「んっ……」  
 唇をふさがれて、わたしは目を閉じた。  
 からみあうような深いくちづけ。そのまま、彼の手はわたしの背中をなであげて――  
 ――駄目っ!!  
 その瞬間、わたしは思いっきり彼をつきとばしていた。  
 ちょっと傷ついたように目を伏せるのは、見慣れた赤毛の盗賊。  
 わたしの恋人――トラップ。  
「あっ……ご、ごめん、トラップ。でもっ……」  
「……いいって」  
 わたしが真っ赤になってつぶやくと、トラップは、くしゃっとわたしの頭をなでた。  
「元はと言えば、俺のせいなんだからよ」  
 ううっ……ごめんね。本当に、ごめん……  
   
 わたしとトラップが、お互いの気持ちに素直になれたのは一ヶ月前のことだった。  
 その日、わたしはすごくよく晴れた日なのに、原稿があって部屋にこもってたんだよね。  
 そこに、一文無しで同じく外に遊びにいけないトラップがふらりとやってきて……  
 トラップは、ずっと前からわたしのことを思っててくれたんだって。  
 そこに、わたしが大変に無神経な一言を発してしまって、切れてしまった彼が、その……ねえ。無理 
やり……  
 もちろん、最初はすごく怖かったし、「どうして?」って気持ちも強かった。何より、すごく痛かっ 
た。  
 だけど、わたしが全力で抵抗すれば、結果は違ったんじゃないかと思う。  
 なのに、「どうしても嫌」っていう気分にはなれなくて……そのとき、わたしは気づいたんだ。  
 わたしもトラップのことが好きだったんだ、って。  
 実際、無理やりだったけど、終わった後トラップはすごく真剣に「好きだ」って言ってくれて。わた 
しは、彼のつっぱしった行為を、許すしかないかな、って思ったんだ。  
 実際、わたしが言ったことは酷かったなあって、後で思ったし。  
 
 ただ……  
 そうして、わたし達はお互いに自分の気持ちに気づいて両思いになれたんだけど、どうしても、キス 
から先に進めなかった。  
 トラップが、それ以上のことを望んでいるのはすごくよくわかる。わたしも、トラップならいいって 
思ってる。  
 それなのに、いざ進みそうになると、あのときの……凄く痛かった記憶、力づくでねじふせられた恐 
怖とかがよみがえってきて、身体が強張って拒絶してしまう。  
 トラップは、それを「自分のせいだ」って言って、わたしを責めようとはしないけど。  
 ううっ……わたし、どうすればいいんだろう?  
   
「パステル。トラップの奴の様子、見に行ってきてくれないか?」  
「あ、うん、わかった」  
 そんなある日の夜遅く、クレイに言われて、わたしは立ち上がった。  
 パーティーのみんなには、わたしとトラップが両思いになったことは伝えてある。「黙ってたってし 
ょうがねえだろ。っつーかやりにくい」っていうトラップの意見でね。  
 そのせいか、みんなが気を使ってくれて、結構トラップと二人きりになるチャンスは多いんだけど。 
上で書いたような状態になっちゃってるわたし達としては……ちょっと複雑な気分。  
 もっとも、わたしはただ黙ってぎゅっと抱きしめてもらうだけで、すごく安心できるんだけどね。  
 今日は、トラップは夕食の後、趣味のギャンブルのためにカジノへ。  
 そんなのはいつものことだし、自分のお小遣いでやる分には文句を言うつもりはないんだけど。いつ 
もなら寝る時間になっても帰ってこないっていうのは、ちょっと遅いかも。  
 それで、心配したクレイに、迎えに行ってくれって言われたんだ。  
 これも、前ならわたし一人で行って、って言われることはなかったと思うんだよね。クレイ……気を 
使ってくれてるんだろうなあ。  
 季節は秋。夜ともなると結構寒い。わたしは上着を羽織って、外に出た。  
 自慢じゃないけど、わたしはすごい方向音痴なんだよね……でも、さすがにシルバーリーブの中で迷 
うことは、もうほとんど無い。  
 「絶対」無い、って言えないのが悲しいけどね。ううっ……  
 でも、今日は幸いなことに、迷わずカジノについた。  
 カジノって言ってもシルバーリーブの中だからね。そんなに大規模なところではないんだけど……  
 
「こんばんわ。お邪魔しまーす」  
「んだとおこの小僧!! バカにすんのも大概にしやがれ!!」  
 わたしがおそるおそるドアを開けた途端、ものすごい怒声が中から響いてきた。  
 その声に聞き覚えは無いけど……何だか、すごく嫌な予感がする。  
 慌てて中にとびこむと、わたしの予感は的中していた。  
 お店の中のお客さんの視線は、真ん中のテーブルに集中していた。  
 そこは、多分ポーカーのテーブルだと思うんだけど。  
 そこに、スキンヘッドでノルにも負けないくらい体格のいいごつい容貌のおじさんと、その半分くら 
いの大きさ・細さに見える赤毛の少年が、テーブルを挟んでにらみあっていた。  
 正確に言えば、にらんでいたのはおじさんで、赤毛の少年の方はものすごく人をバカにしたような笑 
みを浮かべてたんだけど。  
 言うまでもないだろうけど……この少年がトラップ。わたしの恋人。  
 あちゃあっ……遅いと思ったら、またトラブル起こしてるよこの人は……  
 何しろ、トラップは決して悪い人ではない(と思う)んだけど、物凄く自分に正直で、一言も二言も 
余計な言葉が多く、さらに物凄く人をバカにした態度を取るから、すごいトラブルメーカーなんだよね。  
 過去、この人の言動が原因で起きた騒動がいくつあったかなあ……  
 なんて遠い目をしてる場合じゃなかった!! もー、何してるのよっ。  
「あの、何が起こったんですか?」  
 手近なお客さんをつかまえて聞いてみると、親切に解説してくれたそのおじさんいわく。  
 ポーカーのテーブルで、あのごついおじさんとトラップが勝負してたんだけど。  
 珍しいと言えば珍しいことに、トラップが圧勝したんだって。それはもう、おじさんの財布が空っぽ 
になるくらい。  
 それでヤケになったおじさんが、「イカサマでもしてんじゃねえだろうな、盗賊風情のやることだ。 
信用なんねえ」とかいちゃもんをつけたとか。  
 ここまでは、トラップが被害者だと思う。確かにおじさんの言ったことは、ただの負け惜しみだよね。  
 ところが、そんなことを言われて黙っているトラップでもなく、「ああん? 自分の腕がねえのを棚 
にあげてイカサマだあ? 弱いのは顔と頭とギャンブルの腕だけにしとけよ」みたいなことを言った、 
とか  
 
 ううっ……トラップ、確かにおじさんのやったことは褒められたことじゃないけど……それはちょっ 
と言いすぎだよ、やっぱり。  
 わたしが頭を抱えている間にも、またトラップが何かいらないことを言ったらしく、おじさんがバン 
ッとテーブルを叩いて、  
「このくそがきがあ!! ふざけるのも大概にしやがれ!!」  
 そう叫んで、トラップにつかみかかろうとしたんだけど。  
 素早さでは誰にも負けないトラップのこと。黙ってされるがままになんてなるはずもなく。  
 おじさんが胸倉をつかもうとした瞬間、ひょいっとその頭に手をやって、華麗な動きでおじさんを飛 
び越して背後に着地した。  
 当然、勢いを失ったおじさんの身体は、派手な音を立ててテーブルごとひっくり返る。  
 あっちゃあ……やっちゃった……  
 もうおじさんの怒るまいことか。  
 頭まで真っ赤になって、よく聞き取れない言葉を叫びながらトラップを追いまわし始めたんだけど、 
捕まえようとする寸前にひょいっと身をかわされてはそのたびに転んだりひっくり返ったりと、まるで 
相手になってない。  
 最初はあぜんとしていた他のお客さん達も、いつのまにかくすくす笑い始めたり「いいぞー若い兄ち 
ゃん」「おーい、でかいのは図体だけか」なんて野次までとびはじめたりして……  
 って止めなきゃ止めなきゃ! いくら何でもやりすぎよ!!  
「ちょっと、トラップ!!」  
 わたしが呼びかけると、初めてわたしの存在に気づいたらしく、トラップがひょいっとこっちを振り 
向いた。  
「あんだ、パステルか。こんなところでどうしたんだ?」  
「あんだ、じゃないわよ。遅いから迎えに来たの!」  
「へーっ、優しいじゃん」  
 ば、バカっ、違うわよ。こ、これはクレイに言われて仕方なく……  
 ……ま、確かに心配はしてたんだけどさ。  
 トラップはまっすぐわたしの方に向かってくる。その背後で、おじさんが立ち上がって……  
「あ、危ないトラップ。後ろ!」  
「あん?」  
 後ろからおじさんがつかみかかろうとしたけど、トラップは振り返ろうとすらしなかった。  
 ただ、その長い足を、無造作に斜めに払って……  
 その瞬間には、おじさんは顔面から床に転倒していた。ううっ、痛そう……  
 
「ちょ、ちょっとトラップ! やりすぎよ、いくら何でも!!」  
「先に手え出してきたのは向こうだぜ」  
 全然反省の口調の無いトラップ。そのまま、彼はわたしの肩を抱いて、  
「悪いな。女房が迎えに来たから、今日はこのへんにしとくわ」  
 ……な、何言ってるのよー!!  
 まわりから「ひゅーっ、熱いね!」「かわいいかあちゃんじゃねえか」みたいな野次がとんでくる。  
 ああっもう! わたししばらくここには顔出せないっ。  
   
「もーっ、トラップったら。あれはちょっとやりすぎだよ。おじさんがかわいそう」  
 帰る道すがら、わたしは言わずにはいられなかった。  
 まあねえ。おじさんが全然悪くない、とは思わないけど。  
 実際に圧勝してその分のお金はちゃんと払ってもらえたんだから、あそこまですることはなかったと 
思うんだよねえ。  
「ああ? おめえちゃんと話し聞いたんか? 先に手え出したのは向こうだぜ向こう」  
「それは聞いたけど……」  
「負けていちゃもんつけるくれえなら、ギャンブルなんかしなきゃいいんだよ。弱え奴ほどよく吼える 
ってな」  
 うーん。それは正論だね、確かに。  
 そういえば、トラップだって今日は珍しく勝ってたけど、大体いつもは負けることの方が多いもんね。 
でも、それで勝った相手にいちゃもんつけたりはしてないもん。  
 うん、まあ、筋はちゃんと通してる……かな?  
 ああ、でもでも。  
「それにしたって、人前でにょ、女房って!! わたし恥ずかしくって外を歩けないじゃない!」  
「いいじゃねえか。本当のことだし」  
「ほ、本当って」  
「ん? 嫌?」  
 嫌……じゃないけど。ああ、でも、それとこれとは話が別でっ。恥ずかしいんだってば!  
 でも、わたしは抗議できなかった。気がついたら、唇を塞がれていて……  
 ……はあ、やっぱりわたしじゃ、トラップにはかなわないなあ……  
 力強い腕で抱きしめられながら、わたしは心の中でためいきをついた。  
   
 こんなことは、いつものことだった。トラップが起こしたトラブルなんて、いちいち覚えていたらキ 
リがないもんね。  
 だから、わたしも、トラップ自身も、そのまま忘れてしまったんだけど……  
 わたし達が忘れたって、相手まで忘れてくれるとは限らない。  
 それを思い知らされたのは、それから一週間後のことだった……  
 
「えーっと、よし、買い忘れなしっ!!」  
 その日、わたしは買い物に出ていた。いつもならルーミィやシロちゃんも一緒なんだけど、今日はル 
ーミィ、風邪気味で調子が悪かったんだよね。  
 だから、珍しく一人で出歩いていた。  
 買い物リストをもう一度見直して、買い忘れが無いことを確認。  
 さあっ、みすず旅館に戻ろう、としたときだった。  
 突然、目の前に誰かが立ちふさがった。  
「……え?」  
 そこに立っていたのは、見上げるくらい高い身長とものすごく筋肉で膨れ上がった体の、スキンヘッ 
ドのおじさん。そして、その人よりはちょっと小柄だけど、それでもクレイくらいの体格がある金髪の 
軽そうなお兄さん。  
「あの……何か用ですか?」  
 最初、その人たちが誰かわからなくて、とりあえずわたしは聞いてみた。  
 もしかしたら人違いじゃないかなー……って期待したんだけど。残念ながら、彼らの視線の先にはわ 
たししかいない。  
 えっと……?  
「こいつだぜ、間違いない」  
 口を開いたのは、スキンヘッドのおじさん。  
 その声を聞いて、わたしはスーッと血の気が引くのを感じた。  
 こっ、この声って……あのときの、あのカジノの!!  
 物凄く嫌な予感がして、わたしはとっさに逃げようとしたんだけど。  
 そのときには、もう金髪のお兄さんに腕をつかまれていた。  
 うっ……凄い、凄い力……  
「痛いっ……」  
「この小娘が?」  
「ああ。あの赤毛の小僧が『女房』って言ってた女だ。間違いねえ」  
「けっ、まだガキじゃねえか」  
 な、何、何なのこの会話……  
「はっ、離してっ!! 離してくださいっ!!」  
「うっせえ女だ。おい、黙らせろ」  
「あいよ」  
 瞬間、わたしは首筋にすごい衝撃を感じて……  
 気が遠くなる寸前、誰かがわたしの身体を抱えあげるのを、感じた。  
 ……トラップ……  
 助け……  
 
 目が覚めたとき、わたしは後ろ手にしばられてさるぐつわまでかまされた状態で、どこかに転がされ 
ていた。  
 起き上がろうとして、ずきん、と走った痛みに、また倒れてしまう。  
 ううっ……一体、何が起きたの……?  
 ううーっ、とうなりながら身もだえしていると、がちゃん、と音がして、四角い光が差し込んできた。  
 ここ……どこかの部屋? あそこがドア?  
「おっ、目が覚めたか」  
 入ってきたのは、気絶する前に見た、あの金髪のお兄さん。  
 にやにや笑いながらわたしを見下ろしている目は……何だか、とても怖い。  
「んん――っ!!」  
「あーはいはい。事情も知らせずこんなとこに閉じ込めて悪かったな。ま、恨むならあんたの旦那を恨 
みな」  
 旦那……ってトラップのことだよね。  
 恨めって……  
「ま、よーするにさ。ありがちな話で悪いけど、あんたは人質ってわけ。まあ、ロディ怒らせたのが運 
の尽きだったってとこだな」  
 ロディって、あのスキンヘッドのおじさんの名前かな……?  
 人質って……  
「大丈夫だって。あの赤毛の小僧が大人しく言われたとおりにすりゃ、あんたの命までは取らねえよ。 
小僧がどうなるかは……ま、ロディ次第だな」  
 うっ、それって。それって。  
 もしかしたら、トラップは殺されるかもしれない、ってこと……?  
「んんーっ!!」  
「あー大人しくしろって。縄食い込んで痛いだけだぜ? どうせ逃げられねえんだから」  
 まあね、それはその通りなんだけど。実際、縄が腕に食い込んでものすごく痛かったんだけど。  
 だけど、大人しくなんてできるわけないじゃない! トラップが……トラップが危ないって聞かされ 
て!!  
 うう、だけどさるぐつわのせいで、何も言えないし何もできないんだよね……こんなことなら、縄抜 
けの方法教えてもらえばよかった……  
 せめて、と思って金髪のお兄さんをにらみつけると、金髪はおどけたように肩をすくめた。  
「おお、怖。そんなに旦那が心配? それよかさあ、俺は自分の心配した方がいいと思うけどね」  
 言いながら、ぺらっと胸元から取り出したのは、一枚の紙。  
 何て書いてあるのかは、暗くてよく見えないけど……  
 
「あ、見えねえか。これ、あの小僧に送りつけた手紙の下書きな。『お前の大事な女房は預かった。女 
房の命が惜しければ、今夜この場所まで来い。ただし、一人でだ。余計な真似をすれば女を殺す』  
 まあ典型的な脅迫状ってやつ。ひねりがなくて申し訳ない」  
 今夜……一人で!?  
 トラップは盗賊。すばしっこいから逃げたりかわしたりするのは得意だけど、ファイターのクレイと 
かと違って、戦いそのものに長けているわけじゃない。  
 わたしを盾にされたら、逃げることもできないかもしれない。  
 そこを、ロディみたいな大男に殴られたら……下手したら、本当に……  
「んっ、ん――!!」  
「あー、本当に仲のいい夫婦だな。けどな、本当に旦那より自分のこと心配しろって。何しろ俺がここ 
に来た理由はなあ」  
 言いながら、金髪はニヤニヤ笑ってわたしの元にしゃがみこんだ。。  
 なっ……何、何するつもり……?  
 逃げたくても逃げられない。金髪は、ゆっくりとわたしの身体を仰向けにした。  
 そして……  
 襟元に手をかけると、そのままわたしのシャツを引き裂いた!!  
 きゃあああああああああ!!?  
 悲鳴はさるぐつわの中に押し込められたけど。わたしは心の中で叫び続けていた。  
 や、やだっ! む、胸が……  
 シャツはあっという間にぼろぼろになって、わたしの上半身はほとんど下着だけになってしまった。  
 お兄さんは全く遠慮せず、下着の間に手を差し入れてきて……  
「っ……――!!」  
 思いっきり胸をつかまれて、痛さのあまり涙がにじんできた。  
 やだ、何……何で……こんな……  
 
「さらにありがちで失礼。あんたは殺さないけど、ま、無事で返す義理もないわな。自分のせいで女房 
が傷物にされたら、さすがにあの小僧もショックだろうってことで、ロディの命令。  
 ま、犬にかまれたとでも思って我慢してくれ」  
 でででできるわけないでしょ!?  
 ま、まさか、縛られたのが手首だけだったのは……このための……  
 じたばたもがいて何とか逃げようとしたんだけど、その瞬間、頬に冷たい感触を感じた。  
 これって、まさか……  
「あーご想像の通り、これナイフ。顔に傷つけられたくなかったら大人しくしたほうがいいぜ? あー 
もう。俺だってガキとやるのは趣味じゃねえんだよ。ロディの奴も面倒なこと言ってくれる」  
 ぶつぶつ文句を言いながらも、金髪の手は止まらない。  
 ナイフが、下着の隙間にすべりこんだ。ぶつっ、という音がして、ブラがあっさり切れる。  
 手が太ももをはいまわる感触。胸元を唇が這い回る感触。  
 そのどれもが、すごく気持ち悪く……涙がぼろぼろ出てきた。  
 やっぱり、違う。全然違う。  
 あのときのトラップも、同じようなことをした。でも、トラップとは全然違う――  
「あーもう泣くなっつの。だからガキは嫌いなんだよなあ。大人しく脚開け」  
「…………」  
「ちっ、まあいいや」  
 わたしは何とか脚を閉じて身を丸めようとしたんだけど、金髪の力は強かった。  
 強引に脚をこじ開けられて、その間に手が滑り込んでくる。  
 痛みが走る。触るというよりひっかくに近い。  
 痛い……やめて、やめて……  
「あー、さすがに濡れねえなあ。ま、ガキだからこんなもんか。さて、と……」  
 ナイフが、パンティを切り裂いた。耐え切れなくてぎゅっと目を閉じたそのとき……  
 
「おい、ディアラン!!」  
 どんどんどん、とドアを叩く音。響くロディというらしいスキンヘッドの声。  
 ディアラン……金髪の名前……?  
「なんだ? 今いーとこなんだけど」  
「小僧が来た。女連れて来い」  
「おーおー。いいタイミングだな。はいはい」  
 言いながら、ディアランは縛られたわたしの手首をつかんで無理やり立たせた。  
 待って……来たって、トラップが?  
 わたし、こんな格好で……連れてかれるの?  
 だけど、文句を聞き入れてくれるわけもなく。わたしはそのまま、部屋の外にひきずり出された。  
   
「一週間ぶりだな、小僧。この間はなめた真似してくれたじゃねえか」  
 連れて行かれたのは、倉庫みたいな広くて何も無い部屋。  
 入り口を背にしてそこに立っていたのは、トラップ。  
 ジャケットのポケットに手をつっこんで立っているその姿は、別に普段と何も変わらない。  
 ただ、その目はかなり……怖かった。  
 ロディが正面に立ち、ディアランがその後ろでわたしを捕まえて立っている。  
 ディアランの手にはナイフが握られていて、それは、わたしの首筋にぴったり押し付けられていた。  
 ちょっとでも動けば、すぐ切れるように。  
「ま、見りゃあわかると思うが……なめた真似したら、大事な女房が傷物になるぜ」  
「…………」  
 トラップは、ちらっとわたしの方に目をやったけど……無言。  
 ううっ、お願いだから、お願いだから見ないでっ……こんな格好見られたくないっ……  
「さすがに得意のへらず口も出ねえか? ああん? おめえが悪いんだぜ。よっく見とけよ。かわいそ 
うに、おめえのせいで傷物にされた女房の姿をな」  
 ち、違うわよっ!! まだ……触られただけで……  
 ううん。違わないよね。触られただけでも、何でも……わたし、トラップ以外の人に身体見られて… 
…  
 
 その言葉に、トラップはジャケットから手を出した。  
 その手には、何も握られていない。そのまま万歳の形に両手を挙げて、  
「あんたらの言うとおり、一人でここに来てやったぜ。んで? あんたら何がしたいんだ? 俺にどう 
してほしいわけ?」  
「……そうだな。まずは土下座でもしてもらおうか」  
 ロディの思い切り嫌らしい声。  
 土下座なんて……あのプライドの高いトラップが、するわけ……  
 とわたしは一瞬思ったんだけど。  
 ロディがそう言うと。トラップはためらいもなく床に膝をついた。  
「ほお。素直じゃねえか」  
「へっ。頭下げるくれえでパステルが戻ってくるんなら、いっくらでも下げてやらあ」  
 トラップ……  
「殊勝な心がけだな。だが、それで終わりだと思うなよ。そうだな、次は……」  
 ロディがトラップの元に歩み寄った瞬間だった。  
 トラップの手が、目にも止まらぬ速さで胸元に滑り込んだ。  
 わたしの目では、何が起きたのかさっぱりわからなかった。  
 ひゅっという風を切る音。その瞬間……  
「うわっ!!」  
 悲鳴をあげたのは……ディアラン!!  
 カラン、という音。床に落ちるナイフ。  
 そして、ディアランの手に刺さっているのは……トラップのダガー!!  
「パステル!!」  
 トラップの叫び。その瞬間、わたしは反射的に、ディアランに体当たりをしていた。  
 予想外のことにディアランがよろめく。そのまま、わたしは走りだした。トラップの元へ。  
「小僧っ、てめえっ――」  
 わたしが走り始めた頃に、ようやく事態に気づいたロディが腕を振り上げたけど。  
 その動きは遅すぎた。  
 全身のばねを使って、トラップがはねおきる。彼の頭が、見事にロディの顎に激突した。  
 ガンッ!! というすさまじい音。たまらず後ろによろけるロディ。  
 だけど、彼は倒れることができなかった。  
 そのまま、トラップはロディの胸倉をつかみあげて……何と、そのまま片手で彼を持ち上げたのよ! 
!  
 ロディの体格からして、多分体重は100キロを超えているはず……すごい、すごい力。あの細い腕の 
どこに、そんな力が……  
 
「ってめえは……ちっと悪ふざけが、すぎたぜ」  
 そう言ってトラップが浮かべた笑みは、今まで見たことが無いくらい壮絶なものだった。  
 そのまま、トラップの腕が翻った。宙を舞うようにして、ロディの身体が壁に叩きつけられて……動 
かなくなる。  
「――トラップ!!」  
 わたしがトラップの元にたどり着いたのは、そのときだった。  
 後ろ手に縛られてると……走りにくいっ……  
 そのまま、倒れこむようにしてトラップの胸にとびこむ。  
「トラップ……!!」  
「……パステル。悪い、俺……」  
 トラップの言葉は、途中で止まった。そのまま、わたしを強く抱きしめた後……  
 どんっ、と突き飛ばした。  
 ……え?  
 その瞬間、びゅんっ!! という音。  
「……きゃあああああああ!!?」  
 トラップの左肩に刺さったナイフを見て、わたしは悲鳴を挙げた。  
 い、今トラップが突き飛ばしてくれなかったら……ナイフは、わたしに……  
 トラップの強い視線。その先にいるのは……ディアラン。  
「なめた真似してくれるじゃねえか、小僧」  
「へっ、そりゃあこっちの台詞だぜ……パステルをこんな風にしやがったのは、てめえか?」  
「だったらどうした」  
 ディアランの言葉に、トラップは刺さったナイフを引き抜いた。  
 ばっと血が飛び散って、わたしは再度悲鳴をあげてしまう。  
 トラップ……トラップ、ごめん。  
 トラップ一人だったら、あんなナイフ簡単に避けられたのに。わたしのせいでっ……  
 
「ぜってえ、許さねえ」  
「できるかな? 俺はロディより強いぜ」  
 ディアランの言葉に、トラップは鼻で笑った。ナイフを構える。  
 そして、ナイフが飛んだ。ディアランの方へと。  
 けれど、それは予想していたらしく、ディアランは何なく身体をひねってナイフをかわした。  
 その瞬間。  
 そのまま、彼の身体は信じられないスピードで、ディアランの胸元にとびこんでいた。  
「何だと!?」  
「盗賊は身軽さが命だぜえ? 甘くみんな」  
 ガッ!!  
 トラップの手が、ディアランの胸元をしめあげる。そして。  
 彼の拳が、ディアランの頬に突き刺さった。  
 げきゅっ、というような、形容しがたい音に、わたしは思わず耳を塞いだ。  
 トラップが怒ってるのは、きっとわたしのせい。  
 ディアランが、わたしのことを傷つけたから。彼はわたしのために怒ってくれている。  
 だけど……  
 トラップの手は止まらなかった。ディアランは既に気を失っているのに、執拗にその顔や身体に拳が 
めりこむ。自分の拳も血を流しているのに、それには全然気づいてないみたいで。  
 ひどく無表情なのに、いつもはいたずらっこみたいな輝きを浮かべている目に宿った怒りが、とても 
怖かった。  
「トラップ、やめて! もうやめて!!」  
 気がついたら、わたしはトラップの元に走りよっていた。  
 縛られているからできなかったけど、それがなかったら、多分彼に抱きついてでも止めていた。  
「お願い、もうやめて!!」  
「……止めんな」  
 トラップの口調が怖い。いつもの軽そうな口調とは全然違う、もの凄く真剣な声。  
「こいつだけは、ぜってえ許さねえ。パステルを傷つけやがったこいつを、ぜってえ許さねえ!!」  
「やめて、お願いやめて! わたしは……」  
 ディアランは確かにひどいことをした。わたしは絶対彼を許せないと思う。  
 だけど、それ以上に……  
「わたし……そんなトラップ見たくない。わたしのために誰かに暴力を振るうトラップなんて、見たく 
ないよ!!」  
 わたしの言葉に、トラップは……  
 力なく、拳を下げた。  
 
 わたしとトラップがみすず旅館に戻ったのは、もう深夜をとっくにまわった時間だった。  
 わたしはトラップのジャケットにくるまれて、彼におぶわれていたんだけど。  
 道のりは意外なくらい短かった。どうやら、わたしが連れ去られた倉庫は、すぐ近くだったみたい。  
 そんな時間なのに、クレイ達はみんな起きて待っていてくれた。みんな、わたしのことをすっごく心 
配してくれてたんだって。  
 トラップ一人で来い、って手紙になかったら、全員で押しかけたかったくらいだ、っていうことなん 
だけど。  
 わたしの様子を見て、何があったのかを察したのか……クレイ達は、それ以上聞かずに部屋に戻って 
いった。  
「ルーミィとシロは、今夜は俺達の部屋で寝かせるよ」  
 ひきあげる前のクレイの言葉。ううっ……みんな、心配かけて……ごめんね。  
 トラップは、わたしをベッドに寝かせると、一度下におりて水をはった洗面器とタオルを持って、も 
う一度戻ってきた。  
 トラップだって怪我してるのに……わたしのことばっかり気遣って……  
「いいよ、トラップ」  
「……あんだよ」  
「先に、トラップの怪我、手当てしないと」  
「へっ。こんなもんはなあ、かすり傷だよ、かすり傷」  
 嘘だよ……だって、ナイフ、かなり深く刺さってたじゃない……  
 でも、トラップの腕は、いつもとかわりなく動いていた。少なくとも、神経や大きな血管が傷ついて 
ないのは確かみたい。  
 トラップは、水でタオルをしぼると、そのまま、わたしの身体を拭き始めた。  
 床にそのまま転がされてたからね。顔とか、実は結構ドロドロだったんだ。  
 それに……  
「っ……いい、自分でやる」  
「…………」  
「お願いだから、見ないで……」  
 明るいところで見て、気がついた。  
 わたしの身体、あっちこっちに引っかき傷がついて血がにじんでる。  
 それに、胸元に残ってる、この赤い痕って……  
 トラップはわたしの言葉を無視して続けようとしたんだけど。  
 わたしは、その手をはねのけてしまった。  
 見られたくない……こんな姿、トラップにだけは見られたくない!!  
 
「お願い……見ないで。わたし、わたしっ……」  
 傷物にされた、というロディの言葉が、よみがえった。  
 わたし、もう……駄目だよね。  
 これが、汚れたってことだよね……こんな汚れたわたしじゃ、トラップは……  
「お願い、見ないで! わたし、わたしって汚いよね。ナイフに怯えて、されるがままになって……本 
気になって抵抗すればよかった。顔に傷つけられたって、抵抗してれば!!」  
 言葉はなかった。  
 トラップは何も言わなかった。そのかわり……  
 わたしを、ぎゅっと、抱きしめていた。  
「トラップ……? 離して、わたし、トラップに好きでいてもらう資格なんか……」  
「おめえは綺麗だよ」  
 わたしの言葉を無理やり遮って、トラップが叫んだ。  
「おめえは、どっこも汚れてねえよ。綺麗だよ……」  
 トラップ……?  
 そのまま、トラップの唇は、ゆっくりとわたしの唇をふさいで……  
 ……いいの?  
 わたし……いいの? トラップに、このまま好きでいてもらって……  
「トラップ……」  
「パステル……」  
 言葉はいらなかった。  
 わたし達は、もう一度深く口付けあった後……  
 どちらからともなく、ベッドの上に倒れこんでいた。  
   
「……いいのか? おめえ……」  
「…………」  
 わたしを見下ろすトラップに、大きく頷く。  
 変だね……わたし、ちょっと前までは、怖くて怖くて仕方がなかったのに。  
 ディアランに乱暴に扱われて……わかった。  
 トラップは、凄く優しかった。本当にわたしのことを思ってくれていたって。  
 怯える必要なんてどこにもなかったんだって、わかったから……  
「いいよ……トラップこそ、いいの? わたし……」  
「……それ以上、言うなよ」  
 トラップの返事は、熱いキス。  
 そのまま、彼の唇がわたしの身体をゆっくりとなぞる。  
 ディアランに無理やりつけられた痕を消していくように、丹念に……  
 ううっ、よく考えたら、隣の部屋でクレイ達が寝てるんだよね?  
 こ、声、出さないようにしないと……  
 ぎゅっ、とシーツをつかんで目を閉じると、トラップはわたしが考えてることがわかったみたいだっ 
た。  
 彼の手が、ゆっくりと身体をなでていく。あるときは強く、あるときは弱く。  
 手が触れるたび、わたしの身体はびくっと震えて……段々身体がほてってくるのがわかった。  
 ううっ……駄目、歯を食いしばらないと、声が漏れそうっ……  
「……気にすること、ねえって」  
 耳元に感じる吐息。そのまま、軽く耳たぶをかまれる。  
「聞こえるわけねえから」  
「あ……」  
 ううっ、嘘。絶対嘘っ!! ここの壁薄いんだからっ!!  
 
 トラップの唇が、ゆっくりと傷口に触れる。1番酷かった、太ももについたみみずばれ。  
「ひでえな……痛かっただろ。俺のせいで……」  
「…………」  
 ふるふると首を振る。  
 トラップのせい、かもしれない。でも、その分、彼はいっぱい苦しんでくれた。  
 だから、もういいんだ……  
「ごめん。……俺が消毒してやるよ。おめえの受けた傷も、痛みも、全部」  
 太ももを舌が這った。そのまま、上へ、上へと這い登っていき……  
 ぴちゃり  
「あっ……あんっ……」  
 中心部に感じる湿った感触に、わたしはたまらず声をあげた。  
 あっ……熱いっ……うっ……  
 じわっ、と何かが染み出る感触。ぐじゅっ、という音。  
 トラップは顔をあげた。ゆっくりと、わたしの頬に手を伸ばす。  
 軽い口付けの後、彼の手は、自分のズボンにかかり……  
 瞬間、痛みが貫いた。  
「うっ……ん――――っ!!」  
 痛みに危うく悲鳴をあげそうになったけど、こらえる。  
 ううっ、でもっ……辛いっ!!  
 痛かった。だけど、その痛みは、前とは全然違って。  
 何だか、痛いのに、すごく気持ちよくて。トラップと一緒になってるんだって思えて……  
 わたしはトラップの背中に抱きついた。そうでもしないと、声が漏れてしまいそうだったから。  
「目え、潤んでるぜ……」  
「意地悪……」  
 トラップの動きが、少しずつ早くなった。痛みが快感にかわり、溢れた何かが太ももを伝う。  
「やっ……あっ……」  
「……つっ……」  
 トラップは、一度首をふると、わたしの上半身を乱暴に抱き起こした。  
 わたしはそのまま、トラップの膝の上に座り込むような形になる。ひときわ奥深くまで貫く感触。  
 震えるトラップの身体を抱きしめた。同時に、トラップの腕も、痛いくらいにわたしを抱きしめてい 
た。  
 抱き合ったまま……わたしの中で、何かが弾けるのを、確かに感じた。  
 
「……俺さあ、おめえに何て言って謝ればいい?」  
 全てが終わったその後で。  
 わたし達は、一緒のベッドにもぐりこんでいた。  
 ……朝が来る前に、自分の部屋に戻ってよ? と言ったんだけど。  
 トラップは、例のいたずらっこみたいな笑みを浮かべて言った。  
 さあ、どうしよう? 俺、寝ちまうかもしれねえし。  
 ううっ、明日みんなとどんな顔して会えばいいんだろ……  
 そうして、とりとめもないことをしばらく話していたんだけど。  
 不意に、トラップが言ったその言葉。  
 しばらく意味がわからなくてきょとんとすると、トラップは。ひどく辛そうな顔で言った。  
「だって……今回は、どう考えたって俺のせいだろ? 何も関係ねえおめえを巻き込んで……俺、どう 
すればいい?」  
 ……あのトラップがだよ。どんなトラブルを起こしたって、絶対反省しないトラップが。  
 わたしのことをこんなに気にかけてくれてるなんて……  
 わたしは、それだけでもう十分満足だったんだけど。  
 せっかく反省してくれてることだし! それじゃあ、一つお願いしようかな。  
「じゃあねえ。一つだけ、わたしの言うこと聞いてくれる?」  
「ああ。俺にできることなら、何だってしてやる」  
「へへっ。じゃあねえ……」  
 わたしはトラップの耳元で囁いた。  
 彼の顔が、みるみる赤くなっていく。  
「嫌?」  
「……俺にとってもすっげえ嬉しいことだから、おわびになんねえぞ。いいのか?」  
「いいよ。……おわびなんてしてもらわなくてもいい。トラップがわたしのことでいっぱい苦しんだ。 
それだけで、十分だよ……」  
 そう言うと、トラップは、ぎゅっとわたしを抱きしめた。  
「……んじゃ、ぜってえ幸せにすると誓う」  
「うん、お願いね」  
 ――じゃあねえ、一つだけお願い。きっといつか、パーティーを解散して、みんながそれぞれの道を歩く日が、来ると思うんだ。  
 ――そのときは、わたしを、盗賊団ブーツ一家のおかみさんにしてくれる?  
 

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