うーっ、何でこんなことになっちゃったんだろ?  
 わたしは、傍を歩く赤毛の盗賊……パーティー1のお調子者でトラブルメーカー、トラップの 
顔を見上げながら、深々とためいきをついた。  
 ここは、とあるダンジョン。今ここを歩いているのは、わたしとトラップの二人だけ。  
 そう、認めたくはないんだけど……また、迷ってしまっているのだ。  
 ううっ。トラップ……呆れてるだろうなあ……  
 はあ。と大きなためいき一つ。落ち込んでてもしょうがない、それはわかってるけど。落ち込 
まずにはいられない。こういうとき、わたしって成長してないよなーって思ってしまう。  
 でも! でもでもでも! 今回は、わたしだけの責任じゃないんだからっ。  
 迷ったのはわたしの責任だけど……そもそも、こんなクエストに挑戦する羽目になったのは、 
トラップが原因なわけで。  
 はあ。もう一度大きなためいきをついて、わたしは昨日のことを思い出していた。  
 
「はあっ!? 賭けに負けてクエストに!?」  
 クレイの声がみすず旅館に響き渡ったのは、夏も終わりに近づいたある日の午後。  
 そのとき、わたし達はちょうど一つのクエストを終わらせたところで。まあまあ懐もあったか 
いし、しばらくはシルバーリーブでのんびりしてようか? と言っていた時期だった。  
 ところが! トラブルを起こさずにはいられない誰かさんが、まーたやってくれちゃったんで 
すよねえ……  
「だあら! 悪かったって言ってんだろ!?」  
 ふてくされたように椅子にふんぞりかえっているのは、トラップ。さすがに、いつもに比べて 
毒舌も勢いが弱いけど……  
 トラップの説明によると、こういうことだった。  
 退屈なことが何より嫌いな彼のこと。おとなしくのんびりなんてできるはずもなく、毎夜毎夜 
相変わらずギャンブルに夢中になってたんだけど。  
 いくら多少懐に余裕があるからって、そう毎日毎日通い詰めるほど余裕があるわけもなく。  
 もちろんわたしも、クレイも、他の皆も、ギャンブルに浪費されることがわかっててお金を貸 
してあげるなんて言うわけもなく。  
 そしてそれで諦めるトラップでもなく。彼はこう言ったんだそうな。  
「負けたら、後で払ってやるよ。こう見えても俺は冒険者だぜ? ちょいちょいっとクエストに 
出りゃあ、いくらでもお宝を手に入れることができんだかんな!」  
 で、結果けちょんけちょんに負けてしまったと。ははっ、トラップらしいというか何というか。  
 そうなるともう後には引けない。ちょっとくらい無理をしても、実入りの良さそうなクエスト 
に早急に出かける必要があるということで。  
 うーっ、ギャンブルのつけを、パーティー皆にまわさないでよねっ。  
「本当に悪かったって。だから、頼む! 今回だけ協力してくれっ」  
 まあね。でも、基本的に我がパーティーのリーダーは人がいいから。  
 こんな風に拝み倒されたら、嫌とは言えず。  
 わたし達は、せっかくの休暇を切り上げて、またまた新たなクエストに挑戦することになった 
のだった。  
 
 わたしやクレイのお小遣いで買ってきたクエストはこんなクエストだった。  
 とある洞窟の奥には、財宝が眠っている。  
 ただし、奥に進むための扉は固く封印されていて、特殊な状況下に置かれないと開かない。  
 出現モンスターのレベルはそう高くは無いけど、謎解きの要素がかなり厳しいらしく、また財 
宝という言い方があまりにも曖昧でどれくらい価値あるものなのかがさっぱりわからない。  
 厳しい謎解きをクリアできるような高レベルの冒険者にとっては、モンスターのレベルが低い 
ということは経験値もあまり手に入らないから意味がない。  
 そんな理由で売れ残っていたクエストを、ヒュー・オーシから格安で手に入れたんだ。  
 そして、わたし達は、シルバーリーブから程近い場所にある、洞窟の前に立っていた。  
   
「気をつけてくださいよ。低レベルでも、モンスターは集団で襲ってきたら厄介ですからねえ」  
 ぐふぐふと笑い声を漏らしながら、キットンが警告する。  
 洞窟を歩いてから五分。既に入り口は見えなくなっていて、周囲は闇に包まれている。  
 明かりは、トラップとノルが持つポタカンのみ。  
 先頭のトラップが罠チェックをしながら進み、彼の後ろにわたし、ルーミィ、シロちゃん、ク 
レイ、キットン、ノルと続く。  
 わたしが二番手に来てるのは、もちろんマッピングのため……なんだけど……  
 ははっ。大丈夫かな? このマップ……  
 わたしが方向音痴っていうのを差し置いても、この洞窟はマップが取りづらかった。  
 一本道なのに、くねくねと曲がっていて……それも、45度とか90度じゃなくて、微妙に曲線を 
描くように曲がっていて。どうかするとすぐに自分がどこを向いてるのかがわからなくなってし 
まう。  
 幸い、別れ道が無いから迷いようは無いけど……うーっ……  
 なーんて唸ってたら、出てきちゃいました。別れ道。それも三本。  
 道が急に広くなったなー、と思ったら、突然広場みたいな場所に出た。  
 ヒカリゴケが生えていて微妙に明るく、ちょっと休憩するには最適な場所。  
 そして……  
 広場の先には、それぞれがてんでんばらばらな方向に伸びていて、果たしでどこがどう伸びて 
いるのやら見当もつかない三本の道。そして、わたし達がやってきた道のちょうど真正面にあた 
る位置にどどーんと存在する、重厚な扉。  
 
「これが、奥に進むための扉、ってやつか?」  
 ひとしきり罠チェックした後、トラップが皆に同意を求めてくる。  
 反対する人は誰もいない。だって、誰がどう見たって、「この奥には大切なものが隠されてい 
ます!!」って存在主張してるみたいな、立派な扉なんだもん。お城の門だって、ここまで立派 
なのは少ないかも?  
 試しにノル、クレイ、トラップの三人がかりで扉を引っぱってみたけど、やっぱりというか、 
それはびくともしなかった。  
 ははっ、まあそんな簡単にいくくらいなら、財宝なんて誰かがとっくに持ってっちゃってるだ 
ろうしね。  
「私が思うにですね、その三本の別れ道が、扉を開く鍵だと思うんですよ」  
 休憩を兼ねて昼食をとりながらこれからのことを相談する。  
 最初は、別れ道を一つ一つ調べてまわるしかないかな、って言ってたんだけど。  
 試しにトラップが道の一つを偵察にいったら、30メートルも進んだら行き止まりにぶつかって 
しまった、ということだった。  
 うーん、と悩んでいると、キットンが突然言い出した。  
 扉を開く鍵は、ある特殊な状況下に置かれること。  
 それはもしかしたら、三箇所に置かれたスイッチを、全て同時に押す……といった類のことで 
はないか? と。  
 その言葉をうけてトラップがもう一度別れ道を調べに行くと、確かに、押しても何の反応もな 
い、スイッチらしきものがある、ということだった。  
 別れ道の先にあるスイッチ。三箇所を同時に押せば、扉が開くか。あるいは別れ道がさらに先 
に続くか。  
 とにかく、試してみよう、ということになったんだけど……  
 問題は、パーティーをどう分けるか。  
 同時に押さなきゃいけない(かもしれない)ってことは、三パーティーに別れなきゃいけない 
ってわけで……  
うーっ、不安だなあ。  
 
「とにかくですねえ、重要なのは、モンスターが出る可能性も踏まえて、絶対に戦力になる人間 
が一人は必要ってことなんですよ」  
 キットンの力説により、とりあえず、ファイターのクレイとノル、罠チェックができて感覚の 
鋭いトラップが、それぞれ別れることになった。後は、誰が誰と組むか……って問題なんだけど……  
 そうなると、どうしてもわたしはルーミィと離れることになっちゃうから、ルーミィはシロち 
ゃんと一緒に行ってもらうことにして。  
「へっ、赤ん坊のお守りなんかできるかってんだ」  
「るーみぃ、赤ん坊じゃないもん!」  
 ははは。組む前から喧嘩してるよ、トラップとルーミィ……この組み合わせは没かな。  
 それに、言っちゃ悪いけど、クレイやノルに比べればトラップは……戦闘力に関しては、どう 
しても劣っちゃうから(盗賊だからね。それが当たり前なんだけど)。いざとなったら、ルーミ 
ィを守りながらでは、ちょっときついかも。  
 というわけで、ルーミィとシロちゃんはクレイにまかせることにした。  
 後は、わたしとキットン、ノルとトラップだけど……  
「パステルは、トラップと一緒の方がいいでしょうねえ」  
 ぐふぐふと笑いながらキットン。  
「ほら、迷子になったとき、耳がよくて感覚の鋭いトラップなら、きっと誰よりも早くパステル 
を見つけられるでしょうから」  
 しっ、失礼なっ!! 何で迷子になるって決め付けられてるのよっ!!  
 と抗議したかったけど、数え切れない前科のあるわたしは、反論できなくって。  
 他の皆も「それもそうか」とか頷いてるし。ううーっ、悔しいっ……  
 というわけで、別れ道1にクレイ、ルーミィ、シロちゃん、別れ道2にノルとキットン、別れ 
道3を、トラップとわたしで進むことになったのだった。  
 
 でもね、これが思ったより大変な作業で。  
 一応、連絡は、冒険者組合でレンタルした簡易通信機で取り合うことができたから、「同時に 
押す」ことは問題無い……と思う。  
 ただ、スイッチらしきものが、なかなか見つからないんだよね……  
 わたしはトラップと組んでるから、何だか簡単に見つけられるように見えたけど、どうやら結 
構凝った隠し方がされてるらしく、他の二組はなかなか苦戦してるみたい。  
 通信機を駆使してトラップが散々アドバイスして、どうにか同時に押すことには成功したんだ 
けど。  
 残念ながら、扉は開かなかったみたい。何故なら、  
 ズゴゴゴゴゴゴゴ……という重厚な音と共に行き止まりだった壁が崩れて、その先にまたまた 
長い道が続いていたからだった。  
「だーっ、やっぱ、そんな簡単には行かねえか。ほれ、とっとと行くぞ」  
 そうして、先に進むこと半日。  
 進んで行き止まりになったらスイッチを見つけて、押して、また壁が崩れて、先に進んで…… 
の繰り返し。  
 ただ、道は広くなったり狭くなったりくねくね曲がったりはしていたけど、幸いにも別れ道は 
なかったし。トラップのコツを聞いて、他の二組も段々スイッチを見つける作業に慣れてきたみ 
たいだし。  
 モンスターもあまり頻繁に襲ってくるわけじゃなかったし。何とかなりそうかな? っていう 
矢先のことだった。  
 わたしがまたまた、大ドジやらかしちゃったのは……  
   
「ご、ごめんね、トラップ……」  
 謝っても、トラップは無言。ううっ、やっぱり怒ってるんだろうなあ……  
 きっかけは、わたしがトイレに行きたくなっちゃった、というささいなことで……  
「おめえのことだから、別れ道がなかったら別れ道を作ってでも迷いそうな気がする。見えると 
ころでやれ」  
「何言ってるのよ、バカ!! エッチ!!」  
 なーんていうやりとりの後、来た道を少し戻って、トラップの姿が見えないことをしっかり確 
認して、用を足したんだけどね。  
 ははっ……トラップってば、やっぱり鋭い。  
 トラップが気にかけなかったのも無理はない。普通に歩いているだけなら、絶対手に触れない 
ような位置に、不自然に花が一輪咲いていて。  
 あっ、きれいな花だなー、と思ってひっぱった瞬間……  
 音を立てて、わたしが立っていた場所が崩れたのだった。  
 
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」  
「パステル!!」  
 悲鳴を聞きつけてとんでくるトラップ。でも、そのときにはもう、私の身体は崩壊した地面の 
破片と一緒に落下を始めていて。  
 手を伸ばしたって絶対届かない。そう気づいた瞬間、トラップは躊躇なくとびこんできてくれ 
た。壁を蹴って落下スピードを早めて、わたしの身体を抱え込むようにして……  
 幸いなことに、落下地点は柔らかい地面だったので、わたしもトラップも大きな怪我はなかっ 
たんだけど。  
 ぬかるんだ地面に叩きつけられて、二人ともどろどろのびしょびしょ。  
 結構な高さを落ちてきたから、上るのは絶対無理だし。  
 落下のショックで通信機もどうにかなっちゃったみたいだし。  
 とにかく、どこかに出口があるはずだー、と歩き始めて……で、やっと冒頭に繋がる、という 
わけなのだ。  
 はあ。  
 と、前を歩いていたトラップが、突然くるりと振り返った。  
「……悪かったよ」  
 へ??  
 一瞬、何のことかわからずに首をかしげると、トラップは何故か真っ赤になって  
「……だあら、おめえが救いがたいバカだって知ってたのに、余計なものに触るなって言う基本 
的なことも教えなくて、悪かったなって言ってんだよ」  
 なっ、何よその言い草!!  
 かなりむかむかしたけど、でも、まあトラップの言うことも一理ある。  
 よーく考えたら、コケ以外草一本生えていないような洞窟に花が一輪なんて、怪しすぎる。う 
かつに触ったわたしが、確かに間抜けだったかも……  
 ……落ち込むなあ。  
 はあ、とまたまた大きなためいきをつくと、トラップは慌てたように、  
「だ、だから、今回のことは俺のミスで、おめえは悪くないんだって! だから、落ち込むな、 
謝るな!!」  
??  
 へ? それって……  
 もしかして、慰めてくれてる、とか?  
 へー。珍しい。  
 思ったとおり口にすると、トラップは不機嫌そうに顔をしかめて、おら、と手を出してきた。  
 目を離すと、おめえはふらふらどこ歩いていくかわかんねえからな、って……どうしてこんな 
言い方しかできないのかなあ。  
 
 トラップの好意はありがたく受け取ることにして、手を繋いで再びもくもくと歩き出す。  
 でもねー……いつまで経っても、出口らしき場所が見えないんだ、これが。  
 お腹は空いて来るし、疲れるし。時計が無いからわからないけど、ひょっとしたらもう丸一日 
くらいは歩きとおしてるんじゃないかなあ……  
 それに、寒い。落ちた場所から遠ざかるに連れて、周囲の温度がどんどん下がっていくのがわ 
かる。  
 だってだって、気がついたら吐く息が白いのよ!! 季節は夏なのに。  
 思わずぶるっと身震いしたら、パサッと何かが肩にかけられた。  
 これって……  
「こんなところで、風邪ひいて倒れられたらかなわないかんな。それ着てろ」  
 ぶっきらぼうなトラップの声。肩にかけられたのは、オレンジ色のジャケット。  
「いいよ。トラップだって寒いでしょう?」  
「ふん! 俺はなあ、おめえと違って鍛えてんの! これしきの寒さなんともねえよ!」  
 なーんて言ってるけど、トラップの顔、青ざめてるよ?  
 でも、多分わたしを気遣ってくれてるんだよね……多分。  
 そんなわけで、それ以上意地をはるのをやめて、ありがたく上着を借りたんだけど……結果的 
にこれが大失敗だった。  
 
 わたし達が先に進んでいくと、広場みたいな場所につきあたった。扉があった広場と違うのは、 
その先には一本道が続いてる、ってことだけ。  
 そして、驚くなかれ。そこには小さな泉がわいていたのよ!!  
「地下水がたまったんじゃねえの?」とはトラップの言葉だけどね。そんなのはどっちでもいい 
の。歩き続けてすごく喉が渇いてたから、わたしは夢中で水辺にひざまずいた。  
「あ、おい。気をつけ……」  
 トラップの警告、遅し。  
 慌ててひざまずいた途端、ボロッ、という感じで地面が崩れて。  
 ぬかるんで、弱ってたからね。まあ当たり前といったら当たり前なんだけど。  
 あちゃー、と天を仰ぐトラップを尻目に、わたしは盛大に泉に転落していた。  
 もちろん、トラップの上着もろともね……  
 幸い、泉自体は大した深さじゃないから溺れることもなかったんだけど……  
 さささささ、寒いぃぃぃぃぃっ  
「……ったく、おめえはどこまでドジやれば気が済むんだよ」  
 完全に呆れたトラップの口調。いつもなら、何か言い返すとこなんだけど……今は寒くて、と 
てもそれどころじゃなく。  
 全身を抱き締めてがちがちと歯を鳴らしてると、トラップが首を振って言った。  
「しゃーねえ。今日はここで野宿すっか……明日になりゃ、多分誰かが探しにきてくれるだろ。 
さすがに……」 言いながら、ばさっと被せられたのは、大きなタオル。  
 ありがたく使わせてもらっている間に、トラップが毛布を出して広げていた。  
 一応、クエストだからね。野宿の準備はしてたんだ。ただ、燃やすものがないから火が起こ 
せないし、従ってあったかい料理も飲み物も用意できないんだけど……  
 タオルでごしごしこすってみたけど、そんなことじゃ濡れた服は乾かないし。トラップの上 
着まで巻き添えにしちゃったのに、火がないから乾かすこともできないし。  
 うううーっ、さ、寒いよう……でも、このままくるまったら、毛布まで濡れちゃうし……  
 わたしが震えていると、トラップはひょいと顔をあげていった。  
「パステル。おめえ、服脱げよ」  
 ……は?  
 あまりにもさらっと言われたものだから、わたしはしばらく、その言葉の意味がわからなか 
った。  
 で、意味がわかった瞬間、ぼんっと頭に血が上る音を確かに聞いた気がした。  
 なーなななななななな突然何を言い出すのよこの人は!  
「ばばばバカ!! こんなときに何考えてんのよエッチ! 最低!」  
 自分自身を抱きしめるような格好でずざざざざ、と後ずさったんだけど。広場って言っても 
広さはたかがしれてるし。すぐに背中が壁にぶつかってしまった。  
 それも、それも!  
「バーカ、何マジになってんだよ」とかいつものごとく笑い出すトラップ……を期待してるの 
に、何でそんな真面目な顔してるのよ、トラップったら!!  
 そう、彼の顔はとても大真面目だった。さらに言っちゃえば、かなり怒ってるようにも見え 
た。  
 うーっ、何でトラップが怒るのよ! 普通ここはわたしが怒る場面でしょ!!  
 そう言おうとした瞬間、トラップが立ち上がった。そして、大またでこっちに向かって歩い 
てくる。  
 な、何をするつもりなのよお……  
「と、トラップ? 真面目な顔してどうしたの? じょ、冗談だよね……」  
「パステル……」  
 トラップは、つぶやいて、わたしに視線を合わせるようにしゃがみこんだ。真面目な顔する 
と、意外なくらい整った顔立ちだなーとわかる。いっつもクレイの影に隠れて目立たないけど、 
どうしてどうして、トラップだってなかなか格好いい部類に入るんじゃない?  
 なーんてことをぼんやり考えていると、トラップはにっこり笑った。そして  
「てめえは! こんなときに何つまんねえこと考えてんだ!」  
「いひゃいいひゃいいひゃいー!!」  
 わたしのほっぺを両手でつまんで、ぎゅーっと横にひっぱった。い、いきなり何するのよー!!  
「こんな寒い場所で、そんな濡れた格好でいてみろ! あっという間に体温奪われて、下手す 
りゃ凍死だぞ!? 死にたくなかったら脱げ! 向こうむいててやるから!」  
 ……へ?  
 
 トラップは、ものすごい早口でそう叫ぶと、わたしの方に毛布を放り投げて凄い速さで離れ 
た。壁に頭をつけて、意地でも振り返ろうとしない。  
 ……心配、してくれてたんだ。ははっ、よく考えたらそうだよねえ。トラップは、いつも意 
地悪ばっかり言ってるけど、意地悪を装っていっつも皆のこと気遣ってたもんね。わたし、本 
当にバカだなあ……  
 ううっ、物凄い自己嫌悪。せめてもの罪滅ぼしに、早く言うとおりにしよう。  
 トラップが相変わらず背中を向けたままなのを確認して、わたしは、手早くびしょぬれにな 
ったシャツとスカートを脱いだ。ブーツも中まで水びだしになってたから、それも脱いで、完 
全に下着だけの姿になる。  
 もう一度タオルでよく身体を拭いて、そうして頭から毛布にくるまると、ほんの少しだけど 
寒さがマシになった。ふうっ……  
「ごめんね、トラップ。もうこっち向いてもいいよ」  
 ちょっと恥ずかしいけど、毛布は凄く大きくて全身をすっぽり包んでくれてるし。何より、 
ずっとあんな格好させてちゃトラップが可哀想だもんね。  
 わたしの言葉に、トラップはゆっくりと振り向いた。こっちを見てちょっとうろたえたみた 
いだけど、わたしがもう一度「ごめん、ありがとう」と言うと、ため息つきつきずりずりと元 
の位置まで戻ってきた。  
「まったくよう。勘弁してくれよな。こうなったのは、ぜーんぶおめえのドジのせいなんだか 
らな!」  
「うー、もう、わかってるわよ。だから、本当にごめん。反省してるから」  
 毛布は一枚しかなかった。さっきも言ったとおり、一枚で何人も寝られるように大きめのを 
買ってあるからね。荷物がなるべくかさばらないようにするために、人数分の用意はしてなか 
ったんだ。  
 上着に続いて毛布まで譲ってくれて、多分凄く寒いだろうに、そのことは一言も言わない。  
 わたしの身体心配してくれたのに、最低とまで言っちゃったもんね。ちゃんと謝らなきゃ。  
 そんなわけで、わたし達はここで野宿することになったのだけれど……  
 
 時間が経つにつれて、震えが止まらなくなっているのがわかった。  
 多分、今鏡を見たら、唇とか真っ青になってるんじゃないかな……?  
 気温は、何だかどんどん下がってきているみたいだった。濡れた服をしぼって広げておいた 
んだけど、さっき触ってみたら、凍ってたもんね。つまり、気温は零下?  
 毛布一枚じゃ、とても寒さを凌げない。  
 だけど、そんなこと言えない。トラップは、上着も毛布もなしでこの寒さに耐えてるんだか 
ら。  
 最初のうちこそ、軽口を叩いたりもしたんだけど、そのうちわたしもトラップも黙り込んで 
しまった。  
 あまりの寒さに歯の根がかみあわなくて、言葉が出せなくなってきたんだよね……  
 うー、このままだと、風邪じゃすまないかも……?  
「……パステル」  
 そのとき、トラップが重たげに口を開いた。さすがの彼も、この寒さには大分参ってるみた 
い。  
「寒いか?」  
「え? う、ううん、へ、平気……だ、だ、大丈夫だから……」  
「……おめえ、顔真っ青だぜ」  
 あ、やっぱり? だけど、そういうトラップの顔も、かなり真っ青だよ。  
「……あの、さ」  
 そんなわたしを見て、トラップは何だか迷うように視線をそらした。どうしたんだろ?  
「えっと、その……あったかくする方法、一つだけあるんだけど……試してみて、いいか?」  
「えっ、本当!?」  
 わたしは思わず、自分の姿も忘れてトラップににじりよってしまった。  
 そんな方法があるんなら、早くしてくれればいいのに。いちいち了解を取るなんて、トラッ 
プらしくないなあ。  
「そんな方法があるんなら、お願い!」  
「……本当に、いいんだな? 後悔しねえな!」  
「うん!」  
 この寒さがマシになるのなら、後悔なんてするわけない!  
 ……とわたしは迷わず頷いたんだけど……  
 わたしの言葉にふっきれたのか、トラップはごくんと息をのんで……  
 そして、自分が着ていたシャツを、脱ぎ捨てたのだった。  
 
 ……え?  
 上着をわたしに貸してくれて、トラップはシャツしか着てなかった。つまり、その下は…… 
はだ……  
 そして次の瞬間、わたしはトラップに抱きしめられていた!  
 ……えええええええええええええええええええええええええ!!?  
「う、へ、変な意味じゃねえぞ! 頼むから、暴れるな!!」  
 わたしが叫ぶ寸前なのを察知したのか、トラップが慌てて叫んだ。そして、わたしの身体ご 
と、自分の身体に毛布を巻きつけた。  
 あ、これって……もしかして、雪山遭難とかのときによく言われる……  
 だ、だけど、この状態って……  
 さっきも言ったけど、わたし、毛布の下は下着しか身につけてなかったんだよね。  
 で、その状態で抱きしめられてるわけだから……トラップの、その手とかが、どうしても肌 
に触れちゃってるわけで……  
 わたしはわたしで、トラップの裸の胸に抱きしめられたりしてるわけで……  
 ううーっ、は、恥ずかしいようっ!!  
 多分、トラップも相当照れてるんだろう。さっきは真っ青だった顔が、ちらっと見上げたら 
今は真っ赤になってた。  
 だけど、確かに、トラップの体温とかが直接伝わってきて、毛布一枚よりは少なくともあっ 
たかかった。  
 が、我慢よパステル! ここは我慢! 非常事態なんだから、この際多少のことは目をつぶ 
らなきゃ!!  
 多分、あと少しで助けが来るはず。自分にそう言い聞かせて、わたしはぎゅっと目をつぶっ 
た。  
   
 ところが! 助けはちーっとも来ないんだよねえ……  
 皆、今頃どうしてるんだろう? いくら何でも、わたし達の後を追ってくるくらいは、して 
くれてもよさそうなんだけど……  
 それに、もう一つ、気になることが。  
 今は、座り込んだトラップの膝の上で抱きしめられるような格好で毛布にくるまっていて… 
…色々試した結果、この体勢が1番楽だったからなんだけどね。つまり、わたしは背後から抱 
きしめられてる形になってて、トラップの顔が見えないんだけど。  
 さっきから、何だかトラップの息が荒いような気がするのは……気のせいなのかな?  
 それに、何か、お尻の下でトラップの膝とかが小刻みに動いてるんだけど……  
 やっぱり、寒いのかな。もしかして、病気にでもなっちゃったとか?  
「トラップ、大丈夫? 震えてるみたいだけど……」  
「へ? い、いや、別に、そんなことはないぞ」  
 ……何か口調も変な気がするのは、気のせいかな?  
 うー、それにしても……  
 二人で毛布にくるまってて、やっと寒さが少しは凌げるようになってきたんだけど。そうす 
ると、押し付けられてる胸から聞こえるトラップの鼓動とか。お腹に直に触れてるトラップの 
手とかが、どうしても気になってきちゃって……  
 細いけど、やっぱ男の子なんだなあ。筋肉とかしっかりついてるなあ……なーんてことが気 
になってきちゃって!!  
 ううっ、何だかドキドキしてきちゃった。この気持ち、何なんだろう?  
 さっきも思ったけど、トラップって、結構かっこいいよね、とか。いざとなったら、やっぱ 
り凄く頼りになるし、意地悪ばっかり言ってるように見えて、実は全部わたしのこと気遣った 
り元気付けたり励ましたりしてくれてたり、とか。  
 そんなことばっかり考えてたら、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって……  
 だから、トラップの言葉を聞いたときも、それがどういう意味なのか、よくわからなかった。  
 
「パステル……わりぃ。俺、もう我慢できねえ……」  
 え?  
 何を? と聞こうとしてわたしが顔を向けた瞬間。  
 トラップの唇が、わたしの唇を塞いでいた。  
 ……ん――――――!!?  
 一瞬、状況がわからなくなる。え? え? これって……キス?  
 そうやって、わたしが一人でパニックになってる間にも。  
 トラップの唇が、強引にわたしの唇を押し開いて……その、中に無理やり押し入ってきたの 
は……  
 そのまま、わたしの舌をからめとり、ころがすようにしながら、強く吸い上げられた。  
 う――――――っ!?  
 もちろん、彼の行動そのものにも驚いたんだけど。  
 1番驚いたのは、わたし自身が、それを嫌だ、って思わないことで……  
 その気になれば、いくらでも抵抗できそうなのに、そんな気には全然なれなくって……  
「う……ふぅ……」  
「ぱ、パステル……」  
 嫌がらないわたしの態度が意外だったのか、トラップはちょっとためらったみたいだけど、 
それでも、動きを止めようとはしなかった。  
 彼の唇は、わたしの唇から首筋へと移動してきて。同時に、背中にまわされていた手が、そ 
っと背筋をなでていて。時折走る刺激が、わたしの脳をしびれさせる。  
 うっ……なんだろう、この感じ?  
 全然嫌じゃない、痛くもないのに、何故か、涙が出てきて……  
「あっ……やん……と、トラップ……」  
「パステル……」  
 一瞬、トラップの手が止まった。そして、一度力強く抱きしめられた。  
 ……きだ……  
 耳元で囁かれたその言葉。その意味を考える暇もなく。  
 わたしは、トラップに押し倒されていた。  
 
 変だよね。さっきまで、すごくすごく寒くて、毛布にくるまって震えていたのに。  
 今、わたしの身体は凄く上気してて……全然寒さなんて感じなくて……  
 地面に仰向けに横たわる。上を見上げれば、トラップの顔。  
 凄く真っ赤で、でも真剣な顔で、ゆっくりと、唇を塞ぐ。  
 さっきの唐突で激しいキスとは違う、優しい、柔らかいキス。  
 そっと唇の形をなでるようにしてから、ゆっくりと進入してくる熱い舌。  
 わたしの両肩のあたりに置かれていた彼の手は、いつの間にか、ゆっくりと下降していっ 
て……  
 ブラのあたりに来たとき、彼はちょっとわたしの方を見た。  
 声には出さなかったけど、「いいか?」って聞かれたような気がしたから……凄く恥ずか 
しかったけど、わたしは頷いた。  
 彼の手が、ゆっくりとブラの下から押し入り、強引にそれをはぎとった。あらわになった 
胸を、じぃっと見つめられてる気がして、わたしは思わず顔をそむけた。  
「やだぁ……そんな、じろじろ、見ないでよう……」  
「……なんで? きれいじゃん……すっげえ……」  
 つぶやくと、トラップはわたしの胸の頂に、そっとくちづけた。  
「ひゃんっ!!」  
 思わず声をあげてしまう。そのまま、彼はそこを口にふくみ、歯を立てないようにしなが 
ら優しく吸い上げた。  
「やっ……いたい……」  
 びくんと体がのけぞる。違う。本当は全然痛くなかった。むしろ……何だか、すごく気持 
ちよくて。でも、それを言葉に出すのが恥ずかしくて、思わず「いたい」と言ってしまった 
だけ。  
 だけど、それを真に受けたのか、彼はそっと唇を離した。うなじのあたりにキスをして、 
両手を使って、わたしの身体をなで始める。  
 「―――――あ、やぁん……あ、あん……ん……」  
 ううーっ、恥ずかしいようっ。こえ、声が止まらない!!  
 段々熱くなってくる自分の体。じんわりと奥からしみだしてくる、何か。  
 この感覚は、何? 今までに味わったことのない……これが、快感……?  
 
「パステル……おめえ、何か、すっげぇ、かわいい……」  
 トラップの息が荒い。声もかすれがち。こんなトラップの声を聞いたのは初めてだった。  
 涙でうるんだ目で見上げると、トラップは視線をそらすことなく、じぃっと見つめ返して 
きた。  
 だ、だめ。恥ずかしい……  
 即座に視線をそらしてしまう。けど、トラップの手が、わたしの頬にあてられて、強引に 
元に戻された。  
「――いいか?」  
 聞かれた言葉の意味。わかるような、わからないような……  
 でも、多分、嫌じゃない。わたし、わたしは、トラップのことが……  
 気がついたら、こっくりと頷いていた。  
 トラップの顔が、優しく微笑む。こんな顔見たのも、わたし、初めてかも……  
 手が、太ももの内側をはう感触。ゆっくりとなであげられ、やがて、パンティの隙間から、 
優しく進入する指先。  
 最初はゆっくりと、指先でなぞるようにさすられた。  
 ――びくりっ  
 思わずのけぞる背中。走った刺激は、今までよりずっと強くて……  
 ずっと、その、気持ち……よくて……  
 最初はゆっくり。段々早く。そのたびに、わたしの中から、じわり、じわりと染み出して 
くる何か……  
「すっげぇ、濡れてる……」  
「ば、バカ。何言ってるのよ……」  
 恥ずかしいから、言わないで。視線で訴えてみたけど、トラップの茶色の瞳は、こう言っ 
ているみたいだった。  
 照れてるお前、すっげぇ色っぽい……  
 ズプリ……  
 !!!!  
 ゆっくり進入してきたのは、トラップの指。いつもパーティーを危機から救ってくれた、 
細くて長くて、とても器用な……指。  
 いつのまにか、パンティははぎとられていて。その指が、ゆっくりと、わたしの中に進入 
してきて……  
「ああっ……やあん……あ、やんっ……」  
 ゆっくりと、かきまわすようにしながら奥へと進入していく指。そのたびに、くちゅ…… 
ぐちゅ……と恥ずかしい音が立つ。  
「や、やだっ、は、はずか……」  
 しい、と最後まで言えなかった。  
 トラップの指は、入ってきたときは違って唐突に引き抜かれた。  
 ごそごそという衣擦れの音。やがて……  
 目もくらむような激痛と快感が、わたしに襲い掛かってきた。  
 
「!!!!!!! あ……やっ、痛い、痛いっ……!」  
 さっきの、言葉だけの「いたい」とは違う。引き裂くような痛み。狭い場所に、無理やり 
侵入してくる何かの感触。  
「うっ……あっ……」  
「うっ、痛い、痛いよぉ……トラップ……」  
「や、やめるか?」  
「……ううん。痛い、けど……やめないで……」  
 ゆっくりと、ゆっくりとおしいってくるトラップ自身。そのたびに走る激痛。でも、痛い 
だけじゃなくて……  
 言葉にできない、他の、感触……  
 太ももを伝い落ちるのは、血? それとも……  
「あ……あん、ふぁ……」  
「おめぇの、中って……あったけぇ……」  
 トラップの言葉を、わたしはほとんど聞いてなかった。  
 ゆっくりと動き出すトラップ。そのたびに、痛みが走り、快感が走り、やがて痛みが遠の 
き……後に残ったのは……  
 いつしか、わたしは、何も考えられなくなっていた。ただ、しびれるような快感、トラップ 
を求める心、そんなものに振り回されていて……  
 動きが早く、激しくなってきた。トラップの顔が、苦痛にゆがんだような表情を見せていて……  
「はっ……駄目、だ、俺……もう……」  
 ひときわ深く挿入される感覚。同時に……  
 わたしの中で、熱い何かが弾ける感触。  
 目の前が真っ白になり、背中がのけぞって……体がこわばって、そのまま動けなくなって……  
 トラップが脱力する。引き抜かれると同時、太ももを伝い落ちる血と何か……  
 わたし達は、そのまま、しばらく何も言えなかった。  
 
「…………」  
 先に立ち上がったのはトラップ。もそもそと服を着て、それから再びタオルを出して、わた 
しの足元にひざまずいた。  
「な、何……?」  
「いや……ごめん。汚れちまった……な……」  
 トラップは、真っ赤になって視線をそらしながら、タオルでわたしの足をぬぐってくれた。  
 タオルに広がる、ピンクの染み……  
 それを見て、改めて、恥ずかしくなってしまう。  
 わたし……わたしっ……トラップと……  
 慌てて毛布にくるまりなおす。もう寒さなんかどこかにふっとんじゃってたけど……  
 起き上がろうとして、ずきんと響く痛み。その痛みが、さっきの感覚を、嫌が応にも思い出 
させてくれちゃって……!!  
 気がついたら、涙がぽろぽろあふれてた。  
 悲しいわけじゃなくて、痛いのが原因じゃなくて……これって……  
「パステル……おめえ……」  
 そんなわたしを見て、トラップはすごく困った顔をしていたけど、やがて、がばっと土下座 
した。  
「ごめんっ!」  
「……え?」  
 えええええええええええええ!?  
 ど、土下座? あのトラップが? パーティーのトラブルメーカーで、いっつも誰かに迷惑 
ばっかりかけて、そのくせ滅多なことじゃ素直に謝らないあのトラップが!!?  
「わ、わりぃ……俺、とんでもないことしちまって……お、俺、謝ってすむ問題じゃねえと思 
うけど、その……」  
「あ……」  
 トラップ、勘違いしてる。わたしが、後悔してると思ってる……?  
「あの、でも、これだけは信じてくれ! 俺、俺は……パステルのことが好きだ! ずっと好 
きだった、今も好きだ! だから、許してくれとは言わねえけど……いいかげんな気持ちじゃ 
なかったことは、信じてくれ!」  
「トラップ……」  
 駄目、ちゃんと言わなくちゃ。  
 いつもいつもわたしを助けてくれて、気遣ってくれて、励ましてくれたトラップ。わたしは、 
あなたのことが……  
 
「……好きだよ」  
「え?」  
 トラップの動きが止まる。へへ。いつもいつも驚かされてばかりだもん。たまには、わたし 
だって驚かせたい。  
「わたしも、好きだよ。トラップのこと」  
 動きを止めたトラップの頬に、そっと手をかける。  
 冗談だと、思われたくないから。  
 彼の唇に、そっと自分の唇を重ねた。  
 と、その瞬間!!  
 突然、広場にとんでもなくまぶしい明かりが弾けた!!  
   
「きゃっ!!」  
「うわっ!!」  
 あんまりにも突然のことだったから、わたしとトラップは、思わず互いの身体にしがみつい 
てしまった。  
 な、なに? 何なの?  
「パステル、あれ……」  
「え……?」  
 トラップが指差したのは、泉の方向。  
 そこに、一人の透き通った女の人が、立っていた……  
 ……言っておくけど誤植じゃないからね。文字通り、体が透けて向こう側が見える、女の人 
……って……  
「ゆ、幽霊!?」  
『……わたしは、このダンジョンを作りし者……』  
 わたしの言葉を無視して、女の人はしゃべり始めた。  
『ここは、わたしが生涯でただ一人愛した人との思い出を封じ込める場所……わたしが欲しか 
ったのは、地位でも、名誉でも、お金でもなく、彼だけだったのに……身分の差などというも 
のが、わたし達を引き裂いた……』  
 
???  
 わたしとトラップの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。この女の人……誰なんだろう??  
『わたしの財産は、わたしを利用だけしてきた人たちなんかに渡さない……わたしの財産は、 
真実の愛を教えてくれた人にだけあげる……若い恋人達。美しい愛を見せてくれて、ありがと 
う……』  
「あ……ねえ、ちょっと!!」  
 わたしの呼びかけも空しく。  
 女性の姿は、出てきたときと同様唐突に消えてしまった。  
「なんだあ? 今の女……」  
 トラップもぽかんとしてたんだけど。すぐにその目が見開かれた。  
「おい、あれ!!」  
「え?」  
 振り向くと、泉の上に、ぽつりと浮かぶ宝箱が目に入った。  
 あ、あんなの、さっきはなかったわよ……ね?  
 トラップは、ズボンが濡れるのも構わずばしゃばしゃと泉に突入していった。  
 はあ。まあ、当初の目的の品だからねえ。しょうがないけど。  
「す、すっげぇ! パステル、来てみろよ!!」  
「え、何? 何が入ってたの?」  
 トラップの声に、わたしも近づいてみる。  
 ……すすすすすすすごい!!  
 何と、宝箱の中には、ぎっしり金貨がつまっていたのだった!!  
 何で金貨がつまってるのに水に浮いてるのかって疑問は、まあともかくとして。  
 これだけあれば、何ヶ月……ううん、何年も遊んで暮らせちゃう額だよ!!  
「やりぃ! まあ色々あったけど、クエスト成功ってことだな!」  
「う、うん……」  
 ふ、複雑だなあ……  
 何だかな。わたしとトラップって、さっき、その……何してたっけ? 告白してたんじゃな 
かったっけ?  
 なのに、今はもうすっかり元のトラップに戻っちゃって。  
 はあ。そりゃ、落ち込まれたりするよりは、いいけどさ。複雑……  
 
 トラップが金貨を数えるのに夢中になってるので、わたしはその間に服を着ようとしたんだ 
けど。  
 そこで気づいた。凍りついてた服が、もうほとんど乾いてる。  
 そういえば、さっきまであんなに寒かったのに……今は、あったかい……もしかして、あの 
寒さって、あの女の人の魔法か何か?  
 真実の愛を見せてくれて……  
 謎解きが厳しい、誰も成功したことの無いクエスト……  
 ――――あ!!  
 わかった、わかっちゃったかも、わたし!  
 もしかして、あのやたらと長いダンジョンとか、複雑に曲がってマッピングし辛かった道と 
か、急に寒くなったこととか、今までの苦労は、全部ぜーんぶ、愛情を試すための試練だった 
んじゃないかな?  
 本当は、あの扉とかは全然関係なくて、色々過酷な状況に置かれて、それでも自分のことよ 
り相手を思いやる気持ちとか、そういうものを見るためにあの女の人が起こしていたんじゃな 
いかな?  
 だとすると……  
 何となく嫌な予感がして、わたしはあわてて服を着た。着替え終わるのと、トラップが金貨 
を数え終わって宝箱を持ち上げるのが、ほとんど同時だった。  
 その瞬間。  
 突然、泉全体がものすごくまぶしい光を放ち、あたり全体を飲みこんだ!!  
   
「うわっ!?」  
「きゃっ!!」  
「おわーっ!!」  
「ぎゃっ!!」  
 どれが誰の声なのやら。  
 泉が光った、と思った瞬間。わたしはどこかに投げ出されたみたいなショックを受けて。  
 光が収まって目を開けたら、そこは洞窟の外だった。  
 そして、わたしとトラップ、さらには、別れたっきりだったクレイ、ルーミィ、シロちゃん、 
キットンにノル、ようするにパーティー全員が、洞窟の入り口前にちょこんと座っていたのだ 
った。  
 
 ……やっぱり。  
 何となくわかって、改めて服を着ていてよかったと思う。  
 多分ね、洞窟の中で起こった試練って、全部、幻覚……みたいなもの、だったんじゃないか 
な?  
 それで、わたしとトラップが幻覚を解いちゃったから、洞窟も消滅した、と。  
 ちょっと入り口から覗いてみたけど、まっすぐな道は、10メートルも進んだら行き止まり 
になってるみたいだった。  
「ななな、何が起きたんだ? 一体」  
 クレイ達が目をぱちくりさせてる。そりゃー、クレイ達にしてみりゃ、わけがわからないだ 
ろうねえ……  
 うーん。でも、どこまで、どうやって説明すればいいのやら。そもそも、わかったって思っ 
てるのはわたしだけで、当事者のトラップにすら、いまいちよく理解してないみたいなんだも 
ん。  
 まあ、幸いなことは、トラップがしっかり抱えてる宝箱、その中身まで幻覚だったわけじゃ 
ない、ってことかな?  
「あっ、トラップ! おまえ、どうしたんだよ、その宝箱」  
「あー? これか? これはなあ……」  
 言いかけて、トラップは口ごもった。  
 そりゃ……本当のことは、言えないよねえ……  
「わたしとトラップが見つけたの」  
 しょうがない! クレイ達に嘘つくのは気がひけるけど。  
 まだ、話したくないんだよね。恥ずかしいのもあるし……しばらくは、二人だけの思い出に 
しておきたいし。  
「あのダンジョンね、道の一つだけが正解で、後は全部幻覚みたいなものだったみたい。トラ 
ップがこの宝箱見つけたから、幻覚が崩れたみたいなの」  
「ふーん。そりゃ、お手柄だったな、トラップ」  
「へ? お、おう。俺にかかれば、こんなもんちょろいちょろい」  
 ……言いすぎだよ、トラップ。  
 
「ところでさあ、おまえら、途中で通信機に全然応答しなくなったけど、一体何してたんだ?」  
 うっ!  
 クレイの大変素朴な疑問に、わたしは思わず口ごもってしまった。  
 あー駄目だ! やっぱり、嘘をつくのって、わたしには向いてないみたい。  
「転んで壊したんだよ」  
 そこに、何でもないことのようにトラップが言った。  
「こいつ、途中でいきなり転んでさ。そんで通信機壊しちまったの。ったく、あんときは本当 
に焦ったぜ」  
「そうだったのか。大変だったんだな」  
 疑う気配も見せずに頷くクレイ。ううっ、心が痛む……  
 ふっとトラップに目をやると、彼もわたしの方に視線を向けていた。  
 ぱちん、と片目をつむってみせたトラップの行動に何の意味がこめられたのかは……知るよ 
しもなく。  
   
 
 ところで、クエストの後日談なんだけど。  
 宝箱いっぱいの金貨だから、しばらくはゆっくりできるぞー! あれも買えるしこれも買え 
るぞー! なーんて思ってたんだけど。  
 何と、トラップの借金を返したら、ほとんど何も残らなかったのよ!!  
 全く呆れちゃう。一体いくらギャンブルに使ったのよ!  
「しゃ、しゃーねえだろ! 借金ってのはなあ、利子がつくもんなんだよ!」  
 トラップの言葉に、さすがの温厚なクレイもちょっと切れそうになってたもんね。  
 まあ、でも、実際に宝を見つけたのはトラップなんだし、ということで。今回のことは大目 
に見るか! ってことで落ち着いた。  
 
 で、わたしとトラップのことなんだけど。  
 あの後、皆が寝静まってから、こっそり二人きりで会ったんだよね。場所は、シルバーリー 
ブの外れにある花畑。わたしのお気に入りの場所。  
 話したいことが色々あったのも確かだけど、とりあえずわたしが考える真相、トラップにだ 
けは教えておこうと思って。  
 最初呼び出したときは、トラップ、すっごく嬉しそうだったんだけど。そう言ったら一転し 
て不機嫌になった。何を期待してたんだろ?  
 でも、最後まで説明して、それを聞いたトラップの感想。それにわたしは青ざめてしまった。  
「愛を確かめる試練だあ? ってことはあれか? あの女は、俺達の行動をずーっと見張って 
たってわけ?」  
 ……うっ!!  
 言われて思い出してしまった。わたしとトラップの……その、かなり恥ずかしい行為のこと 
を。  
 そりゃ、そりゃ相手はもう死んじゃった人だよ? で、でもさ、そういうのは関係なくて、 
っていうか、ひ、人に見られてたなんて――!!  
 わたしは今更ながら赤くなったり青くなったりしてたんだけど、トラップはひょいっと肩を 
すくめてこともなげに言った。  
「まっ、いいんじゃねえの。結局は、あの女のおかげですっげえお宝を手に入れられたってこ 
とだし」  
「そ、そりゃ、確かに借金は返せたけど……でも、そういうことじゃなくって!」  
「はあ? 何言ってんの?」  
 わたしの言葉に心底不思議そうな顔をして、彼はこう続けたのだった。  
「俺にとっての一番のお宝ってな、お・ま・え」  
 ……え?  
 ちょっとの間、意味がわからなくてぽかんとしてしまう。わたしの視線を受けたトラップの 
顔が、みるみるうちに真っ赤になって……  
「も、もう二度と言わねえからな!」  
「えー、もう一回、言ってよ。ね?」  
 そうして、月の光が差す花畑で、わたし達は恋人同士のキスを交わした――  
 

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