涼と笑りんが校内で誰もが知る公認カップルとなってから約一ヶ月、三年生になった私たちは運良く同じクラ
スで、三人一緒に高校生活最後の年を過ごすことになった。
二人が公認カップルとなって、私は鐘ちゃんと笑りんの関係がどうなるかと心配したのだけれど、今ではなん
とかうまくやってるみたいで一安心。
そんな、ある日のお昼休み。たまたま涼が先生に呼び出されて食べ終わると同時にいなくなってしまい、私と
笑りんの二人だけになってしまった。
笑りんと涼はここ最近、人目を気にせずに一緒にいることが多かったのでいいチャンスだと思って、笑りんに
涼のことを聞いてみることにした。女同士、包み隠さずこういう話しをしてみたかったのよね。
「ねぇねぇ、笑りん。ちょっと聞いていい?」
「なんだ、守屋?」
「笑りんにとって、涼ってどんな存在なの?」
笑りんは少し間を開けて考えると、あっさりと答えた。
「私にとっての水原は……多分、空気みたいな存在だな」
「空気?」
私はその答えに首をかしげる。正直『空気みたいな存在』という評価はいい意味で使われることがないことく
らい成績が赤点ギリギリの私だって知ってる。
「ねぇ、笑りん。好きな人を空気みたいな存在って、あまりいい表現じゃないと思うんだけど」
「ああ、そうか、説明が足りないか。ふふ」
不思議そうにする私に、笑りんは笑みをこぼすと少しだけ照れながら言葉を続けた。
「空気が無くなれば、私は生きていけない……そういう意味だ」
「……うわ」
要するに笑りんのが言いたかったことは『涼がいないと、生きていけない』と言っているわけで……言った笑
りんより、言われた私のほうが照れてしまう。
「なぁ、守屋……私が言うのは似合わないかもしれないが……聞いてくれるか?」
「うん、なんでも聞いちゃうよ〜ん!のろけだって、全然おっけー!」
明るく返す私に笑りんは軽くほっと息を吐いて、柔らかく嬉しそうに微笑む。ううっ、すごく幸せそうで、な
んだかまぶしい。
「何もかもを引き替えにしても好きになれる人がいるということは、辛いこともあるけれど……」
「うん」
「それ以上に、幸せなことだと気づかされたよ……水原に抱かれて、そう思った」
「え……?」
「あ……!」
教室で言葉にするにはかなり不穏当な言葉に思わず私は声を上げ、笑りんは口を滑らせたとばかりにしまった
とという表情を浮かべて、そのまま真っ赤になる。
「あ、う、い、今の、抱かれるっていうのは、そういう意味じゃなくてだな……な、守屋、そのっ!」
「そ、そーよね、そういう意味じゃないってわかってるわよ!もちろんじゃない!」
「「あははははは」」
乾いた笑い声を上げる私と笑りん。その態度と表情で笑りんの言葉をそのままの意味で受け取っていいってこ
とはわかった。ひとしきり続いた乾いた笑いの後の沈黙、私は顔を近づけて聞いてみる。
「ねぇ、笑りん。もしかして、ホワイトデーの夜?」
「……」
笑りんは恥ずかしさのあまり俯いていたけれど、小さくコクンと頷いた。まー、あの笑りんが可愛くなっちゃ
って。
「そっか……よかったね、笑りん」
「守屋……」
「涼ってほんとお買い得だよ。幼なじみの保証付き!」
「ああ、いい買い物をしたと思ってるよ」
笑りんと私は顔を見合わせて笑いあう。すると、憮然とした表情で涼が教室へと戻ってきた。恐らくまた先生
に何か言われたのだろう。
「おかえり、お買い得品」
「なんだよ、それ」
私のからかうような声にますます憮然とする涼を見て、笑りんと私は声をあげて笑った。
《おわり》