
 気絶してたのは、2〜3時間ってとこか。ルーミィの様子から、丸一日経ったってことはねえみたい 
だな。  
 
 ルーミィは、真っ赤になった目をこすりながら、俺に小さな紙包みを渡してきた。  
「とりゃー、お誕生日おめでとう!」  
「……は?」  
 誕生日? そういや、今日……いや、日付変わっちまったから昨日か……は……  
 何てこった! 本当に俺の誕生日じゃねえか。17歳じゃなくて18歳になっちまってたのかー!?  
 しかしすっかり忘れてたぜ。誕生日に残業くらうとは、俺もつくづくついてねえ。  
「そっか、そのために起きてたのか?」  
「うん! るーみぃ、一生懸命作ったんだおう!」  
 ルーミィがくれた紙包みを開けてみると、中には緑の糸を編んで作ったリボン(のようなもの)が入 
っていた。  
 母ちゃんが大分手伝ったみてえだけど……やっぱよれよれだな……  
 あちこちにいびつな穴が開いて太さも揃ってないリボンだが、こいつのこったから、一生懸命作って 
くれたんだろうなあ……  
 早速、今まで髪をまとめるのに使っていたリボンをほどいて、ルーミィのリボンでまとめなおす。  
 ははっ、しばりにくいリボンだな……あったけえけど。  
 ルーミィを抱き上げて、我ながら会心の出来と言える優しい笑顔を返してやる。  
「さんきゅーな、ルーミィ。すっげえ嬉しい。んじゃ、もう寝ようか」  
「うん! とりゃー、大好きだおう!」  
 そういって、ルーミィは短い腕を必死に伸ばして俺の首にしがみついた。  
 ……そのときだった。  
 さっきから感じていた喉の渇き。目の前にとびこんできた、ルーミィの白い首筋。  
 今まで感じたことのない衝撃が、俺の中につきあげてきた。  
 抑えられない欲望。気がついたら、俺は……  
 ルーミィの首筋に、歯をつきたてていた。  
 
 それから何をしたのか、よく覚えていない。  
 我に返ったとき、俺の前には、真っ青な顔をしたルーミィが倒れていた。  
 そして、俺の口元から顎にかけて、べったりとこびりついていたのは……  
 俺は……何をした? 一体、何が起きたんだ?  
 そっと口の中に手を入れてみると、自分の犬歯が、異様に伸びているのがわかった。これじゃ……ま 
るで……  
「……牙?」  
 俺の身に何が起こったのか。  
 ルーミィの身体に触れたが、既に冷たくなっていた。呼吸も止まっている。  
 ……死んだ、のか? 俺が殺したのか?  
 俺は……一体……  
 気がついたら、俺は家をとび出していた。  
 妹を殺しちまった事実から逃げたくて。そして、あの男――クレイを捜すために。  
 何より、これ以上人を手にかけないために。  
 またあの衝動がつきあげてきたら、俺は次に、母ちゃんや街の皆を手にかけるかもしれない。離れる 
んだ、なるべく遠くに。  
 俺をおかしくしたのは、クレイの野郎に違いない。あいつを締め上げれば、何かわかるはずだ。  
 あいつを見つけるんだ――  
   
 クレイを見つけ出したのは、それから一週間後だった。  
 シルバーリーブとかいう小さな村の近くにある古城。奴は、そこに住み着いていた。  
 クレイを見つけるのは案外簡単だった。何しろ目立つ外見だからな。目撃情報辿っていけば、自然に 
辿りついた。  
 辛かったのは、散発的に襲ってくる衝動をこらえることだ。喉の渇きを感じるたび、人のいねえ場所 
に逃げ込み、いつ終わるともしれない衝動に身もだえしながら、だましだましここまで来た。  
 昼間は猛烈に身体がだるくなり、動くのも億劫になる。夜しか動けねえから、時間だけがかかっちま 
った。まあ、飯は普通に食べれたからな。飢える心配だけは、なさそうだったが……  
 
 クレイの後を追っていくと、行く先々で、不気味な噂が立ち込めていた。  
 いわく、突然、大量の血を失って人が死んだ。死んだと思ったら復活した……  
 ……まさか、とは思うが。いや、まさかじゃねえな。多分、そうなんだろう。  
 俺も……死んだのか? クレイに血を吸われて。死んで復活したのか? 化け物として?  
 襲ってくる衝動と戦いながら、俺は古城に突入した。  
 どんな恐ろしい化けもんが襲ってくるかと身構えてたんだが、城の中は静かだった。  
 クレイは、城の最上階で、静かに椅子に座っていた――  
「待っていたよ、トラップ」  
 この間と全く変わらねえ優しい笑みを浮かべて、クレイは言い放った。  
 この野郎……俺に、あんなことをしておきながら……待っていただと?  
「てめえ……俺に何したんだ……そもそもてめえは何者だ?」  
「言っただろう? 俺はクレイ」  
「名前なんざ聞いてねえ! おめえは……あのとき何を……」  
「トラップ、もうわかってるんだろう?」  
 言いながら、クレイは立ち上がった。すまなそうな表情すら見せない、固まったような優しい笑顔で。  
「俺は君の血を吸った。君は一度死んで、そして吸血鬼として復活した」  
「……吸血鬼、だと?」  
「そうだ。俺はヴァンパイヤ。光栄に思えよ、トラップ。おまえが最初の吸血鬼だ。ヴァンパイヤに最 
初に血を吸われた人間なんだよ」  
 ……あんだと……?  
 ヴァンパイヤだとか吸血鬼だとか、わけがわかんねえ……一体何を言ってるんだ?  
 俺の表情から、言いたいことを悟ったらしい。クレイは、そのままヴァンパイヤとは何か、吸血鬼と 
は何かを説明してくれた。  
 ……それは、俺の絶望を深める結果にしかならなかったけどな。  
 
「てめえ……よくも……」  
「力を与えてやったのに、不満そうだな? トラップ、これでお前も、不老となり、すさまじい魔力を 
手に入れたんだぞ? 今はまだ、使い方もわからないからそれが実感できないだけだ」  
「誰が……誰がんなこと頼んだ! 俺は、俺はっ……」  
 言葉にならねえ……俺は、俺は……人間じゃなくなって……実の妹を手にかけて……  
「いらねえ……そんな力なんざいらねえ! 他人を犠牲にしなきゃ保てねえ力なんざ何になる!? 俺 
を戻せ、人間に戻しやがれ!」  
「悪いな、トラップ。それはできない」  
 俺の絶叫に、クレイはゆっくりと首を振った。  
「一度吸血鬼になってしまったら、もう二度と戻せない。おまえは吸血鬼として生きるしかないんだよ 
……身体を焼き尽くされるか心臓に杭を打ち込まれるかでもしない限り、死ぬことすらできない」  
「あんだと……?」  
「それに、犠牲にするというのも間違いだよ。君に血を吸われても、相手は死ぬわけじゃない。厳密に 
言えば、血を吸われた直後の状態は、仮死状態って奴だ。その間に感染した血液が身体を作りかえ、吸 
血鬼となって復活するんだ」  
「……な、に……?」  
 それは、ある意味死んだと言われるよりショックなことだった。  
 目の前を、死んだように横たわっていたルーミィの姿がちらつく。  
 気がついたら、俺は身を翻していた。クレイの奴は何も言わなかったが……きっと、奴は例の優しい 
笑みを浮かべて、俺を見送っていたんだろう。  
 ドーマに戻った俺が見たのは、残酷な光景だった。  
 たどり着いたのは真夜中。外は誰も歩いていない……二人を除いて。  
 森を抜けた俺が見たのは、見知らぬ野郎に手をひかれて歩いているルーミィの姿だった。  
 あいつは、兄の欲目を差し引いても可愛い顔をしていた。危ねえ変態に目をつけられてもおかしくな 
いくらい。  
 案の定、野郎はルーミィを抱えあげると、服を脱がせようとして……  
 とび出そうとした俺の目の前で、ルーミィはやけに無邪気な笑みを浮かべた。そして。  
 何のためらいもなく、野郎の首筋にかみついていた。  
 首筋から滴り落ちる血。それを美味そうに吸い上げるルーミィの姿は……残酷なくらい綺麗だった。  
 やがて、男が倒れる。ルーミィは、何事もなかったように歩き出そうとして……  
 
「ルーミィ」  
 俺は思わず声をあげていた。  
 ルーミィが振り返る。その顔に、笑顔が広がる、  
「とりゃー! おかえりなさいだおう!!」  
 あのときと変わらない笑顔で、ルーミィは抱きついてきた。口元から顎にかけて、べったりと血で汚 
してなければ……それはさぞ微笑ましい光景だっただろう。  
「とりゃー! どこ行ってたんだあ? るーみぃ、ずっと待ってたんだおう!」  
「そうか……すまねえな……」  
 おめえをこんな風にしちまったのは……俺、なんだな……  
 母ちゃん達がどうなったのか、聞きたくても聞けなかった。ルーミィ一人でこんな時間に外出させる 
なんざ、俺の知ってる母ちゃんなら絶対しねえ。  
 多分、もう……  
「すまねえ……すまねえな、ルーミィ……」  
「とりゃー、泣いてるんかあ?」  
 俺の頬に手を伸ばしてくるルーミィの顔を、直視できなかった。  
 クレイの奴に聞いた、吸血鬼が死ねる方法。  
 そのために用意しておいた、鋭く尖った杭。  
 できれば使いたくなかったそれを、俺は……ルーミィの心臓に、突き立てていた。  
 ルーミィの動きが止まる。何されたか……わかってねえんだろうな。  
 これしかねえんだ。おめえを救える方法は……  
 段々とぬくもりを失っていくルーミィの身体を抱きしめて、俺はしばらくの間、泣いた。  
   
 できれば俺も死にたかった。欲望の赴くままに他人を殺すくらいなら、死んだ方がマシだと思った。  
 けど……まだ死ねねえ。俺みてえな奴を増やさないために……何より、俺自身の気がすまないから。  
 クレイの野郎をぶっ殺すまで、俺は絶対死なねえ……  
 それから、俺はシルバーリーブ近くの森にある小屋に住み着いた。  
 つきあげる衝動を抑えるのにも慣れた。クレイの野郎が城の入り口に結界を張ったせいで、それを破 
ろうと四苦八苦しているうちにいつのまにか魔力の使い方も覚えた。  
 動きは鈍くなるが、昼間でも動けるようになった。俺は自分を鍛えたが、クレイの野郎にはどうして 
も敵わねえ。クレイも俺を殺さねえ。そうして、何百年も不毛な争いが続いた。  
 そして、血を吸わないと決めた俺の魔力は、少しずつ、少しずつ弱っていって……  
 そんなとき、俺は、あいつに出会った。  
 あいつに会って、初めて、生きててよかったと思えた……  
 
 トラップの長い話を聞いて、わたしは何も言えなかった。  
 わたしの名前はパステル。元ヴァンパイヤハンター。  
 そして、クレイの娘、ヴァンパイヤと吸血鬼のハーフでもあるんだ。  
 ヴァンパイヤがヴァンパイヤの血を吸った場合、血と血が争ってお互いを滅ぼしあい、ただの人間に 
なってしまう。そう知ってから、わたしはクレイを捜すために、ずっと旅をしてきた。  
 そして、トラップと出会った。トラップのおかげで、わたしは今こうしていられるんだと思う。  
 やっぱり、辛いよね。自分の父親を手にかけるのは……  
 クレイが死んだ後、わたしとトラップはまた旅に出た。  
 目的地はドーマ。トラップの故郷……の近くにある森。  
「ヴァンパイヤがヴァンパイヤの血を吸ったら人間になれるんだろ? だったら、ヴァンパイヤを捜せ 
ばいいじゃねえか。それで、少なくともおめえは人間に戻れる」  
 二人で生きていこうと決めた後、トラップはあっさりと言い放った。  
 あのねー……純粋なヴァンパイヤは、クレイ一人なんだってば。  
 クレイの娘であるわたしも、一応ヴァンパイヤって言えるけど、わたしが自分の血を吸っても何もな 
らないし。  
 ちなみに、吸血鬼がヴァンパイヤの血を吸うと、ヴァンパイヤの血が強すぎて体の方が耐え切れない 
んだって。だから、ヴァンパイヤを見つけても、例えばわたしの血を吸っても、トラップは結局人間に 
はなれないんだ。  
 そう言って、わたしは反対したんだけど。  
「おめえなあ。俺達、いつ魔力が尽きて灰になるかわかんねえんだぜ? なら、少しでも可能性にかけ 
てみねえと何にも進まねえだろ。俺は、見たくねえからな。おめえが灰になるとこなんて」  
 ……うん。それは同感。わたしだって、トラップが灰になるところなんか見たくないもん。  
 クレイが言ってたけど、クレイが1番最初に血を吸ったのがトラップってことは、クレイが生まれたのは、クレイとトラップが出会った場所の近くなんじゃないか、って思うんだよね。  
 だから、クレイとの出会いを教えて、って言ったんだけど……  
 トラップが、どうして血を吸おうとしなかったのか。吸いたいっていう衝動をこらえることができた 
のか、よくわかった。  
 ……1番初めに吸った相手が、妹だなんて。  
 わたしなら、きっとその場で泣き喚いてただろうな。トラップは、やっぱり強い。  
 
「ヴァンパイヤだか何だか知らねえけどなあ、何もねえところからいきなりわいて出たってこたーねえ 
だろう。何かあるはずなんだよ。ヴァンパイヤが生まれる何かが。それを見つけりゃあ、吸血鬼から人 
間に戻れるヒントが手に入るかもしんねえし。  
 少なくともヴァンパイヤさえ見つければ、おめえだけでも人間に戻れるんだしな」  
 わたし一人だけ人間に戻ったって意味がないでしょ。トラップが一緒じゃなきゃ。  
 そう言うと、トラップは優しく微笑んで、唇を重ねてきた。  
 そうして、わたし達は今、ドーマに向かって歩いているんだ。  
   
「やだっ、トラップ……こんな、ところで……」  
「誰も見てねえって。大丈夫だいじょーぶ」  
 重ねられる唇。身体を這い回る手。  
 わたし達は今、街道を外れた森の奥深くにいるんだ。  
 確かに、誰も通らないから見られてはいないと思うんだけど……そういう問題じゃなくてさあ。  
 わたしはトラップのことがすごく好き。多分、トラップがいない生活なんて、もう考えられないと思 
う。  
 だけど……この、その……外で迫ってくるの、やめてくれないかなあ……服が汚れちゃうし、何より 
……  
 は、恥ずかしいから……  
 わたしの小さな抵抗なんかものともせず、トラップの手は、実に楽しそうに服のボタンを外している。  
 ちなみに、今は夜。月光に照らされるトラップの顔は……ううっ。悔しいけどかっこいい。  
「ああっ……」  
 あらわになった胸に、トラップが軽く口付ける。  
 わたしは今、木を背にしてもたれかかってるんだけど……それがなかったら、多分、膝から崩れてた 
と思う。  
 最初は、痛いとかくすぐったいとか、そういう感覚の方が強かったんだけど。  
 何回も抱かれているうちに、その……「気持ちいい」っていう感じが、段々強くなってきて……  
「もお……街道を、抜けたら……すぐ、街、じゃない……せめて、宿、まで……」  
「ばーか。待てるかっての。おめえが悪いんだぜ」  
 な、何でわたしが悪いのよう……  
 言葉に出そうとしたら、唇を塞がれた。深いくちづけ。そして、トラップはにやっと笑った。  
「おめえが、あんまりかわいいから」  
 ……ううっ、相変わらず意地悪なんだから!  
 
「大体さ、おめえも口で言うほど嫌がってねえだろ」  
「っ……そ、そんなことないもん」  
「素直になれって」  
 トラップの手が、スカートをたくしあげて下着の間に滑りこんだ。  
「身体は、とっくに素直になってるぜ」  
「―――あっ……あんっ、やあっ……」  
 う――――っ、くっ、悔しいっ……それ以上に恥ずかしい……  
 結局、わたしはトラップには勝てないんだなあ。  
 中に入ってくるトラップを受け止めながら、わたしはいつもの言葉をつぶやいていた。  
 ――こんなことしてるから、ドーマになかなかたどり着けないんだよね。  
   
 そんなこんなで、わたし達が旅立ってから二週間くらい経った後。  
 わたし達は、ようやく、トラップとクレイが出会った場所にたどり着いていた。  
 ……ここを抜ければ、すぐにトラップの生まれた街が……  
「ねえよ」  
 わたしの考えを読んだかのように、トラップはあっさりと言った。  
「ドーマは、とっくになくなってる。ほれ、ヴァンパイヤハンターって組織ができて、吸血鬼狩りが始 
まっただろ? そんときさ、真っ先にドーマが狙い打ちされた。  
 ま、そりゃそうだよな。言うなれば吸血鬼発祥の地だもんな。無事な人間だけがガイナとかの近くの 
街に移住を迫られて、吸血鬼は、街もろとも焼き払われた」  
 ……絶句。  
 それって……  
「トラップ……ごめん、ごめんね」  
「ばっ、バカっ。何でおめえが謝るんだよ!!」  
「だって……だって……」  
 クレイを見つけるために、情報を手に入れるためにとは言え、わたしも、ハンターの一員だったから 
……  
 トラップはしばらくおろおろしてたけど、やがて、ぎゅっとわたしを抱きしめてつぶやいた。  
「バーカ。関係ねえよ。どうせ……どうせ、もう何百年も経ってんだ。母ちゃんや友達だって、生きて 
るわけねえんだ。吸血鬼になった奴らになんか、再会したくねえしな……」  
「トラップ……」  
 
 トラップは、強い。どうして、そんな風に割り切れるんだろう?  
 わたしなら、きっと思い悩んじゃう。お父さんを殺しちゃったことみたいに……  
 そう言ったら、トラップは「クレイを殺したのは俺だ!」って本気になって怒るから、口には出さな 
いけどね。  
 うん、もう考えるのはやめよう。当事者のトラップが気にするなって言ってるんだもん。わたしがど 
うこう言ったってしょうがないもんね。  
「ごめんね、トラップ。でもさ、何百年も経ってるのに、この森はよく残ってるね」  
「……まあな。俺も驚いた」  
 よく考えたら、ずっと昔のことだもん。クレイと出会った森が残ってるかどうかなんて保証はどこに 
もなかったんだよね。  
 だって、トラップったら、クレイを殺すことにばっかり夢中になって、一度もこの森に来たことがな 
いって言うんだよ! 下手したら無駄足踏むところだったんだ。  
 結果的に無事に残ってたから、よかったんだけど。  
「でもさ、場所、正確にわかる? だいぶ様子が変わってるんじゃないの?」  
「……いや、それがそうでもねえな」  
 わたしの言葉に、トラップが目を細めた。  
 そのとき、彼の体から魔力が放たれるのがわかる。  
 わたしもヴァンパイヤの端くれだもん。それくらいはね。もっとも、わたし自身は魔力の使い方が全 
然わからないんだけど……  
 わたしにだって、多分力そのものはあるはずなんだけどなあ。  
 とにかく、しばらくじーっとまわりを見渡した後、トラップは言った。  
「全然変わってねえ。不気味なくらいな。行くぜ、はぐれんなよ」  
 そのまま、わたしの腕をひっぱって、トラップはどんどん進んで行った。  
 実は、わたしってすごい方向音痴なんだよね……ここまで向かう道のりの途中でも、何回かトラップ 
とはぐれちゃって。そのたびにすんごく怒られた。  
 でも、そのうち、歩くときはトラップが手をひっぱってくれるようになったんだ。へへっ、結構嬉し 
かったりして。  
「何にやにや笑ってんだよ。気持ちわりーな」  
 ……この口の悪ささえなければ、本当に、凄く素敵な人なんだけどなあ……  
 
 トラップが連れてきてくれた場所は、本当に目立つところなんか全然ない、普通の場所だった。  
 よくわかるよねえ、トラップ……わたしなら絶対見つけられないよ……  
「間違いねえ。この木だ。この木の裏に、クレイは座り込んでた」  
 そう言ってトラップが手を当てた木も、周囲の木と何が違うのかさっぱりわからなくて。  
「……おかしいな」  
 え?  
 不意にトラップがつぶやいた。何だろ? やっぱり自信がないとか?  
「おかしいって、何が?」  
「ああ? おめえわかんねえのか。俺があいつと出会ったのが何百年前だと思ってやがる。木ってのは 
なあ、普通成長するもんなんだよ。樹齢何百年の木が、こんな普通の木のわけねえだろ」  
 ……あ、言われてみれば確かに。  
「じゃあ、やっぱり違う木なんじゃない?」  
「いいや、ぜってーここだ。間違いねえ。よく見てみろよ。クレイの魔力の残り香が、ほんの少し残っ 
てる」  
「ええ?」  
 言われて、よーく目をこらしてみる。トラップが指差しているところ。そこに……  
 あ、本当だ。ほんのちょっぴりだけど、クレイの気配がする。  
 ……どういうこと?  
 二人で顔を見合わせたときだった。  
「それはですねえ、この森全体が、何かの結界で包まれてるからなんですよ」  
 不意に、誰かの声が響き渡った。  
 
 わたし達が振り向くと、そこに、背が低くてぼさぼさの髪をした男の人が立っていた。  
 ……あれ? この人って……  
「お久しぶりです。私の薬は、役に立ちましたか?」  
 その男の人は、私に向かって言いながら会釈をした。  
 ……薬……?  
 あ――!!  
「あんだよ。知り合いか?」  
 トラップが聞いてくるけど、わたしはびっくりしすぎて何も言えなかった。  
 こ、この人って、シルバーリーブの薬屋さん! ええと、確かキットンって言ったっけ?  
「キットンさん? シルバーリーブで火傷の薬を売ってくれた……」  
「さんはいりませんよ。その通りです。あなた達は、パステルとトラップ……でしたか?」  
「……何で俺達の名前、知ってんだ?」  
 トラップが警戒心をこめた目でにらむと、キットンはぐふぐふ笑いながら言った。  
「いやあ、実はお二人の後をずーっとつけてきていましたから」  
 ……絶句。  
 わたしが気づかなかったのはともかく、あのやたら鋭いトラップに気づかれないようについてくるな 
んて。  
 いやいや問題はそこじゃなくて。  
 ずーっとってことは、も、もしかして、み、見られてたっ!? そ、その、トラップと……  
「ああ、安心してください」  
 わたしが真っ赤になって後ずさると、キットンは何故だかげらげら笑いながら言った。  
「私はそこまで野暮じゃないですから。見なかったことにしておきますので」  
 それって見てたってことじゃないのー!!  
 ああもう、穴があったら埋まりたいっ!!  
 すっかり何も言えなくなったわたしにかわって、トラップがずいっと前に出た。  
 顔色一つ変えてないよ、この人……わたしが何に赤くなってるか気づいてるんでしょうね?  
「んで、そのシルバーリーブの薬屋が、俺達に何の用なんだ」  
「いやあ。薬屋は副業でしてね。私の本職は、研究家なんですよ」  
「研究家だあ?」  
「そう。ヴァンパイヤのね」  
 キットンの言葉に、今度こそ、トラップも黙り込んだ。  
 
ヴァンパイヤハンターに所属しているとき知ったんだけど、ハンターはあくまでも退治するのが目的。  
 実際にヴァンパイヤや吸血鬼のことについて調べてるのは、別に専門家がいるんだよね。それがつま 
り、キットンみたいなヴァンパイヤの研究家。  
 ヴァンパイヤや吸血鬼の生態とか、発生情報とか、とにかく関係してるありとあらゆる事柄を調べて 
くれる彼らからの情報で、ハンターは吸血鬼を倒していったんだ。  
 ……だから、一人も倒せなかったわたしは落ちこぼれ扱いされてたんだけど。  
 ううん、そんなことは問題じゃなくて!  
「研究家だあ? ってことは……」  
「ええ。シルバーリーブに住んでいたのは、ヴァンパイヤであるクレイのことを調べるためです。もち 
ろん、あなたのことも知っていますよ。世界で最初の吸血鬼、トラップ」  
 ……キットンの言葉には、嘲りとか怯えとか、そういう悪い感情は全然なかった。むしろ嬉しそうだ 
ったんだけど。  
 それだけに、何を考えているかわからなくて不気味だった。  
「……俺達をどうするつもりだ。ハンターにちくんのか?」  
「いえいえ、とんでもない」  
 トラップの言葉に、キットンはぶんぶんと首を振って言った。  
「私は、あなた達を滅ぼすつもりは一切ありません。吸血鬼だろうと何だろうと、生きていることにか 
わりはないでしょう?」  
 ……あ。  
 キットンの言葉は、温かかった。嘘でも冗談でもないことがよくわかる。  
 何だか、すっごく嬉しいぞ。  
 トラップの表情も、少し和らいだ。  
「んじゃあ、一体何で俺達をつけてきたんだ?」  
「いえいえ。実は私、少々魔力を持っていましてね。私自身は吸血鬼ではありませんが、どうやら持っ 
て生まれた才能だったらしいです」  
 へーっ、魔力って、ヴァンパイヤや吸血鬼だけの能力なんじゃなかったんだ。  
「だから、パステルが店に来たときすぐにわかったんですよ。彼女がヴァンパイヤの血をひいてること 
にね」  
 ぶはっ!!  
 何気なく続いた言葉に、わたしとトラップは同時に吹き出していた。  
 
「いやいや、驚きましたねえ。ヴァンパイヤはクレイ一人だと思っていたんですが。まさか娘がいたと 
は……実は、私あなた達とクレイが戦っている現場を見ていたんですよ。気づきませんでした?」  
 全っ然。  
 ちらっとトラップを見上げると、彼も黙って肩をすくめた。トラップが気づかなかったのに、わたし 
が気づくわけないよね。  
「それでですね、クレイの誕生の地を知ることができるまたとないチャンスと知って、後をつけさせて 
いただきました。いやーなるほど、この森だったんですねえ」  
 わたし達の驚きなんかいざ知らず。キットンは、マイペースにあたりを見渡している。  
 ……そういえば、さっき何か言ってたよね。結界に覆われてる?  
「そいやあ、どういうことだ? この森が結界で覆われてるってーのは」  
「おや、トラップ。あなたにはわかりませんか? この森はですねえ、時間の流れから隔離されている 
んですよ。大きな結界で包まれているんです。だから、何百年も経っているのに、いっこうに木が成長 
していないんですよ」  
「あんだと? 何でんなことになってんだ?」  
「ぐふふ。ずばりですね、それにはヴァンパイヤの誕生が関係あるのです!」  
 びしっ、と天を指差して、キットンは言った。  
「私、研究してわかったんですけどね。ヴァンパイヤというのは、元々この世界の生物じゃないんです 
よ。彼らは異世界の住人なんです。クレイがいなければ、この世界が吸血鬼だらけになることはなかっ 
たでしょうねえ」  
 ……はあ。  
「ところがですよ。クレイは、どうしても力が欲しかった。知ってますか? 彼の家は、代々続く騎士 
の家系でしてね。クレイにも二人のお兄さんがいらっしゃったんですが、それはそれはお強い方達だっ 
たそうですよ。  
 お父さんもお祖父さんもそのまたお祖父さんも……ところが、クレイは優しすぎたんですね。決して 
腕は悪くなかったのに、どうしても人を斬ることにためらいを捨てきれなかった。彼は、家では能無し 
扱いされて、ずっと苦しんでいたそうです」  
 ……え?  
 知らなかった……そんな話。お母さんは、知ってたのかな?  
 トラップは何も言わないけど、やっぱり知らなかったみたい。表情は変わってないんだけど、何とな 
くわかるんだ。  
 
「そこにですね、悪魔が囁いたんですよ。彼は何よりも自分自身が嫌いだった。変えたいと思っていた。 
だから、彼は禁断の術に手を染めたんです。ヴァンパイヤを召還するという術をね」  
 ――えっ!?  
 召還? それってどういうこと……  
「ああ、召還というのは、つまり異世界の住人であるヴァンパイヤをこの世界に呼び出したということ 
です」  
 わたしがぽかんとしていたのに気づいたのか、キットンが説明してくれた。  
 な、なるほど……  
「彼はね、もともと能力は申し分なかった。だから、ヴァンパイヤを受け入れることができたんですよ。 
その力と資格がなければ、そのままヴァンパイヤに身体を乗っ取られて、今頃この世界はなくなってい 
ましたよ。だけど、彼には理性があったでしょう?  
 あれは、ヴァンパイヤの能力だけを完全に取り入れることができた証です」  
 言われて、思い出す。確かに、クレイは優しかった……だから、お母さんとの約束を守ることができ 
たんだね。  
「まあ、それが幸せだったかどうかはわかりませんけどねえ。力が安定するまでは、やっぱり人を襲わ 
ずにはいられなかったみたいですし。だからトラップを始めとする吸血鬼を世の中にあふれさせてしま 
った。クレイはずっと苦しんでいましたよ。  
 それこそ、我々など及びもつかないほど長い間……ね」  
 ……お父さん。  
 わたしは思わず泣きそうになってしまったけど、その前にトラップの声が響いた。  
「てめえは、何でそんなに事情に詳しいんだ?」  
 その言葉に、涙もひっこんでしまう。  
 そういえばそうだよね。何でこんなに個人的なことに詳しいんだろう。  
「クレイ自身が教えてくれました。いやあ、実は調べるために城に入っていったんですけど、クレイは 
丁重にもてなしてくれましてね。トラップを除けばここに来れたのはお前だけだ、って。随分仲良くさ 
せてもらいました」  
 な、仲良く……って。やっぱり、この人変わってる。  
 あ、トラップの顔がひきつってるよ……  
「まあ、それはともかくですね。召還の方法なんですけど、周囲から時間の流れを隔離した場所で、特 
定の儀式を行うんです。  
 これは、アイテムと相応の知識さえあれば、魔力は特に必要としない作業でしてね。だからこそクレ 
イに行えたんですが……いやあ、ここがそうだったんですか。いいものを見させていただきました」  
 
 それだけ言うと、キットンは背を向けた。  
 って、おーい。  
「おいっ! 結局てめえは何しに俺達をつけてきたんだ!!」  
 あ、トラップが怒ってる。まあ当たり前だよね。トラップが言わなかったらわたしが言ってたもん。  
「言ったでしょう? ただ研究家として見てみたかっただけです。クレイも、色々教えてくれましたが、 
場所は教えてくれませんでしたのでねえ。どうやら、彼にとってもここは忌まわしい場所のようですか 
ら」  
「て、てめえなあ……」  
 トラップの身体がぴくぴくひきつってた。殴りかかったりしないでしょうね。  
 わたしははらはらしながら見てたんだけど、やがて、ふっと、彼の身体から力が抜けた。  
 あれ? どうしたんだろう?  
 キットンも、不穏な空気を察したのか、身を翻して逃げようとしたみたいなんだけど……  
「待て」  
 あらら、あっさり捕まってる。まあ、キットンとトラップじゃ、足の長さが全然違うもんね。  
「な、何ですか?」  
「おめえ、研究家っつったよな? そこまで知ってんだったら、ヴァンパイヤの召還方法も知ってるよな?」  
「……知ってたら、どうだって言うんですか?」  
 キットンが不思議そうに聞き返すと、トラップは、にやっと笑って行った。  
「教えろ。俺がヴァンパイヤを召還する」  
 …………  
 え――――!?  
   
 トラップの言葉に、私もキットンも言葉が出なかった。  
 だってだって! さっきの話を聞いてなかったの!?  
 ヴァンパイヤを召還するのって、すごい危険なことみたいだよね。普通の人だったら、身体を乗っ取 
られちゃうって……  
「なっ、何考えてるのよトラップ!?」  
「そうですよ。あなた、私の話を聞いてなかったんですか? クレイがヴァンパイヤになれたのは、彼 
が類稀なる能力を持っていたからなんですよ」  
「ああ!? んじゃてめえは、俺にはその能力が無いっていうのか?」  
「い、いえ、その……」  
 すんごい迫力あるトラップの口調に、思わず黙り込むキットン。  
 もーっ! 情けないっ!!  
 
「やめてトラップ! 第一、どうしてそんなことしなきゃならないのよ!?」  
「ああ!? んなの決まってんだろ!?」  
 わたしが叫ぶと、トラップは即座に怒鳴り返してきた。  
「おめえと一緒に幸せになるためだよ!!」  
 ……え?  
 どういう、こと?  
 わたしが呆気にとられていると、トラップはすごい早口でまくしたてた。  
「バーカ、わかんねえのか? 俺がヴァンパイヤを召還して、俺自身をヴァンパイヤにする。そうすり 
ゃあ、別のヴァンパイヤがどうのこうの言わなくてもいいだろ?   
 おめえが俺の血を吸って、俺がおめえの血を吸えばいいんだ。そうしたら、二人とも人間になれるじ 
ゃねえか!!」  
 ……あっ!!  
 そう……そうだよね。確かに……  
「あ、あのですね、トラップ。私はお勧めしませんよ? あなた、既に吸血鬼になってしまってますし。 
能力の有る無し関係なく、ヴァンパイヤを受け入れることができるかどうか……」  
「できねえっつー根拠はどこにあるんだよ」  
「いえ、ありませんが……」  
 そりゃあそうだよね。そもそも、ヴァンパイヤが召還によって現れるってことだって、初めて知った 
もん。  
 ハンターギルドでも聞いたことがなかったし。多分キットンとクレイしか知らなかったんじゃないか 
な?  
 確かに、成功できるなら、それが一番の解決方法だろうけど……でも……  
「でも、やっぱり駄目だよ。もし受け入れられなかったら? わたし、ヴァンパイヤになっちゃったト 
ラップなんて見たくないよ!」  
 怖い。すごく怖い。  
 ヴァンパイヤに身体を乗っ取られるって、どういう風になるんだろう? トラップは、わたしのこと 
も、クレイのことも、ルーミィのことも、今まで出会った全ての人を忘れて、ただ欲望にまかせて人の 
血を吸うだけの本物の悪魔になっちゃうの?   
 そんなの、嫌だよ。  
 だけど、そんなわたしを、トラップはすごく優しい目で見つめていた。  
 そして、キットンが見てる前だというのに、ぎゅっと抱きしめてくれたんだ。  
 ……恥ずかしいんだけど。  
 チラッとうかがったら、キットンは目をそらしていた。  
 
「あんがとな、パステル。けどな、おめえ、俺を信用しろよ。クレイにできて、俺にできねえはずがね 
え。俺はクレイを殺した男だぜ?」  
「トラップ……」  
「俺は忘れねえ。他の誰のことを忘れても、おめえのことは絶対忘れねえ。パステル、俺を信用しろ」  
 それは、すごく不思議な言葉。  
 他の人だったら納得できなかっただろうけど、トラップの声で、言葉で言われると、納得できる。  
 ……そうだよね。信じなくちゃ。  
 トラップは、わたしと幸せになるために、自分の体を差し出すんだから。  
 わたしが信用してあげなくちゃ。  
「……わかった、トラップ。がんばってね。絶対、負けちゃ駄目だからね」  
 わたしが言うと、トラップは笑って……  
 ……キスはやめてね。キットンがいるから。  
 押しとどめたわたしに、トラップは微かに不満そうな顔をした。  
   
「えーとですね、結界は維持されていますし、後、召還に必要なものはそう多くありません。ろうそく 
と、紙とペンさえあれば」  
 すっかり諦めたキットンが、召還について説明してくれる。  
 もっとも、「ここでてめえの血を吸って吸血鬼にしてやってもいいんだぜ」ってトラップが牙を見せ 
て脅したからなんだけど……  
 わたし達は、一度ドーマの隣にあるガイナの街まで戻って、必要なものを調達してから再びこの場所 
へと戻った。  
 キットンいわく、ここは、この森の中心になるんだって。  
「それでですね、あ、ちょっと紙とペンを貸してもらえますか」  
 そう言うと、キットンはすごい速さで、紙に複雑な模様を書き始めた。  
 丸の中に三角が二つ重なった星マークを基本にして、そのまわりにすごくややこしい模様がいっぱい 
書いてあるの。  
 うっ、目がちかちかしてきちゃった。  
「これが、召還に使う魔法陣です。これを、中心となるこの場所に置いてですね」  
 紙が置かれたのは、クレイの気配がちょっぴり残っていたあの場所。  
「そして、四隅にろうそくを立てて炎を灯してください。倒れないように注意してくださいよ」  
 言われたとおりにろうそくを立てると……  
 何だか、その魔法陣の真ん中から、不思議な気配が上ってきた。これって、魔力?  
 わたしですら感じられるんだもん。きっとすごい力……なんだよね。  
 トラップ……大丈夫?  
 
「さて、後は呪文を唱えるだけです。ああ、パステル、離れておいた方がいいですよ。巻き込まれたら、 
死ぬかもしれません」  
 そ、それを早く言ってよ!!  
 キットンの言葉に思わずとびすさってしまったんだけど、すぐに後悔した。  
 トラップは、もっと怖いはずだよね。自分の体にヴァンパイヤを呼び寄せるんだもん。  
 ……わたしが傍にいてあげなくてどうするの!  
「パステル? おめえ、離れてろって」  
「嫌、わたしはトラップの傍にいる。わたしだってヴァンパイヤの端くれよ? 簡単に死んだりしない 
から……トラップは、わたしを信じてくれないの?」  
 そう言うと、トラップは笑って、わたしの頭を撫でた。「さすが、俺の惚れた女だ」って。  
 て、照れるなあ……  
「あのーあなた達がラブラブなのはよくわかりました。続けていいですか?」  
 ってきゃあああああああああああ!? キットンがいたの忘れてた!!  
「ご、ごめん。どうぞ」  
「ごほん。えーとですね、呪文なんですが、そう長いものじゃありません。『出でよヴァンパイヤ。我 
に能力を与えよ。我が名は……』この後、自分の名を叫ぶだけ。簡単でしょう」  
 ……簡単っていうか、シンプルっていうか。  
「さて、準備はいいですか、トラップ?」  
「ああ」  
「それじゃ、私は離れさせてもらいますよ。パステル、いいんですね? そこにいて」  
「……うん」  
 トラップなら、絶対大丈夫! わたしは信じてるんだから。  
 わたしが大きく頷くと、キットンが後ろに下がった。  
 ……いよいよ、始まる。  
 わたしは、トラップの手をぎゅっと握った。彼は、一瞬わたしを見た後……魔法陣の前に立って、目 
を閉じた。  
 
「出でよヴァンパイヤ。我に能力を与えよ。我が名は……トラップ!」  
 トラップが叫んだ瞬間。  
 魔法陣から、ものすごい魔力の波動が吹き付けてきた。  
 ううっ……くっ、苦しいっ……  
 呼吸もできないくらい濃密な魔力。それが、トラップのまわりに立ち込める。  
 その中から、声が響いてきた。  
『我を呼び出したのはお前か……』  
 それは、すごく不思議な声だった。低くてよく通る、威厳に満ちた声。耳じゃなくて、頭の中に直接 
響いてくるような声。  
 その声に、トラップが答えた。  
「ああ、そうだ」  
『何故、我の力を求める』  
「なんでそんなこと聞くんだ? その答えにおめえが満足できなかったら?」  
『お前は塵となって消滅するだろう』  
 ななな何ですって!? 聞いてないわよそんな話!!  
 思わずキットンをにらみつけたけど、魔力の壁に阻まれて全然姿が見えなかった。後で文句言わなく 
っちゃ。  
「なるほど、簡単に力を手に入れるってわけにはいかねえか」  
『然り。例え我がお前の答えに納得したとしても、お前の体が我の力に耐えられるか。それは我にもわ 
からぬ。そのときは、お前の体は我に完全に乗っ取られるであろう』  
「ああ? おめえ俺を誰だと思ってんだ? クレイを倒した俺が、おめえごときの力、耐えられねえは 
ずねえだろう」  
 トラップ……それをこのヴァンパイヤに言っても、多分意味が通じないと思うよ……怒ってないとい 
いけど。  
『自信に満ち溢れているな。よかろう。では問いを繰り返す。お前が我が力を求める理由は?』  
 その言葉に、トラップはにやっと笑って言った。  
「惚れた女と、幸せになるためだ」  
 その瞬間。  
 魔力の壁が、トラップに向かっていっせいに押し寄せてきた。  
 
 くくうー!!  
 その瞬間、わたしはトラップから弾き飛ばされた。とてもじゃないけど耐えられなかった。  
 それほど、魔力が圧倒的だったのよ!!  
 トラップの答えに、ヴァンパイヤが納得したのかどうかはわからない。  
 もしかしたら、目を開けたとき、トラップの体は塵になってるかもしれない。  
 もしかしたら、完全にヴァンパイヤになってるかもしれない。  
 トラップ……  
 駄目、信じなくちゃ。わたしが信じなくてどうするの!  
 わたしは目を開いた。ちょうどそのとき、魔力の最後のかけらが、トラップの体に吸い込まれたとこ 
ろだった。  
 塵にはなってない……トラップ!  
 その瞬間、トラップの膝が崩れた。自分の体を抱きしめるようにして、そのままうずくまる。  
「きゃあああああああああああああああ!? トラップ!?」  
 嘘、まさか! まさか、トラップ!!  
 わたしが慌てて駆け寄ると、トラップは……  
 にやり、と笑った。  
 それは、全くいつものトラップの笑顔で……  
「だぁら、言ったろ? 俺は、クレイの奴より強いって」  
 全くいつもの口調で、そう言った。  
「ば、ばかあ! 心配、したんだから……」  
「……わりい。やっぱさ、すげえな、ヴァンパイヤって」  
 トラップの体……震えてる?  
 わたしは慌てて彼の体を抱きしめた。同時に、トラップの腕が、わたしの体を抱きしめる。  
 
「早い方が、いい」  
「え?」  
「本当に、すげえ力なんだ。下手したら、俺の意識、とぶかもしんねえ。だから、おめえ……俺の血を 
……」  
 ……ああ、そうか。そうだよね。  
 そんなに簡単にいくはずがない。だからこそ、今この瞬間、トラップが意識を保てている奇跡を、無 
駄にしちゃいけない。  
「わかった……トラップも、わたしの血を……」  
「わかってるって。ちっといてえだろうけど、我慢しろよ」  
「それは、お互い様」  
 全ては、この瞬間のために。  
 そのためだけに、わたし達はここまで来たんだ。  
 わたしは、トラップの首筋にそっと歯をあてた。同時に、トラップの歯が、わたしの首筋にあたる感 
触。  
 わたし、実は血を吸うの初めてなんだよね……お母さんに教えてもらって、衝動をずっと抑えてきて 
たから。うまく吸えるかな?  
 トラップの歯に、微かに力がこもった。瞬間走る鋭い痛み。  
 同時に、わたしも、顎に力をこめていた。  
   
 血って、こんな味がするんだね……  
 口の中に溢れた血を飲み込みながら、わたしはぼんやりと考えていた。  
 トラップの血の味は、鉄くさくもさびくさくもなく、どちらかと言えば甘い味がした。  
 その血が、わたしの胃に落ちて、そのまま全身をめぐる。  
 それと同時に、急速に血を失って、頭がくらくらするのを感じた。クレイに血を吸われたときと、同 
じ感覚。  
 体を離したのがどちらが先なのかはわからない。  
 気がついたら、わたしもトラップも、地面に四つんばいになっていた。  
 血がめぐる。  
 トラップの血が、わたしの中でめぐってる。わたしの中に流れるヴァンパイヤの血を滅ぼそうと。  
 それは、とても苦しかった。血管一つ一つがぼろぼろに崩れていくような感覚。  
「ッああああああああああああああああああああああああああああ!!」  
 同時に全身をかけめぐった痛みに、わたしは叫んでいた。今まで味わったことのない痛み。クレイも 
味わったはずの痛み。  
 
 地面に倒れそうになったところを、即座にトラップが抱きとめてくれた。  
 トラップも、凄く苦しいはずなのに。額には脂汗が浮かんでるのに。  
 それでも、わたしを守ろうと、抱きしめてくれた。  
 ……負けちゃいけない! 幸せになるために。トラップと幸せになるために!!  
 その痛みが、どれくらい続いたのか……  
 急速に全身の力が抜ける。痛みが、少しずつ遠のいて……  
 そのまま、わたしは気を失ってしまった。  
   
 額に当たる冷たい感触で、わたしは目を覚ました。  
 ……えと、一体何が起きたんだっけ?  
 目を開けると、焚き火をしているトラップとキットンの姿が目に入った。  
 わたしの額に冷たいタオルをあててくれているのは、トラップ。  
 キットンは、焚き火で茸みたいなものを焼いている。  
「ああ、パステル、気がつきましたか」  
「……わたし……?」  
「いやあ、いいものを見させていただきましたよ。なかなか、ヴァンパイヤの召還の瞬間になんて立ち 
会えるものではありませんからね。いや、感謝します」  
 ……わたしとトラップがどれだけ怖い目にあったと思ってるのよ、もう!  
 あまりにものんきな言葉に、わたしは文句を言おうとしたのだけど、トラップに押しとどめられた。  
 まだ寝てろ、ってことらしい。確かに、体がすごくだるいんだよね。何でだろう。  
 キットンは、そんなわたし達の様子には全然気づかず、  
「えー、まあというわけでこれはお礼です。この茸は、貧血によく聞くんですよ。これを食べれば、パ 
ステルもすぐ元気になりますから」  
「あ、ありがとう……それより、わたし……」  
 結局、どうなったの?  
 そう言おうとしたんだけど、それに気づいたのか、トラップがにやっと笑って首筋を指差した。  
 ……え?  
 トラップの首。そこに、くっきりと残る、二つの痕。あれは……  
 あわてて自分の首筋を触ってみた。触ると、痛い。指を見ると、ちょっとだけ血がついてきた。  
 これって……ああ、でも、もし間違いだったら……  
 
「……まだ信じられねえのかよ」  
 わたしの様子に呆れたのか、トラップは、ひょいっとポケットから小刀を出した。  
 そして、ためらいもなく自分の腕を切り裂いた。  
 きゃあああああああ!? いきなり何するのよっ!?  
「バカ、かすり傷だって。それより、よっく見てみろよ」  
「……え?」  
 トラップが腕をつきつけてくる。その傷口は、確かにすごく浅かったけど。  
 でも、いつまで経っても、塞がらなかった。  
 慌ててトラップから小刀を借りて、自分の指先をちょっと切ってみた。  
 いつもなら、こんな怪我、すぐに塞がる。わたしはヴァンパイヤだったんだから。自己治癒力に優れ、 
どんな怪我でもたちどころに治してしまったヴァンパイヤ……  
 傷口は、いつまで経っても塞がらなかった。  
「わたし……わたしっ、人間にっ……トラップもっ……」  
「ああ。だあら言ったろ? 俺を信用しろって」  
 わたしは……きっと今日という日を絶対に忘れない。  
 やっと、呪縛から解放された日のことを。  
 しばらくわたしとトラップは何も言わず抱き合ってたんだけど、ゴホンという咳払いで、慌てて離れ 
た。  
 ううっ、どうも他に人がいる状況って、慣れないなあ。  
「えー、いや、感動的な光景をありがとうございました。私はそろそろ失礼しますよ。店も再開させな 
いといけませんし」  
「ああ、さっさと行け」  
 トラップが、全然遠慮のない口調で言った。  
 一応、キットンのおかげで召還ができたんだからさあ。もうちょっと丁寧な態度取れないかなあ。  
「キットン、本当にありがとう」  
 
「いえいえ、私としても本当に貴重な経験でしたし。いつでも遊びに来てください。よく効く薬がいく 
らでもありますから」  
「うん、絶対行く!」  
 じゃあ、と手を振って、キットンの姿は森の中へと消えた。  
 はあっ……不思議な人だったなあ。  
「やーっと行ったか」  
「もー、キットンのおかげで、わたし達人間に戻れたんだよ? 感謝しなきゃ」  
「バーカ、感謝はしてるよ。おめえが寝てる間に、ちゃんと礼は言ったからな」  
 ……本当でしょうね。  
「でもな、それとこれとは話が別だ」  
「え?」  
 振り向いた瞬間、塞がれた唇。  
 ……ああ、そうだね。何だか、随分久しぶりな気がする。  
 まだ全部解決したわけじゃない。この方法は、トラップがヴァンパイヤの召還に耐えられたからこそ 
成功したんだから。  
 わたしもトラップも人間になってしまってヴァンパイヤは消えたけど、吸血鬼はまだ世の中に残って 
いる。彼らを元に戻す方法は、まだ見つからないけど。  
 キットンみたいな優秀な研究家がいるんだもん。きっと、いつか、見つかるよね?   
 わたしもトラップも、いっぱいいっぱい苦しんだんだから。  
 だから、今だけ忘れさせて。  
 月光の下、わたしとトラップは、初めて人間として交わりあった――  
 
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!